「トランプ外交」は危機の叫びだ

平成30年6月8日産經新聞「正論」欄より

 やや旧聞に属するが、昨年の東京都議会選挙で自由民主党が惨敗し、続く衆議院選挙で上げ潮に乗った小池百合子氏の新党が大勝利を収めるかと思いきや、野党に旗幟(きし)を鮮明にするよう呼びかけた彼女の「排除」の一言が仇(あだ)となり、失速した。そうメディアは伝えたし、今もそう信じられている。

≪≪≪「排除」は政治的な自己表現≫≫≫

 私は失速の原因を詮索するつもりはない。ただあのとき「排除」は行き過ぎだとか、日本人の和の精神になじまない言葉だとか、しきりに融和が唱えられたのはおかしな話だと思っていた。「排除」は失言どころか、近年、政治家が口にした言葉の中では最も言い得て妙な政治的自己表現であったと考えている。

 そもそも政治の始まりは主張であり、そのための味方作りである。丸く収めようなどと対立の露骨化を恐れていては何もできない。実際、野党第一党の左半分は「排除」の意思を明確にしたので立憲民主党という新しい集団意思を示すことに成功した。右半分は何か勘違いをしていたらしく、くっついたり離れたりを重ね、意思表明がいまだにできていない。
今の日本の保守勢力は政党人、知識人、メディアを含め、自己曖昧化という名の病気を患っている。今後の新党作りの成功の鍵は、自民党の最右翼より一歩右に出て、「排除」の政治論理を徹底して貫くことである。小池氏はそれができなかったから資格なしとみられたのだ。
 
 実際、日本の保守勢力は自民党の左に立てこもり、同じ所をぐるぐる回っているだけで「壁」にぶつからない。新しい「自己」を発見しない。今までの既成の物差しでは測れない「自己」に目覚めようとしない。

≪≪≪秩序の破壊は危険水域を越えた≫≫≫

 世界の現実は今、大きな構造上の変化に直面している。かつてない危機を感じ取り、類例のない手法で泥沼の大掃除をすべく冒険に踏み出そうとしている人がいる。米国のトランプ大統領である。

 彼はロシアと中国による世界秩序の破壊が危険水域を越えたことを警鐘乱打するのに、他国から最もいやがられる非外交政策をあえて取ってみせた。中国を蚊帳の外にはずして、急遽(きゅうきょ)、北朝鮮と直接対話するという方針を選んだ4月以降、彼は通例の外交回路をすべてすっとばして独断専行した。

 同時に中国には鉄鋼とアルミに高関税を課す決定を下した。それは当然だが、カナダや欧州やメキシコなど一度は高関税を免除していた同盟国に対し、改めてアメリカの国防上の理由から高関税を課す、と政策をより戻したのは、いかな政治と経済の一元化政策とはいえ物議を醸すのは当然だった。

 彼はなぜこんな非理性的な政策提言をしたのだろうか。世界の秩序は今、確かに構造上の変化の交差路に立たされている。アメリカ文明はロシアと中国、とりわけ中国から露骨な挑戦を受け、軍事と経済の両面において新しい「冷戦」ともいうべき危機の瀬戸際に立たされている。トランプ政権は、北朝鮮情勢の急迫によってやっと遅ればせながら中国の真意を悟り、この数カ月で国内体制を組み替え、反中路線を決断した。

 トランプ氏は人権や民主主義の危機などという理念のイデオロギーには関心がない。しかし軍事と経済の危うさには敏感である。アメリカ一国では支えきれない現実にも気がつきだした。そのリアリズムに立つトランプ氏がアメリカの「国防上の理由」から高関税を遠隔地の同盟国にも要求する、という身勝手な言い分を堂々と、あえて粉飾なしに、非外交的に言ってのけた根拠は何であろうか。

≪≪≪日本は「自己」に目覚めよ≫≫≫

 トランプ氏はただならぬ深刻さを世界中の人に突きつけ、非常事態であることを示したかったのだ。北朝鮮との会談に世界中の耳目が集まっているのを勿怪(もっけ)の幸いに、アメリカは不当に損をしている、と言い立てたかった。自国の利益が世界秩序を左右するというこれまで言わずもがなの自明の前提を、これほど露骨な論理で、けれんみもなく胸を張って、危機の正体として露出してみせた政治家が過去にいただろうか。

 政治は自己主張に始まり、「排除」の論理は必然だと私は前に言ったが、トランプ氏は世界全体を排除しようとしてさえいる。ロシアと中国だけではない。西側先進国をも同盟国をも排除している。いやいやながらの同盟関係なのである。それが今のアメリカの叫びだと言っている。アメリカ一流の孤立主義の匂いを漂わせているが、トランプ氏の場合は必ずしも無責任な孤立主義ではない。北朝鮮核問題は逃げないで引き受けると言っているからだ。

