平成15年10月1日

 片岡鉄哉氏の談話 (一)

                   H15年10月01日09時15分

 9月22日路の会に片岡鉄哉氏(元スタンフォード大学・フーバー研究所上級研究員)をお招きした。私は片岡氏の論説のいわば素朴なファンだが、なぜ好きかというと日本に対する冷徹な目があり、客観的に突き離して日本を見ていて、特にアメリカの立場を正確に伝えている点で日本人に有益と思われるからである。しかもここが大切な点だが、彼自身の立場はどこまでも愛国者のそれである。

 世の中にアメリカの立場で日本を批判する人は多い。日本人の立場だけ主張する愛国者もたくさんいる。片岡さんはそのどちらでもなく、その両方なのだ、と私は最初に、皆の前で彼を紹介する挨拶をした。彼は黙って聞いていて、「なるほどなあ、そうですか」と笑った。彼の話の要点をまとめておく。

  「バブルが崩壊してから13年、アメリカはよく待ってくれたと思う。日英同盟の解体と同じような話が近づいている。このまま日本が衰退すれば、米中同盟というか、少なくとも米中協商はあり得る。日本にとって致命的だ。在日米軍は要らなくなる。日本は憲法を守っていればいいというそれだけの国になる。平和のうちに去勢される。」

  Voice9月号の片岡氏の「日本よ、同盟を拒絶するのか」は洞察的な論文だった。『フォーリン・アフェアーズ』(7−8月号)のモートン・アブラモヴィッツ(キッシンジャーの腹心)の日本批判を基本に置いたこの論文を、片岡氏は自論の前提にして語った。アブラモヴィッツの反日論文は民主党内のブッシュ政権批判の文脈から出たものだが、氏の論文で紹介されている限りのその内容は説得力がある(Voice論文参考のこと)。

  キッシンジャーは数週間前に、北朝鮮を核抜きにするには日韓も永遠に核抜き国家にすることを交換条件にすべきである、などという論説を出している。キッシンジャーはニクソン時代から日本の核武装を唱えてきた人で、アブラモヴィッツもその意見だった。ニクソンは五大国で世界政治を運営する考えだった。五大国とは米英中露日である。しかしいつまで待っても日本は大国になろうとしない。ついに決定的に日本を見離し始めている。

  「ブッシュは小泉が好きなんですよ。だから今のところはまだ安心ですよ。でもイラクの国連代表部が爆破されて、情勢は変わった。さし当り日本では選挙だといって、延ばしているが、衆議院選挙が終わって、カネと派兵の両方が求められる。カネは巨額だし、1000人の死者の可能性もある。日本の世論は大騒ぎになる。小泉はビビるでしょうね。」

  「大統領選でブッシュが敗けると、アブラモヴィッツとキッシンジャーの考え方が表に出てくるでしょうよ。現在でもね、情勢は良くない。アメリカで現在の日本の肩を持つ人はよほど心情的に日本が好きな人に限られる。中国に比べ使いものにならない国になった。」

 「中国人は話が大きい。戦略の話をひとつしてもスケールが大きい。日本人に話してもほとんど通じない。」

 「ただ一ついいのは米中対決が潜在的にあることだ。中国は覇権国家だ。アメリカ人は動物的本能で覇権国家を嫌う。けれども9・11同時多発テロ以来アメリカは中国への対決意識をひとまずとり下げた。テロとの戦争が優先するからである。中国に頼らざるを得ない。そうなった途端に日本は見すぼらしい国とみえてくる。」

  「今のアメリカの世論はブッシュに批判的になっているが、戦争を止めろとまではいえない。テロ集団は今もいるし、必ずまたやるからだ。民主党もそれは分かっているから、ベトナム反戦のようなことは言わない。だからブッシュ批判は、ブッシュは戦争のやり方が下手だ、戦術戦略がまずい、という言い方にとどまり、方法にだけ反対している。」

  「そこで民主党はブッシュの対抗馬に、ウェスリー・クラークという軍人を立てようとしている。ブッシュはベトナム戦で徴兵忌避者だった疑いがある。クラークは戦争なら俺に任せろといえる軍人だ。クリントンが後押しし始めている。」

