「あの戦争に何故負けたのか」(文春新書)から考える(二)

足立誠之(あだちせいじ)
トロント在住、元東京銀行北京事務所長 元カナダ東京三菱銀行頭取

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   占領時代の「閉ざされた言語空間」の中で交わされた、占領軍にだけ都合の良い限られた情報で充たされた戦争観は、占領期間、その後の自己検閲の長い期間を経てじっくりと刷り込まれたものであり、それは未だに残っている。そして今日でも容易には変えることが出来ない。それが総ての根源にあると考えます。

 幾つか具体例を拾って見ます。

<人種平等宣言>

 今日、人種平等は当たり前のことで、民主国家米国は南北戦争でこの問題を克服したというフィクションが存在しますが、ご存知の方も多いでしょうがそうではない。むしろこの点で日本が世界をリードしていたのです。それは占領時代に消し去られたことです。

 第一次世界大戦後のベルサイユ講和会議で戦後の平和体制構築を目的に国際連盟の設立が討議されました。その際、日本は連盟規約に「人種平等」を入れることを提案します。然しこれは”米国のウィルソン大統領”が主導した反対運動で否決されてしまいました。

 第二次大戦で連合国側は大西洋憲章などで、自由、人権、民主主義、平等などを盛んに宣伝しますが、人権も自由も民主主義も、平等も白人のみを念頭に置いていたことはこの国際連盟規約への日本が提案した人種平等への拒否された状態が続いていたことからも明らかでした。

 然し、米占領下でこの様なことを一切報道や教育の場で語らせなかった。今日日本人の大部分は、ベルサイユ会議でこの様な理不尽な仕打ちを米国や欧州各国が行ったことも知りません。ですから、戦争前の世界が今と同じ人種平等の理念があったという錯覚で戦争を想像してしまいます。

 現在のアジア、アフリカの大部分は欧米の植民地であり、その根幹には抜きがたい人種差別という彼等の信念がありました。東南アジアもそうでした。日本が戦争に際して、大東亜の植民地解放を唱えた根拠には、それに先立つ22年前の第一次大戦後のベルサイユ会議での国際連盟人種平等規約提案があったのです。我々が小学校の頃は、占領中でありましたが、先生方の中にはそれを踏まえ、「アジアの植民地解放」が戦争目的の一つであったことを認識し、我々に教えてくれた人も居たわけです。然し、言論界、教育界ではそれが封殺されていた。それが、その間、その後の国際連盟での日本の「人種平等規約提案」も「アジアの植民地解放による大東亜共栄圏」も厳しいタブーとなったのでした。

 占領軍に言わば阿る、「日本は領土的野心を持ってアジアに攻め入り多大の迷惑をかけた侵略戦争を実施した」「”大東亜共栄圏”はそれを糊塗するものである」との刷り込みが数十年間行われたわけです。日本が戦時中、独立を与えたビルマも、ベトナム、ラオス、カンボジアも、終戦の2日後に日本の現地軍の密かな援助で独立宣言したインドネシアも、その後、再び旧植民地宗主国が支配を再開しようとし、内戦などを経てようやく独立を達成するわけです。そこには未だ旧植民地宗主国の強い「人種差別感」が残存していたことは、こりもせず植民地支配を復活しようとしたことからも明らかです。

 人種差別に関連し、カリフォルニアから全米に広がった、排日法についてもそんなことがあったことはプレス・コードで報道は厳しく禁止されましたし、学校教育で教えられることもありませんでした。ですから、戦争後のアメリカ人の態度と同じ態度が戦前にも日本、日本人に向けられたと受け取ることが広く深く浸透していきました。戦前のアメリカが如何に日本、日本人に酷い厳しさ、人種差別感で対応していたかなど今日の日本人には想像出来ないでしょう。

 米国の人権、自由、民主主義、平等などの普遍性についての対応は戦後の表面上の日米関係だけから観察して言えるものであり、戦前、日露戦争後からの長い日米関係史の中では決して全然異なったのです。「排日法」(絶対的排日法なる言い方もある)の存在と広がり自体がその証拠です。

