宗教とは何か(二)

 私は外国文学研究家として漱石の苦闘に共感するが、歴史研究にも似たような矛盾撞着があると考えている。歴史研究家にとって認識の対象となる「実在」は過去である。最初は過去を「自己」の外に置いて眺めざるを得ない。だがこの起点に留まる限り、なにも始まらない。あらゆる過去はすでに確定し、現在から見て宿命であって、もはや動かないが、歴史は動くのである。歴史と過去は別である。

 歴史は記述されて初めて歴史になる。歴史は徹頭徹尾、言葉の世界である。記述に先立って過去の事実の選択が行われる。選択には記述者の評価が伴う。評価は何らかの先入見に基づく。歴史という純粋な客観世界は存在しない。それなら歴史は歴史家の主観の反映像かといえばそうはいえない。

 歴史は「自己」がそこに属する世界であり、「自己」より大きな、それを超えた世界でもある。何らかの客観世界に近づこうと意識的に努めない限り、歴史はその扉を開いてくれないが、しかし何らかの客観世界は「自己」が動くことによって、そのつど違って見える存在である。

 歴史家のヤーコブ・ブルクハルトは例えばツキュディデス(古代ギリシャの歴史家)のなかには今から百年後にようやく気づくような第一級の事実が報告されていると言っている。過去の資料は現在の私たちが変化して、時代認識が変わると、それにつれて新しい発見が見出され、違った相貌を示すようになるという意味である。歴史は歩くにつれて遠ざかる山の姿、全体の山容が少しずつ違って見える光景に似ている。それは歴史が客観でも主観でもなく「自己」だということである。

 歴史が「自己」だという意味は、過去との果てしない対話の揚げ句にやっと立ち現れる瞬間の出来事で、大歴史家はそのつど決断をしつつ叙述を深める。私が現代日本の大半の職業歴史家に不満と不信を持つのは、彼らが歴史は動かないと思い定め、固定観念で過去を描いているからである。何年何月に何が起こったかを知ることは歴史ではない。しかし彼らは歴史はあくまで事実の探求と確定だと思っている。

 ブルクハルトが歴史の中に「不変なもの、恒常的なもの、類型的なもの」を認めると言ったとき、それはイデアという一語に近いが、哲学者のようにそうは簡単に言わなかったのは歴史は、動くものだといういま述べた前提に立っているからで、動くものの相における普遍の「価値」に向かう姿勢を示している。

 ブルクハルトの歴史探求も私には宗教体験に似ているように思える。

つづく

『悲劇人の姿勢』の刊行記念講演会は次の通りです。

  第三回西尾幹二先生刊行記念講演会

〈西尾幹二全集〉

 第2巻 『悲劇人の姿勢』刊行を記念して、講演会を下記の通り開催致します。

ぜひお誘いあわせの上、ご参加ください。

   ★西尾幹二先生講演会★

【演題】「真贋ということ
 ―小林秀雄・福田恆存・三島由紀夫をめぐって―」

【日時】  2012年5月26日(土曜日)

  開場: 18:00 開演 18:30
    
【場所】 星陵会館ホール(Tel 3581-5650)
     千代田区永田町201602
     地下鉄永田町駅・赤坂見附駅より徒歩約5分

【入場料】 1,000円

※予約なしでもご入場頂けます。
★今回は懇親会はなく、終了後名刺交換会を予定しています。

【場所】 一階 会議室

※ お問い合わせは下記までお願いします。

【主催】国書刊行会 営業部 

   TEL:03-5970-7421 FAX:03-5970-7427
   
   E-mail: sales@kokusho.co.jp
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・坦々塾事務局   

