11月7日   拉致被害者家族

いま安倍官房副長官と中山内閣参与が拉致被害者のひとりびとりを実家に訪ねる訪問
の旅をつづけている。11月6日『読売』(夕刊)に、次の記事があった。

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 「二点、厳しいことをいわせてもらいます。」ふだんは物腰柔らかな中山参与が、
語気を強めて切り出した。三日夜、福井県小浜市の地村保志さん(47)の実家の居
間で、保志さんと富貴恵さん(47)夫婦と家族の七人は、その言葉に聞き入った。

 「子供の帰国は長期化するおそれがあるが覚悟してほしい」。さらに中山参与は、
こう続けた。「北朝鮮は、子供が病気だとか、事故にあったとか理由を付けて、(親
に)北朝鮮に戻って来い、と言って来るかもしれない。だが、どんなことがあって
も、五人を二度と北朝鮮に戻さない、という政府の方針は変えません」

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 この決意には並々ならぬものがある。子供の帰国は本当に長期化する恐れがある。
いつまでも離散家族であることに日本のマスコミが次第に騒がしくなり始めるだろ
う。子供が病気になったとか、事故にあったとか、北朝鮮はそれらのテレビ映像を送
り届けてくるかもしれない。それでも親を返さないと理路整然と説明し、国民を納得
させる政府の対応は容易ではなく、マスコミが真っ先にヒステリーを起こす可能性も
ある。

 私がかねて心配していたことなのだ。五人の被害者は日本に渡った瞬間に、今まで
とは生きていく条件が変わった。同じ条件で北にはもう戻れない。迫害が待っている
かもしれない。『読売』の記事はさらに次のようにも言っている。

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 安倍官房副長官や中山参与のこうした姿勢の背景について、政府関係者は「北朝鮮
が五人を返せ、と言っているのはメンツの問題ではない。自由になった五人の口から
北朝鮮の秘密が明かされることを恐れているためだ。戻ったら、二度と日本に帰って
こられないだろう」と指摘する。「本人の意思を固めてもらい、政府と被害者、そし
て国民が一つになって北朝鮮に当たる。安倍官房副長官の今回の“行脚”には、そん
な狙いもある」

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 まさにその通りだと思う。『読売』の記事は正確である。子供が日本に帰ってくれ
ば、親達は安心して自由に北の実態について語り出すだろう。他の拉致被害者の安否
について、その他隠された数多くの秘密について、日本のマスコミが聞き出すのに躊
躇しないだろう。しかし今のところはまだ、警察の事情聴取さえも、警察が遠慮して
なされていないはずである。となると、北朝鮮は、子供を帰したら何もかも喋られる
と恐れ、子供を人質にとりつづけるだろう。また、万が一親が北へ戻ったとしたら、
北朝鮮は彼らを北の一般人と接触できる生活へ戻さないだろう。北の核開発、ASE
AN会議での北への警告、中国政府の譴責措置などすべてが、北の国内では秘密であ
るが、彼ら五人は知ってしまったからだ。

 9月17日を境に拉致家族の運命は、親子ともどもに一変してしまったのである。

 こうした事情が普通の日本人にいまどの程度に理解されているかははっきり分から
ない。国民がまさに一つになって、共通の理解をもちつづけていかないと、先が危な
い。

 ところが『朝日』を中心とするマスコミの空気はやはり依然として怪しく、もやが
漂うように不安に満ちている。そこで私は、11月5日の朝、次の文章を一息に書き
あげた。ここでとり上げた「声」の欄の投稿内容はとても同じ時代の呼吸を吸ってい
る日本の常識ある国民のことばとは思えない。日本がいま「拉致」と「核」の二つの
大きな不安要因をかかえていて、これをいかにして乗り越えるかは、いつに国内の世
論にかかっている。

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         朝日の「声」欄から見える珍風景 
    ——日本を「丸裸の国」にするつもりなのか——