 ただ彼の露悪的な言葉遣いはアメリカが「壁」にぶつかり、今までの物差しでは測れない「自己」を発見したための憤怒と混迷と痛哭(つうこく)の叫びなのだと思う。日本の対応は大金を支払えばそれですむという話ではもはやない。日本自身が「壁」にぶつかり、「自己」を発見することが何よりも大切であることが問われている。
(評論家・西尾幹二 にしお かんじ)

 六月八日付産經新聞正論欄に「トランプ外交は危機の叫びだ」を出しましたので、九日より以降、どうかコメント欄への自由な書き込みにご活用下さい。

 宮崎正弘氏の最新刊『アメリカの「反中」は本気だ!』(ビジネス社)を読みました。米中政治対決が明確化したという私の予測と理解にそれまでかすみがかかっていた迷いがあったのに、この本で拭い去られました。それが三日前です。二日前に藤井厳喜氏からファクスで、トランプがロシア疑惑を克服したこと、ロシア疑惑はヒラリー陣営をむしろ危うくしているという新情報を与えられました。この二つのニュースを個人的に手に入れて熟読し、八日の産經コラムのあの内容を決定しました。宮崎、藤井両氏の名を挙げるスペースはありませんでした。両氏にここで御礼申し上げます。

 産經コラムの前半の小池百合子氏による「排除」の一語云々の私の政治解釈は、コラムの話を面白くするために例として出しただけで、特別の意味はありません。直接つながらない無関係な二つの主題をあえて結ぶとたぶん面白い刺激になるだろう、という思い付きでやったまでで、うまく行ったかどうか私にも分かりません。今の保守は「壁にぶつからない」とか、「今までの物指しでは測れない『自己』に目覚めようとはしない」等の保守を批判した言葉遣いは、夜中に寝入る前に思いつき、枕元の紙にメモしておきました。

 この産經コラムはいつもそうするのですが、字数合わせもあるので、ペンで二度清書して、大抵三~四行くらいマイナスに削って、夜書き上げ、早朝もう一度見直し、さいごの修正をしてファクス器にかけます。

 なぜ今回はこんな詳しい内情をお話しするのかというと、短文でもこれだけ苦心するのだということ、否、短文だからこそかえって時間がかかるのだということをお知らせしたかったからです。三日を要しています。私はたぶん非能率な人間なのでしょう。

「「トランプ外交」は危機の叫びだ」への9件のフィードバック

  1. 「腐つた糠」同様、「腐った政府」にいくらクギを刺し、念を押しても、無駄と思われます。

    “先生の絶望感は、恐らくたとへやうもないくらゐ深い筈です。にもかかはらず、先生は「念を押しクギを刺」さざるを得ないのでせう。このお氣持は尊い。それがどこかで然るべく通じる可能性は絶無ではないでせう”と池田様は楽観論を述べておられますが、私は絶無と思います。ここに集う小川様ほか心ある真の保守の人々は、もちろん西尾論文に共鳴します。しかし皇室、尖閣、国土、移民、反共、憲法、慰安婦等々国難は殆ど議論し尽されテーマ自体、その議論の中身に新味は無くなってきました。

    西尾論文に我々が共鳴してもいつもそこでお仕舞いです。いま以上日本の現状が好転することはありません。保守の仲間うちでいくら議論しても、文章を公表しても無益で何も実質的な効果はありません。私の知る限り西尾先生の正論は世間の耳目を引くことが多少あっても少しも用いられません。効果はニセ保守の一部が先生の正論を読むことで啓蒙され真の保守に転向することぐらいではないでしょうか。

    言論は所詮、無益です。三嶋由紀夫は行動を起こしましたが、後に続く者は一人も出ませんでした。自決ではない本当の行動だったならば結果は違ったかもしれませんが。 三嶋の諌死も西尾諸論文も、ネットで若者の共感を呼び、多少の変化はあったのでしょうが、日本の政治が変わることはなく、相変わらずの腐ったどうしようもない自民党公明党連立政権です。

    尾形様のご指摘、「トランプに代り、日本が自由と人権を語るには力の裏付けが欠かせません」に一面で賛同します。あるブログで、最近の産経抄を批判して、“我國は北鮮に「經濟支援」を與へるべく「應分の負擔」とやらを引き受けざるを得まいが、それは彼の國が「すべての核兵器を廢棄」した後の事だとか「拉致被害者全員の歸國がかなつてからの話」だとか、一丁前の顔をして條件を付ける事など我々に出來るのか”また、櫻井よしこの産経コラム「米は中朝に原則貫け」を批判して、“腰抜け國家の夜郎自大”と批判していますが、尾形様と同じ立場です。独立した強い軍事力や核なき国が主張しても聞き容れられない、馬鹿にされるだけ。