<戦時中の米国の対日行為>

 以下は本で知った話です。戦時中米国のグラフ雑誌の表紙に、少女が前線の兵士に手紙を書く場面が写されていますが、そこに前線の兵士から送られた、死んだ日本兵の”しゃれこうべ”が置かれていたのです。これは戦時中日本で報道され、”鬼畜米英”のフローガンの原点になったらしいが、こんなことの報道は勿論占領期間中は厳禁されています。ですから、今の日本人には戦時中の”鬼畜米英”のスローガンは、人道的な米軍の実態とはかけ離れた、日本の軍国主義の宣伝に国民が嫌々従ったものと理解されているのです。日本の民間人の集団自決が日本軍の命令によるものであるかのように伝えられ、自決せずとも”人道的な”米軍に助けられたと言う風に思われているようです。でもグラフ雑誌でアメリカ人の本性を知っていた戦時中の日本人は本当に”鬼畜米英”と思っていたはずです。

 戦争中には、聯合国による戦争犯罪行為もかなりあったことは、インバール作戦などの戦記にも負傷した日本軍将兵にガソリンをかけて焼き殺した光景が遠くから見えたとの記述に残されていたと記憶します。その最大の残虐行為は非戦闘員に対する原子爆弾による無差別殺傷です。

<原爆被害写真>

 検閲、言論統制が厳格に守られたのは広島・長崎の原子爆弾の被害写真でした。小学校時代5年生の時、サンフランシスコ平和条約が発効した昭和27年ですが、我々は初めて、アサヒグラフで原子爆弾の凄惨な写真に戦慄したのです。

 これは占領期間中は絶対に報道されませんでした。仮にポツダム宣言による報道、言論の自由が確保されていれば、戦後直ぐにこの写真は公表されていた筈です。その場合に果たして、聯合国が極東軍事裁判が「平和に対する罪」「人道に対する罪」で日本の指導者だけを裁くことが出来たでしょうか。原爆被害写真が公表されるのは「閉ざされた言語空間」の中で日本人が、占領軍が与える材料と統制、管理の結果、米国が望むような戦争観、米国観を日本人が抱くように出来上がってからのことなのです。つまり、原爆被害写真を見ても、日本人は、米国には無害化されていたのです。

<ハル・ノート>

 昭和16年10月18日、東条内閣が成立し、日本は甲案乙案を軸に米国との関係打開を図りました。それは前の近衛内閣時代に実施した南部仏印進駐からの撤兵を条件に、米国の資産凍結、石油禁輸措置などの解除を求めるものでした。

 そんな中11月26日米国国務長官コーデル・ハルは野村吉三郎大使に所謂「ハル・ノート」を手交します。その内容の主なものは、日、米、英、蘭、重慶政府、タイ、ソ連との不可侵条約締結、日独伊三国同盟否認、南京(汪兆銘)政府否認、仏印からの全面撤兵、中国全土からの全面撤兵、その他でした。
占領期間中、これについての言及は一切禁止されていました。(日本の当局は戦時中もこれを公表していないと記憶します)

 これが、占領の初期に公表されていたら、昭和20年12月から占領軍がNHKと新聞を通じて、発表を強制した「太平洋戦争史」がそのまま日本人に受け入れられ、今日第部分の日本人が抱く戦争に対する認識とは違ったものとなっていたでしょう。

< 翼賛選挙と、斉藤隆夫>

 斉藤隆夫代議士は戦前軍部を激しく糾弾、所謂粛軍演説で軍のみならず、衆議院除名されます。現在の人名辞典などの説明では、彼の戦前戦中の活動はそこで終わり、その後敗戦と共に政治家として復活し、国務大臣になるというふうになっています。ところが、そうではない。

 戦争開始約半年後の昭和17年4月、所謂、”翼賛選挙”が行われました。そこで、斉藤隆夫は無所属で立候補、見事に当選しているのです。ですから、彼の議会活動は戦時中の続いていたことになります。これは戦前、戦中の時代を完璧な暗黒時代と表現しますが、その見方にやや疑問を呈せざるをえないことになります。斉藤藤隆夫も、それを取り巻く時代も「閉ざされた言語空間」以降に固まった固定観念とは随分違っていたのではないでしょうか。

