Subject:平成15年8月12日     (一)         

From:西尾幹二(B)

Date:2003/08/12 18:32

 8月7日九州には台風が襲って来た。熊本は夕方から雨が激しく降った。しかもこの日、甲子園では熊本初出場校が午後おそく試合をしていた。講演会には不利な条件が重なっていた。

 

 午後6:00〜9:30「日韓歴史大討論in熊本」という企画が熊本市産業文化会館で行われた。県外からの予約者が大挙して不参加の電話報告をしてくるなどあって、主催者(日本会議熊本)を口惜しがらせた。それでも会場には350人くらいは集まっていた。こんな悪条件下によく来てくださったと私は思った。終って車で帰った人々は、低地のあちこちが池のようになる大変な降雨量で途方に暮れたらしい。

 

 パネリストはソウルから前日来ていた金完燮氏と占部賢志氏(福岡県立太宰府高校)と私の三人である。司会は熊本日本会議理事長の多久善郎氏である。

 

 始める前に通訳をまじえて打ち合わせをした。私は「他者としての朝鮮半島」(『諸君!』7月号)という、先に発表した論文にほぼ沿う内容を予定していたので、約1時間かけて事前に通訳を介して金氏の耳に内容を入れておいた。誤解の起こる余地をなくすためである。韓国の儒教朱子学の因襲は日本の江戸時代の儒学とは趣を異にする。結婚や政治制度など根幹にまで関わる階級差別の体質は、日本とも中国とも異なる韓国の社会構造を決定したことを考察した内容である。

 

 金氏は「それは比較文化論であって、歴史ではない」などと不満を口にした。歴史というものを発展の相でみる固定観念が彼にはあるようだ。日韓併合が韓国を「発展」させた、という彼の考え方は日本人読者を喜ばせはしたが、これもやはりある種の進歩史観なのである。

 

 『親日派のための弁明』の新装版が韓国で出たといって、一冊くださった。今度もまた直ちに有害図書指定を受けたらしい。反日団体が俵義文のネット21と組んで新たに告訴したとも聞く。韓国の反日団体と日本の極左団体とが手を組んで、ここでも動いている。『日韓大討論』の韓国版はあと一ヶ月くらいかかるとも言っていた。

 

 この日の催しを県民に知らせるために主催者はテレビ三社にスポットコマーシャルを申し出た。うち二社がいったん引受け、調査検討の結果と称して、理由もいわずにことわってきた。フジテレビ系のみが4回のコマーシャルを予定どおり全部流した。熊本日々新聞が金完燮氏のインタビュー記事を掲げた。朝日、読売なども熊本版に広告を掲載した。テレビ二社だけがおかしかったそうだ。

 

 ディスカッション(1)「日韓近代史について」は、私にとっては格別新しい発見はなく、北朝鮮が焦点となったディスカッション(2)「日・韓の未来について」が韓国人のものの考え方の不思議さをあらためて印象づけ、面白かった。そこでこれを逐語的に紹介する。事前に相談して質問役は司会の多久善郎氏が担当した。

 

 多久善郎:金さんは米軍が朝鮮半島にいないほうが半島の平和に役立つというご意見をお書きになっているが、どういう根拠であるかお聞かせいただきたい。

 

 金完燮:北朝鮮(以下北と略記する)は以前は韓国を共産化する目的をもっていたが、1980年代以後にはその目的を諦めた。北はもはや攻撃態勢ではなく、米国の攻撃に対する守りの態勢に入った。ソ連の崩壊後、経済的軍事的に北が弱くなったのに対し韓国は成長し、強くなった。1990年以後、在韓米軍がたとえいなくても、北が攻撃をしかける状況ではもうなくなっていた。

 

