WiLL4月号・ 「岸田外相、御厨座長代理の器を問う!」を読んで(三)

ゲストエッセー
坦々塾塾生 池田 俊二

失態をくりかへす外務大臣

一昨年(2015年)12月の日韓合意。先生が事前に豫想されたとほり、ほぼ反故になりましたね。先生の「日本の公的機關のなすべきは」「二十萬人もの無垢な少女が舊日本軍に拉致連行され、性奴隸にされたと國際社會に喧傳されてきた虚報を打ち消すことであり」、韓國を論理的に説得することでも、經濟カードで威嚇することでもありません」といふ御指摘を當局が理解できず、殆ど何もしなかつたのですから、當然の成り行きですね。

「合意の記者會見で、岸田外相は『當時の軍の關與』をあっさり認める發言をしました。そして再び『謝罪』をし、十億支拂うことを約し、慰安婦像撤去については合意の文書すら殘さず、曖昧なままにして歸國しました。それでも安倍首相はこれをもって完全決着した、と斷定しました」。先生とともに、私も呆氣にとられました。「なぜこんな失態をくりかえす岸田外務大臣の進退が問われないのか不思議」「人間がすべてなのです。『勇氣の欠落』がものごとのすべてをおかしくしている」ーーあの腑が拔けたやうな表情を見ると、なるほど全く「欠落」してゐますね。

「韓國を論理的に説得」? 何度煮え湯を飮まされれば、そんなことは不可能だと分るのでせうか。などと、私がもつともらしい言ひ方をすることはない。日本人が根本的に變らない限り、永久に分らないだらうと觀察されてゐるに違ひない先生の苦いお顏が目に泛びます。

軍艦島

  軍艦島の世界遺産登録に關聯して、韓國に騙されたのは同年(2015年)7月、つまり「日韓合意」の僅か5ヵ月前!のことだつたのです。かうなると健忘症などといふ生易しいものではなくて、學習能力皆無、完全な病氣です。地球上で、今の日本人に固有の症状でせう。やはり「人間」の問題で、先生にはさらに研究していただく價値がありさうです。

 あの時、 遺産登録は成りましたが、「また韓國に瞞され」「日本はありもしない『強制勞働』をあっさりと認めさせられました」ーーこの次第について、先生は直後に論じられましたが、いま再び觸れざるを得ないとは! お氣持は察するにあまりあります。たしかに瞞されたのですが、こちらから進んで瞞されたやうにも見えました。

  ユネスコで、日本の女大使が演説しましたが、明瞭に、” They (Korean people)were forced to work” と言ひました。下線部分は私など高校英語で、「力づくで~させられる」」と教はりました。 韓國が主張する「銃劍の威嚇の下で」にピッタリの表現です。岸田外相は、これは強制勞働(forced labour)とは違ふと言つた由。バカバカしくて、議論になりませんね。

 演説する女大使ののつぺらとした顏は無表情で、自分が何を言つてゐるか分つてゐないやうでした。まして、それが國の名譽や利害にどう影響がするかなんて・・・。
要するに、なにも考へてゐないのでせう。つまり、上司の岸田大臣と全く同じです。

無表情・無思考の人々出現の淵源

 先生の洞察・分析は明快で、ことの筋道がはつきりとしますが、登場人物が安倍さん以下まつたく の ワン・パターンの顏・姿勢・言動しか見せてくれませんので、それに續く私の感想は同じことの繰り返しになつてしまひます。そこで、恐縮ですが、少し脱線させていただきます。

以前、如上の如き近代日本に固有な新人類ともいふべき人たちの、發生状況・生態などについて、少し考へました。その一部に觸れたことがあります。昨年、高校の同級生 關野通夫さんの『いまなほ蔓延る WGIPの嘘』(自由社)を同窓會の文集に紹介すべく、著者宛私信の一部を原稿として送りました(幹事の檢閲によりボツになりました)が、關野さんの岸田外相批判にこと寄せて、固有新人類論を展開しました。

その一節をここにーー

「御著の一節『 岸田外務大臣が稲田防衛大臣の靖国神社参拝を控へろと発言し
たそうです。この岸田という人は、東京裁判史観に骨の髄まで冒され、靖国の英霊を冒涜する国賊です』には完全に同感です。國賊であり賣國奴であるのは、外務大臣だけではありません。總理大臣以下ほとんどみな然りです。彼等は平氣で國を賣ります。何度外國から瞞されても懲りることがなくて、瞞されつづけます。二階にゐるといふ自覺もない上に、WGIPの猛毒を注射されたのですから、そのなれの果ての非・日本人が超低能なのは當然です。惡意で國を賣つてゐるわけではないのです」。

 この「二階」は、前後しましたが、下記からの續きです。

「マッカーサーが、日露戰爭の時の日本の軍人と大東亞戰爭の時のそれを比較
して 『 とても同じ國の軍人とは思へない。前者は、 たとへ教育のない者でも、肝腎な點は きちんと判斷するだけの常識があつた。それが後者にはまるでない』と言つたのは有名ですが、明治以來の歩みを的確に言ひ當てられましたね。私には、日本人・日本といふ國の大變化(墮落) が、そこに如實に現はれてゐると思はれます」。

「 戰前に東北帝大で教鞭をとつた、ドイツの哲學者カール・レーヴィットの『日本人は二階建ての家に住んでゐるやうなもので、階下では日本的に考へたり感じたりし、二階にはプラトンからハイデッカーに至るまでのヨーロッパの學問が紐に通したやうに 竝べてある。ヨーロッパ人の教師は、これで二階と階下を往き來する梯子はどこにあるのだらうかと 、疑問に思ふ』といふ批判は、圖星です」。

