全集の最新刊(三)

宮崎正弘氏書評 第十八巻『国民の歴史』
 あの強烈な、衝撃的刊行から二十年を閲して、読み返してみた
  歴史学界に若手が現れ、左翼史観は古色蒼然と退場間近だが

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西尾幹二全集 第十八巻『国民の歴史』(国書刊行会)
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 版元から配達されてきたのは師走後半、たまたま評者(宮崎)はキューバの旅先にあった。帰国後、雑務に追われ、開梱したのはさらに数日後、表題をみて「あっ」と小さく唸った。
 二十年近く前、西尾氏の『国民の歴史』が刊行され、大ベストセラーとなって世に迎えられ、この本への称賛も多かったが、批判、痛罵も左翼歴史家から起こった。
初版が平成11年10月30日、これは一つの社会的事件でもあった。もちろん、評者、初版本を持っている。本棚から、ちょっと埃をかぶった初版本を取り出して、全集と比較するわけでもないが、今回の全集に収録されたのは、その後、上下二冊の文庫本となって文春からでた「決定版」のほうに準拠する。それゆえ新しく柏原竜一、中西輝政、田中英道氏らの解説が加えられている。

 初読は、したがって二十年近く前であり、いまとなってはかなり記憶が希釈化しているのは、印象が薄いからではない。その後にでた西尾さんの『江戸のダイナミズム』の衝撃と感動があまりにも大きく強烈だったため、『国民の歴史』が視界から霞んでしまった所為である。
 というわけで、正月休みを利用して三日間かけて、じっくりと再読した。こういう浩瀚な書籍は旅行鞄につめるか、連休を利用するしかない。
 そしてページを追うごとに、改めての新発見、次々と傍線を引いてゆくのだが、赤のマーカーで印をつけながら読んでいくと、いつしか本書は傍線だらけとなって呆然となった。

 戦後日本の論壇が左翼の偽知識人にすっかり乗っ取られてきたように、歴史学界もまた、左巻きのボスが牛耳っていた。政治学を丸山某が、経済論壇を大内某が、おおきな顔で威張っていた。それらの歴史解釈はマルクス主義にもとづく階級史観、共産主義の進歩が歴史だという不思議な思い込みがあり、かれらが勝手に作った「原則」から外れると「業界」から干されるという掟が、目に見えなくても存在していた。
 縄文文明を軽視し、稲作は華南から朝鮮半島を経てやってきた、漢字を日本は中国から学び、したがって日本文明はシナの亜流だと、いまから見れば信じられないような虚偽を教えてきた。
 『国民の歴史』は、そうした迷妄への挑戦であった。
だから強い反作用も伴った社会的事件なのだ。
 縄文時代のロマンから氏の歴史講座は始められるが、これは「沈黙の一万年」と比喩されつつ、豊かなヴィーナスのような土偶、独特な芸術としての高みを述べられる。
 評者はキプロスの歴史博物館で、ふくよかなヴィーナスの土偶をみたことがあるが、たしかに日本の縄文と似ている。
遅ればせながら評者、昨年ようやくにして三内丸山遺跡と亀岡遺跡を訪れる機会をえた。弥生式の吉野ケ里でみた「近代」の匂いはなく、しかも発見された人骨には刀傷も槍の痕跡もなく、戦争が数千年の長き見わたって存在しなかった縄文の平和な日々という史実を語っている。
 魏の倭人伝なるは、取るに足らないものでしかなく、邪馬台国とか卑弥呼とかを過大評価で取り上げる歴史学者の質を疑うという意味で大いに賛成である。
 すなわち「わが祖先の歴史の始原を古代中国文明のいわば附録のように扱う悪しき習慣は戦後に始まり、哀れにも今もって克服できない歴史学界の陥っている最大の宿唖」なのである。
「皇国史観の裏返しが『自己本位』の精神をまでも失った自虐史観である悲劇は、古代史においてこそ頂点に達している」(全集版 102p)

 西尾氏は中国と日本との関係に言語体系の文脈から斬りこむ。
 「古代の日本は、アジアの国でできない極めて特異なことをやってのけた、たったひとつの国である。それは中国の文字を日本語読みし、日本語そのものはまったく変えない。中国語として読むのではなくて日本語としてこれを読み、それでいながらしかもなお、内容豊かな中国古代の古典の世界や宗教や法律の読解をどこまでも維持する。これは決然たる意志であった」(92p)