  「でも、私は大統領選でブッシュはまだ戦略的に弱くなったとは思っていない。イラクで米兵の殺害がつづいたことだけが問題だ。しかし9・11のショックが残っていて、アメリカ国民はまだ厭戦気分にはなっていない。大統領選でブッシュは勝つと私は思っている。共和党がブッシュを途中で下ろすということはありそうもない。」

 

平成15年10月1日 片岡鉄哉氏の談話 (二)

               2003年/10月02日09時35分

  片岡鉄哉氏のフリートーキングは快調につづく。

  「アメリカの友人に『フォーリン・アフェアーズ』のアブラモヴィッツの例の論文を読んだか、と聞いたら、彼はこの間アブラモヴィッツに会いに行って、ジョゼフ・ナイが部屋から出てくるところに出会った。ジョゼフ・ナイは米中同盟についてアブラモヴィッツと掴み合いのような論争をやってきた直後で、興奮した面持ちだった、という話でね。」

  間接的な話ばかりになるが、面白いので聞き耳を立てていた。ジョゼフ・ナイは日本の平和憲法が好きな人である。アブラモヴィッツが日本に手荒なこをとしようというので、我慢ができなかったのではないかという。とはいえ、ジョゼフ・ナイが平和憲法を大切にしたいというのは日本を愛しているからではない。日本の復讐を恐れているからである。

  第二次大戦でアメリカは日本に不当な仕打ちをしたと思っている人だが、正しい「歴史認識」をもつ彼のようなアメリカ人の親日性の背後には、長い将来における日本の手強さへの警戒がある。そこが面白い。他方、アブラモヴィッツのような親中派は、日本をなめていて、恐れていない。

  「クリントンは就任直後からさかんに日本叩きでしたね。自動車を買えの一点張りだった。私の見るところ、クリントンは小沢一郎をけしかけて、宮沢つぶしをやったんだと思う。細川・羽田・クリントンが一つの車に乗って応援演説をしたこともあった。」

  「沖縄少女事件が起きて、日米関係がぎくしゃくしたとき、日米修復のために出て来たのがジョゼフ・ナイだった。彼は日本の憲法が好きで、あの憲法を日本に守ってもらわなければ困ると考えている。だから彼のリードした防衛ガイドラインは柔らかい内容になった。そして、この男が実は宮沢喜一につながっている、と自分は見ている。」

 「ジョゼフ・ナイはアメリカが日本に戦争をしたのは間違いだったと考えている男だ。日本の戦争責任は濡れ衣だってことを知っている。ニクソンもそうでした。だから彼は沖縄返還に応じた。けれどもジョゼフ・ナイは日本が憲法改正をすれば、やがて日本が復讐することもあり得ると恐れている。アメリカが悪いことをしたと思っているからです。」

  「ブッシュ大統領の当選前、アーミテージは日本に憲法改正をさせようと檄をとばした。そのあと集団的自衛権を日本政府がきちんと認めるよう働きかけたが、すべてうまくいかなかった。日米連携で妨害している者がいる。」

  「『フォーリン・アフェアーズ』の編集長とジョゼフ・ナイはツーカーの仲と見ているが、この雑誌は二回、反石原慎太郎のシグナルを出した。石原はアメリカの反応を見ていて、首相を諦め、都知事再選に踏み切ったものと思う。ここにも日本から糸を引いていた者がいる。」

  「ブッシュが靖国参拝に小泉を誘ったという説、小泉が避けたので明治神宮となったが、それでも不完全に終わったあの話、共和党の戦略だったと中西輝政が書いていたが、私はそれは怪しいと思っている。というのも、共和党系のウォルトストリート・ジャーナルは大統領が靖国へ行くのを止めてもっと安全な道をとれ、としきりに書いていたからだ。共和党も本音はジョゼフ・ナイと似たようなものかもしれないのだ。」

  「共和党の大勢は石原はイヤだが、小泉ならイイ、憲法改正も石原ではダメだが、小泉でならやらせてもイイ、と考えている節がある。何度もいうが、米政界に向けて日本からシグナルを発している者がいる。」

  「外国に介入するときの常道として、いきなり干渉することはない。外国の内部に情報提供者をつくる。そこを通じて情報交換をする。一方的に外から言ってもダメだからだ。」

  「『フォーリン・アフェアーズ』の編集長とジョゼフ・ナイの日本側のカウンターは、私は宮沢喜一だと思う。日本と日本人に侮辱を加えてきた男、さんざん病的なことをやってきたあの男だ。彼はつねにアメリカと組んで護憲に回ってきた。宮沢はレーガンが当選したとき真蒼だったのを思いだす。」

