小泉首相に関する私の一年前の論文より

 Voice平成16年8月号に私は「小泉純一郎“坊ちゃんの冷血”――ある臨床心理士との対話」を書いた。この文は拙著に収めるとき、その章の題名を「他人の運命にも国家にも無関心なあぶない宰相」とした。いよいよそのあぶなさが露骨に表立ってきた。

 丁度一年前にかいた上記Voice論文が今日を予言しているので、あらためて読者に読んでいただきたく抄録する。「郵政さわぎ」がなぜ「国家に無関心なあぶなさ」になるのかは、少し時間をいたゞいて論述する。

 

小泉首相は最初に自身が打ち出した一つのアイデアに、いつまでもこだわる性向がある。現実が変っても修正しない。人の意見を聴いて変えることを知らない。勿論、意志の強い指導者を自己演出しているので、頼もしいと思わせる一定の効果はあった。一年ごとに代わるこれまでの弱々しい首相に欲求不満を抱いていた国民のストレス解消に最初は役立った。

 けれども、長くつづくとそれにしても妙だな、と思わせる。郵政事業の民営化――これが国民生活を良くするのにどういう効果があるのか説明されないうちに、首相の頭にこびりついた妄執のごとくに最高政策として掲げられたままである。勿論、郵貯の膨大な資金の流れが財政投融資となり、政府予算の裏予算として使われていることに問題があることはわれわれも知っているが、それならこれをオープンにし、民営化することのメリットとデメリットをご自身で国民にも分るように説明し、どこぞの委員会に丸投げするのではなく、自ら勉強し、民営化の具体的な手続きの方向を本気で、冷静に、数字をあげて理詰めで提言していく誠実さとひたむきさが求められる。小泉首相には今ほどそれが期待されているときはない。

 首相になってから道路関係四公団、住宅金融公庫、石油公団の廃止民営化、特殊法人の改革を唱えつづけてきたが、掛け声ばかりで目立つ成果が上っていないことは、今ではすでに首相の責任問題になり始めていると私は判断している。地方分権論も同じように道半ばにも至っていない。首相公選論や首都移転論はすでに完全にむなしくなったが、郵政をはじめ小泉内閣の主要な改革案件が次々と同じように軒なみむなしくなるにも時間の問題であろう。

 それは政策自体に間違いがあるからでは必ずしもなく、政策提案者の精神に現実とのずれがあり、政治家も官僚も白昼夢を見ているようで、積極的に動く気になれないからである。

 どんな人にも心理的偏向がある。性格の傾きがある。病理学的観察の対象から完全に免れる人はいない。

 小泉氏の場合には、観念への固着傾向が認められることはすでに述べた通りである。言葉に人情や人間味が乏しく、表現不足もたしかに目立つ。通例、固着傾向はさまざまな異様さをその人に与え、他者との良い人間関係の醸成を妨げるケースが多いのである。また、現実に触れて、体験を積んでいく過程で得られる「学習」の成果が少ないということもいわれている。

 総合的で、柔軟な思考態勢がとりにくい。自分に余りにとらわれているので、相手のことを想像できない。共感性が欠けている。情操レベルでの不全につながり易い。他者への同情、憐憫、共感に乏しく、どんな環境にも屈することのない孤立を続けることができる反面、後ろめたさや悔いの感情を持つことがあまりない。

 一般的傾向を言っているだけで、首相にそのまま当て嵌まると言っているわけではないが、彼が所属していた「清和会」の元番記者の次の証言などは、成程と思わせるものがある。

 「小泉が本当に信用している政治家はいない。昔から他人に腹を割らないから、人も寄りつかない。赤坂プリンスホテルにある福田派の事務所で政治家連中がみんなラーメンなど中華を食べているときでも、一人離れた場所でナポリタンを黙って食っているのが小泉だった。ある代議士は『小泉の側近は小泉自身だろう』と突き放して言うほどだ」(松田賢弥『無情の宰相 小泉純一郎』講談社刊)

 彼は北朝鮮に関心などまったくなかったようである。コメ支援を率先して唱えている加藤紘一を見て、「加藤さんもよくやるよ」と冷ややかに見ていたのが小泉氏だったと聞く。その彼が北朝鮮へ行ったのは最大の政治ショーになるからと勧めてくれる姉の信子の指示があったからだそうだが、二度目の訪朝では拉致被害者家族の顔も声も訴えの内容もよく知られていて、いかな小泉氏といえども、家族の期待がどこにあるかは分っていたはずである。私が今回非常に強く感じたのは小泉氏の冷酷さ、他人の運命への無関心である。