 「江戸時代に日本は経済的にも中国を凌駕し、外交関係を絶って、北京政府を黙殺し続けていた事実を忘れてはならない」(39p)。

 こうして古代史からシナ大陸との接触、遣唐使派遣中止へといたる過程を通年史風ではなく、独自のカテゴリー的仕分けから論じている。

 最後の日本とドイツの比較に関しても、ほかの西尾氏の諸作論文でおなじみのことだが、ドイツのヴァイツゼッカー元大統領の偽善(ナチスが悪く、ドイツ国民も犠牲者だという言い逃れで賠償を逃げた)の発想の源流がヤスパースの論考にあり、またハイデッカーへの批判は、西尾氏がニーチェ研究の第一人者であるだけに、うまく整理されていて大いに納得ができた。
 蛇足だが、本巻に挿入された「月報」も堤尭、三好範英、宮脇淳子、呉善花の四氏が四様に個人的な西尾評を寄せていて、皆さん知り合いなので「あ、そういう因縁があるのか」とそれぞれを興味深く、面白く読んだ。
 三日がかりの読書となって、目を休めるために散歩にでることにした。

謹賀新年 ―知性の暗闇にとり巻かれて戦っていた過去をあらためて発見して―  平成30年(2018年)元旦

 年末に嬉しいメッセージの記された一枚のお葉書をいたゞきました。

 「全集第18巻『国民の歴史』が届きました。単行本・文庫本を読み、今回3度目となります。先生とご面識を得ることができた大切な本でもあります。」(浅野正美氏、坦々塾事務局長)

 他の方からも、全集の新鮮なページをめくってあらためて『国民の歴史』をもう一度最初から読み直してみたい、という希望を告げた葉書と電話を受け取りました。そこで、同じ希望を持つ方に、今度の全集版の刊行によって初めて発見された同書の本当の壁の存在を、以下の2点において、お示しすることが出来ると思いました。

 「壁の存在」と言ったのは「敵の正体」と言い換えてもいいでしょう。

 (1)は『国民の歴史』の3「世界最古の縄文土器文明」の冒頭部分(52~58ページ)です。日本列島に50万年前に「原人」がいたという考古学上の大詐欺事件がありました。高森遺跡の名で知られています。有名な事件だったので覚えている方も多いでしょう。

 当時の歴史学上の著作はみなこれを記した部分を削除して公刊し直しましたが、私は削除しませんでした。事件発覚後も同じ文章で押し通しました。詐欺の発覚後にも私はちゃんと通用する文章を書いていたからです。

 とにかくこの数ページを全集版で読んで下さい。ご自分の目で確かめて下さい。わが国の歴史学者との差は歴然と明るみに出されました。『国民の歴史』の最大の敵は日本歴史学会の関係者の知性のレベルの低さそのものです。

 (2)次は一冊の終りの方、今度新しく書かれた「後記」の終りの方に「歴史学研究会」という聞きなれぬ会の名を見ることが出来るでしょう(763ページ)。これは日本史学者に限らず、すべての歴史研究に携わる日本の学者を統合的に集めたいわゆる強制的に形成された戦後の組織です。

 この会の存在を今度私は初めて知りました。思想の自由を剥奪した恐るべき組織の名です。このページを読んで下さい。戦後歴史に関する日本のすべてのまともな活動が何によって抑止され、圧殺されていたかが分るでしょう。教科書問題はそのほんの一例です。『国民の歴史』はそもそも何にぶつかっていたのでしょうか。

 (1)と(2)はタイプと内容を異にしていますが、同じ溝にはまった知性の衰弱と国家の敗北がいつまでも尾を引く暗愚の根の深さをいかんなく共通して示しています。尚、「歴史学研究会」のことを私に教えてくれたのは坦々塾のメンバーのお一人である、歴史学者の石部勝彦氏です。あらためて御礼申し上げます。

 『国民の歴史』をもう一度読んでみようとやおら腰を上げて下さる人が一人でも増えることを祈念してやみません。

 その際、全集の刊行によって初めて発見された上記2点を忘れないで下さい。私自身、同書を書いているときには、まさかこういうレベルの知性の暗闇に取り巻かれているとは夢にも考えていないことだったのです。

 これでは良くなるはずの歴史教科書も良くならないはずです。尚、全集の『国民の歴史』には巻末に多数の関係論文が付録として併載されていて、同書の新しい魅力となっていると信じます。次の目次でこの点もご注目下さい。

