ユネスコ記憶遺産登録

ユネスコ記憶遺産登録の無法ぶりに対しずっとわれわれはなすすべなく、自らの無力に歯ぎしりしていました。しかし次のニュースに接し、ついに無法に切り込んでくれる日本人の実行者が現れたこと、そしてともあれ一太刀あびせることができたらしいことをうれしく思いました。実行者の皆さまに御礼申し上げます。

日本政府には期待できません。民間団体によるこの登録申請は、歴史戦に対する日本側からの初めての挑戦で、日本の歴史にとってまことに画期的なことと思います。

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(一社)新 し い 歴 史 教 科 書 を つ く る 会

つくる会FAX通信

第390号 平成28年(2016年)6月3日(金)  送信枚2枚

TEL 03-6912-0047 FAX 03-6912-0048 http://www.tsukurukai.com 

ユネスコ記憶遺産に

「通州事件・チベット侵略」「慰安婦」を登録申請

歴史戦の新しい展開を「つくる会」は支援

5月31日、日本、チベット、アメリカの民間団体が共同して、ユネスコの記憶遺産に2つのテーマを共同申請しました。共同申請とは、一つの国の枠を越えて、複数の国の団体や個人が共同で申請する記憶遺産のルールにもとづくものです。

第一のテーマは、「20世紀中国大陸における政治暴力の記録:チベット、日本」というタイトルで、1937年7月29日に起こった日本人虐殺事件(通州事件)と、戦後の中国によるチベット民族消滅化政策を、中国の政治暴力の犠牲者として位置づけた申請です。

第二のテーマは、「慰安婦と日本軍規律に関する文書」というタイトルで、日米の共同申請です。慰安婦制度の正しい姿を知ることの出来る資料を登録する内容です。

それぞれの申請書の概要部分は下記のとおりです。

なお、この中で、申請の主体となっている「通州事件アーカイブズ設立基金」は、通州事件についての資料の発掘、調査、保存、普及のためのNGO団体で、5月に発足しました。

会見は、「通州・チベット」側から、基金の藤岡信勝代表、皿木喜久副代表、ペマギャルポ、三浦小太郎の各氏、「慰安婦」側から山本優美子、藤木俊一、藤井実彦の各氏が出席しました。今後は年内におおよその結論を出すとみられる小委員会と対応し、来年10月の登録を目指します。

これらの申請の登録が実現するよう、当会も全面的にバックアップをしてまいります。

(1)「20世紀中国大陸における政治暴力の記録:チベット、日本」

<申請者>日本:通州事件アーカイブズ設立基金

チベット:Gyari Bhutuk

<概要> 20世紀の中国大陸では、他国民あるいは他民族に対する政治暴力がしばしば行使された。この共同申請は、対チベットと対日本の事例についての記録であり、東アジアの近代史に関する新たな視点を示唆するとともに、人類が記憶すべき負の遺産として保存されるべきものである。以下、事件の概要を、時間順に従い、(A)日本、次いで(B)チベットの順に述べる。

(A) 日本: 1937年7月29日に起こった通州虐殺事件の記録である。この事件は暴動によって妊婦や赤ん坊を含む無辜の日本人住民200人以上が最も残虐なやり方で集団的に殺害されたもので、日本人居住者を保護する立場にあった冀東自治政府の中の治安維持を担当する保安隊を主体とした武装集団がやったことであった。

(B)チベット: 中華人民共和国建国直後の1949年から始まったチベットに対する侵略行為の記録である。それから1979年までに、1,207,387人のチベット人が虐殺された。犠牲者の中には、侵略者に対する抵抗運動の中で殺された者や、収容所や獄中で拷問の末に殺された者などがいた。チベット仏教の文化は消滅の危機にさらされている。チベットのケースは、日本とは規模は大きく異なるが、残虐行為の実態は驚くほど共通している。

(2)「慰安婦と日本軍規律に関する文書」

<申請者>日本:なでしこアクション、慰安婦の真実国民運動

     アメリカ:The Study Group For Japan’s Rebirth

<概要> 慰安婦comfort womenについて誤解が蔓延しています。正しく理解されるべきであり、記憶遺産に申請します。慰安婦とは、戦時中から1945年終戦までは日本軍向け、戦後は日本に駐留した連合軍向けに働いた女性たちで、民間業者が雇用、法的に認められた仕事でした。他の職業同様、住む場所・日常行動について制限はありましたが、戦線ではあっても相応な自由はあり、高い報酬を得ていました。彼女らは性奴隷ではありません。申請した文書には、日本人33人の証言集があります。これは当時、慰安婦らと直に会話し取材したものです。また、慰安所のお客が守る厳格な決まり、占領地の住民を平等に扱ったこと、ヒトラーのドイツ民族優位論を否定するなど、日本軍の規律や戦争に対する姿勢などが記されている文書もあります。慰安婦制度が現地女性の強姦や、性病の防止に効果があったこと、日本軍は規律正しかったことも記されています。

謹賀新年(2)

 また一年が経ちました。皆様にはいかゞお過ごしですか。

 最近私は時事評論が書きにくくなりました。経済が世界を動かし、政治以上に政治であるようになり、従来保守の普通の感覚で国際政治は語れません。

 経済と政治の両方を見て書いている人に、田村秀男氏、宮崎正弘氏、藤井巌喜氏、三橋貴明氏、渡辺哲也氏等がおり、私はいつも丁寧に拝読しています。政治のことだけ言っている人は、なぜか現実の半分しか語っていないように思われてなりません。

 ですから私も両面のリアリティを語りたいと思うのですが、これが難しい。難しいだけでなく、自分の柄にも合っていない。やはり私は人文系で、人間にのみ関心があり、数理の世界は苦手です。

 経済は本当に分らない処がある。シティとウォール街はつながっていて、イギリスはアメリカの永遠の同調者だと思っていたら、中国をめぐる対応が余りに違う。金融が政治を支配しているのは間違いないが、金融と政治とは別ではなく、金融の動きが政治なのです。さりとて金融はよく言われるように果して国家を超えているでしょうか。

 国家の果す役割は小さくなったと語る人がいますが、世界はいぜんとして国家単位で動いています。EUが壊れかけてからますます国家中心です。冷戦時代の方がむしろ今よりグローバリズムでした。ことに日本は国家中心で考えないと、どうにもならない唯一性に支えられています。

