渡部昇一v西尾幹二『対話 日本および日本人の課題』書評

宮崎正弘の国際ニュース・早読みより

痛快・豪快に戦後日本の思想的衰弱、文春の左傾化、知的劣化をぶった斬る
  マハティール首相は激しく迫った。「日本は明確な政治的意思を示せ」

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渡部昇一 v 西尾幹二『対話 日本および日本人の課題』(ビジネス社)
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 この本は言論界の二大巨匠による白熱討論の記録を、過去の『諸君』、『WILL』、そして「桜チャンネルの番組」(『大道無門』)における収録記録などを新しく編集し直したもので、文字通りの対話扁である。
 討議した話題はと言えば、自虐史観、自由とは何か、歴史教科書問題、戦後補償などという奇妙な政治課題、朝日新聞と外務省批判、人権など多岐にわたり、それぞれが、対談当時の時局を踏まえながらも、本質的な課題をするどく追求している。

 目新しいテーマは文藝春秋の左傾化である。
 評者(宮崎)も、常々「文春の三バカ」として立花隆、半藤一利、保阪正康の三氏を俎上に乗せて批判してきたが、文春内では、この三人が「ビンの蓋」というそうな。えっ?何のこと、と疑えば文春を右傾化させない防波堤だという意味だとか。半藤などという極左がまともな議論が出来るとでも思っているのだろうか。
 半藤よりもっと極左の論を書き散らす立花隆について西尾氏は「かつてニューヨーク同時多発テロが起こったとき、立花は日本の戦時中の神風特攻隊をアフガンテロと同一視し、ハッシッシ(麻薬)をかがされて若者が死地に追いやられた点では同じなんだという意味のことを得々と語っていました(『文藝春秋』2001年10月緊急増刊号)。条件も情勢もまったく違う。こういう物書きの偽物性が見通せないのは文春首脳部の知性が衰弱している証拠です」と批判している(252p)。

文藝春秋の左傾化という文脈の中で、「朝日が慰安婦虚偽報道以来、いまの『モリカケ問題』を含め情けないほど衰弱していったのは、野党らしくない薄汚い新聞」に変わり果て、文春はどんどんその朝日に吸い込まれるかたちで、たぶん似たようなものになってくる」と嘆く。
評者が朝日新聞を購読しなくなって半世紀、月刊文春もこの十年以上、読んだことがない。なぜって、読む価値を見いだせないからである。
戦後補償について渡部昇一氏は「戦後の保障は必ず講和条約で締結されている」のであって、戦後補償という「とんちきな話」が半世紀後に生じたのは社会党があったからだと断言する。
この発言をうけて西尾氏は「中国の圧力を日に日に感じているASEANでは、米国の軍事力がアジアで後退しているという事情もあって、日本にある程度の役割を担って貰わなければならないという意識が日増しに高まっている。マハティール首相の発言にみられる『いまさら謝罪だ、補償だということをわれわれは求めていない、それよりも日本の決然たる政治的意思を明らかにして欲しい』というあの意識です。こういう思惑の違いははっきり出てきている。結局、戦後補償がどうのこうのというのは日本の国内問題だということですね」(104-105p)
 活字を通しただけでも、二人の熱論が目に浮かんだ。
         

全集の最新刊(三)

宮崎正弘氏書評 第十八巻『国民の歴史』
 あの強烈な、衝撃的刊行から二十年を閲して、読み返してみた
  歴史学界に若手が現れ、左翼史観は古色蒼然と退場間近だが

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西尾幹二全集 第十八巻『国民の歴史』(国書刊行会)
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 版元から配達されてきたのは師走後半、たまたま評者(宮崎)はキューバの旅先にあった。帰国後、雑務に追われ、開梱したのはさらに数日後、表題をみて「あっ」と小さく唸った。
 二十年近く前、西尾氏の『国民の歴史』が刊行され、大ベストセラーとなって世に迎えられ、この本への称賛も多かったが、批判、痛罵も左翼歴史家から起こった。
初版が平成11年10月30日、これは一つの社会的事件でもあった。もちろん、評者、初版本を持っている。本棚から、ちょっと埃をかぶった初版本を取り出して、全集と比較するわけでもないが、今回の全集に収録されたのは、その後、上下二冊の文庫本となって文春からでた「決定版」のほうに準拠する。それゆえ新しく柏原竜一、中西輝政、田中英道氏らの解説が加えられている。

 初読は、したがって二十年近く前であり、いまとなってはかなり記憶が希釈化しているのは、印象が薄いからではない。その後にでた西尾さんの『江戸のダイナミズム』の衝撃と感動があまりにも大きく強烈だったため、『国民の歴史』が視界から霞んでしまった所為である。
 というわけで、正月休みを利用して三日間かけて、じっくりと再読した。こういう浩瀚な書籍は旅行鞄につめるか、連休を利用するしかない。
 そしてページを追うごとに、改めての新発見、次々と傍線を引いてゆくのだが、赤のマーカーで印をつけながら読んでいくと、いつしか本書は傍線だらけとなって呆然となった。

