荻生徂徠と本居宣長(二)

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『論語』のドラマチックさ
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西尾  : 外国を他者として認識することで自国を自己としても認識できるようになる。宣長の思想について斬新な論を展開された長谷川先生の『からごころ』(中央公論社)では、外国文化を「普遍文化」と考えてしまう日本人の素直さが、むしろ「文明のバネ」として有効であったと述べられています。軽蔑の対象として学んだのでは何も得られるはずがないというお考えで、私も同じことを述べています。

 すなわち、外国文化をそのように尊重する日本人の性(さが)は自分に対する不安から来るのかと最初思っていましたが、むしろ自信から来るのではないか。日本人は、中国や西洋から入ってきた文化を尊敬する一方で、外から入ってきた文化はあくまで外ものと意識して、「内なる自分」を忘れない。

 つまり外国文化を普遍文化として受け入れるのは日本人に自分がないからでなく、「自分がありすぎる」からかもしれない。そういう言い方も詭弁なら、日本人のなかに宇宙がスポッと入っているから、何を借りてきても構わないという、どことなく「鷹揚とした世界宇宙の中に生きている」(『江戸のダイナミズム』239ページ)ことによって自己同一性を揺るがされずにすむ。そのような日本人のおおらかさを、私は本書で徂徠や宣長の言葉に託しました。

 そのような日本における「自分とは何者か」という問いを生涯かけて探求したのが、宣長ではなかったかと思うのです。

長谷川 : 徂徠にしても、「相手は外国だ」という意識を強烈にもつことで、かえってきちんとした対話が成り立った感じがします。彼の「だから孔子が言っていることや行っていることは、せいぜいが『論語』に出ている程度に止まってしまったのだ」というセリフなんて、良いですねェ。西尾さんがこのセリフにしびれているところ、よくわかります(笑)。「自分」のない人間では出てこないセリフですね。

西尾  : それまでの日本人あるいは儒者は、孔子を道徳的に神話化し、絶対視しています。

長谷川 : 「日本人はそうやってきたけれど、考えてみると大変おぞましいことではないか」というのが、宣長の美意識でもありました。

西尾  : だから徂徠と宣長、二人の思想は重なっているのです。徂徠も孔子に対して、聖人としては二次的な位置しか与えていません。また『論語』は表面的に訳すと、ついついありふれた教訓書のように見えかねませんが、徂徠の書いた注釈書『論語徴』を読むとじつにドラマチックです。

 たとえば『論語』の「第二為政篇」に「政を為すに徳を以てすれば、譬へば北辰の其の所に居て、衆星の之に共(むか)ふがごとし」という一節があります。普通は誰が読んでも「政治をするのに道徳心をもってすれば、北極星の周りにさまざまな星が整然と運行するようになるだろう」となります。

 これを徂徠は、「政を為す」とは政権を取ることであり、「徳を以てす」とは有徳の人材を用いるの意であるというのです。それもただ人材配置についていうのではなく、「有能な人材を登用すれば放っておいてもうまくいく」と、官僚制度における専門性や分業制をまで意識していたかに読める。「権力者は口を出すな」と暗にいっているようであり、徂徠の解釈を聞いた当時の儒者たちは、さぞびっくりしたことでしょう。

長谷川 : しかもそれは勝手な解釈ではなかった。『論語』を読む前にまず五経をしっかり読め、といっていますね。つまり、徂徠自身は、当時の思想のコンテクスト全体のなかで『論語』を読んでいるのだという自信があったのでしょう。そう考えると徂徠の解釈は「孔子像の破壊」というより、むしろ「自分こそ本当の孔子像を摑まえている」という意識によるものだったように思います。

西尾  : 孔子が偉大で神秘的な存在になったのは、『論語』のせいではなく、『五経』(『易経』『書経』『詩経』『春秋』)の編集者と見なされてきたからです。孔子は五経の創作自体には関与していない、というのが現代の学問的認識です。徂徠の天才は、三百年前にこの点をまで洞察していました。

 繰り返しますが、彼は孔子に聖人として二次的な役割しか認めません。孔子以前の時代、「先王の時代」に儒教の原点を求めます。孔子の権威の由来は朱子学のようですね。徂徠はそのことを明らかにし、さらに『論語』の裏を読み、「正しい読み方はこうだ」と述べて、孔子の神秘のベールを剥いだのです。

