『同盟国アメリカに日本の戦争の意義を説く時が来た』の刊行

同盟国アメリカに日本の戦争の意義を説く時がきた 同盟国アメリカに日本の戦争の意義を説く時がきた
(2013/12/10)
西尾幹二

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 今月10日にこの新しい本を刊行する。表題には迷ったが、初めてこんな長い題をつけた。短い簡潔な題はいくら工夫しても意に添わなかったからである。

 テレビや新聞を見ていると、しきりに安倍首相の右傾化をアメリカは憂慮している、河野談話の見直しなどを日本政府が言い出したらアメリカ各界から総スカンを食う、などという声が聞こえてくる。むしろそうなってもいいではないか、という決意も必要だが、中国との関係が微妙な今、おそらく政府はそういう断固たる決意は示せないのだろう。

 テレビや新聞の圧倒的空気は、日本の今後の針路を従来路線の親米平和主義のままにしておこう、それでいける、という考え方である。これは「何もしないことなかれ主義」で、アメリカが日本を裏切るかもしれない可能性についても警戒ひとつしていない。バイデン副大統領が来日しても、民間航空機の対中国対応の日本との相違について、アメリカはいまひとつ煮え切らない。

 一説には、ケネディ大使は慰安婦謝罪と韓国和解を一方的に安倍さんに強制するのではないか、ということも言われている。韓国の日本侮辱に対する日本人の感情がないがしろにされるならば、恐らく反米感情が高まるだろう。ケネディさんはいい人だが、そういう人情の機微が分っている人なのかどうか、われわれには分からない。

 であれば、私のこの本の題は時宜に適っているのではないかと言いたいのである。「同盟国アメリカに」と最初につけたのは、私がただの「反米」ではないことを示したかったからである。私は本の中でも言っているが、「離米愛国」派なのだ。

 むかし朝日新聞を筆頭に日本の左翼は、反米で平和主義だった。ここでいう平和主義とは「何もしない」主義のことだ。今彼らはこの怠惰な、無気力で現状維持の、明日を考えない無責任な“ぬるま湯”イデオロギーを守るために、むしろ「親米」の旗を振るのだ。自分たちのこのイデオロギーを守るために、アメリカからの「外圧」を利用しようとするのだ。そうすると、日本の保守は腰くだけになる。そのことにNO!を言うのが、私の本の表題である。

 中身は次に示す「目次」でご判断ください。

目 次

まえがきに代えて
総理、歴史家に任せるとは言わないでください! 3

第一章 歴史の自由
同盟国アメリカに日本の戦争の意義を説く時が来ている 12
「西洋の内戦」の歴史に日本はもう左右されないと世界に言うべき時ではないか 43
誤解したがる世界の目を日本人は静かに拒否する勇気を持つべきだ 71

第二章「悪友」たちとは交遊を絶て
妄想と狂気をはらむ国・韓国 88
日本が「孤独」に強くなる心得 111
中国に対する悠然たる優位 116
防衛と侵略の概念 121
中国は戦勝国ではない 123
恥ずべき「日中歴史共同研究」 126
韓国も台湾も中国の持ち駒 128

第三章「反日」の不毛と自己防衛
「反日」は日本人の心の問題 136
「反日」で呼吸が合うアメリカと中国 147
悪夢のような中国からの大量流民 155
在日中国人と中国本土の国防動員法 162
沖縄県民は中国人になりたいのか 164
「核シェアリング」のすすめ 167

第四章 息切れするアメリカ文明と日本
不可解な国アメリカ 170
ありがとうアメリカ、さようならアメリカ 172
新英語教育考 189
百年続いたアメリカ独自の世界システム支配の正体 199

あとがきに代えて
総理、迷わずに「憲法改正」に向かってください! 211
初出誌紙一覧 221

 話変わるが、12月8日の講演会をもって今回が7回目を数える私の全集刊行記念講演会はいったん中断する。全集は1月に第9巻『文学評論』を出したあと、次は4月に第14巻『人生論集』に飛ぶ。

 第10巻から第13巻は、思想的に私の人生の中期に入り、何が起こっていたかを知るためにテキストの総整理をしなくてはならない。国立国会図書館に現在約800篇の私の大小さまざまな論考が所蔵されている。その中に私の忘れている、まだ単行本に収録されていない未確認論文が約2割はある。それらを全部点検し、本格的「全集」の名に値するものに編成しなくてはならない。講演会は一年くらいはお休みにさせていたゞきたいと考えている。そういうわけだから12月8日にはぜひお出かけたまわりたい。

