9月25日(一)「路の会」志方俊之氏

24日夜、「路の会」9月例会が開かれた。帝京大学教授志方俊之氏の「防衛力の構
造改革と米国の対テロ戦略」。イラクとともに北朝鮮も当然テーマのうちに入ってい
る。夜6:30〜8:00が氏の話で、8:10〜9:50が質問と討議の時間だっ
た。「路の会」会員の関心は高く、今日は参加者が多い。

志方氏は昔でいえば陸軍大将だった人である。充実した3時間20分であった。ここ
では主な内容をお伝えするにとどめる。文責は私にある。

志方氏の発想は大胆で、新鮮であった。21世紀の前半は米中対決できまると氏は言
う。イラクも北朝鮮も小さな問題にすぎない。米国はいま、このマイナーな相手には
いかに損害少なく対処するかにしか関心をもっていない。

アフガニスタン攻略は米国にとり将来の布石に役立った。ロシアの南進路をさえぎ
り、中国の西側に割って入り、石油の新しいアクセスを得た。中央アジアはいままで
米国の力の及ばない地点、最後の空白地域だった。そこを制した意義は大きい。

9、11テロ以来、結局誰が得をし、誰が損をしたか。志方氏によれば米国の一人勝
ち、中国の一人損であった。

米国はパキスタンに地歩を築いた。中国の西への進出、ロシアの南への進出を抑え、
インド=ロシアの遮断に成功し、ロシアと核軍縮の条約を結び、日本との軍事協力関
係を引き出した。古い兵器を使い果たし、新しい兵器の実験もおこなった。圧倒する
軍事力で、世界に対する無敵の状態をつくった。

中国は不利になった。中央アジアのファイブスタン諸国は米国寄りになった。中露が
結束する今までのようなやり方の効果が薄れた。中国内の各自治区がめざめた。日米
同盟が強化された。米印の関係が改善された。その分だけ中国は困る。中国包囲網が
着々と進みつつある。

米国はいま中国に標準を合わせている。中国と競争状態になる前に中国を包囲する。
つまり、中国と対決するときに、あらかじめいい陣取りをしておく。在韓米軍は中国
につきつけた刃である。

会員の中から、米中対決の理由について、冷戦のつづきか、それとも人種対決かとい
う質問があった。志方氏はこれに答えて、米中は似たところのある国である、どちら
もintegration(統合)を求める性格をもっている、という共通性に、対決の理由を見
出して、次のように語った。

自分の個人的意見だが、と断って氏は、文明の進化は分化であり、枝分かれしたり多
様化したりする方向にある。けれどもアメリカと中国は、その反対の方向にいま向
かっている。アメリカはIT革命、ドル札の威力、民主主義の普及etc、いわゆるグ
ローバリゼーションで、地球を一つの性格に統合しようとする。中国はいわゆる「中
華」思想という伝統がある。中華という名における統合は地域限定的で、例えば南米
の中国化はない。それに対しアメリカの統合方式は広域に及び、世界の各地にとぶ。

が、いずれにせよ、二つのintegrationは必ず衝突する。とりわけアメリカは目の前
にある敵を次々につぶしていくのがつねである。しかも、兵器産業はアメリカ経済の
主要部分を成す。余力が出ると世直し戦争をする。次の戦争の準備もおこたりない。
例えば湾岸戦争の前に、ネバダで同じ規模の大演習をやって、事故死が戦死者より多
かった。そういう国である。

(二)

米国にとって対イラク戦争は対アフガン戦争よりやり易い。今度は海があるから、他
国に基地を頼まないですむ。米国の独力でできる。他の国々が賛成してくれればそれ
に越したことはないが、他の国が何を言おうと、米国はやるときはやる。イラクの逃
げ口上、引きのばしはもう許すまい。イラクの化学兵器、生物兵器は湾岸戦争時で既
に弾道化していた。大量破壊兵器の拡散はもはや抑止しがたい。だからといって、そ
れを黙ってやりすごしていい、放って置いてもいい、という風には考えないのがアメ
リカ人なのである。

アメリカは唯一超大国になったからこそ、無差別テロの標的にもなっている。テロに
対する対応策は(1)資金源を絶つ(2)テロ集団の動きを探知する(3)寄生地域
に先制攻撃をしかける(4)大使館等の施設を直接防衛する——に限られよう。

(1)〜(4)のあらゆる対策をこうじても、なお網をくぐってテロは起こり得るだ
ろう。アメリカ人は新しい犠牲者が出るのを防げない可能性を考えている。犠牲は仕
方ない。それでもテロ防止をやらないという法はない。テロに屈服する選択肢はな
い。戦いながら生きる——それがアメリカ人の生き方である。銃規制法がどうしても
この国にはできない所以である。