<戦後教育>

 戦後教育では、戦前の日本の教育が、軍国主義の温床であったということで、教育基本法が定められました。学校では、憲法の「戦争の否定、戦力の否定、自衛権の否定」と同じ考え方で、個人も「暴力に否定、話し合いのみでの解決」が謳われました。問題はその後「いじめ」となって顕在化します。日本では”話し合い”が絶対ですから、その結果、暴力を振るう者が、それをやめない限り、優位に立ち、問題は解決せず、うやむやになってしまいます。その結果、暴力、いじめ、不正義がはびこることになります。暴力や不正を力で抑えることを教育が放棄していますから、学校はこれを隠蔽し、「いじめ」不正はエスカレートし発展し今日全く解決不能になっているのです。

 そもそも、教育の場、学校で正義を教えず、追求せずして、社会に正義が生まれ行渡るのでしょうか。学校が正義を教えず放置することを生徒に刷り込めば社会は必ず悪くなります。学校の存在意義は失われたのです。この隠蔽体質は学校から社会全体に広がってきています。これでは幾ら警官の数を増やしても犯罪はなくならないでしょう。

 米国に勤務していた折、娘が小学校で先生(女の先生でした)から教えられたことは、「いじめにあったら、敢然と戦え」ということでした。

 正義を教えない学校に意味はないことを、日本以外では教えており、戦前の日本でも教えていたことと同じだったのです。

 娘の小学校生活で判ったことは、米国の学校で教えていること、行われている教育の殆どは日本の戦前の小学校で行われていた教育と同じだったことです。少し考えれば、当たり前でしょう、明治維新以降日本は欧米の教育制度を輸入改良してきたのですから、その基本にそんなに差があるはずはなかったのです。然し、「閉ざされた言語空間」で外国と完全に遮断された日本では、占領政策を受けて知識人たちが戦前の日本の教育を「軍国主義教育」と決めつけ、欧米の教育が戦前の日本の教育と正反対のものであり、「個性を伸ばし、自由放任」との先鋭的な教育を押し広げたのです。

 北米で日本を見ていると義務や権利について日本の誤解があります。2年程前六本木ヒルズのビルの回転ドアに挟まれて6歳の子供が死亡しました。日本では、ビルのオーナーと回転ドアメーカーが責任を追及され親に慰謝料が払われ解決したそうです。日本では北米でもそのような解決がなされると受け取っているでしょう。然し、回転ドアの多い北米でそんな事故は聞きません。12歳以下の子供がその様な事故にあえば親が責任を追及されるからです。親は必死になって子供の手を握り、走らせないようにするからです。若し子供が回転ドアに挟まれて死ねば親は警察に捕まり、裁判にかけられます。子供の命の変わりに補償金を貰うなど、正に正反対です。

 こういったことも「閉ざされた言語空間」故に日本だけで起きる現象でしょう。子供の人権とは親に守る責任が科せられるのです。

 国旗、国歌を教えることは米国の小学校では当たり前のことですし、カナダなどではそんなことに加え、暫く前には映画官でも上映前に全員起立国歌「オーカナダ」を歌ったそうです。

 要は、日本は戦前学校で欧米と同じことを教えていたのですが、米国占領軍により、先ず「閉ざされた言語空間」が構築され、欧米と全く違う教育空間、教育内容にされてしまったのです。

 何でそうしたか、それは、米国が日本を自分達と同じ様な国にしておくことを許さないと決意していたからです。何故そうか、それは次に述べることになりますが、米国は米国に対抗する強国を常に排除し自国の安全を図ることを国是としてきています。そのことを忘れてはなりません。