   FAX:03-3684-7243

   tanntannjyuku@mail.goo.ne.jp

星陵会館へのアクセス
〒100-0014 東京都千代田区永田町2-16-2
TEL 03(3581)5650 FAX 03(3581)1960

「宗教とは何か(二)」への1件のフィードバック

  1. 久しぶりにコメントさせていただきます。
    個人的な感想ですが、私はやはり、先生が歴史を絡めて思想を展開する論文が、一番好きなのかもしれません。先生は「歴史」という枠が、日本人はどこか固定された概念が強すぎる感覚があると、様々な著書で訴えて来られましたが。しかし実態は歴史の真実を(民族的駆け引きを中心に)成し得ず、更にそこに宗教というものが絡みますと、日本人のイメージ(外から見た)は、何か地球外組織の孤立団体のような様があります。
    また、内部的には、非常に未熟な世界史的バランス感覚があって、この弱点がマイナスな行動を始めると、結果的に世界的規模で諸外国から見た日本のイメージは「幼稚」な国に見えてしまう恐れがあります。その現実を直視できないひ弱な国民性が、時代を経ても続いてしまう「日本人の弱さ」に、先生は常に警鐘を促すわけですが、でも先生は一方で、「素」の日本人の「強さ」と「柔軟さ」も認めています。世界レベルで考えれば、ここまでひ弱な国民性を曝け出してしまえば、普通は国民総崩れになりかねないわけですが、何故か日本という国は、そうした世界の常識も跳ね除けてしまう。
    その点も先生は認識されています。
    問題はこの次にあると私は思います。それは、「他国」を均一視している傾向があるのではないか。
    実は日本人と言うのは、限りなくドメスチックで、それは多くのギリシャ人が内実に感じている、「この世界には二つの民族しかない。それは、ギリシャ人とそれ以外の民族で成り立っている」という、その認識に近い感覚が、もしかしたら存在しているのかもしれないと、最近私は感じているわけです。世界的規模で考えればタブーな事が、ギリシャという国は許されるが、日本の場合は、まだ・・・というか、永遠に許可されない、その現実をまず理解しなければ、世界史の理解はできない。そして、そこから我々はどう認識し、この国を動かしていかなければならないか、そこが一番問われるわけです。このターニングポイントは、いわゆる「民度」とか「国民性」の世界表示にかかると思うんです。ところが、今日本人が成し得ているその「世界表示」は、例えばアニメだとか、ファッションだとか、ソフトな文化異伝に固執しています。それは、逆説的に言うと、日本人の「弱さ」の象徴になってしまうわけです。つまり「無難」な路線でしか胸を張れないとい現実。亜諸外国は意外にもかなり高い評価をしてくれますが、もしかすると、作った本人たちは、あまりに高すぎる評価に困惑しているのかもしれません。

    ここで「あきんど」的意見を述べさせていただければ、「商売は迎合してはいけない」につきます。つまり、過大評価されたならば、その「嘘」はいつかバレますし、過小評価された・・・もしくは自らしていたならば、それは商売の商機を逸します。

    おそらく日本人は、そのほとんどが「普通」なんだと思います。でも、世界はそう見てくれない、また、自分たちも実は普通だと思っていたら、実は普通じゃなかった、その辺を少し考えてみなければならないのかもしれません。その基礎になるのが、「天皇陛下」の存在なんですよ。
    ですから、どれだけ私たちは陛下に助けられているのか、かなりの部分でそれはあるはずです。
    この難しい世界レベルの「意識」のバランスを、天皇陛下が一人背負っていらっしゃる・・・。これはすごいことです。
    はたして戦前と戦後でその認識がどれくらい違うのか、私にはわかりませんが、西尾先生は、この戦前戦後という概念も少し見直して、実際に戦地に赴いた世代とそうでない世代の線引きの方が正しい線引きではないかと、最近の著書で語っておられたはずです。実際先生は昭和10年のお生まれですが、殆ど戦後生まれの世代と一緒な感覚があり、でも一応戦争体験はあり、その当事者とそうでない狭間に生きた個人の感覚は間違いなく認識していると語られていました。
    実はこの感覚は、その25年後の私たちの世代にもありまして、私たちは戦後世代の最後の日本人なんです。つまり、私は1960年生まれですが1961年からは、まさしく新しい世代なんです。それは、日米安保という歴史的事実が裁断するわけです。この現実がとてつもなく大きな世代間を生んでいるように感じるわけです。

    平成の世になって、すでに24年も経つわけです。昭和20年は終戦ですよ。いや、敗戦だと言うべき意見が強くあります。バブルが崩壊して、もう24年が過ぎたわけです。
    この違いは何ですか。私が生まれた昭和35年には、敗戦ムードがあったんでしょうか。いざ、現代に照らしますと、バブル崩壊を未だに内面に滞在させている国民は、かなりの人口密度を呈していませんか。
    全ては「負け」の精神ですよ。いや、ちょっと待ってください。もしかしたら、日本人全員が批評家になっていませんか。
    私は、これを一番声を大にして言いたい。
    批評家なんか必要ないんです。そんなに批評したいなら、自分の家族内部でやってください。
    でも、そうやって自分の意見を発しても、なかなか届かないような気分を最近感じます。今年の新入社員を見た限りですが・・・。

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