志方氏のアメリカ人流儀に関する説明は、私には得心がいった。それゆえイラクでの
戦争は起こるのも理解した。氏によると、攻撃は1〜2月の寒い日の夜におこなわれ
るという。冬は温度差が生じてレーザーによく映る。夜は米側から敵の動きがレー
ザーでよくみえるが、イラク側からは見えないので、冬の夜が選ばれるというのだ。

イラクと同じ圧力が北朝鮮にもかけられるのだろうか、という私の質問に、志方氏は
米朝協議で、アメリカは北朝鮮が(1)国境から兵を引くこと、(2)軍事力を減ら
し韓国と兵力を均等にすること、(3)その分だけ民生に経済力を回すこと、(4)
核や化学兵器をもたない、ミサイルをつくらせないための査察を受け入れること、
(5)南北間に数キロ幅の緩衝地帯を設けること、などを要求し、受け入れない場合
には軍事力を行使するであろう、と述べた。「だから日本は経済援助を先走ってはい
けないのです」とも言った。けだし至言である。

日本をターゲットにしたテポドン——1トンの化学爆弾で東京は壊滅する——の脅威
から解放される唯一のチャンスは、イラクに戦勝したあとのアメリカの意志ひとつに
かかっている。ようやく解決する可能性が出てきたわけだ。しかし、日本列島に向け
られた中国の核弾頭の脅威からはいつ解放されるのだろうか。2025年ごろにピー
クを迎える米中対決のときに日本の運命がきまる、と言った志方さんのことばが印象
的だった。

中国が今はアメリカに脱帽している。アフガン空爆の威力の前に、台湾総統の不用意
な発言があっても、江沢民は軍を抑え、アメリカ詣でをする始末だ。北朝鮮は中国か
ら原油の支援を絶たれたという説もある。金正日はロシアにすがったが、プーチンに
日本から金を引き出せと教えられた。そのためには拉致のケリをつけ、日本に詫びを
入れなければダメだよ、とプーチンに多分言われたのであろう。

外務省太洋州局長の田中均氏はチャイナスクールの一人で、中国サイドから北朝鮮の
新しい動きを知ったのであろう。アメリカに対する配慮の欠如はそのせいである。小
泉首相が外務省のシナリオ通りに動いたので、アメリカには必ずしも愉快な結果をも
たらさなかった。イラク攻撃に水をさされたような印象をアメリカ政府に与えたのは
事実であろう。しかしそんなことでぐらつくような日米関係ではないと私は思ってい
る。「アメリカを少しはハラハラさせるくらいのことがあってもいいんですよ」とは
志方さんのことばだった。

それにしても、小泉首相は日本の位置がまだ分かっていない。金正日が亡びてから後
でなければ経済援助はしてはならないことがはっきり分かっていない困った人だ。

米海軍人の言ったことばとして次の想定が伝えられている。ピョンヤンに宮廷革命が
起こり、反政府クーデターの勢力が3日間、飛行場を確保することに成功すれば、国連
の調査団が間髪を入れずに入り、国連軍の名において米軍が一息に北朝鮮を制圧す
る、というシナリオもないわけではないらしい。

「路の会」会員の中から、「しかし反政府の革命勢力などというものがあの国にある
のだろうか」との疑問の声があがった。リベラル派と保守派の対立と言う普通の国の
ケースはあの国には考えられないからだ。すると別の会員から、「金正日の長男派と
次男派の内戦という形になりはしないだろうか」という見方も出て、成程とみんなの
耳をそば立たせた。しかし、また別の会員が「中国がその前になにかを仕掛けるん
じゃありませんか」と述べると、たしか志方さんだったと思うが、米中両国による北
の二分割占領もあり得るのではないか、と仰言る。ひょっとするとブッシュと江沢民
の間で、そんなシナリオが語られているのであろうか。

国際政治はまことに虚々実々である。なにが起こるか分からない。日本はつんぼ桟敷
に置かれた風見鶏である。現実の力をもたない国というものの運命はつねにかくのご
とく不安定で、他国の情報で自分をきめるしかないのである。

「路の会」の出席者は順不同に、宮崎正弘、木下博生、大島陽一、田中英道、黄文
雄、藤岡信勝、小田村四郎、小田晋、井尻千男、尾崎護、桜田淳、伊藤哲夫、伊藤憲
一、小浜逸郎、呉善花、入江隆則、萩野貞樹、眞部栄一(扶桑社)、仙頭寿顕(文藝春
秋)、力石幸一(徳間書店)、西尾幹二。次回は10月11日に岡崎久彦氏のお話をき
く。