 戦後日本の論壇が左翼の偽知識人にすっかり乗っ取られてきたように、歴史学界もまた、左巻きのボスが牛耳っていた。政治学を丸山某が、経済論壇を大内某が、おおきな顔で威張っていた。それらの歴史解釈はマルクス主義にもとづく階級史観、共産主義の進歩が歴史だという不思議な思い込みがあり、かれらが勝手に作った「原則」から外れると「業界」から干されるという掟が、目に見えなくても存在していた。
 縄文文明を軽視し、稲作は華南から朝鮮半島を経てやってきた、漢字を日本は中国から学び、したがって日本文明はシナの亜流だと、いまから見れば信じられないような虚偽を教えてきた。
 『国民の歴史』は、そうした迷妄への挑戦であった。
だから強い反作用も伴った社会的事件なのだ。
 縄文時代のロマンから氏の歴史講座は始められるが、これは「沈黙の一万年」と比喩されつつ、豊かなヴィーナスのような土偶、独特な芸術としての高みを述べられる。
 評者はキプロスの歴史博物館で、ふくよかなヴィーナスの土偶をみたことがあるが、たしかに日本の縄文と似ている。
遅ればせながら評者、昨年ようやくにして三内丸山遺跡と亀岡遺跡を訪れる機会をえた。弥生式の吉野ケ里でみた「近代」の匂いはなく、しかも発見された人骨には刀傷も槍の痕跡もなく、戦争が数千年の長き見わたって存在しなかった縄文の平和な日々という史実を語っている。
 魏の倭人伝なるは、取るに足らないものでしかなく、邪馬台国とか卑弥呼とかを過大評価で取り上げる歴史学者の質を疑うという意味で大いに賛成である。
 すなわち「わが祖先の歴史の始原を古代中国文明のいわば附録のように扱う悪しき習慣は戦後に始まり、哀れにも今もって克服できない歴史学界の陥っている最大の宿唖」なのである。
「皇国史観の裏返しが『自己本位』の精神をまでも失った自虐史観である悲劇は、古代史においてこそ頂点に達している」(全集版 102p)

 西尾氏は中国と日本との関係に言語体系の文脈から斬りこむ。
 「古代の日本は、アジアの国でできない極めて特異なことをやってのけた、たったひとつの国である。それは中国の文字を日本語読みし、日本語そのものはまったく変えない。中国語として読むのではなくて日本語としてこれを読み、それでいながらしかもなお、内容豊かな中国古代の古典の世界や宗教や法律の読解をどこまでも維持する。これは決然たる意志であった」(92p)

 「江戸時代に日本は経済的にも中国を凌駕し、外交関係を絶って、北京政府を黙殺し続けていた事実を忘れてはならない」(39p)。

 こうして古代史からシナ大陸との接触、遣唐使派遣中止へといたる過程を通年史風ではなく、独自のカテゴリー的仕分けから論じている。

 最後の日本とドイツの比較に関しても、ほかの西尾氏の諸作論文でおなじみのことだが、ドイツのヴァイツゼッカー元大統領の偽善(ナチスが悪く、ドイツ国民も犠牲者だという言い逃れで賠償を逃げた)の発想の源流がヤスパースの論考にあり、またハイデッカーへの批判は、西尾氏がニーチェ研究の第一人者であるだけに、うまく整理されていて大いに納得ができた。
 蛇足だが、本巻に挿入された「月報」も堤尭、三好範英、宮脇淳子、呉善花の四氏が四様に個人的な西尾評を寄せていて、皆さん知り合いなので「あ、そういう因縁があるのか」とそれぞれを興味深く、面白く読んだ。
 三日がかりの読書となって、目を休めるために散歩にでることにした。

故吉村昭氏の推薦文

 私の『少年記』については、かつて作家の故吉村昭氏よりお言葉をいたゞき、今度本の帯の文に使わせてもらった。このご文章をいたゞいたのはもう18年も前になる。とても気に入った、有難いお言葉だった。私の全集第15巻を手に取った人はすでにご存知と思うが、そうでない方々のために同文をここに再録する。

 さいごに「史書」と言って下さったのはうれしい。本人は文学の積りだったが、子供の目で見た戦中から戦後へかけての日本社会のディテール、日本人の生活の細部が記録されている作である。小説家なら長編小説にしたであろう。文学であるような、歴史であるような一冊であって、決して思想の本ではない。

 吉村さんの目にとまったのは幸運であり、私には忘れ難い出来事だった。

少年の目に映じた昭和史 吉村昭(作家)