          西尾幹二全集刊行記念講演会のご案内

  西尾幹二全集第8巻(教育文明論) の刊行を記念し、12月8日 開戦記念日に因み、下記の要領で講演会が開催いたしますので、是非お誘い あわせの上、ご聴講下さいますようご案内申し上げ ます。
 
                       記
 
  大東亜戦争の文明論的意義を考える
- 父 祖 の 視 座 か ら - 

戦後68年を経て、ようやく吾々は「あの大東亜戦争が何だったのか」という根本的な問題の前に立てるようになってきました。これまでの「大東亜戦争論」の殆ど全ては、戦後から戦前を論じていて、戦前から戦前を見るという視点が欠けていました。
 今回の講演では、GHQによる没収図書を探究してきた講師が、民族の使命を自覚しながら戦い抜いた父祖の視座に立って、大東亜戦争の意味を問い直すと共に、唯一の超大国であるはずのアメリカが昨今権威を失い、相対化して眺められているという21世紀初頭に現われてきた変化に合わせ、新しい世界史像への予感について語り始めます。12月8日 この日にふさわしい講演会となります。

           
1.日 時: 平成25年12月8日(日) 
(1)開 場 :14:00
 (2)開 演 :14:15~17:00(途中20分 程度の休憩をはさみます。)
                       

2.会 場: グラン ドヒル市ヶ谷 3階 「瑠璃の間」

3.入場料: 1,000円 (事前予約は不要です。)

4.懇親会: 講演終了後、サイン(名刺交換)会と、西尾幹二先生を囲んでの有志懇親会がございます。ど なたでもご参加いただけます。(事前予約は不要です。)

   17:00~19:00  同 3階 「珊瑚の間」 会費 5,000円 

  お問い合わせ  国書刊行会(営業部)
     電話 03-5970-7421
AX 03-5970-7427
E-mail: sales@kokusho.co.jp
坦々塾事務局(中村) 携帯090-2568-3609
     E-mail: sp7333k9@castle.ocn.ne.jp
  

「『同盟国アメリカに日本の戦争の意義を説く時が来た』の刊行」への10件のフィードバック

  1. 新米でも反米でもなく離米という考え方に共感します。第二次大戦のナチスのホロコーストに相当するのは米国の原爆だけです。米国は原爆二発のホロコーストから日本人と世界の目をそむけさせるため、南京大虐殺というホロコーストを捏造しました。それに中国共産党が便乗しました。西尾先生が以前に何かに記載されていましたが、カンボジアのポルポトの大虐殺の背後に中国共産党がいたのではないかと世界的に憶測され始めた時期から、急に中国の南京大虐殺糾弾運動が始まった、これは何らかの関連があるのではないかと記載されていたように記憶します。中国も国内のおぞましい悪政から世界の目をそむけさせるため南京大虐殺というホロコーストの神話を切望しました。その中国共産党と利害が完全に一致したのが日本国内の共産主義者と反日左翼です。100年後にはこれらが定説になるでしょう。反日左翼は日本は加害者のくせに被害者のふりをするなと一万回繰り返してきましたが、それこそ当時の中国共産党こそが加害者のくせに被害者のふりをしていた張本人です。そして中国共産党のデマを真に受けて日本中および世界中に反日放射能をばらまいた代表メディアが朝日新聞で、こいつらは従軍慰安婦も大爆発して捏造と拡散に狂いましたが、これほどの悪質な売国奴をいまだ処罰できない日本人とはいったい何者でしょうか、お釈迦様ですか。
    安倍氏と懇意であった中川一郎氏が亡くなったことは非常に惜しいと思います。中川氏は日米安保を堅持しながら米国の原爆などを激しく批判できる数少ない政治家のひとりでした。それと振り返るたびに痛切に思いますが、従軍慰安婦騒動で韓国に謝罪した日本の政治家は気が狂っていたとしか思えません。正気な政治家であれば「日本に文句を言いたいなら、まず国際法に反して侵略した竹島を返してから能書きをたれろ」と怒鳴り返したに違いないです。こうした日本の保守政治家の脆弱化は、西尾先生のご指摘通り、中曽根元首相のころから顕著になっていったという指摘は現時点になって振り返ると正しいと考えざるをえません。中道政治家でなく保守本流と日本人の期待を背負っていた政治家が安易に外国に妥協してしまったのですから、功績も有るには有るでしょうが、つくづく残念でありました。おそらくは学者馬鹿の忠言などを真面目に聞いたせいでありましょう。ある意味、今後の日本の政治家はロシアのプーチンなどを参考にしたほうが良いと思われます。彼は歴史問題などで絶対に自国を不利な立場に陥れたりするようなタマではありません。弱みをネタに自国をゆするヤカラは一種のヤクザなのです。脅迫されているという視点が完全に抜け落ちていたのでしょう。日本の政治家はヤクザになる必要はないけれども、日本を守るという気概を持って欲しいものです。