    楽秋庵様も西尾論文に深く共感しつつも中西輝政氏や小川栄太郎氏の論文を引いて、「価値観外交だけでは孤立し自滅する」という見方を紹介されました。

    「価値観外交」は西尾先生の主張する外交ではなく、今の安倍政権のなまくらで口先だけの外交を指すのでしょうが、もし安倍政権が本気で「自由・人権の旗手に戻る」外交に乗り出したら、たとえ日本に強い軍事力や核がなく、力の裏付けがなくても、否むしろ軍事国家でない現状、拉致被害国であることを活用して本格的人権外交を展開できたら国際社会を根本的に変えることも夢ではないかも知れません。

    たしかに「露中の結託で米国をアジアから排除する、これに独が加わり、EUや英国も中国に対抗せず、利用する」形勢ですが、EUや英国も一枚岩ではなく、米国にも人権や自由を貴ぶ勢力が存在し、松岡洋祐なら、日本が国際社会で主導権を執ることも出来たでしょう。残念ながら安倍さん以下、今の政界に松岡は居ません。恐らく潰されているのでしょう。

    今日の西尾先生の「正論(トランプ外交は危機の叫び)」の真意は、日本は国益を追及する本来の「自己」に目覚め、現在の国難を克服するため自民党右派より右の真正保守の政党を結成せよ!と叫んでおられると解しました。トランプや米国など日本人にはどうでもいい、トランプや米国も日本はどうでもいい、拉致も自分で解決しろと安倍さんが昨日アメリカに言われたのでしょう、情けないことに慌てて日朝会談を云い始めました。

    西尾意見を政府が用いなければ国民が承知しない、国民が承知しないが故に政府は用いざるを得ないシステムを作らなければなりません。民主主義の国ですから要は世論作りです。

    1. 明治には福沢が金玉均を、昭和には犬養が孫文を、匿いました。これに倣い、中国、ウイグル、モンゴル自治区の人権派弁護士、活動家で現在弾圧されている人物の日本亡命を支援する。日本を希望しながら来られないため台湾に留まっている方のニュースがつい最近も産経に出ていました。政府はやりませんから民間で資金を集める。集まります。劉暁波が絶好の機会でしたが死にました。生き残って共産党に虐められている未亡人も日本が引取り、共産党の非道を存分に語らせる。
    2. この際、私の周辺にも大勢いる日本の内弁慶の人権派弁護士の尻を思い切り叩いて協力させる。協力しない弁護士にはエセ人権派、共産党スパイのレッテルを張って司法界から排除する。
    3. エセ保守をシッカリと排除しながら、西尾先生と同じ真正保守の論客が合同で「釘を刺す」論文を、西尾先生単独ではなく、連名でキャンペーンを張り、シンポジウムを開催し各紙に紹介させる。我々の見えないところで連帯しておられるのでしょうが、マスメディアに分かり易い形で実行していただく。前に提言した「七博士意見」もこの考えです。現状は西尾先生はじめ個々の論客が叫んでも、そこで満足し、そこで留まるため、個別に撃破されているように見えます。
    4. 左の目ぼしい論客を選んで公開で論争を仕掛け公開で論破する。西尾先生のレベルだけでなく、我々も一般のネット、FBなどのSMSのレベルで実行が可能です。FBを時折みますが、心ある保守の人々は多く、この人々を票につなげれば一大勢力になります。現状は仲間内で盛り上がって満足しているだけです。
    5. このようにして世論を形成し盛り上げる。
    6. そして自民党の右に位置する真正保守の政党を結成する。

    以上が実現すれば日本は変わります。

    楽秋庵様の紹介した中国認識、「ソ連と日本帝国の失敗を研究した中国はソフトパワーを駆使し、一帯一路やAIIBの新グローバリズムヴィジョンを世界に主張し、中国封じ込めを不能にすることに成功しつつある。」は100%正しいとは思いませんが、中国は未だ崩壊せず、封じ込めが永遠にできない可能性は絶無ではなく、一日も早く日本を変え、再生させないと、取り返しのつかない事態になります。

    池田様は核武装に関して、「子孫に(略)雄々しい、智慧に滿ちた連中が現れるかも知れず、 彼等を前以て縛ることは誰にも許されない筈ですし、且つ我々の後世への期待まで今失つてしまふことに堪へられない」と言われましたが、私も現体制に関して同じ思いです。子孫のためにも、なんとかしなければなりません。