 作者の西尾氏は、小学生時代から中学生になるまで日記を書きつづけていた。これだけでも驚異であるのに、それが今でも作文などとともに手もとに残されているとは。しかも、小学校に通っていた頃は戦時で、当時の東京、疎開先の水戸市などでの生活が初々しい筆致でつづられている。

 この日記、作文を核として、当時の新聞、公式記録、外国の文献まで渉猟してその背景を的確に浮かび上がらせている。過去が現在であるかのような不思議な世界がくりひろげられていて、私は、遠く過ぎ去った戦時下に身を置いているような奇妙な感慨にとらわれた。

 まさしく「わたしの昭和史」であり、一個の感受性豊かな少年が歴史の時間を歩いてきたのを感じる。少年の眼に映じた昭和史は、時間の経過とともに一つの史書としてひときわ光彩を放つものになるにちがいない。

(『わたしの昭和史1』推薦の辞より)

一篇の書評の重さ

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 新刊の拙著『日本、この決然たる孤独』についてアマゾンに一篇だけ書評が出た。私には嬉しい評文であった。褒められているからだけではない。的確に評価されていると思ったからである。

5つ星のうち 5.0時代の核心を射抜く書
投稿者 土屋六郎 投稿日 2016/7/10

今、折々に雑誌に発表した時論をまとめて一本として出版される論客は、左右を見渡して西尾幹二氏ただひとりである。片言隻句まで聞き漏らすまい、現代の諸問題に何と発言するか聞きたいと願う読者が確実に存在しており、時代の潮流の中で読んだ雑誌掲載論文が本になると、思っていた以上にはるかに本格的な相貌を現す文章を書くのが氏一人になってしまったということだ。文学がほとんど滅んで久しい中、もはや目ぼしい後続を求め得ない最後の文学者と氏を呼びたいのだが、この本の「仲小路彰(なかしょうじ あきら)論」で仲小路を評した言葉「哲学が分っている歴史家、あるいは歴史的に思索する哲学者」という言葉がこんにちの西尾氏にふさわしい評言であろう。
「日本、この決然たる孤独」という表題は、孤独というネガティブと取れる状態を、決然たるというポジティブな形容語で規定し、日本が日本であるのは孤独を決然と受け入れて諸外国と自主的判断のもと渡り合う以外にないという意志の表現である。個々の論文はすべて行き着くところまで洞察が行き着いている。たとえば、「いつかは日本独自の歩み方の課題がもっと巨大化して、アメリカに『ノー』と言わなければならない局面がやってくるときがある。危険を覚悟して『ノー』と言うべきときがくるだろう」と著者は喝破する。アメリカのご都合主義と日本の生存の確保が決定的な亀裂を生む瞬間が戦乱の危機のさなかでないという保証はないだろう。
「北朝鮮への覚悟なき経済制裁の危険」というエッセイは、日本は上から下までアメリカの虎の威を借りて上から目線で経済制裁を強めろと言うが、経済制裁が既にして戦争行為であり宣戦布告をしたに等しいことに気づいているかという指摘である。先の大戦の日本の開戦時と同様の「自存自衛」のためという理由を与えてはしまっているのではないか。折しも高度1,000Km超のミサイル、ムスダンを打ち上げ、脅威は現実のものになっている。
朝日新聞を論じたエッセイの末尾、「戦争の敗北者は精神の深部を叩きのめされると、勝利者にすり寄り、へつらい、勝利者の神をわが神として崇めるようになる」。「今の朝日新聞は戦争に敗れて自分を喪った敗残者の最も無節操を代弁しているように見える」。先の大戦で戦時体制に最も迎合的に協力した朝日の無残極まるなれの果てへのこれ以上ない正確な鉄槌と言うべきであろう。
福田恒存の評論集にも、「勇気ある言葉」や乃木大将論など珠玉のエッセイがあった。この本にも「文学部をこそ重視せよ」という拳拳服膺(けんけんふくよう)すべき掌篇がある。文部省は、外務省に劣らず余りに絶望的な官庁であると言わなければならない。大学人よ奮起せよ。

 私は若い頃文芸同人誌と文芸雑誌で鍛えられた著述家である。およそ文筆に携わることは「作品」を書くことに尽きる、と心得ていた。たとえ見開き2ページの短文でも、独立した「作品」として完結していなくてはいけない。

 それにその頃、著名な編集者から、貴方の書くものには「芸」があるといわれてひどく嬉しかったことを覚えている。「芸がない」という評語は、へたくそで出鱈目の意味で悪口として普通に使われるが、「芸がある」という言い方は、あまり用いられないであろう。面白く読める、という意味が「芸がある」の第一の意味だと思うが、どんな短文でも、政治評論でも、時局に合わせた、適当に都合のいいムード的文章ではなく、後日に読んでも通用する「作品化」を目指した文章になっている、というほどの意味でもあるだろう。

 上にとり上げた一篇の書評は、我田引水と思われるかもしれないが、このような意味でいたく私の心に適っていた。書かれた未知の方に御礼申し上げる。

『日韓 悲劇の深層』(二)

