西尾幹二全集 第13巻 日本の孤独

目 次
序に代えて
“あの戦争”を他【ひ】人【と】事【ごと】のように語っていいのか

Ⅰ 冷戦終結後、われわれの前に立ち塞がったアメリカ
他者としてのアメリカ
植民地外交「日米構造協議」の行方
二つに鋭く分かれる米国観
そもそも外国の正義と善意を信じてよいのか
日本はしばらく動きだすな
日本型資本主義は存在しない
ベーカー演説「欧=大西洋機構」批判
利用される日本
ロンドン・サミットを前に/コール独首相の対日要求に乗るな/宮澤新政権のG7への譲歩を見て/湾岸戦争の教訓を忘れた国際貢献税構想/日本は分相応の支援でよい/朝鮮半島安定化のための巨額支出予想

Ⅱ 湾岸戦争と日本
再び 他者としてのアメリカ
アメリカ側につかなかったと非難される日本
ドイツを襲った反戦ヒステリー
国連とは空虚なるフィクションだ
棒立ちする日本(憲法九条と安全保障をめぐる私の発言)
昭和時代最後の憲法論争に際し/湾岸戦争の勃発後に/イラクへの空爆開始直後に/PKO法案の成立を見て/カンボジアでの国際貢献を契機に(その一)(その二)

Ⅲ 日本の位置
世界の流れは近代以前へ戻りつつある
民族主義を必要としない日本
日米ハイテク競争とドイツ
世界史から見た自民党政治
国際政治に照らしてみた自民党と社会党
チャンスを逸しつつある自民党

Ⅳ 細川政権
“半端国家”の不安
保革ねじれ現象の国民的不幸
細川氏は「共産主義崩壊」を知らない
細川氏の侵略戦争謝罪発言
浮遊する巨船 日本

Ⅴ 北朝鮮核危機(一九九四年)
北朝鮮の核脅威は日本の国内問題
日本独自の朝鮮半島政策が必要
いずれ来る核武装国家・北朝鮮との共存
親北朝鮮内閣の出現は愚挙
社会党と連立した自民党は国を売る気か
日米安保“堅持”ではもうない
米ソの代理戦争を卒業していない日本の政治
米朝合意のリアリズムと日本の対応

Ⅵ 戦後五十年国会謝罪決議
歴史は粘土細工ではない
自社さ連立政権の「謝罪・不戦」決議プロジェクトチームへの私の意見陳述(全文)

Ⅶ オウム真理教
政教分離とは何か――「信教の自由」の日本的誤解
「オウム」を生んだ日本人の精神的不用意
認証制度の不備改正が最重要
なぜ論じぬ、信者の道徳的責任
常識に還れ――オウム裁判「人権派」法律家たちへ
破防法の法的不備露呈
吉本隆明氏の「擁護論」への疑義

Ⅷ 阪神淡路大震災
コリオレイナスの怒り――大震災と自衛隊

Ⅸ 戦争回顧の波紋
救い難いメンタリティ
道徳的責任と政治的責任
歴史の火遊び――「マルコポーロ」と「朝日新聞」
占領軍の呪文
戦争直後に日本の戦争を擁護したあるアメリカ要人
近代戦争史における「日本の孤独」

Ⅹ リベラリズムの限界
韓非子の教訓
宿命を知る
ノーベル賞と文化勲章
西欧に屈した姿勢――大江健三郎のストックホルム講演
論争はすべからく相手の「神」を撃つべし

ⅩⅠ 教育論 再論
大学が招く教育破壊
既存の秩序覆す必要
教育にとって「自由」とは何か
「大学院重点大学」構想に一言
談合体質の排除
細川新政権を糺す――なぜ「教育改革」を言わぬのか

ⅩⅡ 文学論 追加
小林秀雄における歴史認識の問題
非常時と平常心――小林秀雄の場合
戯作 時代性と反時代性

ⅩⅢ 「あとがき」集

追補一 天谷直弘・西尾幹二対談 未来志向か、現実主義か
追補二 松本健一・西尾幹二対談 軍事案件にウロウロした海部政治の余りの脆さ
追補三 片岡鉄哉・西尾幹二対談 揺れるアメリカとの付き合い方
後記

