2月4日 大原康夫さんの論他
北朝鮮の核開発問題について、私はアメリカのマスコミを追いつづけて、それを参
考にしながら、『Voice』3月号に「北朝鮮は妥協しない——アメリカ政府に問い質
したき事」を書いたことは、今までに報告してきた。ところが同誌の刊行日は毎月1
0日で、これでは遅すぎると思った。
アメリカの新聞からの拙論への引用の最後の日付は1月17日である。拙論はアメ
リカ大使館で必ず翻訳されるそうだ。日本の世論をアメリカ側が知るためである。け
れども、どんなに早くても、アメリカ政府の日本担当者の目に触れるのは、1月17
日から大略一ヵ月後であろう。タイミングが完全にズレてしまう。しかも、私の英訳
文はアメリカの役人の目には触れるかもしれないが、世界中の誰もが自由に入手でき
るインターネットにはのらない。これでは日本の言論が世界に発信されたことにはな
らない。
私は今度、友人の協力でアメリカとドイツの北朝鮮関連の記事を次々と入手する幸
運を得た。しかし日本の新聞にかかれた言論で、アメリカ人やドイツ人やイギリス人
やフランス人やロシア人にほぼ同時的に届くのはデーリー・ヨミウリやアサヒ・イブ
ニングニュース等にかかれた特定のものに限られる。『読売』の月曜朝刊一・二面に
出る論文はどうやら即座にインターネットにのるらしい。『産経』の「正論」欄は、
英字紙に転訳される機会をもたないので、日本国内の閉ざされた言論にとどまる。
日本の大部分の言論は閉ざされた侭である。それなりにレベルの高い日本の言論は
月刊誌のそれで、これは世界的に確かに例が少ない。しかし日本人以外の国の人に知
られることはほとんどない。週刊誌や日刊紙の言論はといえば、世界の思想と競合し
きたえられていないので、閉ざされた自足状態に安住して、レベルも低い。
日本の言論はこれでよいのだろうか。月刊誌の編集長にこの話をすると、日本の言
論は日本人によませるのが目的だから、それでいいのだという。しかし時代は今急速
に動き、果たしてこんな暢気な考え方でよいのだろうか。
ことに今回の拙論はアメリカ政府に問い質すことを目的のひとつとしていて、アメ
リカの言論界はもとより一般人士にも広く読んでもらいたいと切に思っている。外国
に発信するという日本側のシステムができあがっていないので、日本語の壁を越える
ことができない。
外務省の外郭団体が出している雑誌があって、日本人の言論を拾って英訳してい
る。拙論もときおり拾われている。しかし、2〜3ヶ月先の話になるし、選抜に日本
政府の意図が入っていると思われているから、外国人も本気では受けとめない。
左翼のばからしい言論も含めて、多様な日本発の思想が英語でインターネットにの
せられて世界に広がる必要がある。そのための国策が求められる。左翼のばからしい
言論が国際競争力に耐えなければ、やがて消滅する。そういう試練が大切である。右
翼にも今は9・11テロを擁護するなどの国際的に通用しない、韓国並みの無責任な
言論が出現し始めているのが昨今の日本である。
アメリカの友である者のアメリカ批判こそが、今初めてアメリカの言論に有効に働
きかけ、これを動かし、日本の国益にもかなうのではないだろうか。
今日2月4日付『産経』正論コラムの拙論はそのような意図で書かれた。アメリカ
には手厳しい内容である。しかし残念乍ら、「米の北朝鮮政策に誤算はないのか」と
題した拙論は国内の言語にとどまるのであり、国境の外へ出ていかない。今のところ
私はそれをどうすることもできない。
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米の北朝鮮政策に誤算はないのか
——日本は対応の危険な間違いに警告を——
《《《日米安保に背信の匂い》》》
核不拡散条約(NPT)によると、核兵器保有が許されるのは第二次大戦の戦勝国に
限られる。それ以外の国は自国の核防衛に自己責任を果たせない仕組みになってい
る。日本はこれに署名させられている。従って同盟国アメリカは北朝鮮の核問題を、
日本のために無事に解決する「義務」を背負っているのである。日本人はそのように
