坦々塾 呉善花先生講義(三)

 ここでこの精神状況というものを、少し詳しく紐解いておきたいと私は考えます。

 日本を訪ねた韓国人はすなおに日本のすごさ、すばらしさを認めます。料理に限りません、例に挙げると「ものづくり」。これもあらゆるものが精緻で美しく機能的で、かつ伝統に裏打ちされている。あらゆる分野での工芸品の水準の高さは目を見張ります。また、先端技術が生かされた高度な社会システムが構築され、秩序は乱れない。
 
 世界の人々が驚いた東日本大震災のときの日本人の姿。極限の自然災害に遭遇しても、人に譲って自分をあとにするという道徳心をまざまざと見ました。韓国人も衝撃を受けました。なぜ、あんなことができるんだろうと。こうして敬意をはらうと同時に、頭が混乱するのです。「日本人とはいうのは全くわからない国民だ」ということになるのです。

 日本人の精神の軸。そう呼べるものがいったい何なのか。全くわからない永遠の謎なのです。

 韓国は基督教社会です。一神教の社会というのはその点でわかります。勿論、朱子学の儒教社会はわかります。韓国の軸と言えるでしょう。日本人は何が軸と言えますか?神道ですか、または武士道ですか。ある人はそれではなく仏教だというでしょう。ほかにもあるかもしれません。韓国人はそこで戸惑ってしまうのです。

 つまり軸が一つではない。日本には至る所に神社がある、寺もある。その神社というのも八百万の神々を祭っているので同じではない。太陽であったり樹木であったり自然をうやまうアフリカの人ならわかる。日本人も自然をうやまいますがわかりにくい。バラバラなんです。もしかしたら悪魔を信じているのではないか。そのように韓国人は思うわけです。

 正月には初詣に神社に行って、その足で寺にお参りするような日本人だってざらにある。

 どういう精神性なのかと頭が混乱するのです。ほとんどの韓国人はここで困ってしまう。そして、混乱するだけではなく、許せないということになるのです。私も長い間、そうしたどこか許容できないという気持ちをもっていた。

 韓国の人は先祖以外は拝んではいけません。いろんなものを拝むのは迷信の部類です。韓国はちょうど日本が鎌倉時代のころ、仏教を棄ててそれから陽明学も弾圧して、朱子学だけを大切にするという転換を行いました。朝鮮における文治主義の徹底です。日本は鎌倉時代以降も野蛮な武士の戦いがいっこうにおさまらない。どうにもならない国だと、私たちの先祖は思っていたわけです。

 日本人にはひとつの価値とか道徳がない。なんだかわからない。韓国人の善はわかりやすいのです。一つだけある。儒教に説かれている聖人君子がその善を体現している。金正日一人が善を実現できる人で、それ以外は悪である。一番偉い人が一番正しい。朱子学の教えはこれであると。

 そしてデタラメな基準で生きている日本人はこれが理解できないから、いつも頭を叩いておかないと彼らは何をするかわからない。考えを変えてしまう。常にきちんと教え込んでおかないといけない。韓国人が言うところの「歴史認識」とはこれであって、双方の国民がそれぞれ意見を主張しあって互いに歩み寄る、というものでは決してないのです。日本人がやることは韓国が主張するものを受け取るだけ。反論や異論等とんでもない。繰り返し繰り返し、韓国の言うことを日本人は心して聞けということです。

 日本人にしてみると実に不可解なことだと思うでしょうが、現在の韓国の朴政権は戦後いちばん外交で成功しているという評価を国内ではしています。

 普段は日本人はぼおっとしている。けれど何か一つ掴んだときの集団主義は怖しい。韓国人はそういう恐怖心で見ています。事あれば、いつ軍国主義になるか知れない。震災のときもそうでした。ここから日本人はさっと変質していくのではないか。軍国主義に走るのではないかと心配しています。

 日本人と韓国人の価値観について、もう一つお伝えしておきたいと思います。

 「もののあわれ」というものを日本人なら感覚的に、情緒的に知っています。一方、韓国人は「恨」の国民だと自他共に認めています。二つの国民性は大きく異なっています。もののあわれというのは何でしょう。秋になると日本人は物悲しいと言ったりします。虫の声が聴こえると、ああ秋だと言います。木の葉が紅く染まってくるとこれも秋を感じますね。
 
 韓国人は日本人ほど虫の音が聴きわ分けられません。日本人は敏感なのです。柿の木に実が成っていたが、秋も深まり三つしか残っていない。こうした情景も日本人は美しい感じたりします。しかし韓国人がこれを見たら美など感じません。三つしかない、これは不吉なのです。韓国人は花が咲き、木が生い茂っているなら、永遠に咲いて永遠に繁っていてほしいと思うのです。「なぜ枯れて(衰弱して)いくのか?」。この感情も「恨」なのです。枯れること、弱ること、衰えること、すべてあってはならないのです。

 私は昔、日本の茶道をまなぶ機会がありました。茶室に招かれて、お点前を待っていました。部屋の一角の花筒に今にも落ちてしまいそうな枯れ葉がありました。私はこれがイヤで「生き生きとした花ならまだしも」と思って質問したのです。すると先生は、「この瞬間にしかみられない生命の儚さ」というものがあるのです、と説明してくれました。初めてそんなことを知りました。

 日本の人たちは桜をこよなく愛します。桜の花といっても僅か三日か四日。長くて七日くらいで散ってしまいます。雨風が来てたった一日で花が終わることもあります。けれど日本人はこの儚い花を観るために花見に繰り出します。散り際が美しいとも感じます。韓国人にはこの感覚がわからないだけでなく、怖いのです。潔いという美意識が怖い。日本人は親切なときは親切。ですが、あまとはぱっと斬ってしまう。朝鮮人はそう思うのです。日本人はわがままも聞いてくれるが、桜の花のようにさっと態度を変えるかもしれない。

 恋愛の話をすると、日本の男性は好きな女性に告白して、受け入れられないなら、大抵、さっと身を引きます。ところが韓国の男性はそうはしない。好きな女性に対してはいつまでもどこまでも未練がましく追いかける。女性が結婚してもまだ告白している。韓国人は自ら、それを「情が深い」と自讃しているのです。韓国人は水に流すことはできない。過去をずっと携えて言う。相手が、相手である日本人が水に流すのは許せない。だから、善である韓国人は、善でない日本人に対してずっと言いつづけなければいけない。そう思っているわけです。

 永遠に咲いている花なんてこの世にありません。しかし、韓国人はそれを望んでいるのです。だから、韓国には至るところに造花を飾ってあります。公の場所、ホテルのフロントなどでも見かけるでしょう。造花はいつまでも枯れない、萎れない。したがって韓国の国花は「むくげ」なのです。華やかとはいえないけど、散らないからです。

 韓国人はユダヤ人が大好きです。私たちは一度も侵略したことがない。善なる民族である。同じく受難がありながらユダヤ人のように優秀で強くありたい。朱子学の教えでは、善なるものは枯れたり、萎れたりしてはいけない。つまり死んではいけない。だから息子を産むことです。そうすれば遺伝子が代々継いでくれ、明るい未来になる。若いときに勉強するのは将来、苦しみが少なくて済むと思うからです。「私には苦しみがあってはならない」。そう深層にはそういう意識があるのです。
 私には苦しみがあってはならないはずなのに、日本人のせいでこんな苦しみを負わされている。こうした偏った性向が嵩じたのか、「火病」という世界で韓国人にしか罹らない珍しい病気があります。「火病」の症状は体の片方に熱がこもって、もう片方が冷たくなる。原因はストレス。嫁と姑の間で葛藤が生じて、女性に多かったが最近は男性患者も増えている。ストレスの内容ですがやはり「恨」、恨みつらみと関係があるとされています。