「明治維新を成し遂げた世代にとつて、二階はお神樂ではあつても、その増築工事は自分が擔當したものだつたので、一階からの梯子の位置は勿論、全てが分つてゐた。日露戰爭時の軍人は、普請には參加しなかつたものの、先代を通じて學んだり、見聞きしておほよその樣子は知つてゐたので、二階に上つて 、一階にゐる時の感覺で行動しても、大きな誤りはなかつた。ところが、大東亞戰爭の時の軍人は、工事も先人の苦心も知らないので、二階、一階の區別もつかず、二階については書物による斷片的知識のみ。何がどこにあるかも頭に入れてゐないので 、どう振舞ふべきか分らず、右往左往するだけーーまあ、別の天體に紛れ込んだやうなものでせう。本來の日本人としての智慧や能力を一切發揮できなくなつてしまつたのです」。

そして 僭越ながら、次のやうに結論を出しました。

「(日清戰爭時の)外務大臣陸奧宗光は私にとつて、理想的日本人です。陸奧外務大臣⇒岸田外務大臣は日本人の消長・變質を典型的に示す好例ですね。ここまで墮ちて
は、もはや・・・」。

 入口だけの雜駁な議論で、恐縮です。

  近代日本の目も暈むばかりの榮光と、そのあとの悲慘・滑稽。後者のすべてを體現してゐるのが、この非・日本人でせう。さいはひなことに、彼等は完全に一つの種から生れたのですから、複雜なことはなにもありません。安倍、御厨、北岡、岸田、女ユネスコ大使etcなどを個別に研究する必要はないでせう。十把ひとからげに觀察した結果に基いて、その増殖防止の手立てを考へれば、それが亡國への歩みの齒止めになるのではないでせうか。

西尾先生の關心・テーマの一つは、さういふところにありさうだと、先生のお若い頃から屡々感じました。先生に、個別診斷のほかに、綜合的處方箋をお願ひしたら、叱られるでせうか。實は、先生のお嫌ひな大正教養主義の位置づけについても考へましたが、御本尊の前では恥かしいので、それには觸れません。

ただ先日、乃木神社に吟行した際、白樺派の志賀直哉、武者小路實篤をふと思ひ出したことを申し添へます。二人は、その學習院時代に院長たりし乃木さんの殉死を、揃つて嘲つたのです。あの二人はもう新人類だつたなあといふ感慨に捉はれました。そして、この殉死に對する鴎外や漱石の反應を想ひ、乃木さん自身を含めて、三人とも、日本の將來に絶望してゐたのではないかなどと想像しつつ、棗の木を仰ぎました。

だいたい、我等日本人が、世界から蔑まれたり、揶揄されるやうな存在になり果てたのは開闢以來初めて、非・日本人的新人類が主流を占めるやうになつてからのことでせう。

中國製博士號と 「高度人材」

「國内にはすでに大陸からの人の波が限界を越え始めている。韓國人や中國人の近年における急速な増加は半島の内亂、大陸の經濟破綻が起こればそれに伴い國内に收拾のつかない動亂を引き起こす呼び水になりかねない」。『高度人材』などといつても、「米國の三流大學の基準でも99%がはねられるようなレベルの人が中國では博士號を與えられてい」て、「永住外國人の拔け道になっていはしないか」。「そういうことも考えないで中國人移民の急増を默って看過ごし、むしろ推進派の主役にさえなっている安倍總理に根本的疑問を提したい」。

先生の御心配、お腹立ちが痛いほど感ぜられます。何十年も前から、この問題に取り組んで、提言されたり、警告を發したりしてこられた(しかも、それを政府が聞いた、つまり世の
中が動いて、國が救はれたこともありました)先生は、安倍政權になつてからも、何度か忠告
されましたね。安倍さんはそれに耳を傾けたのでせうか。

 どうもこの人は、何度も申すとほり、自分の頭で考へることがなく、自身の尺度も持つてゐないやうです。すべて出來あひの物差しで測るので、新しい現象や考へに獨自に反應することができません。先生の齒痒さ・苦衷はいかばかり。

不愉快な話題で終り、申し譯ありません。でも、かういふ苦い現實に先生は永年堪へてこ
られたのだと思ひ、そのままにしました。

(以上)

WiLL4月号・ 「岸田外相、御厨座長代理の器を問う!」を読んで(二)

ゲストエッセー
坦々塾塾生 池田 俊二

無思想無内容の御厨論文

  御厨さんの 「衝撃のトランプ勝利、論壇は意地を見せろ」といふ文章をかなりの分量で引用されましたが、その作業に、先生は虚しさを感じられたのではないでせうか。折角なので、一應讀んでみましたが、先生の評語から「無思想無内容」の6文字を拜借するだけで十分です。

 そして、この人が敗戰教育を受けてから今日まで、なにも考へず、一切迷はず、ただ世間の風向きのままに、安全無事に生きてきた、その姿が彷彿としました。テレビでたまに見ますが、周りと違ふことはまづ言ひません。主として、野中広務・古賀誠・仙谷由人といつた左翼的人士を相手に、和氣藹々と司會を務めます。獨創性皆無とも言へますが、圓轉滑脱な人でもあります。

 座長代理としても、ふはふはと、その場の空氣によつて動くのではないでせうか。

保守系言論雜誌


  同じく先生の引用された御厨さんの文章「日本も右寄りの言論ばかりが目立つようになっている」から「・・・暴論・感情論が世の中を動かしかねない力を持ち始めている」を全部ここに寫さうとしましたが、無駄とも思はれ、このやうに、頭としつぽだけにしました。すべて、だれかが前に言つたことです。自分の目で見たり、新しいことを言つてやらうといふ氣は全くないやうです。先生の「左寄りの知識人の感情論を越えていません」といふ評で、すべて掬ひ盡されてゐます。

 「彼が罵倒する日本のいわゆる右バネの言論誌とは、私も永年參畫している世に『保守系言論雜誌』といわれるものでせう。『正論』『Voice』『WiLL』『Hanada』『月刊日本』『SAPIO』『Wedge』等々と思われます。御厨氏の意に反して申し譯ありませんが、これらは目下國論を引っ張っている唯一の健全な言論パワーです」は、先生が理想論を述べられたのでせう。 以下、またお言葉を返すやうですが、自分の感じてゐることを正直に申します。