 「西欧の没落」(シュペングラー)が出て100年近くですが、西欧は没落なんかしていません。私見では、1600年代初頭に「海」のグローバルな秩序を西欧が抑えることに決し、たゞし東アジアは圏外に置くとした認定が300年つづいたのです。そして二度の戦争でこの認定は排されました。「圏外」はなくすということになったのです。今もこれがつづいています。イスラムとロシアが抵抗していますが、日本は抵抗をやめました。冒険を捨て安全を選んだのは、独自性を捨て凡庸性を選んだのと同じことです。

 それでいてあき足らないものがある。そこで何かと日本の文化、日本人らしさ、和風を主張する声があちこちに聞こえます。ラグビーやノーベル賞をよろこぶ一方で、日本の技はこんなに素晴らしいと賞めちぎるテレビ番組が氾濫しています。なぜか自然に日本文化が主張されているようには思えません。いったん世界性という凡庸な価値観をくぐり抜けた「和」の再評価、つくられた偽装の自己主張のようにみえてなりません。

 今の若い人風にいえば日本は「可愛いい」国になりつつあり、なろうとしているようにみえます。オリンピック競技場のデザインも例外ではないでしょう。やはり17世紀以来の特権、地球上の特別指定席、秩序の圏外に置かれた枠を廃止されたことは大きい。自分で新しい秩序をつくろうとしましたが失敗し、圏内に押さえこまれてしまったのです。

 アメリカのことを言っているのではありません。欧と米を合わせたキリスト教文化圏のことです。ロシア(ギリシャ正教)とイスラムは抵抗しています。中国も抵抗しています。たゞし中国は昔の日本と同じやり方で一つの圏を守り、新しい秩序をつくろうとしていますが、いつも世界の評判を気にし、アメリカ方式の模倣に走り、「可愛いい」日本が出すだけの文化の魅力、独自性を発揮することにもなりそうにありません。時代遅れの軍事パレードが古い世界システムの追認以外のなにものでもないことを明かしました。これでは支那文化の主張にはなりません。視野が狭く、心が共産主義以前のままに閉ざされているのです。

 それならば日本は世界に先がけて既成の秩序とは別のもう一つの独自な花を咲かせることができるのでしょうか。「可愛いい日本」を打ち破れるでしょうか。

 独自性は特殊性とは違います。例外的であることではないのです。外の世界との違いに気づいて、自分をあらためて発見するのは良いことでしょうが、違うにこだわるのは独自性の発見ではありません。独自性は特異性ではないのです。

 世界のルールや物指し(尺度)に反することは愚かなことですが、かくべつ異をてらわず、活動や努力をしつづけているうちに、それが世界のルールや物指しの中に数え入れられるようになっていることが独自性ということでしょう。日本にはそういう事例がすでにいくつもあると思います。具体的に何がそうであるかは敢えて言わないことにします。

日本人は少しおかしいのでは?

 ときどき日本人はどうしてこんなにおかしい民族なのだろうかと思うことがある。わずか12年前に、今から信じられないあまりに奇怪な言葉が書かれて、本気にされていた事実を次の文章から読み取っていたゞこう。

 最近出たばかりの私の全集第12巻『全体主義の呪い』の576ページ以下である。自分の昔の文章を整理していて発見した。

 この作品は初版から10年後の2003年に『壁の向こうの狂気』と題を変えて改版されたが、そのとき加筆した部分にこの言葉はあった。私もすっかり忘れていたのだった。

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全集第12巻P576より

 北朝鮮の拉致家族五人の帰国は、私たち日本人の「壁」の向こうからの客の到来が示す深刻さをはじめて切実に感じさせました。向こう側の社会はまったく異質なのだという「体制の相違」を、日本人は初めて本格的に突きつけられました。それは相違がよく分っていないナイーヴすぎる人が少なくないということで、かえって国民におやという不可解さと問題を考えさせるきっかけを与えました。

 北朝鮮が他の自由な国と同じ法意識や外交常識をもつという前提で、この国と仲良くして事態の解決を図ろうという楽天的なひとびとが最初いかに多かったかを思い出して下さい。「体制の相違」を一度も考えたことのない素朴なひとびとの無警戒ぶりを一つの意図をもって集め、並べたのは、五人が帰国した10月末から11月にかけての朝日新聞投書欄「声」でした。

「じっくり時間をかけ、両国を自由に往来できるようにして、子供と将来について相談できる環境をつくるのが大切なのではないでしょうか。子どもたちに逆拉致のような苦しみとならぬよう最大限の配慮が約束されて、初めて心から帰国が喜べると思うのですが」(10月24日)
「彼らの日朝間の自由往来を要求してはどうか。来日したい時に来日することができれば、何回か日朝間を往復するうちにどちらを生活の本拠にするかを判断できるだろう」(同25日)

 そもそもこういうことが簡単に出来ない相手国だから苦労しているのではないでしょうか。日本政府が五人をもう北朝鮮には戻さないと決定した件についても、次のようなオピニオンがのっていました。

「24年の歳月で築かれた人間関係や友情を、考える間もなく突然捨てるのである。いくら故郷への帰国であれ大きな衝撃に違いない」(同26日)

「ご家族を思った時、乱暴な処置ではないでしょうか。また、北朝鮮に行かせてあげて、連日の報道疲れを休め、ご家族で話し合う時間を持っていただいてもよいと思います」(同27日)

 ことに次の一文を読んだときに、現実からのあまりの外れ方にわが目を疑う思いでした。

「今回の政府の決定は、本人の意向を踏まえたものと言えず、明白な憲法違反だからである。・・・・・憲法22条は『何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない』と明記している。・・・・・拉致被害者にも、この居住の自由が保障されるべきことは言うまでもない。それを『政府方針』の名の下に、勝手に奪うことがどうして許されるのか」(同29日)

 常識ある読者は朝日新聞がなぜこんなわざとらしい投書を相次いでのせるのか不思議に思い、次第に腹が立ってくるでしょう。あの国に通用しない内容であることは新聞社側は百も知っているはずであります。承知でレベル以下の幼い空論、編集者の作文かと疑わせる文章を毎日のようにのせ続けていました。

 そこに新聞社の下心があります。やがて被害者の親子離れが問題となり、世論が割れた頃合いを見計らって、投書の内容は社説となり、北朝鮮政府を同情的に理解する社論が展開されるという手筈になるのでしょう。朝日新聞が再三やってきたことでした。