 日本人が韓国人に話し合いましょうと言ってもうまくいかない。当面は、日本人の知恵であります「間」をおくこと、それから立ち向かっていくことが大切だと私は思っています。                    (了)

坦々塾 呉善花先生講義(二)

 もう多くの日本人が気づいていることですが、韓国の歴代の大統領は支持率が落ちると反日をあらわにしてきました。毎回、同じことを繰り返しています。

 李明博前大統領も竹島で品のない反日発言、反日パフォーマンスをしましたね。がっかりしますが、この傾向は直りません。経済発展を遂げたら、多少は反日意識が変わるかとも思いましたが、教育によってつくられたものですから根が深い。日本のことがわからないまま、韓国では反日感情が沸き上がってしまうのです。韓国人が叫ぶ「正しい歴史認識」とは何ですか?いったい何が正しい認識だというのでしょう。

 ここから大事な話をしていきたいのですが、ふつうは「正しい歴史認識」という場合、互いに立場が異なるのですから、「正しい」とそれぞれみなしている問題について話し合いをはじめましょう、というのがあるべき順序ですね。ところが反日だけしか頭にない韓国人は「なぜ話し合いをする必要があるのか」と言います。未来に向きましょう、という意味は、「韓国は正しい」「日本は間違っている」ということを日本が理解すること、それ以外には話し合いもへったくれもないというわけです。そんなふうに感情が沸き上がっている。

 したがって日本統治時代の評価は一切できません。親日イコール売国奴なのです。もう既に、彼らは教え込まれている段階ではなく、すっかり頭がそうなってしまっている。じわじわと根付いてしまっている。

 さらには、韓国のマスコミは日本の評価が全くできない。マスコミが立ちあがらなくてはならないのに、何も言えないという状況になっています。

 私について言えば、親日派の代表であり、イコール売国奴という烙印を押されています。

 日本統治時代は良いことも悪いこともあったなどと言ったなら、韓国では袋叩きに会います。私は韓国人でありますが日本の国籍を持っています。真実を言わなければならないと思ってやってきましたが、去年入国拒否になって、私は韓国に入れません。

 朝日新聞の誤報というより捏造で明らかになってきた慰安婦問題。このことは皆さんが注視しておられることですが、たとえ捏造されたということがわかってきても、反日韓国の態度は一向にかわることなく、慰安婦と歴史問題を携えて日本憎悪を強めていくことでしょう。そんな中で、最近、新しい事実がわかってきました。韓国における米軍のための慰安婦、つまり米軍兵士のための従軍慰安婦問題がこれこそ確実な証言、証拠を揃えたうえで立ちあがっています。基地で何があったのか、韓国はどう協力したのかといった核心がこれから明らかになってきます。

 韓国は自壊していくのではないでしょうか。けれどもそんな危機感もなく、一本調子で日本人に対する憎悪と侮蔑を募らせています。韓国は何があっても日本人を貶めたい、賤しい存在であるかということを世界に広めたい。とにかく謝って謝って日本人は一生過ごすべきなのだというふうに思っているのです。朝日の捏造記事で曲げられてきた真実が是正されてきました。しかし、韓国はそんなことは関係ない。女性を卑しめた日本人はあくまでいやらしいのだ、と世界に喧伝します。そして原発事故を起こした日本の食べ物はすべて汚染されているのだ、とこれもまた世界に流布します。日本の産品はスーパーから消えてしまいました。日本の食品を食べるとからだが溶けてしまう、日本の若者が草食動物みたいにくねくねしているのもそのせいだと言っています。とにかく貶めたいのです。

 彼らは矛盾しています。こうして軽蔑していながら韓国から日本へ観光に押し寄せている。観光客は増えているのです。「日本はいいね、温泉がいっぱいあって」と全国各地の名所を訪ねたりしている。もともと韓国にはお風呂の文化はないのです。日本統治時代に日本式の銭湯をたくさんつくってもらった。そこからお湯の文化が始まったのです。

 温泉地に限らず、日本人の〈おもてなし〉の姿勢には感動します。懐石料理は韓国人には味が薄く刺激が少ないけれど、見ているだけでうつくしい。韓国では料理は大抵、大皿にどーんと盛ってまいります。食器も樹脂製だったり味気ない。日本は違います。旅館ではお小皿にこまごまと一品料理が色とりどりに並びます。これだけ芸術作品のような調理をするのは手間もかかるでしょう。一人にひとつずつ鉄鍋を用意してくれたり、ほんとうにすばらしいなあと感じます。

 意外とお思いになるかもしれませんが、韓国の人が日本に来て何が食べたいかというと、焼き肉なんです。焼き肉というと韓国の十八番でしょう。しかし、日本の牛肉、例えば松坂肉の美味しさといったら格別で、こんな口のなかでとろけるような肉は食べたことがないと感動して帰ります。勿論、国内でも和牛はあるんですよ。和牛といっても豪州産和牛ですけれども。やはり味が落ちます。日本の牛の旨さにはかなわない。私の友人もおいしい、おいしいと言って感激しておりました。
料理の美味しさ、おもてなしのすばらしさ、これを体験して韓国人は日本はすごい、日本人は親切だと感じて帰ります。なのに、帰国すると彼らはまた反日に戻るのです。

坦々塾 呉善花先生講義(一)

日本人にはわからない「韓国人の精神性」

 私は来日して三十年になります。これまでの間、常に日本を知りたい理解したいとつとめて学んできました。日本人についても相当わかるようになりました。けれど、理屈でわかっているつもりでも、ついていけないもの、慣れないものが三十年を経た今でもたくさんあります。

 その一つが言葉の発音です。日本語にあって韓国に無いもの、それが濁音です。韓国人は濁音が苦手でしゃべることも聞き取ることもむずかしい。話に夢中になっていると、濁音なのか半濁音なのか、判別できないことがよくあるのです。「今のはテンテン(濁り)ありますか?」と私はよく訊くものですから、私は〈テンテン病患者〉だと言われてしまいます(笑)。ですから今日の私のお話も流れから内容を掴んでいただきたいとお願いしておきます。

 日本では、「敬語」の使い方でも大いに戸惑います。世界で一番敬語が多いのが日本語と韓国語。ところが、日本と朝鮮とでは、敬語の使い方がまるで逆なのです。韓国は儒教社会で、身内を大事にいたします。そこで父親が留守という場合、「うちのお父さんにはいらっしゃいません」と言わなければなりません。日本では「只今、父はおりません」です。正反対なんです。今でも私は、どう言うべきかと迷うことがあります。ある会社の社長に電話をかけたら「鈴木は席を外しています」と返事をする。韓国の人なら「鈴木社長は舐められているのではないか」と思うに違いありません。

 外国に行って韓国人と日本人は似ているので、すぐ仲良くなります。互いに言葉が通じないときは英語で会話します。通じていくと互いに異国人であることさえ忘れてしまうほどです。しかし、だんだん相手の中に入っていくと、全然違う。最初は通じていても利害が生じると、小さな違いが大きくなります。

 同じ東洋人で顔も似ている。九割は似ている、しかし一割が違う。この一割がとても大きいのです。ここを見つめておかないと本格的な付き合いはできない。徹底的に見つめて目をつぶらず俎上にあげていくこと。これは大事です。