 私は上記の雜誌のすべてを知つてゐるわけではありません。しかし一誌以外は少くとも手にしたことがあります。のみならず、今はない『諸君』と『正論』はある時期、毎月家に屆けてもらつて讀んでゐましたが、次第に魅力を感じなくなり、定期講讀を打ち切りました。

 先生の文章が載つたものは買ひますが、先生のもの以外には惹かれず、たまにいくつか讀んでも滿足したことはあまりありません。題を見ただけで、中の筋書きが分つたり、どこかで見たやうな論旨が多い。斬新だ、そんな考へ方・見方もあつたかと驚くことなど稀です。緻密な論理や氣迫も感じられず、著しくマンネリ化してゐます。その點、「左寄りの」御厨さんの文章に似てゐます。

保守反動

 こんなことを言ふのには、私の讀む能力・熱意の問題もありませうが、それだけではなく、最近の「保守」の言論の質の低さ・お粗末さは否定できません。その事情について、釋迦に説法ですが、簡單に記します。

  先生がよく囘顧されますが、昔福田恆存は「保守反動」を自稱しましたね。あの頃、「保守」は「惡」と同義でした。それに「反動」を加へれば、極惡非道とか惡の權化とかいふ意味になりませうか。だから、面白いのですね。福田は「お化けだぞー!」 とふざけて喜んだのでせう。

 あの頃、私は新聞廣告で、福田恆存が『文春』に書いたと知ると、本屋に急いで走り、『新潮』に書いたと知ると走り、それらが單行本になるとまた走るといつた風でした。福田恆存は勝手に書いてゐたので、保守論壇といふものはなく、その中のone of themではありませんでしたね。自分は、さういふ埒外の光に目を向けてゐるのだと感じることが、しあはせでした。

「眞正」保守

 蛇蝎のごとく嫌はれた「保守」の看板でも、商賣できるやうになり始めた頃の思ひ出は一切省きますが、新しい商賣に仲間が多ければ心強いが、同時に邪魔にもなるので、足の引つぱりりあひが起こります。看板も保守だけでは目立たないので、本家爭ひが起ります。そしてつひに、「眞正保守」といふ看板まで現はれました。あつちは僞物、こちらこそが本物といふ意味でせう。

  先生と私の對談本『自由と宿命・西尾幹二との對話』が出たのは、平成13年でしたが、本のカヴァーに、キャッチコピーとして「眞正保守」と印刷されてゐるのを見て、感慨を催しました。福田恆存の時代だつたら、いやしくも本を賣らうとする側が、元祖だらうと本家だらうと、「保守」を名乘ることは絶對になかつたでせう。福田恆存が見たら、卒倒するのではないかと思ひました。

論壇登場前の西尾先生

  現在の「保守」の實態はよく知りませんが、必ずしも 嫌はれないと分つてから寄つて來た人々には、特有の性向がありませう。 「左」からの轉向者がいまだ健在なのか知りませんが、現在の保守論壇の人々の大半は、50年前ならまづ「左」に行つてゐたと思はれます。

  それが時勢により反對の方に來た。こんなに多くの人が犇いてゐるのに、お化けも、奇人・變人も、惡まれ者も、ひねくれ者も殆どゐなくなり、皆さん禮儀正しく、毒にならないことを主張されてゐるやうに見えます。

 西尾先生は保守=惡の時代に文筆の世界に這入られたので、以來端境期を含めて今日まで、色々な思ひ出・感懷がおありでせう。さぞ孤獨だつたことでせうね。

 昭和37年に『新潮』に載つた「雙面神脱退の記」といふ先生の見開き2ページの短文を讀んだ時の電撃的感激!進歩派以外は人に非ずといつた時代に、なんといふ反進歩主義! あんな經驗を一生に一度でもできたのは、私にとつて無上のしあはせですが、先生の文章の價値は不變でも、あれが今の時代だつたら、二三行讀んで、なんだ、流行の「保守」かと勘違ひして、投げ出してゐたかもしれません。論壇人リストに載る以前だつたでせうが、先生が孤立無援でいらしたことは、私にはつくづく好運でした。時代にも感謝すべきかもしれません。

  八木秀次さんが騷ぎを起して、つくる會から出て行つた際、「日録」に伊藤悠可さんが、「最近保守が殖えたと言はれ、そんな氣がしてゐたが、今囘のことで、それが水増しだと分つた。考へてみれば、保守がそんなにゐるわけがない。あの時は全然ゐなかつた」と書かれ、私は同感しました。

安倍政權に對する兩論

「右に擧げた保守系言論雜誌には活氣があり、健全さも保たれている證據は、相互に對立し合う論調をのせているからです。例えば安倍政權の歩み方に對し正反對に衝突し合う兩論をのせ、論爭的精神を保持しています。安倍首相の『戰後七十年談話』の評價を例にあげますと、中西輝政氏、伊藤隆氏、それに私の否定論にきわだつ正反對の肯定論が渡邊昇一氏、櫻井よし子氏、平川祐弘氏等々から提起されました。否定・肯定の對立は越えられないほどに深い溝を示しましたが、日本を尊重する姿勢、未來志向の愛國的世界觀という一點においては對立を越えて共通基盤を有しています」は、實態を知悉してをられる先生が描かれた「あらまほしき姿」ではないでせうか。

 安倍政權に對する「兩論」といつても、量的には安倍支持が壓倒的に多いでせう。不支持はほんの僅かで、しかも、編輯部の「反安倍の限度はここまで」といふ目が感ぜられるのは氣のせゐでせうか。何人かのライターから、安倍批判の故に原稿を突き返された話を聞きました。これらの雜誌や産經新聞が「論爭的精神を保持している」とは見えません。畏れ多いことながら、先生のやうな別格官幣社でも、この點、完全フリーではないのではないかと想像してをります。

戰後70年談話

「 七十年談話」について(雜誌がどう扱つたか、だいたいは知つてゐるつもりですが、全部手にしたわけではありません)、産經新聞では、私の見た限りでは、批判的なコラムが一篇だけ、あとは絶讚また絶讚でした。

