韓国が国際社会に喧伝するウソ「20万人」「軍関与」 日本は「国際的恥辱」払拭する努力してきたか

 産経新聞 平成29年1月19日正論欄より

 私はつねに素朴な疑問から始まる。日本の外交は国民が最大に望む一点を見落としがちだ。何かを怖がるか、安心していい気になるかのいずれかの心理的落とし穴にはまることが多い。今回の対韓外交も例外ではない。

≪≪≪ウソを払拭しない政府の怠慢≫≫≫

 米オバマ政権は慰安婦問題の真相を理解していないので不当に日本に圧力を加えていた。心ならずも妥協を強いられたわが国は、釜山の日本総領事館前に慰安婦像が設置されたことを受けて、大使らを一時帰国させるという強い措置に出た。日本国民はさぞ清々しただろうといわんばかりだ。が、日本外交は米韓の顔を見ているが、世界全体の顔は見ていない。
 
 慰安婦問題で国民が切望してやまない本質的な一点は、韓国に“報復”することそれ自体にはない。20万人もの無垢(むく)な少女が旧日本軍に拉致連行され、性奴隷にされたと国際社会に喧伝(けんでん)されてきた虚報の打ち消しにある。「20万人」という数も「軍関与」という嘘も、私はふた昔前にドイツの宿で現地新聞で知り、ひとり密(ひそ)かに憤怒したものだが、あれ以来変わっていない。ますます世界中に広がり、諸国の教科書に載り、今やユネスコの凶悪国家犯罪の一つに登録されかけている。

 日本政府は一度でもこれと本気で戦ったことがあるのだろうか。外交官が生命を賭して戦うべきは、事実にあらざる国際的恥辱の汚名をすすぐことであって、外国に報復することではない。

 女の子の座像を街角に建てるなど韓国人のやっていることは子供っぽく低レベルで、論争しても仕方がない相手である。敵は韓国人のウソに乗せられる国際社会のほうであって、日本の公的機関はウソを払拭するどんな工夫と努力をしてきたというのか。

 ≪≪≪なぜミサイル撤去を迫らないか≫≫≫

 実は本腰を入れて何もしなかった、どころの話ではない。一昨年末の日韓合意の共同記者会見で、岸田文雄外相は「当時の軍の関与」をあっさり認める発言をし、慰安婦像の撤去については合意の文書すら残さず、曖昧なままにして帰国した。しかるに安倍晋三首相はこれで完全決着した、と断定した。
 まずいことになったと当時私は心配したものだが、案の定1年を待たずに合意は踏みにじられている。国際社会にわが身の潔白を示す努力を十分に展開していたなら、まだ救いはあるが、「軍の関与」を認めるなど言いっぱなしの無作為、カネを使わない国際広報の怠惰はここにきてボディーブローのように効いている。

 軍艦島をめぐるユネスコ文化遺産登録の「強制労働」を強引に認めさせられた一件の致命傷に続き、なぜ岸田外相の進退が問われないのか不思議でならない。

 私はもう一つ別の例を取り上げる。対ロシア外交において、プーチン大統領来訪の直前、択捉島にミサイルが設置された。

 日本政府はなぜ抗議しなかったのか。せめて平和条約を語り合う首脳会談の期間中には、ミサイルは撤去してもらいたいと、日本側から要請があったという情報を私はただの一度も目にし耳にすることはなかった。

 私は安倍政権のロシア接近政策に「合理性」を見ていて、対米、対韓外交に比べていいと思っている。北方領土は放っておけばこのままだし、対中牽制(けんせい)政策、シベリアへの日本産業の進出の可能性などを考えても評価に値するが、ミサイル黙認だけはいただけない。昔の日本人ならこんな腰抜け外交は決してしなかった。

 ≪≪≪感情的騒ぎを恐れてはならない≫≫≫

 もう一例挙げる。オスプレイが沖縄の海岸に不時着する事故があった。事故機は住宅地を避けようとしたという。駆けつけた米国高官は、日本から非難される理由はない、と憤然と語ったとされるが、私もそう思う。いわゆる沖縄をめぐる一切の政治情勢からとりあえず切り離して、搭乗員がとっさにとった“回避行動”に、日本側からなぜ感謝の言葉がないのか。県知事に期待できない以上、官房長官か防衛相が一言、言うべきだ。これは対米従属行為ではない。礼儀である。

 感謝の言葉を聞かなかったら、米兵は日本をどうして守る気になるだろう。日本は武士道と礼節の国である。何が本当の国防のためになるのかをよく考えるべきだ。
 プーチン大統領には来てもらうのが精一杯で、ミサイル撤去の件は一言も口に出せなかった。沖縄の件はオスプレイ反対運動の人々のあの剣幕(けんまく)をみて、何も言えない。岸田外相が「(当時の)軍の関与」を公言したのも、韓国の感情的騒ぎが怖かったのである。

 何かを怖がるのと、安心していい気になるのとは同じ事柄の二面である。今度、韓国に「経済断交」に近いカードを切ったのは、ことの流れを知っている私は当然だと思っているが、日本人がこれで溜飲(りゅういん)を下げていい気になってはならない。日本人も本当に怖い国際世論からは逃げているので、情緒的韓国人と似たようなものだと思われるのが落ちであろう。(評論家・西尾幹二 にしお・かんじ)

晴天続きの正月

 1月6日、韓国に対しスワップ協定の協議停止にまで踏み込む制裁がなされたのは良いことだった。「慰安婦像」のプサン設置には、日本政府もよほど腹にすえかねたのであろう。これで相手が目を覚ますはずもなく、予想されている通り日韓関係はこれからも永くこじれるだろう。しかしまずは仕方がない。

 2015年末の日韓合意がやがてこうなることは分っていたはずだ。それなのになぜあんな甘い合意、日本の「犯罪」を認めるような言葉も残す合意に走ったのだろう。あそこはゆっくり腰を据え、忍耐し、「朝日」の記事取り消しもあって局面が変わったことを踏まえて、じっくり応答すべきではなかったか。

 あのあわてた合意はオバマの要請に応じての措置であったのであろう。何でもアメリカの言いなりであることが一連の外交でまた再び明らかになった。

 安倍外交について世間の評価はいいようだが、私は反対だ。米上下院議会での硫黄島を出した安倍演説は良かった。良かったのはあの一件だけで、つづく70年談話、日韓合意、オバマ広島・安倍パールハーバー交換慰霊は私にはやらなくてもいいこと、先走り、あらためての日本の悪の自己承認、アメリカの理不尽な襲来への歴史的追及をいっさい伏せてしまった敗北の表現であったと思う。

 私は世間が言うのと違って、プーチンへの接近は良かったと思っている。対露接近はやらなければ永遠に誰も手をつけないテーマだ。会談中の北方領土からのミサイル撤去を求めなかった弱腰はいただけないが、ロシアと組もうとする姿勢は大胆かつ現実的で評価するべきだ。しかし対米・対韓外交は安倍政権の失敗つづきと私はみている。

 尚、月刊誌2月号に次の私関係の記事がある。
(1)世界の「韓国化」とトランプの逆襲(Hanada)
アメリカの「韓国化」にも触れられている。ドイツも射程に入れている。
中韓の対日攻撃の思想的根拠はドイツである。
(2)中西輝政氏とび対談・歴史問題はなぜ置き去りにされているのか(正論)
安倍外交への疑問において二人は大筋一致した。
長い間すれ違っていた中西・西尾の関係だったが、ここで肝胆相照らす仲となった。