 正に小泉少尉が言ったように「アメリカはあらゆる悪辣な手段を使って日本を骨抜きにした」のです。
この米国の戦後の言論検閲統制は凄まじいものであり、仄聞する所では、戦後米占領軍は、「焚書」さえ実施したそうであり、実に7000余点の書籍が図書館、出版社から抹殺されたと言います。この分野の研究は今の日本が描いている、戦前の日本、戦後の日本の歴史を大きく改めるものとなるでしょう。その成果を待ちたいと思います。

「「あの戦争に何故負けたのか」(文春新書)から考える(二)」への11件のフィードバック

  1. 閉ざされた言語空間」、「閉ざされた思考空間」、「閉ざされた情報空間」
    そして、「無意識的心理抑制」が戦後の基本構造と言っても良いだろう。

    部分的に開かれた世界、つまり経済の分野でのみ突っ走った。
    その結果、守銭奴になった。

    啓蒙という言葉があるが、現代の日本人は「蒙」の状態にある。
    「蒙」の最大の欠点は、それに気付かないことである。

    これは、情報操作等でコントロールしやすいことも意味する。
    (例:部分情報の小出し。そして部分のみに反応させる)

    「無意識的心理抑制」
     何かを怖れたり、初めから諦めたりしている。つまり、思考停止している。
     
    戦後日本人に対する基本支配戦術は、「自信を持たせない」ことであった。
    よって、突出した経済で自信を持ちそうになったので、よってたかって
    潰そうとし、今もその状態が続いている。

    冥王星が惑星から外された。
    これは、観測技術の向上によって、新たな分類の視点を発見、または
    獲得したことを意味している。

    昆虫の分類でも同様のことがある。
    見た目による分類から遺伝子レベルでの分類である。

    自前の情報、思考、言語、行動を取り戻すことしかないように思える。
    人類史および現代社会の味方の再構成をする必要がある。

    西尾先生の「国民の歴史」の出版は当にそのような活動の一つ
    であったと解釈している。

  2. 失礼しました。
    訂正です。

    >人類史および現代社会の味方の再構成をする必要がある。

    人類史および現代社会の見方の再構成をする必要がある。

  3. 戦後の歴史観=アメリカの”洗脳”+マルクス主義

    アメリカ占領軍の示した(押付けた)歴史観は基本的には「軍国主義」の排除だった。
    この中にはかねてよりマルクス主義者が主張していたことと重複する部分があり、
    彼らはそれを最大限利用した。
    憲法第九条や教育基本法はその代表である。
    また、マルクス主義者は「32年テーゼ」で「天皇こそ諸悪の根源」
    と述べていたことをそのまま援用したが、軍国主義の排除の方へ合同し、
    組合運動などで力をつけた。

    しかし、冷戦が激しくなりアメリカが日本の「骨抜き」に集中することはマイナスだと考え始めたことから、
    アメリカ占領軍の矛先は左翼に向かうことになる。これを「逆コース」と呼んでいる。
    マルクス主義者は反米となる。

    足立さんは、
    【占領軍にだけ都合の良い限られた情報で充たされた戦争観は、占領期間、
    その後の自己検閲の長い期間を経てじっくりと刷り込まれたものであり、それは未だに残っている。
    そして今日でも容易には変えることが出来ない。それが総ての根源にあると考えます。】
    と述べているが、アメリカによって「刷り込まれた」(といわれる)戦争観(大東亜戦争悪論)
    はサヨクによって引き継がれ、彼らが力を増すことでその後も続いたのである。

    これに対する「ウヨク」の側がそれに対抗できるような戦争観を示せただろうか。
    そのハシリは林房雄の『大東亜戦争肯定論』である。
    中央公論1963年9月号から65年6月号にかけて連載された。
    私は、嫌悪感で持って迎えられたようにかすかに覚えている。
    あんな大きな被害をもたらした戦争で日本が「間違っていない」なんてとんでもない、
    と思われても不思議ではない。
    今でも私はそう思っている。

    最近の保守・ウヨクは大東亜戦争を肯定することを一つの重要な目的にしているようだ。
    そのためには①占領政策のアラ探し、②支那事変で「謀略にやられた」という
    陰謀史観、その他を持ち出している。