 ところが9・11同時多発テロ以来、米社会が変化し、自ら先に戦争を起こす国になった。今では世界の戦争は米国による先制攻撃の戦争形態である。米国は共和党と民主党とで考えが異なり、今共和党政権なので、より好戦的である。米軍の韓国撤去がどうしても必要なわけは、朝鮮半島の東と西の海岸から米国が北を先に攻撃する可能性が高いからである。韓国には米軍基地が50箇所ある。だから北にも攻撃する理由がないわけではない。しかし攻撃するとすれば、先になるのは米国による先制攻撃である。韓国は願ってもいない戦争にまきこまれることになろう。逆に米軍がいなければ先制攻撃はない。北は米軍基地のない韓国を攻撃することはないと思う。米軍基地のある韓国は北の攻撃対象となるから、在韓米軍は韓国人に被害を与える存在である。

 

 多久善郎:しかし北の憲法には南の解放が明記されているのではないか。

 

 金完燮:1980年頃韓国は自らの内部の混乱で共産化する道、精神的な共産化の方向を願っていた。在韓米軍がいたから、精神的な共産化は一挙には進まなかった。けれども米国がいることでその可能性は減りはしない。1980年代に北の主体思想を担う人が韓国にも生まれたが、彼らの敵は米軍であった。

 

 多久善郎:あなたは主体思想についてどう思うか。

 

 金完燮:日本人に人気のない話になるが、というのはこの話をしたら絶交すると言ってきた日本人がいたからである。一時的に韓国でも人気のあった思想で、数百万人が憧れたものである。主体思想に入るとそれに溺れる人が多い。韓国で発達させた主体思想と、もともと北にあった主体思想とは別である。韓国でも独自に発展したこの思想がある。悪い宗教のようにすぐなくなる思想ではない。北は主体思想によって統治されている国柄である。

 

 多久善郎:韓国が北に呑みこまれるのではと心配するが、韓国で発達した主体思想というのは、韓国が北に呑みこまれないための目的や意味をもつものなのか。

 

 金完燮:韓国の主体思想は金正日を支持し、韓国の体制に武装蜂起する人たちのもので、10年前までは危険思想であった。韓国ではかなり多数の賛同を得てきた。自分も6ヶ月くらい主体思想に憧れた時期もあった。私よりもっと親北の立場の人も少なくなかった。

 

 多久善郎:あなたはどういう所に憧れ、どうやって乗り超えたのか。

 

 金完燮:今から17年ほど前、1986年頃だが、新しい考えに対する好奇心から接近し、ある日突然違うと思って離反した。

 

 多久善郎:何が一番違うと思った点か。

 

 金完燮:思想がいくら良くても、体制が悪いから、正当化され得ないと思ったからだ。

 

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Subject:平成15年8月12日     (二)        

From:西尾幹二(B)

Date:2003/08/13 10:10

 占部賢志:今の是認できない北の体制は、外から何もしなくても6〜7年で自壊する可能性がある。しかし金大中から盧武鉉に引き継がれた太陽政策が今後も維持されることで、へたをすると北が生き伸び、北のペースで南北統一が実現される可能性もなしとはいえない。核保有の朝鮮半島の出現も懸念されている。この点で米軍撤退は最大の心配事なのに、金さんは逆のことを仰有っている。

 

 金完燮:北による朝鮮半島の統一はあり得ない。これは心配の外だ。太陽政策をつづけると北は必ず崩壊する。北の体制が崩壊することは、韓国に吸収統一されるということで、これは韓国にとって由々しい問題だ。表向き韓国は統一を口にしているが、内心では願っていない。北の国民は韓国国民である、と憲法に書かれているから、このままいくと韓国がたとえ欲しなくても、いずれは吸収統一となる。南北交流が生じ、自由交通になれば、北の国民は韓国国籍を選ぶだろうからである。いずれにせよ北に吸収統一されることはない。

 

 西尾幹二:今までそう言って問題を先送りにしてきた日米韓三国の引き延ばし政策と変わらないご意見のように思える。太陽政策は事態を動かさず、北を強くしただけだ。2000万の人口のうち1900万人が死亡してもよく、100万の支配階層が生き残ればよいというような国家が地上にあっていいのだろうか。あなたは道徳的怒りを感じないのか。もし北の民衆があなたの同朋であるなら、武装蜂起して1900万の北の民衆を解放すべきではないのか。

