坦々塾 呉善花先生講義(一)

日本人にはわからない「韓国人の精神性」

 私は来日して三十年になります。これまでの間、常に日本を知りたい理解したいとつとめて学んできました。日本人についても相当わかるようになりました。けれど、理屈でわかっているつもりでも、ついていけないもの、慣れないものが三十年を経た今でもたくさんあります。

 その一つが言葉の発音です。日本語にあって韓国に無いもの、それが濁音です。韓国人は濁音が苦手でしゃべることも聞き取ることもむずかしい。話に夢中になっていると、濁音なのか半濁音なのか、判別できないことがよくあるのです。「今のはテンテン(濁り)ありますか?」と私はよく訊くものですから、私は〈テンテン病患者〉だと言われてしまいます(笑)。ですから今日の私のお話も流れから内容を掴んでいただきたいとお願いしておきます。

 日本では、「敬語」の使い方でも大いに戸惑います。世界で一番敬語が多いのが日本語と韓国語。ところが、日本と朝鮮とでは、敬語の使い方がまるで逆なのです。韓国は儒教社会で、身内を大事にいたします。そこで父親が留守という場合、「うちのお父さんにはいらっしゃいません」と言わなければなりません。日本では「只今、父はおりません」です。正反対なんです。今でも私は、どう言うべきかと迷うことがあります。ある会社の社長に電話をかけたら「鈴木は席を外しています」と返事をする。韓国の人なら「鈴木社長は舐められているのではないか」と思うに違いありません。

 外国に行って韓国人と日本人は似ているので、すぐ仲良くなります。互いに言葉が通じないときは英語で会話します。通じていくと互いに異国人であることさえ忘れてしまうほどです。しかし、だんだん相手の中に入っていくと、全然違う。最初は通じていても利害が生じると、小さな違いが大きくなります。

 同じ東洋人で顔も似ている。九割は似ている、しかし一割が違う。この一割がとても大きいのです。ここを見つめておかないと本格的な付き合いはできない。徹底的に見つめて目をつぶらず俎上にあげていくこと。これは大事です。

 十年くらい経つでしょうか。韓流ブームが日本に起きました。『冬のソナタ』を皮切りにたいへん盛り上がりました。あの〈冬ソナ〉のドラマを観た日本人は、昔の日本に出会ったような懐かしさを感じたと言います。確かに、そういをところがあるのでしょう。あっという間に主役のペ・ヨンジュンが大人気になりました。とくに「ヨンさま、ヨンさま」と中高年の女性の間ではたいへんな熱中ぶりでした。しかし、ヨンさまは商品として日本で売れたのです。

 あの頃、私は韓国に行きまして中高年女性達に聞いてみたことがあります。当然のように返ってきます。「なぜ、あんななよなよした男がいいんだろ。ほんとにわからない」と不思議がっていました。一般に韓国ではああいった軟弱な男は魅力がないのです。むしろイ・ビョンホンのほうがいい。ここにも韓国人と日本人の感じ方、男女に対する意識、価値観が大きく違っています。

 日本でいうと、鎌倉時代に当たりますか。朝鮮では、朝鮮時代に入り、仏教を排除、弾圧して儒教の朱子学だけを重んじる社会になります。国の統治から人々の礼儀作法まで、徹底した朱子学の価値観を敷いてゆきます。朝鮮半島は男権社会。女性にとっても完璧で強い男がいいのであって、慕われ、尊敬されるのは強そうな男性です。つまり、イ・ビョンホンのようなタイプ。よりによって、ヨンさまが騒がれること自体、自国の女性にはわかりにくい。

 では、なぜ日本でヨンさまが受けたのでしょうか。日本という社会は一見、男尊女卑に見えます。韓国人も「日本は韓国以上に男尊女卑だろう」と言います。イメージとして武士の夫婦があります。主人が勤めに出るとき、玄関先で「いってらっしゃいませ」と三つ指をついて妻が見送る。これが頭にあるので、男尊女卑だと私も思っておりました。

 しかし、日本におりますと、実は男性は表面だけで威張っていることがわかってくる。この社会は実は女性によって支えられていると思いました。この精神性は何なのか。〈かかあ天下〉と言ったり〈亭主関白〉と言ってみたり。けれど大抵は〈かかあ天下〉と女性を上に置いて、巧くいくんだという家庭が多い。

 韓国は違う。結婚したわが夫が絶対的なのです。女は夫を絶対唯一の神様のように支えなければならない。妻の役目がそうです。したがって〈かかあ天下〉に相当する言葉が無くて、逆はたくさんある。「雌鳥が鳴くと家が亡ぶ」と言い、「三日殴らないと女は天にのぼる」とも言います。男からいえば女は厳しくしつけておかないといけない、ということになります。

 一方、私は日本には母系社会が底辺に流れていると思っています。

 やはりここに母系社会と感じられるものがあるのです。もっと幅広くとらえると、日本には女神の存在が大きい。大の男たちが大勢、伊勢参りに行きます。富士山の祭神も女神です。それほど魅力があるわけです。

 拝む存在として女性を、男が拝むということは韓国ではありません。韓国の女性は完璧な男に憧れますが、日本の女性は、ちょっと物足りない男に魅力を感じる(笑)。それでやすらぎが感じられるみたいですね。

 けれど韓国では、自信がなくっても男は「俺は完璧だ」というところを見せます。そうして女性を口説く。日本の女性にとってわかりにくいでしょうね。韓国男性は嘘っぽくても強くなければいけないと思う。中国もそうですね。習近平も強く見せるでしょう。それに比べると、安倍さんでもどこかナヨナヨしているように見えてしまう。

 韓国ブームでキムチも定着しました。けれど、雲行きが怪しくなってから、両国の実情は少しずつ変わってきています。李明博前大統領が竹島に行って岩に登って日本を批難した。すると、日本人の韓国行きが減ってしまった。私が生まれた済州島も観光地です。日本からのお客が激減しました。半面、中国人の観光客が増えているが、現地は嘆いています。日本人はマナーが良くてお土産文化があるけど、中国人は土産を買わない。

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