 十年くらい経つでしょうか。韓流ブームが日本に起きました。『冬のソナタ』を皮切りにたいへん盛り上がりました。あの〈冬ソナ〉のドラマを観た日本人は、昔の日本に出会ったような懐かしさを感じたと言います。確かに、そういをところがあるのでしょう。あっという間に主役のペ・ヨンジュンが大人気になりました。とくに「ヨンさま、ヨンさま」と中高年の女性の間ではたいへんな熱中ぶりでした。しかし、ヨンさまは商品として日本で売れたのです。

 あの頃、私は韓国に行きまして中高年女性達に聞いてみたことがあります。当然のように返ってきます。「なぜ、あんななよなよした男がいいんだろ。ほんとにわからない」と不思議がっていました。一般に韓国ではああいった軟弱な男は魅力がないのです。むしろイ・ビョンホンのほうがいい。ここにも韓国人と日本人の感じ方、男女に対する意識、価値観が大きく違っています。

 日本でいうと、鎌倉時代に当たりますか。朝鮮では、朝鮮時代に入り、仏教を排除、弾圧して儒教の朱子学だけを重んじる社会になります。国の統治から人々の礼儀作法まで、徹底した朱子学の価値観を敷いてゆきます。朝鮮半島は男権社会。女性にとっても完璧で強い男がいいのであって、慕われ、尊敬されるのは強そうな男性です。つまり、イ・ビョンホンのようなタイプ。よりによって、ヨンさまが騒がれること自体、自国の女性にはわかりにくい。

 では、なぜ日本でヨンさまが受けたのでしょうか。日本という社会は一見、男尊女卑に見えます。韓国人も「日本は韓国以上に男尊女卑だろう」と言います。イメージとして武士の夫婦があります。主人が勤めに出るとき、玄関先で「いってらっしゃいませ」と三つ指をついて妻が見送る。これが頭にあるので、男尊女卑だと私も思っておりました。

 しかし、日本におりますと、実は男性は表面だけで威張っていることがわかってくる。この社会は実は女性によって支えられていると思いました。この精神性は何なのか。〈かかあ天下〉と言ったり〈亭主関白〉と言ってみたり。けれど大抵は〈かかあ天下〉と女性を上に置いて、巧くいくんだという家庭が多い。

 韓国は違う。結婚したわが夫が絶対的なのです。女は夫を絶対唯一の神様のように支えなければならない。妻の役目がそうです。したがって〈かかあ天下〉に相当する言葉が無くて、逆はたくさんある。「雌鳥が鳴くと家が亡ぶ」と言い、「三日殴らないと女は天にのぼる」とも言います。男からいえば女は厳しくしつけておかないといけない、ということになります。

 一方、私は日本には母系社会が底辺に流れていると思っています。

 やはりここに母系社会と感じられるものがあるのです。もっと幅広くとらえると、日本には女神の存在が大きい。大の男たちが大勢、伊勢参りに行きます。富士山の祭神も女神です。それほど魅力があるわけです。

 拝む存在として女性を、男が拝むということは韓国ではありません。韓国の女性は完璧な男に憧れますが、日本の女性は、ちょっと物足りない男に魅力を感じる(笑)。それでやすらぎが感じられるみたいですね。

 けれど韓国では、自信がなくっても男は「俺は完璧だ」というところを見せます。そうして女性を口説く。日本の女性にとってわかりにくいでしょうね。韓国男性は嘘っぽくても強くなければいけないと思う。中国もそうですね。習近平も強く見せるでしょう。それに比べると、安倍さんでもどこかナヨナヨしているように見えてしまう。

 韓国ブームでキムチも定着しました。けれど、雲行きが怪しくなってから、両国の実情は少しずつ変わってきています。李明博前大統領が竹島に行って岩に登って日本を批難した。すると、日本人の韓国行きが減ってしまった。私が生まれた済州島も観光地です。日本からのお客が激減しました。半面、中国人の観光客が増えているが、現地は嘆いています。日本人はマナーが良くてお土産文化があるけど、中国人は土産を買わない。

「路の会」の新年会

 「報道2001」の私のテレビ発言について、50個に近いコメントが寄せられた。近頃にないことで心から御礼申し上げる。ひとつだけこの件で言っておきたいのは、今回は局側が私の発言をそれほど強く制限しなかったので、私はある程度、自説を述べられたのであって、とくにあの日体調が良かったからとか、自分好みの論題だったからとかいうことではない。この点は誤解しないで頂きたい。

 もし私に30分の自由時間をテレビが与えてくれたら、国民に心に残るメッセージを与えることは可能だろう。しかし地上波テレビは私にそういうチャンスを与えない。日本文化チャンネル桜のYou Tubeを見ていたゞきたい。これを見れば、私の訴えはすべてお分かりになるだろうと思う。

 「報道2001」は今回は私に例外的な対応をした。従って、このあと当分の間は出演を言ってこないだろう。左翼から圧力がかかっているだろう。視聴者のみなさんは、私に限らずいい人のいい話を聞けるか否かも局側の匙加減ひとつであって、出演者の自由でも責任でも努力課題でもない、ということを分っていただきたい。日頃のテレビを悪くしているのはすべてテレビ局にあるのだということをよく弁え、局にがんがん投稿することが必要である。左翼が圧力をかけつづけているのであるから・・・・。

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 さて皆さん、正月10日に「路の会」で新年会を開催した。「路の会」は毎月順調に例会を開いてきたが、当ブログではあまり報告されていない。

 新年会は故遠藤浩一さんに対する黙祷から始まった。何とも言いようもない衝撃で幕を開けた今年の正月だった。私は1月3日に彼から葉書をもらっていて、日付をみると12月31日に書かれていて、1日に投函されている。ひょっとしたら絶筆かもしれない。みなさんにお見せした。この一枚の葉書をどう扱ったらよいか分らない。葬儀が行われないというので、気持が鎮まりようがない。私は「正論」に追悼文を約束しているので、そこに祈りをこめることとする。

 新年会には21人が集まった。順不同で、加藤康男、尾崎護、大島陽一、木下博生、入江隆則、三浦小太郎、渡辺望(今回初参加)、伊藤悠可、堤堯、福井義高、大塚海夫、高山正之、宮脇淳子、河添恵子、藤井厳喜、北村良和、宮崎正弘、そして徳間編集部の力石幸一、赤石の諸氏に私である。

 長老の尾崎さんの「献杯」で会は始まり、中華料理をいたゞきながらの自由討論会となった。昨年アメリカに渡って、慰安婦像設置反対のための講演の旅をした藤井厳喜さんの話をぜひ聞きたいと堤堯さんから提案が出され、まずその話が披露された。

 サンフランシスコ郊外にクパチーノという町がある。アップルの本社があるシリコンバレーの中心の一つで、しかも反日運動の拠点だといわれる世界抗日連合会本部が置かれている都市である。かつて拉致された慰安婦は20万人とのばかばかしい数字がひとり歩きしていたが、世界抗日連合会は50万人にかさ上げした。半分は韓国人、半分は中国人だそうである。中国が運動に介入してきたからで、そうなると「白髪三千丈」のたぐいの大ウソが平気でどんどん広まる。

 藤井さんはクパチーノ市の市長と会ってきた。市議会議員は5人しかいないが、うち4人は慰安婦像の設置に反対している。外国人の間のトラブルを自分たちのコミュニティーに持込んでもらっては困る、という常識的判断が働いている。議会筋の話も入れて総合すると、この市の像設置はおそらくないだろう。だがと藤井さんは言った。

 今後はアメリカ全土の見通しは楽観できない。中国が介入し、ロビー活動が動き出しているからである。慰安婦も、南京も、いよいよ攻撃が強まるだろう。在米日本人はがんばっているが、日本政府がしっかりしていない。歯がゆいばかりである、と。