「西尾幹二全集 第13巻 日本の孤独」への3件のフィードバック

  1.  ヴァージョンアップした日録では、初めて投稿します。

     全集も、この辺りになると、私もリアルタイムで読んでいますし、内容も、だいたいは覚えています(かなり、熱心に読んでいましたからね)

     いちいち感想を書いていると、きりがありませんし、また、私は持病があるため、今も、あまり体調は良くない状態です(今月に入って、無理をして倒れて、もう2度も病院に運ばれています)

     内容についての感想は、前に、私が、「日本の教育 ドイツの教育」について書いたものが、この日録に掲載されましたが、あれを書いて送ったのは、10年以上も前です。

     西尾先生は、部屋を掃除していたら出てきたと言いますが、それは、10年以上も放置されていたものです(苦笑)

     あれくらいの内容は、10年以上前に、すでに書けました(自慢するつもりはありませんが)

     今は、もっと高度な内容の手紙を送っているのですが(「侍政」の内容についてです)、それが読まれるのは、後、10年くらいは待つことになりますでしょうか(笑)

     侍政(大共和制-緑の保守)というのは、政治哲学について、学部時代に、すでに、パンゲの哲学書を読み込んでいたという人間が書いているので(早大ですが、岩田君よりも年上で、岩田君のことを「たいした奴じゃない」と思っています。本人が聞くと怒るので、相手にするほどの奴ではないので放っておいて欲しい言われています)、相当に高度な内容になっています(ニーチェの「奴隷道徳」がキーワードです。この思想は、大東亜戦争亜細亜解放論を、この解放という考え方は「奴隷道徳」(白人に対する嫉妬)であるとして、否定しています。新しい大東亜戦争の認識としては、「緑の維新」という概念でとらえることを主張しています)

     ところで、すでに、私が20代の院生だった時に、雑誌正論に書いた西尾先生の文章に、私の手紙を引用してもらっていますし、もう、感想を書いて送ることも必要ないかなと思っています(基本的に、自分の知的レベルを向上させるために書いていましたから)

     何せ、10年以上前に書いた手紙が、今頃になって掲載されていますからね(苦笑)

     特に、何か文句がある訳ではないです(「今頃か?」とは思いましたが(苦笑))

     とこで、携帯電話の留守電に、足腰を鍛える方補を吹き込んでおきましたが、あの方法は、素人の人間が実践するのは難しいかもしれません(私は武道の有段者です)

     歩く時間が足りないのならば、「負荷」を増やせばよろしいかと思います。

     つまり、リュックに何かを背をっていくとか、腕や足におもりをつけるということです(リュックに入れるものは、「大量の書物」があるでしょうから、好きなものを入れていけば、途中の喫茶店で休憩する時に、その本を読むことが出来ますし、おもりは、スポーツショップに行けば売っていると思います)

     もっとも、中国拳法で、基本的な鍛え方があるのをご存じでしょうか?

     それは、中腰で立って、腕を前に突き出したまま、ずっと「動かない」ことです。

     この体勢でいることは、結構つらいですよ。

     私は、電子レンジを使って待っている時などに、このポーズをしていますが、1分やるだけでもつらくなってきます。

     スクワットなどは、膝や腰を痛めるので、やらない方がいいです。

     基本的には、「四股踏み」が、足腰を鍛える基本になると思います。

     家の中でやると、床が抜けてしまうので、外で、それも、近所の目があるので、早朝とか、日が落ちた後に、庭でやるのがいいかと思います。

     下が堅いと、膝を痛める原因になりますから、土の上がよろしいかと思われます。

  2. 米国の授業でちょこっとだけ100年前英国は植民地を世界中に持っていて第二次世界大戦後それは無くなったと歴史の内容を教わりました 一人の米国人がなぜここまで第二次世界大戦後英国は弱体化したのか質問していましたがその回答の内容は 今は米国は世界最強だがいつ転落するか分からない というよく分からない回答でした
    授業後なぜ日本のおかげで植民地が解放されたのか言わないのか聞いたんですが結局言われたのは米国では歴史の授業はあまり勉強しないし、大東亜戦争は米国の最初の防衛戦争である という回答でした スペインとかメキシコ相手とか色々その他にも「防衛戦争」はやってると思うんですが 一般人はまあそんな認識です