10月3日 宮崎正弘の国際ニュース早読み 4671号より

朴権恵は「前代未聞の反日政権」と呉善花さんが言えば、
  「日本人は反省しすぎるんです」と西尾氏

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西尾幹二 vs 呉善花『日韓 悲劇の真相』(祥伝社新書)
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 いまの日韓関係は「史上最悪」、すべての原因は韓国の狂気ともいえる反日感情と行動にあるが、だからと言って国交を断絶するわけにも行かず、日本外交の転換が試される状況にある。韓国の世論を日本から判断すれば、ほとんど狂気の沙汰である。
 本書にはこういう会話がある。
 西尾「日本は古いものを大事にするので、すべての時代の仏像が残っています。前代のものはほとんど破壊してしまう中国文明に対して、日本は神話を始め、すべからく大事に保存する文明です」
 呉 「日本文化は『和合』『融合』を軸にして形成されてきた、ということが分からないと、とても理解できません。中国や朝鮮半島の文明は『対立』を軸に文化国家を形成して来ましたから、その目で見る」(中略)「他者との向き合い方が、とにかく対抗的、敵対的なわけです」
 西尾「北朝鮮の異常さと韓国の異常さは、かつては別のものと考えていましたが、しかし最近はどこか同質な一面があるのではないかと思っています。たとえば北朝鮮の独善性と、韓国の『対他者意識の欠落』は、よく考えてみると、じつにそっくり」
 呉 「韓国を知るには北朝鮮を見ると分かりやすい、韓国を極端にしたのが、北朝鮮」。

 いやはや本質をすばり抉り出す語彙が次々とお二人から機関銃のようにでてくる。他者を意識しないジコチュウがここまで高まると手に負えないともいえる。
 だから韓国の政治家らは世界中が日本が悪いと認識していると一方的に思いこんでいるわけで、ところが韓国大統領が西側に「告げ口外交」に行くと、ハナから馬鹿にされる。韓国の社会とは「分裂抗争が拡大増幅する社会だ」と呉さんは指摘する。
 西尾氏が続ける。
 「韓国は『日本は反省していない』と言いますが、日本人は反省しすぎるんです。愚かと思えるくらい反省する国民です。これほど反省ばかりしている日本を、『まったく反省しない国』と言いつのる韓国は、いったい何処を見ているのだろうと、不思議でなりません」。
 対して呉さんは、韓国人ジャーナリスト等は「日本がアジア解放に大きな役割を果たしたという評価が世界にあることは知っています。しかしそうした評価は、彼らとしてはあってはならないものです」

 日本に留学前まで、呉さんは「韓国が日本から大規模な経済技術援助を受けていたなど、まったく知りませんでした」と率直に告白するほどに、韓国の教育現場もマスコミは身勝手なのである。
 かくして二人の話題は縦横無尽に朝鮮半島に関してのあれこれを話し合う。
 とくに呉善花という稀有の思想家がいかに形成されてきたか、西尾氏は当人に鋭角的な質問を浴びせつつ、両氏の文化文明論が会話の随所に加わるので、それだけでも読書の醍醐味がある。

さて評者は、この本を読みながら、過去半世紀の個人的な韓国との関わりを連想していた。
最初に韓国を取材したのは1973年だったと記憶するが、一週間ソウルに滞在し、毎晩のように閣僚らとも懇談した。金鐘泌首相、文科相、スポーツ担当相ら、全員がなんと日本語を喋った。それも格調高き戦前の日本語だった。
この時期、「開発独裁」を掲げていた朴正煕政権は日本に対して謙虚とも言えるほどの態度をとりつづけ、日本の親韓派といえば、ほぼ全員が保守系だったのである。なぜなら韓国は「反共」の砦であり、国際的は反共運動が盛んであったし、韓国を批判していたのは岩波、朝日など例によって左翼だけだった。
 それが朴政権の退場によって続く軍人政権はふたりとも日本語を喋ったのに人前では決して親日的態度を示さなかった。
驚いたのは朴政権時代の政治家をパージし始めたことだった。前政権否定が、韓国の常識であることをしらなかったから、なんとカメレオンのように変貌するのかと思った。
同時に日本の反共保守陣営も徐々に韓国から遠のいた。
 それからしばらくも仕事の関係でソウルへよく行ったが、この間に国際シンポジウムで招かれ、高坂正堯氏、黒田勝彦氏らと参加したことがあった。強烈な反日姿勢を感じることはなかった。とはいえ、なにか、距離が遠くなったなぁという感想をいだいた。
88年ソウル五輪前にも国際会議があって、竹村健一、日高義樹氏等と参加したが、日本との距離が大きくひらいたという気がした。
評者はこの間に、池東旭氏と二冊の対談本を出した。
 韓国が露骨な反日を示し始めたのは金大中後期、そして盧武鉉で確定的となった。なぜかと言えば「反共」が西側の政治スタンスから消えたからである。
そのうえ、中国がグローバルな視野に躍り込んできたため、韓国の政治スタンスががらがらと変わった。
韓国外交は露骨に北京寄りとなった。日本は「どうでもよくなった」のである。
 李明博政権後期からは誰もが認める反日がスタンスと代わり、反日を言わなければ政治家の資格がないという韓国特有の不思議な雰囲気に変わってきた。
 異形な韓国の反日は、病的に進化し、こんにち狂気の反日政治家、朴権恵を産んでしまった。そして次の韓国大統領はおそらく、いまのより酷い反日家がなるであろう、と絶望視される。
 このような時代の変遷を本書は西尾氏が、「日本極右勢力の女王様」と韓国のネット上で批判され、入国も出来ない呉善花さんの来歴をずばり質問してゆく過程のなかで随所に述べられている。知的興奮に満ちた書物である。

