新論文と新刊本のお知らせ

 間もなく12月の声を聞きますが、12月に入ると私の次の仕事が公開されます。

 『正論』新年号に、「救国政権の条件と保守の宿命」(35枚)と、前回につづく青山学院大学の福井義高さんとの対談「アメリカはなぜ日本と戦争をしたのか」(第二回)が出ます。前者は石原、安倍、橋下の三勢力への応援歌ですが、三氏にはそれぞれ注文もつけました。後者は重要な新鮮情報が満載です。

 次に新刊書は竹田恒泰氏との対談本『女系天皇問題と脱原発』です。内容は以下の通りです。

目次
はじめに                                

PART Ⅰ
天皇後継をめぐる政治的策謀

基準は歴史である

女系容認は雑系につながる/皇室改革という名の謀略/彬子女王の明確な発言/旧皇族末裔たちの覚悟/六〇〇年離れても血は強めてる/薄れてきた藩屏を担う意識/皇太子妃だった美智子様へのいじめ/皇太子殿下の「守る」という言葉の意味/鳥肌が立つような迫真の祈り/「祭り」をどうやって引き継ぐか

PART Ⅱ
女系天皇容認論の黒幕

天皇の原理とは何か?

文献史学の誤ちと皇室信仰/三輪山信仰が明かす「男系継承」/「万葉一統」という言葉遊びの結論/古代史は考古学とは違う!/「天皇制」という言葉の策謀/尊皇思想を浮上させた光格天皇/いまだ続く占領軍史観/神話は史実を反映しているか?/皇室を言祝ぎながら貶めるレトリック/真に皇室を守護するのは誰か?

PART Ⅱ
雅子妃問題の核心

雅子妃をめぐる諸情勢

「火葬」と「埋葬」の簡素化問題/昭和神官の創建を!/身の毛もよだつ皇太子殿下の”祈り“/皇族における自由と不自由/宮内庁はきちんとした病気の説明を/「開かれた皇室」の犠牲者か/皇太子殿下に求められる責務/天皇になって初めて見える景色/いまの宮内庁は「宮外庁」/それでも殿下は苦しい中で耐えている/天皇信仰の最大の敵は“世間の無関心”/公民教科書は「天皇について」たった三行/天皇を「自分流平和主義」に利用する人

PART Ⅳ
皇室を戴く国の「原発問題」

現実に学ぶということ

路上生活者に教えられた原発の矛盾/新規建設には三〇年かかる/被曝がノルマとされる作業員/判定が難しい放射線被害/テロの危険をなぜ放置しておくのか?/IAEAとNTPは日本、ドイツ封じ込め政策/GTCCで全原発をカバーできる/安全神話と平和主義の陥穽/親子三代で責任のとれないものに手をつけてはいけない/科学技術の“ありがたさ”の限界/TPPは“手負い獅子”アメリカの策謀/フードマイレージという新しい発想/親日国を足蹴にし、反日国家に頭を下げてきた日本

おわりに

西尾幹二・青木直人『第二次尖閣戦争』の刊行(一)

 青木直人さんと私の対談本『第二次尖閣戦争』は今、店頭に出ています。青木さんは中国と日本の政財界の不透明な関係を永年取材して来た方で、正義心と愛国心が確かな方です。北朝鮮にも詳しく、この本は東アジア全域の彼の今後の予測も語られています。

 「まえがき」は私、「あとがき」は青木さんが書きました。「まえがき」をここに紹介します。

 2010年9月の中国船による尖閣襲撃事件を私たちは「尖閣戦争」という名で呼んで、同名の本新書を刊行しました。好評をいただき、おかげさまで版を重ねました。

 2012年9月に中国全土において反日暴動デモが起こり、そのあと中国公船の尖閣海域への侵入、威嚇、しつこい回遊、ならびに台湾船団の襲来と水の掛け合い等は、中国政府の激語を並べた挑発行為も含めて、「第二次尖閣戦争」と呼ぶにふさわしいと考えます。本書の標題はそのような意味で名づけられています。

 さりとて本書は、海上で起こった挑発と防衛のシーンを報告したものでも、メディアの一部にすでに出ている両国海軍の実力比較や実践のシミュレーションを描いたものでもありません。事件の背景、世界の政治、経済、外交のさまざまな現実の問題から尖閣のテーマに光を当て、考察を重ねた一書です。それはつまるところ中国論であり、アメリカ論に尽きるといっても過言ではないでしょう。目次をご覧の通り、現代において尖閣問題が、頂上をきわめた中国の没落への秒読みと、黄昏の帝国アメリカの踏ん張りと逃げ腰の姿勢のどちらにリアリティがあるかという問題にほぼきわまるといっても、決して言い過ぎではありません。

