「移民国家宣言」に呆然とする 

平成30年12月13日産經新聞正論欄より

 人口減少という国民的不安を口実にして、世界各国の移民導入のおぞましい失敗例を見て見ぬふりをし、12月8日未明にあっという間に国会で可決成立された出入国管理法の改正(事実上の移民国家宣言)を私は横目に見て、あまりに急だったな、とため息をもらした。言論人としては手の打ちようがない素早さだった。

≪≪≪新たな民族対立に耐えられるか≫≫≫

 私が外国人単純労働力の導入に慎重論を唱え出したのは1987年からだった。拙著『労働鎖国のすすめ』(89年)は版元を替えて4度改版された。初版本の当時は発展途上国の雇用を助けるのは先進国の責務だ、というような甘い暢気(のんき)な感傷語を堂々たる一流の知識人が口にしていた。この流れに反対して、ある県庁の役人が地方議会で私の本を盾にして闘った、と私に言ったことがある。

 「先生のこの本をこうして持ってね、表紙を見せながら、牛馬ではなく人間を入れるんですよ。入ったが最後、その人の一生の面倒を日本国家がみるんですよ。外国人を今雇った企業が利益を得ても、健康保険、年金、住宅費、子供の教育費、ときに増加する犯罪への対応はみんな自治体に降りかかってくる。私は絶対反対だ」

 この人の証言は、単純労働力の開放をしないとしたわが国の基本政策の堅持に、私の本がそれなりに役割を果たしていたことを物語っていて、私に勇気を与えた。私は発言以来、不当な誹謗(ひぼう)や中傷にさらされていたからである。
 外国人は自分の欲望に忠実で、先進国に入ってくるや否や徹底的にそれを利用し、そこで出世し、成功を収めようとする。何代かけてもである。当然、日本人社会とぶつかるが、そのために徒党を組むので、外国人同士-例えば中国人とベトナム人との間-の争いが、日本社会に別の新たな民族問題を引き起こす。その争いに日本の警察は恐らく無力である。
 日本国民は被害者でありながら、国際的には一貫して加害者に位置づけられ、自由に自己弁明できない。一般に移民問題はタブーに覆われ、ものが言えなくなるのが一番厄介な点で、すでにして日本のマスメディアの独特な「沈黙」は始まっている。
 

≪≪≪大ざっぱな文化楽天論が支配≫≫≫

 今回の改正法は国会提出に際し、上限の人数を決めていないとか、すべて官僚による丸投げ風の準備不足が目立ったが、2008年に自民党が移民1千万人受け入れ案というものすごく楽天的なプログラムを提出して、世間をあっと驚かせたことがある(「人材開国!日本型移民政策の提言」同年6月12日付)。中心は中川秀直氏で、主なメンバーは杉浦正健、中村博彦、森喜朗、町村信孝などの諸氏であった。外国人を労働力として何が何でも迎え入れたいという目的がまずあった。

 これが昔から変わらない根本動機だが、ものの言い方が変わってきた。昔のように先進国の責務というようなヒューマニズム論ではなく、人口減少の不安を前面に打ち出し、全ての異質の宗教を包容できる日本の伝統文化の強さ、懐の広さを強調するようになった。

 日本は「和」を尊ぶ国柄で、宗教的寛容を古代から受け継いでいるから多民族との「共生社会」を形成することは容易である、というようなことを言い出した。今回の改正案に党内が賛同している背景とは、こうした大ざっぱな文化楽天論が共有されているせいではないかと私は考える。

≪≪≪歴史の興亡を忘れてはならない≫≫≫

 しかし歴史の現実からは、こういうことは言えない。日本文化は確かに寛容だが、何でも受け入れるふりをして、結果的に入れないものはまったく入れないという外光遮断型でもある。対決型の異文明に出合うと凹型に反応し、一見受け入れたかにみえるが、相手を括弧にくくって、国内に囲い込んで置き去りにしていくだけである。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、それに韓国儒教などの原理主義は日本に絶対に入らない。中国の儒教も実は入っていない。

 「多民族共生社会」や「多文化社会」は世界でも実現したためしのない空論で、元からあった各国の民族文化を壊し、新たな階層分化を引き起こす。日本は少数外国人の固有文化を尊重せよ、と早くも言われ出しているが、彼らが日本文化を拒否していることにはどう手を打ったらよいというのか。

 イスラム教徒のモスクは既に数多く建てられ、中国人街区が出現し、朝鮮学校では天皇陛下侮辱の教育が行われている。われわれはそれに今耐えている。寛容は限界に達している。34万人の受け入れ案はあっという間に340万人になるのが欧州各国の先例である。
 四季めぐる美しい日本列島に「住民」がいなくなることはない。むしろ人口は増加の一途をたどるだろう。けれども日本人が減ってくる。日本語と日本文化が消えていく。寛容と和の民族性は内ぶところに硬い異物が入れられると弱いのである。世界には繁栄した民族が政策の間違いで消滅した例は無数にある。それが歴史の興亡である。(にしお かんじ)

「「移民国家宣言」に呆然とする 」への11件のフィードバック

  1. 出入国管理法改正は「移民国家宣言」か?