    ①は「反米」に繋がる。
    占領政策が澄み切った水のような「清らかさ」に満ちているなどと考えるのはばかげている。
    アラはあるに決まっている。
    アラさえ見つければ、GHQの示した(押付けた)戦争観が無効になる、と考えるのは大甘であろう。
    ②の陰謀史観については福地さんが詳しく書いている(『昭和の戦争』)。

    GHQの示した(押付けた)戦争観に対抗しているつもりの「反米」のウヨクの示す歴史観は、
    一部の熱狂的なナショナリスト以外には受容れられない。
    相当に無理があるからだ。
    一例を挙げれば、ウヨクの歴史記述で「日本は・・した」というように
    「日本は」という表現がたくさん出てくる。
    私はこれに少なからず違和感を抱いていた。
    たまたま(先に紹介したが)J・ダワーの『敗北を抱きしめて』の序文に
    「 plurals 複数者」という言葉を見つけた。

    「日本」といっても、一つの同じ意思を持った集合体と見るべき時もあるし、
    国民と指導者とを別けて考えなければならないこともある。さらに指導者でも、意見が異なることもあり、
    国民内部でもそうだ。

    とくに満州事変や支那事変は(国民から見て)「日本」が起こしたのか、
    軍の「独断」なのか、区別が必要だ。(外国からは「日本が」とひとくくりされる)

    まさに「あの戦争」は一部上層部の「独断」とそれを止められなかった
    (別の)上層部の共同”行為”によって引き起こされたものである。

    読売新聞の『検証・戦争責任』はアメリカの示した戦争観に対し、
    日本人としての戦争観を示すものとして非常にすぐれたものである。
    遅きに失した感はあるが、日本人としての戦争観を今後研究する必要がある。

  4. ハリを抜かれたハリネズミ

    私は、戦前生まれの戦後教育世代だ。戦後の偏向教育というより、素朴な「戦争は悪い、嫌だ」教育とか、平和指向教育に疑問を持たずに生きてきた。ソ連、中国を美化する傾向は一部教師にあったが、アメリカに反感を持つ者は周囲に余りいなかった。原爆の悲惨さは知っていたが、日本が仕掛けた戦争自体が引き起こした暴挙だと理解し、アメリカへの非難には結び付かなかった。

    長ずるに従い、次第に多くを理解するようになってきたが、共産主義の問題がクローズアップされるに従い、アメリカによって日本の共産化が妨げられたという気持ちから、むしろ感謝とか幸運だったという思いの方が大きかった。

    日本が経済的に復興するに従い、国民の間には、逆に絶対性が薄れたアメリカに対し、見下したり、同情したりする空気さえ生じた。アメリカの道徳性の乱れを卑下したりもした。私自身、左翼的ではなかったが、「知性の朝日」「俗の読売」「異端の産経」という気持ちを引きずっていた。昭和の時代までは。

    そうした私が、いまあらためてエントリーの投稿論文を読むと、自分にはされたという意識はなくとも、洗脳とはこうしたものを差すのかなという思いを拭い去る事は出来ない。単純に反米とか、親○○というのではないが、打ちのめされて茫然自失の日本と、常に戦略的に国策を進めてきたアメリカとの差は、ここに決定的に表れていると認めざるを得ない。

    まるで、日本というハリネズミから、危険だからハリを取って、ただのネズミになれというようなもので、本質を破壊して平和なネズミにしてやろうという一方的なものではなかったのか。ハリを取られたハリネズミは、もはやハリネズミとしては生きていけない。ましてネズミでもない。ただ、優しく見える猫か豹の観察下で肥満児として生きる他なかったかのようだ。

    信じられないことであったが、「焚書」や7000余点の書籍の封殺も、はっきりした戦略、方針の下になされたのだと納得する。国歌や国旗への異様な抵抗の姿を見ると、「閉ざされた言語空間」の影響はどこまで続くのかとも思う。それでも、まともな国へ復帰しようという空気が醸成されつつある事も否定は出来ない。だが日本の、異次元からの脱出の道は未だ遠い。そう、真実はまだ暴かれていないのだ。

