1月14日  アメリカ政府に問い正したき事について

 

 

私はいま「アメリカ政府に問い正したき事」と題して、Voice3月号のために寄稿する準備を進めている。〆切りは明日である。しかし一行もまだ書けていない。北朝鮮の過激な演劇的作戦が効を奏して、戦略を立てきれていなかったアメリカ政府が押し切られそうな形勢である。何ヶ月かの先のことはまだ分らないが、今のアメリカに戸惑いと不決断がみえる。戦争にならなければそれがいちばん良いのだと考え、ホッとする向きもあろうが、一度ならず二度までも、北の核威嚇が成功し、エネルギーと食糧をせしめるとなれば、北はますます高姿勢になり、拉致問題の解決は遠のき、日本は苦境に立たされるだろう。

13日今夜のテレビニュースで、ケリー国務次官補が北に対し、対話のみならず、安全保障と人道援助の交渉にも応じる——北が核開発を止めるなら——と語ったと報じられた。もしこの報道に間違いがなければ、アメリカの敗北である。IAEAのイラク核査察の結果報告でも、証拠無しの判定が出そうで、アメリカはイラクでも苦しくなりそうである。結集した15万の軍は引くに引けず、さりとて攻撃開始のゴーサインはなく、他方、イラクよりも明白な大量破壊兵器の証拠のある北朝鮮に対しても手出しできないのとなると、アメリカの威信は失墜する。大見栄を切っただけに、ブッシュ大統領の来年の再選はない。

昨日今日の状況はくるくるめまぐるしく動き、先がまったく読めない。アメリカはこれでもなお理由を強弁して、イラク戦争に踏み切るかもしれない。しかし、戦争はしないかもしれない。しないとなると軍を撤収した後のアメリカの世論がどうなるか、これがその次の重要なキーポイントである。二度と軍勢を起て直すことは不可能である。だからやるかもしれない。イラク戦争の可能性は、まだ今のところ分らない。あと一ヶ月経たないと何もいえない。

Voice吉野編集長と相談して上記標題を正月6日にきめた。「アメリカ政府に問い正したき事」とは、北朝鮮よりイラクを優先するアメリカの、日米安保に対する秘かな背信の匂いと、ひとり核状況の中に置き去りにされる裸の日本の明日の危機への覚悟のほどを、日米両国民に問い正したいという思いからの一文の予定であった。すぐに英訳してアメリカ政府に届けられるともいう。しかし困った。昨日今日の状況の変化で私は今のところ一行も書けないでいる。

しかしこんなことは長い評論生活で、今までにも幾度もあった。否、毎月の評論はほぼこのきわどい綱渡りの連続だったといっていい。いちばん辛いのは時間に制約のあることである。吉野編集長は17日まで待ってくれるという。しかし私自身のスケジュールが必ずしもそれを許さない。

今月は15日にこれからの日本の動きを見きわめる重要な言論人の会談が行われ、私も出席する。メンバーと内容は今いえない。16日夜は恒例の「路の会」新年会で、たぶんイラクと北朝鮮のホットな情勢分析を語ってくれる専門家も出席するに相違ない。そのための「路の会」である。17日1:30〜中西輝政氏と私との対談(『諸君!』3月号)が行われる。じつはこれに加えて、同じ雑誌にもうひとつ予定している。先月半分まで書いて中断している「江戸のダイナミズム」第10回(『諸君!』3月号)は、18—20日の3日間で残り20枚を書かなくてはならない。ようやく本居宣長の入り口まで来た。

『正論』3月号に、年末26日のつくる会と拉致家族との対話集会の記録が掲載される予定である。校正ゲラ刷りはまだ届けられていない。忙しいときに突然、明日まで見てくれ、と言ってこられると困るなぁ、と思っているが、しかしいつもそうである。

新潮社刊の評論集『日本の根本問題』(3月刊)の校正を進めている。講演が二本入っている。「危機に立つ神話」(日本青年協議会・歴史体験セミナー)と「三島由紀夫の死 再論」(没後30周年・憂国忌)の二本である。語りことばの講演は、一、二度修文しただけでは文章にならない。今日までに辛うじて二度修正を施して、二度目は今日郵便で戻した。修正はもう一度やる必要がある。再校が忙しいさなかに飛び込んできそうで、心配である。

23,24,27の3日間、1日7時間の予定で、『親日派のための弁明』の著者・金完燮氏との対談を行い、一冊の本にする。題未定。韓国史の勉強をして、準備するのは、21,22の2日間及び25、26日である。これも時間が不足しそうで不安だ。読まなくてはならない本が数冊あり、本の用意はできているが、勉強する時間が足りるかどうか。一日7時間もやるのは通訳の時間が入るからである。

このように私が今月のスケジュールから解放されるのはやっと28日である。年齢からみて過酷なスケジュールであると自分でも思う。

正月の間にもっとちゃんと準備しておけばよいと人はいうかもしれない。しかし、年末から正月にかけては、年賀状書きをはじめ、その時期に特有の雑用があって案外に忙しいのは誰しも同じであろう。今年は元旦のテレビもあって予定がおくれ、年賀状はさいごの一枚を12日に書いているような始末だった。

それに、Voice編集部と友人が集めてくれた雑誌TIME、The Economist、Newsweek、US News&Wold Reportの最新号を、正月にはせっせと読んだ。どれもみな北朝鮮を特集している。これらを読んで、アメリカ政府の考え方、北朝鮮には簡単に手出しできないでいる事情が分った。日本はいよいよ正念場を迎えるのである。アメリカを当てにしてはならない。

日本にミサイルが投下されたら、アメリカは日米安保条約を発動し、反撃するかもしれない。しかし、それではもう遅いのだ。アメリカは自分から北朝鮮を攻撃することはないであろう。「先制攻撃」のブッシュドクトリンは、イラクには適用されても、北朝鮮には適用されないだろう。イラクは攻撃し易く、弱体なのである。だから叩くのである。北朝鮮は周囲の防衛がむつかしく、日本と韓国と在日在韓の米軍を被弾から守りようがなく、中国とロシアの反対意思もあり、どうしていいかアメリカも当惑している。

ならば、日本は自分で自分を守らなくてはならないであろう。ここから先は「アメリカ政府に問い正したき事」を誌上で読んで頂きたい。