    石松様は「最悪の法案が通った」とされ、池田様は「日本はその時々の人口にあつた形・規模で成り立つことを原則としてきた。(略)日本人の代りに異民族を雇つたり、奴隸を連れてきたことはなかつたはずだ。」といわれ、西尾先生の説に同調しています。もちろん私も欧州諸国の失敗事例をみて、同調します。通勤をしていた数年前、目の前に座ったフィリッピン人らしい若者が車内で傍若無人に飲食を始めたので注意したところ、逆に「日本人もやってる。差別するな」とタドタドしい日本語で絡まれた経験もあり、将来の日本の治安悪化を懸念するひとりです。

    しかしこの法律を検証してみると、あながち西尾先生の批判する、「移民国家宣言」や「単純労働力の解放」ではないことに気付きます。僭越かも知れませんが、敢えて異論を申し上げますので皆様のご教示を乞いたいと思います。言論は必要ですが、現下の日本は最早おしゃべりの段階ではなく、行動を起こすべきで、行動するには、全ては無理として、出来るだけ多くの国民を納得させなければならないからです。

    1. 現在すでに就学ビザの中国人留学生らがコンビニに、ベトナム人ら技能実習生らしき若者が建設現場で多くみかけます。2017年には外国人が18万人も増え、日本人が40万人減っています。法改正前に、現在の人手不足解消のために来ている100万人以上の夥しい外国人労働者を本国に帰国させるべきでしょうか?それともこの程度なら可とするのでしょうか?もし追い返すとしたら、その穴埋めをどうするのでしょうか?

    2. 抽象的レベルで、「多民族共生社会は空論」「日本の伝統文化の強さや懐の広さの強調は欺瞞」と論じて、移民導入派の理論的基礎を論破しておくことは確かに重要ですが、具体的に、人手不足倒産のリスクに晒されている中小企業経営者を説得できる説明にはなりません。経済界の短期的要請を政治は文化や歴史を踏まえ長期的視野から牽制すべきと思いますが、例えば政府試算の労働力不足が正しいかは別として、5年後には介護が30万人、外食が29万人、建設が21万人、農業が13万人など合計145万人が足りなくなります。この目の前の危機にどう対処するのかを提示できなければ抽象レベルで反対しても説得力がありません。

    3. 池田様は、「日本人が集まるところまで、賃銀を上げる」提案をされ、「一企業の經營者が、形態變更策を打ち出せず、すぐに潰れることを恐れて、外國人に目を向けることは責められないが、國家要路の人々には、それを超えた視點が必要ではないか」「社會構造、國家の構成・規模も變へなくてはならなくなりさうだ。相當な難題が待つてゐることは間違ひない。しかし先人たちは、それをその都度解決してきたのだ。少くとも國家レヴェルでは」と仰いますが、国家レベルで現時点でどう解決すべきかを提議しない限り、抽象レベルの正論も具体レベルの解決策が伴わない限り、一般の人々への説得力がありません。

    4. 移民であれ、労働者であれ、外国人を導入しなくても、日本社会が少子高齢化する日本人だけで維持できる根拠も示すべきです。ロボットやAIなどの技術革新で補えなければ背に腹は代えられず、ある程度の妥協は必要となり、5年が在留資格期限の1号の一定技能者、家族帯同を認める長期の在留資格である2号の熟練技能者の各分野別の「上限の人数を出来るだけ低く設定する」ことで、現状の留学生に労働力を依存するようないびつな外国人労働力確保を健全な形に改善し、資格を満たさなくなった者は直ちに送還する。これを厳格に適用すれば移民国家は回避できるのではないでしょうか。尤も運用が反対の方向に働く惧れも十分あり、寧ろこの方向への運用を見越して今回の立法を「移民国家」への突破口と見做しておられると推測します。

    5. 直感的に西尾先生の「労働鎖国」は正論と思います。しかし、ある県庁の役人がこの本を片手に戦って勝利した例は稀で、多くは目の前の要請に引きずられています。この日録を読む方々や産経の正論を読む人々は先生の議論に共鳴します。しかし多くの国民は読まないか、読んでも理解しません。猿にもわかる言葉で、丁寧に云わなければ納得しません。多くの国民の動向を政府はみています。この日録が唯一リンクするテルケルの坦ケ女史は保守の仲間内の「居酒屋の宴会」と称しました。安倍PTAが対象でしたが、いま我々も宴会で騒いでいるような気がします。

    6. 例えば、「世界には繁栄した民族が政策の間違いで消滅した例が無数にある」うちの一つでも具体的に挙げられないでしょうか。

    恐らく勉強不足の私が知らないだけでしょう。大御所の西尾先生には恐れ多いとしても、せめてこのブログに寄せる方々が補足して具体的に分かり易く方策を公表することで西尾先生の説が世間で実効性と有効性を持ち、世論を変える力をもつようになると思います。前にも書きましたが、先生の名論卓説が広い世間の一部にしか伝わらず、社会的影響力が限定的なのは惜しむべきことで、ご自身が想定する読者層を下げるか、周囲のお弟子さんたちが敷衍する論説を展開するか、又は先生のご意見に近い論客と共同で政府に正式に声明を出すなどの工夫が必要と思います。

    方策としては、①あらゆる事業分野での就業労働者の労働生産性を様々な手段で高めること、②競争力を殺ぐ社会慣習を止める、たとえば書類の簡素化、過度の丁寧語の廃止、過度の弱者保護の修正、③元気な高齢者、定年退職のシニア層(笹川説では320万人)、女性、引き籠りや障害者などの潜在労働力(笹川説では1600万人)の活用、④労働力人口6800万人のうち失業している163万人を就業させる、などが考えられます。