  2. 今回は、西尾先生による裏話、いわゆる「楽屋落ち」がついていて、一層理解が深まりました。書棚に並んだ先生の全集を眺めつつ、この巨大な言葉の山脈を紡ぎ出す知性とは一体如何なるものだろうかと、その集積に圧倒されますが、きっとその一頁一頁が、この短いコラムと同様に、丹念な考証と、積み上げられた思索と、そして一瞬の言葉のひらめきも交えた織物のようにして、紡がれてきたのだなと想像しました。

    先生が「特別の意味はありません」と言われた導入部の小池百合子氏による「排除」に、私などは、はっとしました。小池嫌いの私は、彼女の自己顕示欲と、その自己愛を満たすために政治を利用しているような姿に嫌悪感を抱いていました。みどりのイメージカラーで瞬く間に世論をすくい取り、またそれに性懲りもなくなびく国民とマスコミの節操のなさにも呆れかえっておりました。
    生半可なことを言うと笑われますが、政治の本質が権力(暴力)である以上、味方と敵がいることは大前提でした。言われてみれば至極当たり前のことですが、今までこういった視点から小池劇場の顛末を語る人はいませんでした。

    今回のコラムには、「壁」という言葉が三回出てきます。わが国の保守政党とアメリカとそして日本に関するところでした。「壁」といえば条件反射のように思い描くのは、ベルリンの壁です。あれは、自由と抑圧を分断する物理的な壁でしたが、今から30年前に崩壊しました。私が今回の先生の文章ですごいなあと思ったのは、このように目に見える壁ではなくとも、行く手に立ちはだかる壁はあり、それにぶつかることで、自ずと自己が見えてくるのだというところです。それを自己の発見と言っています。壁の存在を意識していなければ、それを壊そうとも乗り越えようとも思えません。壁が見えていないのですから。しかし、実は壁は厳然としてそこにある。

    世界秩序の崩壊と再編成という「構造上の変化の交差路」に立たされている世界において、トランプ大統領には壁が見えた。だからこそ、かなり強い名詞を三つも連ねて、「憤怒と混迷と痛哭の叫び」を挙げているのだと説きます。この言葉によって、『今は「どうにかしなくてはいけない」という政治家、総理大臣の歯ぎしりが聞こえてこなければいけない局面なのです。(政府にクギを刺す)』と指摘する意味がより深く理解できました。

    私はこれを読んで、世阿弥が「風姿花伝」に書き残した「稽古は強かれ、情識はなかれ」という言葉を思い出しました。それは、世阿弥の残した直接の戒めではなくて、前段の「稽古は強かれ」からの連想であります。何事か稽古事をして、「芸は身を助けるほどの不幸」を知った人なら、目に見えない壁の高さに絶望的になりながら、何とかそれを乗り越えるべく、さらに一層の精進に励んだ経験があろうかと思います。私の例えはあまりにも見当はずれだと思われるかもしれませんが、見えない壁を見ることも容易なことではないのだということを言ってみたいと思いました。
    今回のコラムは、『日本自身が壁にぶつかり、「自己」を発見することが何よりも大切であることが問われている。』と結ばれています。「大切である」で終わっても良いように読める文章ですが、その後さらに、「ことが問われている」と続いています。そこで、私なりに、日本に問うているのはだれなのかを考えてみました。それは、北朝鮮でも米国でも中国でもないと同時に、それらすべてをひっくるめた世界の変化ではないかと思いました。

