西尾幹二全集20巻 目次紹介

目 次

登場人物年表

第一部 前提編

第一章  暗い江戸、明るい江戸
第二章  初期儒学者が見据えた「中華の『華』はわが日本」
第三章  日・中・欧の言語文化ルネサンス
第四章  古代文献学の誕生――焚書坑儒と海中に没した巨大図書館【アレクサンドリア】
第五章  ホメロスとゲーテと近代ドイツ文献学
第六章  探しあぐねる古代聖人の実像
第七章  清朝考証学・管見
第八章  三段の法則――「価値」から「没価値」を経て「破壊と創造」へ
第九章  世界に先駆ける富永仲基の聖典批判

第二部 展開編

第十章  本居宣長が言挙げした日本人のおおらかな魂
第十一章 宣長と徂徠の古代像は「私」に満ちていたか
第十二章 宣長とニーチェにおける「自然」
第十三章 中国神話世界への異なる姿勢――新井白石と荻生徂徠
第十四章 科挙と赤穂浪士
第十五章 十七世紀西洋の孔子像にクロスした伊藤仁齋
第十六章 西洋古典文献学と契沖『萬葉代匠記』
第十七章 万葉仮名・藤原定家・契沖・現代かなづかい
第十八章 音だけの言語世界から誕生した『古事記』
第十九章 「信仰」としての太陽神話
第二十章 転回点としての孔子とソクラテス

注 /あとがき /参考文献一覧 /人名索引 /書名索引 /事項索引

追補一 世界のさきがけとなった江戸期の文献学 吉田敦彦
追補二 自然と歴史――西洋哲学から『江戸のダイナミズム』を読む 山下善明
追補三 長谷川三千子・西尾幹二対談 荻生徂徠と本居宣長
追補四 友人からのある質問に対する著者の応答 武田修志 西尾幹二
後記

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  1. 日・中・欧の言語文化ルネサンス

    この論文は「江戸のダイナミズム(2007年)」に掲載されたもので、以前に注目していました。注目したのは論文の本質的部分ではなく、「①西洋近代絵画は日本の江戸浮世絵から始まっている。非西洋の文化的首座を認めない西洋人に日本人はこのことを主張する義務がある」という田中英道氏の主張の紹介、②勘合貿易を逆転させた信牌貿易で徳川幕府は誇り高く強硬な対中国外交を貫き、明や清ではなく「唐」の呼称で統一していた。③アヘン戦争敗北で清が動揺しなかったのは文官が武官に優位する社会だったためで、幕府が西洋の軍事力の恐ろしさを直感できたのは武家政権だったから、という3点でした。

    私が西尾先生に(吉田様のような崇拝ではなく)私淑してきたのはこの3点に共通する基本姿勢と「武士的エートス」への共感だったような気がします。この10年、始めは米国からネットで、最近は直に面談して、友人知人に折に触れ、戦後日本のレジーム改革の必要性や平和主義の誤りを説き釈服を試みてきましたが、殆どが暖簾に腕押しとなるのは、そして多くの真正保守論客の意見が世間に広まらない、世論にならないのは、現代日本人の多数の心的基盤が根本的に異なり、利に敏いだけの商人の精神になったためではないかと思うようになりました。

    現在、「唐」「朝鮮」の軍事的脅威に一般国民やマスメディアが驚くほど鈍感なのは、現代の日本人がアヘン戦争当時の清人のようになっているからであり、左翼がはびこり、「事実にあらざる国際的恥辱の汚名」を汚名として感じず、雪ぐことにも興味をもてない人種民族になり果てたのも、その根源はこの「武士的エートス」の喪失であり、これこそ将にGHQが抹殺を試み成功したものではなかったかと思われます。自民党の政治家たちに気骨、気概が感じられず、保守政治が堕落したままである原因もここにあるのではないでしょうか。「人は一代、名は末代」は幡随院長兵衛のセリフですが、名を惜しむ心とプライドこそが武士的エートスの中核であり、これを次世代に教えて健全な日本社会を取り戻さないかぎり日本の本当の復興はありえないと思います。