 日本も組織的反中反韓運動を組み立て、政府がそこに資金を投じ、情報キャンペーンに本腰を入れるべきである。現代の戦争は歴史の解釈の戦争であり、言葉の戦争である。まず日本国内で「日中友好」再燃ムード阻止、「韓国冬季オリンピック」協力ムードの阻止を確立すべきであると思う。

 海上自衛隊の大塚海夫さんが久し振りに姿をみせた。以前は例会を欠かしたことのない人だったが、国家の周辺の急変事態でこのところずっとお休みだった。「海将補」という新しい名刺をもらったが、昔の位でいえば海軍少将だそうである。

 靖国参拝についてのアメリカの例の「失望した」発言でこのところぎくしゃくしている日米関係が防衛にどう波及するかが話題になった。大塚さんは在日米軍と海上自衛隊との関係はゆるぎないものであると仰有った。もともと在日米軍の主力は海軍なのだが、家族を含めて日本に在留しているので、日本の良さがよく分っていて、それが米軍そのものとの良好な関係にもつながっているとのお話であった。さもありなんと想像できた。その他微妙な情報もいろいろあったが、ここで公開するわけにはいかない。

 ブルートレイン廃止の是か非かで、1月3日の産經に大きな顔写真と共に石破自民党幹事長との対討記事がのっていた福井義高さんがお話になった。福井さんは元国鉄勤務で、その方面の本もある。ブルートレインは廃止論者で、存続論の石破氏と立場を異にしていた。しかし新年会で話題になさったのは鉄道のことではない。アメリカ大統領選挙のことだった。

 オバマの次は誰になるか、が日本の政治にも関係してくる。前回の選挙で立候補した共和党のロン・ポールは80歳で、最近引退し、息子のラント・ポール上院議員(50歳)が父の思想的立場を承けて立候補するらしい。ロン・ポールは名うての孤立主義者で、今のアメリカの向かっている潮流に棹さしていた。ラント・ポールは同じ傾向とはいえ父親より穏健なので、より巾広い層の支持を得られる可能性がある、との福井さんの観測であった。

 孤立主義はオバマがすでにそうである。オバマは評判が悪い。日本に対してはそもそも関心がない。しかし福井さんにいわせれば日本が「離米」するチャンスでもある。孤立主義の外交政策は日本は日本の侭で行かせよ、という考え方である。米海軍はラインを東南へ引き下げる。陸軍のコミットメントを止める。アメリカの国境はいよいよ露骨に日本列島そのものになる。むかしのアチソンラインに似ている。日本列島がアメリカの軍事的最前線になり、しかも米軍は主力を引き上げる。長距離核だけで対峙するということになろうか。いよいよ日本はぼんやりしてはいられない。庇護者アメリカは完全に消えてなくなるだけでなく、日本を砲弾の楯にしようとしているのである。

 在日米軍は家族ぐるみで日本社会と接しているので、大塚さんの仰有る通りたしかに他国よりも日本に親和性を保っているのかもしれない。しかし軍は政治の支配下にある。時期大統領選挙は日本の運命は大きく影響するので、今から研究を重ねていく必要があろう。

師走の近況報告

 私はいま四つの会に参加ないし関与している。ひとつは私の主催する勉強会「路の会」で、毎月の例会は順調に開かれている。10月は新保祐司さんの「信時潔について」、11月はヴルピッタ・ロマノさんの「ムッソリーニについて」、そして12月はこれから開かれるが、桶谷秀昭さんの「マルクス『資本論』を読む」である。

 どれも面白いのでそのつどこの日録にレジュメを書きたいと思いつつ、果せない。来年は必ず実行しようと思う。テープ録音しているので、聞き直すことに意味がある。どうも片端から忘れていくので勿体ない。

 もうひとつは坦々塾である。これは3ヶ月に一度の割で開かれ、プロの評論家たちとは違う社会人の楽しい仲間が集う。11月の例会ではメンバーのお一人の三菱カナダ銀行元頭取の足立誠之さん、ゲスト講師として評論家の西村幸祐さん、それに私の三人が各一時間のスピーチをした。

 足立さんのスピーチは文章化されているので近くここに全文を掲示する予定である。私の話は『撃論ムック』の私の連載において評論文体に改め、正確に再現する計画である。次回の坦々塾は1月に新年会を開き、3月に次の例会を開催する。3月の会合のゲスト講師は山際澄夫さんにきまった。

 以上のほかに私は日下公人さんが座長の「一木会」、中曽根元首相を囲む箕山会(きざんかい)のメンバーに誘われ、毎月一度のペースで参加している。そこでの経験も追い追いお知らせしよう。これだけでも大変に忙しい。

 年をとると社会生活が乏しくなるとよくいわれる。だから人に会うのは大切であるとの言葉をよく耳にする。孤独が性に合っているので社交的に行動することは昔から苦手である。年をとったからどうしなければ、ということは私に限ってはない。たゞ大学勤務がもうないので、これくらいの会合に出る時間のゆとりはある。

 このほかに私が定期的にやっていることといえば、(株)日本文化チャンネル桜の「GHQ焚書図書開封」の放映である。放送日が少し間遠になっているが、毎月録画をするのが慣例である。第27回まで実行され、第23回分までが今校了直前まできている同書第二巻に採録される予定である。

 従っていま放映中のものは来年出す第三巻への集録を予定している。少し内容を変えて、第三巻は歴史を離れ、戦時中の日本人の心の秘密をさぐる、という方向の内容を模索している。

第24回放送 日本文明と「国体」
第25回放送 戦場が日常であったあの時代
        ――一等兵の死――
第26回放送 戦場の生死と「銃後」の心
第27回放送 空の少年兵と母

 考えてみると「国体」も「銃後」も死語であり、「七ツ釦は桜に錨」の予科練の「少年兵」ももう実感として知る人は少なくなっている。少年兵と母というところが肝心で、放映中文章をよみ上げながら私は思わず涙ぐんでしまった。

 以上のほかに『WiLL』や『諸君!』や『Voice』等に寄稿したり、関連の講演に出かけたりするのが私の日常だが、今年は例外的に単行本を数多く出したので、そのこともあってひどく忙しかった。

 2月号向きには『諸君!』から「わが座右の銘」アンケートをたのまれ、ニーチェのある言葉に3枚のエッセーをつけて提出した。

 12月20日には既報のとおり、『WiLL』記念四周年の講演会で話すことになっている。話題の田母神前空幕長が私の前に講演されるらしい。詳しくは『WiLL』1月号112ページを見られたい。

 『三島由紀夫の死と私』は出たばかりで、どう読まれているのかは知らない。「つき指の読書日記」で感想文がのったので、ご紹介する。また朝まで生テレビ出演に関して、友人から新しい感想文が届いたので、以下に二つをつづけて掲示し、近況報告を閉じる。