 目 次

 まえがき 歴史とは何か

1…一文明圏としての日本列島
2…時代区分について
3…世界最古の縄文土器文明
4…稲作文化を担ったのは弥生人ではない
5…日本語確立への苦闘
6…神話と歴史
7…魏志倭人伝は歴史資料に値しない
8…王権の根拠――日本の天皇と中国の皇帝
9…漢の時代におこっていた明治維新
10…奈良の都は長安に似ていなかった
11…平安京の落日と中世ヨーロッパ
12…中国から離れるタイミングのよさ――遣唐使廃止
13…縄文火焔土器、運慶、葛飾北斎
14…「世界史」はモンゴル帝国から始まった
15…西欧の野望・地球分割計画
16…秀吉はなぜ朝鮮に出兵したのか
17…GODを「神」と訳した間違い
18…鎖国は本当にあったのか
19…優越していた東アジアとアヘン戦争
20…トルデシリャス条約、万国公法、国際連盟、ニュルンベルク裁判
21…西洋の革命より革命的であった明治維新
22…教育立国の背景
23…朝鮮はなぜ眠りつづけたのか
24…アメリカが先に日本を仮想敵国にした(その一)
25…アメリカが先に日本を仮想敵国にした(その二)
26…日本の戦争の孤独さ
27…終戦の日
28…日本が敗れたのは「戦後の戦争」である
29…大正教養主義と戦後進歩主義
30…冷戦の推移におどらされた自民党政治
31…現代日本における学問の危機
32…私はいま日韓問題をどう考えているか
33…ホロコーストと戦争犯罪
34…人は自由に耐えられるか

 原書あとがき

 参考文献一覧
文庫版付論1 自画像を描けない日本人――「本来的自己」の発見のために――
文庫版付論2 『国民の歴史』という本の歴史
追補一 『国民の歴史』刊行直後に書かれた一読者の感想…柏原竜一
追補二 古代とは何か――西尾幹二著『国民の歴史』に触れながら…小路田泰直
追補三 あれから二十年――『国民の歴史』の先駆性…田中英道
後 記

全集の最新刊(二)

  目 次

 まえがき 歴史とは何か

1…一文明圏としての日本列島
2…時代区分について
3…世界最古の縄文土器文明
4…稲作文化を担ったのは弥生人ではない
5…日本語確立への苦闘
6…神話と歴史
7…魏志倭人伝は歴史資料に値しない
8…王権の根拠――日本の天皇と中国の皇帝
9…漢の時代におこっていた明治維新
10…奈良の都は長安に似ていなかった
11…平安京の落日と中世ヨーロッパ
12…中国から離れるタイミングのよさ――遣唐使廃止
13…縄文火焔土器、運慶、葛飾北斎
14…「世界史」はモンゴル帝国から始まった
15…西欧の野望・地球分割計画
16…秀吉はなぜ朝鮮に出兵したのか
17…GODを「神」と訳した間違い
18…鎖国は本当にあったのか
19…優越していた東アジアとアヘン戦争
20…トルデシリャス条約、万国公法、国際連盟、ニュルンベルク裁判
21…西洋の革命より革命的であった明治維新
22…教育立国の背景
23…朝鮮はなぜ眠りつづけたのか
24…アメリカが先に日本を仮想敵国にした(その一)
25…アメリカが先に日本を仮想敵国にした(その二)
26…日本の戦争の孤独さ
27…終戦の日
28…日本が敗れたのは「戦後の戦争」である
29…大正教養主義と戦後進歩主義
30…冷戦の推移におどらされた自民党政治
31…現代日本における学問の危機
32…私はいま日韓問題をどう考えているか
33…ホロコーストと戦争犯罪
34…人は自由に耐えられるか

 原書あとがき

 参考文献一覧
文庫版付論1 自画像を描けない日本人――「本来的自己」の発見のために――
文庫版付論2 『国民の歴史』という本の歴史
追補一 『国民の歴史』刊行直後に書かれた一読者の感想…柏原竜一
追補二 古代とは何か――西尾幹二著『国民の歴史』に触れながら…小路田泰直
追補三 あれから二十年――『国民の歴史』の先駆性…田中英道
後 記

全集の最新刊

 西尾全集次の最新刊は『国民の歴史』です。

 箱入り上製本ですから、箱にはオビがあり、オビの表と裏にそれぞれ次の告知分があります。

表の告知文

日本の歴史は中国や西洋から見た世界史の中にではなく、どこまでも日本から見た世界史の中に位置づけられた日本の歴史でなくてはならない。そのような信念から書かれた大胆な日本通史への試み。

裏の告知文

まず、この本はベストセラーになり広い範囲の読者から支持されたというのはもちろんですが、批判や反対意見もずいぶん出ました。いろいろな激しい議論を巻き起こしており、「朝日新聞」の社説にまで取り上げられたのは、その一例といえます。そしてこの反響の大きさこそ、この本が持っている本質的な「大きさ」と密接に関係しているのではないでしょうか。