 

 金完燮:韓国人の中にもそのように考えている人はいるし、私も武力解放を考えたときもある。けれども、解放後の経済の困難は大きく、道徳感からの同情は勿論あるが、それだけでは済まない。しかし先生の考え方にも私は同意する。

 

 占部賢志:太陽政策によって東アジアの状況は少しも好転しなかった。武力政策だけではない、もっと別の政策があるはずだ。私はそれを言っているのであって、韓国が太陽政策にだけこだわっているのが分からない。

 

 金完燮:盧武鉉は金大中の政策をそのまま継承するわけではない。太陽政策によって体制が維持されてきたというのは誤解で、最大の金脈は日本からであり、今なおそうである。20万の在日朝鮮人の組織と闇のお金である。二番目は中国からである。韓国は三番目である。韓国の太陽政策が北を維持しているわけではない。

 

 多久善郎:北はむかしの李氏朝鮮と同じで、金氏朝鮮といってよく、ひどい独裁者ではないのか。金完燮さんは必ずしもそうではないと仰有っているが、金正日をどう思っているのか。

 

 金完燮:北はフセインの独裁体制とは違う。むかしの李朝においても国王にできることは少なく、国王は必ずしも独裁者ではなかった。同様に金正日も自分にできることは少ない。金は合理的な人で、自分勝手に人を殺す独裁者ではない。北は討論している国、話し合いをしている国である。言論の自由がないのでテーマは限られているが、軍などの内部で話し合いは行われている。脱北者の共通点は、韓国人よりも弁が立つことだ。多くの人のいる前で、論理的に正しく話すのがうまい。権力上層部も討論がなされることを好んでいる。北の政治は日本人が今思っているような非理性的なイメージとは違う。

 

 多久善郎:他の韓国人もそう考えているのか。

 

 金完燮:金正日は金大中との首脳会談で初めて韓国で広く知られるようになった。

 

 多久善郎:しかし、拉致問題をみていると、日本への謝罪も外交途絶もすべて首領さまお一人で決めているように思うが。

 

 金完燮:拉致に関していえば、日本の反応がおかしいと私には思えている。韓国では北のことは大体分かっていた。しかし日本をみていると、北に関する関心も情報も永い間なにもなく、拉致でとつぜん北が話題の中心におどり出て来ているようにみえる。永い間日本人は関心をもたなかったのに、急に騒ぎだした感じで、われわれからみてとても変だ。韓国人の拉致について韓国人は誰も騒がない。

 

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Subject:平成15年8月12日     (三)        

From:西尾幹二(B)

Date:2003/08/14 08:35

 西尾幹二:金さん、これから私の一問一答にYES,NOで答えていただきたい。北は国家予算の三分の一を金日成・正日親子の長寿研究所に用い、3000人の研究員を働かせ、金正日は自分の体型に似た人物を選び出して、いろいろな人体実験をしていることを知っているか。

 

 金完燮:知らない。

 

 西尾幹二:金正日はフランスのブルゴーニュワインや日本の伊勢海老も空便で取り寄せ、築地の寿司ねたをこれも空送させ、東京の一流の寿司職人を雇傭し、銀座でもたべられないような高級料理を毎日のように楽しんでいるのを知っているか。

 

 金完燮:知らない。どこに書いてあるのか。

 

 西尾幹二:日本では金正日の料理人の本も出ている。金さん、わざと頭を狙って脳髄のとび出るのをミセシメとする公開処刑を知っているか。

 

 金完燮:知らない。

 

 西尾幹二:ドイツ人医師の北朝鮮レポートが世界的反響をよんでいるのを知っているか。

 

 金完燮:その話は聞いている。

 

 西尾幹二:そのレポートによるとピョンヤンの外は飢餓地獄で、病院には薬もなく、外科手術も麻酔を用いない。知っているか。

 