 当ブログへのコメントは(1)(2)を読んでそこでの問題提起に対応して語っていただきたい。茶化すような短文や私の提言とは縁のない長文がよくあるが、ご遠慮いただきたい。

世界にうずまく「恨」の不気味さ 「アメリカの韓国化」どう克服 

産經新聞平成28年12月19日コラム【正論】より

≪≪≪ 韓国を揺るがしたルサンチマン ≫≫≫
 
 朴槿恵大統領の職務剥奪を求めた韓国の一大政変には目を見張らせるものがあり、一連の内部告発から分かったことはこの国が近代社会にまだなっていないことだった。5年で入れ替わる「皇帝」を10大派閥のオーナーとかいう「封建貴族」が支配し、一般民衆とは画然と差をつけている「前近代社会」に見える。一般社会人の身分保障、人格権、法の下での平等はどうやら認められていない。
 
 ただし李王朝と同じかというとそうではない。「近代社会」への入り口にさしかかり、日本や欧米を見てそうなりたいと身悶(もだ)えしている。騒然たるデモに荒れ狂った情念は韓国特有の「恨(ハン)」に国民の各人が虜(とりこ)になっている姿にも見える。「恨」とは「ルサンチマン」のことである。完全な封建社会では民衆は君主と自分とを比較したりしない。ルサンチマンが生まれる余地はない。
 
 近代社会になりかかって平等社会が目指され、平等の権利が認められながら実際には平等ではない。血縁、財、教育などで強い不平等が社会内に宿っている。こういうときルサンチマンが生じ、社会や政治を動かす。

 恨みのような内心の悪を克服するのが本来、道徳であるはずなのに、韓国人はなぜかそこを誤解し脱却しない。いつまでもルサンチマンの内部にとぐろを巻いて居座り続ける。反日といいながら日本なしでは生きていけない。日本を憎まなければ倒れてしまうのだとしたら、倒れない自分を発見し、確立するのが先だと本来の道徳は教えている。しかし、恨みが屈折して、国際社会に劣情を持ち出すことに恥がない。

≪≪≪ 吹き荒れる「ホワイト・ギルト」 ≫≫≫

 ところが、困った事態が世界史的に起こりだしたようだ。ある韓国人学者に教えられたのだが、恨に類する情念を土台にしたようなモラルが欧米にも台頭し、1980年代以後、韓国人留学生が欧米の大学で正当評価(ジャスティファイ)されるようになってきた。

 世界が韓国的ルサンチマンに一種の普遍性を与える局面が生じている、というのである。こういうことが明らかになってきたのも、今回の米大統領選挙絡みである。

 白人であることが罪である、という「ホワイト・ギルト」という概念がアメリカに吹き荒れている、と教えてくれたのは評論家の江崎道朗氏だった。インディアン虐殺や黒人差別の米国の長い歴史が白人に自己否定心理を生んできたのは分かるが、「ホワイト・ギルト」がオバマ政権を生み出した心理的大本(おおもと)にあるとの説明を受け、私は多少とも驚いた。

 この流れに抵抗すると差別主義者のレッテルを貼られ、社会の表舞台から引きずり下ろされる。米社会のルサンチマンの病もそこまで来ている。「ポリティカル・コレクトネス」が物差しとして使われる。一言でも正しさを裏切るようなことを言ってはならない。“天にましますわれらの父よ”とお祈りしてはいけない。なぜか。男性だと決めつけているから、というのだ。

 あっ、そうだったのか、これならルサンチマンまみれの一方的な韓国の感情論をアメリカ社会が受け入れる素地はあるのだと分かった。両国ともに病理学的である。

 20世紀前半まで、人種差別は公然の政治タームだった。白人キリスト教文明の世界に後ろめたさの感情が出てくるのはアウシュビッツ発覚以後である。それでも戦後、アジア人やアフリカ人への差別に気を配る風はなかった。80年代以後になって、ローマ法王が非キリスト教徒の虐待に謝罪したり、クリントン大統領がハワイ武力弾圧を謝ったり、イギリス政府がケニア人に謝罪したり、戦勝国の謝罪があちこちで見られるようになった。

≪≪≪ トランプ氏は歪みを正せるか ≫≫≫

 これが私には何とも薄気味悪い現象に見える。植民地支配や原爆投下は決して謝罪しないので、これ自体が欧米世界の新型の「共同謀議」のようにも見える。日本政府に、にわかに強いられ出した侵略謝罪や慰安婦謝罪もおおよそ世界的なこの新しい流れに沿ったものと思われるが、現代の、まだよく見えない政治現象である。

 各大陸の混血の歴史が示すように、白人は性の犯罪を犯してきた。旧日本軍の慰安婦制度は犯罪を避けるためのものであったが、白人文明は自分たちが占領地でやってきた犯罪を旧日本軍もしていないはずはないという固い思い込みに囚(とら)われている。

 韓国がこのルサンチマンに取り入り、反日運動に利用した。少女像が増えこそすれ、なくならないのは、「世界の韓国化」が前提になっているからである。それは人間の卑小化、他への責任転嫁、自己弁解、他者を恨み、自己を問責しない甘えのことである。

 トランプ氏の登場は、多少ともアメリカ国内のルサンチマンの精神的歪(ゆが)みを減らし、アメリカ人を正常化することに役立つだろう。オバマ大統領が許した「アメリカの韓国化」がどう克服されていくか、期待をこめて見守りたい。(評論家・西尾幹二 にしおかんじ)

オバマ広島訪問と「人類」の概念(五)

従兄の死と従姉の手紙

 さて、こういう新しい局面で、大統領候補から日本の核武装と北朝鮮の各脅威があらためて打ち出されている折も折、オバマ大統領の広島訪問が人類の未来のための「歴史的決断」であるというのは、いったいどういうことを意味するのでしょう。新聞・テレビ等のオバマ歓迎の浮ついた風潮は、私たち日本人のあの一種の知覚の欠陥に由来する面があるのではないでしょうか。

 原爆碑に刻まれた「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」の例の問題性を、ここであらためて吟味する必要があります。

 「過ちは繰返しませぬ」の主語は誰なのか。主語を曖昧化した当時の日本人の本能は、単なる対米恐怖からきた自己回避なのか、何か日本の伝統のなかにある外の世界への依存心理と救済心理に、あの知覚の欠陥が混じり合って特殊に異様な何かが醸し出された結果なのか、検討してみる価値はありましょう。

 敗戦の年の日本の学校は、全国を通して夏休みがありませんでした。長崎医大の学生だった私の従兄はたまたま四国の実家に戻っていましたが、謹厳な性格の叔父が、学校があるなら長崎に帰れ、と言ったばかりに原爆にぶつかってしまいます。帰らなければ良かったのだと後日、叔母はかきくどきました。私の母の妹で、母をいつもお姉(あね)さんと呼んでいました。私は子供の頃、母の前で安心して叔母が全身を震わせ、思う存分に泣いている姿を何度も見ました。

 いまは遠い日の幻のようにしか思い出せない情景ですが、今回はその話を書くのではありません。従兄には妹がいて、私より四歳年上のこの従姉はまだ健在で、戦後を私たちは同じ思い出のなかに生きていました。死んだ従兄の素晴らしさも、叔母の無念も、共通の話題でした。叔母はなぜか洗礼を受けて、クリスチャンになりました。従姉と私は戦争の時の生活上の数々の話題を取り交わしていましたし、戦争について語り合うのはあの世代の者にはごく普通の当たり前のことでした。