    7. なお、公共の場所で飲食や化粧する日本人、日本の固有の文化、慣習、風儀、言語、マナーを知らない日本の青少年を躾けることが先決と思います。移民を排除しても日本人自身が移民になってしまえば元も子もありません。

    8. 最後に、ブログ「楽秋庵で思うこと」で、楽秋庵様は、「人手不足解消と経済成長は大量移民なしで十分可能であり、むしろ大量移民は成長阻害要因である」とされ、注目すべき提案をしています。

    「生まれた国が違っただけで、何で命の危険や飢えに苦しまなければならないのか?何で彼らを受け入れ助けることができないのか?人はどこに住むのも自由ではないか?彼らを拒否するのはエゴイズムではないか?」という素朴な疑問や主張に応える必要があるとされ、「移民難民を助ける妙案は無いか?」と問題提起し、対案を提示しています。日本の国体や国柄が変わるかもしれない重要法案の審議で、このような建設的議論が与野党を問わず国会から聞こえて来ないのは政治の貧困以外何物でもありません。以上

  2. 勇馬 樣

    「抽象レベルの正論も具体レベルの解決策が伴わない限り、一般の人々への説得力がありません」ですか。

    さうでせうね。いやはや、恐れ入りました。
    當方に「具体レベルの解決策」は勿論ありません。今後も同樣でせうが、萬
    一それを思ひついたら、以前、本欄で提案子さんから御紹介のあつた、安倍政權に代る保守政治のための新政黨設立の準備を進めてをられるお二人に申上げます。その上で、具體的解決策の專門家たる勇馬樣の御指導に與ることが私の夢です。

    新黨の具體的政策は決まつたのでせうか。いつ發足するのでせうか。勇馬樣が新黨の總裁にでもおなりになれば、泉下のテレケル女史がお喜びになることでせうね(彼女は、勇馬樣の目標は政黨の領袖になることではないかと觀察してをられました)。

    以上について、もし御存じでしたら、お知らせいただけませんか。當方が役
    立たずでも、周邊に策のある者を見つけたら推薦致します。

    あの「提案」の内容・書き方などから、”解決策”ファーストの提案子さんと
    は、てつきり勇馬樣であらうと勝手に推測し(そして、もう一人のお仲間は今囘の貴コメントにお名前が出たお方でせう)、お訊ねした次第です。間違つてゐたらお詫びします。

    御健鬪を祈り上げます。

  3. 池田様
    コメントをありがとうございます。
    ただコメントは、拙論の僭越な西尾先生批判、「①総量規制をすれば改正法は移民導入にはならず、現状を改善するのではないか、②喫緊の労働力確保への対案を同時に提言すべきではないか」へ御願いしたかったのですが、一足飛びに、保守新党構想に行ってしまいましたね。
    確かに安倍政治を止める新党を立ち上げる時期にきており、水島氏なども口走っているとたった今情報が入りました。私は「具體的解決策の專門家」ではなくズブの素人ですし、むしろ専門家を探す立場です。提案子でもありません。テレケル女史でしたか、どなたでしたか、「あの男は政黨の領袖を目指しているようだがその器に非ず」と喝破されました。その通りであり、そのときは参謀か事務局を務めるつもりです。

  4. 勇馬 樣

    失禮しました。

    「①総量規制をすれば改正法は移民導入にはならず、現状を改善するのではないか、②喫緊の労働力確保への対案を同時に提言すべきではないかへーーですね。

    これが西尾先生への批判になつてゐるのかどうか、全く分りません。先生とは關係なく、私の考へを申します。

    ①については、改善になるかもしれないが、ならないかもしれないといふくらゐのことしか申せません。

    あの法案についてのテレビ討論などで、一番ポピュラーな贊成論は、「政府が、いいも悪いも既に入ってしまった外国人に対して、これまでのようにルーズに放置するのではなく、厳しく綿密に管理するとともに、今後入国する外国人に対してもコントロー ル可能にするというプラスの面もあることを忘れてはならない」といふものでした。
    如何にももつともらしい。これについて私は、ある坦々塾會員のブログに次のやうに記しました(コピペです)。

    「『いいも悪いも』は、憲法論議でもよく聞かされました。『(9条)2項がいいも悪いも』、『既に』定着して『しまった』平和主義を今ら・・・、だから3項を新たに・・・といふ論法ですね。間違ひの根本を匡すことが不可能なら、それでいくしかないのかもしれません。 ただ私などは、不勉強のせゐか、本当に不可能なのかといふ疑問を拭へません」

    既に法律になつてしまひましたね。このことへの對策(具體案はありません)と同時に、 最初に申した「社會構造、國家の構成・規模」を考へなければならないでせう(30年 以上前から必要だつたものを、放つたらかしにし續けたのです)。
    その成案が得られた時に、今度の法律は捨てるか變へるべきでせう。あらゆる過ちを前提として、その土臺の上でしか、ことは進まないのか、それとも、過ちは直せるのか。それはどの程度?全部、7割、5割、2割、1割・・・。それを考へることなく、繼 ぎ足し、繼ぎ足しの彌縫策オンリーでした。