つづく

「荻生徂徠と本居宣長(二)」への2件のフィードバック

  1. 西尾先生と長谷川先生の対談を拝読して、三ヶ月前の「Voice」掲載の時読んだときとまた違う新しい印象を色々もったのですが、三ヶ月という短い間にも「江戸のダイナミズム」とそれにかかわる思想群がいろんな解釈の変化展開をみせていて、よく前回考えたこと忘れてしまって、自分は健忘症なのかなあと思ってしまったりします(笑)
     
     「論語」のドラマティック、つまり孔子の言説のドラマティックというのは「江戸のダイナミズム」の重要な部分ですが、ではこのドラマティックを削いできた作為ということは何か、ということを考えると、西尾先生がおっしゃるように、孔子という人間の聖人化ということがあると思います。そして精神状況は江戸時代も今の日本でもさして変わりなく、今でも孔子の聖人化という作為は進行していると思います。たとえば、徂徠の鋭利と好対照についつい思い出してしまうのは、井上靖さんの「孔子」ですね。こういう作品が絶賛されたりするという最近の日本の現状からして、私達は明治から大正、昭和、戦後世界へと、儒学教育から遠ざかったのに、奇妙にも逆に孔子の「聖人化」をより大きく進めているのではないか、と思います。

       西尾先生を通じて知ったことは、徂徠という人は、注釈が本当にものすごく多くて、必死で饒舌な思想家だ、ということです。ヨーロッパで言うとキルケゴールがこの必死で饒舌な思想家の一人にあたります。なぜこれほどまでに?というほど神や聖書の聖人や預言者の言葉に、対決しようとする精神が、キルケゴールの素晴らしさだと思いますが、徂徠もまた、そういう思想家ではないか、と思います。それは西尾先生が「個人主義とは何か」で言われているような、「確立されすぎている個」の知性がなせる業である、ということを、この対談では再確認されているわけですね。しかしその感銘覚めやらぬまま、井上さんの「孔子」に触れると、キルケゴールや徂徠の饒舌の精神は全く何処にも見られません。果てしない孔子の聖人化の再構築が無人(無批判)の荒野を進むが如くですが、これが「確立しすぎている個」を保有している日本人において再生産的に生じている、ということは、いったいどう考えればよいのでしょうか。

      孔子の「聖人化」といっても、絶対者をもちえない日本人のことですから、せいぜいヒロイズムの極大化ということでいつも足踏みするのですが、それにしても、井上さんの「孔子」を読むと、孔子を「聖人」と安直に考える場合、毒気のあまりのなさ、精神的ドラマティックの皆無、という「面白みのなさ」が完成されていくことが、孔子という聖人君子なのだ、という「屈折」が「聖人化」ということのの根拠ではないか、とさえ思えてきます。奇妙な言い方になりますが、孔子はつまらないことを言い続ける人間だからこそ、日本人にとって「聖人」であり続けた面がある、のではないでしょうか。

      あるいはたとえば「論語」や孔子の言説と対照的に、日本人は老荘思想の世界に毒気やドラマティックを生き生きと感じてきたといえますが、この対立の図式そのものを鵜呑みにしてきて、その図式自体を、「教養」と安直にとらえてきたようにも思います。孔子のつまらなさを飲み込めるのも、老子の面白さを意識しながら、ということになります。言い換えれば、何かしらの「全体図」があるからこそ、「屈折」を感受することができる。全体図を知っていれば吸収は早いでしょうが、「自分とは何か」ということを、孔子の言説にぶつけるというような、本当に大切なことからはどんどん遠ざかってしまったのかもしれません。「全体図」というのは、安直な「思想史的構図」と言い換えてももちろん、差し支えのないものだと思います。

       ここにおいて「確立されすぎている個」が「安定しすぎている個」にどうも裏返っているように思えてきます。「確立されすぎている個」は危機意識に対処するのに最大の力を発揮し、ゆえに江戸期の優れた知的冒険を生み出したのですが、同時に「安定しすぎている個」の「安定感」は最大の擬似教養を生む根源になった、とはいえないでしょうか。