  2. >初めてこんな長い題をつけた。短い簡潔な題はいくら工夫しても意に添わなかったからである

    確かに長いですね。珍しいなぁと思ったのは率直なところであります。
    それにしましてもとにかく最近のアメリカの威信の無さは、あまりにも愕然とするほどに至ります。「おやっ」と思った時代を通り越して、「あれあれ」と見下してしまうような事例が多々あります。

    もう日本はアメリカに付き合っていられないというのが、最先端の情報資料からの決断材料になる可能性が高まりました。
    なにしろ中国の勝手な領空権発言に対してでさえ、アメリカは日本との調和を外交の場で発言してしまう始末です。
    いったいアメリカは安保条約をどの国と結んでいるのでしょうか。
    まぁこんな事は実は些細な問題で、一番の問題は、多くの日本人が、アメリカを過大評価している事実です。実際には戦前からそれがあって、今も尚その見誤りが続いていると言えます。
    しかもおかしなことに左翼までがアメリカに傾いてしまっています。
    おやおや、ロシアとの関係はどうなったのと言いたいところですが、元々左翼は性悪説の立場ですから、本来はキリスト圏と結びつきやすい要素があります。ところがどうやらロシアだけは例外で、この国はキリスト教圏でありながら、日本と同じ性善説なお国柄なんだそうで、この話はチャンネル桜でも取り上げられて、たしか西尾先生もその討論会に出席されていましたね。
    先生もこの情報には驚かれていたご様子でしたが、私も「へーっ、そうなんだぁー」と頷いた記憶があります。

    日本の左翼が何故今更になってアメリカと歩調を合わせるような立場になったのか。それは実は我々当たり前な日本人が彼らを誤解していたか、もしくはアメリカという国が、元々左側の思想に毒されているためだと、認識を改めなければ理解できない状況なんだろうと思います。
    つまりこれほどまでに日本が左傾化してしまった最大の理由は、アメリカの本質が剥き出しになった戦後の後処理の中に、形骸化したアメリカの理想像が日本に宿ってしまったのではないかという判断が、もしかすると適切なのかなと私は思うのです。彼らには実現不可能だった夢のような国家が、日本において具体化したのは、この戦後というスパンのなかで予測不可能なぐらいに現実化してしまったと見るべきなのではないでしょうか。
    えすから、その芯部を知り尽くすアメリカ人にとっては、日本という国のフレキシビリティな国民性に驚嘆せざるを得ないはずであり、そこから生まれる驚異感はある種自然であり、警戒すべきは日本だ・・・の発想は、ある種正しいアメリカの判断かもしれません。

    こんな思いつきのような私の意見に則するように、アメリカは情けないほど最近は外交がどベタで、中国の身勝手な領空識別圏なるへんてこりんな自己主張にもはっきりとは「NO」を言えな言えないわけですよ。

    つまり、対日本に対しては安牌があるという単純な考え方なんです。だから強行できるんです。しかし、他国に対してはけして強行ではないのです。弱っちい国には戦いを挑みますが、強い相手には腰が引きっぱなしですから。
    我々はこんななさけないほど弱っちい国と防衛同盟を結んでいるんです。

    戦後おそらくアメリカは、多大なる国家予算を戦争に投入してしまったことが、最大の危機感だったのではないかと思うんですね。ここはあきんど的発想です。それをなんとか回避しなければならないという問題があり、その解決策としてドイツと日本への断罪が敢行されたとみる視点も可能性ありだと思います。
    つまりにっちもさっちも行かないほど、財政が切っ泊していたんではないだろうかと思うんです。
    ですから、日本の経済力は崩したくなかったというのが本音ではないでしょうか。天皇陛下を殺すことはその事を最大限失う要素となると見なし、殺さず生かさずの政策をこの時点から出発していたんだろうと思うんですよ。
    とにかくアメリカ国家始まって以来の多大な犠牲を生んだ第二次世界大戦において、アメリカの借金の肩代わりを一手に負わされたのは、間違いなく我々日本人でしょう。我が日本なくして今のアメリカは存在していないかもしれないと思うことも可能な認識が国民内部に生まれております。