≪≪≪「北」の深謀遠慮の一手か≫≫≫

 日朝交渉で日本は初めて有利な立場に立っているといわれる。巨額経済協力と核開
発阻止の国際圧力、つまりアメとムチで威圧できる立場に立っているというが果たし
てそうか。北朝鮮はクアラルンプールの会議を待たずに五人を帰国させた。ここに謎
はないか。親が子供を自ら置いて一時帰国したというのはウソで、親子切り離しで帰
国させたのはすでに北の政府の深謀遠慮の一手ではなかったか。

 彼らが核開発カードをあっさり捨てるとは思えない。米国の対イラク戦争でやがて
世界の足並みは乱れる。日本の世論も揺れる。北はそこが狙いで、拉致家族の新情報
をちらつかせながら日本を誘惑し、日米分断を図る。新しい被害者を何人か帰国さ
せ、最初の五人の家族を人質のままにする手もある。日本は引き離された親子が可哀
そうだというヒステリーに陥るだろう。国連が核査察を決議しても北は応じまい。イ
ラク戦争が終結し、米国が本気で動き出すまで、日本は経済協力はせず、のらりくらり
過ごさねばならないが、不安な要因はなによりも国内世論にある。

 北朝鮮が他の自由な国と同じ法意識や外交常識をもつという前提で、この国と仲良
くしようという無警戒を示すことは、日本側の結束をこわし、北の作戦を助けること
だが、一つの意図をもってそれをやっているマスコミがある。朝日新聞投稿欄「声」
である。

≪≪≪無警戒に満ち満ちた投書≫≫≫

 例えば「じっくり時間をかけ、両国を自由に往来できるようにして、子供と将来に
ついて相談できる環境をつくるのが大切なのではないでしょうか。子どもたちに逆拉
致のような苦しみとならぬよう最大限の配慮が約束されて、初めて心から帰国が喜べ
ると思うのですが。」(10月24日)

「彼らの日朝間の自由往来を要求してはどうか。来日したい時に来日することができ
れば、何回か日朝間を往復するうちにどちらを生活の本拠とするかを判断できるだろ
う。」(同25日)

 こういうことが出来ない国だから苦労しているのではないか。日本政府が永住帰国
を決めたことについては、

「24年の歳月で築かれた人間関係や友情を、考える間もなく突然捨てるのである。
いくら故郷への帰国であれ大きな衝撃に違いない。」(同26日)

「ご家族を思った時、乱暴な処置ではないでしょうか。また、北朝鮮に行かせてあげ
て、連日の報道疲れを休め、ご家族で話し合う時間を持っていただいてもよいと思い
ます。」(同27日)

「今回の政府の決定は、本人の意向を踏まえたものと言えず、明白な憲法違反だから
である。・・・憲法22条は『何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選
択の自由を有する。何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない』と
明記している。・・・拉致被害者にも、この居住の自由が保障されるべきことは言うま
でもない。それを『政府方針』の名の下に、勝手に奪うことがどうして許されるの
か。」(同29日)

≪≪≪顔をのぞかせる新聞社の下心≫≫≫

 常識ある読者はなぜこんなわざとらしい投書を相次いでのせるのか不思議に思い、
次第に腹が立ってくるであろう。あの国に通用しない内容であることは、新聞社側は
百も知っているはずである。承知でレベル以下の幼い空論、編集者の作文かと疑わせ
る文章を毎日のようにのせ続ける。そこに新聞社の下心がある。やがて被害者の親子
離れが問題となり、世論が割れた頃合を見計らって、投書の内容は社説となり、北朝鮮
政府を同情的に理解する社論が展開される。朝日新聞が再三やってきたことである。

 何かというと日本の植民地統治時代の罪をもち出し、拉致の犯罪性を薄めようとす
るのも同紙のほぼ常套である。

 今日本がとるべき政策は、金正日体制に経済協力をせず、拉致問題と核問題を解決
することで、国交正常化をすることそれ自体ではない。経済協力はポスト金正日体制
へ向けてなされる戦略を立てる必要がある。そのためには起こり得る対イラク戦争後
の米国の意向がすべての鍵をなす。