新刊『維新の源流としての水戸学』(一)

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宮崎正弘氏の国際ニュース早読み4644号より

松陰も西郷も水戸学に激甚な影響を受けて奔った
  幕末日本を激震に導いた水戸学の根幹に何があったのか?

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西尾幹二『維新の源流としての水戸学』(徳間書店)
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 GHQ焚書図書開封シリーズ第十一巻は「水戸学」である。このシリーズの目的は米占領軍の日本人洗脳工作の一環として行われた重要文献の焚書本を探し当て、時代的背景の考察や、諸作の根源的なエネルギーに光を当てる地道な作業だが、この文脈から、本巻は水戸学へアプローチする。
 しかし過去のシリーズとはやや趣を異にして、これは「水戸学の入門書」を兼ねる、西尾幹二氏の解説書になっている。
 徳川御三家でありながら、尊皇攘夷思想の源流となって幕末維新を思想的に領導し、結果的に徳川幕府を倒すことになった、その歴史のアイロニーを秘めるのも水戸学である。
 「幕府は水戸学という爆弾を抱えた政権だった」(165p)。
 吉田松陰は水戸へ遊学し、会沢正志齋のもとに足繁く通った。松陰は水戸学を通じて、日本史を発見し、先師・山鹿素行をこえる何ものかを身につけた。兵法、孫子、孔孟と松陰がそれまでに学んだことに重ねてかれは万世一系の日本の歴史に開眼する。
 西郷隆盛は水戸学の巨匠・藤田東湖に学び、また横井小楠は、藤田を絶賛した。維新回転の原動力は、こうして水戸学の学者・論客と志士たちの交流を通して始まり、桜田門外の変へまっしぐらに突き進んでいく。
 吉田松陰の斬首は「長州をして反徳川に走らせる決定打」となった。西郷は命を捨てても国に尽くす信念をえた。
 その水戸学である。
 前期、中期、後期とわかれる水戸学はそれぞれの時代で中味が異なっている。
 前期水戸学の大きなテーマは「南朝の是認」であり、北畠親房の「神皇正統記」と同じく南朝が正統とみる。しかしながら前期水戸学は「天皇のご存在をものすごく尊重しておきながら、神話は排するという点でどこかシナ的です」。
 水戸光圀は、ほかにも独自の解釈で『大日本史』の編纂を命じた。

 後期水戸学には国学の風が流れ込む。
 その前に中期水戸学は藤田幽谷が引き継ぎ、この古着屋の息子が水戸藩では大学者となった。身分差別を超越した、新しいシステムが水戸では作動していた。幽谷の異例の出世に嫉妬した反対派の暗躍が敗退し、後年の天狗党の悲劇に繋がる。
 そして「後期水戸学」の特色は国際環境の変化によって「歴史をもっと違う見方で見るようになってくる。欧米という先進世界と戦わなければならない状態になって」、国防が重視されるという特徴が濃厚にでてくるのである。
 それでいて水戸学には儒学を基礎として仏教を排斥するとマイナスの要素があった。
 「非常に早い時期から「脱神話世界」を掲げたのが儒教の歴史観」(107p)だったから、初期水戸学は「脱神話」であるのに、後期水戸学は「神話的歴史観に近づいていく。思想が変わってきた」わけで「『古事記』『日本書紀』を認め、日本のありかたを単純な合理主義では考えなくなっていく」のである。
 そこで西尾氏は藤田東湖の父親、藤田幽谷の再評価を試みる。
 それも国際的パースペクティブから「モーツアルトと同時代人」であり、かれは十八にして藩主に見いだされたうえ、藩校を率いた大学者、立原翠軒と対立していく。これがやがて天狗党の乱という血なまぐさい事件へつながり、凄絶な内ゲバの結果、尊皇攘夷の魁となった水戸藩から人材が払底してしまうのだ。
藤田幽谷は家康を神君とは認めず、『当時の儒学者の「多くは支那と日本との国体を判別する力に乏しかった」がために立原は、幽谷との対決の道に陥った。
 幽谷の息子の藤田東湖は「なんと十年かけて『弘道館記述義』」を完成されているが、これは『儒教と神道が一つになっていることがわかります。しかも、この『弘道館記述義』は、GHQの焚書図書の対象とはならず、翻訳まででた。
 したがって奇妙なことに「国学のひとたちは儒仏思想を排斥しましたが、水戸学は仏教を排斥したものの、儒教は排斥するどころか、依存しています」(280p)。
 かくして西尾幹二氏の水戸学入門はきわめて分かりやすく、その思想の中枢と時代の変遷を活写している。
 最後に西尾氏は、「戦争体験者の歴史観、戦争観には失望してきた」として、大岡昇平、司馬遼太郎にならべて山本七平への批判を加えている。
 ページを開いたら止まらず、一気に読んでしまった。