本の論説がいまの私の生きざまに迫ってくる、こんな為体(ていたらく)でよいのかと射ぬいてくるとは思わなかった。日々、読書に明け暮れし、一端(いっぱし)の読書家気取りでこうしてブログで駄文を書き散らかしている。行動とは無縁の状態にある。
 団塊の世代で、当然、全共闘にかかわった世代である。三島由紀夫の事件は、二〇歳過ぎ、東京で学生生活をし、鮮明に記憶に刻み込まれている。それこそ多くの報道や写真に、受動的に眼をとおしていた。
 東大全共闘との三島由紀夫の討論、当時、読んでいた。意外と共鳴する部分の多いのに驚かされた。しかし、同じ世界、拡がりには住んでいるとは思っていなかった。あの事件は異質な出来事、単なるアナクロニズムだとみなし、それ以上は思考を取り止めた。
 西尾幹二『三島由紀夫の死と私』(PHP研究所)を、またしても吸い込まれるように読んだ。ある意味で怖ろしい書である。氏が三島由紀夫との出会いになる『ヨーロッパ像の転換』も、その訪問時の印象を書いている『行為する思索』も読んでいる。手に入らなかったのは『悲劇人の姿勢』だけで、村松剛、徳岡孝夫両氏の本も後に目をとおしている。江藤淳のその部分は読んでいない。その書籍で事件を判断しようとは思わなかった。西尾幹二のように、刃を突きつけられることはなかった。本書の強靱さで、その奥底にある深さ、理解への重い扉をはじめて開いてくれた。
 団塊の世代は全共闘運動をその後、回想することはなかった。内ゲバと浅間山荘で、一括りにできない現実だけが暗鬱に残り、語らないことを当然視しているのは、私だけではない筈である。それほどの思想ではなかった。自分を含め、教養主義の残滓だけ抱えているひとはいる。
 文学も当時とはちがい、芸術とか政治とか、あまり活字が大きくなることは嫌っている。私小説はもともと馴染めなかったし、青臭い話よりはエンタテインメントか、大人の情感に裏打ちされた直木賞を愛するようになった。三島由紀夫の小説も数多く読んでいるが、『豊饒の海』以降は止めた。
 いま西尾幹二は、日本の自立を熱く語りはじめている。現下の問題を超えた、日々の時流に流されず、先々の時流を織り込んだ、俯瞰力のある論をいずれ示してくれるだろう。問題は他国にあるのではなく、足許の日本にある。そこから思考停止せずに組み立てていくしかない、そう思って、迫真の書を置いた。

つき指の読書日記より

F
「日録」に、あの番組についての感想、ほぼ出揃つたやうですね。そのどれもまったうと存じます。
まことにお疲れさまでした。
以前は、私が先生なら、あんな番組には出てやるものかと考へてゐました。あのウジ蟲以下の連中と席を同じうすることは不愉快に決つてゐるからです。思ふだに蟲酸が走ります。この思ひは多分先生におかれても同じでせう。
けれども、最近は、さういふ感情を抑へて出演される先生のお考へが、多少なりとも分るやうになつてきました。如何に癪に觸らうと、言ふべきことを言ひ、視聽者の何%かでも啓蒙できればといふお考へでせう。
そして、これは今囘成功したと思ひます。私の場合、通つてゐる接骨院の待合室で、をばさん達の「あの西尾といふ人、なかなかしつかりしてゐて、いいことを言ふわね」といつた會話を聞いた程度で、何%といふやうなことまでは、とても分析しきれませんが。
先生が大聲を發せられたり、イライラなさる場面、はらはらしながら、痛々しく拜見したことはたしかです。しかし、結果として「きちんと説得的に」話されたことは間違ひありません。だからこそ、下町(場末?)のをばさんまで感ずるところがあつたのだと思ひます。
それにしても、ギャラ(幾らか存じませんが、大した額ではないでせう)に合はぬ、面白からざる役ですね。私なら、やはり「出てやらない」でせう。
田母神さんといふ人、日を經るにつれ、私は好意を募らせてゐます。特に、そのユーモアと生まじめさが好ましい。
そして、誰かが言った「國民の國防意識に大變革を齎すかもしれない」との説には、さうあることを切望します。しかし「まづ國民にショツクを與へること」(ヒトラー)、「民衆をして唖然たらしめること」(マキャベリ)の有效なことを思ふと、田母神さんの、あまりの靜かさ、穩やかさがマイナスになることを危惧します。
田原なぞが口モグモグで、誰も何も言へないうちに、靜かに、堂々と核武裝を進めてくれるやうな英傑の出現は、我が國に於ては望めないのでせうか。
先生によつて教へられた、ミラン・クンデラの「一國の人々を抹殺するための最初の段階は、その記憶を失はせることである」は、日本に於て既に半ば以上成功してゐませう。しかし、なんとかこれを覆したいものです。
先生の御健鬪を祈るや切です。但し、お年と御健康もお忘れなく。

「路の会」11月例会

 「路の会」11月例会が26日京都大学教授佐伯啓思氏を講師にお招きして行なわれた。テーマは「9・11以降の思想的課題」。お話の大要は以下の通り。(要約文責は西尾)

(1)9・11テロは「アメリカに対する攻撃」という以上の意味をもっている。

(2)9・11テロについての従来の二つの立場。
   ①フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」とネオコンの歴史観。
   ②文明の衝突というハンチントン的理解。

(3)これに対し第三の解釈、9・11テロは西欧近代主義の生み出したものである、という考え方がある。    ジョン・グレイとエマヌエル・トッド。

(4)西欧近代とは何か。三つの柱がある。
   ①近代国家体制。(主権国家、国民国家、中立国家)
   ②合理性・脱魔術化・科学と技術信仰。
   ③生命尊重・自由平等・幸福追求の権利。

(5)西欧近代主義は、それが実現するとともに深いニヒリズムに陥る。現代のニヒリズムを特徴づけるものは「グロバライゼーション」と「ポストモダニズム」。

(6)イスラム・テロリズムは西欧近代主義が生み出した西欧近代への反逆である。ニヒリズムは宗教的原理主義(イスラム)と世俗的原理主義(アメリカ)をうみだした。

(7)9・11によって西欧近代主義は破産し、その矛盾があらわにされた。(注・このポイントが佐伯氏のお話の中で最も面白かった  西尾)

   ①近代主権国家は相互の主権を尊重するという前提であったはず。イラク戦争は簡単にこれを跳び越え、他国侵害を行った。ブッシュの予防的先制攻撃には付帯条件が必要であったはず。自由と民主主義を世界に広げるというアメリカの旗は矛盾をさらした。

   ②生命尊重・自由平等・幸福追求の権利という西欧近代主義の理想はむなしくなった。生命を顧みないことで他の生命を奪う自爆テロは何の価値があってのことか。アメリカもこの矛盾の論理の内部に入る。アメリカも生命尊重という原則を放棄している。アメリカ国民の生命を守ると称してイラクで自他の生命を傷つけ、アメリカ国内の自由を侵害してさえいる。

   ③西欧近代の中の自由は万能ではなかった。自由主義・開かれた社会・寛容の原理の中に自由を否定する勢力が入ってきたらどうするのか。自由が至上価値ならそういう勢力をも受け入れざるを得ないであろう。排除するなら自由は西洋的社会の中でしか通用しないことになる。調整がつかない。

 例えば政教分離の原理が守られているなら、世俗世界では自由が守られる。しかしイスラムのような政教分離していない世界とはこれは両立しない。

 西洋とイスラムは両立しない。自由と民主主義は西洋の中でしか通じない。

 西洋が主導するグローバリズムの時代は、今の現実だからどんどん進んでいかざるを得ないだろう。しかしこれは理念として世界を救う原理にはならない。

(8)西欧近代という理念の失効は、ニヒリズムの結果としての「力への意志」(ニーチェ)をひき起さざるを得ない。他に頼るものがないからだ。現に「力の政治」がもたらされた。

 力は現代では①軍事力=政治力 ②経済力 ③人間の力を結集させる力(多くは宗教的民族的なもの)

 互いに国境を低くするグローバリズムは協和の時代ではなく、まさに覇権競争の時代である。

 以上の状況だとするとわれわれはこれから何を考えたらいいのか。アメリカとの関係(中国ではなく)をどうするかがポイントだ。アメリカこそが最大のニヒリズム国家、これをどう扱うかが基本問題だ。