    さてそこで心配なのは我々日本人が今後どうしたらいいのかという事ですが、皮肉なことにそれはご心配いらなくなったと判断できます。先の大震災での国民の対応がそれを裏建てています。

    あれほどの自然災害に見舞われても、経済が上向く現実とは、いったい何なのでしょう。しかもここ20年間不況に晒されて、どん底を味わった日本が、どうしてこんなに逞しいのでしょう。
    多分それは呆れるほどの勤勉能力がDNAにあって、もうこれを消し去るのは容易ではないのでしょう。あの大震災のとき、誰ひとり勝手な行動に走らなかった。この現実ですよ。このDNAは私たちが考えているほど薄っぺらいものではありませんよ。

    簡単な言い方が許されるならあの時日本人はみな警察官だったんです。
    意識の最初に生まれたものは、「安全はどうやったら確保できるのか」をDNAが発動したんです。
    日本の歴史が有史以来他国よりもはるかに長いことが助長した結果です。
    国家意識というものが普段は意識されなくても、いざとなったらちゃんと発動することが証明された瞬間だったわけです。
    恐ろしいですね。我が身でありながらそれが本当に起こったときは自分でもビックリするくらいの現実でした。

    そういった要素を踏まえていくと、アメリカになにか意義を問いただす意識は生まれて当然でしょう。

    「アメリカさん、よく聞けよ。お前が正しかったのか俺が正しかったのか、本当はどっちよ?」

    たぶんこれくらいの疑問は、多くの日本人が持ち合わせている感覚でしょう。

  3. 松本NHK、もともとはネオコン経営者のJR東海の葛西敬之の部下だったが、やがて葛西に反旗を翻すようになりました。NHKの次期会長人事は雑誌『選択』によると、この葛西と菅義偉官房長官がやっている。すでにNHKの経営委員には安倍トモダチの百田尚樹のような石原慎太郎系?作家が就任し、保守系にシフトした状況というが。

  4. 昨日、西尾先生の標記ご講演を拝聴し、先生の渾身の辞立と画期的な本義の闡明に、奮えるほどに共感いたしましたので、感奮さまやらぬうちに、その所感の一端を投稿させていただきます。

     
     所 感
     「文明論的意義」と「父祖の視座から」と云う言葉に大きな期待を抱いてご講演に臨んだが、その内容は、正しく期待に違わぬ画期的なものであり、奮えるほどに感動・共鳴するものであった。
     ご講演の前段において、先生は、先ず、世界史とそこにおける二つの文明「欧米(白人)による、自らを絶対とし人類普遍の正義であると信ずるキリスト文明」と「吾が国(有色人種)による非キリスト教・自存の文明」の並立と相克について鳥瞰された。そして、後段において、吾が国が、『戦後』、その大義と歴史意識を全くに消滅させられ、そのため保守を自認する知識人までが、『戦後』から『敗戦前』を見ていることを、何故『父祖の視座』から見ないのか、何故、欧米のそれと吾が国のそれをパラレルの対比することができないのかと云うことを痛烈に批判され、鋭く問題提起をされた。そのご論考の視野の広さ、視座の正鵠に、先ず息を呑んだ。

     而して、先生は「敗戦までは日本人に歴史と云うものの自覚があった、歴史によって与えられた使命感が存在したのであり、その大義があったからこそ、日本人は死を恐れず勇敢に戦い抜いたのである。したがって、あの戦争が正しかったと云うことを、もう一度取り戻して、吾々は向後どう生きるべきかと云うことに思いを致すことが、最大の鎮魂ではないか」と獅子吼された。これこそ本統の「歴史意識」と云うものの鮮烈な闡明であると、私は、奮えるほどに感動し、満腔の共鳴を覚えた。

     そして、先生は、天皇と大義、その根底にある「國體論」について、それが後期水戸学の思想から生まれてきたものであると、藤田幽谷大人を中心に語られた。その新鮮なご洞察についても、興味深く拝聴した。先生のご著作「GHQ焚書図書開封4(国体論)」も過日熟読させていただきたところであり、その中には山田孝雄先生の「國體の本義」も紹介されている。山田博士の「國體論」は、平田篤胤大人の復古神道を基調とするものであり、私はそれを本筋として学んでいるものであるが、今回拝聴したご講義は、文字通り目から鱗が落ちるほどに啓発をいただいた感銘深いものであり、西尾先生に、あらためて深甚の感謝と敬意を表し上げるものである。

