「たかじんのそこまで言って委員会」
司会:
やしきたかじん、辛坊治郎
パネラー:
三宅久之、金美齢、井沢元彦、荻原博子、宮崎哲弥、
橋下徹、桂ざこば、くまきりあさ美
ゲスト:
西尾幹二
今日の議題は
(1)西尾幹二さんを迎えて、南京大虐殺、靖国参拝問題
(2)ライブドア堀江社長はイケてるか、イケてないか
(3)崖っぷちで土壇場を迎えている人々
保守系の出演者ばかりだったので、辛坊さんが嫌われ役に回っています。
決して辛坊さんは「あった派」に回ったわけではありませんので、読み違えないようにお願いします。
なぜ「あった派」の出演者がいないのかについても、番組の中で明かされてます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
初登場は崖っぷちタレント・くまきりあさ美さん。
久々の登場は井沢元彦さん、金美齢さん。
辛坊
「最初の話題は、・・・激論必至」
<VTR>
男性若者層に人気、127万部を超える週刊ヤングジャンプ。
ある作品が波紋を呼んでいます。
いわゆる南京虐殺事件。
本宮ひろ志の漫画「国が燃える」。
旧日本軍が次々に市民を虐殺する姿を凄まじい筆致で描きました。
発表直後から、「表現が不適切で歴史を歪曲している」と集英社に抗議殺到。
集英社は当分、休載を決定。
問題視されたのは、百人斬りを連想させる場面。
これは戦意高揚のために毎日新聞、当時の東京日日新聞が信憑性に乏しい話を歴史的事実として報道。
遺族が朝日新聞・毎日新聞を訴え、係争中。
(テロップ=南京大虐殺とされる中国側の資料映像)
南京大虐殺は犠牲者の数や存在の有無を巡って、以前から論争になっていました。
日本書籍新社の教科書では「1937年末には日本軍は首都南京を占領、20万人ともいわれる捕虜や民間人を殺害し、暴行や略奪もあとをたたなかったため、厳しい国際的非難を浴びた」、そして注釈として「日本人の多くは、この事件のことを戦争が終わるまで全く知らされてなかった」としています。
1946年、極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判の過程の中で南京大虐殺は初めて明らかになりました。
被害者の数は20万人以上と認定されました。
中国の教科書では、「極東国際軍事裁判によれば、日本軍は南京占領後の6週間以内に、武器を持たない中国の国民30万人以上を虐殺したとのことである」。
南京大虐殺記念館にも30万という数字が刻まれ、30万人以上というのは中国の統一見解になっているようです。
否定派の学者は「陥落時の人口は20万人しかなく30万人虐殺は不可能」
肯定派の学者は「戦災避難者などを考えれば、もっと多くの人口が流入していたかも」と反論。
いずれにせよ、東京裁判で20万人とされた数字がなぜ中国で30万人以上になったのか?
30万人以上を不変の数字とする中国政府関係者の多くは、「南京の犠牲者は広島・長崎の原爆の犠牲者数より多いところに特殊な意義がある」と論じています。
A級戦犯の眠る靖国神社に首相や閣僚が参拝することについても大反発。
これが原因で日中首脳の相互訪問は止まったままになっています。
中国の民間による反日運動も激化の一歩。
(黒バックに白文字の大テロップ=そして中国の南京大虐殺館では、これからご覧頂くフィルムが今も上映されています)
(死体にすがりつく女性の映像などが映る)
(映像とともに小テロップ=※これは中国側が主張する南京大虐殺とされる映像です)
南京大虐殺館内のナレーション?「日本侵略軍は至る所で武器を持たない難民たちを虐殺しました。子供、婦人、僧侶、全ての人がこの大虐殺を逃れることができなかったのです」
(((質問)))
あなたは南京大虐殺における日本の歴史認識をどう思いますか?
<VTR終了>
パネラーの回答:
宮崎:南京事件はあったけど・・・
橋本:あったの?なかったの?