 アメリカからどう精神的距離をとったらいいのか。

 安倍政権は価値観外交といい、アメリカとは価値を同じくするといったが、自由と民主主義は価値ではない。アメリカのそれにはユダヤ=キリスト教的なものがバックにある。

 自由と民主主義は普遍化し得る価値ではない。地球をすべる正義ではない。そのことに日本人は疑問をもち出してきた。

 日本的な価値がある、とあえて言うべきだろう。だが、これはなかなか世界に発信できない。世界に訴えることがむつかしい。

 京都学派の哲学者たちは戦争直前にそれを考えていた。哲学概念の操作において、西洋的なものにまきこまれつつであって、したがって不完全ではあったが、一つの試みだった。

 アングロサクソン中心の自由と民主主義に対しアジアという尺度をもってきたらどうしたらよいか。二つの世界を媒介できるのは日本だけだと考えた。

 試みはうまく行っていないと思うが、一つの試みがなされたことは重要である。

 以上の要約は不完全で、講演者には申しわけない。出席者から数多くの貴重な質問が発せられ、意義深い討議がくりひろげられた一夕であった。

 出席者(座席左から)小浜逸郎、入江隆則、大島陽一(元東京銀行専務)、木下博生(元通産省審議官)、北村良和(愛知教育大・中哲)、藤岡信勝、石平、富岡幸一郎、杉原志啓(学習院女子大)、内田博人(諸君・編集長)、山口洋一(元ミャンマー大使)、仙頭壽顕(文藝春秋出版部)、福井義高(青山学院大)、藤井厳喜、高山正之、宮崎正弘、井尻千男、関岡英之、西村幸祐、湯原法史(筑摩書房)、力石幸一(徳間書店)、西尾幹二(以上22名)

文・西尾幹二

宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(十九)

D:面白い見方があるんですが、ベルリンオリンピックが盛大に盛り上がって、丁度9年後にナチスが崩壊する。それからモスクワオリンピックの9年後にソ連が・・・・・(笑い)・・・・北京オリンピックの9年後まで長生きしたいという先輩がいるんですよ。(笑い)それは冗談ですけれどね。

宮崎:それは2017年ですね。

C:東京オリンピックのあとはどうなったんです?

D:東京オリンピックは民主主義国家だから、そうではなくて、独裁国家がオリンピックをやると9年後に崩壊すると。

西尾:まぁ今のこの新聞にも、日本歴史教科書って出ているね。

B:大躍進の時に餓死者が2000万と3000万とも出ていますね。あの時内乱が起こらなかったのはどういうことですか?

宮崎:やはり軍事力ですよね。それに鎖国していましたから、外国からバイキンというか、自由思想が入っていませんでしたから。

西尾:今でも私は鎖国だと思うのですけれども。携帯電話というのは鎖国をやぶる力になるんですか。

宮崎:なると思いますね。海外ともかかりますから。一部のGPSとか、ただこの間の上海デモの時に、あらゆる携帯電話にまで、当局から通知が入ったというあの恐さ、みんな登録番号をどこかが控えているんですよね。文字通信で入っていて、声では入らないけれど、声の通信がどこまで統御されているか、ちょっと疑問です。

 今日言い忘れたのですが、反日といっていても、本気の反日の人は少ないと言いましたけれど、反日というのは、これが記号でこれを反日=反共産党と置き換えますと、彼らはそれで通信をやっている形跡があるんです。若者達が。それだと当局にはキーワードには入っていないから、それで自由な通信をしているんです。

西尾:一字置き換えて読み直せと。

宮崎:そうそう、そういうことあると思いますよ。それは複雑な思考回路を持っている民族ですから。

西尾:それは法輪功の中のメディアとも違うと?

宮崎:そうとうダブっているんです。法輪功がこれだけの力を持ったということは、今までの民主人戦とか、中国民主党とか、北京の春、中国の春、その外世界中の反体制派が結局ここに、収斂しているんです。コメントはみんなここに出す。自分達の機関紙はまあせいぜい・・・・

西尾:じゃあ、アルカイダなんかとも繋がっているの?

宮崎:アルカイダとは繋がっていないでしょう。

C:大紀元はいつから出ているのですか?

宮崎:これは去年あたり、おととしに池袋に撒いていたのが最初で、えっと思って取ったんですね。

西尾:資金は何かというさっきからの質問ですが。

宮崎:資金は法輪功です。

C:法輪功はそんな資金があるんですか?身銭ですか。

宮崎:話半分、3000万単位だって、創価学会600万であれぐらいの金があるんだから、そりゃ3000万というと相当あるでしょうね。

A:その情報が出回るのは在外の人たちに向けてなんですか。

宮崎:在外です。内部には一切入りません。

西尾:だから弱いね、内部に入らない限り。携帯でどうなのか、というところですね。えっと、三好さんどうぞ。

M:ちょっとひとつお聞きしたいのですが、今回の中国の反日の引き金、韓国の反日がありましたけれど、それが引き金になったのではないかと言われましたが、韓国の反日と中国の反日は、何かつながりがあると見た方がいいのでしょうか。

宮崎:情緒的な部分の反日感情は近接していると思いますけれど、韓国の場合は盧武鉉の延命が第一でしょ。そのために、昔日本に協力したやつをとっつかまえて、罰金を課すとかいう法律を作ったり、いろんなことをやっていますね。

 それから反日グループは殆どプロですからね。戦争中に抗日分子であったということを言えば、年金をもらえるんですよ、ずーっと。強盗やった犯人も刑務所から出てきて、みんな私は抗日分子だと言って、金を貰っているんですから。その団体が大きなメジャーで、三つか四つあって、彼らは会費をとっていますから、常に日本大使館に行って、何かをやらないと、レゾンデートルにならないんですよ。そうやってやってきたら、今度はたまたま竹島でぶつかったでしょ。島根県が竹島の日を制定した、それでまた燃えていると思います。中国の場合は反国家分裂法と2プラス2があったけれど、韓国の場合はやはり竹島問題で火がついたんでしょう。

C:呉善花さんは、中国の反日デモも韓国が作ったんだと言っておられましたけれどね。

宮崎:世界中に文化を発信したのは韓国だと言いたくなるのでしょう。

C:韓国に触発されたんだろうと。

西尾:少しはあるけれど、中国は中国で別です。あとの方、いかがでしょうか。

L:中国から日本にたくさん留学生が来ているわけですけれど、あの人たちは日本の中で学生生活を送りながら、中国の政治的立場というものを日本の学生の中で言わないように、ひっそりしているということはあると思うのです。この間テレビを見ていましたら、日本に来ている優秀な中国の留学生達は今度の反日暴動をどう考えるかということで、アンケートに答えていましたけれど、日本を相当理解しているはずの学生達が、大体半分ぐらいは反日暴動賛成だと、答えていたんですよね。ちょっと質問するとすぐに、大虐殺だとか、侵略だとか、簡単にそういうことを言うんですよ。

 つまり、歴史の知識というものがないので、つくる会が矯正しようとした反日の歴史知識のまんまで見るんですね。だから、それを教育する手段が日本側にあればいいものだと思うのですが、まさか留学生に入国前に日本史の試験をやるわけにもいかないでしょうし、考えてみると、つくる会の歴史教科書が大きく普及することが鍵だなというふうに、思います。どうにもならないんだなと、閉じられた気分になりました。