  5. 「大東亜戦争の文明論的意義」を拝聴して  

    坦々塾会員中村敏幸 

     冒頭、先生は、「歴史・戦争を考える上で、歴史の遠いところ、具体的には第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦間期頃に何かの罠が仕掛けられて、それ以来、我が国は説明のできない拘束を受けており、あることから先はものが言えなくなっているのではないかと思われる。しかし、その仕掛けをハネのけて、我が国独自の歴史の運命というものが何処にあり、我が国がどのような信仰とどのような真実を追求して来たか、そして追及していくべきかという両方の問題を意識の中に入れて今日の話を展開したい」との、近現代史の真相を開明する上で欠かすことの出来ない大命題を提起されました。
     続いて、「100年以上前から、我が民族が東アジアに於いて如何に誠実で孤独であったか、これは今に至るまで続いており、今日の我が国の日々の戦いが如何に不利であり、如何にけなげな苦闘を強いられているか、尖閣をめぐる情勢で多くの日本人は良く分かったと思いますが、誠実で孤独な日本人は100年前も今と全く変わらなかったのです。従軍慰安婦も南京大虐殺も欧米はそれを支持しており、日本を悪者にしようという意図が働いているのです」と仰いました。
     思うに昭和史家と称せられる徒輩は、仕掛けられた罠にはめられた状態で近現代史に取組んでいるため、我が民族の誠実でけなげな苦闘が全く目に入らないのではないでしょうか。
    その仕掛けられた罠は、「一つには国際連盟の設立であり、もう一つは戦間期に国際法の父といわれたフーゴー・グロティウスの表わした国際法が動き、民族ではなく人類というキレイゴトである概念が導入されたことであり、その流れは今日に至るまで続いています」と説かれました。
    当時イギリスはリットン調査団に代表されるように、国際連盟の名に於いて日本を追い詰めるのが国策でありました。一方アメリカも常に人類次元の公平というキレイゴトを唱えて、太平洋の向うから自国に直接利害の及ばない権益に対しても理不尽な要求を突き付けて日本を追い詰めました。
     しかるに、先生は「戦後書かれた歴史書は公平かつ客観的に書かれていると思われる本でも、戦後から戦前を見ているために半分はGHQの立場で書かれており、あの当時の日本の叫びが消されているのです」と説かれ、その代表例として長谷川三千子氏の近著「神やぶれたまはず」を取り上げられました。
    折口信夫は国学院大学に於いて未だに批判することが許されない存在として崇められております。私は、その折口氏の「神やぶれたまふ」に対して「神やぶれたまはず」を主張して折口信夫の神道人としての思想信仰のインチキ振りに対し、心臓一突きにして止めを刺した長谷川氏に対し流石と思い一応の評価を致しました。
     しかし、先生は「長谷川氏のこの著作は、戦後から戦前を見ているために何故死を覚悟出来たのかにとらわれていて、8月15日に至るまでの文明・戦争の歴史が完全に欠落しています。戦前の日本人には常に大義があり、歴史が自分達の運命であることを識っていました。だから死ぬことができたのであり、死ぬことは生きることであったのです」と説かれ、長谷川氏の見識も先生の鋭い視座によって一刀両断に切り捨てられてしまいました。
     最後に先生は、「国体、大義、尊王攘夷という言葉は水戸学から生まれたものであり、日本の近代は蘭学によって起こったものではなく、根底に儒学から発展した水戸学があったのです」と近代日本勃興の常識を覆す論を説かれ、水戸光圀から藤田幽谷に至る水戸学について概説されました。
     そして、「水戸学が無かったら、幕末の志士も日清・日露も大東亜戦争も無かったのです」と述べられて御講演を閉じられました。
     他方、国学の流れには荷田春満・賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤という国学の四大人と呼ばれる人々がおります。国学の四大人は水戸学を起こした光圀以降の諸学者と略同時代に活躍しておりますが、それぞれ幕末の志士やその後の国体思想に対してどのような影響を及ぼし、互いに応和があったのか否かを明らかにすることも今後の課題の一つではないかと思った次第です。

  6. 第8回目の全集刊行記念講演会のテーマは、大東亜戦争の文明論的意義を考えるー父祖の視座からーというものであった。
    12月8日という開催日、そして大東亜戦争という言葉に意識が傾いて、「今日のお話は、先の大戦における我が国の政治的主張の正当性や連合国側の不当性について、先生の最新の御研究が伺えるのだろう」と思いながら拝聴した私の予想は裏切られた。
    思えば、ー父祖の視座からーという副題に注意深く意識を向けていなかったからであろう。