 日本といふ國をあそこまで譏り、先人を貶めた談話が、「安倍總理らしさが出た内容であり國民全體の思いを體現した内容」とは! 私も國民の一人のつもりですが、辭表を出したくなりました。そんな國なら解散した方がマシです。

 談話の一節に曰く 「私たちは、二十世紀において、戰時下、多くの女性たちの尊嚴や名譽が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み續けます。だからこそ、我が國は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う國でありたい。二十一世紀こそ、女性の人權が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります」ーーこれは、我々の父や祖父が強姦して歩いたといふことではありませんか。これが、國民の思ひでせうか。それを總理大臣が代辯してくれたのでせうか。

 そして、強姦、慰安婦といふ語を使はなかつたから、あるいは、「傷つけられた」で、日本人が「傷つけた」とはつきりは言つてゐないから、文句あるまいといふのでせうか。上手に作文できましたといふことでせうか。さういへば、美しい言葉の竝び具合を見ると、國民に教へてやつてゐるのだといふ得意の表情も、目に浮かびます。いかにも安倍さんらしい。「戰後レジーム」といふ檻の外が全く見えないのです。オリジナリティゼロは御厨さんと同じです。

 かうまで懺悔しなければ許さないぞとは、たぶん、どこの國も言つてゐないでせう。でも、自分から進んで、あんなに土下座するのだから、ちよいと嚇してやれば、もつと謝るかもしれない、今度は三べん廻つてワンでもやらせてみるか、面白いと考へるやうになるのではないでせうか。

  談話は、自らをどんどん卑しめて、侮蔑されることを喜ぶ奴隸根性の産物です。これを肯定する人々の氣がしれません。100點滿點と言つた御仁もゐたとか。これを否定する側との間に「越えられないほどに深い溝」があると、先生がおつしやるのは當然です。

 先生の戰略の妨げにならないことを願ひつつ、一般の讀者に對して申しますが、私のやうに力も責任もない者として、個人的には、あの談話肯定派との「共通基盤」には乘りたくないといふのが本心です。

つづく

WiLL4月号・ 「岸田外相、御厨座長代理の器を問う!」を読んで(一)

ゲストエッセー
坦々塾塾生 池田 俊二

 簡單な感想の斷片をいくつか竝べさせていただきます。
先生の高い志は十分に感じとつてゐるつもりですが、言外の意圖(作戰?とも言ふべきものを正しく理解できないせゐで、その邪魔をする結果にならないやう、 自ら祈るのみです。

政權周邊の動脈硬化

 「政權内部でも周邊でも、いかに動脈硬化が進んでいるかを具體例をもって示しておきました」が先生御自身による總括でせうね。ここまで「進んでいる」のかと驚きつつ、完全に納得させられました。しかし、世の「保守」はほとんどが現政權支持です。さうでなくては、生きてゆけない、商賣も成り立たないと思つてゐるかのごとくです。先日、保守系のシンクタンクの機關誌が送られてきましたが、嘗てゴリゴリの保守、度しがたき反動として、進歩派から目の敵にされてきた會長が「一強多弱と言われる自民黨政權は安定し、安倍晋三氏はまだ5年の任期が殘っている。9年間の安定政權の時代に、日本の内政や外交・防衞政策の方向が固まると期待している。安倍氏は自民黨の ”右派 ”と言われているが、これが”保守本流 ”の考え方」と書いてゐます。

 これが、今の「保守言論人」の典型的もの言ひです。この會長の場合、本氣ではなくて世間の風向きに合せてゐるやうな節もみえますが、結構本氣と思はれる、安倍長期政權待望論も多い。御厨さんを座長にしたり、中國人移民を推進する安倍さん(この點についての、先生の御批判はあとで引用させていただきます)がどうして ”右派 ”とされるのか理解できません。時に、威勢のいいことを口走ることがありますが、それは發作的で、事前の準備も、あとの履行も皆無であることは明かです。數年前、日本人二人がイスラム國で斬首された時は、「罪を償はせる!」と叫びました。

 そのあたりが世間の目には頼もしいと映るのでせうか。私自身、先生に紹介された先輩から、安倍さんを批判して村八分にされるとつらいから、愼めと忠告されたことがあります。私には無縁の世界ですが、そんな雰圍氣もあるやうですね。

オスプレイ事故と尖閣保障

名護市沿岸でのオスプレイ事故の際、「『やつぱり落ちた』・・・待つてましたといわんばかりの騷然たる怒號に氣押されて、日本側では誰ひとり何も發言 しません」「搭乘員がとつさにとつた”囘避行”に、」「日本の立場から」「ひとことの感謝の言葉が出」なかつたことと、後に、マティス國防長官による尖閣の保障を、「右から左まですべてのメディアが ” あなうれしや、ありがたや ” ”ホッとしたよ、良かったね ” というムードで報道していた」とは、一對のものですね。

 それは先生の論述により氣づきましたが、一言でいへば、卑怯者の兩面ですね。「原因は勇氣の缺如です。自信、平常時における自己確信、それが缺けていることが物事のすべてをおかしくしているのです」「日本全體をすつぽりと包み込んでいる不安、ないし恐怖が、ひとびとの人間らしい自由な發語を封じてい
るのです」とは、前者についての分析ですが、後者にも通じますね。

 後者は支那から、「定心丸」(精神安定劑?)とからかはれましたか。さういふ心理をあつさりと見透かされてしまつたのかもしれません。

今年 佐藤松男さん(現代文化會議主宰)からいただいた賀状には、福田恆存の「アメリカは日本を國家とは見てゐない。アメリカの一州程度にしか考へてゐないし、いざとなれば一州ほどにもカバーしてくれない」といふ言葉が印刷されてゐました。今も基本的にはこのとほりでせう。

しかし、さういふ實も蓋も無い現實を見据ゑた上で、同盟國に對しては、最低限の禮が必要です。菅官房長官や稻田防衞大臣にはそれが分つてゐないのでせう。のみならず、如上の現實を見て、覺悟を決めてゐる(それが、先生のおつしやる「平常時における自己確信」に通じるのでせう)とはみえません。「いざとなれば」アメリカさんが・・・と甘つたれてゐるのでせう。勿論二人だけではなくて、筆頭は安倍總理大臣でせう。

