『天皇と原爆』の刊行(八)

アマゾンのレビューより

「文明の衝突・宗教戦争」としての大東亜(太平洋)戦争, 2012/3/1
By 閑居人 (福島県)
レビュー対象商品: 天皇と原爆 (単行本)

ブッシュ・ジュニアがイラク戦争に踏み切ったとき、「日本を倒して民主主義国家に作り替えたのだから、イラクもできるはずだ」という声がアメリカから聞こえてきた。多くの日本人が、違和感を感じたはずだ。敗戦当初と異なり、戦前の日本が世界で英米仏と同等の議会制民主主義国家であった事実は国民の常識であり、さらにそのルーツは、明治維新以前の江戸時代に確立された統治体制(政府組織)と「村掟」に代表される民法的概念を含む農民社会にあることに気がついているからだ。

だが、アメリカの言っていることは、アメリカから見た「大東亜(太平洋)戦争」の本質をはしなくも露呈している。つまり、あの戦争は、「イスラム世界」同様、全く異なった「日本という宗教・社会体制国家」との「文明の衝突」(ハンチントン)だったと彼らが認識していたことを示している。

アメリカ人の「マニフェスト・ディスティニー」による西漸運動は、西部のフロンティアを超えて太平洋に迫り、中国、満州、東南アジア、豪州を目指した。このとき、アメリカの主要な敵が「イギリスと日本」だったとは、著者の指摘であるが、「利権争奪」の観点に立てばそれ以外にはあり得ない。第一次大戦後、アメリカが「日英同盟の破棄」と「四カ国条約」という名ばかりの相互牽制条約を作り、ワシントン体制を構築したねらいもそこにあった。W.ウィルソンは「14ヶ条」を唐突に出し、「民族自決」をうたったが、その狙いは「大英帝国の解体」だったという著者の指摘は鋭い。結果的に「オーストリア・ハンガリー帝国」を解体しただけだったが。このアメリカの驚くべき狡猾さと事業家的情熱は、アメリカの世界制覇のための自己増殖的活動であり、20世紀を「革命と戦争の世紀」にした原因の一つである。

さらに言えば、もう一つの明白な原因は、20世紀を風靡した「社会主義革命」への幻想であり、それを増殖させていく「コミンテルン」による情宣活動と諜報工作である。アメリカとロシア、20世紀の主役は彼らだったのかも知れない。

また、著者によれば、「欧米の金融資本」は、コミンテルンの策動に水面下で飛びついた。そうでなければ、1930年代にマルローやヘミングウェイのような知識人が「人民戦線」に飛び込んでいく背景が理解できないという。もしその通りなら考えられることは、金融資本から迂回された資金をもとに、巧妙なリクルート活動が行われたのであろう。無名の、しかし、功名心に富んだ青年たちを取り込み、出版を陰で援助する。金融資本家たちのロマンティシズムと保険が「人民戦線」というコミンテルンのカバーを新しい価値あるものに錯覚させたのかも知れない。

著者は本書ではあえて触れていないが、この時期、コミンテルンの策動がアメリカの隠された世界制覇の野心と結びついて成果を上げたものは、エドガー・スノーの「中国の赤い星」である。パール・バックの「大地」がキリスト教布教と結託してアメリカの中国への夢想を駆り立てたものとすれば、スノーは食い詰めた貧乏記者がアメリカ共産党と中国共産党の広報政策に乗って、類い希な成功を収めたケースである。この本を読めば、スノーの日本に関する無知と対照的に中国共産党に関する準備周到な叙述に驚かされる。「毛沢東に率いられた共産党」を農民民族主義に偽装し、毛沢東を「やせたリンカーン」と評するなど、アメリカにアピールする手管を考え抜いている。これらの「レッドブック」はイギリスの出版社が一手に引き受けて出版していたが、その資金はコミンテルンから出ていたものと思われる。林達夫は、かつて「ブラウダー主義」と称してアメリカ共産党指導者のとんまぶりを笑ったが、なかなかどうして、スノーもスメドレーも、変幻自在なエージェント「岡野隆」こと野坂参三もアメリカ共産党に草鞋を脱いでいたのだ。

著者は、ハリー・デクスター・ホワイトに代表されるアメリカ政権内部に巣くったコミンテルンのスパイたちを「スパイという自覚がなく、ソビエトがアメリカと共同で世界統治にあたることのできる同志」と考えていた可能性があるという。そのとおりであるとすれば、ルーズベルトを含めて彼ら全体が「社会主義への幻想」を共有していたのだ。

「大東亜(太平洋)戦争」の原因を、日本の陸軍と海軍との勢力争いに矮小化し、「連合国」を国際正義の体現者のように錯覚することは、アメリカの知的誘導に過ぎない。「大東亜(太平洋)戦争」という日本民族の苦難を、当時の国際情勢を踏まえた、アメリカの世界政策の影響として捉えていく著者の視点は、読者を深い考察の世界に導いてやまない。

「『天皇と原爆』の刊行(八)」への1件のフィードバック

  1. このたびは、お手数をおかけ致しました。ありがとうございます。

    上記のアマゾンのレビューより

    「文明の衝突・宗教戦争」としての大東亜(太平洋)戦争, 2012/3/1
    By 閑居人 (福島県)

    を読ませて頂き、先生のご著書がまた、読みたくなりました。

    最近、「大言海」を新本で最後の1冊をアマゾンで注文してしまい金欠ですが、いずれ近いうちに拝読したいですね。

    私は、三島由紀夫という人物の生き様にも興味があります。
    もっと、文学者として口先だけで要領よく生きることができたのに、
    あまりにも純情で不器用なので、そこにたまらなく惹かれます。

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