  2. ①西洋近代繪畫の起源は江戸浮世繪 ②信牌貿易で徳川幕府は誇り高い
    對中國外交を貫き、「唐」の呼稱で統一してゐた ③アヘン戰爭敗北に、清の文官政府が、「あれは武官が負けたのだから知つたことではない」と無反應だつたのに比して、幕府といふ武家政權は西洋の軍事力の恐ろしさを直感したーーの3點に注目されたのですね。

    實に的確に讀み取り、吸收されたもので、敬服の至りです。
    私は發行後、3囘半讀みましたが、その後、繙く度に、頭に這入つてゐないことがあまりに多いので、呆れました。いま、勇馬さんの記述を讀んでも、せいぜいそんなことも書かれてゐたかなと、ぼんやり思ひ出す程度で、情のないことです。
    正面から、理路整然とこの書を論じる氣力がありませんので、個人的な思ひ出を少々。

    (一)「私にとつて、『ヨーロッパの個人主義』『江戸のダイナミズム』がベスト2です」と先生に申上げました。「生意氣言ふな」と叱られるかと思つたら、「それなら、3番めを書かないといけないね」とおつしやつて下さいました。

    (二)お贈りいただいた時、お禮状に、なにを書かうかと迷ひました。故萩野貞樹先生にメールで御相談したところ、「私は壓倒されて、葉書一本出してゐません。とにかく偉いものだと感心するばかりです」とのこと。
    そこで、お禮を短くするために、私なりの一計を案じました。先生が久松潛一著『契沖傳』を批判されて、「契沖の作業場の姿が浮かんできません。日々彼が何に呻吟し、言葉選びにどういう工夫をしていたか、そこを書かなければ・・・」「肝心なことーー契沖の心がすっぽりと拔けている」とおつしやつてゐるのを捉へて、御著はその正反對と申したのです。そして厖大な登場人物が活き活きと動き、「心」を見せてゐるとして、その例を擧げ、「私には孔子の『心』まで、いくらか見えてきたやうな氣がします」と結びました。
    これがさいはひなことに、お氣に召して、「出版記念會で出席者に配る册子に載せたい」との嬉しいお話。そして、「あなたの手紙のコピーをファクスで送るから、讀み直して手を入れよ」との仰せに從つて、少し書き足した揚句、「書經や詩經から神話を削つてしまつた時の孔子は、ベロを出したか、首をすくめたか、想像したくなる」と書いて再送しました。すぐに電話がきて、「つまらんことを書くな」と叱られ、まつたく元のとほりになりました。

    (三)出版記念會で、吉田敦彦先生の御祝辭は、かなりあとだつたやうな氣がします。既に醉ひが廻つてゐて(ゐなくても?)殆ど理解できませんでした。たまたま近くにいらした萩野先生に、その旨を申上げると、「學者の話は難しいね」とのお答。御自身も學者であられる(しかも、神話はお得意の分野)のに、私に調子を合せて下さつたのかもしれません。
    翌日、西尾先生からお電話をいただきました。「食ひ物はどうだつた?」とのお優しい質問もあつたので、つい調子に乘つて、吉田先生のお話のことを申すと、「何を言ふか!」と激しく叱られました。あの祝辭こそ白眉だ!ともおつしやいました。直接對面してゐれば、「顏色が變る」ほどの劍幕でした。私がオロオロしたことは、間違ひありませんが、なんと申したか覺えてゐません。

    (四)同書にかかはる思ひ出の一つを、「坦々塾のブログ」(平成21年8月1日)に書きました。それを再掲させていただきます。

    ①今から7~8年前になるでせうか、西尾先生に「先生は歴史的假名遣、正字で原稿をお書きになるべきです」と申し上げ、「それをやつてゐたら、商賣にならん!」と御不興を買ひました。

    ②「江戸のダイナミズム」が『諸君!』に連載中、西尾先生から、「今度、現代かなづかい肯定論を書いたので、讀んでおけ」とのお電話を頂き、衝撃を受けた私は萩野先生に相談したところ、「そのやうだ。とにかく、實物を讀んでからのことにしよう」とおつしやいました。