西尾:それでは最後に今のことについて感想を述べますと、基本的には悲観しておりましてね、要するにレッテル張りですね、余り深い意味もなく。つくる会というものも世界で有名なレッテル張りをされているわけですよね。アメリカやヨーロッパの世界まで、歴史修正主義が悪いことをしているから、それは一部除いて、小泉初め政府は謝罪して、それで、中国が収まった、結構なことだというような言い方になっていますね。こういう構造でことが収まるのは、ものすごく嫌なんですよ。

 むしろ逆に大混乱が起きてですね、中国は野蛮な滅茶苦茶な国なんだよと、我々の主張しているのは、結局正しいんだよと、言うことが日本国民が肝に銘じるためには、中国の国民が自滅するくらいのことが起らないとだめなんじゃないかと思っているんですね。大躍進のころのことがまた起って、それが海外に今度は広く知られて、日本も外国もそれで初めて眼が覚めるじゃないかと、こう思っています。これで本日の会の最初の山口先生のお話と逆で、大混乱、大波局を期待しているという私の最初のテーマに戻ります。小泉さんがなんか謝罪めいた変なことを言って、収束してしまうのは、結局負債がこっちに残るだけと思っています。

 
 
 過激な発言をしたのは、私だけでしたが、今日はどうも有難う御座いました。

宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(十八)

西尾:そのとき武器は返すの?その辺の管理はどうなっているんですか。

宮崎:これはちょっとわかりません。管理はあってないようなものかもしれません。ともかくね、モラルがないでしょ。私ね、海南島の山奥の五師団、昔日本の監視所があったところに行ったんですよ。突然山の中にピンクのビルがあってね、何だこれと思うと、それが兵舎なんですよね。私が泊ったのがなんとか賓館というんですが、一泊2万1500円ぐらいで、値段はともかく、外人はこっち側、あっち側に違う旅館があるんですよ。それで朝みていましたら、皆軍人が女と出てくるんですよ。なんだこの腐敗ぶりは・・・と、そういう印象を持ちました。

 チベットへ行く時に、西都から320人乗りのエアバスだったのですが、310人が兵隊なんです。今兵隊が勤務の移動を飛行機でやっているんですけれど、たまたま30分ぐらい飛行機が遅れた時にね、ロビーのソファにふんぞりかえって寝ているのはみんな軍人でね、日本の自衛隊ならあんなこと絶対にしないでしょ。一般乗客が立って待っているのにね。それで若い兵士に、いろいろ話し掛けて、「おまえ等何処へ行くんだ?」「ラサに行く」「何年勤務だ?」「1年勤務だ」と。それでね、バリバリ、バリバリ食べてました。「ところで、隊長は何処に居るんだ」と聞きましたら「隊長はあそこで飲んでいる」と。

 一事が万事そうではないと思いますけれど、「台湾向けに700基のミサイルといっていますけれど、使えるのはおそらく200基くらいだろう、その中で台湾に飛んでくるのは75基ぐらいしかないだろう」と佐藤守さんが言っておられましたけれど、それに近いのではないでしょうか。

東中野:どうなんでしょう?200年大体国家が治まって、200年天下大動乱あって、この繰り返しがチャイナの大陸でしたけれど、1840年のアヘン戦争からまだ200年経っていないんですよ。1840年からずっと内乱が続いていると考えていいのか。年表を作ってみますと、そうなる。

西尾:共産党政権も内乱のひとつと?

東中野:そうです。大躍進政策の3000万も内乱の一つ、毛沢東の文革も内乱の一つ、年表を作っていきますと、私はこれはチャイナの内乱はまだ終わっていないんではないかと思います。ひょっとして内乱の原因は、いっぱい下に隠れているわけですから、天下大乱が起きてきても不思議ではないと思います。

西尾:2040年に別の政権が生まれると?

東中野:そうかもしれませんね。

西尾:それは群雄割拠ですか?

東中野:それはわかりませんけれど、今の中国共産党の磐石の独裁というのは、クェスチョンマークがつくんだなと、お話をうかがっていて思いました。

宮崎:法輪功は会員数を7000万人と言っていますが、話半分にしたって3500万。

東中野:共産党員は何人くらいですか?

宮崎:6400万くらいですから、今100万人脱党したといっています。法輪功がアメリカに行って、英字新聞を出して、それから香港、台湾、日本、アメリカで漢字の新聞を出しているんですよ。日刊ですよ。この軍資金はどうしているのかということですが、すでにそれだけの反政府運動が広がっているんですよ。

東中野:これはインターネットですか?

宮崎:インターネットも出しています。英語版、日本語版、支那版。

C:資金源は?

宮崎:ですから法輪功。会員がみんなで身銭を出す。

東中野:すごい反政府運動ですね。

宮崎:統一教会が世界日報を出していて、アメリカに行っても世界日報がありますけれど、ワシントンタイムズは完全に統一教会ですからね。

東中野:え?ワシントンポストじゃなくて。

宮崎:ものすごくいい新聞があるんです。原理色、統一教会色はぜんぜん出していない。で、申し上げたいことは、そこまでの反政府運動が巨大な組織として、世界に散らばっている。そしてテレビ局もアメリカに一個作りましたから、毎日反共、反政府です。

宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(十七)

西尾:ご発言いただいていない方、東中野先生いかがでしょうか。中国問題をに携わっていたお立場から。往時の中国大陸の研究をなさっていて、今の中国はあんまり変わらないと思いますか・・・・

東中野:ちっとも変らないですね。結局腐敗と、汚職と、水滸伝の昔からそれですし、史記の昔からそれですし、皇帝専制が今は共産党独裁。今日のお話で驚きましたのは、農民の叛乱が20万件、しかしながら中央集権国家の軍事力というのは、月とスッポンですから、農民反乱は太刀討ち出来ない、近代軍隊に対しては。しかしながら、常にどの時代も農民反乱で、社会が大混乱に陥り、農民反乱のリーダーが二回も皇帝になり、これからまた同じような近代版の、21世紀版のそういった社会変動というのが、中国を襲うのかなぁと。

 しばらく小康状態が続いても、ネタはつきないわけでしょ。ぜんぜんネタはつきない。原因はぜんぜん消えていないわけです。金融問題だ、水問題だ、そして農民の不払い問題だ、すべてがそろっている。中国に向かって、アメリカは選挙をやってくれといいましたよね。中国のリーダーが農民は字が読めないんだ、字が読めないから選挙は出来ないんだと言ったら、アメリカはいや、インドネシア方式でちゃんと書いたものを配って、丸をつけさせたらいいじゃないかと、そこまで言ったんです。

 結局私たち日本にとって、非常に大きな不安というのは、常に中国人民の感情を傷付けたといわれますけれど、世論のない、言論の自由のない国ですから、大きな問題はそこにありまして、中国が民主化するということ。選挙をやって、そして自分達のリーダーを選ぶという、民主化するということがはたして可能か、そこが非常に大きな問題だろうと思います。そういう意味で、海外のメディアの反応として、21世紀の問題はもう日本問題じゃないんだ、中国問題だと、言っている。私はそうだろうと思いました。

 その意味では1930年代に、中国国民党が世界の問題は日本だと日本を問題視して言いましたが、それが20世紀まで続いて来て、21世紀に入ってようやく世界が日本を見る目を変えてきた。そしてアジアの問題は中国問題だと、こういう所に到達したところが、私としては非常に嬉しいと思います。

 あわせて、今度は日本がどういう政策を取るのか。相変わらずアメリカとは足して2で割った政策を行っている。したがって台湾問題に関してはアメリカと妥協する。今度は北京に対しても、足して2で割った対応を取るのか。「すみませんでした、私がいたりませんでした、どうかよりを戻してください」こういった、足して2で割る発想で外交を行っていて、それでいいのか。日本人が南京の問題で今までこれだけもめてるというのは、あの時にきちんとした記録を政府が残さなかったからなんだと思います。