日米首腦會談

「オバマ政權の時代までアメリカは自らのナショナリズム・エゴイズムをグローバリズムの名において隱していました」ーーといふ先生のかねてからのお説には、久しく親しんできましたが、オバマが去り、 樣相が一變しましたね。

 アメリカが、「ついに自ら牙を剥きだしたことを隱そうとし」ない今、(他國のことはさておいて)日本國内の現象には、おやおやと思はされることが多い。トランプを見下さなければ沽券にかかはると思つてゐるらしい、壞れたレコードのやうなトランプ報道には、ここでは觸れませんが、 安倍總理大臣の渡米の際、正に仰せのやうに、「まるで救世主を送りだすような空氣」でしたね。そして、 「2017年2月日米首腦會談において、安倍總理は迷ふことなく新大統領トランプ氏の許に他國に先んじてはせ參じ、固い握手を交しました」「安倍總理の最初から確信に滿ちた對米對應が功を奏した成果といってよく、賞讚すべき外交努力でした」。

 このとほりなのでせう。しかし、私は「賞讚すべき」とまでは感じず、「確信に滿ちた」とも見えませんでした。考へるまでもなく、選擇肢は他に殆どなかつたのではないでせうか。オートマティックな感じで、鳩山由紀夫總理大臣でも、同じやうにしたのではないかといふ氣がしました。

 お言葉を返すやうで、申し譯ありませんが、 安倍さんに對する不信感は、先生よりも私の方が根深いのかもしれません。プラス評價は殆どできません。一つ前の日露首腦會談をみても、總理は明かに自らの不見識、讀み違へ、失敗をごまかし、國民の目を逸さうとしました(その件はこの後述べます)。

 「米中の關係がどう動くかがすべてを決める。半島の情勢もそれ如何です。日本の態度決定はさらにそのあとです」は廣い視野からの的確な見立てですが、それだけに、日米の直前に、トランプ大統領が習近平主席との電話會談で、「一つの中國」の原則を尊重すると、態度を急變させたことが氣になります。しかも、そのことを、大統領が安倍首相と竝んだ記者會見の場で傳へ、「これは、日本のためにもいいはずだ」と述べたのはどういふ意味か分りませんが、油斷がならないと感じました。大統領の意圖は知りませんが、これまでのことからして、安倍さんなら、その邊も讀み切つた上で、ぬかりなくやるだらうと樂觀することはとてもできません。

北方領土の行方

昨年末プーチンとの會談後の安倍總理のテレビ出演を少し見ましたが、必死に言ひ繕はうとするさまがありありとみえました。プーチンと昨年會つたのは4~5囘でせうか。支那への備へためにも、ロシアとの關係が大事なことは、他の場所で、西尾先生のおつしやつたとほりですが、安倍總理が初め、領土を主にしてゐたことは明かです。

 そして、①5月には「これまでにない新しい發想によるアプローチ」⇒②9月には「手應へを強く感じる」(この發言を山際澄夫さんは後に顧みて、「なんであんなことを言つたのか謎」と言はれましたが、私には少しも謎ではありませんでした。「今は少し風向きがいいのだな。本來、そんなことは、引退してから、囘想録にでも記すべきなのに、自慢したくて、我慢ができなくなつたのだ。未だ決着してゐないのに輕率だ。最後には泣きつ面を見せることになりさうだ」と、單純に想像しました)⇒③11月には「これまで動かなかつたものを動かすのは簡單ではない」と著しく調子が變り(この時は、私でさへ、トランプが勝つたためにプーチンの態度が變つたのだと察しがつきました)⇒④12月の山口でのあの結果。「經濟の共同經營により相互信頼を釀成」にすり變へて、本人は國民を瞞くつもりだつたのでせうが、オバマのレームダック化ぎりぎりの時を選んだ姑息さと合せて、笑止なことでした。すべては、プーチンの掌の上でしたね。「強い手應へ」とは、なんのことだつたのでせうか。

 しかし、テレビの安倍さんに對するオベッカは尋常ではありませんでした。宮根誠司とかいふ人は(日曜夜だつたので、8チャンで)「總理、發表は未だできないのでせうが、島は何年何月何日に返すとプーチンとの間で話がついてゐるんぢやないですか。ずゐぶん充實した話し合ひだつたやうですね」と言ひだす始
末。安倍さんは滿更でもないらしく、「そんなこと」はあつても、あつたとは言へないよと言はんばかりの、思はせぶりの表情でした。なんとも淺ましい景色で、お追從もきはまれりですね。

 脱線序でに恐縮ですが、「ウラジーミル、君と・・・」 ーーこんなせりふに、普通の日本人は寒氣を催すのではないでせうか。あるいは、 飛行機からタラップを降りる時、夫人と手をつないでーー。あの2點だけでも、そんなことをする人の感覺を疑ひたくなります。

左翼政黨が一番右に位置する不思議

「世界各地で政界再編成の機運があ」るのに、「日本には政權政黨の外に目立つ新しい有力な政治潮流は浮かび上がつて來ていません」ーーこれは、日本の特殊現象と言へるかもしれませんね。

 以前、先生は「自民黨は左翼政黨」とおつしやいました。最近は「自民黨の右の勢力が必要」とおつしやいました。左翼政黨が一番右とは、奇妙・異常な姿で、不自然のきはみですから、お言葉には全面的に贊同します。私も前からふしぎに思つたり苛立つたりしてきました。そして、その理由を考へましたが、せいぜ
い、「WGIPにより、右翼的勢力は2度と芽を吹くこともできないほど、根絶やしにされたのだ」といふ程度のことしか思ひ浮びません。たしかに、「全體が無氣力で」「波風の立つほうがよほど生産的で、未來を動かすということが分つていない」と感じます。どうしてさうなるのかを、次の機會に更に分析していただきたいものです。

