「路の会」11月例会が26日京都大学教授佐伯啓思氏を講師にお招きして行なわれた。テーマは「9・11以降の思想的課題」。お話の大要は以下の通り。(要約文責は西尾)
(1)9・11テロは「アメリカに対する攻撃」という以上の意味をもっている。
(2)9・11テロについての従来の二つの立場。
①フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」とネオコンの歴史観。
②文明の衝突というハンチントン的理解。(3)これに対し第三の解釈、9・11テロは西欧近代主義の生み出したものである、という考え方がある。 ジョン・グレイとエマヌエル・トッド。
(4)西欧近代とは何か。三つの柱がある。
①近代国家体制。(主権国家、国民国家、中立国家)
②合理性・脱魔術化・科学と技術信仰。
③生命尊重・自由平等・幸福追求の権利。(5)西欧近代主義は、それが実現するとともに深いニヒリズムに陥る。現代のニヒリズムを特徴づけるものは「グロバライゼーション」と「ポストモダニズム」。
(6)イスラム・テロリズムは西欧近代主義が生み出した西欧近代への反逆である。ニヒリズムは宗教的原理主義(イスラム)と世俗的原理主義(アメリカ)をうみだした。
(7)9・11によって西欧近代主義は破産し、その矛盾があらわにされた。(注・このポイントが佐伯氏のお話の中で最も面白かった 西尾)
①近代主権国家は相互の主権を尊重するという前提であったはず。イラク戦争は簡単にこれを跳び越え、他国侵害を行った。ブッシュの予防的先制攻撃には付帯条件が必要であったはず。自由と民主主義を世界に広げるというアメリカの旗は矛盾をさらした。
②生命尊重・自由平等・幸福追求の権利という西欧近代主義の理想はむなしくなった。生命を顧みないことで他の生命を奪う自爆テロは何の価値があってのことか。アメリカもこの矛盾の論理の内部に入る。アメリカも生命尊重という原則を放棄している。アメリカ国民の生命を守ると称してイラクで自他の生命を傷つけ、アメリカ国内の自由を侵害してさえいる。
③西欧近代の中の自由は万能ではなかった。自由主義・開かれた社会・寛容の原理の中に自由を否定する勢力が入ってきたらどうするのか。自由が至上価値ならそういう勢力をも受け入れざるを得ないであろう。排除するなら自由は西洋的社会の中でしか通用しないことになる。調整がつかない。
例えば政教分離の原理が守られているなら、世俗世界では自由が守られる。しかしイスラムのような政教分離していない世界とはこれは両立しない。
西洋とイスラムは両立しない。自由と民主主義は西洋の中でしか通じない。
西洋が主導するグローバリズムの時代は、今の現実だからどんどん進んでいかざるを得ないだろう。しかしこれは理念として世界を救う原理にはならない。
(8)西欧近代という理念の失効は、ニヒリズムの結果としての「力への意志」(ニーチェ)をひき起さざるを得ない。他に頼るものがないからだ。現に「力の政治」がもたらされた。
力は現代では①軍事力=政治力 ②経済力 ③人間の力を結集させる力(多くは宗教的民族的なもの)
互いに国境を低くするグローバリズムは協和の時代ではなく、まさに覇権競争の時代である。
以上の状況だとするとわれわれはこれから何を考えたらいいのか。アメリカとの関係(中国ではなく)をどうするかがポイントだ。アメリカこそが最大のニヒリズム国家、これをどう扱うかが基本問題だ。
アメリカからどう精神的距離をとったらいいのか。
安倍政権は価値観外交といい、アメリカとは価値を同じくするといったが、自由と民主主義は価値ではない。アメリカのそれにはユダヤ=キリスト教的なものがバックにある。
自由と民主主義は普遍化し得る価値ではない。地球をすべる正義ではない。そのことに日本人は疑問をもち出してきた。
日本的な価値がある、とあえて言うべきだろう。だが、これはなかなか世界に発信できない。世界に訴えることがむつかしい。
京都学派の哲学者たちは戦争直前にそれを考えていた。哲学概念の操作において、西洋的なものにまきこまれつつであって、したがって不完全ではあったが、一つの試みだった。
アングロサクソン中心の自由と民主主義に対しアジアという尺度をもってきたらどうしたらよいか。二つの世界を媒介できるのは日本だけだと考えた。
試みはうまく行っていないと思うが、一つの試みがなされたことは重要である。
以上の要約は不完全で、講演者には申しわけない。出席者から数多くの貴重な質問が発せられ、意義深い討議がくりひろげられた一夕であった。
出席者(座席左から)小浜逸郎、入江隆則、大島陽一(元東京銀行専務)、木下博生(元通産省審議官)、北村良和(愛知教育大・中哲)、藤岡信勝、石平、富岡幸一郎、杉原志啓(学習院女子大)、内田博人(諸君・編集長)、山口洋一(元ミャンマー大使)、仙頭壽顕(文藝春秋出版部)、福井義高(青山学院大)、藤井厳喜、高山正之、宮崎正弘、井尻千男、関岡英之、西村幸祐、湯原法史(筑摩書房)、力石幸一(徳間書店)、西尾幹二(以上22名)