内部をむしばむ国民の深い諦め

 平成30年9月7日 産經新聞「正論」欄より

≪≪≪ 深刻さを増す組織の機能麻痺 ≫≫≫

 スポーツ界の昨今の組織の機能麻痺(まひ)は日本相撲協会の横綱審議委員会の不作為に始まった。横綱の見苦しい張り手や変化、酒席での後輩への暴行、相次ぐ連続休場。その横綱の品位を認め、人格を保証したのが横綱審議委員会なのだから、彼らも責任を取らなければならないのに、誰もやめない。
 
 モンゴル人力士の制限の必要、年間6場所制の無理、ガチンコ相撲を少し緩める大人の対応をしなければけが人続出となる-素人にも分かる目の前の問題を解決せず、臭い物に蓋をして組織の奥の方で権力をたらい回ししている。
 
 そう思いつつファンは白けきっていると、日大アメフト問題、レスリングのパワハラ問題、アマチュアボクシングの会長問題、そして18歳の女子選手による日本体操協会の内部告発と来た。止(とど)まる所を知らない。各組織の内部が崩壊している。
 企業にも言えるのではないか。東芝の不正会計問題、神戸製鋼の品質データ改竄(かいざん)問題、日産の排ガス検査改竄問題と枚挙にいとまがない。政界や官界や言論界も無傷なはずはない。財務省の国有地売却をめぐる公文書改竄はどう見ても驚くべき書き換えで、担当者が自殺までしている。その父親の手記は涙なしに読めなかった。事件の原因が安倍晋三内閣への忖度(そんたく)だといわれても仕方がないだろう。
 『文芸春秋』の内紛は左翼リベラルに傾いて内容希薄になっていたこの雑誌の迷走の結果であって、「自滅」の黄ランプを会社の門口にぶら下げた事件にも例えられよう。
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≪≪≪ 日本に蔓延する現状維持ムード≫≫≫

 このような状況下で、日本が何か外から予想もつかない大きな衝撃を受けて、外交的・軍事的に国家が動かなければならないような事態が起こったら恐ろしい。少しでも正論を唱えるとボコボコにやられる。オリンピックが終わった段階で何かありそうだ。

 世の中が祭典で浮かれている今こそ“オリンピック以後をどう考えるか”を特集する雑誌が現れなくてはいけないのに、そういう気配がない。この無風状態こそ、横綱審議委員会から自民党内閣をも経て、『文芸春秋』にまで至る、何もしない、何も考えない今日の日本人の現状維持第一主義のムードを醸す。自分だけが一歩でも前へ出ることを恐れ、他人や他の組織の顔色をうかがう同調心理の中で、時間を先送りするその日暮らし愛好精神のいわば母胎である。
 今の日本人は国全体が大きく動き出すことを必死になって全員で押さえている。仮に動き出すことはあっても、自分は先鞭(せんべん)をつけないことを用心深く周囲に吹聴している。世界の動きに戦略的に先手を打つことは少なく、世界の動きを見てゆっくり戦略を考えるのが日本流だ、といえば聞こえはいいが、戦略がまるっきりないことの表れであることの方が多い。

 国家を主導している保守政治とは残念ながら、そういう方向に落ち着いている(堕落しているともいえる)が、国防をアメリカに依存しているわが国の現実を見るならば仕方がない。これが、保守政権を支持する大半の国民の条件付き承認の本音である。問題は「さしあたりは仕方がない」の本音が国民から勇気を奪い、社会生活の他の領域、政治・外交とは直接関係のない生活面にまで強い影響を及ぼしてしまうことなのである。
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≪≪≪ 政府の行動に責任はあるか ≫≫≫

 今のアメリカは日本を守るつもりもないけれども、手放すつもりもなく、自由にさせるつもりもないという様子見の状態である。日本も様子見でいけばいいのだが、強い方は何もしないでも黙って弱い方を制縛する。弱い方はよほど意識的に努力しても、なかなか様子見しているほどの自由の立場には立てない。今の日米関係がまさにそれである。国民は諦めてこの現実を認めている。安倍政権支持はこの諦めの表現である。

 昔と違って今の日本人は政治的に成熟し、大人になっている。「さしあたりは仕方がない」は明日、自民党に代わる受け皿になる政党が現れれば、あっという間に支持政党を変えてしまう可能性を示唆している。国民は何かを深く諦めているのである。政府がアメリカに対して、国防だけでなく他のあらゆる分野で戦略的に先手を打てないでいる消極性は、国民生活のさまざまな面で見習うべき模範となり現状維持ムード、その日暮らしの同調心理を育てている。