    ②①で申したことは當然こちらにも繋がります。過ちの根本を匡さずにきたから、今「喫緊」といふことになつてしまつたのですが、企業經營者の苦しい立場はよく分りま す。どんな思想を持たうと、ほかが外國人勞働者を入れて當座を凌いでゐるのに、自分のところだけ、それを拒否して即刻パンクといふ道を選ぶわけにはゆかないでせう。家族だけでやつてゐるのなら、一家が路頭に迷ふ覺悟を決めればいいが、從業員とその家族の生活にも責任がある場合・・・

    これは私個人にも切實な問題です。長女の旦那が平塚市で、特養ホームを經營してゐます。山奧の二棟でしたが、それだけでは職員に給料が拂へないとして、二年ばかり前に、驛の近くに新たな一棟を建てました。その爲の土地や資金の手當てをこのやうにやつたと、私に誇らしげに語るのを聞いて、今が彼の職業人生のピークであらうと感じ、その成功を祈らざるを得ませんでした。因みに、彼は戰國時代から續く舊 家の16代目當主で、今も土壘・空濠に圍まれた家に住み、ホーム經營の3代目です。

    彼は、私も驚くほどの右翼ですが、勞働力の問題では、かなり前から、不安を訴へてゐました。そして、國の方針を早く決めて欲しいと言ひました。外國人は一人も雇ふな、 すべて日本人でやれといふことなら、それに從ふ。かなりの同業が潰れるだらう、自分 のところもどうなるか・・・、でも、ベストを盡すと健氣なことを言ひました。私が「しかし、あなただけ頑張るといふわけにはゆかないだらう」と言ふと、苦笑してゐました。

    彼は、この一年ばかり姿を見せません。以前はあれほど頻繁に來たのに、よほど忙しいのだらうと思ひました。そして、今度の法律のことなどを思ふと、夜眠れなくなることもありました。可愛い孫たちにかかはることなのですから・・・。

    西尾先生の今度の論文が發表される前後に、彼が二度ヴィエトナムに行つたと、まづ孫から、次いで、娘から聞きました。たうとう豫期してゐたことになつたのです。一度目は(採用を前提とした)研修、二度目は面接でした。私は娘にメールで、「苦衷は十分 察してゐる」とだけ書きました。ぼんぼん育ちの、およそ惡意といふものを知らないか のやうな婿を責める氣には なれませんでした。

    私事・私情を竝べてゐるうちに、自分でも何を言つてゐるのかわからなくなりました。考 へてみても(當然具體案は出て來ず)、①と②のつなぎに申した、人口減への彌縫策も必要だが、國の基本構造をどうするかといふ方針を早く決めるべきだくらゐのことしか言へません。申し譯 ありません。

    「確かに安倍政治を止める新党を立ち上げる時期にきており」とは頼もしい仰せ。でも、 數さへ揃へればといふものではありませんね。「水島氏なども口走っている」には、お氣持が表はれてゐると感じました。

    テレケル女史から、「その器に非ず」との評價は聞いてゐません。

    折角御健鬪を。

  5. すみません、論争を承知の上で書きこみます。
    私が「労働鎖国」の本を図書館で発見し読んだのが10年くらい前です。
    その時点で先生は20年前から今の日本がそうなるかもしれないという警鐘をならしていたことになります。
    労働環境も勿論大切な問題ですが、先生にしてみれば憲法改正問題の方がはるかに重要で、その主要問題の枝葉としてこの問題があるということなんでしょうか、先生は労働問題は枝葉の枝葉でもうどう言っても聞いてくれないのが現状だという思いではないでしょうか。

    それでもやっぱり重要な問題なので言葉を発しなければならないという感じなのではないでしょうか。そういったことを憂慮した立場で、池田様が御発言されているのではないかと私は思います。
    ここまできたらもうどうしようもないが、しかし法案を破棄することもできないというあきらめは絶対拒否したい・・・それが状況を把握している人間の最後までの抵抗だと思うんです。

    あまりにも国民は実力の伴わない政党を安直に支持し続けてしまった。

    これがここ10年間の日本人の隠れた反省点ですよ。西尾先生だけですよ、「安倍氏は皆が思っているほど優秀な政治家ではない」と言い続けてきたのは。
    それは「作る会」の過去の経験がその判断を誤らせない根拠でしょう。

    どんなに清いことを言い続けても、一度犯したことは二度犯す理論が勝ってしまう良い例でしょう。私はそのような例を近場で何度も経験しました。自分が会社の責任者になった時、それを痛感しました。そんな時私は「国民の歴史」に出会って、西尾先生を知りました。私が38歳の頃です。

    当時の自分はまだ周りの思惑を解析できない程度の人間でした。どちらかというとイケイケのタイプでした。でも社長職を数年経験して会社を維持していくことの本当の苦労が徐々に自分に迫って来るんですよ。
    その最もなものは、当たり前のことですが本当の「責任感」なんです。

    人間というのはどこか「腰掛て」いるところがあるから気楽なんじゃないでしょうか。
    それが経営者とサラリーマンの「差」ですよね。
    今更こんなことを言いだして聞いてくれる方がどれだけいるかどうか不安なんですが、経営者は孤独です。誰も守ってくれませんから。自分しかいないんです。というか自分しか自分を庇う人間がいない事に気づくんです。
    私は「国民の歴史」を読んで日本人とはどうあるべきかを知ったんです。
    この大きな方向性を知って、勇気が湧いてきたんです。

    ほぼ40歳からの人生のやり直しがそこから始まりました。
    今私は58歳なので、その意味で実質18歳です。

    嬉しいことにそう考えると若返るんです。どうでしょう、この考え方?