  

『膨張するドイツの衝撃』(ビジネス社)書評

 宮崎正弘の国際ニュース・早読み 8月14日より

西尾幹二・川口マーン惠美共著『膨張するドイツの衝撃』(ビジネス社)
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                        評 玉川博己

 先にフランスの人口学者であるエマニュエル・トッドが書いた『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる~日本人への警告』(文春新書)がセンセーションを巻き起こし、ベストセラーになっている。
エマニュエル・トッドは今のEUの実態がドイツによる欧州支配であり、それは今やウクライナからバルカン、中東にいたるまで版図(ヒトラーの用語を用いればレーベンスラウム=生存圏)を広げつつある事実を指摘し、これが21世紀における新ドイツ帝国に他ならないとさえ言いきっている。

この程ドイツ文学の泰斗であり、思想家・歴史家である西尾幹二氏とドイツで生活しながら多くの著作を通じて現在のドイツ情勢を生き生きと読者に伝えている川口マーン惠美氏が対談の形でドイツを論じるのが本書である。
そして本書の本当の主題は「日本は『ドイツ帝国』と中国で対決する」と副題でうたっているように、中国というキーワードをからめて日本の今後あるべき政治、外交、経済などを熱く論じる「憂国の書」であることに尽きよう。
 まず両氏はいわゆる歴史認識問題において中韓両国が「戦争責任を謝罪し、歴史を清算した」ドイツとそうでない日本を対比させて日本を非難し、また少なからざる日本の左翼マスコミや反日知識人がこれに同調する状況を厳しく批判する。
両氏によればいわゆるワイツゼッカー演説に代表される戦後ドイツが行ってきた謝罪とは、ナチスが行ったホロコーストに対する謝罪とホロコーストの犠牲者への補償であり、それ以外の戦争と戦争責任については一切謝罪も補償も行っていないことに言及する。言い換えればポーランド侵攻に始まり,独ソ戦を含む第二次欧州大戦は、あくまで国家主権の発動たる通常の戦争であり、これに対してドイツは一切謝罪も行ってこなかったし、戦争責任も認めていないのである。
この事実が案外日本では知られていないのである。
 同じ敗戦国である日本についていうと、西尾氏は大東亜戦争が欧米の植民地支配からアジアを解放する戦いであったことを中韓を除くアジア諸国が認めていることを指摘する。
 またドイツとの比較において西尾氏は(1)日本にとっての中国は、ドイツにとってのロシアであり、(2)日本にとっての韓国は、ドイツにとってのポーランド、あるいはチェコであり、(3)ドイツにとってのフランスを筆頭とする近隣諸国は、日本にとってはアメリカである、とのアナロジーを説明するくだりは大変興味深く、説得力がある。

これにひきかえ、戦後の日本は昭和40年に締結された日韓基本条約において莫大な賠償金を韓国に支払う誠意を見せて、補償問題を完全かつ最終的に解決した筈であったが、その後も韓国は約束を反故にして、日本の謝罪を受け入れないばかりか、どんどん要求をせり上げてきており,強請りたかり同然であると、西尾氏は現在の韓国を手厳しく批判するのは当然であろう。
 かつてのドイツの仇敵であったフランスとロシアがドイツに対してとってきた「大人の関係」は、現在の中国と韓国には望むべくもない。
中韓両国の反日姿勢の根底にはひとり近代化に成功し、中華秩序を破壊した日本への怨念があるという指摘も納得がゆく。またイスラムと中韓に共通するのはそれぞれ「分家」である欧州と日本に追い抜かれた「本家」の怨みであるという解釈も首肯できよう。このように西尾氏と川口氏の議論は世界史的な文明論まで視野に入れて展開される。
 
