領土問題の新局面 (一)
                  H16/3/3(Wed)12:27No70


 『ダカーポ』2004.1/7・21合併号(529)に求められて、領土問題について次のようなインタビュー記事の掲載に応じた。

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 「竹島、尖閣列島、北方領土」どう解決する?
正しい歴史教育をして世論を積みあげていくこと

 評論家の西尾幹二さんは次のように激しく語る。

 「拉致・歴史教科書・靖国の三問題は近隣国からの主権侵害3大事件ですが、領土問題も忘れてはならない屈辱のテーマです。対中国・韓国になると日本は“(戦争の)加害者”という誤った意識を持ってしまい、史実や事実とまるきり違う、言いがかりをいわれても強く出ることができないんです」

 竹島、尖閣列島、北方領土——ずっとくすぐっている領土問題。隣国にどうアプローチすれば有利に展開できるだろうか。

 順番にその“攻略法”をお聞きしていくことにしよう。韓国と対立する竹島の場合は——。
「日本は竹島の領有問題に関して公式に国際司法裁判所に付託することを韓国に提案しています。それはこちらに正当な歴史根拠があり勝訴できるからです。ところが韓国は正式な国際審判には一切応じない。一方的な感情論に終始し、日本側の出す歴史資料をマスコミに発表することさえ禁じている。サンフランシスコ平和条約は竹島の日本領有を承認、1953年に日本は4度にわたり標柱を立てましたが、韓国はこれを取り去り、同年7月と翌年8月にわが国の巡視船を銃撃、船体被弾。韓国警備隊が上陸し、不法占拠して今日にいたります。以上のような事実を日本国民は知らない。そこで、まず必要なのがNHKなどが竹島をめぐる日韓の正しい経緯をドキュメンタリー番組にすること。国をあげて国民への教育宣伝をすることから始める。そして新設の日韓歴史共同研究会の場で互いの歴史的根拠をぶつけあう。その内容は完全公開され、日韓両方のマスコミが中身を伝えることを義務付けるんです」

 続いて、中国・台湾とモメている尖閣列島問題はどう対応したらいいのか。

 「この海域は戦後、アメリカ軍が射撃場に使用し、沖縄返還後、日本に返還され、領有を自明としていました。歴史的にも疑問とされたことがない。ところが、中国も台湾も60年代後半この島周辺に石油があると分かると突然領有権を主張しだしました。清の時代からこの島は自分たちのもの、軍事国家日本に強奪されたと強弁する中国側の論理は、尖閣列島だけでなくやがて沖縄全島も中国領と言いだしかねないニュアンスを含む。2008年の北京五輪までは強くはこないでしょうが、20年後は何をしてくるか・・・・・。軍船などで領海をウロウロし少しずつ日本への圧力をかけている。やがて実力行使をちらつかせ、闘わずして島を奪うという戦略が始まっているようにみえる。その時は一戦を交える覚悟が必要だし、その前に領海侵犯船に威嚇射撃ぐらいのことはしていいでしょうね。」

 最後は対ロシアの北方領土。

「パトリック・ブキャナン(アメリカ共和党の大物)がこう言っているんです。ロシアは人口少子化で50年には4000万人も減り、自国の力で極東を維持できなくなり、中国の人口流入に押されると。そこで頼りになるのが日本の経済援助(投資)。極東全域を日本が経済的に中国から守ってくれるのであればロシア国民に北方領土返還はいいのではないかというコンセンサスが生れる可能性は高い。ロシアはもともと日本に北方領土の潜在的な主権があると認めていますからね。

 日本は三つの領土問題でそれぞれ異なる対応を取るべきです。竹島・尖閣に関してはまずは日本の国民に正しい知識を教育することが先決ですね。」
 



: 領土問題の新局面 (二)
 西尾 幹二 - 2004/03/06(Sat) 16:42


 


 領土問題の新局面(二)
              名:西尾 幹二  日:H16/03/06(Sat)16:42_No.71


 産経新聞 平成16年1月18日(日)朝刊より

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  竹島問題に及び腰の日本メディア
 ——韓国側利するだけの不作為の罪——


《《《戦後の空白期に不法占拠》》》
 
 竹島は日本が江戸時代から実効的に支配してきた領土である。

 韓国は1953年と54年に竹島を守るわが国の巡視船を銃撃し、武装解除していた戦後日本の空白期につけこんで不法占拠した。韓国は銃撃後に警備隊を常駐させ、既成事実化を図った。わが国の抗議は71年まで35回にものぼった。65年の日韓条約では未解決のままに残ったが、「調停によって解決を図る」の一文が入った。つまり国際司法裁判所への付託に韓国政府は合意したわけだが、いまだこれに応じない。

 こうして30年ほど睨み合いが続いたが、韓国は再び動き出した。97年、島に接岸施設を建設し、2003年には郵便番号をつけた。朝夕の天気予報に竹島地方のお天気が入っていることはつとに知られる。韓国は今月16日に竹島をあしらった記念切手を発行した。