  6. 勇馬さま
    介護の問題はいずれ(近未来まちがいなし)、自分にもかかわることなのでありながらその人手不足をどうするのか、残念ながら 答えを持ちあわせません。長女が富山の接骨院(介護福祉施設も経営)に柔道整復師として採用されたのですが、本来のリハビリは3割ほどで、介護の仕事がほとんど、その厳しい現状を聞いてもおりました。介護する側、老人、その家族、そして 池田さんの投稿にて真面目な経営者も相当なストレスと あらためて考えさせられました。
    産経13日の西尾先生の『「移民国家宣言」に呆然とする』
    の結論ですが 「渡部昇一v西尾幹二『対話 日本および日本人の課題』書評」への7件のフィードバックでコメントしたとおり『四季美しい日本列島から日本人は減ってゆき、日本が日本ではなくなります』(西尾先生)あ〜そうなってしまうなぁと。
    私に3歳と、5か月の孫娘がおりまして可愛い盛りです。この子らが、シナ語?を話す男のもとにいくのではないかと考えてしまう、ほんとうにそうなるのではないかと冗談抜きに考えてしまいます。
     以下勇馬さまコメントの感想です。

    6.例えば、「世界には繁栄した民族が政策の間違いで消滅した例が無数にある」うちの一つでも具体的に挙げられないでしょうか。
    恐らく勉強不足の私が知らないだけでしょう。大御所の西尾先生には恐れ多いとしても、せめてこのブログに寄せる方々が補足して具体的に分かり易く方策を公表することで西尾先生の説が世間で実効性と有効性を持ち、世論を変える力をもつようになると思います。

    勉強不足の私が知らないだけでしょう、そう仰っていますが、勇馬さまは
    6.7.8 しっかり提言されておれるので、それでよろしいのではないかと思います。

    私は西尾先生を大変尊敬しておりまして(先生と交友を頂いてから20年になりますが)
    西尾先生との出会いがなかったら、どんな人生をたどってきたか?などと真剣に考えたこが何度もありますが、「弟子」などとの発想は一度もありませんでした。 先生の主張にそれぞれの思いをこの掲示板に貼り付け、そして皆様のお考えをここで拝見できることを楽しみにしています。 

    なお、チャンネル桜 『入管法(移民法)がもたらすもの』 参考になります。
    https://www.youtube.com/watch?v=iRCPY2xapHA

    篠原孝 最初の主張で 30年前の移民問題 西尾先生の主張から
    三橋貴明 西尾先生が主張されていた移民と人手不足 問題39分頃 (これ笑えます)

  7. あきんど様

    その考え方は素晴らしいと思います。「実質18歳と考え、若返る」ことが出来れば安いものです。私も「国民の歴史」は「大東亜戦争への道(中村燦)」と並んで大きな影響を受けましたが、2000年から10年余、外地で仕事をし、それ以前も現役の仕事に時間を取られ、迂闊にも祖国日本がドンドン劣化してしまったのに気づきませんでした。普通の平凡なサラリーマンは退職して始めて政治の知識を深め、本格的に関心と関わりを持つようになると思います。壮年の現役経営者でいらっしゃるあきんど様が40歳で目覚めたというのは非凡な才能と思います。西尾先生がどこかで「日本のサラリーマンはもっと政治を議論して政治に関われ」と叱咤するのを聞いた覚えがあります。平凡な我々は65歳定年で目覚め、69歳は4歳、70歳は5歳と考え、若返る気持ちで政治に参画するようになれば停滞する日本も変われるのではないでしょうか。現役の諸君は業界のこと以外は無知が当たり前。意識の高い退職者こそが政治に関わるべきと最近考えるようになりました。

    退職したサラリーマンはたっぷりの時間ができるわけですから、濡れ落ち葉とならず、1票の無力感から諦観しないで、政治と社会を改めて学びながら議論し、行動すべきと思います。安倍さんが駄目ならはっきり駄目と、内輪だけで嘆かず、請願なり陳情なり署名なりブログなりで意思表示すべきと思います。

    石松様

    ご紹介のビデオの始めを視聴しましたが、西尾先生の労働鎖国のご意見が、一部の有識者や政治家へは影響力を持ちながら、今日の移民国家事態になってしまったのは、残念乍らそのご意見が広く選挙民に浸透しなかったためで、この事が強く惜しまれます。繰り返しで恐縮ですが、移民問題に限らず、全ての分野で先生お独りではなく、明治の七博士意見書のように、同志の論客との共同意見にすればインパクトが強まっていたでしょうし、移民賛成派と誌上でもテレビでも何でも公開討論を繰り返していれば影響力が拡大し世論が変わり、今日の為体を招くことはなかったと思います。チャンネル桜などは、同意見の者を集めるのではなく、反対派同士を対決させ、うまく議論を収斂される世論を形成する工夫をすべきです。それには田原総一朗や水島総ではなく、公平な視点で異論を捌ける人材が必要ですが。

