田母神航空幕僚長の論文事件を考える(四)

 11月28日深夜の朝まで生テレビで私は前回の皇室問題の場合よりも発言がしにくくときおり声を荒げていたのは見ている方も気がついていたと思う。皇室問題のときに私は孤立はしていたが終始静かな口調で、他を気にしないで語ることができたと思う。すべては司会の田原さんの対応の違いなのである。

 皇室問題のときに彼は私にたっぷり時間を与え、途中でさえぎることをしなかった。私が十分に語らないと成立しない番組だったからである。一昨夜は控え時間に「西尾さん、皇室問題のときは貴方の人気はすごかったですよ。」とニヤニヤ笑っていた。今夜はそうはさせないよ、という意味である。

 案の定、田母神問題では姜尚中氏たちにはゆっくり長時間喋らせた。私の発言はたえ間なくさえぎられた。保守側に勝たせたくないのが田原さんの動機にある。私の話がある流れに入るとさっとさえぎられる。何度もそういうことがあった。そうなると大きな声を出して追加発言しなくてはならなくなる。

 この番組に保守側の言論人が出たがらない理由はこの不公平のせいである。それでも昨夜録画を見直したが、私はきちんと説得的に話していると思った。今回、ディレクターの吉成英夫さんは終った直後、「西尾さん、メッセージは全部伝わりましたよ。地図を出したのもよかったですよ。」と言ってくれた。彼はどっちの味方なのかなァー。

 1989年に私がこの番組に最初に出たとき――1993年頃まで頻繁に出た――以来の知り合いである。本当にもう長い。私は病気になって90年代の半ばに出演をやめたのである。番組自体も今は衰退気味である。昔は5時間もやったのに今は3時間である。

 たしかに保守側には公平を欠く番組である。そんなに厭なら出演をやめれば良いのである。けれども、よく考えてほしい。私が出た最近のこの二つの番組のテーマを地上波テレビの何処がいったい論議として本気で取り扱ったであろうか。

 大マスコミは沈黙である。『WiLL』が発売される26日まで活字の世界でもきちんとした論調はひとつもない。(今回『WiLL』1月号では中西輝政氏の論文が非常に良かった。)余りにもマスコミは歪んでいる。自民党政府も政権政党の体をなしていない。

 であるから、私は私や私に近い人たちの主張を伝えるためにあえて不公平を承知でこれまでにも同番組に出ていたし、今回も出演したのである。

 例えば、1941年(昭16)年の開戦時点で、地表面積の27%をイギリスが、15%をソ連が、9%をフランスが、7%をアメリカが占め、この四国で58%にもなることを今の人は全く知らないのではないだろうか。テレビのフリップで地図を見せたのは視聴者の数が数百万単位だからやはり意味があったと思っている。

 『WiLL』1月号の中西輝政氏の次の言葉は私の意にぴったり適っている。強く共感する。

 日本人の「東京裁判史観」なるものは、何によって支えられているのか。その中心点は、国際的な観点から物事を見ようとしないという点である。つねに「日本が何をやったか」だけを問題にして「他国がどうだったか」をほとんど完全に無視して、戦後60年経っても本来的な歴史の議論に蓋をする。

 端的に言えば、歴史の個々の事実をどう見るかとは関係なく、日本の行った行為しか見ようとしないのが「東京裁判史観」の真髄で、いまだに日本の大半の歴史学者、インテリ、マスコミがそこに捕らわれ、一歩も抜け出せない。なぜ比較の中で日本の近代史を論じようとしないのか。

 さらに今日、「東京裁判史観」を支える中心的な論者の中には、自らを「昭和史家」と称する人が多い。彼らはつねに昭和史しか問題にしない。しかし昭和史を論じるなら、明治・大正を無視して正しい歴史観は得られない。ここに「昭和史」と「東京裁判史観」の本質的な親和性が生まれる背景があるのである。「昭和史」という言葉自体が、すでに国際的な視野がなく、「東京裁判史観」と不即不離に融合しており、何かを根底に共有している。

 その「昭和史」についての細部の叙述のせめて半分、いや四分の一でも当時の諸外国のあり方について論じるべきで、その上で戦争観、歴史観を論じるべきだろう。当然のことながら、戦争には相手がいるのだから。このことを戦後の日本人はすっかり忘れ、「歴史」を論じてきたのである。その最たるものが「昭和史」なるものだった。

 私がこれまで言いつづけてきたこともまさにこのことだった。日本の歴史学者、言論知識人の視野の狭さにはほとほと手を焼いてきたが、朝日新聞に田母神論文への反論を書いた秦郁彦、保坂正康、北岡伸一の諸氏などは中西論文で言われている当の人々であると思う。自民党政府もおかしいが、どちらかといえば保守系と称されてきたこれら言論人の狭い歴史の見方は国の方向を過らせるものである。

 朝まで生テレビで私の前に坐っていた人々はもうほとんど相手にしなくてもよい。『文藝春秋』や『中央公論』あたりに屯ろしている上記の歴史学者、言論知識人が今はむしろ問題とされるべきである。

 朝まで生テレビではさっき言ったようにいちいち反論する間合いもないし、姜尚中氏たちの話を私はていねいに聞いてもいない。広い視聴者に向けて私の考え方を少しでも伝えるのが出演の目的だった。

 これからの本当の戦いも姜氏や九条の会相手ではなく、保守といわれてきた人々の中の敗北主義者、現状維持派、歴史瑣末主義者、一口でいえば目の前の危機が見えない人々に向けられるべきである。