 冷戦が終わった二三年前から、日本の運命は中国とアメリカの谷間に置かれたことが分かっていました。いよいよ正念場を迎えているのです。われわれは両国の正体、その本音と詭弁、真実と偽装をしかと見つめて、道を踏み誤らぬようにしなければなりません。

 詳しくは本書全体をお読みいただけばよいのですが、一つだけ本書を仕上げた後で感じたことで、私個人が強調して訴えておきたいことがございます。第四章の末尾に私は次のように書きました。

 「第二次大戦のときもそうでしたが、中国の災いが日本にのみ『政治リスク』となって降りかかり、アメリカやヨーロッパ諸国は大陸で稼ぐだけ稼いで機を見てさっと逃げ出せばよく、日本だけが耐え忍ばねばならないのは、二十世紀前半とまったく同じ不運と悲劇であり得ることをよくわれわれは心し、今から万全の警戒措置をとっておかねばなりません」

 今回の大規模デモ暴動に見る、わからず屋の中国人と、半ば逃げ腰のアメリカ人の姿から、私が本書の読者に訴えたいのは、「先の大戦がなぜ起こったか体験的にわかったでしょう、現代を通じて歴史がわかったでしょう」ということです。「100年以上前から日本民族が東アジアでいかに誠実で孤独であったか、日本人の戦いが不利で切ない状況下での健気な苦闘であったかが今度わかったでしょう」ということです。

 そしてもうひとつ訴えたいのは、わが国は少しでも独立した軍事意志を確立することがまさに急務ですが、それには時間が、もうそんなにないということです。

 われわれ二人は数多くの切実な問題点を本書で訴えました。私は前書にひきつづき良きパートナーを得て、今この大切なチャンスに、時を移さずに貴重な提言を重ね、読者の皆さまに注意を喚起することが可能になったことを、喜びといたしております。

目 次

1章 正念場を迎えた日本の対中政策
2章 東アジアをめぐるアメリカの本音と思惑
3章 東アジアをじわじわと浸潤する中国
4章 やがて襲いくる中国社会の断末魔
5章 アメリカを頼らない自立の道とは

中国に対する悠然たる優位

 中国で起こった反日暴動デモについて、私が書いた最初の感想が次の文章です。『正論』11月号(10月1日発売)にのったわずか6枚の短文です。時間的にみて、暴動デモのテレビ映像がまだ生々しく瞼に残っているそんな時期に書かれました。題して「中国に対する悠然たる優位」です。

 支那人は自分の喋っていることでだんだん昂奮し、自己催眠に羅る民族で、口角泡を飛ばしという形容があるがじつにその通りで、口の角から唾を飛ばし、足を踏み鳴らし、手を振り、上海では興奮の余りついに黄浦江に飛びこんで死んだのがいたそうだ。演説の値段は普通50銭で、巧いのは1円、女学生は別格でみんな1円、天津で女学生の演説を聞いてみると、森永のミルクキャラメルには毒が入っているから買うなと言っている。丁度その頃支那側で森永に似せた菓子を造りだしていた時で、菓子屋が女学生にお金をやって自社製品の宣伝をさせていたのである。新聞も随分デタラメで、例えば昨夜日本人が果物屋の店先にある西瓜に毒を注射して歩いたというようなことがでかでかと書いてある。長野朗『支那三十年』(1942年刊、GHQ焚書図書)の一節からである。

 戦前の「排日運動」が一挙に火を噴いたのは1919年(大正8年)だった。支那の学校の教科書が余りにひどいのは当時日本でも問題になった。「地理」の教科書が最初に狙われた。日本に「あそこも取られた。ここも取られた」と書けば小中学生でも「なんて日本は悪い国なんだ」と思うようになる。しかも根拠のない嘘ばかりである。日本は「我が琉球を縣とし、臺灣(たいわん)を割(さ)き」などと書いている。

 英米人の煽動も実に目に余るものがあった。ひそかに学生たちに運動費を出す。英語新聞が排日運動の音頭取りをやる。学生運動の拠点はすべて英米人の経営の学校だった。宣教師たちが排日運動には決定的役割を果たした。ことに基督教青年会の活動が目立った。第一次世界大戦中に拡大した日本の支那貿易をつぶすのに、日支離間を策したのである。