 何かというと日本の植民地統治時代の罪をもち出し、拉致の犯罪性を薄めようとするのも同紙のほぼ常套のやり方でした。

 鎖国状態になっている「全体主義国家」というものの実態について、かなりの知識が届けられているはずなのに、いったいどうしてこれほどまでに人を食ったような言論がわが国では堂々と罷り通っているのでしょうか。誤認の拉致被害者をいったん北朝鮮に戻すのが正しい対応だという意見は、朝日の「声」だけでなく、マスコミの至る処に存在しました。

「どこでどのように生きるかを選ぶのは本人であって、それを自由に選べ、また変更できる状況を作り出すことこそ大事なのでは」(「毎日新聞」)12月1日)

 と書いているのは作家の高樹のぶ子氏でした。彼女は「被害者を二カ月に一度日本に帰国させる約束をとりつけよ」などと相手をまるでフランスかイギリスのような国と思っている能天気は発言をぶちあげてます。

 彼女は「北朝鮮から『約束を破った』と言われる一連のやり方には納得がいかない」と、拉致という犯罪国の言い分を認め、五人を戻さないことで
「外から見た日本はまことに情緒的で傲慢、信用ならない子供に見えるに違いない」とまでのおっしゃりようであります。

 この最後の一文に毎日新聞編集委員の岸井成格氏が感動し(「毎日新聞」12月3日)、一日朝TBS系テレビで「被害者五人をいったん北朝鮮に戻すべきです」と持論を主張してきたと報告し、同席の大宅映子さんが「私もそう思う」と同調したそうです。同じ発言は評論家の木元教子さん(「読売新聞」10月31日)にもあり、民主党の石井一副代表も「日本政府のやり方は間違っている。私なら『一度帰り、一か月後に家族全部を連れて帰ってこい』という」(「産経新聞」11月21日)とまるであの国が何でも許してくれる自由の国であるかのような言い方をなさっている。

 いったいどうしてこんな言い方があちこちで罷り通っているのでしょう。五人と子供たちを切り離したのは日本政府の決定だという誤解が以上みてきた一定方向のマスコミを蔽っています。

 「体制の相違」という初歩的認識を彼らにもう一度しっかりかみしめてもらいたい。

 日本を知り、北朝鮮を外から見てしまった五人は、もはや元の北朝鮮公民ではありません。北へ戻れば、二度と日本へ帰れないでしょう。強制収容所へ入れられるかもしれません。過酷な運命が待っていましょう。そのことを一番知って恐怖しているのは、ほかならぬ彼ら五人だという明白な証拠があります。彼らは帰国後、北へすぐ戻る素振りをみせていました。政治的に用心深い安全な発言を繰り返していたのはそのためです。二歩の政府はひょっとすると自分たちを助けないかもしれない、とずっと考えていたふしがあります。北へ送還するかもしれないとの不安に怯えていたからなのです。

 日本政府が永住帰国を決定した前後から、五人は「もう北へ戻りたくない」「日本で家族と会いたい」と言い出すようになりました。安心したからです。日本政府が無理に言わせているからではありません。政府決定でようやく不安が消えたからなのでした。これが「全体主義国家」とわれわれの側にある普通の国との間の「埋められぬ断層」の心理現象です。

引用終わり
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 いかがであろう。読者の皆様には多分びっくりされたであろう。

 「朝日」や「毎日」がおかしいというのは確かだが、それだけではない。日本人はおかしいとも思うだろう。

 これらの言葉を私はむろん否定的に扱っているが、まともに付き合って書いている。狂気扱いはしていない。これらが流通していた世の中の現実感覚を私も前提にしている。間違った内容だと言っているが、気違いだとは言っていない。しかし今からみれば、私だけではない、「朝日」の読者だって自分たちが作っていた言葉の世界は精神的に正気ではない世界だったと考えるだろう。

 日本人はやはりどこか本当に狂っているのだろうか。

言語を磨く文学部を重視せよ

産經新聞9月10日正論欄より

 自国の歴史を漢字漢文で綴(つづ)っていた朝鮮半島の人々が戦後、漢字を捨て、学校教育の現場からも漢字を追放したと聞く。住人は自国の歴史が原文で読めないわけだ。

 私はそのことが文化的に致命傷だと憂慮しているが、それなら今の日本人は自国の歴史の原文を簡単に読めるだろうか。漢文も古文も十分に教育されていない今の日本人も、同様に歴史から見放されていないか。

 ≪≪≪ 未来危うくする文科省の通達 ≫≫≫

 学者の概説を通じて間接的に自国の歴史を知ってはいるが、国民の多くがもっと原点に容易に近づける教育がなされていたなら、現在のような「国難」に歴史は黙って的確な答えを与えてくれる。

 聖徳太子の十七条憲法と明治における大日本帝国憲法を持つわが国が第3番目の憲法を作ることがどうしてもできない。もたもたして簡単にいかないのは何も政治的な理由だけによるのではない。

 古代と近代に日本列島は二つの巨大文明に襲われた。二つの憲法はその二つの文明、古代中国文明と近代西洋文明を鏡とし、それに寄り添わせたのではなく、それを契機にわが国が独自性を発揮したのである。しかしいずれにせよ大文明の鏡がなければ生まれなかった。今の日本の困難は自分の外にいかなる鏡も見いだせないことにある。米国は臨時に鏡の役を果たしたが、その期限は尽きた。

 はっきり見つめておきたいが、今の我が国は鏡を自らの歴史の中に、基軸を自らの過去の中に置く以外に、新しい憲法をつくるどんな精神上の動機も見いだすことはできない。もはや外の文明は活路を開く頼りにはならない。

 そう思ったとき、自国の言語と歴史への研鑚(けんさん)、とりわけ教育の現場でのその錬磨が何にもまして民族の生存にかかわる重大事であることは、否応(いやおう)なく認識されるはずである。ところが現実はどうなっているのか。

 文部科学省は6月8日、「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」という通知を各国立大学長などに出した。冒頭で「人文社会系学部・大学院については(中略)組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換を積極的に取り組むように努めることとする」とあり、現にその方向の改廃が着手されていると聞く。先に教育課程の一般教育を廃止し、今度リベラルアーツの中心である人文社会科学系の学問を縮小する文科省の方針は、人間を平板化し、一国の未来を危うくする由々しき事態として座視しがたい。