      私自身は井上靖さんのことを全然そう思いませんが、井上さんは戦後を代表する教養小説家として、毒気とドラマティックをいっさい抜いた「教養小説」を学校教育や大衆教育の場にたくさん登場させてきた小説家です。本当の「教養」というのは、知識でない見識を養い育てるということを無視し、「構図」の中でしか意味をもちえないような見識でない知識、ほとんど意味そのものを失った事実の集合でしかない「孔子」や「論語」を教養と錯誤し続ける擬似教養的な精神の図式から、私達はそろそろ自由になった方がよいのではないでしょうか。西尾先生がいつもおっしゃるように長所と短所は裏返しで、「確立されすぎている個」が徂徠の鋭敏な知性を生み出したと同時に、「安定しすぎている個」に裏返り、孔子の「聖人化」という、図式的構図の中でしか意味のない擬似教養を進行させてきたのではないか、と思います。知らない間に私達はみんな、小さな思想史家になってしまっているのではないか、と私は考えるときがあります。

      「論語」のドラマティックの例として、西尾先生があげられている徂徠の「論語徴」の例は実に面白いし興味深いと思います。徂徠の饒舌が発見した、古代中華世界の政治技術論のドラマティックであるといえます。「論語」のドラマティックに気づかないことは、私達の中国社会へのリアリズムの目を失わせてきたことに他ならないわけです。このリアリズムの喪失がどれだけ日本人の対中国観のアンバランスを生んできたかは、指摘してもしすぎることはありません。

      あるいは「論語」がもつ「死」の問題について、加地伸行さんは「儒教とは何か」(中公新書)で、「論語」を全体的に読めば、「在世の親(人)に対して仕えることができなくて、鬼神になった親に対してどうして仕えられるのか」というふうに読み込むべきで、孔子は実は、正しい鬼神や死者に仕えよ(=間違った鬼神や死者は遠ざけよ)といっているので、「論語」の世界内で孔子が死の世界に無関心であったという俗説は完全に誤りである、とします。再び井上靖さんの「孔子」ですが、「論語」と「死」の問題のドラマティックについては、俗説的見解に従い、やはりほとんど触れられていません。「自分とは何か」という見識の養い(教養)にとって、死の問題はどうしても避けることのできない問題であるわけですが、このこと一つとっても、私達の「擬似教養」がいかに、「論語」や孔子のドラマティックから遠ざかってきたかを自省しなければならないように私には思われます。

       

  2.   西尾先生があげられている最近のお仕事のうち、「Voice」8月号の「教育再生会議・有害論」を拝読いたしました。
     
     教育制度における「自由」あるいは「自由競争」の問題は、西尾先生がおっしゃるように1980年代の中曽根内閣のときから安倍内閣に至るまで、継続したテーマになっています。ずっと継続したテーマになっているにもかかわらず、「自由」「自由競争」の意味が定かになっていないまま議論が推移したため、きわめて由々しき事態を招きつつある、というのが西尾先生の論文の趣旨だと思います。

      たとえば公立学校選択制の主張者として、この論文で名前があげられているミルトン・フリードマンは言うまでもなく、1980年代の西側先進国における「小さな政府」論の代表的イデオローグでしたが、フリードマンの急進的自由化論について、これは確かに反コミュニズムかもしれないが、実は新しい乱暴な進歩主義の一種ではないか、という批判は、すでに当時から、一部の保守派の経済学者などからなされていました。あるいは日本ではまだまだ有力な政治勢力にはなっていませんが、欧米では、フリードマン的主張をさらに極端な形にまで推し進め、ハーバード大学教授のロバート・ノージックなどを理論的指導者とするアナルコ・キャピタリズムあるいはリバタリアニズムという、新しい「左翼資本主義」の政治思潮が有力になりつつあります。

      アナルコ・キャピタリズムやリバタリアニズムの主張の具体案はかつてのマルクス主義も顔負けのおそろしく斬新なもので、民営化路線を国家の中枢まで貫徹しようとするため、警察や裁判所の民営化を提唱する論者もあるほどです。無論、教育制度の完全な民営化などはフリードマンのレベルからも主張されていたわけです。西尾先生はフリードマンの教育論を乱暴だと言いますが、全くその通りで、私としてはこの乱暴さから、21世紀の左翼思潮は実は過剰な自由化論者から生まれてくる可能性を充分考えなければいけない、と思います。