・・・・・この本はいくつかのテーマを合わせたテーマ論集のようになっていますが、それぞれの論点をつなげると、一つの体系を持った日本文明論が見えるという、何よりも論としてのスケールの大きさを持っています。・・・・・こういう類の本は、戦後はおろか、戦前の史学書などを見ても、あまり例がないように思います。戦前にも日本文明論はいくつも出ていますが、観念的に書かれたものばかりです。とくに長所の研究成果や史観の変化という動向を踏まえつつ、多くの論点を併せ持ちながら、全体として独自の明確な史観をこれだけのスケールをもって展開した本は、ほかになかったと思います。・・・・・十分に実証的で、学問的な説得力も兼ね備えています。そのため戦後に日本史学(いわゆる「戦後史学」)の中で、専門研究者として仕事をしてきた学者たちが、ずいぶん狼狽しているようです。あちこちで激しい議論が起こるのも、そうしたことの表れでしょう。

『日本文明の主張』より 京都大学名誉教授 国際政治学者 中西輝政

 この一冊は私には珍しい超ベストセラーでした。愛読者の方も、あの全集のすっきりした形に収まったこの本をあらためて読んでみたい、と思う人が少なくないのだと聞いています。

 関連論文は本当に多く、日本史学者の論文を含む新しい追補の論考は3本あります。「後記」も力がこもっています。

 次回には目次をお届けします。どうかよろしくお願いします。

西尾幹二全集20巻 目次紹介

目 次

登場人物年表

第一部 前提編

第一章  暗い江戸、明るい江戸
第二章  初期儒学者が見据えた「中華の『華』はわが日本」
第三章  日・中・欧の言語文化ルネサンス
第四章  古代文献学の誕生――焚書坑儒と海中に没した巨大図書館【アレクサンドリア】
第五章  ホメロスとゲーテと近代ドイツ文献学
第六章  探しあぐねる古代聖人の実像
第七章  清朝考証学・管見
第八章  三段の法則――「価値」から「没価値」を経て「破壊と創造」へ
第九章  世界に先駆ける富永仲基の聖典批判

第二部 展開編

第十章  本居宣長が言挙げした日本人のおおらかな魂
第十一章 宣長と徂徠の古代像は「私」に満ちていたか
第十二章 宣長とニーチェにおける「自然」
第十三章 中国神話世界への異なる姿勢――新井白石と荻生徂徠
第十四章 科挙と赤穂浪士
第十五章 十七世紀西洋の孔子像にクロスした伊藤仁齋
第十六章 西洋古典文献学と契沖『萬葉代匠記』
第十七章 万葉仮名・藤原定家・契沖・現代かなづかい
第十八章 音だけの言語世界から誕生した『古事記』
第十九章 「信仰」としての太陽神話
第二十章 転回点としての孔子とソクラテス

注 /あとがき /参考文献一覧 /人名索引 /書名索引 /事項索引

追補一 世界のさきがけとなった江戸期の文献学 吉田敦彦
追補二 自然と歴史――西洋哲学から『江戸のダイナミズム』を読む 山下善明
追補三 長谷川三千子・西尾幹二対談 荻生徂徠と本居宣長
追補四 友人からのある質問に対する著者の応答 武田修志 西尾幹二
後記

故吉村昭氏の推薦文

 私の『少年記』については、かつて作家の故吉村昭氏よりお言葉をいたゞき、今度本の帯の文に使わせてもらった。このご文章をいたゞいたのはもう18年も前になる。とても気に入った、有難いお言葉だった。私の全集第15巻を手に取った人はすでにご存知と思うが、そうでない方々のために同文をここに再録する。

 さいごに「史書」と言って下さったのはうれしい。本人は文学の積りだったが、子供の目で見た戦中から戦後へかけての日本社会のディテール、日本人の生活の細部が記録されている作である。小説家なら長編小説にしたであろう。文学であるような、歴史であるような一冊であって、決して思想の本ではない。

 吉村さんの目にとまったのは幸運であり、私には忘れ難い出来事だった。

少年の目に映じた昭和史 吉村昭(作家)

 作者の西尾氏は、小学生時代から中学生になるまで日記を書きつづけていた。これだけでも驚異であるのに、それが今でも作文などとともに手もとに残されているとは。しかも、小学校に通っていた頃は戦時で、当時の東京、疎開先の水戸市などでの生活が初々しい筆致でつづられている。

 この日記、作文を核として、当時の新聞、公式記録、外国の文献まで渉猟してその背景を的確に浮かび上がらせている。過去が現在であるかのような不思議な世界がくりひろげられていて、私は、遠く過ぎ去った戦時下に身を置いているような奇妙な感慨にとらわれた。