金 :それほどの執着心や憎しみが日本人にあったとは思えない
井沢:民間人に被害者は出ただろうが、数ははるかに少ない
三宅:白髪三千丈のたぐい
荻原:この問題にすら無頓着な日本人が問題
ざこば:ハッキリ言って知らんねん
くまきり:わかりません
《戦後・日本人にとっての広島・長崎》(テロップ)
たかじん
「まあ、昔の言葉に勝てば官軍負ければ賊軍というような言葉がありますが、あの私は個人的にずーっと不思議だと思って、今フィルムの中にもちょこっと出ましたけど、日本も井沢さんやっぱり、広島長崎という所で、数十万人という人命が、まぁ当然失われている、失われているこの事に関しての日本人の認識及び、、世界の認識なんかものすごい風化された形で現存しているのが、現在ではないかな、というような気がするわけですけどね。」
井沢
「まあアメリカでは、あれは正義だったと、つまりあのもっと、あれをやらなければもっと犠牲者が出てたんだから、やむを得なかったんだという論理が今勝っている状態ですね」
たかじん
「それに対して、別に世界は特別非難しないですよね」
井沢
「んま、日本もね、もうちょっとねその、アピールの仕方を考えないといけないとは思いますけどね」
たかじん
「でも皆さん、なしてこのことだけが、(えぇ三宅)何十年たっても、このひとつのピンポイントみたいに、(えぇ三宅)いつもいつも繰り返されて言われるのはどういうところにあるんでしょうか?」
三宅
「えぇこれはね、やっぱり江沢民政権が非常に10何年続いたことに原因があるんですね。彼は、やはりその前の毛沢東とか、周恩来とか、トウ小平に比べてまぁ力量がないと言われたんで、そこででですね、軍を掌握したりあるいは民心をこう掌握するためにですね、その愛国主義教育ってのを徹底してやったわけなんですよ。愛国主義教育というのはすなわち反日教育ですから。全国に彼の時代で、200カ所以上の反日記念館が出来たわけですね。そこで、こういうふうなものを繰り返し繰り返しやる。ま本当のものならまだそれいいんですけれど、そうじゃないそのどう見てもですね、時代的に合わなかったり、日本軍の服装が合わなかったりするものを展示してね、でも小学生から何から徹底的に洗脳するわけですから、この間のアジアカップなどで反日デモが起きたりするのは、当然の帰結なんですね、もう十何年徹底して教育やれば、そういうふうにいくわけですよ。」
たかじん
「なるほどね」
《戦後・中国人にとっての南京大虐殺》(テロップ)
辛坊
「その、民族的な怨念のようなものが、政治的に形成されていることはもうその多分間違いないとは思いますが、さぁ、問題は事実はどうだったのかというとね、まぁあのね『分りません』という方それから『はっきり言って知らんねん』正直私もね実際どうなんかというと、いろんな本読んでみてもどれがほんとなんかわからんちゅうこともありますんで、えぇ今日は、ゲストの方をお招きしております。『新しい歴史教科書をつくる会』の名誉会長でいらっしゃいます西尾幹二さんです。どうぞ・・・(西尾氏登場、ちょっと躓く)。
ま、あのぉ、西・・・実際問題として、あの西尾さんはどちらかと言うと、ま保守派と呼ばれるのはお嫌い?」
西尾幹二(新しい歴史教科書をつくる会 名誉会長)
文学博士(東大大学院)現電気通信大学名誉教授
戦後日本を支配してきた歴史観に異議を唱え
97年に「新しい歴史教科書をつくる会」を設立。 (テロップ)
西尾
いや、「けっこうですよ(笑)」
辛坊
「そうですか、ま、どっちかちゅうと右か左かという立場で言うと、右の立場で南京大虐殺は基本的になかったと。そのあたりの事実関係はどうなんですか?」
《タブー南京大虐殺は本当にあったのか?》(テロップ)
西尾
「あの、現在、研究が非常に進んでましてね、(えぇ、という相槌)あのぉ、はっきり言うと、なかったに限りなく近くなっている(会場「え〜」と驚き)。で、あったという事を、そのなかったということを完全に証明することは非常に難しいことです。しかし、あったという事を証明することも難しいと。あったという証拠はことごとく覆されちゃってるんですよ。だからあったという証明ができなければ、まぁ限りなくなかったに近いだろう、と」
辛坊
「いぇ、でも、実際の日本のまぁ教科書にはあったというのが基本的な前提で書かれていますよね。文部省で検定も受けてますし。」
西尾
「文部省が間違えてるからですよ(会場笑い)。簡単な話です。さっき写真をずいぶん見せられたんですけども、あの写真がですね、本当の物かどこの物か作り物かっていうことを、えぇと、今研究が非常に進んでまして、そう遠くない時期に、あれが全部虚報だということを表す、えぇ、写真集が出現すると思います」(会場「え〜」と驚き)
辛坊
「だから基本的にそのまぁ、ベースの大体の大方の認識としては、ま、20万30万はなかったろうけども、そりゃある程度はあのその並べて撃ち殺すぐらいのことはしてたんじゃないか、というのが基本認識だと思うんですが」