      日本の政治家はこうした動向の変化を知っていてあえて時代錯誤を演じているのか、それとも単に知らないのか、相変わらずケインズ主義的国家規制(不自由)と反ケインズ主義的自由化路線(自由)の二項対立の中で、前者が社民主義で後者が保守主義的自由主義であるというような価値判断の繰り返していて、小泉さんの民営化路線などその典型でしたが、実はこの二項対立は世界的にみて急速に時代遅れになりつつあるといわなければなりません。

      急進的自由化論者の根本的問題点は、国家や計画経済という過剰な理性主体を懐疑主義の立場から批判する立場だったはずなのに、懐疑主義のみ喪失して、競争や市場を理性主体として絶対化する立場にあっさり転じてしまったことでしょう。西尾先生の言葉を借りれば、「不平等万歳」の全体主義であり、フリードマン流の自由主義がある種の左翼的性格を帯びて、21世紀の私達に襲いかかってくることは、決して杞憂ではないように思われます。公立小中学校における選択制の導入はその危険な予兆だというのが、西尾先生の危惧ということになるわけですね。

      西尾先生の文章の中で、たいへん面白い指摘だと思ったのは、受験競争において、不平等社会・階級社会のヨーロッパでは、「生まれつき」が伴ってしまう条件設定に対して必ず騒ぎ立てる、というくだりですね。現役有利の日本的受験システムなどは、たちまち反発が起きてしまうんですね。しかし無階級社会の日本ではこんなことは少しも問題にならない、いや何が問題になるかわからないほどにのほほんとしている、という指摘は痛快に感じられるほどその通りに感じられました。そもそもが不平等な社会においては、不平等な結果の原因について、非常に神経質だ、ということでしょう。日本では、平等主義をやかましく言う左翼的人物でも同じ口で、無神経に最終学歴を嬉しそうに誇ったりしますね(笑)こうした世界に冠たる無階級社会の日本と、不平等社会・階級社会であるイギリス・フランスの中間地点で苦しむドイツの初等教育システムの事実なども非常に参考になりましたが、私以上に参考にしなければならない政治家や教育関係の官僚の諸氏は、こうした事実について、いったいどういう見解をもっているのでしょうか。

     私は関東の田舎県の出身ですが、1990年代初め、大学生になって東京に出てきて、小中学の塾や家庭教師のアルバイトをして、東京という世界が小中学の時期からものすごい受験競争のただなかにおかれていて、「学歴財産=最終学歴」の獲得を目指していろんな格差が階層差に発展し、非常な不平等社会をある面において実現していることに愕然としたことに驚いてしまいました。ひどい状況になると、家庭教師の出身・在籍大学でそれを誇りにしている病的な親もいましたが、「学歴財産=最終学歴」というものの有無を前に、それを獲得する可能性のある子供とそうでない子供とでは、別階級の扱いを前提としているような了解が成立しているような状況は、どう考えても私の田舎では観ることのできない光景でした。

      子供は残酷なもので、この扱いの違いをもとに、(よい中学校にいけそうな子が)平気で悪口を浴びせかけたり、親に対して傲慢になったりする、というような光景をたくさん東京で観ましたが、私にはどうしてもそれが好ましい競争状態とは思えませんでした。しかしそれでも90年代当初はまだ、東京では私立小学や私立中学の中でしか、こうした競争は進行していませんでした。あの状態がもし公立小中学選択へと、つまり「全体」へと広げようというのは、いったいどういう現状認識に従っているのか、と首を傾げざるを得ません。「競争」や「自由」によほどの形而上的価値を置いている以外、いかなる理由が考えられるでしょうか。そして前述のように、こうしたスタイルは、21世紀のこれからは、アナルコ・キャピタリズムなど、きわめてラディカルな反国家主義のイデオロギーに変貌するおそれがあるのですね。

      私は政治家の文章にはほとんど関心がないので、安倍首相の「美しい国」論もあまり知りませんが、西尾先生がおっしゃる通り、「自由」を公立選択制にまで広めることは日本の地域共同体意識そのものの破砕を意味するという覚悟があるのかどうか、つまり「自由だけれど醜い国」になる覚悟を決めているのかどうか、問うてみたい気がしないではありません。
       

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