 ある日、私は原爆投下のアメリカの意図、日本人を実験動物扱いした冷酷さについて従姉に語りました。「わたしの昭和史」(改題『少年記』)を雑誌に連載していた頃のことです。そして、戦時中の一枚の写真を見せました。若いアメリカ娘の前に前線からプレゼントされた日本兵の髑髏(しゃれこうべ)が置いてある、たしか、『LIFE』誌か何かに載ったショッキングな写真だった覚えがあります。

 間もなく、従姉から短い手紙が来ました。自分は平凡な主婦で、何も分からないし、何も考えていない、と。もうこれ以上、話題を持って来ないでほしいという意味だろう、と私は理解しました。

 この一家に従兄の死への深い悲しみがあったことは紛れもありませんが、どういうわけか死をもたらした相手国への敵意や憎しみはあまり強くなかったように思います。想像するだに恐ろしく、考えたくなかったのかもしれません。戦災を受けた日本の多くの家庭がそうであったように、原爆や空襲は自然災害のようなものとして受け止めるしか術がなかったのかもしれません。じっと怯えて時の過ぎるのを待つしかない。悪いのは、むしろ災いをもたらした日本の責任者です。心の奥で微妙な摩り替えが起こります。自然災害には怒りの向けようがなく、行政の不備にだけは文句が言えるのと同じです。

「真の世界」を探す日本人

 従姉の娘の一人は英語が良くでき、大学を卒業して、アメリカ大使館に勤務しました。戦前にキリスト教に縁のなかった叔母が、息子の原爆死以来、教会に通うようになり、洗礼を受けて熱心な信者になりました。これもなぜなのか、いまもって私には分かりません。

 原爆を落とした相手国への敵意や憎しみに心の焦点が結ばれないのは、すぐれて日本的な現象のように思えてなりません。

 話は変わりますが、日本人にはもともと国内にではなく、遠い目に見えない広い場所に「真の世界」を尋ね探したいという根源的な願望が大昔からあったように思えています。島国のせいでしょうか。原因は分かりません。自国中心にものを考えない習性に繋がっているようです。

 どこか遥か遠い処に、「日本の仏」を超える本物の仏が実在するに違いないという強い思いは、人々の心を西方浄土へと誘いました。平安末期から中世にかけては殊にそうでした。その際、自分の国は末法辺土の悪国であるとする否定的な自己認識が、一方で人々の内心に渦巻いていました。

 日本は釈迦の生まれたインドから遥かに離れた粟粒のごとき辺境の小島にすぎない、本物は日本には存在しないのだ、と。

 「真の世界」は日本人には辿り着けない遠い処にあるという意識は、時代が変わってもやはり変わらないで続いたようです。江戸時代になると儒学が主流となりますが、ここでも本物は中国にあり、わが国には聖人は生まれない、と。

 明治になると周知のとおり、それがヨーロッパに入れ替わりました。しかし、つねに理想を外にのみ求める単調さに疑問も生まれ、わが身、わが歴史に立ち還り、反動的に「真の世界」を自国にのみ求めて外に求めないという、本居宣長のような強い孤独者の思想も、一方ではつねに繰り返し登場しました。

 外の世界が美しい言葉で彩られ、日本人が理想とする方向に何となく沿うているとみられる場合には、この外の世界を拒絶して「真の世界」を自国に求めることは心的エネルギーを要し、一般の日本人にはまず無理です。

 真面目で、勤勉で、良識もあり、知能も高い日本人、つまり最良に属する普通の日本人が、自由とか平等とかヒューマニズムを表看板にして流通している外国のウラのある価値観にやすやすと瞞されるのを見るのは驚きですが、しかしそれが現実であり、平均上の日本人は、あえて言っておきますが、これら安っぽい正義を心底から信じているのです。彼らグローバリズムを良いことだと思っている。そして、ナショナリズムはできれば避けるべき悪だと思っている。

 グローバリズムは国際的で、先進的で、外の広い「真の世界」に繋がっている善の代名詞です。昔は、日本は遅れているから進んでいる世界に自分を合わせなさいと言われたものですが、いまは日本は閉ざされているから開かれた世界に合わせなさい、と言うようになっている。

 そして、それを20世紀に入って「グローバリズム」という表記に変えたのです。言葉は変わっても内容の空疎なること、単なる抽象語であることに変わりはありません。自国中心のものの見方を軽蔑する〝対日叱り言葉″であり続けている。外から叱られるのが何より日本人は怖いから、こういう美しい言葉に呪縛されたようになってしまうのです。私が繰り返し言ってきた、国の外を見るときの知覚の欠陥はこのときに生じます。高学歴の著名な学者知識人に、むしろ強く現れることもある疾病です。

 あの戦争は日本が仕掛けた、という思い込みが頭の奥深くに刷り込まれていて、欧米の太平洋侵略の三百年の歴史をいくら説明しても、そしてそれを知的にかなり正確に理解しても、あの戦争は欧米が仕掛けたとの断案を下すことだけはどうしてもできない人が圧倒的に多い。これはレーヴィットが取り上げた数学者・K氏とは時代が違うので逆の構図になりますが、しかし日本人に特有の「単純さ」という点ではまったく同じなのです。

原爆碑の根深い問題

 人は小さな侮辱には立腹し、反逆することはできますが、息の根を止められるような大きな侮辱に対してはものが言えなくなり、与えられた決定に対してひたすら従順になるものです。広島の原爆碑に書かれた「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」は案外に根の深い問題なのです。「繰返させませぬから」でなくてはならない、と時間が経つにつれ、次第に気がつく人が増えて、主語が誰なのかが大騒ぎになりました。

 広島市は昭和58年に、主語は人類であって「全人類が悲しみに堪え憎しみを乗り越えて」の意味であるとわざわざパネルを張って、数ヵ国で提示しました。いかにも苦しい弁解、言い遁れに見えますが、多分、半分は本音だったのでしょう。

 原爆碑の建てられた昭和27年には、「過ちは繰返しませぬから」の主語は日本でした。日本が戦争を引き起こした張本人でした。悪いのは日本であって、旧敵国を本能的に念頭から消していました。しかし時間が経つうちに、その不自然と無理に気がついて批判や論争も起こり、まずいなと思ったかどうか分かりませんが、パネルを掲示したのです。

 そのとき、本能的に「全人類」を主語に仕立てたのはなぜか。「全人類が過ちは繰返しませぬから」と切り替え、自分を一段高い所に置いて、遥か遠い外の世界で自分を救済するために人類を「真の世界」に設定するという日本人本来の伝統にしたがうスタイルで、自分を誤魔化す自己欺瞞に走ったのではないか。

 ここには、遠い外の世界に対する昔からの依存心理と救済心理が働いていました。外を見る知覚の欠陥が微妙に紛れ込んでくる瞬間です。

 オバマ大統領の広島での祈りに、再び「人類」が名乗りを上げています。「人類」の名において大統領が祈るのに合わせて、われわれ被害国も恩讐の彼方に自分を高めて生きよう、と新聞・テレビが一斉に叫ぶたびに、私は静かに首を横に振ります。叔母や従姉がそういった白々しい大義で70年を生きたとは、到底思えないからです。

Hanada-2016年7月号より

オバマ広島訪問と「人類」の概念(四)