 ≪≪≪ 国家の運命を動かした文学者≫≫≫

 文学部は哲学・史学・文学を中心に据え、西欧の大学が神学を主軸とするように(ドイツでは今でも「哲学部」という)、言語教育を基本に置く。文学部が昔は大学の精神のいわば扇の要だった。

 言語は教養の鍵である。何かの情報を伝達すればそれでよいというものではない。言語教育を実用面でのみ考えることは、人間を次第に非人間化し、野蛮に近づけることである。言語は人間存在そのものなのである。言語教育を少なくして、理工系の能力を開発する方に時間を回すべきだというのは「大学とは何か?」を考えていないに等しい。言語の能力と科学の能力は排斥し合うものではない。

 ことにわが国では政治危機に当たって先導的役割を果たしてきたのは文学者だった。ベルリンの壁を越える逃亡者の事実を最初に報告したのは竹山道雄(独文学)であり、北朝鮮の核開発の事実をつげたのは村松剛(仏文学)だった。その他、小林秀雄(仏文学)、田中美知太郎(西洋古典学)、福田恆存(英文学)、江藤淳(英文学)など、国家の運命を動かす重大な言葉を残した危機の思想家が、みな文学者だということは偶然だろうか。

 ≪≪≪訴える言葉を失ったデザイン≫≫≫

 本欄の執筆者の渡部昇一(英語学)、小堀桂一郎(独文学)、長谷川三千子(哲学)各氏もこの流れにある。言葉の学問に携わる人間は右顧左眄せず、時局を論じても人間存在そのものの内部から声を発している。

 人文系学問と危機の思想の関係は戦前においても同様で、大川周明(印度哲学)、平泉澄(国史)、山田孝雄(国語学)、和辻哲郎(倫理学)、仲小路彰(西洋哲学)などを挙げれば、文科省の今回の「通知」が将来、いかに我が国の知性を凡庸化せしめ、自らの歴史の内部からの自己決定権を奪う、無気力な平板化への屈服をもたらすことが予想される。

 今のことと直接関係はないが、オリンピックの新国立競技場とエンブレムの二つ続いた白紙撤回は、組織運営問題以上の不安を国民に与えている。基本には二つのデザインに共通する無国籍性がある。北京オリンピックのエンブレムが印璽をデザインして民族性を自然に出しているのに、今度の失敗した二つのデザインには一目見ても今の日本の魂の抜けた、抽象的な空虚さが露呈している。

 大切なのは言語である。自国の歴史を読めなくしている文明ではデザインにおいても訴える言葉が欠けている。

2015年の新年を迎えて(一)

 やっと年末から正月にかけての雑用が終った。年賀状が約700枚。これの処理が毎年とてつもなく重い仕事である。これでも200枚ほど減らしたのだ。

 年賀状はもう止めようかと何度も思った。しかしながら小さな交信の言葉、短い文章が伝えてくるサインに、心を轟かせる。私は厭世家ではない。結局、人間好きなのだと思う。

 今年の私の年賀状は業者にたのんで次の文章を活版印刷させた。パソコンでは私の技術の拙さもあって、きれいに印刷できないからである。

賀正 私は今年八十歳を迎えます。最近は長寿の方が多いので、自分もその一人と呑気にしていますが、老衰で死ぬのは滅多にないこと、それは異常な例外で、自然は二、三百年にたった一人という割合でこの特典を与えている。自分が今達している年齢そのものが普通はあまりそこまで到達できない年齢だと考えるべきではないか、と言ったのはじつはモンテーニュなのです。そのとき彼は四十七歳で、三年後に死亡しています。十六世紀のヨーロッパの平均年齢は二十一歳でした。そして、彼は自分の知る限り、今も昔も人間の立派な行いは三十歳以前のものの方が多いような気がする、と付言しています。

平成二十七年 元旦 西尾幹二

 ご覧の通り、内容は厭世的である。自分で自分の晩年は蛇足だよと言っているようなものである。それなのに、私は夢中で生きている。人生を投げてはいない。体力は衰えつつあるが、気力は衰えていない。

 私はいったい何を信じて生きているのだろう。自分でも分らない。歩一歩、終末に向かっていることに紛れもないのであるが・・・・・。

 年末に刊行した『GHQ焚書図書開封 10』(地球侵略の主役イギリス)を自ら読み直してみて、意外に読み易い、説得的な文章になっていて、そう悪くないな、と思っている。

田母神都知事の実現を祈念する

 1月28日(火)18:30~20:00に千代田区永田町の憲政記念会館で田母神俊雄都知事候補を応援する緊急集会が開かれた。10人くらいの政治家や知識人がひとり3分と制限されたスピーチをした。私は少し3分を越えたかもしれないが、話をした。短いのでたいした話はできていない。ここに録画を公開する。

 過日おこなわれた田母神氏の記者クラブにおける立候補説明の記者会見の録画をたまたま今日見て、大変に強い感銘を受けた。私のスピーチはどうでもよい。こちらを見ていただきたい。じつに立派である。多方面にわたってよく考え抜いて語っている。柔軟であるし、人間味もにじみ出ている。

 田母神さんにぜひ都知事になってもらいたい。真の政治的リーダーとなる素質を備えている。メディアの前評判をくつがえし、地辷り的勝利を収めるのではないか。

「路の会」の新年会

 「報道2001」の私のテレビ発言について、50個に近いコメントが寄せられた。近頃にないことで心から御礼申し上げる。ひとつだけこの件で言っておきたいのは、今回は局側が私の発言をそれほど強く制限しなかったので、私はある程度、自説を述べられたのであって、とくにあの日体調が良かったからとか、自分好みの論題だったからとかいうことではない。この点は誤解しないで頂きたい。

 もし私に30分の自由時間をテレビが与えてくれたら、国民に心に残るメッセージを与えることは可能だろう。しかし地上波テレビは私にそういうチャンスを与えない。日本文化チャンネル桜のYou Tubeを見ていたゞきたい。これを見れば、私の訴えはすべてお分かりになるだろうと思う。

