Subject:平成14年12月19日   (一)         

From:西尾幹二(B)

Date:2002/12/19 17:52

     アメリカへの複眼

 当「日録」11月24日(二)の項をよんでください。

 あそこでご関心のある向きは雑誌が出てからご一読いただきたい、と書いておいた

ので、あるいはもうすでに読んで下さっている方もいるだろう。しかし、雑誌を入手できな

かった方もいるかもしれないので——最近は売れ足が早い——ここにやや長文ながら、念

のため再録します。「日録」の読者にはきっと最も大きな関心事の一つだと思いますの

で、あえてそうします。

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     一投書者にすすめるアメリカへの複眼

   ——「反米」も「親米」もないということ——

 

 本誌12月号の投書欄「編集者へ・編集者から」で、会津若松市の米山高仁さん

(医師・49歳)が、テロ戦争に対する米国への対応をめぐって、小林よしのり氏と私とが意

見の対立を深めたことについて心を痛めていると述べ、これを明治初年の攘夷と欧風化の

対立になぞらえております。小林氏は「絶対的な攘夷思想を抱き・・・参加者の大多数が

自刃して果てた神風連」にも似ており、「小林氏の言説は平成の神風連に見える」と書い

ています。他方私の言動には不平等条約改正のために「国力を蓄えた上で攘夷を果たそう

とした大久保利通の深謀遠慮が重なってみえる」そうであります。

 

 しかしこういう類推は不正確で、あまり好ましくありません。私に大久保の器量が

ないことはもとより、小林氏も神風連ではあり得ません。もし氏が「平成の神風連」であ

るなら、絵と激語を書いて満足しているわけにはいかず、自ら自刃して果てる実行家にな

るはずでしょう。どんな激しい言葉も、口で言っているうちはまだ気楽なのですから。

 

 米山さんは私の著作をあまりよく読んでくださっていないようですね。私自身が

「反米反中・日本中心主義」をずっと前から言いつづけてきたことをどうもご存知ないよう

です。

 「もし西尾氏とその支持者が、大久保亜流の拝米主義でないと言うならば、小林氏

が突きつけた、『もし米国が中共の肩を持ち、総理大臣の靖国神社参拝をやめ、新しい歴

史教科書を検定で不合格にすべきだと言い出したらどう対応するのか』と言う詰問に誠実

に答えてほしい。『仮定の質問に答えられない』程度に創造力がないなら、小林氏の創造

力に敵うまい。」

 

 米山さんはなにか勘違いをしているようです。『もし米国が中共の肩を持ち・・・・

(以下略)』は私自身が前から言ってきたことなのです。小林氏は私の本の熱心かつ

精密な読者ですから、いろいろなところで私の意見に似たことを、いくらか極端化して述

べているケースがじつに多いのです。

 

 平成12年8月に私はこう書きました。

 

 「しかしそうこうしているうちに(北朝鮮の核脅威を先送りしているうちに)、頼みの

アメリカが手を引くか、または当面、日本にとっての最大の威嚇の相手である中国と

手を結んだらどうなるのか、こういうシミュレーション一つしないということも、いかに

日本が軍事的知能を失っているかということを示しています。」

              (『国を潰してなるものか』79ページ)

 

 『国民の歴史』が古代史において、「反中国」、近代史において「反米国」である

ことから、私のスタンスはお分かりですね。日本の孤独の確認とその不羈独立が、私の終

生の課題です。

.

 

 

Subject:平成14年12月19日   (二)         

From:西尾幹二(B)

Date:2002/12/20 10:11

 

 しかし憲法改正ひとつできていない今の日本では、いきなり強がりを言ってもダメ

で、せいぜい内閣が集団的自衛権を認めて、一歩でも前へ出ることが大切です。フランス

も、ロシアも、そして中国でさえもいまアメリカの軍事行動の前に沈黙し、様子をうか

がっている微妙な時代に、日本が「反米」と「親テロリズム」の旗を振って、どんな成算が

あるというのですか。そんな声が国内に強まれば、いまのアメリカは日本の敵に回り、中

国の肩を持ち、日本は孤立し、それこそ総理の靖国参拝も教科書の検定も悪意をもって踏

みつぶされてしまうでしょう。

 

 わが国が軍事的に依存している同盟国とアメリカとの関係をどうするかという目前

の課題は、北朝鮮の脅威がいよいよさし迫っている現実の急変と密接につながっていて、

そこから切り離して考えることはできません。さらに21世紀の中国の脅威というものを

考えたときに、アメリカとの軍事同盟の必要度はますます高く、アメリカを含む欧米文明

からの日本の精神的自立という課題はこれとは別形式で、しかし同時に進行させるという

難しい課題に立ち向かわざるを得ません。

 

