年末の銀座(三)

 江戸の小説を書く佐藤さんとの間で新井白石が話題になった。佐藤さんが自分は白石を何処となく軽く見ているふしがある、と仰言ったのは面白かった。徂徠と比べれば白石はどうしても軽く見える。徂徠には神がある。神秘主義もある。白石がその歴史観において津田左右吉のような近代の合理主義者の先駆をなしていたのも紛れもない。「けれども白石にも鬼神論があるのですよ。それから、徂徠は中国一辺倒だったが、中国の古典を同じくらいよく読んでいた白石が中国を論じないで、儒者の中では例外的に、日本史を論じ、叙述した、これが面白いところですよ。」と私は言った。

 酒の場にふさわしくないそんな話をした記憶も残っている。

 社会経済学者で、有名なエコノミストの斎藤精一郎氏――12チャンネルでお馴染みの――が座に加わったのはそれから一時間も経ってからだった。彼は上等な赤ワインを飲みだしたので私も一杯ご相伴にあずかった。焼酎もすでにいただいている。よく若い頃酒のちゃんぽんは身体に悪いと聞いたが、私は意に介したことはない。

 話題は自然に経済に移った。斎藤さんは日本経済の破産はないと仰言る。世界最大の債権国が破産するいわれはない、と。私はただし債権の内容、76兆円に及ぶ米国債が債権の大部分を占め、これを売却すれば米経済が破産し日本も共倒れになるから処分できない。とすれば債権がいくらあっても動かせない金なら、債権はないに等しいのではないですか、と。

 これに対し斎藤さんがどう返事なさったか、思い出せない。私がこの通りにきちんと意向を伝えたかどうかの自信もあまりない。斎藤精一郎さんが来る前にすでに四人は出来あがっているので、口々に何か言っていて、座は混乱していた。佐藤さんが「西尾さんの徂徠はいいが、債権債務の話はいかん」などと叫んでいる。かなり酔っぱらっているのである。

 文藝春秋の齋藤さんに連れられて二軒目の「倶楽部シュミネ」へ行った。有名な人がいろいろ出入りしている上等な店である。ここで珍しい二人の人物に出合った。一人は初めて会う人、もう一人は旧知の人。

 初めて会う人は黒鉄ヒロシさん。私の方はよく知っていて、出合いしなに会釈すると「先生、愛読しています」といきなりにこやかで、愛想がいい。私は「私も巨人ファンなんです。原は嫌いだけれど。」とわけもなく口走っている。黒鉄さんは巨人ファンの代表だと頭の中にこびりついているかららしい。すると彼は「私も靖国ファンなんです」とすかさず応答されたのにはびっくりした。こういう言い方が面白かった。

 外務大臣がお見えになった、と店の人がいうので私は席を立って挨拶に行った。私が知る政治家は多くはない。麻生さんは40年前からの旧知の仲である。大臣は二人の男性を前に熱心に話しこんでいた。私が行くと立ち上がって「あまり合わない処でお目にかゝる」と破顔一笑、握手の手を出された。

 彼は礼儀正しい人である。いつ会っても感心する。なにかしてさしあげると巻紙で墨筆の礼状がくる。礼状はすぐ出せ、というのは家訓なんです、と仰言っていたことを思い出した。

 ホステスもいる店だが、浮いた処のないオープンな席であった。寒風の中をタクシーに乗って一路家へ走った。

「年末の銀座(三)」への1件のフィードバック

  1. いざともに うちにひめたる やまとだま ともにみがかん
    おのこおなごも

    皆様、新年明けましておめでとうございます。
    西尾先生の益々のご健勝とご活躍を祈念致します。

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