 まさしく「わたしの昭和史」であり、一個の感受性豊かな少年が歴史の時間を歩いてきたのを感じる。少年の眼に映じた昭和史は、時間の経過とともに一つの史書としてひときわ光彩を放つものになるにちがいない。

(『わたしの昭和史1』推薦の辞より)

『少年記』の刊行について

 1998年に新潮選書として二巻本で出した『わたしの昭和史』を改題して、このたび一巻本の『少年記』として出版した。全集の第15巻目である。

 5歳から16歳までの自分史である。こんな幼い日の自分について全集の部厚い一巻に足るだけの分量を書かねばならない理由と必然性が私にはあった。昭和15年から26年までの国運の転変史と重なっている。しかし時局論ではない。一人の「ねんね」がいかにして「少年」になったかの成長の物語である。

 反抗期もあれば、自己破壊の逸脱期もある。大人の世界を背伸びした詩や創作への幼い試みもある。つねに父と母とに守られ、忘れ難い多くの先生に愛されたり、憎まれたりした。

 この一篇の主人公は父と母であり、脇役は次々と私の前に登場した印象的な担任教師群像であった。必ずしも友達ではない。友達という存在が本当の意味で出現するのは17歳―18歳より後である。

 いうまでもなく時代背景は決定的な意味を持っていた。それは以下に示す目次によって明らかであろう。たゞ、どんな時代にあっても一人の幼児が少年になる自己形成の歩みには共通の主題がある。ヘッセの『デミアン』を思い出すと言っていた人もいる。

 けれども、同時にこれは、私の歴史回想記でもある。戦争と戦後を幼年期にどう体験したかの記録でもある。今にして思えば、私の仕事は『少年記』より後、「歴史」をめぐるテーマに一転した。あの戦争をどう思い出すか、という課題に絞られるようになった。そしてそれは日本史の全体や世界の500年史への関心に広がった。その意味で『少年記』は、最晩年の私の根本テーマへの曲がり角であり、跳躍台でもあった。

zensyuu15

西尾幹二全集 第15巻

目次

少年記

遠い日の幻影
二つの夏休み
疎開まで
特攻隊志願の夢
空襲
コンパスの占い
終戦
感情のとどこおり
夜明け
「僕は猫の『クリ』である」
農地改革
あらし
師範附属中学校
対決
偉人論争
社会科
白い帽子
文部省教科書「民主主義」
遊戯と学習
挫折した小説「留やんとKさん」
反逆児
十四歳の懐疑
マッカーサーの日本
アメリカニズム
東京帰還
朝鮮戦争勃発
日本人が思い出せない二十世紀の正午
戦後日本の原型
高校受験
群像
初恋
メランコリー
付録 もう一つの青春
追補 危うい静寂の中から…渡辺望
後記

西尾幹二全集 第13巻 日本の孤独

目 次
序に代えて
“あの戦争”を他【ひ】人【と】事【ごと】のように語っていいのか

Ⅰ 冷戦終結後、われわれの前に立ち塞がったアメリカ
他者としてのアメリカ
植民地外交「日米構造協議」の行方
二つに鋭く分かれる米国観
そもそも外国の正義と善意を信じてよいのか
日本はしばらく動きだすな
日本型資本主義は存在しない
ベーカー演説「欧=大西洋機構」批判
利用される日本
ロンドン・サミットを前に/コール独首相の対日要求に乗るな/宮澤新政権のG7への譲歩を見て/湾岸戦争の教訓を忘れた国際貢献税構想/日本は分相応の支援でよい/朝鮮半島安定化のための巨額支出予想

Ⅱ 湾岸戦争と日本
再び 他者としてのアメリカ
アメリカ側につかなかったと非難される日本
ドイツを襲った反戦ヒステリー
国連とは空虚なるフィクションだ
棒立ちする日本(憲法九条と安全保障をめぐる私の発言)
昭和時代最後の憲法論争に際し/湾岸戦争の勃発後に/イラクへの空爆開始直後に/PKO法案の成立を見て/カンボジアでの国際貢献を契機に(その一)(その二)

Ⅲ 日本の位置
世界の流れは近代以前へ戻りつつある
民族主義を必要としない日本
日米ハイテク競争とドイツ
世界史から見た自民党政治
国際政治に照らしてみた自民党と社会党
チャンスを逸しつつある自民党

