「斬」の解説(一)

 今から33年前の私の文庫本解説、綱淵謙錠の『斬』の解説を紹介する。

 ある時期から以後、単行本には解説や書評の類は収録しなかった。

 著者綱淵謙錠氏から懇請されて書かれた解説文だが、迂闊にしていて著者のご面識を得ないでいるうちに故人になられた。お目にかかっておくべきであった。どんな動機で私に依頼してこられたのか分らない。

 著者はそのころ51歳。私は40歳の若輩批評家だった。会わずに終ったのは今思うと残念でならない。

 文中に作品の唯一の欠点と見なした女性の扱い、過度の小説的技巧の指摘を著者がどう思ったか、聞かずに終ったのが心残りである。

 文庫本の裏表紙に作品の短い紹介があるので、それを先に記しておく。

“首斬り浅右衛門”の異名で天下に鳴り響き、罪人の首を斬り続けた山田屋二百五十年の末路は、維新体制に落伍したのみならず、人の肝をとり、死体を斬り刻んだ家門内に蠢く暗い血の噴出であった。豊富な資料を駆使して時代の流れを描き、歴史小説に新領域を拓いたと絶賛を博した第67回直木賞受賞の長篇大作。解説・西尾幹二