坦々塾の会員の活躍をご報告します。
まず最初に、林千勝さんが日本維新の会・千葉七区より立候補しました。ぜひ応援してあげて下さい。
今年会員の中から二人の著作が世に問われました。渡辺望さんの『国家論』(総和社)です。「石原慎太郎と江藤淳。『敗戦』がもたらしたもの」という長い副題がついています。もう一冊は河内隆彌さんの翻訳書、パトリック・ブキャナン『超大国の自殺――アメリカは2025年までに生き延びるか――』(幻冬舎)です。
渡辺さんは評論世界へのデビュー作で、来年以後次々と本を出して活躍されることを祈っています。河内さんは私の小石川高校時代の同級生で、精力的に翻訳業に取り組み始めました。同じ著者ブキャナンの二作目が来年上梓される運びとか聞いています。
ご両名の今後の飛躍を祈りたいと思います。以下にそれぞれの自己解説の文を掲示します。
国家論 (2012/09/08) 渡辺 望 |
今回、刊行の運びになった『「国家論」石原慎太郎と江藤淳。敗戦がもたらしたものー』(総和社)は、私のはじめての本格的単著です。「あとがき」にも書きましたように、この本は、西尾幹二先生のお力添えと、総和社の佐藤春生さんのご尽力によって世に出ることになりましたものです。
本の副題にありますように、この本を書く動機は、石原慎太郎と江藤淳という、自分にとって幼少の時から非常に大きな存在であった二人の表現者の存在感を、二人あわせて比較分析してみたいという気持ちでした。それはずっと以前から、漠然とですが、ひたすら感じてきたものです。この二人の大きな存在感は、本物だろうか。本物だとしたら、どんな本物なのだろうか、というふうにです。
よく知られているように、この二人は高校の同窓以来の莫逆の友であり、文壇や論壇でも常に共闘した間柄でした。お互いを論じている文章もかなりあります。しかし二人の共通点、あるいは共有される思想的土俵というものはほとんどないようにも見える。実際ないと思いこんでいたので、私にとってこの二人の存在は、比較分析したいというひたすらの気持ちにもかかわらず、「親友だった有名な二人」という形で併記されるものにすぎないままでした。
しかし自分が或る程度の年齢になって、今一度、二人の著作、しかもあまり注目されていないような著作の幾つかを読み見直してみると、ある思想的土俵が二人の間に共有されていることに気づきました。たとえば、石原の場合、通俗的なものとしてあまり批評家からは相手にされなかった弟・裕次郎に関してのルポルタージュめいた本、江藤の場合は死の直前に書かれあまりに生々しい精神の記録が(ゆえにやはり批評家があまり取り上げない)妻への死に物狂いの看病記『妻と私』、こうしたあまり目立たない身辺の記録に、最も強烈に彼らの思想的本質があらわれている。再読して私はそう直観しました。
その直観に従い、さらに今度は二人の著作全体を再読を拡大してみると、両者には、「国家と性」という風変わりな思想的主題がはっきりと共有されている、という確信にいたったのです。
石原は国家というものを男性的・父権的に把握し、その上で国家的なるものに「青年」を見出す思想家です。石原自身は一見、非常に明快で曇りのない人物に見えるかもしれないけれども、弟・裕次郎との関係をはじめ、石原家の展開は実に入り組んでおり、その中で、石原本人は実に複雑な「父」として存在を余儀なくされる。その過程が彼の国家観をも形成した。これに対し江藤淳は全く正反対に、女性的・母権的に国家観を把握することにこだわったことが石原との比較探求でわかってくる。幼少時に死別した母や、江藤に男性的なるものを仕込んだ祖母への異様なほどの思い入れは、石原の「父」が異端であるのと同様、きわめて特異な「母性」へのこだわりです。
やがて現実の石原についてはこんなふうにとらえるようになりました。たとえば石原は三島由紀夫との座談会で皇室について否定的発言をして三島を落胆させたのは有名です。最近では北京オリンピックで中国の青年たちの規律正しい歓迎ぶりに感動して保守派陣営を当惑させ、さらにはナショナリズム的には幾重にも疑問符がつく橋下徹と公然と連携したりする。こうした石原の「危うさ」はつまるところ、石原の国家観が、「父権」とそこから導き出される「青年」に根源をもっており、それを感じたときに、石原は共感と同化をするという特異な国家主義者であるということを意味している。
江藤の本質については、こう考えるようになりました。たとえば江藤淳の文芸評論を少しでもよく読んだ人ならば、江藤が「母の胎内」とか「国家の父性・母性」という用語をほとんど悪文になるほどに多用することをご存知でしょう。江藤が思想家として最も力を注いだのは自分の血筋へのこだわりであり、そこに交錯する父性と母性の問題だったことが、彼の『一族再会』という代表作を読むと非常に明瞭です。江藤は母性への回帰へ軍配をあげる。この『一族再会』は終わりに「第一部・完」と書かれていますが、第二部はかかれませんでした。しかし実は江藤の最終作であった『妻と私』ということが、第二部であったのであり、江藤は母性なる日本への回帰ということを、自らの自殺によって完結したの