Ⅳ 細川政権
“半端国家”の不安
保革ねじれ現象の国民的不幸
細川氏は「共産主義崩壊」を知らない
細川氏の侵略戦争謝罪発言
浮遊する巨船 日本

Ⅴ 北朝鮮核危機(一九九四年)
北朝鮮の核脅威は日本の国内問題
日本独自の朝鮮半島政策が必要
いずれ来る核武装国家・北朝鮮との共存
親北朝鮮内閣の出現は愚挙
社会党と連立した自民党は国を売る気か
日米安保“堅持”ではもうない
米ソの代理戦争を卒業していない日本の政治
米朝合意のリアリズムと日本の対応

Ⅵ 戦後五十年国会謝罪決議
歴史は粘土細工ではない
自社さ連立政権の「謝罪・不戦」決議プロジェクトチームへの私の意見陳述(全文)

Ⅶ オウム真理教
政教分離とは何か――「信教の自由」の日本的誤解
「オウム」を生んだ日本人の精神的不用意
認証制度の不備改正が最重要
なぜ論じぬ、信者の道徳的責任
常識に還れ――オウム裁判「人権派」法律家たちへ
破防法の法的不備露呈
吉本隆明氏の「擁護論」への疑義

Ⅷ 阪神淡路大震災
コリオレイナスの怒り――大震災と自衛隊

Ⅸ 戦争回顧の波紋
救い難いメンタリティ
道徳的責任と政治的責任
歴史の火遊び――「マルコポーロ」と「朝日新聞」
占領軍の呪文
戦争直後に日本の戦争を擁護したあるアメリカ要人
近代戦争史における「日本の孤独」

Ⅹ リベラリズムの限界
韓非子の教訓
宿命を知る
ノーベル賞と文化勲章
西欧に屈した姿勢――大江健三郎のストックホルム講演
論争はすべからく相手の「神」を撃つべし

ⅩⅠ 教育論 再論
大学が招く教育破壊
既存の秩序覆す必要
教育にとって「自由」とは何か
「大学院重点大学」構想に一言
談合体質の排除
細川新政権を糺す――なぜ「教育改革」を言わぬのか

ⅩⅡ 文学論 追加
小林秀雄における歴史認識の問題
非常時と平常心――小林秀雄の場合
戯作 時代性と反時代性

ⅩⅢ 「あとがき」集

追補一 天谷直弘・西尾幹二対談 未来志向か、現実主義か
追補二 松本健一・西尾幹二対談 軍事案件にウロウロした海部政治の余りの脆さ
追補三 片岡鉄哉・西尾幹二対談 揺れるアメリカとの付き合い方
後記

日本人は少しおかしいのでは?

 ときどき日本人はどうしてこんなにおかしい民族なのだろうかと思うことがある。わずか12年前に、今から信じられないあまりに奇怪な言葉が書かれて、本気にされていた事実を次の文章から読み取っていたゞこう。

 最近出たばかりの私の全集第12巻『全体主義の呪い』の576ページ以下である。自分の昔の文章を整理していて発見した。

 この作品は初版から10年後の2003年に『壁の向こうの狂気』と題を変えて改版されたが、そのとき加筆した部分にこの言葉はあった。私もすっかり忘れていたのだった。

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全集第12巻P576より

 北朝鮮の拉致家族五人の帰国は、私たち日本人の「壁」の向こうからの客の到来が示す深刻さをはじめて切実に感じさせました。向こう側の社会はまったく異質なのだという「体制の相違」を、日本人は初めて本格的に突きつけられました。それは相違がよく分っていないナイーヴすぎる人が少なくないということで、かえって国民におやという不可解さと問題を考えさせるきっかけを与えました。

 北朝鮮が他の自由な国と同じ法意識や外交常識をもつという前提で、この国と仲良くして事態の解決を図ろうという楽天的なひとびとが最初いかに多かったかを思い出して下さい。「体制の相違」を一度も考えたことのない素朴なひとびとの無警戒ぶりを一つの意図をもって集め、並べたのは、五人が帰国した10月末から11月にかけての朝日新聞投書欄「声」でした。

「じっくり時間をかけ、両国を自由に往来できるようにして、子供と将来について相談できる環境をつくるのが大切なのではないでしょうか。子どもたちに逆拉致のような苦しみとならぬよう最大限の配慮が約束されて、初めて心から帰国が喜べると思うのですが」(10月24日)
「彼らの日朝間の自由往来を要求してはどうか。来日したい時に来日することができれば、何回か日朝間を往復するうちにどちらを生活の本拠にするかを判断できるだろう」(同25日)

 そもそもこういうことが簡単に出来ない相手国だから苦労しているのではないでしょうか。日本政府が五人をもう北朝鮮には戻さないと決定した件についても、次のようなオピニオンがのっていました。