    石松様は「ご自身の要介護の問題は近未来まちがいなし」とされますが本気でしょうか。私は介護保険料の請求が初めてきたときに「自分は介護を希望しないから払わない」と電話して職員に笑われたのを覚えています。強制徴収でした。知人の母上は排泄が自分で出来なくなることを知って病院の屋上から飛び降りました。決して自決を勧めるわけでも、自らするつもりもありませんが、一人一人の自由意志は尊重されるべきで、自分自身将来介護を受けることは考えられません。健康保険も養生や摂生、健康管理を日ごろから地道に行って医師にかからない者は保険料を減額する、つまり国民の自主性を尊重すべきと思いますが如何でしょうか。とは言いつつ最近とみに体力の衰えを感じるこの頃です。

  8. 池田様

    貴重なコメントを拝読して「見て感じて考える」を思い出しました。
    通りかかった築地の朝日新聞社を「ぶっ壊してしまいたい」と云ったお婿さんが今介護でご苦労され、人材確保でベトナムにまで出張されたと伺うとこの問題の深刻さが身に染みて分かります。

    あの御著書は文鳥の口を借りて日本人の倫理観喪失を嘆くもので、頷き乍ら読みましたが、移民もふくめ我が国の基本構造を正面から議論する日本人が西尾先生以外に少ないのも、この倫理観念が武士道とともに衰弱しているからではないかと思っています。

  9. 勇馬 様

    よく覚えてゐて下さり恐縮しました。あの頃すでに、婿は「朝日より産経の方がタチが悪いのではないでせうか」と言つてゐましたが、それは書きませんでした。

    「自分は介護を希望しないから払わない」とは御立派! 介護保険が始まつた時、私は勤務先で、3千円か4千円を自動的に徴収され、釈然としませんでしたが、抗議はしませんでした。のちに、母がお世話になる(週に2回、ヘルパーさんが掃除に来てくれました。当時9間あるボロ家に住んでゐて、家内が「助かる」と言ひました)に及んで納得しましたーーといふより、損はしてゐないと思ひました。

    「健康管理を日ごろから地道に行って医師にかからない者は保険料を減額する」は正論ですが、その分、私のやうに月に3度も各種病院に通つてゐる者に負担が求められるのでせう。ありがたくないですねーーといふより、平素病院の窓口で支払ふ際、安さに感謝すると同時に、恩恵を受け過ぎではないかと、少々やましい気もします。「老人を優遇し過ぎ」との批判には反論のしやうがありません。それでゐて、そのやうな恩恵を与へてくれる自民党政治を罵るのですから、勝手なものですね。

    嘗て郵政省で、主として簡易保険畑を歩いて大出世した男がのちに、「俺は健康保険には保険料を払ひつづけて来たが、一度もお世話になつたことはない」といばるのに対して、「当り前だ。さういふ者がおほぜいゐることが制度の前提だ。負担は広く遍く、給付は、一部のみに手厚くといふのが保険の根本思想だ。掛け捨てが原則だ」と応じたことがあります。

    「退職したサラリーマンはたっぷりの時間ができるわけですから、濡れ落ち葉とならず、1票の無力感から諦観しないで、政治と社会を改めて学びながら議論し、行動すべきと思います」も、立派な心がけで尊敬します。ただし、といふより、だからこそ、私の心境には遠いですね。まあ私は国士にはなれさうもありません。

    折角御健闘を。

  10. 〈特集〉共産主義の呪い
    対談 中国人は自由か(西尾幹二×石平)
                (『正論』2月号)

    標記を讀んだ。

    出だしからして、わくわくさせられる。

    西尾 ・・・日本の中国専門家に尋ねても、あの時代の生活の実態を知らないので、本当のことはよく分らないですからね。私が聞きたい自由の問題は、きわめて具体的なことで、たとえばコピーの機器の使用は一般民衆に許されていましたか。あなたが実際に深く苦悶して中国社会を離脱してきた経験から答えて下さい。

    なるほど、天安門事件の頃、あるいは習近平統治下で、人民はコピー機を自由に使へるのかーー興味あるところだ。
    これに對して

    石平 西尾先生の新著『あなたは自由か』と『壁の向うの狂気』を拝読しました。東ドイツやチェコの人々が長い圧政から解放されて西側の自由・不自由に触れてどういう反応を起こしたか、を拝読し、それに啓発されて、私が体験したことは何だったのか、中国人にとっての建国以来約70年の自由・不自由とはどういうことかを、自分なりに整理してまいりました。

    と應じたのは當然の挨拶だらう。しかし、その續きはなかなか具體的な話にはならない。

    石平  ・・・国有経済システムがつくり上げられ、国民は人民公社や国営企業などの「単位」に所属することになりました、その単位から給料をもらい、住む家ももらう。そしてよほどのことがなければ戸籍を移すこともできない・・・。
    西尾  あの、そういう話はだいたい日本人も知っています。