 米山さん、私が本誌に前にこう書いたのを覚えておられますね。

 

 「皆さんに申し上げたい。百パーセントの『反米』も、百パーセントの『親米』

も、あり得ないのだということをです。例えば今の私は、六十パーセントの『親米』、四十

パーセントの『反米』であります。状況次第で、それが逆になることもあり得ます。」

     (『正論』平成14年6月号、『歴史と常識』60ページ)

 

 どんな状況下でも「神風連」のように「絶対的な攘夷思想」でやっていくということは、

国益に反し、今のこの開かれた時代にありえない幻想であり、国民の幸福を破壊しか

ねません。けれども、どんな状況下でも、他者に支配されず、自己本位であろうとするこ

とは大切で、片ときも忘れてはいけない心掛けです。

 

 この点で私は本年8月23日、あるインタビュー記事で自分にとって大切と思われるア

メリカへの複眼、反米でも親米でもない対応の二重性について語っていますので、そ

の一部を引用させていただきます。

.

 

 

Subject:平成14年12月19日   (三)         

From:西尾幹二(B)

Date:2002/12/21 09:51

 

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西尾——国家というものを見ない日本人の欠点は、やはりアメリカの占領政策とそれ

への無警戒さから来ている。われわれはその根源をよく見極めないといけないと思うので

す。 ただ、こう言いますと、占領政策に日本人は騙されて今のような亡国状態になった

と言っているように思われるかもしれませんが、そうではないのです。保守派の中にはそう

いうことだけを言う人が最近は時々いますが、私はそれでは「日帝三十六年」をいまだに

批判している韓国の「反日」と同じではないかと思います。

 

 重要なのは、日本人がいかに自分で背筋を立てるのかということであり、その意味

で、むしろ悪いのは六十年近くも自分を変えることができない日本人なのです。だから、

アメリカのせいにするのはやめよう、しかし、アメリカのやった占領政策の悪質さはもっ

とよく認識しよう、と言いたいのです。

 

 同時に、戦争の直後ならまだしも六十年経った今も、日本人が国家というものを直

視できないでいるのは何故か、ということのもつ微妙な心理を考えてほしいのです。私

は、国家ということを考えようとすると、われわれはどうしてもアメリカ依存ということに

帰着せざるを得ない宿命があるということが漠然とみんな分っていて、それ故に日本人は

国家を直視しない、むしろ直視したくない——こういう深層心理があるのではないかと思

うのです。

 

 その理由は簡単で、現実の力関係から言って、力の源泉はアメリカだからです。特

に保守派は国家を強く考えるわけで、そうすると自然とアメリカと一体化した国家という

ものを頭から否定することができない。力の源泉がアメリカだから、国家を考えれば、ど

うしてもわれわれの国家とアメリカとが一体になってしまう面がある。それで、アメリカ

の行動に引きずられていって国家を考えたくないという思いになる。

 

 この点は、どうすればわれわれが日本を中心にした国家というものを考えることが

できるかということを求めていく上で重要なことであり、保守派に反省と自覚を促したい

のです。

 

——では、アメリカと一体ではない、主体的な日本人の国家意識というものはどのよ

うに  して可能だとお考えでしょうか。

 

西尾——そうした意味で、課題はアメリカとの関係をいかに克服するのかということ

になると思うのですが、一つの例として、歴史認識の問題は中国・韓国に対する

問題だけではなく、むしろ一番の問題は対米なのだと考えています。

 

 というのは、さきに言いました占領政策も、日本には衝撃だったけれども、

アメリカとしてはいわば普段通りのことをやっただけなのです。日本だけでな

く、フィリピンでもプエルトリコでも例外なくやっていることです。韓国も戦争直後

は米軍の軍政下におかれ、同じようなことが起こっています。最近、話題になっ

ている『親日派のための弁明』を書いた金完燮という人は、韓国における反日教

育の原点もアメリカの占領政策にあると言っています。

 

  しかし、アジアにはアジアの美学があり倫理がある。そして歴史認識があ

る。戦争観がある。向こうの戦争観が基準では困るし、日本には言い分がある。これ

は当然のことであり、このことを日本は友好国としてアメリカにはっきりと主張

しなければならない。

 