トランプはオバマと同じ

 11月の大統領選共和党候補トランプが声を大にして言い立ててきた外交戦略は、オバマがやってきた戦線縮小と、つまるところまったく同じです。同盟国により多くの責任と負担を押し付け、アメリカ一国の守りを固めようとする。ただオバマはそうはっきり明言しなかっただけです。勢いの赴くところ、トランプは日本と韓国の核武装の容認まで言い出した点に違いがあり、施政方針はどちらも同じで、論理的にはっきりさせたトランプのほうがずっと筋が通っています。

 アメリカの軍事予算大幅削減はけっきょく、誰が大統領になっても避けられない必然の方向なのでありましょう。日本の自主防衛への覚悟は強まらざるを得ず、日本の軍事大国化を恐れるアメリカの「ビンの蓋論」は勢いを失うでしょう。中国の強大化を抑えるためにも、アメリカのご都合主義は自己保存のために日本の「大国化」」を必要とするでしょう。

 戦後70年の次のメドは戦後百年となります。いくら何でも、もう「戦後」は使えません。これから30年かけて、わが国はようやくアメリカの桎梏を離れるのです。トランプが大統領になるかならぬかは別にして、彼のあの声明は利用価値があります。

トランプが、アメリカに日本は防衛費を支払えと言うのなら、一兆ドルにも及ぶ米国債の利息を払ってもらいましょう。全国で133か所の米軍基地(施設・区域)を徐々に撤廃してもらいましょう。自衛隊の装備品の米以外からの購入の自由と武器の自主開発の拡大を可能にしてもらいましょう。日本製の大型旅客機も自由に造れるようにしましょう。いちいちアメリカの意向に日本の金融政策を合わせなくてもいいことにしましょう。貿易決済の円建てをどんどん実行していきましょう。

 トランプはあまりにも無知で、アメリカの対日防衛費の何十倍の利益を日本からアメリカが得てきたことを彼は知らないのです。

つづく

Hanada-2016年7月号より

オバマ広島訪問と「人類」の概念(三)

日本人の世界を見る盲目性

 外の世界を見る日本人の眼に、良くいえばある甘さ、悪くいえば黒幕のかかったような外光拒否の盲目性があるのではないか、と思わせることは他にも多々あり、敏感な外国人がときどき気がつき、指摘してくれます。

 昭和11年にユダヤ系の哲学者、カール・レーヴィットが日本に亡命し、東北大学で教鞭をとりました。有名な哲学者で、戦後よく読まれ、翻訳本も多く出ています。

 レーヴィットは日本に来る前に、ある日本人数学者と知り合いになっていました。仮にK氏と名づけておきます。K氏から、ドイツ語で書いた論文の文章を修正してもらえないかと頼まれました。外国語で論文を出すときには誰でも必ず現地の人に見てもらいますから、これはごく普通の依頼です。

 K氏は、ドイツで刊行される数学の専門書に参加するようドイツ人同僚から誘われていたのです。その専門書にはドイツ人、イタリア人、日本人の数学者がそれぞれ一篇ずつ論文を寄稿することになっていて、K氏は共著に誘われたことを非常に名誉と感じていました。

 そこで自分の論文に序言をつけ、「3人の数学者の協力は日独伊の間の政治的三角形を学問の側からも補強するようなものにしていきたい」との希望を表明していました。そして序で、アインシュタインに対する自分の最高の尊敬の意を申し添え、序言の結びに、文章の修正を助けてくれたレーヴィットへの謝辞も付け加えてありました。K氏は、レーヴィットがユダヤ人であることを知っていました。

 これを読んだレーヴィットは

「わたしの名前は消した方がよいこと、アインシュタインについてのあなたの文を印刷すれば、あなたのドイツ人の同僚にかなり厄介なことがもちあがるであろうこと、この2点をわかってもらおうと私がやってみたとき、悪意のないこの人の理解力は突然に停止してしまった」(カール・レーヴィット『ナチズムと私の生活』秋間実訳、法政大学出版局)

 K氏は、思ってもいなかったことを言われたときに人が呆然自失するあの心境のなかに突如、置かれたのでした。アインシュタインがユダヤ人で、もうドイツで教鞭をとっていないことはすでに知られていました。

 しかし数学のなかで暮らしていた彼には、アインシュタインの名前が当時のドイツで現実にどういう意味をもっているかを、一度もはっきり理解しようとしたことはありませんでした。それほどに自分の専門の外に出ようとしない人なのに、何ということでしょう!日本の目指す東アジアの新秩序に、深い理解を持つ国がドイツとイタリアであるということだけは新聞から読み取っていて、心から共感していました。

 当時の日本の知識人の世界理解はおおむねこの程度であった、とレーヴィットは言うのです。彼は「ある日本的な単純さ」と呼んでいます。

ドイツに利用された日本

 この逸話は、私にはとても示唆的に見えます。当時もいまも、日本人の世界を見る眼は多かれ少なかれ、数学者・K氏の「単純さ」を引き継いでいる処があるように思えてなりません。日本が盲目的に戦争に突入したのも、戦争が終わったら今度は亀の甲に首を引込めるように自閉的になってしまったのも、どちらもK氏の「単純さ」のようなものが日本の政治を動かしてきた結果ではないでしょうか。

 なにも数学者だからかくも非現実的なのではありません。日本が日独伊三国同盟を結んだとき、ドイツはすでに忍び寄る敗色を漂わせていました。往時の日本外交の拙劣さは、外の世界のさまざまな差異、対立、力点が見えなかったこと、無差別で見境いがなかったことに尽きるように思えます。米英両国は永い間、日本をヨーロッパ政局とは切り離し、別扱いにしていました。

 日本がドイツと盟約を結んで以来、態度を急変させ、もうその後、いかなる交渉を求めても、ハル・ノートまで一直線に進んだのです。そのドイツは日本を尊敬していたのではなく、太平洋で米国と戦わせ、ヨーロッパ戦線でのドイツの負担の軽減を狙っていたに過ぎません。日本は、追い詰められていたドイツに利用されただけの話です。

 ところが日本の政治は、この現代においてなおK氏のいわゆる「単純さ」をほとんど克服していないように思えてなりません。

 どういうわけか日本人は、「非政治的」であることを自己の美点の一つのように思いなす弊があります。人前で政治信条を表明することは野暮ったいことで、日常会話から外し、中立、不偏不党であることを知的優越のように思いなしがちです。会社で政治上の論争はほとんどしません。これは動乱の時代にかえって人を危うくし、国家の方針を狂わせます。

 アメリカのオバマ大統領が広島を初訪問することに決した、と報じられました。日本では早速、「歴史的決断」とこれを評価し、核兵器のない時代に一歩でも近づく世紀のセレモニーを唯一の被爆国の名誉にかけて成功させなければならない等といいます。新聞は、日米関係はこれをもって新段階に入ったとはしゃぎ気味です。

 オバマ大統領の八年間の評価は低く、現在の世界の不安定の相当程度に彼の無能に原因があります。何といっても同盟国を軽視し、仮想敵国に融和を図るその腰のぐらつきは困ったもので、日本、イスラエル、トルコ、サウジアラビア等をいたく不安がらせました。

 対米不信はさらに広がり、イギリス、ドイツ、韓国を習近平のシナ帝国に走らせ、オーストラリアもその意向を迎えて日本の潜水艦を買わぬこととし、南シナ海で短刀(ドス)で脅かされているに等しいフィリピンまでが、親中派新大統領を選びました。アメリカの嫌がる安倍総理のロシアへの接近も、親米一辺倒の昔の自民党なら考えられぬことです。

つづく

Hanada-2016年7月号より

オバマ広島訪問と「人類」の概念(一)

(一)