  3. 近頃のNHKの報道には極めて意図的な世論操作を感じる。
    日大アメフットのニュースでは、同じタックル動画を毎回三度も四度も繰り返し流して扇動した。紀州のドンファン事件では、当人の出した本二冊のあられもないオビの文言が大写しにされた。ニュースは子供も見るのである。ニュースキャスターたちは何様のつもりか、倫理的な高みから陳腐なコメントを発しているが、政治的意図的操作と偽善的な発言とはどう辻褄を合わせられるというのか。
    小池百合子の「排除」の一言も繰り返し放送されたが、これは同氏が候補者公認に当って憲法改正への「踏み絵」を踏ませた事から、メディアが一斉に逆風を吹かせた行為と理解している。NHKは世論を操作で動かせると思っているし、そうしている。その後、小池氏が惨敗したのは、旗を畳んで曖昧な姿勢で逃げようとしたことへの失望によるものだったのではないか。というか、何者かわからなくなった政治家を支持しようにも支持する基軸が見えなくなったということではないか。
    正に「今後の新党作りの成功の鍵は、自民党の最右翼より一歩右に出て、『排除』の政治論理を徹底して貫くことである。小池氏はそれができなかったから資格なしとみられたのだ」。
    今回のエッセイの箴言「実際、日本の保守勢力は自民党の左に立てこもり、同じ所をぐるぐる回っているだけで『壁』にぶつからない。新しい『自己』を発見しない。今までの既成の物差しでは測れない『自己』に目覚めようとしない」をどう咀嚼するか。日本には真に日本を保守しようという政治家が見つからない。「保守の真贋」で西尾氏が挙げた条件、「一、皇室」「二、国土」「三、民族」「四、反共(反グローバリズム)」「五、歴史」のすべてにおいて不動の見識を持ち、旗幟鮮明に論陣を張って世に語りかける政治家をわれわれは持たない。この五点の視点すべてに渡って事態を直視し、独自の事実を掘り起こし、われわれがどこにいるかを指摘する声が政治の真昼で力強く発せられなければならない。中川昭一が生きていれば、というのが私の慨嘆であるが、最近土木学会が南海トラフの被害を1410兆円、首都直下地震778兆円と公表し、大石久和会長が「最大の経済圏である首都圏への人の流入が止まらない。そこに大災害が起これば日本は世界の最貧国になりかねない」と話したのは「壁」、「自己」の提示であろう。
    「身勝手」「非外交的」なトランプの行動の背後にはトランプのただならぬ危機意識があると西尾氏は言う。確かに、ZTEに対する措置、中国をあからさまに屈しさせた今回の合意は過去目にすることのなかった断固たるものと言ってよいであろう。これは経済的な損得勘定から出たものではない。北朝鮮との関係をどう取り結ぶか、日ならずしてわれわれは彼の真価の少なくとも一端を目にすることだろう。
    「トランプ氏は世界全体を排除しようとしてさえいる。ロシアや中国だけではない。西側先進国をも同盟国をも排除している。いやいやながらの同盟関係なのである。それがアメリカの叫びだと言っている」とは卓抜な認識である。「彼の露悪的な言葉遣いはアメリカが『壁』にぶつかり、今までの物差しでは測れない『自己』を発見したための憤怒と混迷と痛哭の叫びなのだと思う」。「日本自身が『壁』にぶつかり、『自己』を発見することが何よりも大切である」。あらためて、すぐれた文学者の認識の到達の深さと凄みを感じさせられた論文であった。

  4. 追伸
    日本経済新聞電子版 6月5日付けより

    「外国人就労拡大、首相が表明 建設・農業・介護など

     安倍晋三首相は5日の経済財政諮問会議で外国人労働者の受け入れ拡大を表明した。人手不足が深刻な建設や農業、介護など5業種を対象に2019年4月に新たな在留資格を設ける。原則認めていなかった単純労働に門戸を開き、25年までに50万人超の就業を目指す。
     国際的な外国人労働者の獲得競争は激しい。今回の政府の事実上の方針転換は一歩前進だが、国際基準に照らすとまだまだ出遅れている。外国人労働者から「選ばれる国」になるために受け入れ態勢の整備が急務だ」

    日本政府による「秩序の破壊は危険水域を越えた」。

  5. マスコミの国民洗脳

    (先のコメントで劉暁波が「死にました」と書きましたが「殺された」と書くべきでした。)

    土屋様の「NHKによる世論操作」は重要なご指摘と思います。歴史問題についても目に余るものが昔からありました。嘗ては中村燦氏が、今は小山和伸氏がNHK批判を引き継いでいますが(これでも公共放送か、NHK?)、このマスコミが洗脳機関として機能している日本社会の実態を暴き、改革しないかぎりどうしようもありません。外に向かっていくら「自由・人権の旗手に戻る」外交に乗り出したとしても、国内がこの世論操作や印象操作の洗脳でやられていては、日本の再生はありえないことを、先の私のコメントに付け加えます。

    洗脳はNHKだけではありません。TBS代表取締役会長兼日本民放連会長なる人物が、TBS入社式で、「日本人はバカばかりだから、 我々テレビ人が、指導監督してやっとわかるんです。」「君たちは選ばれた人間だ。君たちは報道によって世の中を動かす側の人間。対して一般国民は我々の情報によって動かされる人間だ。日本は選ばれた人間である我々によって白にも黒にもなる。」と、バウチャーを確認していませんが、発言したという情報があります。

