「ドイツ・EU・中国」そして日本の孤独(四)

 EUが一つの国家にどうしてもなれなかったのは、EUという軍事態勢が作れなかった、或いはアメリカが作らせなかったからです。アメリカはベルリンの壁が崩壊した後もNATOを手放さなかった。各国がアメリカからの防衛に期待して、アメリカから突き放されるのを恐れてNATOを守ったという一面もある。そのため結局EU、つまりヨーロッパの軍隊は生まれず、湾岸戦争が起こりましたが、あれはドルとユーロの戦いで、アメリカがたとえ戦争をしてでも基軸通貨を守るという強い意志に結局EUが屈服して、それ以降のEUは弱含みとなり、統合体としてのEUはガタガタになります。つまり統一軍事力を持たない地域は国際基軸通貨になることは出来ないということです。そのいい例が日本の円ですね。一方で中国の人民元はこれから怖いということが言えるのです。

 フランスのユダヤ系知識人、エマニュエル・トッドという人の『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』(文春新書)に面白いことがたくさん書いてありまして、それに刺激を受けて、ドイツ在住の川口マーン恵美さんと『膨張するドイツの衝撃』(ビジネス社)という対談本を出しました。皆さんはドイツはガタガタになり、今のEUの行き詰まっている原因は何であるとお考えでしょうか。こんな風に考えたことはありませんか。たとえば鳥取県と島根県を選挙区を一つにしました。もう一つは高知県と徳島県でしたか。ありありと地方の減退が日本を襲っていますね。そして地方が弱くなっては困るからと国は地方交付税を当然のこととして出しています。また、徒に東京に富が集中することはおかしい、ということに東京に住んでいる人も思っていることでしょう。

 同じことがヨーロッパ全体で起こっているのです。南欧ではもうお金になる仕事がないのです。だからイタリア人・スペイン人・ポルトガル人・ギリシャ人の、何か能力のある人・会計士・弁護士・音楽家とかは、みんなドイツや北欧に行ってしまうのです。そしてその人たちの富はドイツや北欧の金庫に入るのです。南欧には失業者と老人が残り、あるいは公務員だけが豊かになる。同じことは日本にも起こっていると思いませんか。地方に行くと老人と失業者と子供、そして公務員だけは安定している。このねじれがヨーロッパ全体で起こっていると考えてみてください。それがヨーロッパの南北格差、つまりギリシャ問題の根源なのです。だとしたらドイツがやることは一つです。EUを救うためにはドイツが「東京都」になることですね。つまり都が地方にお金を還流するする必要があるでしょうし、ドイツが国家全体の統合者になるのでなければ筋が通りません。だから各国がドイツにそれを求めてここまで来ていますが、国家は別々でそれぞれのエゴイズムもあるのだから、これでは堪らないとドイツ国民は考えます。たとえばギリシャ人の生活費や育児費だとかの経費を混ぜてドイツが持たなければいけないのかという。ギリシャ市民の異常に高い年金をなぜドイツ市民が背負わなければいけないかという。これが今のEUの姿なのですね。

 ですから論理的には二つしか道は無いわけです。一つはドイツが徹底的に自己責任でEUを一つの国家にして、ドイツを事実上の首都として地方交付税のようにお金を出す。もう一つは結局エゴイズムがぶつかり合い、国家主権をいう人が出てきてEUはまとまらない。最後にはEUの解体です。さてどちらに行くでしょうか。私は後者だと思っています。しかし時間がかかるだろうと思っています。10年や20年かかるでしょうけれど、EUは解体せざるを得ない運命でしょう。つまり人はエゴイズムを手放さないものなのです。勝者は弱者に対して配慮をしないものです。日本だったら一つの国家なのでそういう現実にもっと地方にお金を回すべきことに道理があるわけですが、そう簡単にいけないのがヨーロッパの現実かと思います。そういうことがまたドイツを有利にして膨張させた所以です。