    講演は、西欧諸国の友達クラブに過ぎなかった国際連盟や国際条約体制に対して健気に協調し、懸命に各国の行動基準に倣って、痛々しいまでに優等生的に振る舞おうとした日本が開戦へと追い込まれていく不条理、就中、戦間期に形成され始めたと思われる西欧諸国による暗黙の日本包囲体制の不当性について触れながらも、その事への政治的・歴史的な分析ではなく、日本人がなぜそうなる道を歩み、そして最後までそれに殉じたのか、という観点から、日本人自身の世界観・道徳観についての考察へと展開していった。

    日本人の世界観・道徳観とは何か、という命題は、日本とは何か、という命題に通じる。開闢以来の日本の全てを網羅するという意図の元に編まれた『大日本史』をテキストとして、講演は進行した。
    林家一派による儒学理解から水戸学への変遷、さらに二代藩主・光圀の時代から六代藩主・治保の時代への水戸学自体の変遷について触れつつ、西尾先生は、人物年表である「紀伝」部だけでなく日本の国土・風土・民俗等を網羅した「志表」部を含めた完全な『大日本史』の編纂を主張し、後世の視点からの人物評価である「論賛」部の編纂に徹底的に反対した、藤田幽谷に着目する。
    そして、幽谷の思想が後に会沢正志斎による「国体」論へとつながっていった事実や、弱冠十代の古着屋の息子という市井の一日本人であった幽谷がこの思想を形成し得た事実に注目し、日本人の世界観・道徳観とは何か、日本とは何か、すなわち国体とは何か、という命題の答えを幽谷の思想の中に求めていく。
    幽谷が「志表」の重要性を主張したのは、祭祀・宗教・風土・地誌・物産等々の日本の全て、ひいては過去から現在までの日本人の生活全てを網羅しなければ『大日本史』たり得ず、国体も明らかに出来ないからであろう。また「論賛」を否定したのは、唯一「天皇の名において」明らかにされるべき国体が、天皇以外の様々な時代の様々な人間によって解釈され定義が転変してしまう事への反対であろう。
    すなわち国体とは、過去・現在・未来を通じて一貫する、天皇をはじめとした全ての日本人の生活・生き方そのものだ、という結論が見えてくる。

    国体論というと、とかく皇室の正統性とか日本人の国民的性向とか他民族と比較しての日本人の道徳性といった議論になりがちだが、日々平凡に生活している国民一人一人にとってはさほど身近な命題にはならないだろう。だがそうではなく、国体とは我々日本人皆が長い歴史を通じて確立し継承してきた人生論であり幸福論なのだ、という風に考えればその理解はグンと広がる。
    今回の講演会の最も中心的なテーマはそこにあったと私は思う。
    日本人はなぜあの戦争への道を歩み、なぜ最後までそれに殉じる事ができたのか、という命題についても、「国家や社会からの全体主義的圧力によって...」などという詰まらぬ理屈ではもちろんなく、また「イヤではあったが愛する家族を守る為にやむを得ず...」といった現代人的な理解の限界をも超越して、「当時の日本人には日本の国体の価値(=大義)への明確な信頼があり、その一端としての役割を果たすことへの幸福感・満足感があったがゆえに、死の恐怖をも克服したかのような行動がとれたのだ」という十分に合理的な答えを導き出せるからである。

    講演ではさらに、我が国の国体思想との比較として、西欧の世界観・道徳観の根源を成す自然権についても考察が加えられた。そして自然権とは、時間的にも意味的にも独立した個々の人間それぞれの自己保存の権利であり、先祖からの歴史の流れの中で大義の為に何かの役割を果たす事を自己存在の意味と認識する日本人の価値観とは本質的に異なるものであるという事実が明確に語られたのだった。
    余談だが、西尾先生は10年くらい前、ビートたけしのTV番組に御出演になり、社会に出ずに引きこもっている青年たちと議論をなさった事がある。その時、たけし以下出演者諸氏が青年に同情的・迎合的な意見ばかりを述べる中、西尾先生は「人は何かの為に生きるのであって、生きる為に生きるのではないよ」と、語りかけていた。聞いていた引きこもりの青年も存外神妙な顔で頷いていたように記憶している(笑)。
    我が国の国体思想と西欧自然権思想との相違に関連付けるのはいささか強引かも知れないが、西尾先生が青年に対してごく自然にそして誠実に答えた言葉の中に、日本人の人生観・幸福観が顕現しているようで、ふと思い出した次第である。

