最高裁口頭弁論 (二)

 チェコ出身の作家ミラン・クンデラは次のように語っています。

 「一国の人々を抹殺するための最初の段階は、その記憶を失わせることである。その国民の図書、その文化、その歴史を消し去った上で、誰かに新しい本を書かせ、新しい文化をつくらせて新しい歴史を発明することだ。そうすれば間もなく、その国民は、国の現状についてもその過去についても忘れ始めることになるだろう」

 とても示唆に富むことばですが、逆に一冊の本に書かれた内容がある民族に致命的であって、それへの反証、反論の本が書かれなかったために、その民族が悲運に泣くという逆の例から、歴史の記録がいかに大切か、歴史を消すことがいかに恐ろしいかをお示ししてみたいと思います。

 近代ヨーロッパの最初の覇権国スペインはなぜ進歩から取り残されたか。16-17世紀に歴史の舞台から退いた後、なぜ近代国家として二度と立ち上がることができなかったのでしょうか。

 それもたった一冊の薄っぺらい本から起こりました。一修道士バルトロメ・デ・ラス・カサスが1542年に現地報告として国王に差し出した「インディアスの破壊についての簡潔な報告」がそれです。からし粒ほどの小著ですのに、大方の国語に訳され、
世界中に広がり、深々と根を下ろし、枝を張りました。日本でも岩波文庫から出て、よく読まれてきました。書かれてある内容が凄まじい。キリスト教徒はインディオから女や子供まで奪って虐待し、食料を強奪しただけではありません。島々の王たちを火あぶり刑にし、その后に暴行を加えた、等々です。

 それ以後スペインとなると「黒の伝説」がつきまといます。中南米のインディオを大量虐殺し黄金を奪ったスペイン、狂信のスペイン、異端尋問のスペイン、文化国家の仲間入りができないスペイン、凶暴きわまりない闇の歴史を持つスペイン――そういうイメージにつきまとわれ、スペイン人自らが自分の歴史に自信を持つことができなくなりました。

 最近わが国でも歴史認識に関する「自虐」心理が話題になっていますが、自分で自分を否定し、自己嫌悪に陥り、進歩を信じる力を失った最大級の自虐国家はスペインです。

 それもたった一冊の薄っぺらな本に歴史的反証がなされなかったからです。あまつさえオランダとイギリスが銅板画をつけ、これを世界中にばらまきました。しかし近年の研究で、あの本に書かれた内容には誇張があり、疑問があるということが次第に言われるようになってきました。とはいっても、なにしろ16世紀です。ときすでに遅しです。

 じつは日本にも似た出来事があるのです。この赤い一冊の大きな本をみて下さい(私は裁判官の方に本をかゝげた)。アメリカ占領軍による『没収指定図書総目録』です。

 マッカーサー司令部は昭和21年3月に一通の覚え書きを出して、戦時中の日本の特定の書物を図書館から除籍し、廃棄することを日本政府に指示しました。書物没収のためのこの措置は時間とともに次第に大かがりとなります。昭和23年に文部省の所管に移って、各部道府県に担当者が置かれ、大規模に、しかし秘密裏に行われました。没収対象の図書は数千冊に及びます。そのとき処理し易いように作成されたチェックリストがここにあるこの分厚い一冊の本なのです。

 勿論、占領軍はこの事実上の「焚書」をさながら外から見えないように、注意深く隠すように努力し、また日本政府にも隠蔽を指示していましたので、リストもただちに回収されていたのですが、昭和57年に「文部省社会教育局 編」として復刻され、こうして今私たちの目の前にあるわけです。

 戦後のWar Guilt Information Program の一環であった、私信にまで及ぶ「検閲」の実態はかなり知られていますが、数千冊の書物の公立図書館からの「焚書」の事実はほとんどまったく知られておりません。

 今となっては失われた書物の回復は容易ではないでしょう。しかし私は書名目録をみておりますと、この本がもどらない限り、日本がなぜ戦争にいたったかの究極の真実を突きとめることはできないのではないかと思いました。

 「焚書」とは歴史の抹殺です。日本人の一時代の心の現実がご覧のように消されるか、歪められるかしてしまったのです。とても悲しいことです。船橋西図書館のやったことは原理的にこれと同じような行為につながります。決して誇張して申し上げているのではありません。

 裁判所におかれましては、どうか問題の本質をご洞察下さり、これからの日本の図書館業務に再び起りかねない事柄の禍根をあらかじめ断っていただくべく、厳正にご判断、ご処置下さいますよう切に希望する次第です。

「最高裁口頭弁論 (二)」への6件のフィードバック

  1. 書き込みテストを兼ねて、占領軍による昭和の大焚書に関する年表を。

    昭和20年(1945年)
     東京、大阪、名古屋大空襲 広島、長崎に原子爆弾 8・15 帝国劇場再開

    8月16日 学徒勤労動員解除決定。動員令正式廃止は10月10日。
    8月21日 戦時教育令廃止決定。諸通達を出し10月6日正式廃止。
    8月24日 文部省、教練に関する諸規定廃止「学徒軍事教育並に戦時体練及学校防空関係諸訓令等の措置に関する件」。
    8月28日 学校授業再開の通達
    9月12日 平時教育へ転換 緊急指示
    9月15日 文部省「新日本建設の教育方針」
    10月 4日 連合軍総司令部が治安維持法廃止、思想犯・政治犯釈放を指令。
    10月10日 旧制松江高等学校で図書160冊余、不用につき棄却。
    10月12日 治安維持法廃止。言論、出版、治安、思想犯取締法規廃止。
    12月 連合国最高司令官覚書「修身、日本歴史及び地理停止に関する件」教科書の回収を指示。