西尾
「だから・・・・」
たかじん
「それはあなた戦争でしょ」
井沢
「ちょっと常識で考えて欲しいんですよ。というのはね、20万も殺す理由は何ですか?つまりね、日本は中国を占領して自分の領土にしたかったんでしょ。(はいはい)領土にするってことはその国民が必要なわけじゃないですか。」
たかじん
「うん、働かせなあかんからね
井沢
「殺しちゃったら、誰がたとえば水道を作ってくれるのか、あ、水道はないか。ま、いろいろ誰が物資を供給するのか。(食べ物・・・)軍隊だけではその都市って成り立たっていかないんですよ。しかもですね、仮に日本がやったことが、仮に悪いことだったとしましょう。それにしてもね、例えばねそりゃ、常識でもわかる、例えば、ハイジャック犯がその自分の言うことを聞かせようと思って例えば、このぐらいの所乗っ取ったとしますよね、全員殺しますか?ね、1人2人見せしめに殺せば、こりゃいやな言い方だけど、十分じゃないですか。あと、みんなゆうこと聞くじゃないですか。だからそんなことする必要、全くないんですよね」
たかじん
「これぜ〜んぶバババーンと殺したらうんーと、こりゃ、間抜けな犯人になるわな。」
金
「人質いなくなっちゃう(笑)」
井沢
「そんなにたくさんね、ただ、中国は歴史上それをね、やる、やっているんですよ」
宮崎
「やるんですよ、モンゴル軍も町を全部ひとつ虐殺してる」
井沢
「中国人がつまり、自分の頭で考えて、あのきっと軍隊なら大虐殺する時はこういうことをするんだろうということを、日本に当てはめたんだと思うんですよ」
たかじん
「己に当てはめて、それをまた日本に当てはめた、と」
井沢
「そうですね、」
たかじん
「ほぉほぉ、そういう執着や憎しみは日本人にはなかったんじゃないか、その認識が」
金
「あのぉ、今西尾先生がおっしゃった写真なんですけどね、たとえばまぁ、死骸かなんかにこう抱きついて泣いている女の人の写真がでてきましたよね、もし大虐殺があったらね、そんな写真がね撮られて残るわけがまずないんですよ。そういうね本質的なこと考えればね、どれだけこういうものっていうのが、あとで寄り集めた、より集めたまたはね、作りあげた物だとわかるが、私はわかると思う。
私は日本人のそのまぁ気質としてね、さっきその広島の話が出ましたけれども、原爆を落とされてみんなもなんか風化しちゃって忘れちゃってるじゃないですか。ま、よく言えば、非常にあっさりとした、さっぱりとした気質なんですよ。(あっさりしすぎ)あっさりしすぎ、ちょっとね執念がないということね。もう3日経てば忘れちゃう。それがね南京に押し入ってよ、軍隊が勝ったにもかかわらずね、そう人を虐殺して歩くようなね、私はね日本の軍人はね、そういう気質じゃないということをね信じてますからね、大虐殺っていうのはね、これはねもう東京裁判でどうしても日本を悪者にしたくていろんなものをでっち上げられたものだと」
たかじん
「捏造された結果としての」
金
「私は思っていますね」
たかじん
「(パネラーに)それに対してそんなものは絶対あったんだいうような考えの方はいらっしゃる?」
誰も手を挙げず。
荻原
「よくわからないんですよね」
たかじん
「ま、これを見ているからね」「えぇ」
辛坊
「結局やっぱりね、あったかなかったかを検証をするために、やっぱ、中国国内でいわゆる言論の自由が完全に認められた状況の中で冷静に何があったかできればよかったんだけれど、やっぱりすぐに共産党政権が制圧して、要するに事実が何かということの検証ができないまま、何十年も経って、これから、しかしもういっぺんそういうことができるか」
西尾
「共産党が崩壊して、あそこの国がまともな普通の国家になれば、僕は中国の内部から、南京虐殺はなかったという本がたくさん出てくると思う」(はいはい)
くまきり
「じゃあ今の学生の人たちは歴史を勉強してもあまり意味がないんですね」(会場笑い)
西尾
「そんなことない。私たちの教科書で勉強して下さい」
(がやがや・・・・)
(CM)
《日本の自虐史観は偏った思想の教育?》(テロップ)
井沢
「日本の学問の世界、特に大学の世界ってのはやっぱり左に片寄りすぎてて、あの学者の先生がいい加減なこと言ってた。たとえば昔ね、朝鮮戦争は韓国の陰謀だなんて、堂々と教壇で教えてた人が、近代史の権威ですからね。それからあの、今このテレビ見て、西尾さんの言うことなんか聞いて、こいつは右翼で嘘を言ってるんじゃないか?と思ってる人に、ぜひ聞いてほしんだけれども、昔中国で文化大革命ってのがあったんだけど、戦後の話ですよ。で、少なく見積もっても数千万人の人間が殺されたという、戦争じゃなくて、中国共産党が殺したのよ。