御厨座長代理の胸のうち

御厨さんの「天皇と憲法」の中の發言は、「どう讀んでも、皇室の存在は、『主權在民の立場』にとっては弊害になっている、ということを言つている」としか思へません。そして、「『二十一世紀の日本の國家像』は共和制がふさわしいという意見の持主ではないでしょうか。少くとも皇室護持の氣持、ないしは意思は小さい。できれば皇室はこの儘置いておくと危險な存在だから國民の未來のためにどんなに面倒でもなくした方がよいと言つているのではないでしょうか。なにか言い淀んではいますが、要はそういうことです」ーー私も全く同じやうに受け取りました。これは、「日録」の勇馬眞次郎さんによる次のコメントと完全に符合します。

御厨氏は大学同期で、彼の思想が形成される環境や雰囲気を共有しますので彼が宮沢や芦部、その 他多くの敗戦利得者の系譜につながる先生方の話を聴いて育ち、主権在民というより寧ろ 国民平等の理念から、21世紀の日本の国家像を考えるとき、本音では「何で天皇の話が出てこないってなるわけでしょ」となることは、私も嘗てそうでしたので、よく分かります。公務員試験や司法試験に合格して官僚や法曹に
なった連中も、企業幹部も知識人の多くも、日本の伝統や歴史を自助努力で学ばない者は、理論にまじめであればあるほど、「みんな大事だと思いながらね、 絶対口を噤んで言わない」だけで、心中で天皇は平等原則に 反すると思っているはずです。

専門家委員会や有識者会議などの会議の結論や方向はキーパーソンの人選でほぼ決まります。御厨氏に 将来の皇室護持に向けた配慮を期待できないとして、他に主要大学の誰が適任でしょう。人選した側にも、内閣にも、この手の輩が多く、尊王」の立場は現在危うい状況であり、「国の臍」などという発想も天皇を外 国人の目から眺めている証拠です。

これでほぼ盡きてゐると思はれます。つまり、御厨さんは同世代のほとんどの人々と同樣に、敗戰利得者.から、天皇を否定するのが正しいと教へられ、そのまま信じ込んだ。そして、それは今でも基本的には變つてはゐない。ーー完全に、先生のお見立てのとほりです。

 更に、今の日本は、内閣を初め、あらゆる分野を「この手の輩」が占めてゐるので、他に人を見つけるのは難しいのではないか(この點、我々が安倍總理大臣を批判した場合、「ほかに人がゐますか」と反問され、沈默させられたのと似てゐる氣がします)と勇馬さんは考へてをられるのでせう。

たしかに、御厨さんは「この重要なお役目の座に坐るにふさわしい思想の持主で」はないし、「彼を選んだ官邸の責任は免れない」のですが、世の中が「この手の輩」ばかり(選ぶ側も選ばれる側も)では、どうしやうもないのでせうか。

安倍流人事

安倍さんが總理大臣としてふさはしいのなら、御厨さんも同程度に、座長代理としてふさはしいと言へるのではないでせうか。とにかく、典型的な官邸=安倍人事です。

 私が初めて知つた、同樣の例は黒田日銀總裁です。この人に對する安倍さんの執心ぶりについて、決定前に新聞で讀みました。しかし、そこには黒田さんの人となりについては殆ど書かれてゐませんでした。就任一ヵ月後くらゐだつたでせうか、産經に大物記者古森さんの記事が載りました。古森さんは、總裁の經歴を列擧して曰く「これを見て驚いた。終始一貫して中國・朝鮮の擁護者、支援者なのだ。日本の利
益とどちらを大事に考へてゐるのかも分らない。こんな人でいいのだらうか」。 古森記者が驚いたのですから、私も驚きましたが、安倍總理大臣がその經歴を知らない筈はありません。それどころか、かういふ「思想の持主」こそ、安倍さんの好みなのかもしれません。

 「中國の囘し者みたいに『日本は侵略國家』と叫びつづける北岡伸一氏を繰り返し重用してきたのが安倍政權です。今また皇室問題で御厨氏を起用するのが・・・安倍氏」ですね。そして、安倍・御厨・北岡のいづれにも代りがないとは!? 私も先生の驥尾に附して「ほとんど日本の未來に絶望」せざるを得ません。

つづく

ジャパン・ファースト精神の原点は歴史教育運動にあり

 この文章は、「新しい歴史教科書をつくる会」創立20周年記念集会(2017年1月29日)の挨拶文です。加筆修正したものが正論4月号に掲載されました。表題の一部「歴史教科書運動」のはずが「歴史教育運動」に間違って掲載されました。注:管理人

 私はつくる会の20年にわたる努力を思い起こし、私が辞任した後の皆様の固い意思と熱い情熱に敬意を抱きつづけています。本日は体調不良で、皆様にお目にかかれないのは大変に残念であり、申し訳なく思っております。

 さて、半年ほど前から、世界は大きく変わろうとしている、日本はこれから大変だ、という言葉が盛んに聞こえるようになりました。いったい何が変わり、日本にとって何が大変になるのでしょうか。防衛費を増やすことでしょうか。ひと昔前のような日米貿易摩擦が再来するのをどう防ぐかということでしょうか。アメリカは国防長官を最初に送り込んできて、防衛問題で日本のアキレス腱を押さえ、次に経済問題の追い打ちを掛けて、ゆっくり日本からカネをむしり取ろうといういつもの手を再び使おうとしているのでしょうか。

 それらを心配し、政府が対応策をいろいろ打ち立てるということは当然なされるでしょう。けれどもそういう心配や対策は全部受け身の話であって、日本がアメリカからの攻撃に備えどう身を防ぐかの話にすぎません。それはそれで今は大切ですが、単にそれでいいのでしょうか。

 「トランプ大統領の出現は日本再建のチャンスだ」ということが、一方で言われますが、われわれとしてなすべきは、トランプとアメリカ国民に次のように言うことです。「トランプさん、あなたの言うアメリカファーストはよく分かりました。それならこれから我々日本人も、ジャパンファーストで行きますよ。」

