ゲストエッセイ
坦々塾会員 伊藤悠可
梅雨入りしたが雨が少ない。初夏の光のある間に青葉をみておこうと、先般、親しい人たちと近郊の名所を訪ねた。春の桜もいいが新緑の瑞々しさは格別だ。最近、力作の論文を書き続け、講演でも活躍する坦々塾の中村敏幸さんも一緒だった。彼は文章と同様、意見の交換も常にストレートである。ふだん同じ方向を向いているつもりでも、論点で微妙な差異が見つかることは却って面白い。その日、彼と違いをぶつけあって楽しかった。
中村さんは断っておくが安倍首相の“応援団”という人ではない。シンパでなく、むしろ厳しい視線を常に注いでいる批評家である。だが、この間のサミットについてかなり高評価を与えていることを知った。「安倍首相がサミットの開催地に伊勢を選んだことを君はどう思うか」と私に訊くからである。中国経済の末期症状、南シナ海問題、北朝鮮の核などの会議の内容ではなく、何と開催地についてだった。
私はある程度、中村さんという人間を知っている。そもそもこんな質問をするのは、伊勢神宮への崇敬の念から出ていることは察せられるし、さすが安倍晋三はツボを心得ていると感心してのことだろう。いきなり「君はどう思うか」というときは大体、強烈に同意を求めているときである。可笑しかったが、私は反対なのである。感心しないと答えた。
まだ選定のはじまる時期ではない頃から、何となく「伊勢」が候補地に上がるだろうなと自分は予想していた。日本文化の中心であり、魂のふるさとであり、最も尊い聖地。安倍という人のこだわりそうなことである。各国首脳をここに招き、実地に神域にふれさせ、至尊の幣垣内に導きたい。中村さんはいう。「地上絶類の清らかな神気をこうむった首脳たちは、そのときは何も感じなくても、将来、この瞬間の感動はリーダーたちの深層にはたらくのではないか」と。
おそらく中村さんの頭には、アインシュタインやアンドレ・マルロー、マルローと親交のあった竹本忠雄さんのことなどがよぎっているのだ。安倍首相も同じような動機かもしれない。伊勢の神気というものを念頭において、純粋に目の当たりに神明造りの社を見せたいという気持ちがあったのだろう。
そのとおりなら、私はその純粋な動機が子供じみていて深慮に欠けているとも感じられ、少しいやなのである。自分は伝統を最も重んじる政治家だ、伝統の最上といえば伊勢だ、神宮のすばらしさをトップリーダーの眼にやきつけてもらう。言い換えれば図式化された感動づくりなのだ。安倍晋三にはそういうところがある。日本イデオロギーというべきか。
米国議会でのスビーチがまずそれだ。七十年談話がそれだ。韓国との慰安婦問題のケリのつけかたがやはりそれだ。この三つの歴史の課題はここで触れないが、安倍首相はこのあたり明確にカーブを描いている。心情は曲げないが言葉は相手の受けをみて変える。いっそう良くないことなのだが、そうなっていないか。こっちは政治なのだ、と安倍は手を打つようになった。
話を戻したい。伊勢参りの有名な浮世絵を思い出す。広重のなかでも私の好きな一枚は、主人に代わって参詣するけなげな犬である。けものだから宇治橋は渡させてもらえないのだろうか、たもとで参詣者の群に埋もれていたと思う。犬を家族としてきた私ほこの版画にほろっとしてしまうのだ。ここで皮肉を言っているわけではない、オバマやメルケルは広重が描いた犬ほど無心で清朗だろうか。オバマやメルケルはマルローの感受性をもっているとは思えない。
サミットはなかば格闘技である。私が反対なのは、神宮が貴いというなら神宮を使うな、という意味なのである。政治の土俵は神宮の対極にあるのではないだろうか。伊勢は遺跡でないし、廟でもないし、施設でもない。
それから、危惧もある。現実の脅威となったテロリストにヒントを与えるべきではない。
春めくや人様々の伊勢参り
参宮と言へば盗みも許しけり
(蕉門の連句だったと思いますが、二つともいいですね)
大事なものはそっとしておくものだと思う。伊勢と同等には語れないが、国内各社で世界遺産に指定された神社が多い。厳島神社、下賀茂・上賀茂の両社もそのため内外の観光客が増えたにちがいない。これからの予算も心痛のタネかもしれぬ。しかし、世界遺産の指定を何にもまして夢見るという感覚は本来神道界のものではあるまい。私は寺社にかぎらず世界遺産全般に良い印象をもっていない。落とし穴のありそうな不吉な贈答品だというイメージが拭えない。
考えてもみよ、何で「遺産」なのか。人類はまだ若いかもしれないじゃないか。
素人の私には、神道というものが濃い霧に包まれてほとんど奥行きがわからない世界にみえる。神宮・大社とよばれるところでは、非合理というべき契りや秘密や伝えが残されている。私はこう書きながらもう一つ記憶がよみがえる。それは昭和二十年十二月十五日に発せられたマッカーサー司令部の「神道指令」である。
日本政府に発した「神道指令」とは、国家神道の禁止と政教分離の徹底であった。これによって神道の本質はほとんど抹殺されると震撼した日本人が少なくない。発令から一週間を経た二十二日夜、宮中でお茶会が催されたのだが、そこに召されていた歴史学者の板沢武雄博士が陛下に述べられたという。「この司令部の指令は、顕語をもって幽事を取扱うものでありまして、譬えて申しますならば、鋏をもって煙を切るやうなものと私は考えて居ります」。これを陛下はまことに御感深く御聴き遊ばされたと、木下道雄著『宮中見聞録』に書かれている。
その人の著書を読んだことがなく板沢武雄のことは何もしらない。が、顕語をもって幽事を取り扱うという言葉も、鋏をもって煙を切るという表現も、とても味わい深い。これほどの達観と自信とをわが国の神道人は今もたずさえているのだろうか。さっさと忘れて新しい道を歩いているのだろうか。若葉を観ながら、中村敏幸さんが投げかけた、どちらかというと他愛のない伊勢サミットの話題から、さまざまなことを考えさせられた一日だった。
(了)