 なぜにわかに波風を立てようとするのか。尖閣諸島をめぐっても中国の論調に、台湾統一に踏み出す第一歩として尖閣の日本領有を妨げとみなす見解が堂々と出るようになった(産経新聞1月4日付朝刊)。国際環境が激変したときにのみ動くもの、それが領土問題である。北東アジアの激変期が近づいている。人は肌に感じ始めている。北方領土や竹島をとり戻すチャンスが来たのであり、それは尖閣を奪われる危機でもある。日本はポカーンと口を開けて他人事のような顔をしているが、冷戦崩壊後、中韓両国は虎視眈々と目を光らせ、身じろぎし始めている。

 《《《NHKの報道姿勢に問題》》》

 小泉首相は竹島の記念切手をめぐって「荒立てる動きはしないほうがいい」と例によって穏便にやり過ごす姿勢だが、北東アジアの政治環境の急変するこのときに、今までと変わらぬことなかれ主義でいいのだろうか。

 北方領土に関しては声高の返還要請が国民こぞっての統一意思であるが、竹島、尖閣に対しては政府もマスコミもなぜか口ごもる。首相の靖国参拝のニュースを報じるNHKが「これに対する中国、韓国の強い反発が予想されます」などと言わないでもいい余計なコメントをきまって付けるのは、公共放送の中立性に反すると私は常々考えているが、中国の調査船が尖閣領海を侵犯し、軍船が周遊する不穏な動きをマスコミ、とりわけNHKがそのつどきちんと伝えることも、国際情勢の変化する今、必要になった。

 韓国人は竹島を知らなかった。80キロ韓国よりの鬱陵島をも15世紀以来、韓国は犯罪人の逃入を防ぐため、「空島政策」をとって放棄していた。江戸初期から日本人は魚採目的で鬱陵島へ行く中継地として竹島を利用し、文献や地図に両島が現れるのに対し、韓国にとって半ば捨てていた鬱陵島よりはるか遠い岩礁の竹島など、ほとんど知見がなかった。日本が1904年に竹島を島根県に編入したとき、日本の強権下にあって、韓国は抗議できなかったと今は主張するが、当時の協約によると日韓間の外交顧問はアメリカ人で、韓国は外交権を奪われていたわけではない。単に竹島に関心がなかっただけである。

 《《《歴史的事実知らせる義務》》》

 さればこそ第二次大戦後、対日報復意図を持つアメリカも歴史事実を知っていて、50年に講和条約草案の注釈書に「鬱陵島とは異なり竹島には朝鮮名がなく、かつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思えない」と認定、サンフランシスコ平和条約で日本が放棄する島の中には竹島は含まれないことになった。

 しかるに52年、公海上にいわゆる李承晩ラインが突如引かれ、竹島はラインの内側に取り込まれ、日本漁船は締め出された。これに抗議したのは日本だけでなく米英中の三国である。53年、海上保安庁と島根県は竹島にいた韓国人に退去を命じ、日本領土の標柱を立てること四度に及んだ。しかし韓国による武力行使で、冒頭に記せるごとく万策尽きて今日に至る。

 戦後の無力は日本に行った韓国の野蛮な武力行為を今はまず何よりも日本国民に広く知らせる必要がある。新聞はもとより、ことに公共放送であるNHKは逃げてはいけない。政府はNHKにドキュメント番組を作らせるなど内外に向け歴史知識の普及に努めること、進行中の日韓歴史共同研究会議で両国の主張を展開させ、両国のマスコミに全文を公開する協約を交わすことを私は差し当たりの提言とする。韓国のマスコミは竹島に関する日本側の主張の情報公開すら禁じていると聞く。待った無しの激変期が近づいているのである。


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Re: 領土問題の新局面
 西尾幹二 - 2004/03/07(Sun) 10:01 No.109 /


 


領土問題の新局面 (二)
               名:西尾 幹二  H16/03/06(Sat)16:42_No.71

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 大学入試センター試験疑惑 緊急報告(六) 

 高池弁護士から連絡が入りました。世界史と日本史の大学入試センター試験を告発する件において原告として本訴に参画する学生が新たに二人登場しました。彼らは二人とも、今年度の大学に合格しているとのことです。尚、当日録サイトを読んでの申し込みとの由です。これで四人になりました。

 なお、この件を検討したい方は、本サイトの「大学入試センター試験疑惑 緊急報告(四)(五)」(http://nishio88.hp.infoseek.co.jp/index1.htmlにまとめ有り)2月28日NO.68と3月1日NO.69をお読みください。その上で、相談、連絡を希望する方は以下の連絡先にお願いします。