    追記

    私個人の思いは、○○史観という考えとは隔たった素朴なものだが、戦前日本の、海外進出や大東亜共栄圏の是非は別にして、根底に皇室の威光や神道の理念普及と不可分な面があったと理解している。日本国でこそ国体そのものの皇室だが、たとえ、日本にとって邪心はなかったとしても、周辺国にとって受け入れがたいものがあるような気がする。キリスト教国のようにがむしゃらに価値観を押し付けるのは、神道自体がそぐわない。日本人固有の価値観は、日本国でこそ真価を発揮すると考えている。だからといって、日本の海外進出だけが咎められる理由にはならない。

  5. 米国によるマインドコントロールをどう見るかについて
    論じない言論人が増えました。

    扶桑社は次回検定版の代表執筆者を
    岡崎久彦に決めたそうですが、
    けしからん話です。

  6. >> vagabondさま
    > あんな大きな被害をもたらした戦争で「日本が間違ってない」なんてとんでもない、と思われても不思議ではない。
    > 今でも私はそう思っている。

    上記は「正邪」と「損得」を混同なさっているのでは?

  7. ピンバック: 作雨作晴
  8. アドレスさん

    【「正邪」と「損得」を混同】なんかしていません。

    ご質問(お言葉)の趣旨が分かりかねますが、

    戦争に正邪はない。あるとすれば、その戦争で損をしたか得をしたかである

    と言いたいのでしょうか・・。

    話が逸れるといけないので、とりあえず質問にとどめておきます。(議論を続けたい
    という意味ではありませんので、誤解なさらないように)

    — 

    なお、所さんの、
    【米国によるマインドコントロールをどう見るかについて論じない言論人が増えました。】
    についてですが、当然でしょう。
    当時洗脳されていた、ということを強調して何になるのですか?

    いかなる意味においても正当化できない「シベリア抑留」ですが、
    抑留された多くの日本兵がソ連側から「洗脳」されたそうです。
    何人かは帰国してから洗脳に従って活動したようですが、殆どの人は舞鶴(だけではなかったかもしれませんが)
    に上陸した途端忘れてしまったそうです。

    自分に気に食わないことを言う相手(人々)に「お前は洗脳されている」ということは、
    たいへんおこがましいことです。

  9. 田舎のダンディーさんの「ハリを抜かれたハリネズミ」論面白かったです。

    それと「キリスト教国のようにがむしゃらに価値観を押し付けるのは、神道自体がそぐわない。日本人固有の価値観は、日本国でこそ真価を発揮すると考えている」の部分も面白く、かつこのフレーズは明らかに日本固有の価値観と普遍的な価値観を仕分けしているわけでこういう意識が私は大事だろうと考えています。

    >打ちのめされて茫然自失の日本と戦略的に国策を進めてきたアメリカとの差は決定的に現れたと認めざるを得ない。

    という論説はきっと足立さんも満足するでしょう。

    でも御大の話に応答していると本当にバカらしくていやになります。
    沖縄戦での軍が命令して集団自決したという記事に対して2チャンネルでは
    >命令の有無は問題ではないのさ
    >この問題の原因はアジア・太平洋戦争にあるんだよ
    >日本がアジアの罪のない国々に対して侵略戦争をしかけていく
    >そこに問題の根本があったの
    >もし日本の残酷な侵略行為がなければ
    >沖縄戦だってなかったじゃないか