    ③「實物」を讀んで、納得できず、かなり不滿だつた私は西尾先生に對して、ファクスや電話でしつこく異議申立てをしました。西尾先生はその都度叮嚀に誠實に對應して下さいましたが、最後に「その點は、萩野さんの意見も聞いてみたら?」とおつしやいました。ここが西尾先生のフェアなところでせう。また「あなたたち(萩野先生と池田)が共同戰線を張るのなら、僕も對策を考へなくてはならない」などと、冗談も言はれました。

    ④萩野先生にお願ひしてお送り頂いたのは、西尾論文に對する、萩野先生の反論でした。『諸君!』に寄稿したところ、ボツになつた由。(以上②~④については、拙著『日本語を知らない俳人たち』に詳しく書きました)。

    ⑤『・・・ダイナムズム』における假名遣ひ論は、萩野先生や私の立場からすると、雜誌の時よりもかなり改善されてゐました(歴史的かなづかひが最も正統・合理的とまではお認めいただけませんでしたが)。我々の意見を取り入れて下さつたのか否かは、お聞きしてゐません。

    長々と自分のことばかり竝べました。きのふでヒマになつたせゐです。お許し下さい。

  3. 池田様

    『ヨーロッパの個人主義』『日本語を知らない俳人たち』『旧かなづかひで書く日本語』を取り寄せます。仕事が一段落したら読むつもりです。かねて歴史的假名遣、正字で文章を書きたい、書道も習いたい、先祖の儒者の残した書簡や詩文を解読したいと念じております。
    補足のため、もう一度お邪魔させて頂きました。仕事の傍らですので断片的になることをお許しください。

    以前のコメントで、日本の近現代史を日本人の多数が正しく知るようになれば(OSSの罠や東京裁判史観から解放されれば)、現在の情けない日本の政治外交が変わり得ると述べました。民度の比較的高い日本人にはアリストテレスの説くエピステーメーやロゴスが備わっており、歪められたメディア情報や戦後教育ではなく、ネット情報で、直接日本人有権者が、例えば、嘗てBruxelles氏が「アポロ11号の月面着陸に匹敵するほど感動的」と讃えた「天皇と原爆」に書かれた「アメリカがなぜ日本と戦争をしたのか?」を知り、大東亜戦争がアジアの民族解放戦争だったことを「知る」だけで、あるいは遅れて出現したファシズム帝国主義の中国共産党国家がアジアに残存する全ての不幸の根源であり、その「消去」こそが日中両国の国民の久しい念願であること(「日本、この決然たる孤独」)、第2次安倍政権の歴史的使命は「日本主導のシナ大陸(共産主義の荒蕪地)の開放」であること(「憂国のリアリズム」)を知れば、つまり知識として得られれば、あとは論理的にどの政党の誰に投票すべきか、どの政治家を忌避すべきかが判断でき、日本の政治勢力が変わってくると楽観していましたが、これが楽観的過ぎることを、最近の知人との論争で知るに至りました。

    この知人だけでなく私ども団塊の世代全体が戦前の日本人が当然のように心に抱いていた気分や雰囲気、常識的観念(Tel Quelが熱心に紹介し続けた)、すなわち前回私の書いた日本伝統の「士族的エートス」、言い換えれば「廉恥心」のようなものですが、これを喪っており、これを共有しない者といくら議論しても議論が噛み合わないことを知りました。まず、正しい歴史認識を受け付けない頭になっており、精神の土台がやられてしまっているため、西尾先生の説く「過去を肯定する強靭な精神」も持ちえないのです。この心は家庭で教えなければ、誰も子弟に教えることは出来ず、日本の国家も2流のまま永遠に復興することができないと思います。

    ナセルでしたか、「アジアには日本があったが、アラブに日本がなかった」ために中東に戦乱や紛争が絶えないと云ったと聞きます。西尾先生がすでにご指摘かもしれませんが、これを敷衍すれば、「日本には武士がいたが、アジアにはいなかった」ためにアジア諸国は植民地化を免れなかった、「日本に武士がいた」のでアジアは日本に開放された、「日本に武士がいなくなった」ために「原爆を落とされた国が落とした国に縋りついて生きている」恥辱を拭わず、「事実にあらざる国際的恥辱の汚名」を汚名として感じず、雪ぐことのできない腐った国家になり果てたと考えます。大東亜戦争は「日本が身を殺して仁を為した」軍(いくさ)であったと思っていますが、「自尊の精神」と「自己責任」のゆえに富国強兵を短期間になし遂げ、独立を保ち、自己犠牲の心性ゆえに見事な大戦争を大国アメリカと互角に戦った、その一つ一つのエピソードは枚挙にいとまが無い、そんな国は世界史にスパルタ以外ないと言えるのではないでしょうか。たとえば、アンガウルの舩坂弘氏、たとえばパレンバンの奥本實氏。