 ドイツはEUができた当初、低姿勢でフランスの言いなりでした。当時ドイツは実に臆病で、例えばEUの議会で語られる言葉にドイツ語が入っていませんでした。英語かフランス語でした。ドイツにすればそれは屈辱ですが我慢しました。金融的にはドイツ優位で始まりました。だからドイツの、そしてマルクの忍耐です。それがどんどん変わりはじめます。東ヨーロッパからたくさんの安い労働者が入ってきて、彼らに農業までさせはじめるのです。その農産物をフランスやイタリアに輸出するのです。これでは農業国であるフランスやイタリアは堪ったものではありません。それなのにフランス、イタリアを奪うような勢いでドイツが安い労働力を使って南の国々に農産物を売る。そこまでやるのかドイツは、ということでこの間フランス国境で警察の阻止を無視してフランスの農民が道路を封鎖しました。フランス政府はそれを知らん顔しています。何か下手なことを言うと大騒ぎになるからでしょう。そういう騒ぎがあるくらい、ぶつかり合いが激しくなっている現実があります。

 あれほど低姿勢だったドイツが知らないうちに東に伸び始めました。東の労働者が入ってくるだけでなく、ウクライナにまで手を伸ばしまた。それがウクライナ紛争の大きな原因の一つでもあります。つまりウクライナはEUに入りたがっている。ドイツは握手しようとする。つまりドイツの産業がポーランド、チェコへどんどん伸びて、東へ延びるというのはヒトラーのときからのやり方で、ドイツの膨張が懸念されている、というのがそこにあるわけです。そしてもう一つ、ナチス・ヒトラーがやった犯罪のおかげで戦後ドイツが苦しめられ、ドイツの悲劇に喘いで自分たちが悪い国民であると思われていることに酷い劣等感を持っています。若い人たちはケロッとしていて「俺達がやったことじゃない。知らねーよ、そんなことは。」という態度だそうで、それでいいと思いますが、ところがドイツ政府が一言でもそんなことを言えば大変なことになります。それでメルケル首相は格好をつけて「移民は受け入れます」とやったわけですね。ヒトラー後遺症ですよ。悪くいわれつづけてきたドイツは道徳的に立派な国だとみせたいのです。

 この移民とか難民の問題を一言でいうと、これは「存在するものではなく発生するもの」なのです。先進国が隙を見せれば動き出すのです。日本の場合もそうでした。1989年にベトナムからの偽装難民が日本に押し寄せましたが、その時の日本の法務省は偉かったと思います。法務省は福建省まで行って止めたのです。私の記憶では、中国の役人もなかなか立派で、彼らは士大夫(したいふ)、学識と権力を備えた高級官僚でした。中国人がベトナム人を装って日本に押し寄せた1989年のベトナム難民の話はご年配の方は憶えていると思います。中国の高官は「こともあろうに賎民に身をやつして自分の国民が外国に物乞いに行った」。屈辱におののいて、そう言って福建省の大元を抑えてくれたので、難民が来なくなりました。それがなかったら日本は「可哀想な人たちですねぇ。ご飯も給付も生活費も出しますよ。どうぞお出でください」とだらだらやって、難民はどんどんやって来たはずです。

 つまり難民は作られるのです。あるいは「存在するのではなく発生するもの」なのです。国家が隙を見せたらアウトなのですが、ドイツは隙を見せてしまったのです。一体どれくらいの難民が入っているかご存知ですか。ドイツの人口は8,000万人ですが、既に1,600万人です。5人に1人、20%ということです。皆さんはドイツの統計で7から8%と聞いているかと思いますが、それは現在外国人ということです。帰化した外国人を入れると2割です。じつは日本だってそうです。帰化した外国人はたくさんいますから。在日韓国朝鮮人を中国人が超えています。中国人の移民は既に100万人近いのです。これは既に忌々しきラインを超えています。