    自然権思想に端を発し今やグローバル・スタンダードとまで名乗って世界を覆いつつある西欧発の大義とは全く別の、正当性と合理性を備えた大義が日本には確かにあったし、今もある。その事をなぜ日本人は「世界に向かって」「天皇の名において」「確信を持って」宣明出来ないのか。講演終盤に先生が叫ばれた痛恨の言葉に胸を打たれた。
    うろ覚えの話ばかりで恐縮だが、外国の動画投稿サイトで日本関連の動画に多数の外国人がコメントを付けており、翻訳して紹介された中にこんなコメントがあったのを覚えている。
    「率直に言って私は日本の存在こそ人類最後の希望だと思っているよ」
    もちろん、コメントの真意は判らないし、コメント者のプロフィールも真偽は不明である。だがそれは問題ではない。そういう視座がこの世界に有り得るという事に日本人は思いを致すべきだと思うのだ。
    街の古着屋の息子・藤田幽谷に、我々日本人が存在する意味を明らかにしたい!という燃えるような情熱があったように、日々生活する日本人一人一人がその意識を持つべきであろうと、深く考えさせられた。

    西尾先生、素晴らしい御講演を有り難う御座いました。

    坦々塾会員・吉田圭介

  7. ■西尾先生講演会感想

    先日の講演会は二部構成になっていた。日本をとりまく世界情勢の構造と思想を近現代史から読み解く第一部と、米欧のグローバリズムに対抗するために天皇の名においての科学、芸術、思想、信仰の可能性をみる国体論の第二部である。両方とも一本で講演が成り立つ大きなテーマであるが、私が特に興味をもったのは第二部における国体についてである。
    戦後から戦争を眺めることの愚を先生は長年一貫として説いておられるが、この日も長谷川三千子氏の『神やぶれたまわず』を取りあげ、戦前の日本人の死をよく得たことばかりをいい、なぜよりよく戦うことができなかったかを問わないことに対して痛烈に批判された。戦時下において死は決して先立ってはいなかった。常に死は厳然としてあったが、死は救いでもあり、生であった。『神やぶれたまはず』には歴史がなく、没歴史的であることを問題にする。もう一度戦前の国民がどのように戦争に臨んだかをわれわれが追体験しなければ、現代までつづく危機を克服することはできないと先生はみるからである。
    長谷川氏への批判は来場者への単なるサービスではなく、先生が水戸学――特に中興の祖である藤田幽谷の後期水戸学から打ち出そうとしている国体論と根底からぶつかるのではないか思い、買ったまま未読だった『神やぶれたまはず』を慌てて読んだ。
    ここで長谷川氏が説いている国体論は、藤田東湖を手掛かりに、「上の人は、生を好み民を愛するを以て徳と為したまひ、下の人は、一億上に奉ずるを以て心と為す」を引き、上からと下から、つまり天皇は民を「おほみたから」とし、国民は陛下の「臣民」であるという「双方向的な政治道徳のかたち」をなしているといい、日本の国体は丸山真男や三島由紀夫がいうように決してとらえがたいものではないという。一方先生は『大義の末』を書いた城山三郎の今上陛下が少年時代に一橋大学へ行啓したときのエピソード――悪ふざけする学友たちから身を挺してお守りしようと図らずも思った瞬間に国体を得た体験や、シナ事変で手榴弾を受けながら皇居の方向に向かい敬礼し立ったまま絶命した『大義』の著者軍神杉本五郎中佐の天皇崇拝を取りあげる。城山三郎は国体観は経験に基づき、森羅万象に天皇が宿るとする杉本五郎の天皇論は信仰であるとすれば、国体とは万人が知れる言葉や知識の類ではなく、長谷川三千子氏がいうように分かりやすいものでもないと先生は反証したかったのではないだろうか。しかも杉本五郎の天皇信仰は多分に西洋のGod的であり、日本古来の信仰からすれば間違っているとさえいえるが、先生が肯定しているようにみえるのは、そのような独自の国体観をもった人間、国体と一体となった自我が歴史的に国を動かしてきたからであろう。そして先生はそもそも「国体」という言葉を生みだした水戸学まで遡る。
    一介の商人でしかない藤田幽谷が時の総理大臣である将軍に対し激越に批判する行為の強さの源泉を天皇にあるとし、天皇の名のもとに国体論を打ち立てた幽谷の思想が会沢 正志斎、吉田松陰を生み維新を成し遂げ日清日露の戦火を潜り抜け大東亜戦争で敗れはしたが、今もまだ日本を支えているとする。そこから天皇の名のもとに思想、信仰、科学、芸術を再建できないだろうか、というのが先生から出された大きな課題である。
    ユダヤ・キリスト教を基底とするグローバリズムという欧米の思想への対抗軸として後期水戸学を中心とした国体論で模索されていることが伺われた。まさか百巻にも及ぶ『大日本史』をこれから本格的に勉強されるとは思わないが、先生の憂国の情の深さを知ることができた講演であった。しかし、国体論は国民一人ひとりの体験の問題である。まずは改めて『GHQ焚書図書4』の国体論を再読したいと思う。