 さて皆さん、私だけでなく、すでに多くの方がジャパンファーストで行こうと叫んでいます。しかしどれだけの人がこの語の持つ本来の意味について考えているでしょうか。日本人はもう受け身ではいけない、という困難で危険なこの言葉の重みについて、思いを至しているでしょうか。

世界史を日本中心に見直す

 ほぼ20年前に、ジャパンファーストで行こうと声をあげたのは、「新しい歴史教科書をつくる会」にほかなりません。例えば私はつくる会機関紙「史」創刊号にこれを「自己本位主義」との名で呼びました。1930年代のナショナリズムと混同されるのを恐れたからです。

 「自己本位主義」とは、われわれが日本の歴史を敗北史観から取り戻す、というようなレベルの話ではありません。戦前の歴史を回復すればよい、という単純な話ではないのです。日本を中心の視座に据えて世界史を見直すということです。その世界史の中に日本を位置づけ、受け身の日本の歴史記述を止めることです。歴史学者の多くが陥っている内に籠った視野狭窄症をまず打破することです。国内政治史をこと細かに語るばかりで、世界史から自分を見ていない内向的歴史観の弊害を排除することです。次に世界の中で日本がどう鼓動しているか、どう対応し、結果としてどういう作用・反作用を地球上に引き起こしているかを見て、日本が外から受ける波だけでなく、外へ働きかけている目に見えない波をも見逃さず、世界史における日本の主体性の物語りを創造することです。これは明治日本もやっていません。

 そのプロセスで日本の弱点、宿命的な「孤独」の運命をも見失わないことが大切でありましょう。孤独であることの自覚、すなわち孤立感の自己認識は、自閉や閉鎖性を引き起こすものではありません。自覚はむしろ自閉や閉鎖性に陥る弊害から人を解放してくれるはずのものであります。

 このような「自己本位主義」で語られた世界史の中の日本史はいまだ存在しません。しかし少なくともわれわれはそれを理想として教科書を作成し、採択にまで手を拡げ、子供たちに渡して、日本と世界の関係を変えようとしました。

 教科書採択の成果は乏しかったのですが、そこから流れ出したジャパンファーストの精神運動はさまざまな方面の人々に引き継がれました。いま、5,6冊の保守言論界を代表する雑誌が出ていますが、そこに集結した人々の文章のみが、今では唯一の国論をリードするパワーです。そしてここに「新しい歴史教科書をつくる会」の精神は流れ込んでいます。外国に日本の言論を英訳して紹介する運動も起こりました。中国や韓国にやられっぱなしの「歴史戦」に必死に風穴を開けようとしてきたつくる会中心の努力も見事です。「新しい歴史教科書をつくる会」の運動本体の声は小さくなりましたが、その声は八方に飛び広がり、影響を与えつづけてきました。本当は政府がやらなければならない仕事を代りに実行したのが「新しい歴史教科書をつくる会」です。そしてそのジャパンファーストの精神的課題はさまざまな人の手に渡り、拡大し、今も続いています。

 グローバリズムはその当時は「国際化」というスローガンで色どられていました。つくる会は何ごとであれ、内容のない幻想めいた美辞麗句を嫌いました。反共だけでなく、反米の思想も「自己本位主義」のためには必要だと考えたし、初めてはっきり打ち出しました。私たちの前の世代の保守思想家、例えば竹山道雄や福田恆存に反米の思想はありません。反共はあっても反米を唱える段階ではありませんでした。国家の自立と自分の歴史の創造のためには、戦争をした相手国の歴史観とまず戦わなければならないのはあまりにも当然ではないですか。三島由紀夫と江藤淳がこれに先鞭をつけました。しかし、はっきりした自覚をもって反共と反米とを一体化して新しい歴史観を打ち樹てようとしたのは「つくる会」です。われわれの運動が曲り角になりました。反共だけでなく反米の思想も日本の自立のために必要だということをわれわれが初めて言い出したのですが、これは単に戦後の克服、敗戦史観からの脱却だけが目的ではないというわれわれの理想の表われだったということが今忘れられています。

日本の近現代は江戸時代から

 「新しい歴史教科書をつくる会」が設立記者会見を開いたのは1996年12月でした。その翌年私は産経新聞社の故住田良能社長に呼ばれ、保守系知識人を糾合した歴史に関する大型連載を主宰してくれないかと頼まれました。藤岡信勝氏主宰の『教科書が教えない歴史』がベストセラーになった直後のことでした。新聞社は二匹目のドジョウを狙ったのかもしれませんが、「私はベストセラーは出せません、私がやらせていただけるのなら、日本を軸とする世界500年史です。」とお答えしました。即答したのです。年来暖めていたテーマです。自分ひとりではできません。『地球日本史』という題の連載とその後同じ題の五巻本が刊行されたことを皆様覚えておられるでしょう。

 『地球日本史』第1巻「日本とヨーロッパの同時勃興」、第2巻「鎖国は本当にあったのか」、「第3巻」「江戸時代が可能にした明治維新」、そして少し間を置いて、『新・地球日本史』第1巻「明治中期から第二次大戦まで」、第2巻も同じく「明治中期から第二次大戦まで」として全五巻が出版され、うち最初の三巻は扶桑社文庫にもなりました。

 全五巻に書いて下さった執筆者は総数で七十人に及びました。お名前を全部ここに掲げることができたら、歴史の専門家からジャーナリストまで含むその多彩な顔ぶれに驚かれるでしょう。そしてあのとき、ジャパンファーストの歴史観が言論界の一角に、初めて立ち現われたのです。専門の歴史学界と歴史学者たちを嘲笑うように、一定数の有力な知識人の賛同を得て、わが国の歴史を500年遡って世界史の中に位置づけ考察するものの考え方が初めておぼろげながら姿と形を表わしたのでした。

 なぜ500年でなければいけないのか。100年や200年ではいけないのか。100年や200年を遡るだけなら、明治維新が近現代史の中心の位置を占め、決定的な意味をもったということになりかねません。しかし日本史の現実が告げるものは果してそうでしょうか。私は江戸時代に日本の近代史は始まったと考えています。

