中国、この腐肉に群がるハイエナ(三)

 ロシアに猛威を感じても中国には感じないヨーロッパ諸国は、他方では強過ぎるドルを抑えこみたいという一貫した政策を持ちつづけている。そもそもEUの成立が、ひところ世界のGDPの四割を占めた日米経済同盟に対する危機感に発していた。湾岸戦争もドルに対するユーロの挑戦という一面があった。ギリシアの混乱以降、ユーロが基軸通貨としてドルへの対抗力とはなり得ないことが判明して、他に頼るべき術もなく、人民元を利用しようとなったのだ。ルーブルを強くするのはヨーロッパにとっては不利だが、人民元なら怖くない。それに日本がアジアへの投資において、日本が得意の総合総社のパワーで自由自在であるのを見て、ヨーロッパ諸国は、元植民地支配者の流儀が今や通用せず、すっかり立ち遅れているので、中国の申し出は渡りに舟でもあった。

 中国の力を味方につけて中露分断を図り、ロシアの力を少しでも抑止したいのがヨーロッパの政治的欲求であることはすでに述べた。遠い国と結んで近い国を抑えるのは古代の昔から不易の法則で、安倍政権がロシアへの接近を企てているのも――ウクライナ紛争でいま中断しているが――、北方領土のせいだけでなく、中国を牽制したいと考えるからであろう。アメリカにこの点を理解させるのが日本外交の要点である。いま経済的にロシアは困窮している。積年の問題を解決するチャンスではないか。北朝鮮にロシアが力を貸し始めているので、拉致の問題でも突破口となる可能性はある。ロシアと敵対しているアメリカをどう説き伏せるかに成否はかかっていよう。

 ヨーロッパは経済的に日米から、政治的にロシアからずっと久しく圧力を感じつづけていて、そこからどう自由になるかが政策のモチーフとなり勝ちである。AIIBへの彼らの参加はそう考えると分かり易い。日米ほどに抵抗がない理由はここにあると思うが、しかしそれなら共産主義の解消の問題、「ベルリンの壁」がまだアジアでは存続しているあの歴史への責任問題をヨーロッパではどう考えているのか、という疑念が強く浮かび上がってくる。とりわけイギリスが率先して加盟に動いた事実は日本人にとって、ことに保守層の日本人にとって小さくない衝撃であった。明治以来イギリスがヨーロッパ文明の代表である時代はずっとつづいていた。今でもまだその基調は変わっていないと思われてきた。しかし何か変だ、と今度初めて感じる人も出てきたと思う。

 私見では、イギリスは国際情報力と金融業以外になにもない、生産力を失った弱い国になったことに真因があると思われる。イギリスは追い詰められている。スコットランドにあわや逃げられかかったあの一件が象徴的である。もし国民投票が通っていたら、国名もイングランドとなり、国連の今の地位も失って、二流国に転落したであろう。

 イギリスとアメリカはつねに利喜の一致する兄弟国ではなかった。一九三九年まで日本政府も「英米可分」と判断していた。しかし第一次大戦で疲弊したイギリスは、その頃も何かにつけアメリカを楯に利用するしかなく、第二次大戦にアメリカを誘い込むために謀略の限りを尽くしたことはよく知られている。この知謀の国はまた何かを企んでいる。

 国際金融の世界では「タックスヘイブン」とか「オフショア」とかいう巨額脱税の一種の・いかさま・が実在していることはよく知られていよう。アメリカはそれを解消しようとしたが、表向きで、一部の州で企業に有利な法体系や特定の人への税の優遇措置が認められている。アメリカはそれでも不公正な闇に批判的ではあるのだが、イギリスはそうではない。国家ぐるみの大規模なアングラ・マネー隠しの構造を死守しようとしてきた。金融立国イギリスの中心地シティがその役割を果たす場所である。
 
 「世界のマネーストック(通貨残高)」の半分はオフショアを経由している」とか、「外国直接投資総額の約三〇%がタックスヘイブンを経由している」とか、そういう証言を読む度にただただ驚かされるが、ヴァージン島とかキプロスとかケイマン諸島といった地名も近年では新聞紙上に瀕出するようになった。そのいわばグローバル金融のハブがロンドンのシティなのである。シティは二〇〇八年のデータで、国際的な株式取引の半分、ユーロ債取引の七〇%、国際的な新規株式公開の五五%を占めている、等の記述を関連文書の中に見ると、世界の経済がどこで誰によってどのように動かされているのか、私ごときには謎が深まるばかりで、じつに息苦しい。

 冷戦体制下に繁栄をきわめていたタックスヘイブンの運営は、国際的な反対運動の力もあって次第に難しくなり、富裕層が頼みとするスイスの金融業が批判にさらされ一部危うくなった等のニュースは私もたびたび耳にする。シティもまたオフショア金融センターとしての機能を次第に失いつつあるといわれる。ただしシティはイギリスにとっては「国家の中のもう一つの国家」といわわれるほど大きな存在で、自治区として中世以来の特権的立場を認められ、なにびとも指を触れることのできないイギリス財政の聖域であった。これが危殆に瀕していることはこの国の生存に関わるであろう。何とかしたいというのがイギリス政治の必死の思いであることは分からぬではない。

 けれども、イギリス金融業界が目をつけたのがこともあろうに中国との連携であったのはただの驚きではすまないように思える。シティは人民元取引のセンターとなることにより、凋落しかけたその立場を復活させようというのが狙いであろうが、これはドル基軸通貨体制への挑戦であろう。ブレトンウッズ体制を覆す引き金にならないとも限らないではないか。アメリカが衝撃を受けたのは余りにも当然である。しかもキャメロン首相率いる保守党政権が企てたのだ。

 アメリカと対決する中国がなり振りかまわずイギリスを必要とするのは当然であるが、イギリスが腐敗して崩れかけたモンスター国家に飛びつくのは理解できない。そこまでこの国は追い込まれ、零落したのだろうか。それとも中国の明日にも知れぬ経済破綻についての情報が届いていないのだろうか。というよりここ数年ではなく国家百年の計に賭けた歴史的取り組みだというのだろうか。人口十三億は二百年来の世界貿易の垂涎の時だったが、やはりそういうことだろうか。
 それにしても、と私は言いたい。イギリスはじめ西欧諸国はナチスの全体主義と闘い、戦後はソ連のスターリ二ズムに耐え抜いて、やっと「近代的自由」を手に入れたはずだった。習近平が何を企てているかが見えてないはずはあるまい。歴史に逆行するこの見境いのない選択は、余りといえば余りのヨーロッパ人の倫理的気質の喪失でなくて何であろう。

つづく
「正論」6月号より

「中国、この腐肉に群がるハイエナ(三)」への1件のフィードバック

  1. 今のシナは清朝末期の状態です。貪官汚吏と買弁のみ肥え太り三橋貴志さんの指摘ですがジニ係数は0点6で革命もいうが愚かな状態をふみこえています。大陸に係ると海洋国にとっては悪疫瘴癘の地でしかありません。戦前の日本がその良い例です。むしろインドや比国(人口1億に近い)インドネシアなど立ち上がりだした東南アジアにシフトすべきです。

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