  3. 第13巻にはオウム真理教についての項目がありますが、第9巻にもオウム
    について言及されています。中でも「・・・国家の中に国家を作られるよう
    な世にも考えられない愚虚を演じた国は日本のほかにはない。」(第9巻
    P243)の部分を読むと、20年前のこの論文が、あたかも今現在の時点で書か
    たかの如く思えます。

    一般社会と隔絶した集団の中で、理数系の秀才たちが、いとも簡単に殺人を
    犯し、無防備な地下鉄の中で、猛毒のサリンを撒いて多数の一般人を地獄に
    突き落としたこの事件に対して、当時誰もが「もしそこに自分がいたら」と
    想像して背筋を凍らせました。しかし納得いかないのは、多くの人によって
    「それにしても、なぜこんな事件が・・・」という問いが発せられたにも拘
    わらず、こうした疑問もいつの間にか立ち消えになったことです。

    そしてそれ以上に腹が立つのは、オウム真理教の「悪の部分を取り除いた」
    とされる新宗教が、未だ元信者を中心に新たな信者を募って活動を続け
    ている事実ではないでしょうか。例え「違法性」はないにしても、こうし
    た現状に、現代日本の救いがたい無秩序と、求心力のなさに嘆息する人は
    少なくないはずです。

    加えて、時折報道される、年を取った元信者のニュースを見ると、「そう
    いえばあんなのもいたな」と思い出すと同時に、事態はもやに包まれた
    ような20年前と、ちっとも変わっていないことに改めて気付かされ
    るのです。

    そんな中、先生がドストエフスキーの『悪霊』に対比させて、オウム信者
    たちの心情を分析された所は、一般人にはもやもやとしたオウム事件の
    真相にライトを照射し、その網目の細部を詳らかにしてくれるかのよう
    でした。

    例えば、「地下鉄サリン事件に参加した実行犯たちの前夜の心理も・・・全員
    が一糸乱れぬ忠誠心と縁なき衆生をポアすることへの浄福感に満たされてい
    た、などと考えるのは難しい。」(P235)
    また「オウムの幹部たちのなかには、逮捕後に断食を宣言したと思ったら
    二日つづかず、真っ先に口を割ったり、武闘派の頭目で忠誠心堅固と思われ
    ていたのに、獄中でさっさと脱会届けを出したり、いろいろな者がい」た
    (P236)事実をみると、あの事件の奇形のようないびつな見かけによらず、
    そのメンバーの性格も心情も、例えあの事件の真っ最中でさえ、我々
    一般人とほとんど変わらなかったと言わざるを得ないのです。

    中には、彼、彼女が見つかるかもしれないとの期待で入信した者もいただ
    ろうし、『悪霊』のリプーチンのように、高慢ちきな麻原を殺してやりたい
    と思いながらも、自分が「殺られる」かもしれないという恐怖と、どうし
    ようもない奴隷根性によって、犬ころのようについて行かざるを得なかっ
    た者もいたでしょう。また、麻原の「人間的魅力」に惹きつけられた「小者
    の狂信者連は、思想への奉仕といっても、彼らの考えでこの思想を体現して
    いると思われる特定の人物にそれを結びつけないことには、どうにもそれを
    理解できな」(P236)かったことでしょう。

    こうしたオウム信者たちの様々なタイプや心理的側面は、我々の生活の
    ほんの一コマでさえ、よく見られるものです。そのためあの事件から、
    もし我々が学ぶべきものがあるとすれば、自分自身も社会の中で、いつ
    どこで加害者になったり、被害者になるかもしれないという可能性を
    抱えていることを自覚することではないでしょうか。

    例えば、現政権が観光立国を目指すと言っている我が国ですが、何の努力
    もなしに、清潔で安全で、人々が親切であると思ったら大間違いです。
    もちろん我々としては、人にぶつからないように道を開けたり、何らかの
    集会で、不用意な一言を発することによって座を白けさせないよう努める
    のも、ほんの一瞬でも不愉快な時間を避けたいだけなのだが、そうした
    作法だって、幼児の頃から長年に亘る家庭での訓練によるのです。
    おまけに教育現場における「多文化共生」や「暴力否定」の徹底による
    有無を言わさぬ日本国民に対する精神的圧力と、それに応えるべく涙ぐ
    ましい忍耐によって、日常の「平和」が維持されていることを、まず
    我々自身がもっと胸に手を当てて自覚する必要があります。