  片岡氏はこう言って、息をつくようにして、「日本はどうしてこうも護憲が好きなんでしょうね。」と言った。憲法上何の用意もできていなくて、戦争になったら本当に悲惨なのだ。「94年の北朝鮮危機、96年の台湾海峡危機、二度戦争がせまったことがあった。ところが、こういうときに日本政府はどういうわけか憲法を離さない。むしろ憲法にしがみつく。信じられない。」

 

平成15年10月1日 片岡鉄哉氏の談話(三)

                 2003年/10月03日08時59分

 路の会の席上の片岡氏は、ゆっくりした口調で、ポツリポツリと、なにかを思い出すようにしながら、自分の言葉のつながりだけをまさぐるようにして語った。

  あまりに話が米政界内輪の回想ばなしになると、私は主催者として困るので、北朝鮮への米政府の今後の対応いかんと、口出しした。

  「アメリカは35師団のうちすでに25師団つかっている。もう兵力が残っていない。もう一つの戦争ができる状態ではない。北とは政治交渉でいかざるを得ない。アメリカとしては中国に北の核放棄を実行させようとしている。しかし北はこのまま逃げ切ろうとするだろう。」

  「アメリカが困るのは北の核拡散だけである。核施設を爆撃するといっても、地上のどこに隠しているのか空中写真だけでは正確には分からない。万一のときに日本をミサイルから守るすべもない。北が核ミサイルを他国に輸出せぬようアメリカは海上臨検をすると言っている。しかしどんな臨検をやっても100パーセントの阻止はできまい。」

 「中国は最近、中朝国境の軍を増派した。中国は北をアメリカに手渡すはずがない。むかし血を流した所を手離すことはない。一方、アメリカはアフガンとイラクに縛られている。中国が何かするか、何もしないのかのどちらかである。」

  「ブッシュの再選後のアメリカはイスラエルとパレスチナの永久的解決に全力をあげるだろう。二期目のブッシュの勲章はこれであり、北朝鮮問題ではない。」

  以上の推理は、いよいよ日本が正念場を迎えつつあることをきわ立たせる。日本が率先して動き出し、アメリカを引きこむようにしなければなにも起こらないということである。アメリカ頼みではなにひとつ解決しないで、時間だけが過ぎるということである。路の会会員のなかから幾つかの意見があった。

 小田村四郎氏 「アメリカは以前は北朝鮮に対し強硬姿勢だったが、最近は不可侵条約を結んでもいい、というようなことを言うが、政策が変わってきたのか。」

  西尾 「私は最初からアメリカの対北政策には迷いがあり、方針がずっと未確定だったと思い、そう書いてもきた。」

  入江隆則氏 「アメリカは二つのことを見誤った。イラクの戦後を見誤った。ようやく最近、イラクと敗戦後の日本とは違う、ということがアメリカにも分かってきたようだが、今度は北の戦後を見誤っている。北はイラクより戦後統治が簡単なのに、なぜか恐れている。」

  石井公一郎氏 「仰言る通りだ。北は統治される能力をもっている。中東にはそれがない。」

  西尾 「つまり、アメリカは腰がひけている。もうこれ以上頼りにならないということですね。」

  片岡氏 「朝鮮半島、日本、台湾のラインは果たして今のアメリカにとって昔のように大切か。軍事技術も急速に変わってきている。できればもう捨てたいと思っているのではないか。」

  片岡氏の話は何処までも悲観的である。唯一の米軍プレゼンスの可能性は中国が最後に残った覇権国、対米挑戦の国だということにつきる。それ以外にアメリカが朝鮮半島、日本、台湾を気にかける理由はもうなくなっている。

  片岡氏の話は、日本に軍事意志の覚醒がなかったならば、日本は半島と共に非核中立地帯となり、次第に「香港化」への道を歩むであろうということである。

  「香港化」という私の警告語に反発して大騒ぎした人が日録感想板の中にいたが、片岡氏のこの日の話は私が言おうとしていたこととほとんど同じだといっていい。

  本日の出席者はほかに、井尻千男、黄文雄、荻野貞樹、宮崎正弘、藤岡信勝の各氏であった。