    いま中国では人民の生活が向上したとはいえ、言論の自由も、司法の独立もなく、周辺民族は圧政・弾圧に苦しみ、韓国は近代国家の態を為さず、アジア諸国は貧しさから脱却できず、西アジアは戦乱が絶えず、欧州には難民が押しかけ、米国はテロに怯え、銃社会のリスクが生活を脅かし、地球上で独り日本人だけが平和で豊かな生活を享受し、若者が食いものを美味い不味いと云っていられるのは全て戦前までの日本人の営為のお蔭、余沢、遺産ではないかと思います。

    このように書き続けると「あきんど様」からクレームがつきそうですが、出自や家柄を申しているのではなく、三島由紀夫氏がいみじくも定義したように、武士道とはself-respect、 self-responsibility、self-sacrificeの3つを兼備する精神ですので、先祖が農民や商人出身であれ、この基準に叶う者はサムライです。Bruxelles氏は大阪船場の豪商の末裔でしたが、女だてらにアメリカに飛行機の操縦を習いに行ったのはイザとなったときに武器を取る代わりに飛行機で突っ込む覚悟でした。反対に、伝説が正しければ、水野成之はれっきとした旗本でありながら幡随院長兵衛を騙し討ちで殺しており、武士の風上に置けぬ輩でした。私も西尾先生その他の著作に触れず、親の教えがなかったならば、このエートスを持てぬまま死んだことと思います。

  4. 勇馬 樣

    なるほど、「あきんど」さんから叱られますか。呵呵。

    要するに、「self-respect、 self-responsibility、self-sacrificeを兼備」
    さへしてゐれば、先祖、出自は固より、 ” 現職 ” がなんであつてもい
    いのだと、私は考へてゐます。

    本欄に載るか分りませんが、先日 乃木神社を訪れて、將軍の殉死に
    對する鴎外・漱石の反應と、志賀直哉・武者小路實篤の反應の違ひを
    對比し、そこに日本人の變化の一線があつたと感じた次第を記しまし
    た。後者を新人類と呼びましたが、二人は亡國への豫感を十分に感じ
    させる存在でした。

    「將軍」といふ小説で、乃木さんを揶揄した芥川龍之介は、「豫感」どこ
    ろではなく、亡國の保障のやうな存在でした。彼個人の資質だけの問
    題ではなく、時勢にさうさせられたのですが、輕蔑せざるを得ないことを
    付け加へさせていただきます。

    「エートス」(實は、この語はよく分らないのですが)の有無でも兩者は峻
    別できさうです。

    すみません。ここで時間がなくなつてしまひました。この問題について、
    じつくりと御高見をうかがひたいものです。また御教示下さい。

  5. 2017-03-28 12:05:02 .

    by 小林秀雄 .

    *

    一体 作家は批評家によって生きるのか。

    批評家なぞは甘いものだ。

    ただ誉めたり けなしたりしてるだけである。

    恐ろしいのは世間に沢山いる書かない批評家である。

    楽屋話なぞしたって耳に入れてはくれない人達だ。

    (文芸時評に就いて)

    ;

    17.04.03 , 17:14 _ 子路 .