 横田滋・早紀江さん一家が孫のヘギョンちゃんの日本招待の計画があると聴いて、これを辞退する書簡を首相に届けた。孫に会いたい気持は勿論ある。しかし今それを認めたら、娘に会えなくなる。老夫婦の自分を殺すこの切ないまでの訴えは首相の許に届いていたはずである。

 首相は金正日に向かって「横田めぐみさんは生きている。95年にあなたの子供の家庭教師をしていることがわかっている」とただちに切り出す言葉の用意をしておくべきだった。横田早紀江さんは次のように言っている。

 「拉致被害者に関する多くの具体的なデータがあるんですから、総理には絶対にそれを出していただきたかった。『私たちは命懸けで戦っているんです。ぜひ総理の口から具体的に〈これは、こうおかしいじゃないか〉と怒ってきてください』とも細田さんたちにお伝えしました。『この外交で毅然とした態度で接していただくようでないと、小泉総理の人間性が問われると思いますよ』と、そこまで思い切ったことをいったんです。にもかかわらずそのようにしていただけなくて、とても悲しい気分になります」(『Voice』平成16年7月号)

 私はここから二つの理由を考えている。その後朝鮮総聯――破防法対象団体ともいうべき――への首相の友好的接近をみて、なんらかの形で彼は個人的に弱点を握られていて、総聯を通じて金正日から脅迫されているのではないかという推理が成り立つ。

 もう一つは、彼は自分の内面に余りにとらわれているので、相手のことを想像できない人格であること、共感性に欠けているというあの問題である。他者への同情、憐憫、共感が性格的に初めから乏しい。

 小泉氏に感じるのは悪党の冷酷さではなく、情感を持たない機械みたいな人間の無反応、分り易くいえば“坊ちゃんの冷血さ”である。

「小泉首相に関する私の一年前の論文より」への3件のフィードバック

  1. 西尾先生
    なんだか、少々感情的に小泉氏を批判されているようにお見受けします。
    僕は小泉氏のことを「人の意見を聴いて変えることを知らない」「意志の強い指導者を自己演出している」とは思いません。他人の意見に妥協し意思も弱い、と思います。現に改革案は反対勢力に妥協して、ことごとく骨抜きにされ、靖国神社にも参拝してない。
    (議員内閣制の欠点が出てると思います。やはり大統領制がいいです。)
    そうは云っても、とにかく誰かを総理大臣に選ばないといけません。
    岡田民主党が政権をとって、中国や北朝鮮、韓国に媚び売って自虐的歴史を認定、定着されるぐらいなら、まだ小泉氏の方がマシだと思うのですが。

  2. 西尾先生。 はじめまして。

    「9.11解散同時多発テロ」の標的は、議員内閣制ツインタワー(衆院と参院)
    http://blog.livedoor.jp/manasan1/archives/50112636.html
    でTB頂いた真名です。
    郵政解散への強烈な違和感-権力分散を否定する「独裁」への分岐点に立つ 1
    http://blog.livedoor.jp/manasan1/archives/50111864.html
    郵政解散への強烈な違和感-権力分散を否定する「独裁」への分岐点に立つ 2
    http://blog.livedoor.jp/manasan1/archives/50112491.html
    のエントリーもあります。

    どなたもお書きにならないので仕方なしに書きました。

  3. こういう見解もあるという意味で転載させて頂きました。

    http://www.adpweb.com/eco/index.html
    「インナー」と呼ばれる談合組織
    参議院による郵政民営化法案の否決。小泉総理による衆議院解散。反対派議員の非公認。さらに反対派議員の選挙区に対立候補の擁立。目まぐるしく政治情勢が動いている。解散総選挙は9月11日が投票日となっており、この投票結果によっては、さらに大きな波乱が考えられる。本来、本誌は経済に関するテーマを中心に作成されている。しかししばらく経済より政治が中心になるであろう。

    たった一ヶ月半前まで、世間やマスコミは、郵政法案を巡る政局に全く関心がなかった(意識的に無関心を装っていた可能性はあるが)。何と7月5日の衆議院の採決においては、当初、どのテレビ局も中継する予定がなかった。筆者は、朝刊のテレビ欄を見て唖然としたが、かろうじてNHKだけが急遽予定を変更し、採決の様子を中継したようだ。ところが参議院での郵政民営化法案の否決の可能性が濃厚になるにつれ、マスコミの関心は異常に盛上がってきた。

    今回の一連の流れの中で注目されることがいくつかある。一つは衆議院の採決の直前になって、全ての大新聞の郵政法案に対する論調の足並みが揃ったことである。新聞各社は、「郵政の民営化」に賛成し、小泉首相の「改革路線」を支持することを鮮明に打出した。新聞だけでなく、テレビ局の論調もこれに従っている。

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