 金完燮:・・・・・・

 

 西尾幹二:市場で人肉まで売られていることを知っているか。

 

 金完燮:そんなことは何処に書いてあるのだ。

 

 西尾幹二:金正日のかってのNO2黄なる人物が一族の生死を犠牲にして亡命し、北の実情を訴えようとしてきて、日本ではいくつもの本が出されたが、韓国ではタブーで、ことに大統領が金大中になって発言禁止、言論の自由を奪われているのを知っているか。

 

 金完燮:・・・・・・

 

 西尾幹二:日本人は拉致を契機にとつぜん騒ぎだしたのではない。北のことは前から調査が進んでいた。例えばドイツ人医師の本は小泉訪朝前に出版されている。北に関するたくさんの情報が日本ではつみ重ねられてきても、証拠不十分でなにも言えなかった。怒りは内心に貯まっていた。金正日の謝罪があって、立証のきめ手となり、怒りに怒っていた感情が一気に爆発した。それが真相だ。思うに私の予想する処では、北の真実の情報は韓国には伝えられていないようだ。韓国はなにも知らないのかもしれない。知らぬが仏ではないだろうか。

 

 金完燮:われわれも脱北者から情報を得ている。脱北者には大袈裟に言う人が多い。

 

 西尾幹二:大袈裟に言っているのではなく、韓国人にそう聞こえるだけなのだと思う。私は朝鮮半島の運命に関し、韓国にも日本にも北朝鮮にも自己決定権はないという認識から出発しなければならないとつねづね考えている。残念ながら、決定権は米中二国に握られている。日本は情報にだけは通じている。詳細は分からないが、どうやら韓国はこの件に関する限り情報鎖国である。あるいは、日本と韓国とでは北からそれぞれ違った内容が伝わっているのかもしれない。

 

 占部賢志:韓国では北の拉致は前から知られていたはずなのに、道徳的に動揺しなかった。金さんは日本の拉致さわぎを知って不思議に思ったというがそれはおかしい。日本のさわぎ過ぎは奇異に感じたと仰有ったが、それも理解できない。ラングーン事件——このとき韓国の優秀な外務大臣が死亡して韓国にとって大損害の悲劇だった——や、大韓航空機爆発事件もあって、韓国には北の非道はよく分かっていたはずなのに、それでも北を容認するというのは、根底において反日があるからだろうか。聞く処によると、日本を軍事占領する以外に韓国人の気は晴れないとか・・・・・

 

 西尾幹二:皆さん、終結に当たってちょっと待って下さい。在米のある日本人からのまた聞きであるが、知人の優秀な韓国人が語ったことばによると、韓国では体制・反体制に関わらず、朝野を挙げて、日本をいかにして「普通の国家」にしないかを策謀して、優れた知性がこぞって全努力を日々休むことなく傾注しているそうである。日本ではこのことは知られていない。日本人だけが夢にも考えていない。そんな中で金完燮さんは、ただひとり、日本は「普通の国家」であるべきだと言って下さっている韓国人なのである。どうかそのことを忘れないで頂きたい。この点でわれわれは氏に感謝し、氏の言論を評価している。今日は数々のご無礼なことばがあったが、われわれのこの気持ちだけはきちんと伝えておきたい。

 

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Subject:平成15年8月12日     (四)        

From:西尾幹二(B)

Date:2003/08/15 08:49

 三人の日本人と韓国人・金完燮氏との討論をよんで、多くのかたがたはさながら三人が金氏を追及し、論難しているかのごとき印象を受けるのではないかと私は恐れる。会場でもそのことに配慮して、私の最後の発言がなされた。

 

 けれども、実際にはどうであろう。相手の心を忖度しないのはどちらかといえば金氏のほうであった。ものに動じない堂々たる態度だといえばそういえるし、あまり感情を持たない人だといえばそうもいえる。

 

