足立誠之(あだちせいじ)
トロント在住、元東京銀行北京事務所長 元カナダ東京三菱銀行頭取
< 「悪魔のシナリオ」>
<「外交は動いていなかった」のか>10月21日付朝日新聞一面は”中国訪朝一定の成果”、”金総書記「再実はない」”の大中見出しが躍り、社説も、「外交が動き出した」と、手放しのはしゃぎ様であった。
ところが、それを目にする前に、唐国務委員と会談後、ライス国務長官は「金総書記は二回目の核実験を否定しなかった」との唐氏の発言内容をTVで語った。
冒頭見出しの中の記事も、唐国務委員はただ「幸いなことに、会談は無駄ではなかった」とだけ述べたものである。狐につままれた様な話だ。10月26日の朝日は「無駄ではなかった」を解説し、一応中国側の面子を保ったとし、中国側にも限界がある、と言い逃れしたが、そんな次元の話ではあるまい。
見出しは誤報で済まされる。だが、済まされないものがある。社説の「外交が動き出した」である。これは外交が”動いていなかった”の言い換えとなろう。過去、日米を始めあらゆる関係国が、あまたの「対話」による外交努力を尽くしてきた。然し、あらゆる問題で北朝鮮は誠実な態度を示すことは一度たりともなかった。米朝合意に違反し核を製造していただけではない。昨年9月の6カ国合意も破った。拉致を始めとする非道、悪行、不正の限りを尽し、一切それを改めようとしなかった。最後に対話を踏みにじるミサイル実験、核実験を目の当たりにして、他に手段の無くなった国連安保理は、全会一致で経済制裁を決めたのである。その様な長い外交努力がまるで存在しなかったかのように「外交が動き出した」の社説見出しはないだろう。これは巧妙なレトリックによる事実歪曲であり欺瞞である。これを朝日は執拗に繰り返すのである。
一方、10月27日のNHKではスイスが同国の銀行にある北朝鮮口座を凍結、対北朝鮮贅沢品の輸出を禁止する経済制裁の実施を報じた。これは、情勢が、既に平常状態ではないことを示している。繰り返すが、これも、拉致を含む、数々の非道、悪行、不正、ミサイル実験、核実験の結果であり、総ての責任は北朝鮮にある。それをあたかも、北朝鮮にも言い分、利があるかのような巧みな表現でカムフラージュする。「外交が動き出した」は決して見逃せない表現である。
さて、韓国ノ・ムヒョン政権も問題である。既に03年7月のUSCC公聴会で証人の一人は、「韓国には、北朝鮮の核保有に好意的な見方がある。それは核を保有する統一朝鮮を展望したものである」との趣旨の発言を行っている。これが多分ノ・ムヒョン政権の本音であろう。
今迄の余りに一方的な、譲歩の名にも値しない「北朝鮮何でもOK」の「太陽政策」の説明はそれ以外につけようがない。
ミサイル実験で、日本の反応を「騒ぎ過ぎ」と揶揄した韓国も核実験で説明がつかなくなった。だが、金正日とノ・ムヒョン政権が何をするかは判らない。
中国はどうか。中国は、元々、今までの同じ社会主義体制の北朝鮮が核なしならば、良いとの立場であり、北朝鮮に寛大であった。北朝鮮のミサイル輸出に、自国の鉄道、港湾、空港を自由に使わせていた。(以上04年6月第二回USCC議会宛報告書)自らも国営企業を通じ、大量破壊兵器・運搬手段をイランなど懸念国へ輸出してきた。だが、困るのは、中国国内に影響が及ぶことである。北朝鮮の核武装による発言力増大は好ましくない。核を持つ統一朝鮮は更に困る。米国の圧力が強まった上、北朝鮮情勢は見過ごせなくなってきた。然し、この問題に軽々に深入りし、自らの体制に影響が及ぶのも避けたい。選択肢の中で、どれを選ぶか、慎重に検討している段階であろう。
10月22日、胡錦涛国家主席は引退した江沢民、李鵬、朱鎔基各氏をも招き、大規模な長征70周年記念大会を開催、党の団結を呼びかけた。上海グループの汚職がらみの政治闘争が云々される今、国内の問題より、国、党が現下の国際情勢、即ち朝鮮半島情勢に鑑み団結を呼びかけたものである。これは、89年の6月4日の天安門事件の前、5月20日に戒厳令施行し、更に軍、政府、党の団結措置を密に進めたことと類似する。大事の前には常に団結が強調される。中国は最悪の事態に備え準備しつつあるとみるべきであろう。北朝鮮の鉱産物資源などは既に中国の権益下にある。吉林省の朝鮮民族の親戚も北朝鮮には多い。介入の理由は用意されよう。朝鮮戦争で人民解放軍は”義勇軍”の名で参戦した。