    この御仁は正直な男で、語るに落ちたのは、①日本の放送業界、マスメディアの主流の考え方を代弁したと思われます。この男のように正直に表では話さず、内に秘めて仕事をし、出世している者が、NHKと全ての民放、朝日、産経など全ての新聞に多いことが推測されます。②大方の「日本人庶民はテレビで洗脳されるバカ」であるというのもある意味事実で、識字率の高い日本国民は、識字のゆえに文字情報に騙されやすく、論理より情を重んじる国民性も洗脳に弱いといえるでしょう。③この男がこの地位を得て長く居座れたということは、日大のタックル監督があの地位を保ったことと同様、TBSをとりまく政財界、学界、評論家、従業員など多くの勢力がこの認識を容認し、共有していることになります。

    西尾先生は「無力を託つばかりで何もできない」と言われましたが、言挙げするだけでなく、子孫のために具体的行動を何か起こさなければならないと思います。

    中川昭一がその器だったかは疑問ですが彼は少なくもNHK改革に手を染めました。「真に日本を保守しようという政治家」「皇室、国土、民族、反共、歴史のすべてにおいて不動の見識を持ち、政治の真昼で旗幟鮮明に論陣を張って世に語りかける政治家」が新しい保守政党に結集するときが日本再生の出発点になると思います。いま水面下で関係者が動き始めていることを願うのみです。

  6. 「類例のない手法で泥沼の大掃除に踏み出そうとしている」トランプ大統領は、どれほどの自意識を持っているのかわからないが、世界のいわゆる「グローバリズム」に対し、本気になって挑戦する姿勢にある。西尾先生のいう、日本で自民党政権最右翼の右に立って「排除」の論理を貫徹することを、トランプはアメリカにあって、大統領としてアメリカで、また世界に対して貫徹しようとしているのではないだろうか?一見、乱暴で粗野で自分勝手で、グローバリズムに染められたアメリカの、また世界の多数派のメディアから大顰蹙を買うのもまことにもっともである。「皇室、国土、民族、反グローバリズム、歴史」(西尾先生の保守のバロメーター)のうちの、皇室、歴史?を除く諸点をトランプが満足させていることは、ラストベルト、白人層、中間層から過半の支持を得ていることから見て明らかである。発信にはツイッターを常用しており、これはフランクリン・ルーズベルトの「炉辺談話」を想起させる。
    かりに一昨年の大統領選挙でクリントン民主党が勝利していたとすると、いまの世の中はどうなっているだろうか?米中二大グローバリスト勢力が世界を二分する計画を着々と進行させているかもしれない。中国をグローバリストに分類することには異論があり得るが、かれらの金銭至上主義、半端でない高官の資本逃避から、保守のバロメーターを測ることはきわめて難しい。
    米朝会談で、トランプは、ひょっとすると北朝鮮を反グローバリズムの陣営に取り込み、極東で橋頭堡を確保し、ゆくゆくはロシアも抱き込んで反中、反グローバリズムの包囲網を作ろうとしているのではないか?(先日トランプはG7でロシアの復帰を呼びかけている)以上、仮説としては大胆すぎるが、トランプとて任期のある立場であり、この仮説が現実であるとしても、その実現が間に合わない場合もあるだろう。グローバリズムはアメリカ内部にももちろん、EU、IMFなど国際機関、外交サークル、一部を除くEU各国、日本そのものの過半の部分にしっかりと生存している。しかし、上記のような仮説も視野におさめておかないと、今後の展開への対応がうまくゆかなくなる懸念もある。

  7. ここが三島の思想と行動を語る場ではないことは承知しておりますが、勇馬様が三島についても言及されておりますので、それに関連したことを書いてみようと思います。
    三島晩年(昭和43年)に「反革命宣言」という論文があります。ここで三島は、行動の原理について「有効性は問題ではない。」といっています。「なぜならわれわれは、われわれの存在ならびに行動を、未来への過程とは考えないからである。」と。

    さらに同書においては、現代を予言するかのようなこんな言葉を残しています。
    「われわれは戦後の革命思想が、すべて弱者の集団原理によって動いてきたことを洞察した。いかに暴力的表現をとろうとも、それは集団と組織の原理を離れ得ぬ弱者の思想である。不安、嫌悪、憎悪、嫉妬を撒きちらし、これを恫喝の材料に使い、これら弱者の最低の情念を共通項として、一定の政治目的へ振り向けた集団運動である。
    空虚にして観念的な甘い理想の美名を掲げる一方、最も低い弱者の情念を基礎として結びつき、以て過半数を獲得し、各小集団小社会を「民主的に」支配し、以て少数者を圧迫し、社会の各分野へ浸透して来たのがかれらの遣口である。」
    「戦前、社会問題に挺身した人たちは、全部がとはいわないが、純粋なヒューマニズムの動機にかられ、疎外者に対する同情と、正義感とによって、左にあれ、右にあれ、一種の社会改革という救済の方法を考えたのであった。
    しかし、戦後の革命はそのような道義性と、ヒューマニズムを、戦後一般の風潮に染まりつつ、完全な欺瞞と、偽善にすりかえてしまった。」