 北朝鮮を自由の存在する普通の国のように友好的に扱う朝日新聞の作為的な言論
は、日本の国内の対北朝鮮観を混乱させ、結束を乱し、金体制への経済支援を加速さ
せる。もし日本の援助で米国に届く長距離ミサイル開発がなされたら、在日在韓の米
軍基地は無力化し、日本は北朝鮮の意志に翻弄される丸裸の国になり、日米関係は破
局に至るであろう。そして、次第に対中従属国家に陥るだろう。朝日新聞はそれを
狙っているかもしれない。   『産経』11月7日「正論」欄

11月10日
11月8日(金)の朝まで生TV「“拉致”と“核”と日本の“安全保障”」を録画
しておいて、9日(土)の夜ゆっくり見た。久し振りに面白かった。全体の感想は述べ
ないことにする。私がまったく考えていなかった観点のみを、まず拾ってみる。

森本敏氏ができるだけ二国間交渉をつづけ、国連に頼らない方がいいと言った。国連
に委ねると、ハンドルを取られて、日本外交が制限される。なぜ日露領土交渉を二国
間でやっているかといえば、その方が日本に有利だからだ、と言った。国連不信は私
もかねて同意見で、日本人の国連信仰がどだいおかしいのだが、それにしても、北朝
鮮に安保理決議はなされないほうがよいのだろうか。

ソウルから来た池東旭さんが、韓国で拉致件数が500に近いことは知られている
が、なぜ被害を声高に叫べないかといえば、被害者が北のラジオに出たりして自分の
意志で北に渡ったと発言する例などがあり、南の被害者家族はアカとみなされるのが
いやだからだ、と説明していた。へぇー、そんなものかなぁ、と思う。戦争があって
入り乱れた地域だから日本とは違うだろうとは思っていたが、しかし理由はこれだけ
ではないと私は考えている。北に対する南のいわれのない歴史的劣等感があるように
も思う。いずれ半島通の人に聞いてみよう。

森本敏氏がイラク攻撃が始まったら日本もイージス艦を派遣すべきだと自分はかねて
思っていたが、最近考えを変えた。北東アジアが不安定になってきたからだ。唯一の
情報システムであるイージス艦を日本は4艘しか持っていない。うち2艘を出す余裕
はないのではないか。日本が危ない。沖縄に弾道ミサイル観測用のアメリカの防衛艦
船がいち早く集結している現状だ、と不安を語った。イージス艦は日本を守るために
日本の近海にいて欲しい、と。いよいよ緊急事態なのだな、と思う。

アメリカの2001年の文書に、イラン、イラク、リビア、その他テロ支援国家が8
カ国あげられていて、その中に北朝鮮も入っているが、その理由はテロリストである
よど号犯人を匿まっているからである。理由の中に拉致をテロと認定して、新たに加
えてもらうようアメリカに働きかけるべきだという提案があった。国際的制裁方法を
ひとつでも多くしていきたいという考えからである。アメリカ頼みの情けない話だ
が、今は納得いく提案だ。自民党代議士某氏の意見である。

西岡力氏が日本からの経済制裁は船舶封鎖、送金封鎖など主として経済制裁の手がい
くつかある。北がテポドンⅡを発射すると威嚇してきたとき、経済制裁を暗示してこ
れを回避した実績がある。あの国になにかをさせるには制裁をちらつかせる以外に方
法はないが、軍事力を使えない日本にも有効な手段はあるのだという話。