それをですね、今から20年ぐらい前にそれをそりゃぁそうじゃないかと言うと、右翼だとか、軍国主義だとか、学問をねじまげてると言われていたの、ところが今はどうですか。中国ですら認めてるんですよ。つまり共産政権っていうのは、その時の政権の都合によって事実をすぐころころ変えるんですよ。(はい、はい)で、この文化大革命ってのはほんとにね中国共産党の大虐殺行為ね。南京大虐殺とは二桁違う。(南京30万人どころではない。)大躍進ね、だから、そういうことをぜひ思ってください。それから、あの拉致問題がそうですね。拉致問題が一番分りやすいと思うけど。拉致問題、ついこないだまでそんなもんないと、政治家とか、文化人とか大学教授がいっぱいいたじゃないですか。拉致問題なかったんですか?あったんでしょ。つまりその人たちは嘘ついていたってことです。そういうことがいっぱいある」
金
「一番許されないのはね、文化大革命をね、あれだけ礼賛したね、学者が皆口をぬぐって知らん顔して、今でもまだ大きな顔をしてね発言してるわけよ。で、私の知ってる早稲田の教授が一人だけね、自己反省して、それでね、あの、自分の蔵書を全部早稲田に寄与して、自分は退職したんです。恥ずかしいと、自分は恥ずかしいと。その文化大革命を礼賛してね、間違っていた、恥ずかしいと言って退職した。私は知っているんですよ。たった一人ですよ。その人はのたれ死にちゃったのよ。つまりね、良心的な人が報われないというね、なんかこう、反省好き、つまりちょっと左がかって日本人は、悪いことをしましたって言ってる人がもてはやされた時代が長かった。これがいちばんの問題なのよ」
橋下
「金先生、大学人というのは左側というか、そういうふうじゃないといけないって、あるんですかね」
たかじん
「ちょっとね、礼賛する傾向にね、左寄りと言うた方がねなんとなく」
橋下
「かっこいい?(そうそう)じゃ僕も左よりになりましょうか。左にかたむいちゃいっていいですかね」
たかじん
「おまえはどっちにも・・・・」(笑い声で聞こえない)
荻原
「それと、あとね、あの、あの、子供見てると、あの戦後まで歴史が行き着かないんですよ。受験があるから。だからここをもういっかいちゃんとやらないと、みんな聞いててもねぇ、え、そんなことがあったの?と言ってる人、いるかと思うんですよね」
三宅
「いや、でもね、はぎわらさん、おぎわらさんね、そりゃちゃんとした教科書で勉強すやるならいいですよ、だけどね、誤ったことで勉強するくらいなら、かえって知らない方がいいぐらいですよ」
荻原
「そう、そうですね」
橋下
「だから、教育現場がね、やっぱり変わらない限りは、未だにだって、南京大虐殺とか、強制連行とかいう話をずっとやってる」
ざこば
「あのね、ちょっとなかに初めてしゃべらせてもらうけど・・・ずっとしゃべらんかったんや」
たかじん
「(ざこばに)いはったんや」(会場笑い)
ざこば
「俺は知らんことしゃべらへんからね、あの西尾先生にお尋ねいたしますけどね、その南京大虐殺、あったと、ほんで今、こないぎょうさんなかったんやて、何でもっとはよから調べられなかったんですか?もっとはようから、言えなんだんですか?」
《教育・保守派の歴史認識はなぜ世間に届かないか?》(テロップ)
西尾
「多くの人が言い続けてきてます」
ざこば
「ずっというとったんや、ずっと言い続けてきとるんや」
西尾
「多くの人が、言い続けてきてるんです」
《教育・保守派の歴史認識はなぜ世間に届かない?》(テロップ)
西尾
「が、誰も表に、誰も・・・そういう本は昔から書かれています」
ざこば
「これそんなん、ないって、ないって日本人ならね、あたりまえやって、そうおっしゃるとおりだって言いたいでしょ」
西尾
「誰も相手にしないから」
宮崎
「ま、はっきり言って『諸君』とか『正論』にしか載ってなかったんですよ(笑)」
西尾
「『諸君』や『正論』にはずっと長いこと書かれてる」
金
「だって、拉致事件を見てもわかるでしょ。ずっと前からやってたのに・・・」
ざこば
「『諸君』や『正論』は普通、なかなか読まんでっせ(笑)。やっぱり女性週刊誌とか、新潮とか毎日とかそんなん、読売とかそこらやろ、」(会場笑い)
西尾
「言論界は、すでに、保守が制覇しちゃってるんですよ。言論界は、今言論界だけでね、言論界のは言論、オピニオン誌の、売れ行き数というのを数えると8対2ぐらいの割合で保守が制覇していますから。(おっしゃることは・・・と辛坊が言いかけるが、西尾氏続けてしゃべる)ところがそれを、とりまいてる新聞・テレビがふわふわ、ふわふわ、ふわふわ、ふわふわぁ・・・」(会場笑い)
辛坊
「ただね、あの今西尾さんおっしゃるのも一理あるんで、というのはね今回は実はね、こうぱっと見渡したところどっちか言うと、右か左か、ちゅうとこっち(右側をしめす)の方の人がメインなんで、まぁある種南京大虐殺あったんだ、日本はひどいことをしたんだという人をゲストにお招きして、しゃべって実はもらおう思って色々お願いしたんですが、あの、そういう方はね今出てきて論争に参加しようとしないんです。」
西尾
「もう、負けてるんです完全に、議論に完全に負けているんです」
辛坊