 スポーツ団体から企業社会までそういう政府のまねをする傾向が強くなる。組織は合理性も精神性も失い、それぞれが表からは見えない「奥の院」を抱え、内部でひそかに一部の人々が権力をたらい回ししている。財務省の国有地売却に関する公文書改竄を見て、国民は「こんなことまでやっていたのか」と驚き、恐らく将来違った形で、似たようなことがもっと大規模に繰り返されるだろう。

 政府の行動は学校の先生が生徒に与えるのと同じような教育効果がある。だから怖いのである。今日の出来事は明日は消えても、明後日は違った形で蘇(よみがえ)るであろう。(にしお かんじ)

「内部をむしばむ国民の深い諦め」への4件のフィードバック

  1. 雑誌「正論」の「文藝春秋 左翼リベラルの自滅」は、文藝春秋の破綻を逸早く予言した西尾氏の今日の発言として、全くそのとおり、文春は潰れるに如くはないとする西尾氏の意見に泉下の菊池寛も同意するに違いないと感じるのみであったが、長谷川さんの呼びかけに応じて贅言を弄してみる。
     対談で心に引っ掛かって残ったのは、このところ氏が強調する「ニヒリズム」ということである。
    「これを単純に『左』と見てはいけないのです。知識世界全体を巻き込んでいるニヒリズムの渦があるのです。故郷を失った砂漠のようなもの、肌のぬくもりの感じられない剥き出しの無機的なものがひた押しに押し寄せてくる。人間不在のくせに人道主義の仮面を被っている。これは政治的なただの『左』ではない。この朝日的なものは隠然たるパワーを持っていて、日本の言論全体に浸透していきますから、知らぬうちに手足がしびれるように麻痺し、そのパワーが大きくなっていくとともに自由な精神が失われていく。『文藝春秋』はニヒリズムに巻き込まれた一つのメディアということですよ」。
    氏の指摘する「ニヒリズムの渦」というものを私はよくは実感できず、「保守の真贋」の巻頭論文に立ち戻って確認することにした。「保守の主調低音」として「【一、皇室】【二、国土】【三、民族】【四、反共(反グローバリズム)】そしてこれらをひっくるめて【五、歴史】」と規定した、記憶すべきあの論文である。
    「五.歴史」の反対側にあるのは「歴史の希薄化」であり、「別言すれば故郷の喪失、起伏のない世紀の永遠の繰り返し、各民族文化の境い目をなくした均質化とその拡大である。時間的にも空間的にも地上に涯なく茫洋と広がるニヒリズムの荒野である」。氏の言うニヒリズムとはこれであり、「『保守』はたとえ空しくてもニヒリズムと戦わなければならない」のである。「人は生きるために、自らの歴史の中核を残し、領土を死守し、民族文化の弱体化を阻止し、共産主義その他の人類の名を騙ったグローバリズムの虚偽を指摘していかなければならないのだ。最大の敵は地球を呑み込みつつあるニヒリズムであって、左翼がどうだリベラルがどうだというくだらない話ではない」。これを要するに、ニヒリズムとは保守の五つの主調低音を失った精神の様態を指すのであろう。
    トランプ政権や欧州の民族主義的政党に対して「ポピュリズムであるとか、極右であるとかのレッテルを張って片づける時代は終わった。危険であるとか、逸脱であるとかいっていられない政治的必然性がこの流れにはある。分りやすくいえば、生きんがための各民族のニヒリズムとの戦いが秘められている。これらの戦いは先の大戦に対する歴史的解釈と必ずしも重ねて考える必要もないほどの新しい潮流なのである。ニヒリズムに晒された人類のあがきだといってもいい。
    問題は日本にこのあがきがないことだ」。
    七日(金)の産経新聞「正論」欄の「内部をむしばむ国民の深い諦め」は、上に言うニヒリズムとは似て非なるものと思われる。アメリカの庇護の下にある国防の現状から、国民が「さしあたりは仕方ない」として今の自民党政権を条件付きで承認しているが、「国防だけでなく他のあらゆる分野で戦略的に先手を打てないでいる消極性は、(中略)現状維持ムード、その日暮らしの同調心理を育てている」。
    国家としての独立自尊の気構えを失って久しい政府の下で保育園をどんなに増やそうが子供は増えないし、官界や産業界の体たらくを見れば優秀な学生が外資系企業に流れるのも致し方ない成り行きであろう。ヨーロッパで新しい政党が表に出てきたのは、移民問題が座視できなくなり、予見できる将来に白人もキリスト教徒も少数派に転落し、「フランス」も「イギリス」も「オーストリア」も、「ヨーロッパ」すらなくなることが現実のものとして見えてきたからであろう。各国の自己保存を賭けた戦いはこれからが本番と思われる。日本でも、新たな勢力の台頭は保守五原則が音を立てて崩壊することと差し違えでしか実現しないのであろうか。一刻も早く、国民の我慢が臨界点を迎え、自民党も経団連も圧倒して民族の生命力を呼び起こす国民的勢力が勃興することを願うのみである。その先導役は、ニヒリズムに抗する思想の力をまざまざと示す言論以外になかろう。文藝春秋社は既に論外だが、「左翼がどうだ、リベラルがどうだ」に明け暮れる現政権擁護派も「くだらない」。ニヒリズムと戦う志を持った独立不羈の言論と言論誌の役割はいよいよ大きいと思われる。
    しかし「政治危機に当たって先導的役割を果たし」、「国家の命運を動かす重大な言葉を残した危機の思想家が、みな文学者」(「文学部をこそ重視せよ」において西尾氏は、竹山道雄、村松剛、小林秀雄、田中美知太郎、福田恆存、江藤淳の名前を挙げている)であり、その系譜が西尾氏を以て絶えようとしていることが不気味なのである。第一級の文学者を措いて「人間存在そのものの内部から声を発し」、国家の命運を動かす言葉を紡ぐことは容易には求めがたいからである。