これは吉田康彦氏や姜氏の相変わらずの北に甘い見方に反対して述べられた。吉田氏
は北と国交回復すれば、北東アジアは安定し、ノドンの脅威もなくなり、拉致も解決
し、みんな幸せになるというのである。姜氏の言い方はもう少し知的に手がこんでい
て、吉田氏ほど単純な言い方をしない。すなわち北の欲するのはsurvival(生き残
り)、「国体護持」である。この目的のために日本には経済援助を、アメリカには安
全保障(攻撃しない約束)を求めてきている。日本外交はそこを理解してやり、有効
な対応をなすべきだ。金正日が拉致を認めたのは、肉を切らせて骨を守る措置に出た
ので、これ以上追いこむと暴発して危ない。拉致は何をもって「解決」とするのかが
分からない状況であって、強気一点張りでいくのは危険である、という言い方であ
る。これに対し、西岡氏が北の「国体護持」の「国体」の概念の中には、「南朝鮮解
放路線」がちゃんと入っているんですよ、と釘をさしていた。

日本の世論はどこまで持つか、は多くの人が気がかりで口にしていた。被害者と家族
の会の間にも、政府内部にも次第にスキ間風が吹いてくる。テレビの発言をきいてい
ると、いち早くそれを予想し、心配する声と期待する声との二つがあった。司会の田
原氏は、「世論は必ず冷える、平沢勝栄さんや西岡力さんは今は全面的に支持されて
いるが、世論が冷えたときのために理論武装しておけ」とまで言った。田原氏は自分
もまた世論と一緒に冷淡になると今から先手を打っているのである。

世論が冷えれば、そのときこそ吉田氏や姜氏のものの言い方が次第に勢いを得てくる
であろう。拉致件数が不確定で、何をもって「解決」とするかがたしかに不分明であ
る。どこで終わりかがはっきりしない。日本の要求は果てしない。やがて必ず、北の
言い分や要求もきいてやるべきだ、という空気になってくるだろう。

森本敏氏が、なぜ北は核開発を認めたのかについて、アメリカの攻撃のターゲットに
ならないための方策であることは間違いないが、北はアメリカとの交渉の手段として
核をもち出し、核をテコにし、生存維持を図ろうとして、相互不可侵条約だの何だの
言い出したがアメリカは交渉しようともしない。その状況で、最終的に北は生存維持
のためなら核を捨ててもいいと考えているのか、それとも生存維持のためにこそ核は
どこまでも手放せないと考えているのか、この究極のところは分からないのだ、と
語った。「分からない」というのが最も的確な認識なのだと思う。なぜなら、私見で
は、北の金正日にも「分からない」ことなのではないか。森本氏はそこを正確に言っ
ていた。

さてTV討論の終りのほうで、宮崎哲也氏が次のようにまとめたのが印象的だった。
日朝交渉の前提として、核の解決がある。しかし北朝鮮から見ると、イラク戦争が終
わらなければアメリカがどう出てくるか分からない、という不確実性がある。アメリ
カから見ると、北がちらつかせた核は本気なのか単なるブラフなのかが分からない、
という不確実性がある。二つの不確実性がぶつかっているので、日朝交渉は今や事実
上暗礁に乗り上げたと言ってよいだろう、と。

森本氏はこんなことも最後に言った。アメリカは2004年の大統領選挙前に、北朝
鮮を片づけるかもしれない。イラク戦が一段落しても、大統領選の景気づけがまだ足
りないと思ったときである。中国の安保理拒否権発動は当然あるだろうが、それでも
やるかもしれない。

予想されるのは2003年ごろの話だろうか。11月6日テレビ朝日のニュースス
テーションに蓮池薫さんのお兄さんの透さんが出演して、こんなことを言っていた。
薫さんの気持ちが日本永住に傾いたのは「核」をきっかけにしているとはかねて聞い
ていたが、お兄さんの透さんが、「核で拉致は片隅になったぞ、お前たちはいよいよ
危ないぞ」と言ってから薫さんの心が変化してきた、という。「帰国直後には、薫は
するどい目附きで〈祖国統一〉とか〈日本の過去の責任〉とか言っていて、違和感だ
けでなく、私は嫌悪感さえ覚えていました」と語った。面白い発言だ。

核がターニングポイントとなって、被害者の覚悟も定まったようだ。いよいよ長丁場
である。