新刊の副題
 
 

 新刊の副題
           西尾 幹二   H16/05/18(Tue18:57 No.94


 6月初旬に、製作に一年半もかけた私の新刊エッセー集『男子、一生の問題』が出版される。版元は三笠書房である。

 ここに一人の熱心な、疲れを知らぬ、しつこく食い下がる、一寸やそっとで私の言うことをきかぬ、うるさ型の清水篤史君という若冠40歳の編集者がいる。

 内容の編成にも、小見出しの立て方にも、いちいちああいえば、こういうで、きりがない。が、おかげで読み易いいい本になった。

 少しでも読みにくい個所があると彼が文句を言ってくるから、手直しし、自ずとすっきりした文章になる。そういう意味では度胸のある、いい編集者である。

 私の方がうんざりして、喧嘩になることも数度に及んだ。終ってみれば、編集者はこうでなければいけないと思った。自信のないお人好しの編集者の多い時代に、清水君は珍しい。

 ところがこの5日前から、副題をどうつけるかにまたまた大騒ぎがくりひろげられた。その経緯をお伝えするのも、一冊の本の誕生する舞台裏の物語として興味がおありかと思う。

 『男子、一生の問題』は少し今の時代感覚からみてズレているタイトルかと思い——あえてそこを狙ったのだが——、次の4案を私が提出した。

「男子、一生の問題」
  1、今も昔も変わらぬ問い
  2、今だからあえて問う
  3、こんな時代だから問いただす
  4、忘れていないか、この永遠のテーマを

 清水君は首をタテに振らない。ピンとこないという。本題の補説という考えを捨てて、副題に独自のメッセージを持たせてはどうかということになり、二人は次の4案を新たに考えた。

  1、今だから、あえて問う!
  2、まず行動せよ、その後で言葉を探す
  3、「世の中の真中」を気にしないでいけ
  4、一枚の「地図」が人生を変える

 この段階で年上の長谷川さんにも照会し、彼女は3、を選んだ。ほかに聞いた人も圧倒的に3だった。清水君が自分の提出した2、4案をひっこめるのに相当に時間がかかった。頑固な男なのである。

 3、には独自のメッセージがあっていいし、西尾らしいとの意見も多かったが、三笠社内では「世の中の真中」の意味がはっきりしない。一般大衆には誤解される。西尾が考えている意図どおりに受けとる人は西尾の周辺の人に限られる、という反対意見がわき起こった

 そこで3、のような意味合いのメッセージを伝える新しいことばを打ち出そうときまって、次の6案を双方が考え出した。

「男子、一生の問題」
  1、世の中の真中を気にしないで歩め
  2、つねに「自分というもの」がいる生き方をせよ
  3、世間の通念に左右されるな
  4、「毒にも薬にもならぬ人間」に魅力はない
  5、「自分がいないような」生き方を恥じよ
  6、羞恥を知れ!

 どれが最終的に選ばれたか、推理して下さい。2、5の「自分」は深い意味だが、やや哲学的で、広い読者には向かない。3、の「通念」はイメージの結べない読者が多い。それなりに難しい言葉だというのである。6、は本の内容の全体を表現していない。

 というわけで4、にきまった。

 皆さんには予想外かもしれない。一冊の本の完成までに、副題ひとつでもどんなに時間をかけるか。三笠は売ろうと力をこめている。表紙の装幀はカラーから無地まで、文字の大きさ、帯の巾まで多様に組みかえ15種類ほどの見本を作成した。

 内容は時局論ではない。辛辣な人間論である。清水君にいわせると、西尾の書いた、後世に残る最高傑作だそうだ。乞御期待。