 今回のバンドンの問題でも、政府はきちっとした記録を残してほしい。私たちはこういう発言をしたということを記録に残してもらいたい。やはり言葉だけでもいいので、先ほど西尾先生がおっしゃられたように、謝罪はする、しかしこれまで何度謝罪をしました、これが最後でございますと。そういう形で記録をきちっと残していかないと、50年たったときに、2005年のバンドン会議を歴史家が研究する時に、研究する資料がなくなるわけですね。政府がそういうものを用意してくれないと困る。

 70年代の南京はそういう、資料を政府が用意していないから、ものすごく今苦労しているわけです。あまつさえ、敗戦の時に全部焼きましたから、日本陸軍、海軍は、とんでもないことをやっているわけですよ。あれが残っていれば非常に楽なわけです。私たちは外交交渉というのは、二国間交渉であると同時に、その二国間交渉を世界に向けて発信するというような、発想をしなければいけない。

 合わせて、二国間交渉というのは50年後の日本民族に対して我々はこういうことをしたんだという記録を残す、そういう形でやってほしいなと思うのですが、ところが依然として村社会の発想で、足して2で割ることをいろいろなところでやっている。そういう気持ちで聞いておりました。

宮崎:一点だけね、今の中国の人民解放軍というのは、あれは国家の軍ではないんですよ。共産党に従属するもので、そういう意味ではプライベートアーミーなんです。それで第二軍、つまり人民武装警察、これが国に依存しているんです。そうしますと、近代国家の中央軍というのは、今の人民武装警察、これは機動隊の役目しかないんですが、ややとって代わりつつあるんです。そうすると、これからどうなるか。プライベートアーミーと、国家に属する軍隊というのがこうなる可能性がありますよ。人民解放軍はまた人数を減らすと言っていますから、240万今度、200万人になるのかな。

東中野:減らされた人民解放軍というのは、また私兵化するんでしょ?中国大陸では。

宮崎:それが皆盗賊をやるんですがね、それが危ないので、第二軍にいれているわけですよ。放っておいたら、この4月10日に北京でデモがあったように、やるんですよ。退役軍人は、暴動予備軍ですから、職がないしね。軍人恩給というものは
・・・・

東中野:退役軍人のデモがあったんですね。

宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(十六)

宮崎:まず、鉄鋼から言いますと、新日鉄もJFも高炉を持っていくんです。しかしこれは大変なんですよ。この高炉で特殊鋼を作られたら、戦車から大砲からみんな向うの精度があがるんでね。この問題があるんですよ。

西尾:禁輸にはできないの、日本は政治的に。

宮崎:いや、もうこれは決めちゃっていて、向うで作っていますよ。

西尾:そういうのは、たとえばアメリカだったら防衛上のストップをかけると思う。

宮崎:日本にはその条項はありません。

西尾:だけども、それじゃ自分が自分を殺すような話ですね。

C:製鐵の投資はストップはかからない。もう少しハイテクのものになってくれば、ちがうんでしょうが。

宮崎:クルマの問題でしょ。クルマは全社でていて、しかもトヨタは、天津、広州、長春、三つ工場を作るんです。これみんな合弁でしょ。合弁というのは危ないですよ。ただ、それほどいいものは作りませんから。

 問題は日産ですよ。日産は武漢の――武漢は上海から600キロあるでしょ――その武漢から200キロ山奥のところなんです。なんであんなところに行ったのかというのは、非常に不思議なんですけれど、ただあそこでつぶれかけの(とうふう汽車)というのがあって、頼むからそこと合弁してくれと、カルロスゴーンは出遅れたのを一気に挽回するためにたのみこんで、あそこと合弁して、年間30万台作るそうです。日産は、それ以前の基本の商業として、クェスチョンマークですね。

西尾:どういうクェスチョンマークなの?

宮崎:つまり、そんな山奥に作って、どこに売るんですかね。作った自動車を全国に輸送するだけでも、コストがかかりますよ。それから原料を上げるのに、船でえっちらおっちら持って行って、それから武漢の山奥まで運ぶんですかね。

西尾:そこは計算してやっているんでしょ。

宮崎:いや、もちろんやっているんですが、ただ、現地に行っている人から聞くと、なにしろど田舎で、カラオケもない、週末に200キロ運転して武漢まで行ってカラオケをしに行くっていうんですからね。それぐらいひどい所だっていうのは、分ると思うんですよね。

C:80年代の話になりますけれど、中国は松下とかトヨタに是非中国に来て、工場を作ってくれと言ったんです。松下は割りあい素直にしたがって、北京の近くにテレビの工場なんかを作ったんですが、トヨタは非常に慎重な会社ですから、これはアメリカに行くときもそうですし、ヨーロッパに行くときもそうですが、他より遅れるんですよ。いつも遅れて、あとで追い越してしまうというそれがトヨタの特徴なんですが、中国では慎重の上に慎重に、80年代は受けなかったんです。

 それでヨーロッパのフォルクスワーゲンなんかがその時受けて出て、結果としてフォルクスワーゲンが中国の中では今一番大きなシェア―を取っていると思います。日本の企業もホンダあたりが出て行って、初めて、10年くらい前に、私トヨタといろいろ話しをしていた事があったんですけれども、トヨタの人もやっぱり中国に出遅れたなと、意識があって、それでダイハツに出て行ってもらったものをダイハツと一緒にやろうと、いまおっしゃったようになったんです。それでトヨタとしては、今他のマーケットと同じように、三番手、四番手だけれどもいつかは一番手になってやる、という格好でやろうとしているんじゃないかと思います。

宮崎:ただ、日本車がデモ隊に壊されましたからね。

西尾:なんで中国に進出してやりたがるんだろうかなァ。

C:それはマーケットが大きいからですよ。

西尾:いやぁ僕はそんなに目の色を変えてやらなくってもいいと思うんだけどな。

B:中国で中国向けの品物を売るというのは、比較的いいけれども、製造工場を中国へ作ると、設備投資もこれは非常に危険だから、考えてやったほうがいい。

C:作って向うで売るのは、今でも難しいと思いますよ。作ってそれをどんどん世界に売っていくほうがむしろいい。

西尾:中国向けで売るとなると、金を取れないということ?

宮崎:自動車が一昨年440万台作って、去年500万台作ったんですね。今50万台ぐらい在庫があるはずなんです。それは結局自動車ローンを組んだけれど、二回目くらい払って、そのままドロンというのが相当いるからなんですよね。金融子会社が今までなかったんですが、日本信販みたいなものをじゃあ中国が作れるかというと、作れないんで、それをつくることまでまたメーカーに頼んでいるわけですよ。

 トヨタは金融子会社を出して、クレジットカードみたいに割賦を受付けるわけです。受付けているんですけれど、3回、4回くらい払ったら、そのあとドロンというのが相変わらず多い。今取りっぱぐれが非常に多いので、今度頭金を20%、30%にして、それで今売行きがガタっと落ちたんです。中間層が買い出したからこういうことになっている。

 特権階級は自動車買うにせよ、マンション買うにせよ、全部キャッシュを持ってきていますからね。消費人口が変ったことで、資料を読み違えた。やはり基本的に中国人は、金は返さない。払うのは最後の土壇場で払うけれど、ただひたすらまけろっていう民族ですから・・・・

西尾:痛い目に会うんじゃないですか、日本の企業は。

D:すでに相当痛い目にあっていると思いますよ。