 欧米とはまったく別の根幹から、独自の主体的な歴史が展開されていたと考える者であります。世に広がっている通説はご承知のようにそうではありません。明治に日本が世界に向け閉ざしていた窓を開け、欧米模倣国として文明開化したことからすべてが始まり、今日に至るというのが一般的な考え方です。あらゆる教科書はその通念に従っています。

 しかし他方、こう仰有る方もいるでしょう。江戸時代は最近「初期近代」として歴史学会でも尊重され始めていると。私はそれとも少し違う考え方をしています。世の中にはマルクス主義の影響がまだ残っていて、歴史を古代、中世、近世、近代というように時代区分する単純な発展段階説にとらわれている人が圧倒的に多いのです。そのため江戸時代を「初期近代である」とか「近代準備期」であるなどと呼ぶ人が少なくないのですが、少し違う考え方をしてみて下さい。私は「近代」はヨーロッパやアメリカに典型があるのでもなければ、われわれが「目的」として意識するような性格のものでもなく、そもそもどこかに「完成品」が存在するものではないと考えています。いわば固定されていない動く概念であるといっていいでしょう。

 例えばアメリカの歴史を一例として考えて欲しい。アメリカ史はひところ明るい「近代」の実現のモデルのように思われたかもしれませんが、よくみると野蛮な暗闇、「前近代」の暗黒を今に至るもいかに深く宿した国の歴史であるかということを痛感させられます。一方、イスラム世界は「前近代」の代表のように扱われてきましたが、そんな簡単なことがいえるでしょうか。キリスト教徒の偏見の面もあるのではないでしょうか。

 「近代」という心の現実、ないしは精神の秩序はたしかにあると私も信じています。ただしそれは「古代」との緊張関係のもとで初めて捉えられているものであって、ヨーロッパがアラブ世界と「古代」を奪い合ってきたように、日本は中国と「古代」を張り合って来た歴史があり、そのことと「近代」の自我の確立が無関係であるとは思えません。つまり「近代」はカミの概念、自己の歴史の根幹にある「神格」の追求と更新、その破壊と再創造の微妙な精神活動と無関係ではないと思えるのです。

 ですから江戸時代は「前近代」でも「初期近代」でもないのです。「近代」そのものなのです。むしろ明治以後においてわれわれは「近代」を再び失っているのかもしれません。そういうとびっくりされるでしょうが、「近代」は動く概念です。

 ともかく単純な発展段階説を止めましょう。例えば、漢唐時代の中国の官僚制度に私は「近代」を認めるのにやぶさかではありません。歴史を大きなスケールで相対化し、複眼で捉え直しましょう。そして、そういう目で見た世界史の中に日本史を置いて、既成の観念を取り払いましょう。それが「新しい歴史教科書をつくる会」が精神運動としてもっていた本来の意味だったのです。

今の議論に欠けているもの

 けれども、実際には世の中はどんどん動いています。最近ではジャパンファーストの歴史論は別のいろいろな形で次々とどぎつい姿で出版されています。例えば日米戦争で悪かったのは日本ではなくアメリカの方だった、という言い方が最近はやりになり出して、それにイギリス人ジャーナリストやアメリカ人学者が動員され、参加しています。中国や韓国を批判するのに中国人や韓国人を登場させるあざとい商法が、欧米人にまで応用されだしていることに私は驚くとともに、隔世の感を抱いています。

 東南アジアでわが国将兵が残留し現地解放の任を果たした事はよく知られています。比較的若い世代の中に、今この事実をあらためて調査し、感謝して下さる現地の人々のストーリーを日本に紹介して下さる方がいます。われわれが勇気づけられる有難いお仕事ですが、16世紀のスペインやポルトガルの却掠以後のあの地の仮借ない歴史が総合的に反映されていないと、なにとはなく不足感を感じさせられます。

 日本を主張することと日本を褒めることとは別です。中国や韓国はなぜいつまでも日本のように近代文明を手に入れることができないのかを、単に自国を自慢するために説きたてるのだとしたら、その本の魅力は始めから半分失われています。

 歴史の根っこをつかまえるのだとしていきなり『古事記』に立ち還り、その精神を強調する方が最近は目立ちますが、神話と歴史は別であります。神話は解釈を拒む世界です。歴史は諸事実の中からの事実の選択を前提とし、事実を選ぶ側の人間の曖昧さ、解釈の自由をどうしても避けられませんが、神話を前にしてわれわれにはそういう自由はありません。神話は不可知な根源世界で、全体として一つであり、人間の手による分解と再生を許しません。ですから神話を今の人の心にも分かるように無理なく伝えるのは至難の技です。多くの哲学的・神霊学的手続きが必要です。たいていの『古事記』論はそういうことをやっていません。

 以上私はいくつかの例をあげ、最近メディアに登場している日本万歳論を取り上げてみました。どの本も力作ですが、何となくムード的です。理論を欠いています。歴史とは何かを問う哲学的思索に裏付けされていません。日本は素晴らしいという、ばくぜんとした情緒にのせられています。これではだめなのです。長持ちしません。

 皆さん、トランプ米大統領が出現してから、今までグローバリズムの名で自らのナショナル・エゴイズムを隠していたアメリカが、にわかに牙を剝きだして来た姿にわれわれはいま驚いています。アメリカはそれだけ余裕がなくなり、没落しかけている証拠かもしれません。これからひと波乱もふた波乱もあることが予想されます。対抗するにはジャパンファーストで行くしかないのです。それには歴史がポイントです。自国の歴史に主体性の物語を見出すことがいかに大切かがあらためて実感されます。「新しい歴史教科書をつくる会」の創設と活動がこの点で今あらためて振り返られ、再認識され、どこに真の問題の鍵があったかが再発見される必要が今こそ高まっているのではないかと感じる次第です。

「新しい歴史教科書をつくる会」創立二十周年記念集会の挨拶(2017.1.29)