わが目を疑った新聞記事

 日本人が外の世界を見る眼には、一種の知覚の欠陥に由来するような何かがあるのではないかと思うことが何度もあります。そういえば、日本人を褒めるのがやたら流行っている昨今の情勢では、何を?と目を剥いて叱られそうな雲行きです。

 で、はっきり証拠の出ている少し以前の話を致します。2002年9月の小泉首相の電撃訪朝により、同年10月15日に蓮池さん、地村さん、曽我さんが帰国され、彼らを北朝鮮にいったん戻すか否か、彼らの子供の帰国をどうするか等がしきりに論じられたときのことです。

 まずは、2002年10月末から11月にかけてのお馴染みの朝日新聞投書欄「声」からです。

「じっくり時間をかけ、両国を自由に往来できるようにして、子どもと将来について相談できる環境をつくるのが大切なのではないでしょうか。子どもたちに逆拉致のような苦しみとならぬよう最大限の配慮が約束されて、初めて心から帰国が喜べると思うのですが」(10月24日)

「彼らの日朝間の自由往来を要求してはどうか。来日したい時に来日することができれば、何回か日朝間を往復するうちにどちらを生活の本拠とするかを判断できるだろう」(同25日)

 そもそもこういうことが簡単にできない相手国だから苦労していたのではないでしょうか。日本政府が五人をもう北朝鮮には戻さないと決定した件については、次のようなオピニオンが載っていました。

 「24年の歳月で築かれた人間関係や友情を、考える間もなく突然捨てるのである。いくら故郷への帰国であれ大きな衝撃に違いない」(同26日)

「ご家族を思った時、乱暴な処置ではないでしょうか。また、北朝鮮に行かせてあげて、連日の報道疲れを休め、ご家族で話し合う時間を持っていただいてもよいと思います」(同27日)

 ことに次の一文を呼んだときに、現実からのあまりの外れ方にわが目を疑う思いでした。

「今回の政府の決定は、本人の意向を踏まえたものと言えず、明白な憲法違反だからである。・・・・憲法22条は『何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない』と明記している。・・・・拉致被害者にも、この居住の自由が保障されるべきことは言うまでもない。それを『政府方針』の名の下に、勝手に奪うことがどうして許されるのか」(同29日)

 常識あるいまの読者は、朝日新聞がなぜこんなわざとらしい投書を相次いで載せたのか不思議に思うでしょう。あの国に通用しない内容であることは、おそらく新聞社側も知っているはずです。承知でレベル以下の幼い空論、編集者の作文かと疑わせる文章を毎日のように載せ続けていました。

 そこに新聞社の下心があります。やがて被害者の親子離れが問題となり、世論が割れた頃合を見計らって、投書の内容は社説となり、北朝鮮政府を同情的に理解する社論が展開されるという手筈になるのでした。朝日新聞が再三やってきたことでした。

 何かというと日本の植民地統治時代の罪を持ちだし、拉致の犯罪性を薄めようとするのも同紙のほぼ常套のやり方でした。

 それにしても、いったいどうしてこれほどまでに人を食ったような言論が、わが国では堂々と罷り通っていたのでしょうか。「体制の相違」ということをはなから無視しています。五人の拉致被害者をいったん北朝鮮へ戻すのが正しい対応だという意見は、朝日の「声」だけでなく、マスコミの至る処に存在しました。

犯罪国の言い分を認める

 

「どこでどのようにして生きるかを選ぶのは本人であって、それを自由に選べ、また変更できる状況を作り出すことこそ大事なのでは」(『毎日新聞』12月1日)

 と書いたのは、作家の高樹のぶ子氏でした。彼女は

「被害者を二カ月に一度帰国させる約束をとりつけよ」

などと、相手をまるでフランスかイギリスのような国と思っている能天気は発言をぶちあげています。彼女は

「北朝鮮から『約束を破った』と言われる一連のやり方には納得がいかない」

と、拉致という犯罪国の言い分に理を認め、五人を戻さないことで

「外から見た日本はまことに情緒的で傲慢、信用ならない子供のように見えるに違いない」

とまでのおっしゃるようであります。

 この最後の一文に毎日新聞編集委員の岸井成格氏が感動し(『毎日新聞』12月3日)、一日朝のTBS系テレビで

「被害者五人をいったん北朝鮮に戻すべきです」

と持論を主張してきたと報告します。同じ発言は評論家の木元教子さん(『読売新聞』10月31日)にもあり、民主党の石井一副代表も

「日本政府のやり方は間違っている。私なら『一度帰り、一ヵ月後に家族全部を連れて帰って来い』と言う」(『産経新聞』11月21日)

と、まるであの国が何でも許してくれる自由の国であるかのような言い方をなさっている。

 一体、どうしてこんな言い方があちこちで罷り通っていたのでしょう。五人と子供たちを切り離したのは日本政府の決定だという誤解が、以上見てきた一定方向のマスコミを蔽っています。

 「体制の相違」という初歩的認識が、彼らには完全に欠けています。

 日本を知り、北朝鮮を外から見てしまった五人は、もはや元の北朝鮮公民ではありません。北へ戻れば、二度と日本へ帰れないでしょう。強制収容所へ入れられるかもしれません。過酷な運命が待っていましょう。そのことを知って一番恐怖しているのは、ほかならぬ彼ら五人だという明白な証拠があります。

 彼らは帰国後、北にすぐ戻る素振りをみせていました。政治的に用心深い安全な発言を繰り返していたのはそのためです。日本政府は自分たちを助けないかもしれない、とずっと考えていたふしがあります。北へ送還するかもしれない、との不安に怯えていたからなのです。

 日本政府が永住帰国を決定した前後から、五人は「もう北へ戻りたくない」「日本で家族に会いたい」と言い出すようになりました。安心したからです。政府決定でようやく不安が消えたからなのでした。これが、「全体主義国家」とわれわれの側にある普通の国との間の「埋められぬ断層」の心理現実です。

 五人の親だけを帰国させたのは、子供を外交カードに使う北の最初からの謀略でした。蓮池さんや地村さんに子供を日本に連れて行ってもいい、と向こうの当局が言ったという話がありますが、彼ら両夫妻がきっぱり断ったそうです。もし連れて行きたい、と喜んで申し出を受け入れれば、その瞬間に忠誠心を疑われ、申し出を受けた夫妻の日本行きは中止となる、と彼らはそのときに直観したというのです。それほど徹底して異質な社会なのです。

 あの国の政府が何かをしてよいと言っても表と裏があり、それを安直に信じるわけにはいきません。筋金入りの朝鮮労働党の信奉者を演じきることのできる心理洞察力の持ち主だったから、彼らに帰国のチャンスがあり得たのでした。

 日本では小説家や評論家のような立場の人に、国家犯罪とか全体主義体制の悪とかについての認識があまりに低く、ナイーヴであり過ぎるのが私にはまことに不可解であります。スパイ養成を国家目的としている国の心理のウラも読めないで、よく小説家や評論家の看板をはっていられるものと思います。

 「朝日」や「毎日」がおかしいというのはたしかですが、それだけではない、ここまでくると日本人そのものがおかしいのではないか、とつい思わざるを得ません。

 これらの言葉を当時、私はむろん否定的に読んでいましたが、読者としてまともに付き合っていたのであって、狂気扱いはしていません。現実の国際的常識から外れていて変だとは思いましたが――だから念のために記録しておいたのです。しかし、いまからみれば私だけではない、「朝日」の記者だって自分たちが作っていた言葉の世界が精神的に正気でなかったと考えざるを得ないでしょう。

