中国の東シナ海進出は止まらない (一)

VOICE6月号 特集「中国の脅威」は本物か より

「海への野心」で膨張する大国に日本は何ができるか

平松茂雄
西尾幹二

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中国が主張する領土
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西尾 平松先生は最近、『中国は日本を併合する』(講談社インターナショナル)というショッキングな題の本を出されました。それによると、中国は近代化に立ち遅れ、そのための失地を回復すると称して領土拡大を狙い、その範囲はわれわれが考える以上の広域に及んでいます。

 帝国主義列強から奪われたと称して、現在のカザフスタン、キルギス、タジキスタンの一部、パミール高原、ネパール、ミャンマー、ベトナム、ラオス、カンボジア、さらに台湾、沖縄、朝鮮半島、ロシアのハバロフスクから沿海州一帯、サハリンを、中国は自分たちの領土だと主張している。とくに日本にとって由々しいのは、現在の沖縄、琉球諸島を「日本によって占領された」と考えていることです。

 海についても黄海、東シナ海、南シナ海を「中国の海」ととらえ、すでに南シナ海はほぼ手中に収められている。領域についてのこの考え方は、中国政府が公文書で発表したものなのでしょうか。

平松 いえ、そうではありません。ここで示した範囲は、毛沢東が政権を取る前に「将来、自分が権力を握って国家をつくるとしたら、そのときの中国はどのようなものか」を考え、アメリカのジャーナリスト、エドガー・スノーに語ったり、論文に書いたりしたものです。中華人民共和国建国当時、中学生が使う教科書には、その地図を入れています。

 当時の毛沢東は、中国は1840年のアヘン戦争以後、帝国主義列強に領土が侵食されたという前提に立っていました。それを回復するという使命感に燃えていたのでしょう。これは毛沢東や共産党だけでなく、アヘン戦争以降の中国近代史に出てくるリーダーたちに共通して見られる意識でもあります。

 ただ、いきなり取り返すことはできませんから、まず自分たちの力を蓄え、それを背景に回復を図ることを考えた。それには「核兵器を保有しなければならない」と、ひたすら核兵器開発に力を入れたのです。この場合の核兵器とは、たんなる戦争の手段でなく政治の手段です。核兵器を保有すれば、アメリカやソ連などの大国に相手にしてもらえるというわけです。

 早くから核兵器保有の効果を見抜いていたという点で、少し褒めすぎかもしれませんが、私は毛沢東を非常に先見性のある政治指導者であり、戦略家だったと評価しています。この点については私が続いて出版した『中国、核ミサイルの標的』(角川書店)で詳しく書いています。

西尾 中国最古の詩集『詩経』に、「溥天の下、王土にあらざるは莫(な)し」と書かれた詩があります。大空の下、どこまで行っても王の土地である。自分はどんどん膨張していって、天下と一体になってしまうというようなイメージを語ったものです。広大なユーラシア大陸のなかで絶えず民族移動をしてきた中国人にとっては、先生もお書きになっていたとおりに、国境の観念はもともとないのかもしれません。

 日本人も別の意味であまり国境意識がありません。物事を明確に分けるのが苦手で、なんとなくぼかしてしまう。人と人の境も、人と自然の境も曖昧にさせてしまう。

 一方ヨーロッパ人は、中国人とも日本人とも異なり、国境をはっきりさせます。三者を並べたとき、まったく逆の理由になりますが、国境観念が稀薄である点で、日本人と中国人は似ている気もするのですが・・・・。

 そこで一つ質問します。以前ロシアに行ったとき、ロシア人も非常に広い場所に住んでいるので、中国人と似ているという話になりました。「あなたの生まれたところはどこですか」と聞くと、日本人の場合、まず海岸線が頭に浮かび、「そこから何キロ入ったところに自分の故郷がある」と考えますが、ロシア人はそうはならない。ドニエプル川やボルガ川などの流れを思い浮かべて、「二番目の蛇行の角を曲がったところに故郷がある」などと考えるそうです。そのあたり中国人は、どうだと思われますか。

平松 よくわかりませんが、やはり海よりは長江や黄河などの川ではないでしょうか。あるいは湖とか。

西尾 最初に海を考える発想は、中国人にはないのですね。

平松 ありません。中国が海に出はじめるのは1970年代からで、国連の「海洋法条約会議」がきっかけです。1980年代になって本格的に活動するのですが、このとき海軍の指導者が述べた理由は「これから魚を食べよう」というものでした。中国人の食生活は豚肉と切り離せませんが、魚をもっと食べようというわけです。

西尾 それが現在の乱獲につながるのですね。

平松 長いあいだ世界の水揚げ高トップは日本でしたが、7、8年前から中国になっています。これは淡水魚を含めての数字ですが、まもなく海の魚だけでもトップになるでしょう。

 彼らは世界のあちこちに行って魚を捕っていますから、そのうち世界中の魚を食べ尽しかねません。中国では高速道路が整備されたため、かなり奥地まで魚が届くようになっています。10億の人間が魚を食べはじめると考えても、けっしてオーバーな話ではありません。

つづく

「中国の東シナ海進出は止まらない (一)」への2件のフィードバック

  1.  大石 様

     西尾先生の深い御洞察と機鋒鋭い御指摘にピッタリと感応道交する貴方のコメントは、「戦う気概のある」数少ない日本人である自衛隊員達の欣喜するところでもあると存じます。

