平成27年 真夏の夜の自由談話・2

閉ざされた韓国文化と日本

「平成27年 真夏の夜の自由談話・2」への4件のフィードバック

  1. (中韓と)我々は文明が違ふ、そこまで考へなくてはならないーー恐ら
    く、これは『ヨーロッパの個人主義』以來先生が追求し續けて來られ
    た基本テーマではないでせうか。

    あのユネスコ大使に、教養も從つて自我も微塵もないことは、表情を
    見れば明かです。

    郡縣制度、支那に於ける「官」と「吏」と。懷しいですね。『江戸の
    ダイナミズム』を三讀、四讀しましたので、同書の次の記述は、私に
    は珍しいことですが、今もかなりはつきりと頭に殘つてゐます。

    秦漢より後、中國は役人が三年で地方官を交替して渡り歩く郡縣
    制度をとり、日本のような世襲の大名が人民とそれぞれの地域で
    密接な接觸をもつ封建制度でなくなってしまった。

    徂徠が周の封建制度を禮讚し、秦漢以後の郡縣制度ならびに科擧
    による官僚登用制度を否定していた事實であります。

    封建制を評價し、郡縣制を否定するのは、日本史に即せば徳川體
    制を評價し、奈良平安の律令制(隋唐の郡縣制度のまね)を否定
    するというような意味合いであり、周の再來を江戸に見るという
    理想主義的幻想もほんの少し徂徠にあったという事實です。

    官吏ということばは「官」と「吏」の二つに分れるそうです。
    「官」は府知事のような、中央から派遣されてくる高級官僚であ
    って、 できるだけ鷹揚に、寛大にして遊んでいればいい存在で
    す。しかしそれでは行政がはかどりません。實務をしてくれるの
    は現地にたくさんいる胥吏すなわち「吏」です。

    胥吏は事實上無給に等しいので、直接人民から取り立てる手數料
    ーー自ら金額を手加減して決めるーーで生活するのだそうです。
    はいえ、「官」のほうも必ずしも高給ではない。慣習的に默認さ
    れている役得というものがあって、莫大な收入が得られる仕組み
    になっていたようです。

    以前、坦々塾のブログに、以上の記述を引用した上で、概略次のやう
    な投稿をしました。

    なるほど、秦漢の昔から、支那では「官」も「吏」も基本的には、正
    規の給料で食ふ習慣がなかつたのだと納得した。「役得」といふと、
    我等日本人には收賄に近い、危ないイメージがあるが、支那人の場合
    は必ずしもさうではないのだらう。國家からすれば、給料を拂はなく
    てすむのだから、合理的なやり方と言へるのかもしれない。「賄賂」
    と、「役得」「チップ」とは、觀念上は、別の存在たりうるのではな
    いか。
    大宅壯一の次の囘想を思ひ出した。

    戰爭中、私は徴用されて南方にいたが、私たちの組織で使っている
    中國人が買物をする度に頭をはねるということをきいて、本人を呼
    び出して調べてみた。すると、彼は率直にそれを認めた。それは惡
    い習慣だから今日限り改めろといっても、かれにはどうしてもその
    理由が呑みこめないのである。その商品を買うためには、自分が仲
    に入つてその商品を選ぶのに盡力した以上、一割の手數料をとるの
    はどこが惡いといって、なんと説明しても納得しない。私があまり
    しつこく追及すると、彼は急にうなづいていった。
    「よくわかりました。今後は商人から手數料を二割とって、一割を
    トアン(旦那)の方へお屆けします」
    これには私もあいた口がふさがらなかったが、その後よく調べてみ
    ると、これはかれらの間ににかなり古くから普遍的に行われている
    習慣であって、日本式潔癖さで干渉してみたところで容易に改めら
    れるものではないことがわかった。(大宅は、日本人の間で、戰後
    支那方式が蔓延しつつあると嘆いてゐる)