理解しているし、そのように主張する「権利」を有している。
核保有国の無責任ないし政策の失敗は、必然的に核の拡散につながる。もし北朝鮮問
題で米国が責任を果たさないのであれば、日本は不本意でもNPTを脱退し、核ミサ
イルの開発と実戦配備を急がねば、国民は座して死を待つ以外に手のない事態が訪れ
得る。それは中国の核に対しても同様である。そして、日本が核開発すれば、そのミ
サイルは確実に米大陸に届く。
なぜ私があえて矢継ぎ早にそんなことを言うのかというと、米国の北朝鮮政策が根元
の所に迷い、戸惑い、誤算があり、日米安保に背信の匂いが漂いだしたからである。
そもそも北朝鮮の核脅威をここまで引き出したのは、イラクと並べて北朝鮮を脅迫し
た米国の責任ではないか。
それなのに、今ごろになって日本は八個から十個の北の核兵器を容認できないかと
こっそり問い質しに来たり(1月20日コーエン前国防長官が来日、打診)、米軍の東
アジアからの撤退と離脱と引き換えに、日韓両国の核武装を奨励する案も出た(シン
クタンク「ケイトー研究所」提言、1月29日付『産経』)。加えて米マスコミは今
年に入って、ブッシュ政権の対北政策の混乱を一斉に指摘し始め、それをClash(不一
致)であるとかCollapse(崩壊)といった否定語で批判した。日本政府はこのまま果た
して黙っていていいのか。日本の言論界はなぜ反発しないのか。
《《《頭なでてやれば良い子に》》》
1月15日米政府は北が核開発をやめたら食糧やエネルギーの援助を与えるといい、
軍事進攻はしないとの約束を文章化する用意があるとも述べたが、北に拒絶された。
私にはこの米政府の対応が、たとえイラク戦直前の時間稼ぎを割り引いても、とうて
い理解できない。米政府は二ヶ月前までは一切の話し合いに応じないと言っていた。
一ヶ月前には話し合いはするが交渉はしない、に言い方が変わった。そして今は封じ
込め政策は止めて、北を宥めすかすやり方に変えてしまった。おいしいお菓子をぶら
下げて、こっちから先に手は出さないよと頭をなでてやれば北はきっと良い子にな
る、とでも思っているのだろうか。
話し合いはつねに安全ではなく、恐ろしい選択になることもある。米国は武力行使し
ないと言いながら、北朝鮮を徹底的に無力化する侮辱的な要求を突き付けている。地
上軍の削減と国境からの撤兵を含み、国家が丸裸にされる内容である。北にすればバ
カバカしくて相手にする気にもなれない。米国のこの要求はハルノートである。北朝
鮮が米政府との直接的対話を要求しているのは、当然といえば余りに当然である。
しかも、さらにいけないのは「先制攻撃」の手法がイラクには適用されても、北朝鮮
には適用されそうにもないと北に高を括られてしまったことである。イラクは攻撃し
易く、弱体なのである。米国はだから叩くのである。それに対し東アジアは難しい。
北も米国軍は百人以上の戦死者が出たら戦争継続できない張子の虎だと考えだした。
地対地ミサイルが火を噴けば韓国は焦土と化し、三万七千の在韓米軍は全滅する。金
正日は「核戦争はやってみなければわからない」とか「米国は朝鮮人の心を理解して
いない」とか言い続けている。
《《《「北」に自らの弱さのサイン》》》
米国は自ら武力行使はしないなどとなぜ先に言い出したのだろう。それは相手を安心
させず、米国の弱さのサインとなった。武力行使をちらつかせながら、北が受け入れ
やすい合理的な条件を段階的に出していくのが交渉の常道であろう。ブッシュにはま
るで軍略がない。ハルノートを突きつけておいて、しかもそれが米国の真の強さから
出ている要求ではなく、ブッシュ政権が自らの手詰まり状態、どうしてよいか分らな
い当惑から出ている要求だという弱みを北に読まれてしまっている。
これは果てしなくエスカレートする先行き不気味な関係である。金正日は国民の九割
が餓死しても、核開発をやめない男なのだ。米政府の対応に危険な間違いがあること
を、日本政府は警告すべきだろう。
『産経』2月4日「正論」欄より
2月5日(一)
1月31日夜、国学院大学教授の大原康男さんから中国・韓国以外のほとんどすべて
の国の代表が靖国神社を参拝していることを示す国名一覧のメモをもらった。大原さ