 日本人は自国の外を見るとき、やはりどこか知覚に欠陥があるのではないでしょうか。

月刊Hanada―2016年7月号より

つづく

北朝鮮への覚悟なき経済制裁の危険 (二)

アメリカに守られているわけではない

北朝鮮の核疑惑のそもそもの始めはソ連崩壊(1991年)が切っ掛けとなって発覚した。それから早くも四世紀が過ぎたが、何一つ問題を始末できないアメリカの無能と限界、自国可愛さのエゴイズムと不誠実に、わが国は己れの生命と国土の安全を委ねて来た。そもそもNPT(核拡散防止条約)は少数の核保有国に特権を許す代りに非核保有国に脅威のない安全を保障するという「神話」の上に成り立って来たはずだ。中国が尖閣騒ぎの背後で、いざとなったら日本に核ミサイルを撃ち込むぞ、などと冗談でも言ってはいけない相互信頼の条約のはずである。アメリカが北朝鮮の核の芽を早い段階で摘み取り、日本や韓国に迷惑を掛けない、という暗黙の約束があってはじめて成り立って来た条約である。核保有国がこの国際信義を揺るがせにするのなら、非核保有国は自国防衛を優先し、脱退し、自ら核武装せざるを得なくなるのである。

北朝鮮がNPTを脱退したときアメリカは一度は現実に核施設の爆撃を計画した(1994年)。しかし韓国と在韓米軍が甚大な被害を受けるという恐れから回避され、カーター元大統領が訪朝して「米朝枠組み合意」が結ばれた。これがボタンの掛け違いであった。後は弱者の恫喝が日を追って大きく激しくなり、2006年の一回目の核実験が見逃された。アメリカはイラク戦争を理由に、北の核問題を中国主導に委ねて、人も知る通り、六ヵ国協議でお茶を濁し、基地を爆撃破壊することも難しくなった。

私が石破茂防衛庁長官(当時)と『坐シテ死セズ』という対談本を出したのは、2003年9月だった。北朝鮮の核開発の可能性がにわかに現実味を帯びて来た頃のことで、私は石破氏に向かって執拗に、日本に攻撃能力があるかないかを問うている。氏は「北朝鮮が日本に向けてミサイルを撃つと宣言して、ミサイルを屹立させ、燃料の注入も始め、その他の状況も踏まえ、北朝鮮が武力攻撃に着手した、と判断されたとします。そのとき、在日アメリカ軍はどこかほかのところに派遣されている・・・・・・ほかには何の手段もないとします」そのような条件下ではじめて自衛隊が敵基地攻撃をしたとしても憲法違反にはならない、というのだ。

私は失望し、何度も食い下がっている。

西尾 北朝鮮の弾道ミサイルが米大陸に届くということが実証されたあかつきには、アメリカによる日本防衛が100パーセント確実だという保証はなくなります。そうなった瞬間に、理論上、日本はある意味で丸裸の無防備になる危険があります。

石破 北朝鮮にアメリカに届くようなミサイルができたなら、状況は相当に変わるのではないでしょうか。状況が変化する前に、ミサイル防衛システムが機能するべきだと私は考えています。

この発言にも私は失望した。北朝鮮の脅威はアメリカにとっては日本に兵器を売りつける絶好の機会でもあったのだ。石破氏がここで言う「ミサイル防衛システム」は、安全の絶対保障からほど遠いにも拘わらず、日本のメディアはことさら反論せず、被爆国日本は平和を愛します、核に核をという考えは持ちません、というお定まりの思考停止に陥ったまま、時間がどんどん経過した。石破氏がいまどのような認識をお持ちになっているか、私はその後聴く機会はない。だが、実験成功で次第に現実のものとなりつつあるのである。

私は中谷防衛大臣に同じ質問を提し、最新の情勢判断を問い質したいと願っているが、今その機会はないので、この誌上でお伺いする。

アメリカはかつて北朝鮮に向けてしきりに言っていた「完全かつ検証可能で後戻りできない核廃棄政策」という言葉を近頃はまったく使わなくなった。核そのものの危険よりも核拡散の危険のほうを言い立てるようになった。

2001年9月ニューヨーク同時多発テロ以来ことにそうである。これは日本人や韓国人の不安よりもアメリカ自身の不安を優先し、同盟国に無関心かつ無責任になりかけている証拠である。

日本の本気だけがアメリカや中国を動かす

しかし核にはもとより別の側面がある。最近は簡単に核に対しては核をと言う人が多いが、日本の核武装は国際社会にとって重大問題で、復讐を恐れるアメリカの心理もあり、今日明日というすぐの現実の手段にはならない。が、北朝鮮の暴発の回避はすぐ明日にも民族の生死に関わる切迫した課題である。そこで、北を相手に核で対抗を考える前にもっとなすべき緊急で、的を射た方法があるはずである。イスラエルがやってきたことである。前述の「打ち上げ『前』の核ミサイルを破壊する」用意周到な方法への準備、その意志確立、軍事技術の再確認である。

私が専門筋から知り得た限りでは、わが自衛隊には空対地ミサイルの用意はないが、戦闘爆撃機による敵基地攻撃能力は十分そなわっている。トマホークなどの艦対地ミサイルはアメリカから供給されれば、勿論使用可能だが、約半年の準備を要するのに対し、即戦力の戦闘爆撃機で十分に対応できるそうである。

問題は、北朝鮮の基地情報、重要ポイントの位置、強度、埋蔵物件等の調査を要する点である。ここでアメリカの協力は不可欠だが、アメリカに任せるのではなく、敵基地調査は必要だと日本が言い出し、動き出すことが肝腎である。

調査をやり出すだけで国内のマスコミが大さわぎするかもしれないばからしさを克服し、民族の生命を守る正念場に対面する時である。小型核のミサイル搭載は時間の問題である。例のPAC3(地対空誘導弾パトリオット)を百台配置しても間に合わない時が必ず来る。しかも案外、早く来る。すでに四回目の核実験が行われた。

アメリカや他の国は日本の出方を見守っているのであって、日本の本気だけがアメリカや中国を動かし、外交を変える。六ヵ国協議は日本を守らない。何の覚悟もなく経済制裁をだらだらつづける危険はこのうえなく大きい。

「正論」平成28年4月号より

北朝鮮への覚悟なき経済制裁の危険 (一)

以下に示す文章を私は本年『正論』4月号(3月1日発売)に発表した。そして、同6月30日に刊行された評論集『日本、この決然たる孤独』の中に収めた。だから、すでに知っている読者もおられるだろう。

ここでもう一度念を押すように同文を掲示するのはくどいように思われるかもしれないが、しかし、どうしてももう一度訴えたい。情勢の変化による私の切迫した気持ちは、ご一読下されば分っていただけるであろう。

雑誌で一度、本で一度世に問うてもどこからも何の応答の声も聞こえなかった。みんなで声を挙げ、いよいよ政府に独立した国土防衛の本当に現実的な対策を打たせなくては危いのだ。

私は同評論集の「あとがき」の最初の部分を次のように書いている。

「何年も前に書いた私の予言が当ることが比較的多いのは少し恐いことである。本書の中にも、当たったら大変な事態になることが語られている。私は希望的観測に立ってものを言わないからだろうか。いま政府や関係官庁が本気になって目前の災いを取り除いてほしいと思えばこそ、きわどい真実を語るのである。」

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北朝鮮への覚悟なき経済制裁の危険

(一)