  2. やや時間が経ってしまいましたが、9月7日産経正論の感想を申し述べたいと思います。表向きは正々堂々として、明るく爽やかなイメージのあるスポーツの分野において、およそそのイメージには似つかわしくないドロドロとした権力の闇が次々と焙り出されました。
    私たちは、スポーツを題材とした創作物を通して、この世界にある種の幻想を懐いてきたことも事実だと思います。青春の汗と涙、その先にある挫折と栄冠、そして同志愛。しかし、人間である以上、どんな世界にも醜い権力争いはあり、強い者への嫉妬があることも当然だと思います。小学生ともなれば、子供の世界であっても政治の縮図は「立派」に存在します。権力欲は人間の持つ悪の宿命として、これを否定することはできないのだと思います。ある種の高等哺乳類にもこれと似た権力争いが存在するということは、進化の過程において何らかの必要性に迫られて身に備わった生存本能ではないかと思われます。
    腐敗した権力が崩壊することは、権力の新陳代謝を促し、そのこと自体は組織の自衛のためにも必要なことだと思いますが、最近立て続けに明るみに出た事例は、何らかの自浄作用の表れなのでしょうか。それとも単なる偶然の重なりなのか、私には分かりません。
    近い将来には、美談と偽善の固まりのような校野球でも、最近表沙汰になったような権力の闇が表沙汰になるかもしれません。その時には、高校生をただ働きさせることが既得権益であり、そこから巨額の報酬を得てきた人たちが世間の糾弾を浴びることになるのだと思います。
    日本の会社組織について感じることは、もはやほとんどの日本人労働者に愛社精神などなく、実に多くの労働者が自分の働く組織を呪詛しながらも、生活のためやむを得ず働いているということです。これは、営利企業だけに限ったことではなくて、ほとんどあらゆる勤務先について言えることではないかと思います。公務員も教員も例外ではないと思います。
    西尾先生は、『国民は何かを深く諦めているのである』と断言しました。そして、
    『問題は「さしあたりは仕方がない」の本音が国民から勇気を奪い、社会生活の他の領域、政治・外交とは直接関係のない生活面にまで強い影響を及ぼしてしまうことなのである。』
    『政府の行動は学校の先生が生徒に与えるのと同じような教育効果がある。だから怖いのである。』と続けています。まさにその通りで、現場の労働者は本当にうんざりしています。これはかつて無いほどに日本全国に蔓延している病理だと思います。
    『今の日本人は国全体が大きく動き出すことを必死になって全員で押さえている。』
    これはなぜかと考えるに、自己保身というよりも諦めが暗雲のごとくに漂い、全身を覆っているからだということは、私も身を以て感じています。上は安全保障から外交、下は個人の所属する共同体の問題まで、すべてが諦めと『さしあたりは仕方がない』という負の現状肯定に支配されているのです。

    『日本が何か外から予想もつかない大きな衝撃を受けて、外向的・軍事的に国家が動かなければならないような事態が起こったら恐ろしい。』
    実は私には、こうなることをどこかで望んでいるところがあります。過去には、経済的には大きな衝撃を受けたことは何度かありましたが、その都度それを何とか乗り越えて来ました。ただし、外交や軍事において重大な決断を要するような修羅場を我が国や国民は経験したことがあるかといえば、ほとんどなかったように思います。アメリカでトランプ大統領が誕生したとき、あの破天荒な大統領なら、ひょっとしたら日本に無理難題を突き付け、それによって日本人を覚醒させてくれるのではないかと期待したのでした。あれから二年が経ち、幸か不幸かそのような事態には遭遇しないまま過ぎていますが、これは今までのところ、トランプの反中政策のおこぼれに預かっているという幸運も左右したように思います。
    西尾先生は、オリンピックが終わった後の日本に、何か不穏な空気を感じておられるようです。先生は過去にも、世論と逆行する警告を発し、予言を的中させて来ました。二年後の日本は、安倍政権もレイムダックとなり、諸外国からはますます付け込まれるところ隙だらけの国になっているのでしょうか。その時、時の権力者はその場凌ぎと偽善に陥り、大きく国策を誤るのでしょうか。
    かつて自民党が下野した時先生は、「自民党は堕ちるところまで堕ちろ」と喝破されました。その同じ言葉を、今度は日本人に言う日が来るのでしょうか。自民党は民主党の敵失により、千尋の谷から這い上がるという苦悩を経験することなく政権に返り咲きました。我が大和民族には、深い谷から這い上がるだけの胆力がまだ残っているのでしょうか。