「24年の歳月で築かれた人間関係や友情を、考える間もなく突然捨てるのである。いくら故郷への帰国であれ大きな衝撃に違いない」(同26日)

「ご家族を思った時、乱暴な処置ではないでしょうか。また、北朝鮮に行かせてあげて、連日の報道疲れを休め、ご家族で話し合う時間を持っていただいてもよいと思います」(同27日)

 ことに次の一文を読んだときに、現実からのあまりの外れ方にわが目を疑う思いでした。

「今回の政府の決定は、本人の意向を踏まえたものと言えず、明白な憲法違反だからである。・・・・・憲法22条は『何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない』と明記している。・・・・・拉致被害者にも、この居住の自由が保障されるべきことは言うまでもない。それを『政府方針』の名の下に、勝手に奪うことがどうして許されるのか」(同29日)

 常識ある読者は朝日新聞がなぜこんなわざとらしい投書を相次いでのせるのか不思議に思い、次第に腹が立ってくるでしょう。あの国に通用しない内容であることは新聞社側は百も知っているはずであります。承知でレベル以下の幼い空論、編集者の作文かと疑わせる文章を毎日のようにのせ続けていました。

 そこに新聞社の下心があります。やがて被害者の親子離れが問題となり、世論が割れた頃合いを見計らって、投書の内容は社説となり、北朝鮮政府を同情的に理解する社論が展開されるという手筈になるのでしょう。朝日新聞が再三やってきたことでした。

 何かというと日本の植民地統治時代の罪をもち出し、拉致の犯罪性を薄めようとするのも同紙のほぼ常套のやり方でした。

 鎖国状態になっている「全体主義国家」というものの実態について、かなりの知識が届けられているはずなのに、いったいどうしてこれほどまでに人を食ったような言論がわが国では堂々と罷り通っているのでしょうか。誤認の拉致被害者をいったん北朝鮮に戻すのが正しい対応だという意見は、朝日の「声」だけでなく、マスコミの至る処に存在しました。

「どこでどのように生きるかを選ぶのは本人であって、それを自由に選べ、また変更できる状況を作り出すことこそ大事なのでは」(「毎日新聞」)12月1日)

 と書いているのは作家の高樹のぶ子氏でした。彼女は「被害者を二カ月に一度日本に帰国させる約束をとりつけよ」などと相手をまるでフランスかイギリスのような国と思っている能天気は発言をぶちあげてます。

 彼女は「北朝鮮から『約束を破った』と言われる一連のやり方には納得がいかない」と、拉致という犯罪国の言い分を認め、五人を戻さないことで
「外から見た日本はまことに情緒的で傲慢、信用ならない子供に見えるに違いない」とまでのおっしゃりようであります。

 この最後の一文に毎日新聞編集委員の岸井成格氏が感動し(「毎日新聞」12月3日)、一日朝TBS系テレビで「被害者五人をいったん北朝鮮に戻すべきです」と持論を主張してきたと報告し、同席の大宅映子さんが「私もそう思う」と同調したそうです。同じ発言は評論家の木元教子さん(「読売新聞」10月31日)にもあり、民主党の石井一副代表も「日本政府のやり方は間違っている。私なら『一度帰り、一か月後に家族全部を連れて帰ってこい』という」(「産経新聞」11月21日)とまるであの国が何でも許してくれる自由の国であるかのような言い方をなさっている。

 いったいどうしてこんな言い方があちこちで罷り通っているのでしょう。五人と子供たちを切り離したのは日本政府の決定だという誤解が以上みてきた一定方向のマスコミを蔽っています。

 「体制の相違」という初歩的認識を彼らにもう一度しっかりかみしめてもらいたい。

 日本を知り、北朝鮮を外から見てしまった五人は、もはや元の北朝鮮公民ではありません。北へ戻れば、二度と日本へ帰れないでしょう。強制収容所へ入れられるかもしれません。過酷な運命が待っていましょう。そのことを一番知って恐怖しているのは、ほかならぬ彼ら五人だという明白な証拠があります。彼らは帰国後、北へすぐ戻る素振りをみせていました。政治的に用心深い安全な発言を繰り返していたのはそのためです。二歩の政府はひょっとすると自分たちを助けないかもしれない、とずっと考えていたふしがあります。北へ送還するかもしれないとの不安に怯えていたからなのです。

 日本政府が永住帰国を決定した前後から、五人は「もう北へ戻りたくない」「日本で家族と会いたい」と言い出すようになりました。安心したからです。日本政府が無理に言わせているからではありません。政府決定でようやく不安が消えたからなのでした。これが「全体主義国家」とわれわれの側にある普通の国との間の「埋められぬ断層」の心理現象です。