「だからね、あの、テレビを通じて、まどちらかというと、そういう立場の方、あのもう一遍またやりますので、ここへぜひ出てきていただいて、議論に参加していただきたい。わりとね、苦情の、匿名のFAXやメールは来るんですが、顔を出してなかなか、議論にならないところがあるんです」
《教育・新しい歴史教科書》(テロップ)
西尾
「実はね、これね新しい歴史教科書でありまして、つくる会の教科書、来年また採択に挑戦、チャレンジするんですが、これでは一切書かなかったんです南京事件は。そうしたら、文部省が書けと言って、文部省の命令で書かされたんです。書きこまされたんです。だけれども我々は抵抗に抵抗して・・・(教科書を読み上げる)『12月南京を占領した(この時、日本軍によって民衆にも多数の死傷者が出た。南京事件)』とこれしか書かなかった。」
辛坊
「これはでも、この教科書でも事実として書かれてますね、この教科書でも。」
西尾
「多数死傷者がでたと」
辛坊
「民衆にも多数死傷者が出たと」
宮崎
「不本意なんですか、不本意なんですか、この部分の記述は不本意?」
西尾
「不本意です」
たかじん
「『大虐殺』と『多数の死傷者が出た』は違うでしょ」
荻原
「うん、っていうか意図が違いますね」
たかじん
「ぜんぜんちがう、『大虐殺』と『多数の死者が出た』は
宮崎
「それは南京事件なんです、虐殺じゃなくて」」
橋本
「西尾先生、それは書き足さないと教科書出さないと言われたんですか?」
西尾
「出さない・・・、検定です。検定です」
たかじん
「そんなん相手戦争やってね殺されたら、全部虐殺とつけてくださいよ」
宮崎
「チェチェンなんて、(ぼろぼろ)大虐殺、二十万人殺しているんですからロシア軍は、チェチェンで」
井沢
「広島大虐殺」
たかじん
「そう、広島大虐殺、長崎大虐殺と書いて書いてよ」(と口々に)
橋下
「僕、あの、つくる会の教科書こないだ、読まさせてもらったんですよ。で、僕ら僕らの中学校ってのは、最初の5ページ位の、ナウマン像の所で授業終っちゃったんで(笑)、で、こないだ成人なってからも、通読したら、ちょっとこないだ初めて中学校の教科読んだんですけど、でも僕は肌身、僕の感覚としては、ものすごくあうんです。最初のあの国の作られるところのあの神話の部分と、特に近現代の部分なんてのは、今までの教科書ともう全然違うんですよね。にもかかわらず、あのやっと東京都や一部ではやっと採択されてきましたけどもね、あまりにもなんか、みんながその排除しよう排除しようというのが強すぎるじゃないですか。それになんか抵抗してやっぱりその教科書が広まっていかないと、みんなに広がっていかないと思うんですよ。その辺はどういうふうに?」
(橋下氏の発言に思わず笑顔)
西尾
「ですから今度、あのリライトいたします。あのリライトしてあの普通の、あの、普通の他の教科書に似たようなあの多少漫画も入れたり(ちょっとしどろもどろ、笑)・・・」
三宅
「今の意見、いい意見です。珍しくとてもいいことを言った(橋下に)」(会場笑い・拍手)
たかじん
「さぁ、そして中国は常に、南京大虐殺とともに、リンクするように必ず出てくるのは首相のいわゆる靖国参拝にかんしての」
《靖国問題・あなたが首相なら靖国参拝しますか?》(テロップ)
辛坊
(((質問)))
「そうですね、それじゃここで皆さんにお伺いしたいと思いますが、皆さんがもし日本の総理大臣なら、えぇ、靖国神社に参拝しますか?しませんか?・・・ドン」
(CM)
宮崎:参拝します・でも、国有化が望ましい
橋下:参拝します・戦死した兵士のおかげで今の自分がある
金 :参拝します・死者との約束は絶対にまもらなければ・・・
井沢:参拝します・
三宅:参拝します・行かない理由があるか
荻原:参拝しない・中国を刺激しない方がよい
ざこば:参拝します・
くまきり:参拝します
荻原
「(自分だけが「しない」なので焦りながら)ん〜、どうしよ」
たかじん
「やっぱり刺激しない方がいいですか」
荻原
「私はずっとこう思っていたし、でもこういう場面でいろんな話を聞くと、やっぱりこれ、あの、中国に一発やってやらないといけないなと思いました(笑)」
三宅
「そうです!」(会場笑い)
荻原
「今、ちょっと動揺しちゃったんですけどね、あのボタン押すのは」
辛坊
「これ実際にこの中で、靖国に参拝したことない人は?逆に、参拝したことある人ってのは?」
くまきり以外、全員が手を挙げる。
くまきり
「お参り行ったことあるかってことですか?(えぇそうと返事があったので、手を挙げる)」
たかじん
「(ざこばに)東京でっせ、お兄さん、靖国でっせ、あんた行ったことあるの?」
ざこば
「ついでに行くよ、そりゃ、俺、昔は週2回東京行っとったんや」
《靖国問題・「靖国」という言葉の意味》(テロップ)
たかじん
「理由がないですよね」
三宅
「(パネル=行かない理由があるか?)あのね、その、ただね私は、8月15日はいっぺん行って懲りたんですよ。阿鼻叫喚ですから、拡声器でねワンワン、ワンワン」