    先生は思ふやうに話が流れないので、少々苛立つてこられたやうだ。しかし、敵もさるもの・・・。

    石平  いや、この話をしておかないとあとにつながりませんので。
    ・・・49年の中華人民共和国成立まで、中国はずっと内戦状態でしたから。そして知識人は、共産主義の理念に共鳴して、体制の一部になろうとしていました。当時は「喜んで共産主義国家の一つのネジになりましょう」というスローガンが流行っていました。
    西尾  それもだいたい皆、知られている話ですが・・・。
    石平  いや先生、ちょっと聞いてください。
    ・・・そうして国有経済はガタガタになりました。毛沢東の死で、文革は終わる。そして鄧小平が登場しますが、理念を掲げても誰も反応しません。そこで鄧小平は人々に、欲望を求める自由、金儲けの自由を与えたのです。
    西尾  そろそろ私にもしゃべらせて・・・。
    石平  ちょっと待って、今からが一番肝腎なところ。・・・
    西尾  うーん。今、石平さんがお話しになった毛沢東時代からの歴史は、必ずしもご自身の経験ではなく、西側自由社会の思想家が中国の歴史を振り返り解釈し直した内容を相当に含んでいますね。私が聞きたいのは、そうではなく、あなたが共産主義社会の中で呼吸して、中国を離れるまで体制の中で具体的に苦しんでいたこと、その昔に戻った話なのです。

    といつた調子で、やつと兩者が同じことをしやべり始めても、それぞれがずれてゐたり、噛み合はないと思つてゐると、噛み合つてゐたり、そこいらの呼吸が滅法面白い。

    人民の愛國心(先月の坦々塾でも先生はこのことを論じられた)とはーー。

    石平  ・・・愛国心がありません。中国人にとって、天下国家は誰かの一族のものですから、どうでもいいのです。
    西尾  だけれども中国人は、信じられないほど集団意識が強いですよね。
    石平  集団意識と言っても、最後は自分の一族なのです。一族から離れると、中国人は見事に個人主義になります。自分たちがしばられるのは家族、ファミリーであって、中国人は天下国家に所属しているという意識が非常に薄いのです。
    西尾  具体的に「一族」というものがあるのですね。
    石平  例えば私の田舎では、三つの村がほとんど「石」姓です。その数百世帯が皆、先祖は同じだという家族意識があります。昔はこの家族が国家に代わって社会福祉を行い、教育も行い、家族の中で裁判まで行っていました。つまり家族が完結した社会だったのです。逆にいえば、その一族以外は関係のない空間で、中国人にとっては国家とファミリーとの間の中間的な組織というのがないのです。
    西尾  それはちょっとアメリカと似ているような気がします。アメリカも国家と、あとは砂をかむような個人主義で、その中間がない。ヨーロッパと日本は封建時代を経験しており、その中間があります。そして「座」とか「ギルド」といった商業的な活動もありました。・・・中国にはそういうものがない、と聞きます。共同的なことは、みんな家族の中でやっているわけですか。
    石平 そうです。・・・家族共有の土地もあります。その共有の田んぼ・畑から得た「族産」が家族の社会福祉に使われていた、そのシステムを共産主
    義が破壊してしまったのです。家族にとって、国家は意味がないものであり、税金をとりたてるけれども何もしてくれない存在でした。だから家族に対しては忠誠をつくさなければならなかったし、家族の中で誰かが官僚になったら家族を繁栄させなければならない、だから、賄賂もとらなければならない、という具合でした。
    西尾  中国には愛国心はないけれども、代わりに集団意識はあり、それ
    は家族の伝統につながっているというお話です。しかし、例えばスパイ活動
    だとか、アメリカや日本から技術を盗むとかいうときの連携プレーで、海外
    にいる中国人が暗黙の命令で一体となって働いているのは、愛国心なしで
    はできないのではないか。
    中国人は中国社会の利益を考えているからこそ、アメリカがかくも恐れる
    政治的扇動や組織的攪乱がアメリカ社会に起こっているのではないか。これは家族だけでは説明がつかないように思います。じつは「中国」の旗の下に集まっているのではないですか。
    石平  アメリカにも日本にも中国人社会がありますが、広東省の人、福建
    省の人、と出身地ごとに集まっているのです。一種の擬制の家族です。中国人の集まりには、決して天下国家は関係ありません。・・・

    彼等の集團意識なるものの根柢には、「愛國心」はあるのか、あり得ないの
    か、結局は分らない。けれども、彼等の姿、行動のしかたはかなり見えてき
    たやうな氣がする。
    その集團意識(愛國心?)發揚の場たる、外國の技術を取入れる(學ぶ?
    盜む?)際のしたたかさ、素早さーー西尾先生はこれまでも何度も觸れられ
    たがーーについて、ここでも・・・