 「報道2001」は今回は私に例外的な対応をした。従って、このあと当分の間は出演を言ってこないだろう。左翼から圧力がかかっているだろう。視聴者のみなさんは、私に限らずいい人のいい話を聞けるか否かも局側の匙加減ひとつであって、出演者の自由でも責任でも努力課題でもない、ということを分っていただきたい。日頃のテレビを悪くしているのはすべてテレビ局にあるのだということをよく弁え、局にがんがん投稿することが必要である。左翼が圧力をかけつづけているのであるから・・・・。

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 さて皆さん、正月10日に「路の会」で新年会を開催した。「路の会」は毎月順調に例会を開いてきたが、当ブログではあまり報告されていない。

 新年会は故遠藤浩一さんに対する黙祷から始まった。何とも言いようもない衝撃で幕を開けた今年の正月だった。私は1月3日に彼から葉書をもらっていて、日付をみると12月31日に書かれていて、1日に投函されている。ひょっとしたら絶筆かもしれない。みなさんにお見せした。この一枚の葉書をどう扱ったらよいか分らない。葬儀が行われないというので、気持が鎮まりようがない。私は「正論」に追悼文を約束しているので、そこに祈りをこめることとする。

 新年会には21人が集まった。順不同で、加藤康男、尾崎護、大島陽一、木下博生、入江隆則、三浦小太郎、渡辺望(今回初参加)、伊藤悠可、堤堯、福井義高、大塚海夫、高山正之、宮脇淳子、河添恵子、藤井厳喜、北村良和、宮崎正弘、そして徳間編集部の力石幸一、赤石の諸氏に私である。

 長老の尾崎さんの「献杯」で会は始まり、中華料理をいたゞきながらの自由討論会となった。昨年アメリカに渡って、慰安婦像設置反対のための講演の旅をした藤井厳喜さんの話をぜひ聞きたいと堤堯さんから提案が出され、まずその話が披露された。

 サンフランシスコ郊外にクパチーノという町がある。アップルの本社があるシリコンバレーの中心の一つで、しかも反日運動の拠点だといわれる世界抗日連合会本部が置かれている都市である。かつて拉致された慰安婦は20万人とのばかばかしい数字がひとり歩きしていたが、世界抗日連合会は50万人にかさ上げした。半分は韓国人、半分は中国人だそうである。中国が運動に介入してきたからで、そうなると「白髪三千丈」のたぐいの大ウソが平気でどんどん広まる。

 藤井さんはクパチーノ市の市長と会ってきた。市議会議員は5人しかいないが、うち4人は慰安婦像の設置に反対している。外国人の間のトラブルを自分たちのコミュニティーに持込んでもらっては困る、という常識的判断が働いている。議会筋の話も入れて総合すると、この市の像設置はおそらくないだろう。だがと藤井さんは言った。

 今後はアメリカ全土の見通しは楽観できない。中国が介入し、ロビー活動が動き出しているからである。慰安婦も、南京も、いよいよ攻撃が強まるだろう。在米日本人はがんばっているが、日本政府がしっかりしていない。歯がゆいばかりである、と。

 日本も組織的反中反韓運動を組み立て、政府がそこに資金を投じ、情報キャンペーンに本腰を入れるべきである。現代の戦争は歴史の解釈の戦争であり、言葉の戦争である。まず日本国内で「日中友好」再燃ムード阻止、「韓国冬季オリンピック」協力ムードの阻止を確立すべきであると思う。

 海上自衛隊の大塚海夫さんが久し振りに姿をみせた。以前は例会を欠かしたことのない人だったが、国家の周辺の急変事態でこのところずっとお休みだった。「海将補」という新しい名刺をもらったが、昔の位でいえば海軍少将だそうである。

 靖国参拝についてのアメリカの例の「失望した」発言でこのところぎくしゃくしている日米関係が防衛にどう波及するかが話題になった。大塚さんは在日米軍と海上自衛隊との関係はゆるぎないものであると仰有った。もともと在日米軍の主力は海軍なのだが、家族を含めて日本に在留しているので、日本の良さがよく分っていて、それが米軍そのものとの良好な関係にもつながっているとのお話であった。さもありなんと想像できた。その他微妙な情報もいろいろあったが、ここで公開するわけにはいかない。

 ブルートレイン廃止の是か非かで、1月3日の産經に大きな顔写真と共に石破自民党幹事長との対討記事がのっていた福井義高さんがお話になった。福井さんは元国鉄勤務で、その方面の本もある。ブルートレインは廃止論者で、存続論の石破氏と立場を異にしていた。しかし新年会で話題になさったのは鉄道のことではない。アメリカ大統領選挙のことだった。

 オバマの次は誰になるか、が日本の政治にも関係してくる。前回の選挙で立候補した共和党のロン・ポールは80歳で、最近引退し、息子のラント・ポール上院議員(50歳)が父の思想的立場を承けて立候補するらしい。ロン・ポールは名うての孤立主義者で、今のアメリカの向かっている潮流に棹さしていた。ラント・ポールは同じ傾向とはいえ父親より穏健なので、より巾広い層の支持を得られる可能性がある、との福井さんの観測であった。

 孤立主義はオバマがすでにそうである。オバマは評判が悪い。日本に対してはそもそも関心がない。しかし福井さんにいわせれば日本が「離米」するチャンスでもある。孤立主義の外交政策は日本は日本の侭で行かせよ、という考え方である。米海軍はラインを東南へ引き下げる。陸軍のコミットメントを止める。アメリカの国境はいよいよ露骨に日本列島そのものになる。むかしのアチソンラインに似ている。日本列島がアメリカの軍事的最前線になり、しかも米軍は主力を引き上げる。長距離核だけで対峙するということになろうか。いよいよ日本はぼんやりしてはいられない。庇護者アメリカは完全に消えてなくなるだけでなく、日本を砲弾の楯にしようとしているのである。

 在日米軍は家族ぐるみで日本社会と接しているので、大塚さんの仰有る通りたしかに他国よりも日本に親和性を保っているのかもしれない。しかし軍は政治の支配下にある。時期大統領選挙は日本の運命は大きく影響するので、今から研究を重ねていく必要があろう。

もうひとこと申し上げる

 私より若い私の友人に青山学院大学教授の福井義高さんがいる。彼は会計学がご専門で歴史家ではないのだが、日本の歴史学者は歴史を知らないので、こういう人の発言が一番ありがたい。私と彼との『正論』誌上での対談は全体の三分の一だけすでにここに掲示されている。間もなく残りも提出する。