ではないでしょうか。悲劇的自殺による国家観の完成ということは、実は三島由紀夫との比較が可能な事象なのではないか。以上の視点から、石原と江藤の国家論の比較を次第に掘り起こしていくことを目指したのが本著執筆の第一歩なのですが、これは「書く」ということに常に付随することなのでしょうけれど、「主題の自己増殖」という事態に私は書き始めてからただちに直面してしまいました。
「父性」「男権」あるいは「母性」「女権」の比較ということだけではどうも現在の日本に有効な批評になりえない気がしてきたのです。たとえば目の前の民主党政権は、父性的でもないし母性的でもないではないか?論壇や文壇は、父性的な方へ向かっているのか、母性的な方へ向かっているのか?戦後の日本特に私が育ってきた1970年代以降の日本は、実は父性的でもないし母性的でもない。男性的でもないし女性的でもない何かに戦後日本は進んでしまっている。そこでさらに、「中性」というテーマを石原と江藤の間に挟んで論じなければならない。そう私は考えました。
日本という国家を「中性化」しようとする営為をおこなった表現者として、山本七平や司馬遼太郎、丸谷才一らをあげることができます。左翼でも保守でもない、しかし左翼といえば左翼のときもあり、保守といえば保守らしきときもある、という彼らの今の日本での読まれた方、好かれた方というのは、石原・江藤より遥かに多数派的といえます。彼らは「ただ存在してゐるだけの国家」(丸谷才一)を目指そうとした。それはなぜなのでしょうか。私はその謎を、彼らが共通して経験した(させられた)、軍隊内での陰惨な私的制裁にあると推論しました。私は本書の中でこれら国家の「中性」化に勤しむ知識人のことを「中間派知識人」と命名しています。
そしてこの軍隊内の私的制裁の問題こそが、戦後日本の知性の主流を次第に捻じ曲げてしまった原点ではないかと私は本書で断じています。「軍隊で殴られた知識人」=「中間派知識人」の復讐劇としての知的策謀なのです。そして「私的制裁」自体にも、意外に根深い普遍的問題が潜んでいるようです。この私的制裁の問題も、私なりに詳細に論じてみたつもりです。
このことから、本書は、「石原慎太郎論(父性・男権的)→中間派知識人論(中性的)→
江藤淳論(母性・母権的)」の順序の構成をとりました。本書の刊行以後、何人かの識者の方に本の感想を送っていただきました。その中の一つ、文藝春秋の内田博人さんのお手紙を本人のご許可を得て引用掲載させていただきます。周知のように、内田さんは雑誌「諸君!」の編集長を長く勤められました編集者です。
「
過日はご新著「国家論をお送りいただき、誠に有難うございました。ご研鑽がみごとに結実し、たいへん読みごたえのある一冊になっていると感じました。文章は読みやすく、国家というとらえどころのない存在の核心に、真っ向から迫ろうとする渡辺さんの気概を強く感じます。とりわけ「中間派知識人」というカテゴリーに新鮮な印象を受けました。左右対立という従来のカテゴリーでは見逃されがちな、昭和後半の知的世界のある一面を鋭く衝いて、西尾先生の言う「戦後思想に毒されていない」精神が躍如している部分と思いました。
「南洲残影」から「妻と私」をへて自裁へといたる江藤氏の晩年には、死の予感が通奏低音のように響いていて、痛ましさを感じずにはいられません。「一族再会」を中心に据えた渡辺さんの論述によって、悲劇の思想的な意味あいが初めて見えてみたように、感じております。
渡辺さんの評論活動のまさに出発点になる一冊かと存じます。ますますのご健筆をお祈り申し上げております。
何卒ご自愛ください。略儀ながら書中にて御礼まで。
文藝春秋 内田博人」
さすがは経験豊富な編集者だけあって、内田さんは、私が「中間派知識人」の問題に精力を割いたのをよく見抜いていらっしゃいます。現在の日本の知的状況というのは、左翼が台頭しているのではない、かといって保守主義的主題を現実化しようとする意欲もない、そのどちらも敵視し消し去るような、「いつまでもだらだらできる日本」が現実化しつつある、ということにあります。
まさに丸谷才一のいう「ただ存在してゐるだけの国家」の建国がほとんど完全な形で実現してしまっているといえましょう。石原・江藤の比較論というこの本の両輪の副産物ではありますが、しかし現実的問題としては実は本書のテーマの中で一番真摯に考えるべきかと思われるこの「中間派知識人」の問題も、本書を読まれる方に深く考えていただければ幸いと思います。