     貴方のような生きた見識と気骨を具えた「尋常な国民」が増えてこそ、その背丈に合った「尋常な国会議員」が輩出され、そのような政治家が与党の中心となり、政権の座に着いて初めて、「憲法第9条」と云う世にも不思議な「主権制限条項」の削除を主導することが出来、「自衛隊」を止揚させて「本物の国防軍」にする道が拓けるものと思われます。当の自衛隊員達も一日千秋の想いで待ち侘びていることでしょう。

     御指摘のとおり、「本物の国防軍」は不在かも知れませんが、現下においても、自衛隊の「隊員達」は「本物」であると、私は信じます。しかし、防衛庁の官僚達が「政治的妥当性」を確保するために悪戦苦闘しても、制服の幕僚達が「軍事的合理性」を追求できないかと切歯扼腕しても、また、現場の隊員達が「練度の向上」に努めなければと懸命に日夜の錬成訓練に励んでも、現下のように「法令」に手を縛られ「予算」で足を斬られ続けては、彼らも如何ともしがたいでしょう。

     御承知のとおり、国際社会からは「軍隊」であると認識されている「自衛隊」も、国内法においては、未だに「軍隊」とはされておりません。したがって、国際貢献のために平成4年のカンボジアを皮切りに今般のイラク・クエートに至るまで、この十余年間、自衛隊は随分と海外に派遣されましたが、国際法によってのみ律せられる各国の「軍隊」と全く異なり、「自衛隊」は、未だに国内の行政組織である「警察」と殆ど同じスタンスで規制された行動しか許されず、緊要な武器の使用に関しても異例の制約を受けたままの状態で派遣されており、曖昧なまま、不測の事態への対処の責任は、現地指揮官に帰せられる結果となる模様であり、政治家の無責任ここに極まれりと云わざるを得ません。
     焦眉の急務であるはずの有事諸法制の整備も、漸く有事三法が成立してその緒には就いたものの、その後は各省庁間の調整も遅々として進まず、見て見ぬ振りをされていること、御存じのとおりです。現下において防衛出動等が下令されても、自衛隊が、例外規定のない諸法令を建前通り遵守すれば、立ち往生するほかはありません。

     他方、予算の面においても、財政逼迫とは言いながら、ワケのワカラナイ「男女共同参画」事業には毎年度10兆円もの予算が投入されるにも拘わらず、肝心の「防衛予算」には久しく「5兆円未満」の厳しい枠が填められ、それも平成9年度をピークとして、毎年度ジリ貧の逓減を続けており、そのために、その内訳においても、隊員の給与等の人件費や主要な兵器・システムの付け払いの経費等に圧迫されて「一般物件費」と呼ばれる訓練や隊務の運営に係る大事な経費が大幅に削減され続けております。加えて、国際貢献等の出血サービス業務は予算と反比例して大幅に増加しており、自衛隊と云う組織体は、近年、確実に深刻な栄養失調の状態に陥りつつあるように見受けられます。
     更に、新規の大規模事業である「ミサイル防衛システム」関係経費に加え、「米軍のトランスフォーメイション」関連予算まで「外枠」ではなく「内枠」で凌げと言われては、幾多の辛酸を嘗めてきた忍耐強い彼らとて、とてものこと耐え得るものではないと思われます。この予算ジリ貧の問題は、前述の法令の未整備の問題とともに、「核」を持つとか持たないとか云う課題の、遙かに前の段階の死活問題であると思われます。

     しかしながら、浮世離れした「平和憲法」の蚊帳の中で半世紀を過ごし、すっかり能天気になってしまった数多の大衆が「尋常な国民」に覚醒するの待っているような時間的な余裕は、最早、現下の吾が国にはありません。このような何とも情けなく惨憺たる悲劇的状況の中で、官房長官の安倍晋三代議士が次期首相の最有力候補であることが、不幸中の数少ない幸いの一つであると思われます。
     幸いにして安倍内閣が誕生し、その安倍総理が、賢明なブレーンの進言に真摯に耳を傾け、西尾先生の今般の御提言の、正にその一点に焦点を絞り、渾身の施政を断行せられることを、心底御期待申し上げ、御祈念申し上げるところです。即ち、「思想家」である西尾先生と「政治家」である安倍代議士とが、あらためて信頼関係を確かめ合われ、肝胆相照らされ、お心を一つに、国家・国民のために渾身の舵取りをされることを、ひたぶるに御期待申し上げ、御祈念申し上げる所以です。

  2. >他方、予算の面においても、財政逼迫とは言いながら、ワケのワカラナイ「男女共同参画」事業には毎年度10兆円もの予算が投入されるにも拘わらず、肝心の「防衛予算」には久しく「5兆円未満」の厳しい枠が填められ、・・・

    それで腹いせなのかわからないが、下記記事があった。

    戦車、戦闘機など女性配置を検討…防衛庁

     防衛庁は12日、男女共同参画基本計画を策定し、「戦闘職種」とされる戦車、護衛艦、潜水艦、戦闘機などへの女性自衛官配置を検討することを決めた。従来は、「母性の保護」などを理由に、戦闘職種への配置を見送っていた。基本計画は2006~10年度が対象。
    (2006年7月13日 読売新聞)

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