 難民問題は大きな問題で、確実なこととは言えないのですが、自衛隊はこう考えていると聞いたことがあります。元将官だった人からです。朝鮮有事の時に、北朝鮮の人口2,500万人の10分の1は国外へ飛び出すだろう。250万人ですね。そのうち9割は大陸伝いに逃げるだろう。船もそんなに無いでしょうから、船で逃げるのは1割くらいだろう、つまり25万人。それをどうしたら良いか。山陰地方の5つの県に難民を5万人ずつ割り振り、旧小学校など利用して難民収容所をつくる。一県で500人規模の収容所を100カ所ほど作らなければならず、そしてそれを防衛するために自衛隊員が一万人必要だとか、はっきりしたことは分かりませんがそんな計算が出ているという話です。こんなことがあったら大変です。でも十分にあり得ることです。かりにそれが起こってもどこの国も同情しませんし、しくじったら嗤われるだけです。そして海上で殺してしまったら大変な非難を浴びますから漂っている者、寄ってきた者を救わないわけにはいかない。沈めて知らん顔は出来ないわけで、朝鮮有事のとき、そういう問題が必ず我が国を襲うことと思います。ヨーロッパでは、ハンガリーがどんどん「ドイツへ行け」と尻を叩いているように、同じように韓国は「日本へ行け」と北朝鮮難民を送り込むかもしれません。何が起こるか分かりません。そういう悲喜劇がたくさん起こり得るということは、日本の有史以来経験していないことです。ヨーロッパには一種の民族大移動の時代が始まっていますが、東アジアにも訪れるかもしれないということです。

 ドイツのケースで、メルケル首相が「ええ格好」をしましたが、世界にヒューマニズムを言ったため何が起こったかというと、ドイツ民族のアイデンティティーの喪失です。今度シリアの難民が100~200万人入ってくると、ドイツの外国人の割合は2割から3割になります。そうするとドイツ的とかドイツ民族的とかドイツ主義とかドイツ愛国心はもちろんドイツ的特性とかそのようなものすら無くなってしまうでしょう。同じことは我が国にも訪れます。総じてヨーロッパの没落にも直結するのではないでしょうか。

 難民の問題だけではなく現在のヨーロッパはドイツ以外に製造力を持っている国がありません。イギリスに至ってはスコットランドが離れたら国連常任理事国の地位すら無くなってしまうでしょう。ブリテンはなくなり、イングランドになる。つまりイギリスは苦境に陥っているのです。シティの金融でやっていますから、生産物、製造業がほとんどありません。これはオフショアや闇金融が基本です。そしてその闇金融が中国人民元と結ぼうとしています。だいたいイギリスと中国が得意なのはスパイと贋金ですよ。それで世界を征服してきたイギリスは、中国と気が合うのだと思います。相変わらずシティは金融を握っていますから、それに目をつけている習近平はしたたかです。先に述べた「条件の整わない人民元」をシティが迎え入れたらどうなるか、目が放せません。

 そしてイギリスは今、ドイツとたいへん仲良くなっています。それはどうしてかというとEUのあり方に対する不満があって、主権国家ということを回復したい。EUにあってドイツは主権が奪われているのです。例えばドイツのアウトバーンはEU間では全て無料なのですが、ドイツはヨーロッパの真ん中辺にあり、どこに行くのにもドイツのを通って、その補修費はドイツが持たなければいけません。それは堪らない。ということで有料にすると国内の約束違反になって、今度はドイツ国民が賛成しないのです。だから道路は有料にするけれどもドイツ国民の自動車税を下げることで補うことにしようとしていますが、EUの委員会から許されないという声があがります。つまり国家としての主権が発揮できないのです。取り決め事を自分の国で勝手にやろうとすると、EUに引っかかってしまう。国のレヴェルや進歩の程度が異なるから、いろいろな齟齬を来すのです。ですから領収書や電化製品の電圧などを統一することなどは合理的で、EUがマーケットの統一をやっているだけだったらよかったのです。しかし、いろいろな条約を作ってしまうと忽ち不便になってしまいます。だからドイツはなんとか主権を回復したいと思っています。

 イギリスも同様にEUに縛られるのが嫌なので、ユーロに入っておりません。ドイツの主権の主張に対して応援してくれるのはいつもイギリスなのです。イギリスはドイツにとってありがたい存在なのです。そのような力学がヨーロッパに働いていて、「大変だなぁ、EU統合なんかしなければよかったのに」と思うのです。ヨーロッパの没落があり得ることについてお話ししています。200年くらい先かもしれませんが、本格的なことです。荒れ果てた土地になり産業が無くなりヨーロッパ人が出稼ぎに行くという逆現象です。信じられないことですが、あり得ることです。「没落」というのはそういうことです。

(まとめ 阿由葉秀峰)