  8. 12月8日の講演を拝聴した者です。
    上記の数人の方々の丁寧で熱のこもったコメントを拝見するにつけ、西尾先生のド迫力が、どれほど聴衆を惹きつけたかがよく分かりました。

    タイトルの長い新刊書は、10日の発売当日に行った丸善で見ました。おいてある場所は主に歴史関係の書物のある場所で、入り口からは比較的近い所です。しかし先生の本が、一番目立つ新刊コーナーに置かれているのを見たことはありません。置いてあるのは、大抵はタレントか、タレント化した評論家などのテレビが好むような人物たちの本ばかりです。

    本屋も今ではまるで八百屋みたいなもので、次から次へと新鮮なものが出版され、一週間もたたない内に様変わりしてしまいます。このように良書も悪書も十把一絡げにしてしまうことが、本屋で本が売れなくなった一因ではないかと私は思っています。

    終始充実した講演の中にも、今のとめどない反日勢力に対して、先生自身もふと「私もどうしてよいか分かりませんが」とポツリと仰ったことが印象的でした。何をしなければならないか、は常に私たち自身の中にあるのであって、このことが最後まで私の胸に迫りました。

    明治以来西洋の文物を取り入れ、日本人は「外発的」と自他ともに認めてきましたが、そんな認識にとどまっていてよい訳がありません。
    「四方を海に囲まれてきた僥倖」も失われつつある今、我々日本人に要請されているのは、周囲から迫る思想の戦いに耐える精神力でしょう。

    近代はヨーロッパによって日本にもたらされたのではない、既に我々自身の歴史の中にその萌芽を持っていると、繰り返し先生は主張されています。
    ヨーロッパにルネサンスがあったように、我々自身にも振り返るべき歴史と過去がある、そして我々を「前へ」と突き動かすものは、我々自身の過去の中にしかないのです。

    大分前ですが、テレビの討論会で、日本人に「着物を着ろ」と言った傲慢な白人男性がいました。つまり日本人が西洋の真似ではなく、独自の伝統があるというなら、背広を脱ぐべきだという意味だったと思います。

    こんな低次元には付き合いきれませんが、西洋人のみならず、中韓からでさえも同じことを言われて、すくんでいるのが我々です。
    しかし最近ようやく、天皇、皇室、日の丸、靖国などは、簡単に取り払ったり付け加えたりできるものではないのではないか、という共通認識が芽生えつつあるように思います。

    先生が全共闘内閣と呼んだ、民主党政権の中心にいた者たちは、国家権力に対抗することを旨としていたはずです。彼らが学生の頃、その仲間たちには様々な人生があったでしょう。しかし「革命」を諦め、大学を卒業できないというだけで「運動」から離れ、そのかわり今度は「体制の中で」生き残ることによって、願望を遂げようとする卑怯者たちに、我が国の本質をたどる知性はもはやないでしょう。

    一流企業、一流大学、出世等々、従来の価値や権威がガタガタと崩れかかっている現代、特にこれまでとは違う苦労を背負う若者たちには、全共闘世代が生涯持ちえなかった気概を持ってもらいたい、というのが先生の、いや日本人全体の切なる願いではないでしょうか。

  9. 黒ユリさんへ
    残念ながら、西尾先生の講演会に伺えず、拝聴できませんでしたが、彼方様のコメントで素晴らしい講演会であったことが伺えてありがたいです。
    仰られること全部が私も日頃感じていることですので、よくぞまとめてくださったと思います。
    それにしても、西尾先生にして

    先生自身もふと「私もどうしてよいか分かりませんが」とポツリと仰ったことが印象的でした。

    なんですね。
    私も、近ごろ、時々、子供に対して、孫に対して、何をどう教えていけば良いのか判らなくなっています。
    子供は国の宝、少子化の今、孫が何人もいます。その孫達に私が日本人に生まれて、日本に暮らせる幸せを感じているように、日本の良さをなんとしても残してあげたい。
    でも、どうすることがそれが可能か今、判らなくなっています。

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