んは「参拝反対は中韓のみ・・・・・米・英・露・加・豪・独・伊・波・墺・瑞・芬
・伯・墨・智・秘・土・印・泰・台・ミャンマー・インドネシア・パキスタン・スリ
ランカ・チベット・イスラエル・モロッコ・エジプト・パラオ・ソロモン諸島などの
人々が参拝」と記載していた。
茶目っ気のある人で、わざと漢字で書いている。私も全部なんとか解読した。すなわ
ち、波は「波蘭」(ポーランド)、墺は「墺太利」(オーストリー)、瑞は「瑞典」(ス
ウェーデン)、芬は「芬蘭」(フィンランド)、伯は「伯剌西爾」(ブラジル)、墨は
「墨西哥」(メキシコ)、智は「智利」(チリ)、秘は「秘露」(ペルー)、土は「土耳
古」(トルコ)、印は「印度」(インド)、泰はそのまま(タイ)である。私もむきになっ
て再確認した。「秘」だけは知識なくなかなか分らなかった。
大原さんが見落としているものもある。エジプトは「埃及」であり、チベットは「西
蔵」であるが「吐蕃」ともむかしよばれた。そういう所まで行くならもっと面白い例
を示そう。
ミャンマーはむかしビルマといい「緬甸」と書いた。これはさすがにみんな知らない
であろう。戦前の本にはこのように書かれてある。スリランカはむかしセイロンとい
い「錫蘭」と書いた。じつはこれは私も知らないで今日調べて分った。インドネシア
は戦前、戦中には「蘭領東印度」であった。これは子供時代の記憶にはっきり残って
いる。随分とひどい失礼な呼び名である。
2月15日に「いま改めて問う、日本人にとって靖国神社とは何か」という題のシン
ポジウムが境内の靖国会館で行われる。大原さんと高森明勅さんと私がパネリストを
依頼されている。31日夜に新宿のワシントンホテルで、その相談会があって、席
上、上記の国名表をもらった。久し振りに漢字国名を見て、懐かしくなって整理して
みた。大原さんにうまく乗せられたのである。さて書いておきたいのは漢字国名の話
ではない。
2月5日(二)
日本は中国・韓国を「近隣諸国」と呼び、「アジアの代表国」と看做し、「外国」の
代名詞にする場合さえあるが、大きな錯覚といっていい。上記一覧メモにみるごと
く、こんなにたくさんの国が靖国神社になんのこだわりもなく参拝し、礼を尽くして
いるのである。中国・韓国だけがいちゃもんをつけている。国家のために戦って死ん
だ軍人をどう祀るかは各国の自由である。首相の靖国参拝問題は、歴史教科書問題と
ともに、要するに「中国・韓国問題」にすぎない。拉致事件と並べて、大陸諸国によ
る日本の主権侵害三大事件といっていい。
われわれは中国・韓国・北朝鮮は今まで日本が害を加えたあわれな被害国と考えるよ
う戦後ずっと強制されてきたが、今では日本に害を加えようと虎視眈々と狙っている
脅威の加害国である。首相の靖国参拝問題に対し、内政干渉をしてくるのはわずかに
中国と韓国だけだということはもっと知られてよい。この二国は日本を仮想敵国にし
始めている。この二国は日本にとって特殊な存在になりつつある。その単純な事実に
日本人はもっともっとめざめなくてはいけない。ことに韓国と北朝鮮、いずれはひと
つの国に統一されるであろう朝鮮半島は、日本にとって最大の不安要因となるに相違
ない。
朝鮮半島は明治以来ずっと「不安要因」だったではないかといわれるかもしれない
が、これからはただの「不安」ではなく、日本を羽交締めにする「強者」として立ち
現れる可能性が出てきているように思える。勿論これは日本人の生きんとする意欲が
弱まってくるという国内の情勢の変化と並行している。明治以来日本人は、西洋列強
の脅威に直面して、生き延びる努力、サバイバルの必死の戦いを行った。それを可能
にしたのは脅威を感じる能力である。今の日本は中国と韓国に、ことに後者に、脅威
を感じとる能力を持っているだろうか。
兵頭二十八氏の「TMD(戦域ミサイル防衛)幻想から覚めよ!日本の『核武装』放棄
で笑うのは誰か」(『正論』3月号)は、私には今月号各誌の中で最大かつ最新の問題
をはらむ内容の論文であった。朝鮮半島に対する日本人の認識にいわばコペルニクス
的転回を引き起こすであろう内容を秘めている。