引用終わり
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 いかがであろう。読者の皆様には多分びっくりされたであろう。

 「朝日」や「毎日」がおかしいというのは確かだが、それだけではない。日本人はおかしいとも思うだろう。

 これらの言葉を私はむろん否定的に扱っているが、まともに付き合って書いている。狂気扱いはしていない。これらが流通していた世の中の現実感覚を私も前提にしている。間違った内容だと言っているが、気違いだとは言っていない。しかし今からみれば、私だけではない、「朝日」の読者だって自分たちが作っていた言葉の世界は精神的に正気ではない世界だったと考えるだろう。

 日本人はやはりどこか本当に狂っているのだろうか。

少し寒くなりましたね。

 少し寒くなりましたね。皆さんはいかがですか。

 9月26日の私の講演「昭和のダイナミズム」の内容を上手にまとめて下さり、加えて、ご自身の歴史の見方をご披露くださった阿由葉秀峰さん、ご苦労様でした。ことに最後に「歴史とは何か」に関する短文を拙著の各所から拾い出して並べて下さいましたこと――良く読み込んでいるなァ、と感服しました。どうもありがとうございました。

 さて、私の最近の心配は脚力の衰えてきたことです。犬の散歩ぐらいでは足りません。ことにうちの犬は怠け者で、事を済ますと、すぐ「帰る」と言ってきかないのです。

 私は毎日一、二時間早足で歩行することが必要なのですが、仕事の時間にくいこむので忙しくなるとつい外出歩行を止めてしまいます。雨など降って三日くらい外出しないでいると、自分の脚のようでなく、身体が前へ出て脚がついて来ないという状態になります。何とかして歩行の時間を確保しなくてはなりません。深刻な悩みです。

 三つの課題に責められています。(一)全集のための資料蒐集・整理・配列、校正、後記(自己解説)執筆。(二)『正論』連載(現在15回)。(三)『GHQ焚書図書開封』(現在11巻)のためのテレビ録画、そのための研究と準備。以上三つの課題のために他の一般の仕事が出来なくなっています。健康維持に回す時間をこの中でどう確保するかが今の私の毎日の「戦い」の内容です。

 全集第12巻『全体主義の呪い』(第13回配本)が間もなく刊行されます。目次をお目にかけます。

   目 次

序に代えて ドイツよ、日本の「戦後処理」を見習え

Ⅰ 全体主義の呪い―――東西ヨーロッパの最前線に見る

前編 罪と罰
 第一章 プラハのサロン「黒い馬」にて
 第二章 国立哲学研究所でのディベート
 第三章 「地下出版物」編集者の確信
 第四章 個人の責任はどこまで問えるか
 第五章 恐怖の遺産
 第六章 ドイツーー魔女狩りのページェント
 第七章 人間の罪は区別できるか
後編 自由の恐怖
 第八章 ワルシャワの自由の誇り
 第九章 埋められぬ断層
 第十章 病者の特権
 終 章 嗚呼いずこに行く薄明の未来
あとがき

Ⅱ 異なる悲劇 日本とドイツ

 ヴァイツゼッカ―前ドイツ大統領謝罪演説の欺瞞
 英米からみた日本の謝罪問題
 ヴァイツゼッカ―来日演説に見る新たなる欺瞞(その一)
 ヴァイツゼッカ―来日演説に見る新たなる欺瞞(その二)
 『異なる悲劇 日本とドイツ』がもたらした政治効果とマスコミへの影響―私の自己検証
 ドイツの終戦記念日
 「全体主義と戦争」再考―毎日新聞インタビュー
 欧州戦争と異なる日米戦争の背景

Ⅲ 旧共産主義地域への和解と支援が引き起こす地球上の亀裂

 コール独首相のしたたかさ
 日独共通課題論の誤り
 冷戦後の「戦争と平和」考
 統一ドイツの行方――われわれが初めて出合ったドイツの悪意

Ⅳ 『全体主義の呪い』の改訂版『壁の向こうの狂気』より

 前奏曲(プレリュード)――90年代の日本と世界
 間奏曲(インテルメツツオ)――北朝鮮、イラク、そして中国という新しい脅威
 終 曲(フィナーレ)――「拉致」と「核」で試される日本人の智恵と勇気

追補一 恐るべき真実を言葉にする運命 坂本多加雄
追補二 辻井喬・西尾幹二対談 歴史の終結 歴史の開始
追補三 江藤淳・西尾幹二対談 新・全体主義が日本を呪縛する

後記