冒頭に紹介したエマニュエル・トッドの「新ドイツ帝国論」に対して、川口氏は、「いまのドイツにはEUの頸木があるので、どちらかというと神聖ローマ帝国の復活だと思っている。新しいドイツ皇帝の座が、かつてのように張子の虎で終わるか、あるいは実行力を伴ったものになるかは、これからの歴史の流れ次第だ」と慎重な意見を述べ、また西尾氏はギリシア問題に示される南北問題を例にあげつつ「現代の『ドイツ帝国』はまだ成立していない」
しかし条件付きながら「けれどEUが南北格差の矛盾を克服し、統合を強力に押し進めていくには、たぶん『ドイツ帝国』の方向しかないだろう」との見方も示す。

そのほか、本書において両氏はドイツの教育問題、難民・移民問題で苦悩する欧州や原発問題など広範なテーマを論じているが、紙幅の都合でこれ以上紹介できないのは残念である。
ドイツ問題を中心に極めてグローバルなテーマを取り上げた本書であるが、結局、本書の目指すところはわが日本がこれから如何にあるべきかをドイツや中国を鏡に論じた憂国論である、というのが評者の感想である。

『西尾幹二全集 第十一巻自由の悲劇』(その一)

宮崎正弘氏のメルマガより

共産主義は大間違いの思想という根源を問う
  なぜ西側に共産主義残党が生き残り、マスコミは彼らを支持するのか?

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 かねてから不思議でならないのは、冷戦で西側が勝利したはずなのに、なぜ共産主義の残滓である中国が大国として躍進し、ソ連崩壊後のロシアが帝国主義の道を歩み、国際政治で巨きな発言力を維持しているのかということである。

 冷戦に勝利した筈の自由陣営に、なぜいまも共産主義を礼賛し、日本を貶めることに熱狂する左翼が残ることが出来たのだろうか不思議でならない。自由、民主の側の怠慢なのだろうか。

 いや、「自由」とはいったい何かの根源の哲学を問われているのではないのか。

 本巻で西尾幹二氏は、縦横無尽にこの難題に挑み、多角的に論じている。過去の作品のなかから「自由の悲劇」「労働鎖国のすすめ」「日本の不安」「日本の孤独」「たちすくむ日本」の五冊を基軸に編集されたもので、重厚な思想の書でもある。

 まず「ソ連型共産主義はまちがっていた」とする左翼人も、「マルクス主義は間違っていない」として、「これからの社会主義運動はマルクスの原典に立脚すべき」と言い出しかねない手合いがまだ日本にはごまんといて社会を攪乱している。

 西尾氏はこう書き出される。

 「日本では左翼と呼ばれる言論人も左翼政党も、ソ連型共産主義は否定してきた。しかし悪いのはスターリンであって、共産主義思想ではないと言い張っていた。歴史は失敗したが思想は失敗していない。じつはそういう言い遁れは二十年も前から準備されていた。『新左翼』と呼ばれた運動がそれである」。

 かれらは環境問題、南北格差、そして人権問題に潜入し、いまは沖縄や反原発にぞろぞろと蝟集し、時代遅れの主張をがなり立てて、それなりの付和雷同組を集めているし、左翼マスコミがまだ支援しているから始末に負えない。テレビ討論には聞くに堪えない言説をはくブンカジンがまだ大手を振って出演している。

 近未来に関して、西尾氏はかく予測されていた。
 

「共産主義体制の崩壊の後に、次第にはっきりと浮かび上がってくると予想される世界は、近代ヨーロッパの価値観が到るところで普遍と見なされる平板な世界ではなく、宗教、言語、人種、歴史の異質性が相互に主張され、相克しあう世界であろう。人類はイデオロギーの対立を克服し得ても、人種問題や宗教的信条から血を血で洗う葛藤を永遠に克服することはできないかもしれない」

「世界の新しい対立の構図はこのあたりから形成される可能性もある」

とした冷戦終結直後の氏の予想は、じつに正確に当たっている。

 ISILのテロ、旧ユーゴスラビアの地を血で洗う内戦、いまシリアでイエーメンで、そこら中で宗教対立、人種対立の紛争がつづいている。

 そして中国の近未来に関して次のように言われる。

 「暴力によって獲得した権力は、暴力によってしか維持できない。流血の惨劇に出会った人には気の毒だが、(天安門)事件はまことに単純きわまりない性格をもつ。中国もまた暴力革命を建国の起点にもつ国だ。中国がいまのソ連と同じように、中心の権力を死守するために、周辺の防衛戦を後退させる必要に迫られたとしたなら、やはり、周辺の国々の思惑など気にせず、好き勝手に行動するだろうから、東欧と同じような混乱と流血が起こるだろう。また逆にソ連が自分の経済や政治のシステムをなんとか能率的に切り替えようと努力しても、変えようのない宿痾を抱えているため、ある限界を超え、内乱状態が生じ」