    昭和21年(1946年)
     天皇の人間宣言 アメリカ教育使節団来日 戦争協力者公職追放 超国家主義団体解散
     新憲法公布 宣伝用刊行物の没収始まる

    2月26日 連合国軍最高司令官の日本政府に対する覚書00073号。すべての発売頒布禁止規程を廃止し、昭和21年4月1日以前に処置の報告をせよ、という趣旨。発秘47号3月15日付で通達。

    3月17日 連合国軍総司令部「宣伝用刊行物の没収」を指令(連合国軍総司令部から没収を命ぜられた宣伝用刊行物総目録 文部省社会教育局)この年、追加第15号までの指令が伝達された。最終第46号は昭和23年4月15日付。

    4月 ”直接間接を問わず修身、国史、地理に関する図書一切の徹底回収”

  2. 無敵艦隊が敗れたぐらいでスペインが没落するのだろうか、という長い間の疑問が晴れました。いま中国が盛んに我が国相手に喧伝しておりますが、日本にいると我が国向けと思い込みますが、実は世界相手の謀略宣伝であるということなのですね。
     日本政府は、「大人ぶって」黙っていては「空気」を支配されます。朝鮮族の祖先は「熊」だそうですが、漢族の祖先は「ドナルド・ダック」に違いありません。

  3. はじめまして。大変興味深く拝読させていただいております。
    TB先の疑問にお答えいただけるとありがたいのですが。
    それでは、失礼いたします。

  4. 私の読む限りにおいては

    西尾先生の言ってるのはGHQの行為≒今回の船橋市の司書のオバサンの行為

    であって

    「戦間期の図書館人の行動は、批判もされてきている。
     では、占領期はどうだったのだろうか?図書館員という人種は、そんなに、政府に唯々諾々と従うものか?」

    こんな話はまったくしてないような・・・

    「図書館員は」なんてくくり方は見当たりませんが。

    roeさんのエントリ見てると所属する集団へのシンパシーゆえか話が途中で違った方向へ進んでいたような気がします。

    多分、単にこのオバサンが筑紫さんたちの言う「市民」の範疇に入り、しかも先鋭的だったのでは。
    こういう人が司書さんの中の多数派かどうかは別の問題。

    業界の皆様方も困ってたみたいで・・・
    船橋市西図書館の蔵書廃棄問題について(見解)図書館問題研究会常任委員会

    船橋市西図書館の蔵書廃棄問題について 社団法人日本図書館協会

    船橋市西図書館の蔵書廃棄問題 平成14年度臨時記者発表 船橋市教育委員会生涯学習部社会教育課(5/10)

    ついでに
    平成15年第2回船橋市議会定例会会議録

  5. この件で図書館員さん全体が信頼を失ったり、
    偏見の目で見られるようなことがあったなら、
    それはひとえにこのオバサンのせいです。

    ま、どこの世界にも足を引っ張ってくれる人はいるもので・・・
    それはつくる会にもいて、
    あんたと同じカギ括弧で括られたくないよ!って人もチラホラ・・・
    ということで、私はそういう組織には入らない・・・これは余分か・・・

  6. てっくさんコメントありがとうございます。
    もちろん前提として、発端は船橋市の一司書の問題であるということは認識しております。

    しかしながら、私がもっとも問題視し、問うているのは次の西尾先生の事実誤認?です。
    「戦時中の日本の特定の書物を図書館から除籍し、廃棄することを日本政府に指示しました」。
    この理解とその後の論理への展開がどのようにされているかによって、本件への司書職、図書館への考え方が左右されると考えております。

    (かつ、私自身が傍聴しており、先生の発言を聞いております。ギャップを感じられるのであれば、その場で受け取ったニュアンスをも含みますので、明らかにすることはできないのは残念なことです。端的に言えば「図書館員は危険だ!」という傍聴メモがあるんですよね。)

    なればこそ、GHQの焚書の問題を図書館に結びつけることためにはもう一論必要だと思うのですよ。
    西尾先生の論はてっくさんが最初に挙げられた図式にはなっていない、と解しています。

    >こういう人が司書さんの中の多数派かどうかは別の問題。

    「別の問題」ですが、司書というのは単独で業務を遂行できるわけでもなく、反面組織としても社会に対して裁量も必要です。
    この「組織としての裁量の問題」に、西尾先生は切り込んできておられる。そう理解しています。
    だから、「図書館員はなんて括り方は」「所属する集団へのシンパシー」と表現いただいている部分は、私の主観・心情とは別に論ぜざるを得ないのです。
    実際にそこを焦点としているのですから。

    きちんとしたレスになっていないかもしれませんが、とりあえずこれにて。

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