今年の夏の「戦争」の扱い(一)

 今年の夏もテレビでは戦争の主題がくりかえしとり上げられていた。秋田の土崎という小都市が終戦の日の午前中に猛爆を受けたことがNHKニュースの時間帯で回想された。

 初めて聞く話だった。B29が編隊で日本海側の小さな町を襲った経路がテレビに映った。経路には白いB29の機体のデザイン画像が数秒間列島を北上するように移動した。石油の出る唯一の町だったらしい。そのため狙われて、市民多数が殺傷された。そしてほとんど間を置かず天皇の終戦詔勅の時間がきた。運の悪い町だったのだ。

 私とほゞ同じ年齢の小学生がこの日に死んだ。そのとき受けた弾痕もまだ残る黄ばんだ上着が紹介された。母親が大切に保存していたが、その母親ももう今はいない。ゆかりの人が戦争の悲惨を訴えるためだと言って上着を町の小学校に持って行って、子供たちに披露していた。胸のところに穴のあいたその上着を見せられても、今の子供たちには何のことかピンと来なかっただろう。

 テレビのナレーションは「戦争の悲惨さ」と言った。そのゆかりの人も同じ言葉を語った。アメリカ軍の非道とはいわなかった。アメリカ軍が憎いともいわなかった。戦争の終結がわかっていて、その直前に、やらないでもいい爆撃をした勝ち誇る米軍の民間人殺傷の空爆の無法を語る言葉はテレビからは聞こえてこなかった。

 いつもそうだった。NHKでも民放でも、「戦争の悲惨さ」としてすべてを一般論のように語る。戦争一般の悲惨さなのであって、日米戦争の米軍空襲による悲惨さなのではない。8月15日の正午まで、全国いたる処で、田舎道を歩いている老婆でも、学校に行く途中の小学生でも(この年日本に夏休みはなかった)、しらみつぶしに機銃掃射を浴びせたアメリカ空軍の戦争のやり方の卑劣さなのではない。どこまでも「戦争の悲惨さ」なのだった。

 そう言いつづけるテレビのもの言いは今年も昨年と同じに変わらなかった。聞いている日本国民はいつしか悪いのは戦争そのもので、戦争をひき起こした日本が悪いのだ。当時の日本が悪いのだ。日本は間違っていた。日本は反省しなくてはいけない。・・・・・・・・そういう誘導の文言に引きづられて、戦争には敵と味方がいて、日本の敵はアメリカだった、という余りにも当り前の事実を忘れてしまうのである。

 8月にテレビに映った戦争ものはみなそういう調子だった。特攻隊を作戦した海軍軍令部に対するNHKの連夜の告発シリーズも、90歳の生き残り兵の口を借りて語らせる各種の最前線物語も、大本営発表のウソを放送したNHKの当時を反省・懺悔してみせる自局告発の番組も、日本は間違っていた、日本は悪だった、日本は愚かだった、の一本調子で、アメリカという相手が何をしたかということはいっさい語られない。相手があって初めて日本はこうしたのだ、がまったく語られない。戦争が終って60年たったとはとても思えない。いまだに米占領軍の検閲におびえているような内容のオンパレードである。そうではないもの、それを打ち破った異色の番組はひとつもない。

 このまま同じ調子がずっとつづいて「戦後100年」になっても多分こうなのだろうなァ、と近頃私は憂鬱な気分を通り越してやゝ諦めムードに陥っているのだが、その恐らくは分岐点になったであろう映画を最近見た。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です