講演「正しい現代史の見方」帯広市・平成16年10月23日(七)

 戦争が終って、敗北を知った直後、呆然としている日本人は、謝るというようなことを考えた人はほとんどいません。まして、世界に対して罪を犯したなんて、冗談じゃない、そんなことを考えた人は一人もいません。厭戦感情はありましたよ。疲れた、もう厭だ、これ以上はたまらない、これは別ですよ。でも、正義とか道理とかは、わが方にあるということを疑うものはいなかった。

 敗北を知ってホッとした感情があったのも事実ですよ。でも、これで助かったと思ってホッとしたんじゃなくて、余りにも苦しくて、疲れ切って、病人が早く死にたいと思ったりするような気持ちにも似て、ホッとしたんですよ。それをみんな誤解して、終ってホッとして生き生きと甦ったというような意味に解釈して、いつしか「解放感」と誤解するようになったんですね。

  「解放感」はむしろ開戦のときにあったんです。なぜ、武者小路実篤や太宰治のような作家までが、開戦の日にまるで甦ったように思ったのか。あるいは竹山道雄がこれでやっと決まったとホッとしたのか。明治以来の日本人の胸のうちに がしっーとかぶさってくるものがあったからでしょう。説明のできない圧力を受けてきたからでしょう。その圧力が中国戦線で晴らせるものじゃなかった。いつまでも中国に深入りしてたって、きりがない。本当の敵は何処にあるんだと、いう疑問は日本人を苦しめていました。後ろで援蒋ルートといって、盛んに蒋介石に物資を援助している政府がいるじゃないか。そのことを誰一人知らない者がいなかった。

 しかもいろんなことが戦後になって、最近になってわかってきていますよね。フライングタイガーという作戦ね、これひどいものですね。12月8日に、真珠湾攻撃で戦争が始まってたんじゃないんです。アメリカはそれより先に中国に空軍部隊を、つまり兵力を投入していたんです。ただし全部いったん退役にしまして、その上でアメリカの飛行機を投入してですね、いかにも義勇兵が勝手に参加しているかのごとき形式をとりまして、アメリカ自身が参戦していたんです。蒋介石軍が弱いんで、見てられなかったからでしょう。フライングタイガーという軍隊、事実上の軍隊ですが、しかもそれに正式にルーズベルト大統領が署名をして、退役にしたのは形式であって、やがて複役させということを約束している。そういう大統領の署名のある書類も発見されている。今となればですね。はるかにはるかに日本より早くですね、アメリカが「開戦」に踏み切っているんですよ。

 じつはそのとき、東京大空襲が計画されておりました。パールハーバーよりはるか数ヶ月前に東京は敵襲をいきなり受ける可能性が高かった。ところが、その時米軍がそろえていた飛行機がドイツ戦線に必要になったために、急遽東京空襲の計画は取りやめになったということですから、なんで日本が先に手を出したなんてことが簡単に言えますか?開戦の気分は双方同じだった。発火点に達していたが、切っ掛けだけがなかった。そういうことが大戦直前の状況だったんです。

 強い強い圧力、胸の中に鬱積してくるようにたまってくるものが日本人の中にあって、その原因となるものの正体が歴史の背後から少しづつ浮かび上ってきています。今だんだん証拠書類が公開されておりまして、第二次世界大戦に対するアメリカの公文書館の書類はいまやっと少しづつ出ているわけですね。それから、ソビエトの崩壊した1990年から何年間か、大体1998年ぐらいまでの間に、隠されていたソビエトの秘密文書がオープンになりまして、その多くは少しづつ翻訳されておりますけれど、歴史は塗りかわりつつあるわけです。

 プーチンになってからまた書類が出てこなくなりましたけれど、とにかくソ連(ロシア)もかなりひどいことをしていたことが全部わかってきつつあります。あの当時我々が知らなかった世界史の闇の部分が分るということになるわけです。虚々実々の現実がこれから明らかになるだろうと思います。日本が中国大陸に引きずりこまれたのはどこの国の意志であったのか。それは果して英米なのか。イギリスはソ連に警戒的でしたが、アメリカは慨してソ連に寛大で、政府の中枢にコミンテルンのスパイがいました。アメリカを介してソ連の巧みなコントロールがアジア情勢をどう動かしていたか。ま、私はまだぼつぼつ勉強している途中で、よくわかっていないところばかりで、これから大変なんですが、いずれにせよ、20世紀の歴史というものを我々はもう一度、よぉく振り返って、精査してみる必要があるのではないか、と思うわけであります。

 そうしたらば謝る気になんか、とてもなれないですよ。日本人が謝る必要なんか全くないということに、すぐ気が付くと思います。我々が悪をなして、アメリカが善をなしたとか、ソビエトが善をなしたとか中国が善良そのものだったとか、そんなこと考えられますか。自分が悪をなしたと思っているからおかしなことがおこるんです。そんな事は常識だって考えられないと思うんですね。今のアメリカやロシアや中国のやり方を見ていても、地球上で起っているどの出来事を見ていても、各国の強引さ、そして掛け引きのものすごさを思い浮かべてください。

「講演「正しい現代史の見方」帯広市・平成16年10月23日(七)」への2件のフィードバック

  1. >厭戦感情はありましたよ。疲れた、もう厭だ、これ以上はたまらない、これは別ですよ。でも、正義とか道理とかは、わが方にあるということを疑うものはいなかった。
    >敗北を知ってホッとした感情があったのも事実ですよ。でも、これで助かったと思ってホッとしたんじゃなくて、余りにも苦しくて、疲れ切って、病人が早く死にたいと思ったりするような気持ちにも似て、ホッとしたんですよ。

    今までいま一つピンとこなかったことが、西尾先生の言葉の定義でよくわかりました。
    「疲れた、もうこれ以上は厭だ」や「戦争が終ってホッとした」というのは、戦争経験世代(軍人として参加していた人も含む)から時々聞いた言葉でしたが、話のコンテクストからそれを解放感とするにはちょっと違和感がありました。それでもやはり解放感ということになるのかな、と思っていました。
    でも戦後になって言われる自らの意志を放棄したような「解放感」ではなく、運命として受けとめた終末感とでもいうものなのでしょうか。
    よく言い表せませんが、違いがわかりました。

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