    長々と引用してしまいましたが、昨今の「人に優しい」という、表向きだれもが疑義を挟めない社会改革への世論誘導や、それにつられて実現した政治の(左)旋回こそ、まさにここに書かれていることの実現に外ならないのではないでしょうか。「甘ったれるな!」という親爺の叱責はどこからも聞こえてきません。だれもが肩をすくめ、下を向いて、自らの内に隠り、決して本心を表に出そうとはしません。うっかり本音をしゃべろうものなら、「良心的」で「正しい」層からの猛反発を受け、言論の自由はまさに風前の灯火であります。アメリカのポリコレといわれる偽善と建前は、わが国のそれをしのぐ惨状にあることは、西尾先生もつとに指摘してきたことでした。その閉塞感に穴を開けるべく登場したトランプに、アメリカ国民の過半数は国の舵取りを委ねました。正直に申し上げれば、私はアメリカ人のそうした意思表示をとてもうらやましく思いました。選挙制度の違うわが国で、これを直接真似できないことは重々に承知しているにしてもです。

    昨今はSNSの発達もあり、一家言ある人は積極的に意見を発信するようになりました。そこに見られるのは、対立する左右のどちらもが、お互いに相手のことを知性の低い人間であると罵る傾向にあるということです。ステレオタイプ化されたネトウヨ(いやな言葉ですね)のイメージは、低学歴・低収入・低IQといったところです。しかし、これは明らかに誤ったレッテル貼りであり、平均的な知性の優劣を比べれば、圧倒的に保守陣営に軍配が上がることは間違いありません。これは何も、私が右の陣営に属しているから身びいきで申し上げるのではなく、各々の発言を読んでいれば客観的に判断できる事実であります。かつて西尾先生が書かれていたように、若い頃には、学問であれ、運動であれ、習い事であれ、徹底的に基礎を作り上げるための、地道で長く苦しい反復訓練が絶対に必要なのであり、この努力と能力を欠いた人間が、他人の果実を横取りするのが当然であるかのように主張しているのがいわゆるリベラルと自称する人たちです。なんと賎しく、浅ましい人たちでしょうか。

     言論は無力であり空しいものでしょうか。それ故に、最後の決着は必然的に暴力をもってして解決しなければならないのでしょうか。私の廻りでも多くの人が、志を持って発言し行動しています。しかし悲しいかな、現実の社会はそんなことでは1ミリたりとも動くことはありません。社会を動かす原動力とは、大衆の漠然としたベクトルであり、そこには、理非曲直もリアリズムもありません。もちろん国益や愛国心などといった腹の足しにもならないことよりも、エゴイズムを満たす甘い囁きの方がよほど大衆の支持を集めることができます。エドモンド・バークがこんなことを言っています。「偽善者は素晴らしい約束をする、守る気が無いからである」
     
     繰り返しますが、私たちの発言や行動には社会を動かす力はありません。政治に直接参加できる唯一の機会は、だれもが平等に与えられている投票だけであります。組織に属したことのある人間であればだれもが、意見の対立を経験し、妥協や摺り合わせや根回しといった工作を行い、それでも対立する者に敗北するという体験を何度もしてきたことと思います。設計主義に基づく理想の追求が成功しないのは、理想は人それぞれにあって常に対立し、妥協という決着に持ち込まざるを得ないからだと思います。理よりも情に訴える方が、万人の共感を得やすいという、我々側にとっての弱点もあります。
    人の集団には必ず政治が生まれます。そこで多くの組織では、身分の階層構造を設けて、命令・服従という上下関係を構築し、不毛な論争や誤った意思決定を回避するシステムを採用しています。営利企業が民主主義を採用していたら、どこの会社もたちどころに倒産してしまうでしょう。それ故に、選抜された少数の強者による支配という形を取らざるを得ないのだと思います。
     ところが、政治家だけは完全に平等な選挙権によって選ばれて来ます。民主主義の欠陥を今さら申し上げても詮無いことでありますが、人類はまだこれ以外でこれ以上の政治制度を発見できていないのですから、これに頼るしかありません。古代の寡頭政治には、理想主義を目指す上では有益ではないかと思われる点もあるように思いますが、今さら回帰することは不可能でありましょう。

