北朝鮮核問題(四)

足立誠之(あだちせいじ)
トロント在住、元東京銀行北京事務所長 元カナダ東京三菱銀行頭取

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最初で最後の機会

 振り返れば、何と多くの貴重な時間、機会が失われてきたことだろうか。結局、その多くは、現実離れした座標軸に基づく甘い絵空事と、尤もらしい語り口で、迫り来る危機を覆い隠し、北朝鮮に時間稼ぎをさせただけであった。その結果、我々は今日の危機を背負い込むことになったのである。

 月刊誌「現代」の2000年2月号に掲載された、加藤紘一氏と田中秀征氏の対談の一部をご紹介しておきたい。

加藤:北朝鮮については拉致事件の解決が何としても必要です。しかし、事件解決が国交正常化の条件だとして会うことまで拒否していては、話は前に進まない。早期解決のためにも、まず交渉のテーブルに着くべきですね。「テポドン」が飛んできて日本中がパニックになったんですが、冷静に考えれば、核弾頭を積んでいるわけではないし、そもそも核兵器の開発などできているはずがない。

 他方、中国は「テポドン」の何十倍の射程距離を誇る大陸間弾道ミサイルを持ち、しかも高性能核弾頭まで開発している。それでも我々が平気でいられるのは、中国とコミュニケーションがあるからです。だからまず北朝鮮を早く国際常識の場に引っ張り出すことが重要だと思います。

田中:コソボの民族紛争は600年前の戦いに由来しているそうだけど、日本と朝鮮半島が同じ轍を踏んではいけない。後世のためにも、お互いに譲り合って関係を正常化すべきだと思う。野中さんが「最後の政党外交だ」と言っているのはその決意の表れだと思うし、是非とも実らせて欲しい。

加藤:あの超党派訪朝団は村山団長と野中さんの良好な関係があって、そこに野中さんの執念が加わって実現したんですね。(以下省略)

 同じ2000年、米国はどうであったか。
 
 同年10月、米国議会は、USCC(U.S.-China Economic &Security Review Commission,米―中国経済安全保障レビュー委員会)を設置した。クリントン政権下の米中蜜月時代、WTO加盟予定で、バラ色の中国ブーム到来の当時に、経済発展が伴う、中国の脅威の増大を予測し、議会は敢えてUSCCを発足させたのである。

 公表されたUSCCの議会宛報告書、公聴会議事録には、クリントン時代から中国の国有企業が、拡散防止協定に違反し、イランなど懸念国へ、大量破壊兵器及びその運搬手段(Weapons of Mass Destruction and Delivery Systems, 以下WMS・DSと略す)を輸出していた事実が記されている。

 2002年には、北朝鮮が、クリントン政権時代の米朝枠組み合意に違反し、核開発を進めていたことが判明した。次いで、北朝鮮は非拡散協定からも脱退したのである。

 これに伴い、米議会は北朝鮮問題をUSCCに委嘱する。

 2003年7月USCCは「中国企業のWMD・DS拡散行動と北朝鮮の核危機」に関する公聴会を開催、オルブライト前国務長官をはじめ多くの証人が出席した。この中に、注目すべき場面がある。

 証人の一人(外交官)が、「北朝鮮の核保有は、米国、韓国、中国国の直接的な脅威にはならない。直接脅威になるのは、北朝鮮のノドンミサイル100基(当時)の標的になっている日本である」と述べたのに対して、USCCのドレヤー委員が「この公聴会は日本のためにやっているのか」とたしなめ、議論を米国の国益に引き戻す一幕があった。ここに日米安保についての米国の受け止め方が窺えよう。

 従来の日本の安全保障論議は、「万一北朝鮮が日本を核攻撃すれば、米国の核による反撃で自国が徹底破壊されるから、北朝鮮は日本に核攻撃しない」という前提に基づいていた。しかし、北朝鮮が、日本が描くような シナリオ通りに動く国であるか。今は不明である。それに加えて、米国が、北朝鮮の対日核攻撃に直ちに核で反撃するかについても米国の国益が優先することを忘れてはなるまい。

 今回の北朝鮮核実験に対して、米国、中国、ロシアなどを含め安保理事国すべてが、ともかく日本の希望した対北朝鮮制裁実施で一致した。

 関係各国は自国の国益に沿って行動するものであり、各々の国の事情を考えれば、この問題で全会一致などということは、ほとんど奇跡に近いことであり、滅多にはおきないことを、噛み締める必要がある。

 繰り返すが、これは殆んど奇跡に近いのである。偶々各国の、国益がこの制裁決議で一致しただけであり、こんなことは二度とないであろう。

 米国や中国、ロシアそして韓国にとって、北朝鮮の核保有はそれほど脅威にはならないことは、既述の通りで、最も脅威を受けるのは日本なのである。

 前記公聴会で、証人の一人は、「米国への脅威は、北朝鮮の核保有自体よりも、北朝鮮がテロリストに核を売却することにあるから、北朝鮮から核を購入してやればよいのではないか」と発言している位であり、今の米国の態度が今後どう変るかは状況に依存する。

 中国やロシアは、これまで、北朝鮮の核保有阻止にそれほど熱心ではなかったし、今後態度がどう変わるかは神のみぞ知る類の話である。

 日本はこの機会を失えば、二度とチャンスはない。これを最後の機会と考え、北朝鮮の完全な核放棄と拉致されている日本人全員の解放という、最終目標を目指すことに徹する以外選択の余地はない。

 この過程では、北朝鮮からの核攻撃の恫喝もあろう。北朝鮮は既にミサイルの弾頭に装填可能な小型核を保有しているとも言われる。それが日本に向け発射される可能性も皆無とは言えない。

 北朝鮮の恫喝が強まれば、自称リベラリストの宥和論が蠢き始めるであろう。

 ”平和を愛する、純粋”な怪しげな平和運動家、団体も動き出すであろう。

 いずれも、目前の危機を先延ばしすればよいと言うものとなろう。

 だが、それこそ、北朝鮮に時間稼ぎさせ、やがては、日本に向けられているノドンミサイル200発以上総てに核が搭載されることになる。

 その時は、総てが終わるのである。国連安保理の一致も、制裁も”夢のまた夢”になっていることは間違いあるまい。安保理のまとまりも吹き飛んでいよう。北朝鮮はもう手の付けられない核保有国になっているのであるから。

 今回こそ、北朝鮮からの核の完全放棄、拉致された日本人全員の解放、の最初で最後のチャンスとなろう。宥和論は200発以上の核ミサイルが日本を狙う道を開くことを銘記すべきである。

 日本民族の興廃は、正にこの数ヶ月にかかっている。

つづく

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