宮崎
「8月15日は行かない方がいいよね」
三宅
「もう人が多くてね、もうほんとにね、あの大変ですよ。騒ぎが、でもう8月15日は私はやめていますけどね」
たかじん
「あの宮崎さんは、こういう、まぁアメリカで言えば軍人墓地がありますよね」
宮崎
「はいはい(パネル=でも国有化が望ましい)アーリントン墓地がありますね、(そうそう、そうそう)で、韓国にも国立研ちゅう院というですね、ソウルにあるわけですよ、日本のこの要人が、首相を始め行くと必ず、このお参りするというか、礼拝しに行くわけですね。で、あそこにね靖国橋っていう橋があるんですよ。靖国橋ですよ。靖国神社の靖国って、別にその国家神道とかそういうことと全く関係なくて、春秋っていう、五経って中国の古典があるその注釈書で「さしでん」っていうのがあるんですが・・・。「われをもって、くにをやすんず」という文言があるわけですよ。そこから中国由来、(長いね、宮崎さん、(笑))こういうことをねちゃんと中国人に言わなきゃいけない、中国にも、たとえば、八方さん革命攻防っていのが革命戦士を祀ってる。北朝鮮にも当然あります。どこの国もやっていることじゃないですか。なんで日本だけがなぜ責められなきゃいけない?」
たかじん
「ただ、ただ、その靖国神社の中にA級戦犯云々云々、と言われてごっちゃに混ざっている、と言われている」
宮崎
「そう、中国人の留学生の方が来られた時に、最後に問題とされたのがA級戦犯、昭和殉難者と言われる人たちだったわけです」」
橋下
「これもね、僕、西尾先生にお聞きしたいんですが、’51年か’53年かの国会の決議で、日本国内では戦犯という扱いにはしないでおこうというふうになって国内では合法化したんじゃないですかね」
西尾
「えぇ、あの実はサンフランシスコ平和条約が、あの発効してから以降ですね、えぇと、もうあの日本人の戦争、世界に対する戦争責任ってのはもうない、と。が、日本国民に対する罪はあるだろう、と。しかし、それも苦難を超えて、歳月がたったということで署名が起こりましてね、、4000万人の署名が起こって、まだ収監されていた、巣鴨に収監されていた、巣鴨の戦犯の方々を釈放したんです。ですから国民はその段階で、すでに一切なし、と」
橋下
「ですから、A級戦犯で処刑された方も、公式的には法務死になっているんですよね。(えぇ、そうです)恩給法でもなんでも、とにかく戦犯の遺族の方に恩給出すのはまずいということで、全部合法化した。だから国内でですよA級戦犯という、国内ではこれは失礼にあたると思う」
辛坊
「・・・えーあのー、私、ほんとに、非常にいやな役回りで本当に、いやな役回りで、あのこっちの(左側をしめす)意見を一言、言いますが、こっちの意見『いや、それにしてもね、まあたとえばドイツの首相が、ヒットラーの墓にお墓参りしたら、国際社会が何と言うか。と考えると東条英機が祀られている所、戦犯を祀られてるところに日本の総理大臣がお参りするとということは、国際的にはいかがなものか』という意見があるんでございますが」
西尾
「あの、日本にはナチスはいなかった(会場笑い)。日本はナチスと違う。あの、ナチスというところ、ナチスはですね、全然日本の軍事体制とは別個の体制でありまして、ご承知のようにあれはホロコーストという民族殺戮という犯罪を犯して、これはあの戦時行動、戦争犯罪とは別であります。したがってドイツは戦後ホロコーストで謝罪して、お金も払ったりしたけれども、当時の戦争行為に対しては、つまり侵略戦争をしたという事に対してはいかなる、謝罪も弁解もしませんし、未だに講和条約結んでいない。近隣諸国といいですか、サンフランシスコ平和条約のようなものを結んでいないんですよ。ドイツは、未だに。我々はサンフランシスコ平和条約で終っちゃっているわけですけれども、ドイツは全然別のホロコースト、600万人のユダヤ人、50万人のロマ、それから200万から300万人と言われるポーランド人、あるいはロシア人、ウクライナ、ウクライナ人等の虐殺はですね1000万人を超えるわけでありまして、それは虐殺のための虐殺だったんで、つまり戦争行為、戦闘行為とは無関係な犯罪だったので、だからそのことは巨大規模でありすぎて、これは比較する方が間違っている」
《靖国問題・問題解決を見誤った外務省の失態》(テロップ)
辛坊
「『だって、日本だっていいですか、南京で30万人虐殺したんじゃないか』と言いたいが為に・・・」
西尾
「言いたいが為に、東京裁判はニューベルク裁判とあわせてやった」
宮崎
「おっしゃるとおりです。西尾さん、おっしゃるとおりですが、アメリカでは、やっぱり、ホロコーストと南京っていうのはアイリス・チャンなんかの本の貢献もあってですね、広がっていっているわけですよ」
西尾