    西尾  中国の発展をみていて意外で仕方ないのは、たとえ日本の新幹線
    の技術に学んだにせよ、あっという間にその技術を身につけて新幹線を外
    国に輸出し、日本と競うまでに力をつけたことです。たとえブリキ板1枚を作
    るのにも高い技術が必要とされます。中国には古来、高い技術があったと
    はいえ、近代科学と結びついたものではありませんでした。過去の停滞して
    いた時代に中国では、理数科の学校教育がきちんと行われていたんだろう
    か。中小企業による下支えはできていたのか。そういうものがあれば今、急
    に新幹線技術をコピーできたのも納得できます。他のアジアの国はまともに
    新幹線を造ったりはできません。中国だけができたのは、なぜなんでしょうか。
    石平  ・・・1920年代から30年代にかけて、中国には日本以上に欧米資本が入ってきているのです。当時は上海が東京以上にアジアの金融センターでした。・・・欧米資本が中国の産業基盤をつくり上げた。日本も満洲に入り、満鉄は日本より進んだ鉄道網をつくり上げ、産業も育てました。それらが49年、共産党が天下を取るとすべて国有化されたのです。50年代になると旧ソ連が、中国の産業化を全面的に支援し、数万人のソ連の専門家が派遣
    されてきました。そして中国共産党は人民公社をつくり、そこで農民の富を
    吸い上げて資本を蓄積し、重工業の発展につぎ込んだのです。
    こうして60年代までに中国では工業の基盤ができていました。80年代には
    そうした産業体系がそろっていたところに、改革開放で、外国資本が入っ
    てきて新たな技術も導入され、中国の高度産業化が実現したのです。
    西尾  そうした技術をきちんと保存し、運営していく統率力は凄いじゃないですか。中国の中にしっかりとした指導力があったのでは。
    石平  50年代、60年代の毛沢東による国有化の時代には計画経済で、
    人が誰も働かなかった。鄧小平の時代になると、金儲けができ働くほど豊
    かになれるので、中国人の抑圧されていたものが一気に爆発したのです。
    清王朝が倒れてから毛沢東時代まで、中国人は物質的にはずっと貧困に
    甘んじてきました。鄧小平は「我々は数百年間、貧乏だった。今、それを変
    える時だ」と全国の人民に訴えたのです。その一言で、中国人の金儲けの
    自由と欲望を満足させる自由が一気に解放されたのです。・・・

    石平さんの解説はまとまり過ぎてゐる感じもする(後づけーー西尾先生の
    いはゆる「歴史を振り返り解釈し直した内容」ーーは年齡からして已むを得
    ない)が、分りやすい。「中國だけができた」=「他のアジアの国」はできないといふ先生の大切な視點(それは發見といつてもいいと、以前、始めて接した際に思つた)についての一應の説明にはなつてゐさうだ。

    早い時期に歐米資本が作り上げた産業基盤や日本が滿洲に持ち込んだ
    技術は曲りなりにも、毛澤東時代にも引き繼がれてゐたーーあの大躍進
    時代の人民總出の狂踊や、文革時の凄まじい破壞ぶりを動畫などで見る
    と、何も殘らなかつたのではないかといふ氣がするが、それは表面のこと
    だらう。日本だつて、敗戰後の廢虚の寫眞を見れば何も彼も消え失せた
    やうに見えるが、實際はさうでない。

    そして、鄧小平の時代になつて一擧に・・・。これもさう簡單にいつたわけではなからう。
    鄧が改革開放・四つの近代化などを唱へ始めた翌年(昭和54年)その方
    の權威 柴田穗さんに聞いたが、「指導部に路線、政策では一致點がない。
    一方は、なるべく毛澤東路線を繼承しながら近代化をやらうとするし、他方
    は、毛澤東とか文革とかいふものこそが中國をダメにしてしまつたので、こ
    れを乘り越えなければならないーーとする二つの考へ方の對立」「鄧小平路線は變るんではないかといふ疑心暗鬼も殘つてゐる、文革及び四人組關係者を一網打盡にしないと安心しないだらう」と、愼重な見方をしてゐた。
    鄧がずゐぶん威勢いいやうに見えたが、不確定要素の多い内情を熟知す
    る柴田さんは、彼の將來について手放しでの樂觀はできなかつたのだらう。
    もう一人の評論家は「台灣のGNPが國民一人當り千二百ドル、大陸はど
    んなに高く見積つても二百ドルになつてゐない」と言つた。

    あの國が原爆を持つてゐるのは脅威でも、その經濟力など、我々は問題
    にしてゐなかつたと思ふ。前年に來日した鄧小平は新幹線に乘り、記者會
    見で「今囘日本を訪れたのも、日本に教へを請ふためだ。我々は全ての先
    進國に教へを請ふ」と愛想よく言つた。以來政・官・財擧げて援助に狂奔す
    ることになつたが、40年後の姿を誰が想像したことだらう。

    今、振り返れば、天安門事件などによる大頓挫はあつても、基本的には、
    金儲けの自由による高度産業化・經濟發展へ一直線だつたといつてよい
    のだらうか。それは「中國人の自由」とどう關はるのか。

    先生の「お話を聞いていて中国ではまだ『ベルリンの壁』は落ちていないと判断しました。鄧小平が与えた『好き勝手の自由』は国家としての『好き勝手の自由』に発展し、諸外国に迷惑をかけなければ成り立たない今の習近平の『自由』を必然的に引き起こしました。富の配分の平等と政治の自由が同時に実現して初めて中国人は『自由』の本当の喜びと真の恐ろしさを知ることになるでしょう」といふ結びの言葉は適切だが、先生には石平さんの説に納得されてゐない面、その先についてお考へのことなどが多いのではなからうかと感じた。
    かなりの稔りはあつたが、先生の労も相当のものだつたらう。

    (附記)本日午前中に、『西尾幹二全集』第17卷が屆きました。

  11. 先生が見てよいと思う政治家を育成するとか、政党を作るとか、
    そういう活動までしないと意味がないのかもしれません。
    正論を吐いても、言論だけでは世の中は整いません。

    日本の為を考えて行動する勇気ある政治家は現在ほぼ存在しません。

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