  6. この巻を開いてびっくりしました。

    索引も、参考文献も、注も・・・・すごい。
    ちょっと本づくりにかかわっただけに、この本のすごさが身に沁みます。

  7. 失礼、
    他ブログで投稿出来なかったのでここに載せます、よろしく。拒絶したのは → 「BBの覚醒記録。無知から来る親中親韓から離脱、日本人としての目覚めの記録。」
    http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001
    ですが、禁止ワード、禁止URLが有ると言います。いつもは問題なく何でも投稿できます、だから困惑しています。(内容は転載、引用です)
        ↓       ↓
    戦後にも優れた愛国思想家はいますが、
    渡部昇一氏愛国思想を国民レベルに取り戻した功績  (Unknown) 2017-04-20
         渡部昇一氏(86没)
    東京裁判の影響を色濃く受けた近現代史観の見直しを主張するなど、保守論壇の重鎮だった。平成27年、瑞宝中綬章。著書「日本史から見た日本人」「ドイツ参謀本部」 ・・ 音楽にはほとんど関心が無かったが、ヨメが桐朋学園音楽科の1期生ピアニスト、3人の子供全員音楽家 ・・、産経

    朝日新聞、「現代日本 朝日人物事典」に嫌がらせ的に不掲載を長年月の強硬!
    >「考える人考えない人」 http://asumo.in.coocan.jp/study/r200.pdf

    >渡部昇一氏のご冥福をお祈りいたします。
    渡部昇一氏と云えば最近(と言っても半年以上前か?)ではプライムニュースでの憲法改正の論議を思い出す。論客は渡部昇一氏の他に堺屋太一氏、石原慎太郎氏だったと思う。その中で、渡部昇一氏が非常に興味を引く論を展開していた。

    ・今ある憲法は、昭和21年に発令した憲法。

    ・当時日本には主権というものが無かった。何も主体的に変えることが許されず、日本国憲法も押し付けられた憲法だった。実際は占領基本法であり、所謂占領軍が占領している国に押し付けた憲法が占領基本法である為、それは違法である。

    ・従って今存在するGHQが日本に押し付けた憲法はそもそも違法である。

    ・しかも、終戦は昭和20年であり、GHQは、終戦の1年目に憲法を押し付けたのだ。実際はサンフランシスコ講和条約の後に憲法はつくられるべきであったのに。。。である。
    ・サンフランシスコ講和条約により日本は独立を認められたのあるから、日本の本当の独立は昭和26年だ。それまでは、占領下の日本だったわけだ。
    ・だから、その段階で、占領基本法を破棄するべきだった。何故、それを言わなかったのだろうか?
    ・政治家は、そのまま憲法を引き継いで憲法問題には触れなかったのだ。当然、「我が国は本日をもって独立した。従って占領下に置いて改正した憲法は破棄する。」このように言っておけばよかったのだ。
    ・「これから新しい憲法をつくる」と言えばよかったのだ。何を狂ったのか、政治家たちはそれを言わないで、日本は主権の存在しない憲法のもとで独立したのだ。
    ・憲法のことは言わないで、今になって「憲法改正だ!」とわめいいるが、この問題をきちんと解決しないとスッキリするわけがない。いっぱしの先進国といっても安全保障に関しては主権が存在しないのだ。

    ・現憲法が国際条約で違反ということになると、明治憲法が残る。明治憲法に帰ることになる。明治憲法に帰る日が1日でも、1時間でも、もっと言うならば、1分でもいい。「今の憲法がなくなりました。明治憲法に帰りました」。。。そこから初めて憲法の改正の手続きが始めればいい。

    石原氏も同調し、「現在憲法」を改正するなど意味が無いと。。。「なぜ意味がない憲法を改正していくのか。改正する必要はない。憲法は破棄して明治憲法に戻り、その明治憲法の名において、「憲法を改正します」というのが筋です。憲法改正とは、明治憲法の改正です。」というのが主旨です。。。と
    2017/04/19(水) 抜粋編集室

  8. >転載、引用

    モデルカイ・モーゼ「日本人に謝りたい」はGHQの残置諜者

    戦後利得者(篠懸蓑助)2016-12-11
    GHQの私信検閲を密かにやっていたことはいまでは公然の秘密である。

    この検閲に日本人の優秀な若者が日給1000円で日々5000人従事していたことも判っている。ちなみに昭和21年で物価は今の価値に直すと100円=5万円(ネットで調べた数値です)