 日本の自虐的な歴史観、世界を鏡に自国の過去を「反省」ばかりしているわが国のほゞ全知性を蔽っている歴史観について、あるとき福井さんは「あれは皇国史観ですな」と仰言った。

 「皇国史観」の定義はここでは戦後悪口でいわれている言葉の用い方に合わせて自己満足史観のこと、自国が世界の中心で自国の善と美があまねく世界四方を照らし、世界史を動かして行くという普遍思想である。東南アジアの島々に神社を作ったなどもその現われである。神道にはそのような普遍性はない。ないところに強みもあると考えるべきである。

 戦後を支配した歴史思想、ことさらに自国の軍隊の欠点をあげつらい、罪と悪の日本史を仕立てて、日本はここで間違えた、あそこで判断を誤った、としきりに言い立て相手の軍隊の罪や悪をほとんど見ようとしない歴史観は、自己満足史観で、日本が正しい道を歩んでいたら戦争は起こらなかった、という前提に立っている。日本が道徳的に立派だったら、相手の軍隊も道徳的に立派に振舞い、戦争は避けられ、世界史の歩みは変えられた、という仮説の上でものを言っている。傲慢である。

 これこそまさに「皇国史観」の再来であろう。福井さんはそういう意味のアイロニーをこめて言ったのだと思う。けだし名言である。私より若い世代にこういうリアリストが出現したのが私にはうれしい。

 戦前も戦後も日本人の大半は世界の現実が見えない。最高学府の知性にも見えていない。戦争は相手があって初めて起こる、という子供にも分る常識から出発していない。反省と自己批判から出発している。しかもそれによって自己の誠実を証明し、自己の美化を企てている。救いがたい自閉的性格である。ここに普遍思想の生まれる土壌はない。

 戦前の「皇国史観」もまたマルクス主義が出現しなかったら生まれなかった反動的近代現象であって、日本文化の本来性に発していない。戦前も戦後も、日本知性の陥った過誤の性質は同質である。日本の知性のどうにも救いがたい欠陥である。

 最近、皇室問題がしきりに論じられるが、皇室が危機にあるからだと思う。私は日本文化の柱に皇室への崇敬があると信じているが、ここからだけでは普遍性は出てこない。「神仏信仰」という言葉があるように、日本人の信仰は「神」と「仏」の二重性によって支えられてきた。天皇もまた歴代仏教の信徒だった。地上の神と超越神との二重性である。後者は見えない遠い異国の唐天竺に浄土を求める心事にも発している。

 日本人が古代中国や近代西欧に理想のモデルを求めたのは、超越信仰の一種ではないだろうか。これがないと皇室も危うくなる信仰のパラドックスがあるのではないだろうか。アメリカは「見えない遠い異国の唐天竺」の代用になり得ないことが最近明らかになったわけだ。

 ならば何が「超越神」となるのであろうか。すぐには答の出てこない難問で、今の日本はその未解決の混迷の只中にある。皇室問題がしきりに取沙汰されるのもその不安の表現である。

読者へのご挨拶

 今年の「謹賀新年」に付けられた「コメント5」に次の意見があった。

5.いつも、この日録とかネット番組:「GHQ焚書図書開封」を拝読・拝見いたしております。

ですが、先の総選挙における「阿倍政権」の誕生については、何の言及もありません。ひたすら、ご自分が関わられた著書の宣伝にこれ努めているという感じです。

西尾教授は、「反原発」のお立場の様ですから、この視点でも反駁されて然るべきかと思います。(尚、私めは「原発推進」・「核武装しかるべし」・「靖国分祠検討すべし」という立場です。)

何か、深い深いお考えがあっての「日録でのご発言」かとは推察いたしておりますが、少しく寂しく感じております。

コメント by 佐藤生 — 2013/1/6 日曜日 @ 16:37:01 |編集

 これを読んで私は少し当惑しています。深い考えなどありません。当ブログは私の思想活動のごく一部、しかも小さな一部で、全体の思想活動を一冊の本にたとえると、ちょうど「目次」のような役割を果していると思います。そう思って見て下さい。

 私は尖閣問題、女系天皇問題、原発問題、TPP問題について、また日米問題、総選挙とその結果についても、書物もしくは雑誌その他で大抵どのテーマであろうと洩れなく私の考えを述べています。雑誌は今は「正論」「WiLL」「言志」(チャンネル桜の電子言論マガジン)です。そのうちの幾つかは許される限り当ブログに掲示するようにしています。「脱原発」では書物を二冊出しています。

 「コメント5」の佐藤生さんにおねがいします。書物や雑誌などの活字言論をきちんと見て下さい。そちらの方が私の本筋です。ブログだけ見て私の思想を判定しないで下さい。ブログは「目次」か「表紙」なのです。宣伝めいたものと思われても仕方ありません。読者の方はこれを手掛りにして下さい、と言っているだけです。ブログで全思想を表現している人もいますが、それとはやり方が違うのです。