「戦争のあり方をどう解釈するかというのが21世紀の戦争になると思う。僕は、21世紀の戦争は20世紀の戦争をどう理解し、解釈して、どう戦わせるかというのが、21世紀の戦争になるだろうと思うんです。だから、我々は一歩も引けないというふうに思うんですが、同時にですね、アメリカもですね、はっきりとあのナチスと日本の戦争は違うと理解しているからこそ、例のあのサンフランシスコの軍事、えぇ、兵隊がその訴訟を起こしたじゃないですか、元兵士が保障を求めるということに対しては、あれはそのナチスドイツのやったことに対しては、アメリカは後ろに引かなかったんです。ドイツはいやいやながら、最後のお金だよっていって、相当のお金を今度出したわけですが、ブッシュ、ブッシュ政権が日本のことはサンフランシスコ条約で全部終わりと、これは日本に訴追するのは間違いだといって、ちゃんと区別してるんですよ」
宮崎
「2002年にね、ブッシュ大統領が訪日され時に、ブッシュさんは靖国に行きたいという風な意向を示したと言われています。また横田基地のその第五空軍の将校がですね、靖国神社に参って参拝してるわけですね、こういう事実ってほとんど伝えられないし、ブッシュさんが靖国に行きたいと言った時に、日本の外務省は断っちゃったわけですね」
西尾
「愚かも愚かねぇ、ほんとにね。何という日本人だと(会場笑い)。そしてね、ブッシュさんだけじゃなくてねエリザベス女王(サッチャーの間違い)が日本に来た時も靖国に行くと言ったんです。(会場「え〜」と驚き)、どちらも外務省が断った。そして、断ってしかたがないからブッシュさんは明治神宮へ、と。がそしたら明治神宮も小泉さんは行かないで、これも車に座っていて、流鏑馬(やぶさめ)だけいっしょに見て帰ってきた、という。これはですね、腰が座ってないので。何で、何で、何でブッシュさんと、それからエリザベス女王が来たのに・・・」
宮崎
「靖国に来てたら、もうその時点で靖国問題、終わってますよ」
西尾
「外務省の犯罪ですよ」
辛坊
「それでみるならば、日本の皇室もですね、いわゆる東条英機の戦犯合祀以降は、靖国を参拝してないんですが、これはどうお考えで?」
西尾
「遺憾ですね、遺憾、遺憾。遺憾の極み」
三宅
「これはね政府がしないきゃ天皇が勝手に行くことはできませんからね」
辛坊
「政治的なものですか」
西尾
「そうですね」
橋下
「(パネル=戦死した兵士のおかげで今の自分がある)でも小中学校でね、僕は義務教育の間に、絶対靖国参拝させるべきだと思うんですよ。でね、命のこの間も、ネットでなんかみんな集まって簡単に自殺したりとかあったじゃないですか。僕は戦争は反対なんですけれども、ただ、やむなく戦争になって、その兵士でね死んで行った人、戦死したっていうのは、自分のためじゃなくて他人のために命落としたっていう、これほど尊いことはないと思うんですよね。で、そこに手を合わせたりとか、ありがとうございますというような心がないと、命を大事にしようなんてそんなこと絶対に思わないと思うんですよ。だから、あんな自殺なんて・・・自殺する権利はも認めてもいいんですけども・・・」
三宅
「いけません!・・・前半で止めときゃいいのに」(会場爆笑)
たかじん
「あのね、あなたね、いつも一言多い(橋下に)」(会場笑い)
橋下
「どうせ自殺するだったら、戦争した人のことを考えてね、腎臓や肝臓や目を置いてってね・・それから死んでくれっていうようなことをね・」
荻原
「首相がするっていうのは又違うんじゃないですか?あの、私たちが行ってお参りするってのはこれは、みんなやった方がいいと思うんですよ」
橋下
「それに、首相は国のリーダーじゃないですか」
荻原
「それが8月15日に・・・・」
宮崎
「僕は8月15日に行くのはどうかと思っている。春と秋の例大祭に行くべきだと思っています。」
辛坊
「さっきの話ですが、それだったらアメリカ大統領やサッチャーを求める前にですね、皇室が最初に参るというのが多分話の筋ではなかろうかと思うんですけど」
西尾
「だから、サッチャーとブッシュが行けばですね、恩讐の彼方。第二次大戦は恩讐の彼方になるわけです。そしてついでに胡錦涛にも靖国神社に詣ってもらうと。こういうことが外交の本筋じゃないかと私はおもいます。それから、あの一言最後に・・・。日本が軍備を充実させ、えぇ、その、きちんとした戦いのできる体制に作るということは、戦争をするためじゃないんですよ。戦争を避けるためなんですよ。もしですね、どんな屈辱にもどんな侮辱にも日本人が耐えなければいけないという、すべてが何でも平和が大事、平和以外は(平和のためには、あるいは戦争以外は、の言い間違い?)何でもありが許される、そういう平和は必ず最後に戦争になるというような、これは我慢できなくなるんです、最後に。だから何でもありが許され平和は、平和に反するということを意味しておくことが、北朝鮮にだって何だってちっとも怖くありませんよということで、初めて国家が成り立つんですよね。