    つまり、日給50万円で日本人を裏切って摘発していたことになる。1年で休みを含めると1千万円から千五百万円を日本を裏切ることによって儲けていた「優秀」な学生達がいた。少なくとも5千人。講和条約が発効して日本が独立を取り戻したころ、この学生達は官僚・学者・大会社・マスコミに就職していた。すでにGHQによって公職追放によって立派な日本人は世間の片隅に追いやられ、GHQぽち犬の世の中になっていたが、ことはぽち犬が死に絶えたら真の日本に戻ることにはならなかった。

    この日本を裏切った若者達が日本の中堅になり指導者に育ってきていた。日本を裏切ったこの者達を「戦後利得者」と特別に呼び習わす。かれらは日本を裏切った負い目から、あくまで自分が正しかった、間違ったのは日本だったと思い込むため死ぬまで日本を裏切り続けている。この「戦後利得者」は自分の地位を安泰にするため自分より少し馬鹿を選んで跡継ぎにした。跡継ぎになった裏切り者はまた、自分より少し馬鹿を跡継ぎに選んで、ねずみ算式に日本にはびこった。それが今の日本の姿である。文系学者に立派な学者が何人いますか?大学で見てきたとおり馬鹿ではなかったですか?

    現代の経営者に立派な経営者がいますか?財務省・通産省の高級官僚で日本を裏切っていない人士はどうですか?東大法学部など汚染されてしまいましたので発想が怪訝しい高級官僚ばかりじゃありませんか?新聞・TV界はどうですか?

    モデルカイ・モーゼ「日本人に謝りたい」はGHQの残置諜者、エピゴーネンと評していましたがまさしくその通り。

    昭和21年当時30万円から36万円を2-3年間荒稼ぎした若者は上手く投資して億万長者に成り上がった人もいたのではないだろうか。ドイツには人口8千万人中1640万人の移民が暮らしているという。もう駄目だろう。日本はこの裏切り者日本人とその仲間が日本を壟断している。もう駄目か、諦めたら負けだろう。

  9. >ss様
    コメント、引用とはいえ、ご紹介ありがとうございました。

    西尾先生の関われたGHQ焚書図書にも、大勢の敗戦利得者がいました。

    トップを替えること、日本中の公職追放により、
    善と悪がひっくり返ったのですね。
    日本がなかなか正気に戻れないのも、
    傷が深すぎるからでしょうか。

  10. >これも転載、引用、よろしく。

    支那・中共は武力とともに謀略・宣伝戦に途方もない金をかけます、日本50億に対し、中共8,000億   (支那中共の偽装軍船)2017-04-23

    支那・中共は武力とともに謀略・宣伝戦に途方もない金をかけます、その金で真っ赤な嘘の日本悪事の展示館、書物、映像をつくりまくりマスコミ、工作員にばらまき世界に向けて宣伝しまくります。
    >国民にお薦めしたい映画上映会、「南京の真実・3」

     「南京の真実」、「七人の死刑囚」、以来9年ぶりに長いインターバルの後、「南京の真実、3」、[支那事変と中国共産]、が完成しました。「七人の死刑囚」では、占領軍により敗戦直後あの酷い、「東京裁判?」、で日本の侵略戦争を企て国民に塗炭の苦しみを与えた極悪人として絞首刑に処せられた陸軍軍人を主体に描きました。映画「南京の真実」は史実と全く異なる、南京虐殺の嘘を暴き日本軍の汚名を雪ぐ内容の作品と期待して見た国民はその内容にとまどった人も多かったのではないかと考えます。蒋介石が支那事変中、300回行った外国の記者会見において、日本を誹謗した談話の中で、南京大虐殺について一回も述べなかった、との数字が画面に流れますが、全体としてルーズベルト・アメリカとスターリン・ソ連、コミンテルン、中国共産党、蒋介石国民党の謀略と嘘を暴くといったものではありませんでした。私もこの作品の真価が語られ理解されるようになるのは20年~30年後になるのではないかと思いました。

    9年の歳月が経ち、その間多くの書物が出て、支那事変、大東亜戦争に至る経緯、ルーズベルト、スターリン・コミンテルン、蒋介石、中国共産党の謀略が明らかにされ、戦犯処刑された人たちは極悪人である、という一方的な決めつけは嘘であることが暴かれるようになりました。