 『第二次尖閣戦争』について、アマゾンに書評がのっていましたので、紹介しておきます。

第二次尖閣戦争(祥伝社新書301) 第二次尖閣戦争(祥伝社新書301)
(2012/11/02)
西尾 幹二、青木 直人 他

商品詳細を見る

「尖閣」でアジア近現代史の虎の尾を踏んだ中国, 2012/11/12
By 閑居人

 「尖閣諸島」という南海の小島の帰趨は、単なる領土紛争を超えて、「近代日本」という国家の政治的経済的アイデンティテイと表裏一体繋がっている。明治維新以来、弱肉強食の帝国主義の世界を生き抜き、敗戦による「帝国解体」も経験して、尚かつ「皇室」の伝統と民主的な諸文化に立脚する「日本」という民族国家。その近現代史と「国家主権」という一点で切り離すことができない問題だからである。
 それにしても、中国人という人種は一体何者なのか。西尾が言うように「一度も国政選挙をしたことが無い国、近代法治国国家でない国、他国を威嚇し脅迫する(無法国家)」(233p)であることは疑えない。
 この対談の中で西尾は繰り返し「中国人とは何者なのか」と問う。そして最近西尾自身が「GHQ焚書図書開封7」で紹介した戦前のシナ通、長野朗が指摘する「ウィルスのように侵入し、シロアリのように食い荒らし、エゴイスティックであるにもかかわらず、集合意志を持つ民族」といった表現に共鳴する。
本書の中で、西尾は怒りを隠さず過去の歴史から説き起こし、青木は冷静に中国、アメリカ、朝鮮半島等日本を取り巻く状況を分析する。西尾が説くように「尖閣戦争」は、近代以来の歴史問題を背後に潜まさせている。そしてそれは、これからの日本という国家の在りようと不可分の関係を持つ問題なのだ。この重大な問題に、石原慎太郎のトラップに乗った中国は、不覚にも多くの日本人を目覚めさせてしまった。
 官製デモの連発は、振り返って1919年「五・四運動」や1920年代の「五・三十事件」等戦前の反日運動が巧妙に仕組まれた官製デモであり、しかも英米大使館やドイツの教唆、コミンテルンの策動と絡んだ事件であったことを改めて想起させた。1945年以来、GHQや共産中国、岩波・朝日が浸透させた「敗戦史観」は、学会で率直にその是非を論じたり、自由に批判したりすることがタブー視されていた。しかし、その呪縛は確実に解けている。
 本書で、二人の論者が説くことは、「尖閣」という南海諸島の一角にある小島が、アジア近現代史において日本が引き受けざるを得なかった歴史の謎を解くと同時に、今後の日本国民の対応が21世紀アジア地域の平和と安定の鍵を握るという、国際政治の現実である。

日本政府よ、覚醒せよ! と訴える一冊。言うべきことははっきり主張すべきだ。, 2012/12/9
By あらフォーティー “Z”

尖閣問題を起点に、中国の現状、米国の立場、そして
日本がとるべき態度と戦略を示す一冊。

ひとつ驚いたことは、尖閣5島のうち、すでに2島は
米国に貸し出されていて、うち1島は国有だということ。

新聞やTVはこのことを報道したか?
そもそも調べてもいなかったのではないか?

そして何よりも、「問題を起こしたくない」「とりあえず穏便に」という害務省の態度と、
中国に誘い込まれて進出し、人質となって逆に政府の足かせとなった経済界。
これが大きな問題だということがわかった。

中国と米国の思惑をしたたかに利用して、日本の国益をしっかりと
守って欲しい。そういう知恵のある政治家の登場が待たれる。

なぜジュンク堂の特集コーナーには置いていないのか, 2013/1/14
Bymt –

尖閣諸島問題・中国問題を取り上げた本の中では最高のものと思われる。以下、いくつか本書で取り上げられた衝撃の内容を書き出してみる。

・小泉首相の靖国神社参拝をめぐって中国で反日暴動がおこったとき、トヨタ自動車の奥田碩(会長)が胡錦濤と極秘に会談し、次期首相は絶対に参拝させないと約束し、実際に安倍首相は参拝しなかった。
・中国の対日経済制裁で困るのは日本国民ではなく、個別の進出企業である。
・最初から永住することを目的とした中国人が大量に来日しており、その連中が日本の福祉を享受している。
・国内問題で困った習近平が、大量流民を放出し、沖縄が占拠され、それが「人権」の名のもとに正当化され、日本侵略がすすんでいく可能性。尖閣問題はこうした破局に至るかどうかの一里塚である。
・2012年の暴動で日本企業が多大な被害を蒙ったその数日後に、野中広務・河野洋平・田中真紀子・高村正彦らは経団連会長の米倉弘昌とともに北京詣でをして、早々と膝を屈した。日本政府が抗議のために、公式行事を中止するようなことはいっさいなかった。
・日本からの中国向けODAは合計3兆6461億円で、2012年も無償援助と技術協力は42.5億円。さらに国民のまったく知らない、財務省の資源開発ローンが3兆円もある
・アジア開発銀行の出資は日本がトップであるが、総裁の黒田東彦は「中国は覇権国家ではない」と公言するほどの東アジア共同体論に染まった官僚で、日本からのODAが減っても、黒田からの対中出資は減っていない。
・アメリカはかつて尖閣の主権が日本にあると認めていた(ケネディとアイゼンハワー)が、その後態度を曖昧にしている(ニクソンから)。アメリカは日中紛争の火種を残しておきたいのである。久場島と大正島は米軍管理下にあり、少なくともこの2島についてはアメリカは中立の立場は取れないはず。それをマスコミも報道しない。
・中国は世界銀行人事をめぐってアメリカと対立はしていない。米中の経済相互依存関係は深く、米中が対立することは不可能となっている。
・中国とアメリカの石油メジャーは非常に仲がよい。クリントンの日中の共同油田開発論
・中曽根は、中韓の圧力に屈してすでに検定にとおった教科書を4回も改定させて。それ以降続く中曽根内閣の呪い。

まだまだ、引用したい部分がある。ほかのレビューワーが西尾幹二氏の日本は三流国家となっている、という発言を敵視しているが、自分で自分を守れない日本はまさに三流国家になろうとしていると言えるだろう。
ところで、ジュンク堂の尖閣諸島特集コーナーにはこの本は置いていない(少なくとも大阪の3店舗では)。極左の孫崎亨の本は置いてあるのに、である。ジュンク堂の政治的偏向が伺われる。

消された秀吉の「意志」(二)

 日本人が過去に世界に向かって本格的に自分の「意志」を構成する試みを行っていても、後世の人間がそれを率直に認めることに気遅れがしてしまうのは、日本文化の本来的特性に関係があるのだろうか。

 日本人は言挙げしないとよくいわれる。自分から言葉でいちいち自分の立場を世界に向けて説明しない。分ってもらおうと敢えてしない。国内では日本人同士が交わるときには強い「意志」を示さない方がかえって相手の理解を得るのに良い場合さえある。

 たしかに唯我独尊や夜郎自大はみっともないが、しかしノーベル賞をもらうたびに日本人が大騒ぎするのはさらにみっともないのである。日本人は「縮み志向」だということを書いた韓国人学者がいた。繊細な細工ものをよくする指先の器用さが民族的な特徴だというのだ。しかし必ずしもそんなことは言えない。古代の出雲大社の巨大階段の例もあるし、戦艦大和の例もある。『新しい歴史教科書』がこの二例をグラビアに掲げたのは、日本人が自らを矮小化したがる自己卑下の偏見を正したい思いがあったからだろう。