世界はもう何が起きても不思議でない

何が起きてももう驚かない、と最近しみじみ自分に向かって呟くことがある。10年前にかりに私が死んでいたら出合うことのなかったであろう、まさかと思う出来事に相次いで出合い、今は慣れ親しんでいる。ISなどというものが出現して見せしめに首斬り処刑をするというようなこととか、ロシアがクリミア半島を堂々と武力制圧してあっさり占有に成功してしまうとか、中世初期の民族大移動のような人の波がヨーロッパに押し寄せるとか。その前にそもそもあの貧困の代表国だったチャイナが経済力を看板にして国威発揚をするなどということも二十世紀には考えられなかった。まして日本の得意中の得意であった新幹線技術を、たとえ模倣であり盗用があったにしても、日本を出し抜いて輸出に成功するなんてつい10年前、否、5年前にも考えられなかったまさかの出来事に属するのである。そう見ていけば、何が起きてももう不思議はないのであって、今の不安定な世界情勢下において、北朝鮮の核弾頭が東京のど真ん中で炸裂し、一千万人以上の死者が出るという事態が起こっても、決して奇異ではないだろう。世界はもちろん驚くが、次の瞬間には、アメリカの約束(核の傘)のむなしさと日本の無策ぶりへの憐れみを口々に語るばかりであろう。東アジアはその後なにもなかったかのような平静さを取り戻すのに一年は要すまい。

年をとって耄碌した人間の幻覚ではない。私は人間である前に生物である。あまり理性的とは思えない怪しげな指導者を頂く独裁国家の核開発を見て、生き物としての私の嗅覚がうごめく、大丈夫なのか?と。自分と自分の種族の生命は何としても護らねばならない。スマートな話ではない。高級なテーマでもない。生物に具わった防衛本能である。わが身の安全を護るためには先手を打つ必要があるのではないか。やられる前に叩く、は、古今東西において変わらぬ自己保存の鉄則ではないか。ぐずぐずしていては間に合わない。日本では上から下まで、政府からメディアまで、一段と経済制裁を強めろ、とワンパターンに語る。北朝鮮に対し上からの目線で、偉そうに言うが、アメリカの虎の威を借りての空語であることは、日米以外に北朝鮮と国交を絶っている国は数えるほどしかなく、162ヵ国が北と政治的経済的関係を結んでいるのを見れば、日本とアメリカは少数派に属する。

たとえ経済制裁は国連決議だとしても、国連がどこかの国を防衛したことが一度でもあっただろうか。日本政府は国連の意向を尊重する前に、まず自国民の安全を最優先させねばならず、その目的のためにむしろ国連を動かし、利用するようでなければならないのだ。すべての国がそうしているように。

経済制裁は戦争行為の一つ

パリ不戦条約の起案者の一人であった当時のアメリカ国務長官ケロッグは、経済制裁、経済封鎖は戦争行為であると認識していた。この認識を用いて、東京裁判での弁護の論証をおこなったのは、アメリカ人のウィリアム・ローガン弁護人だった。彼は日本に対する経済制裁が先の大戦の原因であり、戦争を引き起こしたのは日本ではなく連合国であると弁明した。日米開戦の原因をめぐる重要な論点の一つであったが、今そのテーマをここで取り上げたいのではない。

もしも経済制裁、経済封鎖がすでにして戦争行為であるとしたら、日本は北朝鮮に対して「宣戦布告」をしているに等しいのではないだろうか。北朝鮮がいきなりノドンを撃ち込んできても、なにも文句が言えないのではないか。彼らは「自存自衛」と「民族解放」の戦争をしたのだと言うだろう。開戦時の日本と同じような言い分を展開する十分な理由を、われわれはすでに与えてしまっているのではないだろうか。

勿論、拉致などの犯罪を向こうが先にやっているから経済制裁は当然だ、との主張が日本側にはあると考えられる。先に拉致したのが悪いに決まっているけれども、しかし悪いに決まっていると思うのは日本人の論理であって、ロシアや中国など他の国の人々がそう思うかどうかは分からない。武器さえ使わなければ戦争行為ではない、と決めてかかっているのは日本人だけで、自分たちは戦争から今やまったく遠い処にいるとつねひごろ安心している今の日本人の迂闊さ、ぼんやりが引き起こした錯覚である。北朝鮮が猛々しい声でアメリカだけでなく国連安保理まで罵っているのをアメリカや他の国々の人は笑ってすませられるかもしれないが、日本人はそうはいかない。この島国はミサイルが簡単に届くすぐ目の前にあるのである。

アメリカ人は今の日本人より現実感覚を持っている。日米両国のやっている経済制裁を戦争行為の一つと思っているに相違ない。北朝鮮も当然そう思っている。そう思わないのは日本人だけである。この誤解がばかげた悲劇につながる可能性がある。「ばかげた」と言ったのは世界のどの国もが同情しない惨事だからである。核の再被爆国になっても、何で早く有効な手を打たなかったのかと他の国の人々は日本の怠惰を憐れむだけだからである。

拉致被害者は経済制裁の手段では取り戻せない、と分かったとき、経済制裁から武力制裁に切り替えるのが他のあらゆる国が普通に考えることである。武力制裁に切り替えないで、経済制裁をただ漫然とつづけることは、自分にとって途轍もなく危ういことなのである。

けれども日本では危ういことをしているという自覚がまったくない。それどころかヒト、カネ、モノの封鎖により制裁の度合いをさらに一段と強めることこそが問題の解決に近づく道なのだ、と言わんばかりの勝ち誇った明朗さで、今この件がすべて語られている。一点の不安も逡巡もそこにはない。政治家もメディア関係者もいったいどういう頭をしているのだろう。北朝鮮がらみの案件は打つ手なし、と決めてしまい思考停止に陥っているのだろうか。

よく人は、北朝鮮の核開発の動機を説明する場合に、対米交渉を有利にするための瀬戸際外交だという言い方をする。くりかえし聞く説明である。それをアメリカや他の国の人が言うならいいとしても、標的にされている国のわれわれが他人事のように呑気に空とぼけて言いつづけていいのだろうか。北の幹部の誤操作や気紛れやヒステリーで百万単位で核爆死するかもしれない日本人が、そういうことを言って自分の生死の問題から逃げることは許されない。

今の時代はまさかとしか言いようのない種類のことが相次いで起こっていることは前にも述べた。かつてイスラエルがイラクの核基地を空爆で破壊したようなことが今日本政府に求められているのではないか。

以前に科学作家の竹内薫氏が迎撃ミサイルでの防衛不可能を説き、「打ち上げ『前』の核ミサイルを破壊する以外に、技術的に確実な方法は存在しない」と語ったことを私は記録にとどめている(『Voice』2009年6月号)。その頃はまだ「打ち上げ『前』」が言葉に出して言えた時代だった。あれから時間も経ち、北のミサイル基地の規模はだんだん大きくなり、移動型にさえなっている。

安倍首相への直言(三)

グローバリズム=全体主義

 現在、西ヨーロッパでは、リベラリズムのソ連化とでもいうべき状況に陥っている。その代表は東ドイツ出身のメルケル首相かもしれませんが、偽善的な移民受け入れを美しいことのように言い立てて、実は自己矛盾を起こすに決まっていることが見えない愚かさ。これは、リベラリズムというか、グローバリズムの虚偽なのです。