 実は、ワシントン体制以来、アメリカが日本を圧迫し、日本が追い込まれて

いったということを理解するアメリカの歴史学者は少なくないのです。戦争をし

ようとする意志があったのはアメリカであり、日本にはまったくなかった。これ

は紛れもない歴史的事実です。そうしたアメリカのアジアへの膨張をアメリカの

側から問い直してもらう。また、こちらもそうしたアジア人軽視の傲った意識に

焦点を当てた批判と分析を重ねて、アメリカに歴史の見直しを迫っていく。それ

に同調する学者は必ずいます。

 

 もちろん、なかにはアイリス・チャンを応援したり、いま翻訳が出ている

『昭和天皇』のハーバート・ビックスなど困ったアメリカ人もいることも事実です

が、アメリカ、イギリス、フランスなど西欧先進国は意外と大国の襟度というものを

持っている。そして何より一元的ではない。ですから、われわれは総力を挙げて戦

争観と歴史観の是正を対米、そして対英、対仏——特にイギリスはいい学者がいま

す。ただしドイツは駄目です——でやっていく。

 

    むろん、アメリカの戦争認識を変えることは簡単なことではないことは承知

しています。彼らは今でもあの戦争は正義だと思っているのですから。けれど

も、例えば朝鮮政策などに関しては英米は理性的です。だから、日本の朝鮮半島統

治も理解できる人がいるのです。

 

 例えば、産経新聞の黒田勝弘記者によれば、昨年11月にハーバード大学で

開かれた国際学術会議で、国際法専門のJ・クロフォードというイギリスのケン

ブリッジ大学の教授は「自分で生きていけない国について周辺の国が国際的秩序の

観点からその国を取り込むということは当時よくあったことで、日韓併合条約は

国際法上は不法なものではなかった」と併合合法論を堂々と述べています。

 

 こうした英米の議論は中韓にも大きな影響があります。そうした意味でもア

メリカの歴史認識の修正努力は中韓の偏見を正すことにもつながると思うので

す。

 

——それは、例えば、日本人の歴史認識とか戦没者に対する感情とかを、アメリカに

対して主張していくということにもなるわけですね。

 

西尾——ええ。さらに言えば、アメリカに対する日本人の感情とか、日本人の持って

いる要求とか不満などもそのなかに入るでしょう。

 

 実は新しい歴史教科書をつくる会は、既にそうした役割を果たしていると言

えるかもしれません。つくる会に対して、アメリカの中にものすごく関心が起

こっていて、もちろん「日本のリビジョニスト(歴史修正主義者)」というふうな

捉え方だろうと思うのですが、それでも「NOと言っている日本人たち」の声が

ニュースになるということはとても大事なことです。本も何冊も出ているそうで

す。その中の何パーセントかでも、この「NOと言っている日本人たち」は一体何

を主張しているのだろうかと考えてくれたら、日本への認識が修正される可能性

があるわけですから。あの教科書は英訳してほしいと思います。

 

 いまアメリカの話をしましたが、これは一つの政策であって、もちろん日本

でばかげたことを言っている謝罪派知識人を叩くことも大事です。むしろ、日本

が変わればアメリカも変わるというところもありますから、日本の方が先かもし

れない。しかし、日本人がなぜ国家を直視しないのかという問題から考えれば、

どうしてもアメリカに対する主張というものが必要だとも思うのです。

 

    (「日本人はなぜ国家を直視しないか」『明日への選択』九月号)

 

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Subject:平成14年12月19日   (四)         

From:西尾幹二(B)

Date:2002/12/21 15:26

 

 少し長い引用になりましたが、米山さんのご質問を見てからこのように私は急に考

えたわけではないことを示したかったのです。以前から事柄は複雑であること、アメリカ

に対しては協力と主張の両面をもって対応し初めて日本の不羈独立が守られるということ

を、私は言いつづけてきました。つまり、問題を「反米」とか「親米」とかに限定して、

単純化するべきではありません。

 

 米山さん、今日本がアメリカと戦争するわけにはいかないことは分り切っているで

しょう。いま日本は北朝鮮の拉致問題で大騒ぎしていますが、アメリカにとってはイラク

も北朝鮮も小さな問題にすぎません。これらマイナーな相手にはいかに損害少なく対処す

るかにしかアメリカは関心をもっていないでしょう。北朝鮮だけで手一杯で、アップアッ

プしている日本とは違うのです。

 

 ロシアを味方に引き入れたアメリカの今後の最大の対決相手は、中国です。二十年

もたたぬうちに米中のはざまの日本にも命運をきめる一大事が出来するでしょう。それま

でに日本は両国のどちらにも利用されない決然たる国家になっていなくてはなりません。

 

 今から一歩づつ現実を動かすことが必要で、一息になにかが変えられると思わず、

現実をまず正確に見ることから始めてください。

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