つづく

「「ドイツ・EU・中国」そして日本の孤独(四)」への2件のフィードバック

  1. 「あなたは何を信じて生きるのか」・・・西尾幹二著文庫本・・・にて、62pに『白人文明大同団結』というところがあり、1992年にブッシュ大統領が来日する前年の1991年11月、ベーカー国務長官が先に来日し、演説した際の言葉は「グローバル・パートナーシップ」で、当時はこれを聞いていた日本人の多くが微笑みながら聞いていたそうなんですが、実はベーカー氏はこの年の6月にベルリンでこんな言葉を発しています。
    「Euro-Atlantic-Architecture」
    日本語に訳せば「欧大西洋機構」となります。
    つまり、北アメリカとヨーロッパは一つだと言う意味です。

    しかもそこには副題があり「バンクーバーからウラジオストックまで」とあるんです。
    日本にとっては完全に齟齬された状態、つまりアメリカのダブルスタンダードはあきらかで、建前上日本にはグローバルという、当時流行の言葉で場をしのぎ、ユーロに対しては北半球の一体化を確約する姿勢を示し、それによってユーロがよりまとまりのある状態を望むことをやんわりと要求し、一方ユーロもそれを望むところであることを示したということになります。

    つまりユーロというのはアメリカ側からは大変都合のいい団体で、せめて西側ヨーロッパだけでもまとまっていてくれると、アメリカの世界制覇はしやすくなるという理屈デショウ。アメリカはそれだけにとどまらず、ウラジオストックまで一まとまりになることを望んでおり、北半球のほとんどがアメリカに都合のいい同盟国になることを公の場で要求しています。
    しかし、そこには日本が含まれていないのです。
    当時は旧ソビエトが崩壊し、アメリカにとってはまさに黄金の時代を迎えようとしていた時です。
    一方バブルがはじけたばかりの日本は、これ以降経済が下降傾向に入り、今に至るわけですが、あれからもう27年も過ぎて思うことは、よくぞ日本はこらえてきたもんだ・・・というのが実感です。
    確かにあの時からアメリカとドイツは浮かれ始めました。両国のその共通の意識の代表例は、旧ソビエト崩壊でしょう。
    アメリカはそれから間もなくバブル経済が訪れ、ドイツも国内では東西の合流の問題が山積していましたが、ユーロで唯一の工場を自負し、ユーロのけん引役を担いました。

    そうしたユーロの盛り上がりとは真逆に、日本は政治も経済も混乱しました。世界的には共産主義が破綻したというのに、日本では逆に左翼が活躍するのです。自民党独裁政治が破綻しているんだというプロパガンダを、左翼は叫んだのです。その挙句の果てが細川政権であり、それに代わる自民党政権へのワンクッションとして、村山内閣が誕生しました。
    今考えてみると、よくぞこんな政治を真剣に編み出したもんだとしか言いようがありません。実は1991年は私が結婚した年です。
    当時の日本を思い出すと、「これしか歩むべき道はなかったのか?」と思っちゃいます。
    私は結婚と同時に東京の会社を退社し、田舎の稼業を手伝うことになりましたが、今考えてみると、政治も経済も世界も・・・そして自分自身も大きな転換期だったわけですね。

    しかしまだこの時点では、私は西尾先生を知りえていません。先生の名前を知るのはそれから8年後くらいですかね。ですから、世の中の情報源は新聞とテレビのみ。なにしろウインドウズ95が出る前ですから。

    日本が政治で混迷した理由にはいろいろ理由がありますが、当時はまだ組織票が柱で、浮動票なんて無視されていた傾向があります。逆に左翼にとっては浮動票を取り込むことが至上命令だったとおもいます。
    しかし、いずれにしても、この頃から政治家の資質が変わったなと感じます。
    ユーロの話に戻りますが、結成当時から懸念材料は盛り沢山でしたが、単純な感想として、もしもドイツが解体するようなことになったら、この地域の国々はどうなってしまうのだろうという疑問がありました。
    まさかワーゲンのような問題が起きるとは思ってもいなかったので、そんな杞憂も現実味をおびてきました。
    こうなると戦争によるガラガラポンしか解決策がないのではないかと思うくらいです。

  2. 菅沼光弘先生は米国が経済戦争を始めると宣言したとき したたかなドイツはいち早くEUを作って逃げたために通貨攻撃をすることが難しくなった、一方日本はつぶされた といった解釈をされていますが 如何でしょうか 

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