〒102−0093
 千代田区平河町2−16−5クレール平河町302
 高池法律事務所
 弁護士 高池 勝彦氏
   TEL 03−3263−6041
   FAX 03−3263−6042

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         産経新聞 平成16年1月18日(日)朝刊より

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  竹島問題に及び腰の日本メディア
 ——韓国側利するだけの不作為の罪——


《《《戦後の空白期に不法占拠》》》
 
 竹島は日本が江戸時代から実効的に支配してきた領土である。

 韓国は1953年と54年に竹島を守るわが国の巡視船を銃撃し、武装解除していた戦後日本の空白期につけこんで不法占拠した。韓国は銃撃後に警備隊を常駐させ、既成事実化を図った。わが国の抗議は71年まで35回にものぼった。65年の日韓条約では未解決のままに残ったが、「調停によって解決を図る」の一文が入った。つまり国際司法裁判所への付託に韓国政府は合意したわけだが、いまだこれに応じない。

 こうして30年ほど睨み合いが続いたが、韓国は再び動き出した。97年、島に接岸施設を建設し、2003年には郵便番号をつけた。朝夕の天気予報に竹島地方のお天気が入っていることはつとに知られる。韓国は今月16日に竹島をあしらった記念切手を発行した。

 なぜにわかに波風を立てようとするのか。尖閣諸島をめぐっても中国の論調に、台湾統一に踏み出す第一歩として尖閣の日本領有を妨げとみなす見解が堂々と出るようになった(産経新聞1月4日付朝刊)。国際環境が激変したときにのみ動くもの、それが領土問題である。北東アジアの激変期が近づいている。人は肌に感じ始めている。北方領土や竹島をとり戻すチャンスが来たのであり、それは尖閣を奪われる危機でもある。日本はポカーンと口を開けて他人事のような顔をしているが、冷戦崩壊後、中韓両国は虎視眈々と目を光らせ、身じろぎし始めている。

 《《《NHKの報道姿勢に問題》》》

 小泉首相は竹島の記念切手をめぐって「荒立てる動きはしないほうがいい」と例によって穏便にやり過ごす姿勢だが、北東アジアの政治環境の急変するこのときに、今までと変わらぬ事なかれ主義でいいのだろうか。

 北方領土に関しては声高の返還要請が国民こぞっての統一意思であるが、竹島、尖閣に対しては政府もマスコミもなぜか口ごもる。首相の靖国参拝のニュースを報じるNHKが「これに対する中国、韓国の強い反発が予想されます」などと言わないでもいい余計なコメントをきまって付けるのは、公共放送の中立性に反すると私は常々考えているが、中国の調査船が尖閣領海を侵犯し、軍船が周遊する不穏な動きをマスコミ、とりわけNHKがそのつどきちんと伝えることも、国際情勢の変化する今、必要になった。

 韓国人は竹島を知らなかった。80キロ韓国寄りの鬱陵島をも15世紀以来、韓国は犯罪人の逃入を防ぐため、「空島政策」をとって放棄していた。江戸初期から日本人は漁採目的で鬱陵島へ行く中継地として竹島を利用し、文献や地図に両島が現れるのに対し、韓国にとって半ば捨てていた鬱陵島よりはるか遠い岩礁の竹島など、ほとんど知見がなかった。日本が1904年に竹島を島根県に編入したとき、日本の強権下にあって、韓国は抗議できなかったと今は主張するが、当時の協約による日韓間の外交顧問はアメリカ人で、韓国は外交権を奪われていたわけではない。単に竹島に関心がなかっただけである。

 《《《歴史的事実知らせる義務》》》

 さればこそ第二次大戦後、対日報復意図を持つアメリカも歴史事実を知っていて、50年に講和条約草案の注釈書に「鬱陵島とは異なり竹島には朝鮮名がなく、かつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思えない」と認定、サンフランシスコ平和条約で日本が放棄する島の中に竹島は含まれないことになった。

 しかるに52年、公海上にいわゆる李承晩ラインが突如引かれ、竹島はラインの内側に取り込まれ、日本漁船は締め出された。これに抗議したのは日本だけでなく米英中の三国である。53年、海上保安庁と島根県は竹島にいた韓国人に退去を命じ、日本領土の標柱を立てること四度に及んだ。しかし韓国による武力行使で、冒頭に記せるごとく万策尽きて今日に至る。

 戦後の無力な日本に行った韓国の野蛮な武力行為を今はまず何よりも日本国民に広く知らせる必要がある。新聞はもとより、ことに公共放送であるNHKは逃げてはいけない。政府はNHKにドキュメント番組を作らせるなど内外に向け歴史知識の普及に努めること、進行中の日韓歴史共同研究会議で両国の主張を展開させ、両国のマスコミに全文を公開する協約を交わすことを私は差し当たりの提言とする。韓国のマスコミは竹島に関する日本側主張の情報公開すら禁じていると聞く。待った無しの激変期が近づいているのである。