 東ヨーロッパが唱えていた、ナチズムとスターリズムは同じだという主張を正当なものとして私は『全体主義の呪い』を書いたのですが、青山学院大学の福井吉高教授の『日本人が知らない最先端の「世界史」』(祥伝社)という新著――これは思想界に大型新人の登場を告げる画期的な本ですが――にもあるとおり、今のドイツでは、ナチズムは絶対悪で、スターリ二ズムはそうではない、並べて比較することも許されないという自己欺瞞が支配的になっている。それがドイツの、あるいはヨーロッパの精神状況なのです。

 しかし、そんなバカなことはない。ナチズムとスターリズムは巨悪同士です。しかも、両者を比べたら、スターリズムの方が巨悪に決まっています。スターリニズムを許そうとするのが習近平を認めようとする潮流とつながっている。そしてそれを日本の歴史にまで当てはめようとするのがドイツと中国の愚劣さです。

 共産主義の終焉と同時にEUの理念が生まれました。そしてグローバリズムという名の全体主義が地球上を徘徊し始めた。我が国でも、1980~90年代に「国際化」という言葉がしきりに唱えられました。それがどういう意味か、何を言おうとしていたかはよく分りませんでしたが、世界は一つ、EUのような国家を超えた共同体をつくるんだというグローバリズムのようなことだったのでしょうか。しかし、ドイツやフランスやイタリアのように国家を否定しても依拠するものがある、すなわちヨーロッパ文明が存在する地域ならまだいいのですが、日本は国家を超えたら何もない。抽象的な共同体などつくれるわけがありません。

 「人類は一つ、世界は皆兄弟」という〝夢″のような思想、私が「学級民主主義」と呼んでバカにしている思想が世界を支配する理念であると考えている我が国の法務官僚やブリュッセルのEU官僚は、頭の中を分解して調べてみたいくらい幼稚です。

「国家」の時代再び

 ところが2008年のリーマン・ショックによって、世界は大きく変わりました。それまでの経済の膨張と拡大は言うまでもなくグローバリズムです。ところがリーマン・ショックが起こり、いざそこから脱したり、その困難を克服したりしようとするには、グローバリズムはまったく役に立たないことが分かりました。経済の拡大では世界は一つだったが、経済の立て直しでは各国の能力にすべてが委ねられたのは皆さんご記憶のとおりです。言い換えれば、あの時から「国境を超えるもの」ではなく「国家」の時代が再び始まったのです。

 「国家」というものを基軸に考え直そうという空気が出てきたのがこの10年くらいの流れですから、英国のEU離脱は時代の必然です。すなわちEUというグローバリズムの否定であり、英国ナショナリズムの自己主張です。

 それをさも悪いことのように、時代に反することのように言うのが我が日本のメディアです。ナショナリズムが世界の潮流になっているのに目が半分開いていない。世界の動きに三周くらい遅れています。日本のメディアは英保守党選挙がどうなるとか、ドイツはどう対応するとか、ヨーロッパの事情を語るばかりで、この件で米国や中国を含む地球全体の話をほとんどしません。

 私は、英国のEU離脱問題は、20世紀の初めから続く米国と英国の戦いの延長にある、米国による英国つぶしの一つでもあると考えています。つまり、これで残留派のキャメロン首相と、彼の右腕で後継と目されていたオズボーン財務相を追い払うことができた。米国はパナマ文書でキャメロンを脅かしたあげく、追放しました。ですから今度の政権は親米路線をとるでしょう。そうしないと英国は生きていけません。

 英国のEU離脱で、ロンドンのシティを狙っていた中国は大損をしています。中国がシティに食い込んだり、イギリスがシティを利用して人民元で取り引きしたりするのはドル基軸通貨体制を脅かすことですから、米国が我慢できないのは当然です。だから中国は立ち行かなくなってきた。せっかく設立したAIIB(アジアインフラ投資銀行)もますますうまくいかなくなるでしょう。国内の不満をどこかで発散させるためにあからさまに尖閣を狙ってくることは十分考えられます。

 中国はしきりにドイツに秋波を送っていますが、ドイツはドイツで、例のドイツ銀行の経営難という大問題にぶつかっている。つねづね日本は物凄い借金を背負っていて、ドイツは健全財政だといわれてきたのは大嘘です。ドイツは政府が負うべき借財を銀行に押し付けていますが、日本のメガバンクは概ね無借金です。バブル崩壊時の借金を、日本のメガバンクはとうに返済して健全経営になっているのに、借金を押し付けられたドイツ銀行が背負っている借財はドイツのGDPの20倍です。ドイツはいま危機的状況にある。

 そのドイツが利用したいのは中国の人民元です。中国はいま約2200兆円のだぶついたお金をもっていますが、しかし一方で3000兆円の借金をしている。人民元が下落する前に、それを自分のところで利用しようと各国は目の色を変えているのです。

軍事的知能が落ちた

 いまから16年前の2000年8月15日、戦後55年の終戦記念日に私が書いた文章「日本人が敗戦で失ったもの」のなかから抜粋して、本稿の最後のまとめとして、以下に一部をあえて紹介させていただきます。私が16年前に怖れていたことが、いかに現実のものとなっているかがお分かりいただけると思います。

 何が敗戦で失われたか。まず第一は軍事的知能が落ちたことだと思います。例えば政治の中枢から、あるいは日本人の意識から。それは、たいへん恐ろしいことで、予想される災難をいろいろこれから申しあげていきます。

 中国のミサイルは、現に日本を主要な標的にしています。北朝鮮に関しましても同様です。

 戦後だめになってしまった日本人は、当然戦前だったらありうることとして誰しもが考えていたことを考えなくなってしまったからです。それは、たとえば次のようなことを予想していないという日本人の愚かさに現れています。

米中からの独立

 今、日本人は北朝鮮の核ミサイルを恐れていますが、まだ実用段階には達していません。いったん実践可能になると、あらためて核保有国に媚びようとする気運が、必ずや日本の国内に浮かび上がってくるだろうということですね。そしてその勢力が、平和の名において声高に叫びはじめて、政治力を形成する。

 つまり、核兵器の無言の恐怖の圧力と重なって、問題を先送りする意識が政治を次第にねじ曲げていき、そして、自らを威嚇している独裁国家に経済援助し、その軍事力にせっせと強力するというようになりかねないということです。ある意味では、日本はすでにそうなっているとさえ言えるかもしれません。

 しかし、そうこうしているうちに、頼みのアメリカが手を引くか、または当面、日本にとっての最大の威嚇の相手である中国と手を結んだらどうなるのか、こういうシミュレーションひとつしないということも、いかに日本が軍事的知能を失っているかということを示しています。

 軍事力は使われない力です。使われないけれども、軍事力の所有が政治効果を発揮します。とりわけ核兵器は、敗北意識を相手に植えつけるのが最大の目的ですから、敗北意識にとりつかれた瞬間に勝敗は蹴ってします。

 その次に起こる恐ろしいことは、友好に名を借りた日本への内政干渉です。そして、その次に、日本の国家権力が、目に見えないかたちでゆっくり解体していく。やがて外国の権力によって警察力にも目がつけられる。誰も唇寒くてものを言えない時代がやってくる。

 これは、私は中国を念頭に置いて言っているわけです。現に日本はアメリカに、そういうふうにされてきたわけですから。一度あることは二度あるということです。米中が意を通じれば、日本の工業力は他国にのみ奉仕する奴隷になります。ですから、私が何度もいま申しあげたのは、必要なのは、軍威力それ自体ではなく、軍事的知能だということです。

 アメリカと中国の両国から独立しようとする日本の軍事的意志です。

WiLL 2016 9月号より