ものすごくこの国はこれから変わって行くと私は信じています。必ずこの国は変ります。それから、私より左はもう思想じゃなくなります。私がちょうど真ん中になります」(会場大うけ)
西尾氏、退場。
辛坊
「私の立場から言いますと、ある種のバランスというと怒られるけど、・・・どうなんだろうなあ(笑)」
たかじん
「この番組は物を投げるだけでいいと思うんだけど」
辛坊
「波紋が広がり、また何かが生まれる、と」
たかじん
「1回で終わる番組ちゃうから。1個投げて10個返ってきたら・・・」
辛坊
「この番組はどんな方にも門戸を開きます(笑)」
たかじん
「もう1回言うけど(先週も言った)、太田・大阪府知事、ぜひお待ちしています!」
私の立場からいいますとね、
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「たかんじんのそこまで言って委員会」に出席して
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お知らせ
(1)10月23日(土)14:00〜16:00
西尾幹二講演会「正しい現代史の見方」入場無料
帯広市幕別町緑館
主
催:隊友会道東連合会
連絡先:自衛隊帯広連絡部
飯島功昇氏
TEL
0155−23−2485
(2)Voice11月号(10月10日発売)
拙論「ブッシュに見捨てられる日本」25枚
尚同誌に横山洋吉(東京都教育長)、櫻井よしこ両氏の対談「扶桑社の教科書を採択した理由」があり、注目すべき内容です。
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10月17日に関西より以西で放映されたよみうりテレビの「たかじんのそこまで言って委員会」を早速文字化して下さっているサイト、「ユウコの憂国日記」があるので、以東の方もここをクリックして、読んで下されば、何があったかは分ると思う。大阪の三人の知人から「良かったよ、胸がスーッとした」と電話があったので、テレビ効果はそれなりにあったに相違ない。
けれども、出演した本人は肝心な話の内容が全部カットされているので、テレビ局の扱いに大変に当惑し、不満だし、内心怒っている。
南京虐殺はなかったということは証明できないが、あったという論拠も今やことごとく覆され、証明できず、限りなく「なかった」に近いのだという私の判断はたしか収録されていたはずである。しかし、私はその理由を数点、以下のごとく分かり易く述べておいたのである。
(1)
1941年の蒋介石政府の内部報告書は虐殺があったという認識をもっていない。掠奪や放火はあったとされるが、これも日本軍がやったとは限らない。
(2)
毛沢東が延安で書いた「持久戦について」の中で、日本軍が蒋介石の軍隊を殲滅しなかったのは戦略的にまずかった、とさえむしろ言っている。ここにも大量虐殺の認識はない。
(3)
虐殺を主張してきた日本人学者が主に依拠したのはティンパーリ、ベーツ、ラーベといった欧米の特派員の報告や文書である。しかし彼らは蒋介石政府の顧問であったり、武器商人であったりで、情報撹乱を意図していたスパイであった。証拠能力がない。
(4)
この他に大量虐殺があったと語ったいくつかの証言はすべて伝聞であって、誰かから聞いたという間接証言にすぎない。目撃証言もあるが、それは一人か二人の処刑を目撃したという話であって、大量虐殺の話はひとつもない。
(5)
ハーグ陸戦法規によれば、軍服をぬいだ不法戦闘員、つまりゲリラであるが、これは捕虜として保護される権利を持たない。日本軍が正規の捕虜を処刑したという証言は、昭和12年から東京裁判まで存在しない。
私は以上の5点を、テレビだから分り易く、例えば「不法戦闘員」などと言わず、「軍服を着ていないゲリラは、捕虜とは認められなかったので処刑されても不法ではなかったんですよ。」という言い方をした。
戦争のさ中だからゲリラの処刑はあったし、一般市民の誤殺もあっただろうと私は考えている。けれども組織的大量虐殺は考えられない。もしあれば、ナチスのような科学的焼却工場でも作らなければ屍体処理ができない。また殺戮任務の特殊部隊を用意しなければ、殺害自体が不可能である。特殊部隊編成の記録は必ず残る。しかしそういうものは日本軍史には存在しない。
私の知識はそれほど深くはない。大体こんな程度の莫たる知識しかもっていない。今、専門家の間ではより詳しい、細部に入った論議がなされているはずだが、私は常識の域を越えない。
ただその程度の予備知識でもテレビの視聴者は知っておくべきと思い、分り易いことばに改めて、ポイントだけ述べておいた。にもかかわらず、ことごとくカットされている。これはひどい。何のために私に南京問題の質問を向けてきたのか分らない。
私の出演したテレビに関心をもって下さった方は、私に上記の発言があったことも加味して、考えて下さい。
2004
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