 自尊を卑しむのは日本社会の美点かもしれない。しかしこれも度が過ぎると世界の中の自分の姿を正確に見ることにも差し障りが生じかねない。そして、そのような過度の自己矮小化はやはり第二次大戦の敗戦の後遺症の一つであり、教育の世界、ことに歴史学者に数多くの悪い先例があることはよく知られているが、最近も私は次のような例に出会った。それも秀吉の朝鮮出兵の論争点をめぐるもう一つのケースである。

 私が福地惇、福井雄三、柏原竜一の三氏と共に月刊誌『WiLL』でシリーズ「現代史を見直す」の討議を連載していることはご存知かと思うが、それも最新刊の2月号では第9回目を数え「北岡伸一『日中歴史共同研究』徹底批判2」と題して、安倍首相の肝入りで始められた企てに対する文字通りの「徹底批判」であった。

 対談内容は西安事件、盧溝橋事件、第二次上海事件、南京事件をめぐるテーマで、25ページ近くを「徹底批判」で埋め尽くしているから、秀吉が話題に入ってくる余地はないのだが、悪例のひとつとして私があえて取り上げた東大教授の歴史学者がいる。

 私たちは波多野澄雄、庄司潤一郎の両氏を最初疑問の俎上に載せていたが、私はそこにもう一例を挙げた。日本では信頼される保守系の研究者といわれている波多野、庄司両氏が中国人相手の討議の場に出ると、説を曲げ、中国側に都合のいいように口裏を合わせる例がいかに多いかに、私たちはそこに至るまでにさんざん言及し、論破していたが、その途中で私は次のように発言した。

西尾:さらに付け加えると、東大教授の村井章介さんが書かれた「第一部 東アジアの国際秩序とシステムの変容 第2章 15世紀から16世紀の東アジア国際秩序と日中関係」について、指摘しておきたいことがあります。私は村井さんのことは非常に評価していて、拙著『国民の歴史』(文春文庫)の中でも秀吉に関して引用させていただきました。

「16~17世紀のアジアを見た場合に、ヨーロッパが出会う相手となったことだけが、この次期のアジアが世界史的文脈のなかで担った役割ではない。むしろアジア自身のなかで、この時代には大きなうねりが、ヨーロッパを必ずしもふくまないかたちですでに生じていた。(中略)

 もうすこし具体的に言えば、最初にふれた日本史における統一権力の東條、中世から近世への移行という事態も、中国における明清交代という世界システムの激変と、共通の性格をもつものと考えるべきではないか。

 その本質をひとことでいえば、世界システムの辺境から軍事的な組織原理で貫かれた権力があらわれ、あらたな生産力を獲得し、やがては中華に挑戦して崩壊させてしまう、という事態である。(中略)

 豊臣秀吉はこの挑戦に失敗して自滅への道をあゆみ、秀吉を倒した江戸幕府は軌道修正に腐心することになるが、挑戦にあざやかに成功して中華を併呑(へいどん)したのか、女真族(じょしんぞく)の後金(こうきん)(のち清)であった。このようなアジアの巨大なうねりに重なるかたちで、ヨーロッパ勢力のアジア進出、地球規模の関連性の形成も生起した」(傍点引用者・村井章介『海から見た戦国日本』)

 ところが、この日中歴史共同研究の報告書では全く違うことを言っているんです。村井さんは〈豊臣秀吉の朝鮮侵略戦争〉と書いている。

福地:完全な二枚舌ですね。

西尾:〈1595年に至って、小西行長と明側のエージェント沈惟敬との間で講和条約が合意された。その結果、秀吉を「日本国王」に封ずる冊封使が発遣され、96年に聚楽第で秀吉と対面した。通説では、秀吉はこの会見で自身が明皇帝の臣下とされたことを知り、激怒して第2次の戦争を始めた、とする。しかし、これは江戸時代になってから現われる解釈であり、同時代の史料には、秀吉の怒りの原因は、彼が望む朝鮮南半分の割譲が無視され、朝鮮からの完全撤退が和平の条件であることを知ったことにある、と記されている〉。

 秀吉の意思を、あっという間に矮小化してしまう。

 そして、〈すでにそれ以前から、秀吉の獲得目標は、明征服ふぉころか、朝鮮半島南半の確保という領土欲に矮小化されていた〉。

 当時の地球規模での行動と解釈せず、侵略戦争という書き方をしています。これも、それまでに村井さんが書いていることとは違います。波多野さんや庄司さんと同じようなものです。売国的行為と言わざると得ません。

福井:国際的な場に出て行くと、精神的に持ちこたえられないというのは日本人の国民性なのでしょうか。

柏原:これは間接的に聞いた話ですが、なにか問題になると代表の北岡さんが出て行かれて、調整してそれで強引に中国側と決めてしまったようですね。

西尾:つまり、波多野さんや庄司さんや村井さんの文章は、記名で書かれていますが、北岡さんが強引に進めてしまったということですか。

 たとえそうであったとしても、波多野さんや庄司さん、村井さんには同情する気にはなれません。仮にそうであるならば、自らの学者の良心に従い、席を蹴って辞退すれば良い話ではありませんか。やっていることは犯罪行為ですよ。

 村井章介氏は魅力的な研究書を書いてきた人で視野も広い学者のはずである。ちょうど今、吉川弘文館から他の二人の歴史学者と共編で、「日本の対外関係」(全7巻)のシリーズものを出している最中で、日本の歴史学会を代表している一人である。そういう人が、否、そういう人だからこそと言うべきかもしれぬが、この体たらくである。

 学識もあり、経験も積み、研究歴も長い学者が、惜しむらくは世界と張り合うときに自分を貫く「意志」を欠いている。秀吉の海外雄飛を論じる資格なんかないのである。秀吉は「意志」の人である。どういうわけか東大教授にこういう例が多い。

 日本の歴史を悪くしているのはこういう人である。日本の国益を損ねているのは政治家や外交官だけではない。この手の学者が輪をかけている。そしてそれが与える影響は裾野が広く、長期にわたり、見えない形で日本の知性一般を犯し、麻痺させている。

 保守系の雑誌である『SAPIO』の編集者までが秀吉の「大言壮語」と書き、私に改められても「気宇壮大」にとどまり、「断固たる意志」という文字が使えなかったのは、この手の曲学阿世の徒の小さな臆病と卑劣が巨悪となって国民に降りかかった結果の一つにほかなるまい。

(つづく)