ロシアはどうか。ロシアと中国の関係は微妙である。ロシアは上海共同機構の構成員であり、中露合同軍事演習も実施しているが、中国の力が強くなることを望まない。嫌がらせもしているらしい。(06年8月USCC公聴会証言)東シベリア油田のパイプライン敷設の終着点をナホトカにするか、大慶にするか、日中を競わせているのもそれである。NPT崩壊に繋がる、北朝鮮の核保有は望まないし、核を持つ統一北朝鮮も好まないであろう。しかし、中国の朝鮮半島への影響力増大も望むわけは無い。対北朝鮮政策での米中の緊密化も望まない。ロシアはその面、ウジウジし続け、韓国に次ぐ包囲網の弱い輪であろう。
米国の基本姿勢はどうか。現在の米国の最も重要な対北朝鮮カードは中国である。米朝枠組み合意の失敗で、米国は、北朝鮮との約束には何の意味もないことを思い知らされた。拉致、偽ドル、人権など、非道、悪行、不正に、相当緻密な検討の上に策が練られたのであろう。北朝鮮の最大の鍵を握るのは、食糧、エネルギーを供給している中国である。戦争なしに、北朝鮮問題を処理するには、中国を引き入れる以外に方法は無いという論理である。どうやらそれは成功し始める。06年に入ってからの中国の政策変更は、その背景があろう。
それに、北朝鮮の核保有は現実に近づけば近付く程中国はそのマイナスを感じるようになる。就任したばかりの安倍首相の北京訪問は、米中に日本を加えた三国の北朝鮮政策推進の為であり、靖国論争は中国にとり今や好ましくない。
<考えられるシナリオ>
ここで、既に核を持った、北朝鮮を巡る数ヶ月のシナリオを描いてみよう。北朝鮮が、経済制裁で、核を放棄するシナリオである。次の二つとなる。
(i) 金正日が、制裁解除を求め、核を放棄し、体制を維持を図る。
(ii) 制裁の結果、異変が起こり、金正日体制が変わる。・・>亡命などで金正日は去り、核開発も放棄される。北朝鮮が、核開発、核軍備に邁進、再実験も行う。二つの可能性が存在する。
(i) 国連の武力制裁決議などにより、国際社会が一致し力で北朝鮮の核廃棄を実現させる。・・・・>金正日政権は崩壊するであろう。
(ii) 北朝鮮が粘り勝ちし、核保有国となる。・・・・>いずれ日本を狙うノドン200発以上の総てに核が装填される「悪魔のシナリオ」である。今後この4つから最終の二つのシナリオに収斂するであろう。金正日が(i)で臨む可能性はゼロに近い。それは、権威を失墜させ、自らを破滅に追い込むからである。(ii)の可能性も今後数ヶ月間は少ないであろう。
金正日は飽くまで、(ii)を指向するであろう。そのためには、ある程度の期間なら、(i)を戦い抜く覚悟もあるかもしれない。北朝鮮は”国連軍”と戦った経験もあるのであるのだから。
以上推定すれば、経済制裁にも拘らず、北朝鮮は第二回核実験を強行する可能性が高い。そうなれば、国連は武力制裁の検討に入る。
既述のように、北朝鮮の核武装化で最も危険な直接攻撃に晒されるのは日本である。日本が(i)に国連を動かすしか方法はないであろう。国内では、武力行使の是非議が沸騰しよう。「とにかく話し合い」にカムフラージュされた「絶対平和論」が生き延びるか、或は議論が長引けば、(ii)は実現に近付く。やがてノドン200発総てに核が搭載され、北朝鮮は何時でも日本を壊滅出来るようになる。拉致も総ての非道、悪行、不正も解決不能となる。そればかりか、核の恫喝に従う、日本からの援助で苦境を脱した北朝鮮は核武装に邁進しよう。
朝日や、一部政治家は、もう(i)と(ii)の選択肢しか残されていない段階になっても、それを”おくび”にも出さず、ひたすら「話し合い」「武力行使反対」を唱えよう。それが、日本の「空気」になれば、国際社会の関与も終わる。日本以外、核ミサイルの直接脅威は僅少だからである。日米安保はどうなるか。それも不明である。条件が変わるからであり、爾後の日本が、米国にとり最早守るに値しない国かもしれないのである。「悪魔のシナリオ」はかくて完結する。
国を滅ぼすものは、外敵よりも内にある。方法は、瞬時の原爆によらず、ジワジワと時間をかけて蝕む毒薬、病原菌のようなものによる。シナリオライターは日本にもいる。これからの数ヶ月は重要である。覆水は盆に返らない。