    天声人語メーカーに従って自動変換すると
    【天声人語】
    保守陣営はGHQで洗脳されたと主張している。しかしちょっと待って欲しい。GHQで洗脳されたと主張するには早計に過ぎないか。
    保守陣営の真摯な姿勢が、今ひとつ伝わってこない。
    例えば米国からは侵略戦争を反省してないと主張するような声もある。
    このような声に保守陣営は謙虚に耳を傾けるべきではないか。
    思い出してほしい、過去にも何度も保守陣営は米国の叫びを無視している。
    保守陣営は米国の侵略戦争を反省してないという主張を間違いであるかのような発言をして、批判を浴びた。
    確かに米国には事実判断がおかしいという問題もある。だが、心配のしすぎではないか。
    保守陣営の主張は一見一理あるように聞こえる。
    しかし、だからといって本当に保守陣営はGHQで洗脳されたと主張できるのであろうか?
    それはいかがなものか。的はずれというほかない
    事の本質はそうではではない。その前にすべきことがあるのではないか。
    保守陣営は、未来を担う一員として責任があることを忘れてはならない。
    保守陣営の主張には危険なにおいがする。各方面の声に耳を傾けてほしい。
    保守陣営に疑問を抱くのは私達だけだろうか。
    GHQで洗脳されたと主張したことに対しては米国の反発が予想される。侵略戦争を反省してないという主張を支持する声も聞かれなくもない。
    保守陣営もそれは望んでいないはず。しかし保守陣営は言葉がすくないである。
    GHQで洗脳されたと主張する事はあまりに乱暴だ。保守陣営は再考すべきだろう。
    繰り返すが保守陣営は言葉がすくないである。
    保守陣営のGHQで洗脳されたと主張したことは波紋を広げそうだ。今こそ冷静な議論が求められる。

    という反応、まるで御大と同じ反応をする人がいるみたいじゃない。

  10.  足立様の国を思われる、その思いの深さが、深い悲しみが切々と伝わって参ります。
     私は、戦後生まれの団塊の世代の一人ですが、高校・大学と反面教師の面々に激烈な刺激を受け、他方、そのような時代を見下ろす高士・碩学達の御謦咳に、御著作に鮮烈な感動と啓発を受け、驕慢な欧米列強が世界の殆どを植民地のクビキの下に隷属させた惨憺たる時代の中で、吾が国が、吾々の父祖達が、永きにわたり悪戦苦闘を強いられながらも、雄々しく健気に戦い抜き生き抜いてこられた、その勲しに心からの敬慕と誇りを感ずる、そして、桁違いの蛮行(原爆の投下やヤルタの密約等々)により、吾が国を捻じ伏せた連合国軍が、彼らを大いにてこずらせ苦しめた異人種の国家・異文化の民族に徹底的な報復を加え、その自尊の歴史・伝統を徹底的に捻じ曲げて、巧妙に冷徹に完全な洗脳を謀ろうとした恐るべき占領政策を正面から見据えて、これと凛然と対決する、そのような感性と心根と洞察・思考の主体性を身につける、いや覚醒することができました。
     私もそれなりに思想遍歴を経ましたが、劇薬性のイデオロギーに感性や心根を破壊されることなく、洞察・思考の主体性を岩石と化されることなく、相応の自分自身を形成し、林房雄氏の「大東亜戦争肯定論」にも、江藤淳氏の「落ち葉の掃き寄せ~」にも、そして、西尾幹二先生の「国民の歴史」をはじめとする一連の御著作にも接することができ、相応に理解しながら感応道交しながら精読させていただくことができるようになりました。大先輩であられる足立様とも、そのような感応道交の共鳴から始まり相語らいお教えに与り、吾が祖国の、吾々の父祖達の歴史の真実に、ともにアプローチさせていただければと思うところでございます。
     それにしても、どこの国の国民か民族か皆目わからぬ放浪者なるゴジンが、どなたがどのように語りかけても一向に感応される様子もなく、いよいよに得々として同じところをグルグル回っているような平板な理屈を吐き続け、ネガティブな論議を延々と続けていることに、粗にして野である私はいよいよ不快感を募らせております。過日、私は、感性も心根も思惟方法も全く対称の世界の存在であるとしか思えないこのゴジンに対し無作法なほどに露骨な不快感を示したところでありますが、今一度、率直に全く同じ不快感を示したく、癇癪を破裂させたく存じます。
    「ここは浮幽霊や放浪者が吹き溜まる薄暗い煉獄の如きコスモスではない。懇切な論客達の赤心に感応できぬ浮幽霊や否定的言辞の毒を吐き散らさねば存在し得ない放浪者は、場違いなコスモスには無理に居座らず、それ相応のコスモスを求めて彷徨い行かれるのが相応しかろう」

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