    幕末に來日したシュリーマンは清と日本の役人とを比べて、前者は平
    然と賄賂を取る、後者は取らずに廉潔だと評してゐる。しかし、さう
    簡單に割切れるものだらうか。なにしろ彼等は二千數百年間「默認」
    されてた「役得」、「手數料」で食つてきたのであり、これと「賄賂」
    を截然と分けられるか疑問である。
    共産支那の抱へる大きな問題として、黨幹部の腐敗が屡々擧げられる。
    腐敗根絶といつたスローガンををよく見かけるが、大抵掛け聲だけで
    終るやうだ。
    けふの産經新聞にも「黨官僚は公金の8%以上をくすねている」「さ
    すがに黨官僚の不正を胡錦濤指導部も放置できなくなった」「(全人
    代で)温家寶首相は『灰色收入の斷乎取締』を打ち出した。しかし幹
    部から異論が續出、結局うやむやにされてしまった」といつた記事が
    載つてゐる。
    なにしろ、「頭をはねる」ことが惡いとは思はぬ民族なのだから、こ
    とはさう簡單に進む筈がない。共産主義、共産黨だけの問題ではなか
    らう。
    東南アジアや中東で仕事を取るには、相當の賄賂ないしはコミッショ
    ンは當然の必要經費とは、日本企業の人達がよく語るところ。我々日
    本人とはまるでメンタリティが違ふのだらう。この違ひを知ることか
    ら始めるべきなのだらうか。

  2. FBで
    小川栄太郎さんが
    昨日は西尾幹二さんの「路の会」で講演させて頂いた。ご出席の先生方と交流できたことに感謝したい。中略

    西尾先生、桶谷先生、入江先生と談笑ができたら、これは現在望み得る最高の知的饗宴。そういふ機会を是非頂きたいものだ。
    以下省略

    同席された藤岡信勝氏
    昨日は感銘深いお話を拝聴させていただき、ありがとうございました。と。

  3. 外交官試験を止めてしまったのはあの田中真紀子からです。
    当時、大蔵官僚の不祥事(ノーパンしゃぶしゃぶ事件等)が社会問題化
    となったことが関係しているのかもしれません。

    公務員試験(Ⅰ類?)に合格すると他の省庁と同様、成績等により振り分けられるとのことです。歴史感やら国家感、国際情勢考察等々持ち合わせていない、キャリア多数です。

    元外務官僚 金子熊夫先生によれば、まるで
    英語を喋れるだけの幼稚園児のようだと(もちろん全てというわけではないでしょうが)そして、結構な比率で●●学会の信者もいるとの由。

    こんな外務省では拉致問題はもとより現在抱えている難問など交渉できるはずはないでしょう。

    怒りしか覚えません!

  4. 氏のGHQ焚書図書開封シリーズを知ってから一年以上が過ぎ、多くの著書を読まさせていただきました。当時コメントを送って以来二度目となります。

    世界遺産の登録についてですが、私は登録制度そのものに疑問があります。
    根本的に世界に自国の遺産を知らしめる効果があることは意義のあることかもしれませんが、今回のように、韓国との苦い、いきさつを生んでまで登録に走ることは本末転倒な気がします。国宝とか重要文化財にして日本人が大切にすれば充分ではありませんか。高度な文化を持っていることに誇りをもつだけでいいはずなのに、なぜ、世界遺産に拘るのでしょう。経済効果というならまだうなずけます。でも、この事例は日本人の多くが罹っている「海外に認められたがり病」だと私は思います。ギネスブックに載ったとか、ミシェランの三つ星レストランだと大騒ぎをするのと同列です。鹿鳴館の時代はとっくにすぎました。必死になってアピールしなくても、日本の文化は
    分かる人には理解されているのです。歴史の誤解を解く活動のほうがよほど
    重大だと思います。
    トルコのエフェソスに行きました。古代ローマの凄い遺跡でした。自分たちのものでないからかもしれませんが世界遺産登録はされていないと知り、登録とは無関係に世界には様々な遺産があると実感しました。登録に奔走するのではなく、超然とした態度をとれないかと願うものです。仁徳天皇御陵等の登録申請はやめてほしいです。
    西尾先生はどうお考えですか?

池田俊二 にコメントする コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です