 「日貨排斥」(日本商品のボイコット)が排日の第二段階だった。1923年頃から、排日の主役はコミンテルン主導の中国共産党にバトンタッチされた。この第三段階で排日は「抗日」へと転じた。もしそのとき日本の資本と英米の資本が手を結ぶことができたなら、一致団結してコミンテルンの動きを封じ、毛沢東の出現を阻むこともできたわけだが、英米人は愚かにも反共より反日を必要と考え、歴史の進歩に逆行した。二十世紀の歴史の暗黒化はここに始まる。第二次世界大戦における謎、英米のソ連抱き込み、日本の孤立、独伊への接近という流れは、英米が選択した進路だった。すべては支那大陸における「排日」から始まったのだ。支那人の対日劣等感、嫉妬心、自己の立ち遅れを正視しない唯我独尊、いつまでも自己を世界の中心と思い込む愚昧な独善性、煽動されるとどこまでも突っ走る付和雷同性、愛国心のかけらもないくせに群がるアリの集団ような盲目的集合性、人格の不在、宗教性の欠如――支那人、漢民族のこれらの未発達のいっさいのバカバカしさを利用したのが当時の英米キリスト教文化人であり、次いでロシア革命成功直後のコミンテルンの組織運動家たちだった。

 昨年は、辛亥革命(1911年)から丁度百年経った。昨日今日の尖閣をめぐる大陸の騒乱を見るにつけ、中華民国治下の内乱時代の支那人の行動の仕方、生き方、考え方等々となにも変わっていないこと、その余りの進歩のないことにあらためて驚く。

 なるほどわが国もまた同じ時代に英米文化、西洋文化の洗礼を受け、マルクス主義的共産主義の深甚な影響をもろに受けた歴史を持つ。愚かなイミテーション文化や観念的空想的理想主義を追い回した過去の幾多の錯誤は忘れるべきではあるまい。けれども、支那人たちの狂躁ぶり、無反省な惑乱ぶりを目撃するたびに、大抵の日本人は今や冷静に、軽蔑とある種の憐れみの念すら抱くであろう。

 日本は成熟した国家である。いったいあれは何事かという以上の感想を持てない。支那人は森永キャラメルに毒が入っていたと女学生が嘘の演説をした時代と何も変わっていない。日本人は必ずしも意思的努力をして自己を確立しているわけではない。ただ、何となく自然に、日本国民は英米キリスト教文化もマルクス主義的共産体制も自分とは別の世界、他者であり、遠い世界であるとして客観視することができている。同時に、古代支那文化は尊重すべきだが、現代中国から学ぶものは何もないとはっきり認識できている。つまり、そう肩ひじ張らずに、自己を確立しているのである。そのことに自信を持ったほうがいい。

 中国サイドからのあるレポートに、日本に対する経済制裁をせよ――とあったのを見て、私は笑った。日本は1996年以来、累計830億ドルの対中投資をしているのに対し、中国の対日投資はほとんどないに等しい。中国は日本からの投資だけでなく、技術に依存してやっと生産を支えている。重機やハイテク機器だけでなく、各生産物の部品や素材を日本からの輸入に負うている。今や日本は少しでもそれらを売りたいという根性をここで抑えて、中国の経済に痛打を与える経済制裁を実行すべきである。

 はっきり言っておくが、中国に対し譲歩する姿勢で領土問題の落とし処を探り合うようなやり方をすれば、必ず相手は嵩にかかって威嚇してくる。力で押しまくってくる相手には力で押し返すしかない。日本の力は今のところは軍事力ではない。投資や技術の力である。これを政治のカードにする以外に日本に勝ち目はない。言い換えれば、経済が牙を持つことである。

 日本の経済人がこのことを分かっていない耄碌(もうろく)ぶりは真に深刻な憂慮の種子である。経済人に言っておくが、尖閣を失えば、世界の中で日本はいっぺんに軽視され、国債は暴落し、株は投げ売りされ、国家の格が地に落ちた影響はたちどころに他の地域との輸出入にも響いてくるだろう。

 戦後の日本は経済力が国家の格を支えてきたが、逆にいえば、国家の格が経済力を支えてきたともいえるのである。尖閣はだからこそ、経済のためにも死に物ぐるいで守らなければならないのだ。

 「許容性資産指数」という国連の評価基準を用いると、中国のGDPはいまだ日本に及ばず世界第三位だそうである。中国の「環球時報」(電子版、2012年6月30日付)がそれを自ら認めている。