 シンポジウムの間つねにひとりだけインターネットを開いて、なにかをクリックしながら答えていた(東京のシンポでもそうだった)。今回もたとえば、併合時代の半島の人口1000万人に6000人の日本人警察官で用が足りていたのに、今は5600万の人口で10万人の警察官を必要とする。併合時代がいかに治安がよく、きちんと統治され、不満も反乱もなかったかを示す証拠となる、といったような言い方で、なにかというと数字で説明する。

 

 金氏は感情にさして動かされない。論理的にしか思考しない。これは一つの興味深いタイプである。頑固なまでに数字や論理の示す正しさを信奉していることは『親日派のための弁明』にすでに明らかである。ここに一つの性格偏向を見てとる人も多分いるだろう。

 

 他方、北朝鮮問題に示す反応は現実からの遊離である。ここ2〜3年で10回の来日を数えながら日本に流布している北朝鮮情報を拾っていない。もしかりに日本の半分がロシアの占領下にあり、アメリカに未知の新情報が流れているとしたら、アメリカ旅行中の日本の知識人は必死になって母国の真実をひとつでも多く知ろうと努めるだろう。アメリカに流布している情報はどれも大袈裟で、デマだと高を括っていられるだろうか。たとえデマでも、あらゆる事実の断片をさぐろうと努力するであろう。しかし金さんはすべて北のことは知りつくしているかのような様子で、熱心に現実の情報を得ようとはしていない。それでいて歴史上の特定の認識に対しては一定の見方の心理的固着状態が認められる。

 

 人の心の動きに自分を合わせることなく、三人の日本人から韓国社会に相当手厳しい批評がなされても、怒るということがない。何を言われてもほとんど無表情である。不思議な人である。しかし、だからこそ彼の異能な才は発達したのだともいえる。

 

 韓国人は感情的である。過度に情緒的である。「竹島」や「日本海」にみるまでもない。金氏は韓国社会の感情に引き摺られないで論理的にのみ考える。情念に動かされて判断を誤っている韓国社会の中でひとり屹立して正しいことを言うのはこの異能の才のおかげである。例えば日本海に海岸線が4%しか接していない韓国が自国の「東側の海」(東海)を主張する感情論を、金氏はピシッとはねのける。これは見事である。

 

 ただ私は、彼が韓国社会でどういう交友関係をもっているか、人間関係の維持にどういう困難を覚え、どういう工夫をしているかというようなことにむしろ興味を抱いている。もしここにドストエフスキーのような人がいたら、金氏を見てものすごく面白いことを言うのではないか、などとも空想する。

 

 なにしろ彼は二国間の運命に関わる重大発言をおこなっている。それでいて心が開かれているのか閉ざされているのか良く分からない。開かれているのは一つの方向である。閉ざされているのはそれ以外のすべての方向である。彼は洞穴を掘り進むように考える興味をそそる人格である。彼のような人物を小説に仕立てる想像力を持った作家が出現しないから、日本の近代文学史は貧寒たるままなのである。

 

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Subject:平成15年8月12日     (五)        

From:西尾幹二(B)

Date:2003/08/16 08:21

 熊本で行われた日韓歴史討論の報告は以上をもって終るが、日録感想掲示板のほうに、ある投稿によって私が意識していなかった違った角度からの歴史認識が示されていることを発見した。北朝鮮に関する通例の考え方にも新たな光を投じているので、重要と考え、ここに再掲載する。(感想掲示板を読んでいる人には重複になるのをお許しいただきたい。)

 

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[653] 「日韓歴史大討論in熊本」 投稿者:北の狼 投稿日:2003/08/15(Fri) 01:29 [返信]

「平成15年8月12日 (二)」で「日韓歴史大討論in熊本」の様子が紹介されていますが、それから引用します。

 

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金完燮: 