    以前近所の小学校で、子供が「死ね」と黒板に書いただけで、放課後学級
    会を開き、涙ながらに「そんなことを言ってはいけない」と子供に説教を
    した若い女性教師がいました。こうした「中共ばりの善悪二分法」で
    子供に考えさせる余地さえ奪った、主観的善意で、平凡な能力しかない
    腰抜け教師によって、今も教育現場を仕切られている所が、我が国のあら
    ゆる方面での劣化を象徴しています。なぜなら、先生が常々主張されて
    いるように、人間の怒りや攻撃性をいくら抑圧しても、「意識下にもぐる」
    だけであって、決して消えるものではないからです。それは、一見平穏に
    見える日常に、あちこちで発生している様々な凶悪犯罪をみれば明らか
    です。

    「見てくれの平和」も精神的忍耐やある種の犠牲によって支えられている
    ことを理解していないなら、もはや教師の名に値しません。「自由」「民主
    主義」「人権」と叫びながら、こうした人間の本性すら否定する教育による
    結果が、現代の学芸会並みの時代劇やドラマでしょう。

    その上「反戦の姿勢」を取るものなら何でもよしとする方針は、例え
    技術的に下手であっても採用されるという長年の悪しき習慣を生み、
    「共産主義社会下で、芸術は開花しない」と言われた「常識」を、
    まさに体現しているのが現在の我が国だと言えましょう。

    江戸時代、幕府の奢侈禁止令の目をくぐって、遠くから見れば無地に
    見える江戸小紋という精緻な幾何学模様の染物を工夫した庶民の意地や
    技術力、また皮肉を込めた「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁り
    の田沼恋しき」などの歌を作ったり、様々な庶民文化を開花させた才知
    を思い起こせば、いつでも自分以外の「外」に救いを求める現代は
    明治以前のレベルから、遥か彼方に落ちたと断言せざるを得ません。

    在日朝鮮人だと言われる麻原の「オウム真理教が、国民国家を否定し、
    国境を超えたつながりを重視していた」(P242)のは、偶然ではありま
    せん。現代のこの「国境を超えたなんらかの疑似宗教、人口宗教に頼ろう
    とする人の波が予想外に大きく盛り上がる可能性は、決して小さくは
    ない。その場合借りてくるシンボルやイデオロギーはどこの国のもの
    であってもいい。」(P242)からです。

    別けても危険なのは、我が国と敵対しているシナに共感を持つ傾向です。
    つまり、多くの人の継続的な努力により維持されている、平穏無事な自
    国の快適さにあぐらをかいていながら、一方では、社会主義という仮面をつけ、
    その実むき出しの生存本能で、あらゆる障害を蹴散らして生きるという、
    我々とは対極の生き方をする彼らに、自国にない「魅力」を感じるという倒錯した心情は、少なからインテリ層にも見られる傾向ではないでしょうか。

    こうした精神状況が続けば、万が一我が国の「有事」になったとして、
    少なからぬ人々が、「グローバル」思想さながらに、さっさと海外に逃亡
    するか、露骨な売国行為が今以上に露呈されるという悲惨な光景が広がる
    に違いありません。

    もしそこまで来れば、あの戦争で二百万以上の将兵の血と引き換えに維持
    された国土と自らの民族に対する、明らかな「裏切り」であって、到底許さ
    れません。

    日本史上未曾有のテロ事件を起こしたオウム真理教は、その社会的影響と
    その内部で繰り広げられた人間ドラマにおいて、まさに現代日本の危機を
    象徴するような存在でした。

    その危険な芽は、今も摘まれぬまま放置されているばかりか、国内に大量に
    存在する外国勢力によって増幅されています。

    しかし我が国が未だ一国としての体を保っているのも、そして我々も未だ
    「日本を守るか、捨てるか」などという、悠長で「贅沢な二者択一」を
    持てるのは、あの戦争の中で、成功も失敗も含め、全身全霊で戦い抜いた
    父祖たちの血みどろの生き様の記憶が、我々の脳裏に防波堤として存在
    しているからだという事実に、もう気付いてもよい頃なのです。

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