るだろう、と不気味な中国とロシアの近未来を予測する。

 本巻では西尾氏が「共産主義の敗北をみとめず欺瞞的議論」を撒き散らす左翼の論客を次々と痛烈に批判している。
俎上にのせられたのは加藤周一、大江健三郎、小田実をはじめ、一見保守とみられる堺屋太一、大前研一、舛添要一らを切り、猪口邦子は「単純なおばかさん」、石川好は「無頼派を意気がっているひとに過ぎない」と一刀両断、大沼保昭、木村尚三郎、高畠通敏には「気味の悪さ」を感じたと言われる。さらに立花隆、加藤典洋、内田樹、加藤陽子、中島岳志、保阪正康、香山リカらは「加藤周一らの後続部隊」とみる。

 それにしても批判するからには、こういうオバかさんたちの著作を読まなければならないだろうが、西尾氏はじつに丹念に左翼陣営の著作を読み込んだ上で批判しているのである。根気強い人である。

 評者など、二、三ページ読んで当該書物を投げだした人たちで、丸山真男は『正真正銘の馬鹿』であり、読んでみて左まきのアホと判断してあとは立花も内田も保阪も、まるで読まない。ほかの人は中嶋岳志をのぞいて、名前も知らないし、読む時間が無駄と思われるような「論客」には付き合っている時間がもったいないと考えているから西尾氏の苦労は並大抵ではないだろうと推察するのである。

 いずれにしても、本書の基幹は共産主義が大間違いの思想という哲学的根源を問うものであり、冷戦に勝利したはずなのに、なぜ西側に共産主義残党が生き残り、マスコミは彼らを支持するのか? 

 この謎に思想的に重層的に挑戦した巻となっていて、ぎっしりと読み応えがある。
   

書評:昭和天皇 七つの謎 

書評:昭和天皇 七つの謎 加藤康男著(ワック・1600円+税)

評論家 西尾幹二

きわどい皇室の歴史に肉薄

 皇室の中心部、すなわち天皇の側近に国民の常識とかけ離れた異質な集団が入りこんだら恐ろしいことが起こる。ことに非常時においては国家の運命を左右しかねない。私はそういう不安をずっと抱いているが、本書の「七つの謎」のうち最重要の第3章「天皇周辺の赤いユダ」、第7章「皇居から聞こえる賛美歌」は戦中戦後に皇室を現実に襲った事件を論じ、日本民族を本当に危うくしたきわどい歴史に肉薄している。

 近衛内閣は支那事変の不拡大方針を表明していたがどうしても実行できなかった。軍の中枢に共産主義者がいて、計画的に支那事変を拡大し、日米戦争までもっていって日本を破壊し、敗戦後の共産革命を一挙に果たすと計画していたらどうなるか。関東軍司令官の梅津美治郎にその疑いがあった。近衛文麿の身辺にマルクス主義者を配置したのは彼である。近衛はゾルゲ・尾崎グループの謀略に乗せられたことに時を経て気づき、不明を恥じるが、終戦の決断を急ぐように陛下に上奏(じょうそう)した際、和紙8枚を陛下側近の木戸幸一に渡した。その日のうちに梅津の手に渡り、2ヶ月後に吉田茂以下の和平工作派が逮捕された。

 木戸幸一は「赤いユダ」の中心人物だった。ソ連との和平交渉役に木戸は身内の都留重人を立てた。都留はハーバート・ノーマンらと組んで戦後日本の共産化を企てた学者だ。「天皇の知らないところで木戸は共産主義者と手を結び、近衛を陥れた」

 皇室が危うくなったもう一つのドラマは戦後のキリスト教への改宗の危機である。宮内庁長官、幹部、侍従職、女官まで含め、皇室とその主だった周辺はクリスチャンだった。天皇はもとより皇居や各宮家も聖書研究会を催し、キリスト教に感化された。「マッカーサーの戦略」は着々と進んでいた。

 共産主義とキリスト教は根が一つで、民俗信仰の独自性を大切にする皇室の伝統とは相いれない。著者は通説を疑い、批判し、そこから先は言えないぎりぎりまで推理し、誰も書かなかった歴史の闇を切り拓(ひら)くことに成功した。

産経新聞6月7日 読書 この本と出会った より

 この書評はわずか800字という制約があったので、同書の主張の中の最も重要なポイントの一つを私は取り上げることができなかった。それはさきごろ刊行された『昭和天皇実録』への加藤氏の疑問である。

 加藤氏は『実録』をよく調べておられる。昭和天皇の事績の中で、当然記されるべきことが『実録』には記されてなかったり、詳しく書かれるべきことが略記されたりしている例を多数発見している。実録と称して実録ではないのではないか。人を欺く一面がありはしないか。

 あまりにも早く編纂刊行された『実録』にはある種の政治的動機が潜んでいはしないか。私は氏の疑問を正当な批判であると感じた。

 上記書評では言及できなかったので、読者の皆さんは同署の、とくに最終章に注目して読んでいただきたい。大変に重要な氏の洞察であると私は思う。