     中川八洋・・・「謝罪と言う野蛮行為」・・・雑誌、「発言者」、平成7年8月号より。

    ・・・・・戦前の日本を、「軍国主義」、とたった四文字のスローガンに縮約し、それのみを何度もキャンペーンとして繰り返すのは、麻原彰晃の、「修業しよう、修業しよしう・・・・」、と同じく思考麻痺を狙った常套的プロパガンダのやり方であり、大東亜戦争を深く詮索しないようにするための策謀である。つまり、日中戦争と太平洋戦争に関する戦争責任は極めて明白で、史実のままいえば、

    1.近衛文麿

    2.近衛文麿とリンクした新聞・雑誌、(そのうちワースト・スリーは、朝日新聞、中央公論、改造)、およびブレーン

    3.帝国海軍

    4.帝国陸軍

    である。

    戦後五十年、情報操作で闇につつまれたこの歴史の真実を明らかにすべきであろう。そして、大東亜戦争を、〔非〕として糾弾するのであれば、この罪の順序でするのが公正であって、それが真の、「反省」、であろう。すなわち、陸軍非難をするのであれば、(それはそれなりに間違ってはいないが)、陸軍の十倍は罪がある、朝日新聞に対しては陸軍の十倍の非難と処断を我々はしなければならない。

    自由と平和を愛するのであれば、また倫理に立脚するならば、われわれが朝日新聞に対する糾弾の声を緩めることは決して許されない。第一に陸軍すら赤面するほどの、限度を越えた戦争煽動という罪をあがなうことを、巧妙に免れていることは法に反し、倫理にもとる。

    気鋭の論客、倉山満もその著書、ネットにて支部事変拡大の一番の責任者は陸軍首脳が極力戦線拡大に反対したにもかかわらず、拡大させた時の首相・近衛文麿とそれを取り巻くコミンテルンのスパイ並びに戦争を煽った朝日新聞だと中川教授と同じことを述べております。今回試写会が行われた、「南京の真実・3」、[支那事変と中国共産党]は、2時間を越す作品です。映像により過去の史実がありのままに描かれており、残酷な場面もありますが非常に分かりやすい内容になっています。

    映画劈頭、平成2010年、9月7日、日本の民主党政権下に起きた、尖閣諸島沖における青い塗料を塗った中国、(支那、中共)、の漁船が日本の海上保安庁の巡視船にまったく無法な体当たりを行うところから始まります。一色正春・海上保安官が日本国民にこの事実を知らせるべく職を賭して流したビデオは今なお国民に鮮烈な当時の記憶を呼び起こします。衝突事件の経緯を時系列的に書きますと、以下。

    2010年9月7日 – 中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突。
    2010年9月8日 – 中国大使館職員が船長に面会。
    2010年9月9日 – 石垣海上保安部が船長を、公務執行妨害容疑で那覇地検石垣支部に送検。
    2010年9月10日 – 那覇地検石垣支部が船長の勾留の延長を請求。
    2010年9月13日 – 船長以外の船員を帰国させ、漁船を解放。
    2010年9月16日 – 前原誠司国土交通相は石垣海上保安部に行き、巡視船艇の係留所を視察。
    2010年9月19日 – 石垣簡易裁判所は逮捕された中国人船長の拘置期間を10日間延長し、20日から29日までとする。
    2010年9月20日 – 19日から20日にかけて中国政府が日本に対する複数の報復措置を実行する。
    2010年9月22日 – 早朝、中国首相から釈放要請があり、同日午前、検察首脳会議を24日に行うことが決定された。
    2010年9月23日 – 外務省職員が仙谷官房長官の了解のもと那覇地方検察庁へ出向き説明。
    2010年9月24日 – 午前10時、検察首脳会議が開催され釈放が決まる。那覇地方検察庁が船長を処分保留で釈放と発表。
    2010年9月25日 – 未明に中国のチャーター機で石垣空港から出国し、中国人船長は中国福建省福州の空港へと送還された。