北はフセインの独裁体制とは違う。むかしの李朝においても国王にできることは少なく、国王は必ずしも独裁者ではなかった。同様に金正日も自分にできることは少ない。金は合理的な人で、自分勝手に人を殺す独裁者ではない。北は討論している国、話し合いをしている国である。言論の自由がないのでテーマは限られているが、軍などの内部で話し合いは行われている。脱北者の共通点は、韓国人よりも弁が立つことだ。多くの人のいる前で、論理的に正しく話すのがうまい。権力上層部も討論がなされることを好んでいる。北の政治は日本人が今思っているような非理性的なイメージとは違う。

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上の金氏の発言には、実に興味深いものがあります。

李朝最後の国王(皇帝)高宗に典型的に見られるのですが、李朝国王は独裁的にものごとを決めるということはあまりしていないようです。重臣(両班官僚)にとことんまで議論させるんですね。19世紀になると、権力を握った一族が国政を欲しいままにする政治すなわち「勢道政治」が勃興してきたり、大院君というかなりの独裁者が登場したりもするのですが、基本は重臣による議論です。そして、その議論の結論をうけて、国王が最後にお墨付きを与えることが特に高宗の場合は多かったようです。

例えば、1897年、韓国は国号を「大韓帝国」とし、高宗は皇帝を名乗るようになるのですが、”国民の上疏を受けて、止むを得ず受諾”という手法をとっています。これは、当時韓国を「保護国」としていたロシアをはじめとする各国の反対をかわす意味もあったのですが。

「第二次日韓協約」締結の際も、高宗は閣僚たちに徹底的に議論させています。そして、会議に同席した高宗自身はほとんど発言しない。この(一見すると)優柔不断な高宗の態度に、伊藤博文はそうとうにいらだったようです。

 

この徹底的に討論・議論をさせるという手法には、いろいろな「メリット」があります。

 

・高宗の例のように、指導者が責任を免れえる。つまり「共同責任」という状況のなかで、指導者自身の責任を埋没させる、または希薄化させるということです。

・指導者は自らの欲する結論が出るまで議論を行わせることによって、間接的に議論を誘導できる。

・閣僚や重臣の考えを把握することができる。

・「多くの人のいる前で、論理的に正しく話す」ことの訓練となり、対外交渉力を身につけやすい(北朝鮮の外交官には、手ごわい人物が多いですね)。

・納得や共通了解を結論の基礎とするシステムなので、組織に対する忠誠心が高く保持されえる。

 

先の日本海沖の「不審船」の自爆、かつての潜水艇で韓国に潜入した連中の闘いぶり等をみると、北朝鮮軍人の忠誠心はかなり高いといっていいでしょう。これは独裁政治や恐怖政治といった外的圧力のみでは到底説明がつくものではなく、精神的要素が強いであろうと思ってはいましたが、議論や討論を極めるという手法が忠誠心涵養の大きなファクターとなっているのかもしれません。

 

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 北朝鮮が李氏朝鮮の中世的専制体制の一種の継続形態であることはしばしば指摘されるが、専制独裁という負の面の継承だけが意識されすぎている。ここに述べられているように正の面の継承もあるはずである。歴史は複眼で見る必要がある。

 

 94年のカーター調停は、北朝鮮が間もなく崩壊するとの米国の予想をいわば前提としていたといわれる。けれどもこの国は簡単に崩れ去らなかった。いま6カ国協議を前に、世界は北朝鮮の予想外のしぶとさ、粘り腰をあらためて再認識している。6カ国はタジタジとなっているといった方がいい。

 

 「北の狼」さんの上記分析は、歴史を善し悪しで見ないで、過去における必然性において捕えている。金完燮氏の片言に、予想外に深い意味があり、歴史の謎が暗示されていることを見て取っている。これは貴重な洞察である。そういえば打ち合わせの席上、同じテーマが話題になり、金氏が「李王朝の国王は自分からは何もできない。日本の天皇と同じです」と言ったのを思い出す。

 

 しかし李王朝の国王と金日成・金正日は同じではない。今度はそういう別の角度が新たに見えてくるのが面白い。継続もしているし、断絶もしている。それが歴史である。