  3. 安倍晋三の真実 著 谷口智彦 という本をご存知でしょうか?
    内容は安倍総理の仕事内容が主ですが
    最大のポイントは政策の決め方です
    如何に働いているか、どのように政策を決めたか、また、安倍総理の評価も書かれています
    ですが、どうも理解できないのが すべて米国の都合に見えることです
    海外の人に投資してほしいけど人口減少している国には難しい だから人を入れよう
    TPPの反対者(2012年ごろ)は政権批判者なだけでその証拠に農協政策に移った際はTPP反対本は出なくなった
    ’安倍総理を見ていて偉いと思うのは、オバマ前大統領のように世界観が違う大統領に「尖閣を守る」と言わせたことです’ とありますがこれは米国からすれば尖閣ごとき孤島で日米安保が適用されるかどうかの試金石にされたくないだけでしょう
    菅沼氏によると米国が日本の南シナ海をことさら気にかけているのは仮にあそこが中国に封鎖されたら日本は海軍を増強せざるを得ない、そうなると大東亜戦争前夜のように日本の海軍が米国に対抗してくるかもしれない との読みがあるようですが そっちの方が本音だと思います
    慰安婦合意の際、外務省が海外から高く評価されているとやたら喜んでいましたが、ついに日本が未成年の性奴隷を認めたと喜んでいるだけに過ぎないのになぜことさら喜んだのでしょうか?
    どうも官邸は一般人よりも情報量が多いはずなのにまるで目線が違います
    日本のためというのなら米国が日本にレーダーを設置して無線傍受しているのと同様に日本政府もすべきでしょう しかし憲法の兼ね合いで日本政府は出来ない スパイも存在しない 
    結局のところ日本人の民度を頼りにしてふらふらと今後も動くしかないということでしょうか?
    安倍総理が頑張っていると持ち上げている本でしたがそんなもの次の総理になればまた元の木阿弥になるし何も変わらないでしょう

  4.  いつも元気と知恵を授けてくれる『えんだんじのブログ(日本復活に執念を燃やす男、えんだんじの話)』を定期チェックしていますが、先日9/22の長い記事の最後の方に、次の記載がありました。
     「・・・・その石破氏が安倍氏の競争相手というのだから、日本にはもう政治的活力は生まれてこないのでしょう。 私はもう日本の行く末には希望は持っていません。・・・・」
     日本復活に執念を燃やす男もとうとう匙を投げたかと思いましたが、何遍も気を取り直しては日本に絶望する― そんな話はよくあるなあと思い起こしました。 私自身もそうです。

     日本を取り戻すには、民間が行う思想形成や歴史見直しや教育など環境整備活動は重要ですが、畢竟やはり政治を取り戻すことが絶対条件でしょう。 えんだんじ氏同様、安倍政権がやってくれそうに思い失望し、そして保守の体たらくに絶望しているだけでよいのかと考えてしまいます。
     状況は厳しく、真正保守が本格的に立ち上がる動きも見えません。 保守の誰もが唯我独尊の自説にこだわり愚痴を零しつつ立ち上がりません。やって見なくては分からないのに。
     特攻隊の英霊達は、あの絶望的戦況の中でもト連送を打電しつつ突入してゆきました。 その子孫たるものは、たとえ蟷螂之斧でも、立ちあがらないと恥ずかしい。 また、やって見なくては分からない。
     ・・・・・ということで、まずは真正保守政党準備会の立ち上げを提案致します。 詳しくは下記ブログをご笑覧下さい。  
        http://sshsp.blog.fc2.com/   
     まだ二人で試作中でへっぴり腰ですが、真剣な日本人が大勢集まって唯我独尊を排して大同団結し、金と知恵を出し汗をかけば道が開けるかもしれません。
     西尾先生も、産経正論欄で「・・・・・・「さしあたりは仕方がない」は明日、自民党に代わる受け皿になる政党が現れれば、あっという間に支持政党を変えてしまう可能性を示唆している。国民は何かを深く諦めているのである。・・・・・・」とおっしゃっておられます。

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