    中国漁船の暴挙に関して、公務執行妨害で逮捕したのは良いが、事件発生の12日後から13日後に中国、(支那・中共)、が行った複数の報復措置にビビリまくり、腰砕けになった挙句、民主党政権は、超法規的措置?により、船長・犯罪者を釈放。釈放された船長はヒーロー気取りで帰国。しかも、何とも呆れたことに、政権を担当する政治家の自己の責任でなく、那覇地検が処分保留で釈放と発表し民主党幹部の岡田は、「那覇地検の判断を良しとする」、と声明発表、蓮舫も、「最適の方法だった」、と語りました。

    いくら、「朝日」、が、「政権交代!」、と繰り返し持ち上げ続けて出現した民主党政権とは言えあまりの酷さ、お粗末さは悪夢としか言いようのないものでした。 《鳩山由紀夫、菅直人・総理、岡崎とみ子・国家公安委員長、千葉景子・法相、小宮山洋子・文科省、赤松広隆・農林水産相(宮崎口蹄疫の処理)、社民党に見切りをつけ社民党事務局から民主党に潜り込んだ、極左・社会主義協会派の連中が大手を振って官邸に出入りその他》

    本映画は支那大陸の清帝国滅亡から、辛亥革命、張作霖爆破、満州事変、盧溝橋事件までを描いており、映画として世界で初めて明らかにされた歴史的事実が数多く出てきます。一例を挙げれば、、支那事変はドイツが仕組み、蒋介石政権を支援して起こし、ナチス時代になってもその姿勢は変わらなかったこと、そして、ナチスドイツを育て、支援したのは石油メジャーや国際金融資本だったという事実も明らかそれています。

    それとともに、戦後完全に封印された、満州国の実体、短日時で急速に近代的都市に生まれ変わった美しい町並み、近代産業、農業、それらの基幹をなす、満鉄、(南満州鉄道)、と広軌を走る、世界トップレベル(時速130キロ以上)の蒸気機関車や列車や沿線の風景等が映し出されます。

    また、日本のマスコミは絶対に報じない国民党、中国共産党の殺し合い、血なまぐさい争いの姿及び、チベット、モンゴル、ウィグル等、周辺国の国民が残虐な犠牲になった事実が、迫真の映像にて語られています。とりわけ、被爆国の日本国民にほとんど知られていない中共の新疆ウイグル自治区のロプノール湖にて初の核実験が行われ、その後何十回と行われた核実験による犠牲者の数は何万という膨大な数に上ったことも語られています。チベットとともに核廃棄物の処分場も設置され、周辺住民への被爆が問題視されていいますがこの処分場についても中国政府は安全性を主張するのみで、公式の放射能や健康被害リスクの調査などは実施していません。

    毛沢東時代、富農の処刑、反革命分子の粛清、大躍進政策の失敗による、餓死、文化大革命の混乱で5000万人を越す死者が出ました。(ジャン=ルト・マルゴラン、「共産主義黒書、ー犯罪、テロル。抑圧ーコミンテルン・アジア篇、第二部、アジアの共産主義、第一章、<中国ーー夜の中への長征>より。)

    支那・中共、は日本と全く異なり武力とともに謀略・宣伝戦に途方もない金をかけます。その差は100対1以上ではないかと言われます。(日本50億に対し、中共1兆)、その金で真っ赤な嘘の日本悪事の展示館、書物、映像をつくりまくり、マスコミ、工作員にばらまき、世界に向けて宣伝しまくります。(日本50億に対し、中共8,000億) 日本も黙っていては完全にやられてしまいます。その意味でも今回の映画、「南京の真実・3、」、[支那事変と中国共産党]、完成の意義は非常に大きく引き続き今後の、「南京の真実・2」、にも期待しています。

    ●日時・・平成29年5月7日(日)
    ・会場・・セシオン杉並、(東京都 杉並区 梅里1-22-32)視聴覚室
    ・交通・・東京メトロ丸の内線、「東高円寺駅」、下車徒歩約7分、(地上へ出て、青梅街道に沿って5分足らず荻窪方面に進み、環状7号線の交差点を渡り左折、2分ほどで会場)
    ・入場・・無料
    ・主催・・日本文化チャンネル・桜二千人委員会 東京本部
    ・事前予約制・・(住所・氏名・連絡先・人数)必要/ Tel 03-6419-3900
    2017/04/23(日) 町工場の親方
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