     例えぬかに釘を刺すような行為であるとわかっていても、そして、例え理解者は少数であるとわかっていても、西尾先生が警鐘を鳴らし続けるのはなぜでしょうか。それは、先生が愛国者としての揺るぎない志を持っているからであり、そしてこれは決して傲慢な思いからではなくて、選ばれた人間として、その知力から導き出された洞察を社会に発信することを自らの責務と考えておられるからではないでしょうか。鍛え上げられた知性と、文学と哲学を土台とした先生の人間理解には、耳を塞ぎたくなるようなどす黒い闇をも容赦なくえぐり出してみせます。そこが、きれい事だけを並べた偽善家の、薄っぺらな言論との大いなる違いではないかと思います。

     言論よりも行動の方が尊いのか?何を持って行動というかという疑問もありますが、街頭デモや駄々っ子のような座り込み、国会前での鉦や太鼓を打ち鳴らしての歌合戦とても、社会を動かす力はありません。そういう人も我々も、行使できる権利は平等に与えられた一票の投票用紙だけです。では、テロルは社会を変革できるでしょうか。それが否であることも、歴史が証明しているのではないでしょうか。ただし、政治家がテロルの恐怖に怯えなくてもよい現状が、政治家の発言を限りなく無責任にしたという事実は指摘してもよいのではないかと思います。

     長期的には、教育を通じて変えて行くしか方法はないのだと思います。これはとてつもない困難を伴い、長い時間の掛かる作業ですが。

  8. 三島由紀夫が自決前のバルコニー演説でわざと拡声器を使わず肉声だったために自衛隊員もテレビカメラも十分に聴きとれませんでした。あのとき拡声器を使用してほしかった気持ちが今、西尾先生の言論に対して、ただ新聞雑誌に正論を公表するだけでは一部のインテリにしか届かないので、「拡声器」を使用してほしいと念じ、「7博士意見書」や「真正保守論客との連帯行動(キャンペーン・シンポジウム)」の提案となりました。
    「反革命宣言」は私も保守の神髄として重視する論文で、前に浅野様の引用された三島の「有効性は問題ではない」に注目し以前この日録でも引用しました。いま読み直してみると、この言葉は共産主義政権や容共政権を阻むために最も「有効」な行動原理として、「有効性は問題ではない」と逆説したのではないかと思います。演説や意見発表という言動にでる以上それが社会に有効に働かなければ意味がありません。

    「醜虜」の民衆に平等に与えられた一票の投票用紙によって現実の社会を1ミリでも動かすには浅野様の仰るように民衆の教育(ないしは逆洗脳)が有効な手段で正攻法ですが、これをまともにやっていては「とてつもない困難」と途方もない時間がかかります。

    「反革命宣言」で、三島は「弱者の情念と集団原理」が共産主義の背後に隠れており、彼らが弱者を束ねて政権を一旦奪取すれば一党独裁の恐ろしい正体を顕すと予言しています。三島は共産中国の文化革命を既にみていましたが、現在のシナの状況を予測したともいえます。現在の日本でも、殆どの人の観ないパラリンピック、耳障りなJR、私鉄駅の中国語、韓国語場内放送、多数の健常者を歩きにくくさせる点字ブロックなど少数者や弱者のための措置がはびこっています。浅野様ご指摘の「昨今の『人に優しい』 政治の左旋回」です。

    このままでは日本も危ないと思います。ではどうすればいいか、このブログの皆様はみなそれを考えあぐね、あがき、もがいていらっしゃる。私もその一人です。たしかに私たち一般の有志者の発言や行動に社会を動かす力はありません。仲間内で慰め合うだけです。

    しかし名前の売れた論客には社会的影響力があります。西尾先生も警鐘を鳴らし続けることで一定程度の影響はありますが、それが社会を動かし、変える程度にまで力を持たないのは独りだからです。①思いつくだけでも宮崎氏、福井氏、加藤氏、島田氏、西氏などと共同で動けば世間は無視できず必ず日本を変える力になります。②そのときに大切なのは、1票を握っている庶民や大衆に分かり易い言葉に翻訳する者の存在です。先生方の難しい表現や用語は彼らには通ぜず有効ではありません。革命勢力の偽善と欺瞞を分かり易く教え覚醒させることも重要です。

    トランプの米国内の政治改革は一応成功しているようですがその最大の原因は彼が「米国第一」を一般庶民に分かり易い言葉で直接呟いているからです。安倍さんにはこの資質がありませんし、大統領と違い首相には出来ないでしょう。トランプが大統領として独りでやっていることを日本で実現するには「ジャパンファースト」の新しい本物の保守政党を結成するしかありません。そのイデオローグとしても先生の存在が不可欠です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です