真珠湾攻撃70年にも思い馳せる震災下の8・15 

   @産経「正論」欄より 2011.8.5

 大震災後初の終戦記念日に続いて、真珠湾攻撃70周年記念日(今年12月8日)が近づいている。

 第二次世界大戦で、米国はドイツを主要な敵と見立て、対日戦はそのための手段だったと見る説があるが、19世紀からの歴史を考えるとそんなことは全く言えない。欧州戦線で米軍は「助っ人」を演じ切ったが、太平洋戦線では「主役」そのものだった。昭和14(1939)年まで、日本は米英一体とは必ずしも考えていなかったのに、あっという間に米国が正面の敵となった。かねて狙っていた標的に襲いかかる勢いだった。

 ≪≪≪日本に対する戦意の根深く≫≫≫

 米国内にはドイツ系市民が多数いて、ドイツに対する米国の戦意の形成は大戦直前の短期間だったのに対し、日本に対する戦意の歴史は根が深く、ハワイ併合時(1898年)にすでにあり、日露戦争(1906年)後に露骨に明確になった。日系市民の存在は、ドイツ系と違って、米国内の敵意の発生の場、人種感情の最もホットな温床であった。

 19世紀前半に、米国はメキシコと大戦争をしている。テキサスを併合し、アリゾナ、コロラド、ネバダ、ユタ、ワイオミングの各州に当たる地域を奪取し、ニューメキシコとカリフォルニアを買収、この勢いは西海岸をはみ出して西へ西へと太平洋にせり出した。

 南北戦争の内乱でしばし足踏みした後、明治維新を経た新興日本の急成長を横目に、米国はスペインと開戦してフィリピンを併合、用意していたハワイ併合も果たした。ハワイ併合に、大隈重信らが抗議してしつこく食い下がった日本外交の抵抗は知られていない。米国は余勢を駆って、グアム、サモア、ウェークなどの島を相次いでわがものとした。日本にとっては、脅威そのものだった。

 米国の西進というパワーの源には、非白人国家に文明をもたらすことを神から与えられた使命と考える身勝手な宗教的動機もあったが、英国、オランダ、フランスに加えてドイツまでもが太平洋に植民地を築き、中国大陸が西欧に籠絡されていることへの、遅れてきたものの焦りがあった。

 ≪≪≪遅れてきた焦りゆえの西進熱≫≫≫

 興味深いのは、フィリピンやグアムなどの領有には武力行使をためらわなかった米国が中国大陸を目前にして方針を急に変えたことである。米国は、大陸に武力を用いるのに有効な時期を逸していることに気づいた。ロシアと英国が早くから中国に介入していたからである。米国は「門戸開放」を唱えだした。俺にも分け前を寄越せという露骨なサインである。米国はそこで、中国大陸への侵攻を目指して、北方、中央部、南方の3方向から順次、介入を試みた。

 北方ではロシアが日本より先に満州を押さえ、朝鮮半島を狙っていた。そこで、米国はロシアを追い払うために日本を利用し、日露戦争で日本を応援して漁夫の利を得ようとしたが、誇り高い日本民族がこれを許さない。鉄道王ハリマンの野望は打ち砕かれた。それでも、米国は満州への経済進出の手をゆるめない。

 第一次大戦中に、アジア市場には日本の影響力が高まったので、米資本が進路を拡大するには武力に訴えたかったのだろうが、各国の力学が複雑に張り巡らされた大陸の情勢下では、それも難しく、米国は上海を中心とする中国の中央部に狙いを移し、文化事業、キリスト教の宣教などを手段とし、非軍事的方法で揺さ振りをかける道を選んだ。日中の離間を謀るさまざまな手が打たれた。米国はことごとく日本を敵視した。米国への中国人留学生迎え入れの予備校である精華学院などを創設、中国人の排日テロを背後から支援し続けた。キリスト教宣教師はしばしば反日スパイの役割を演じた。

  ≪≪≪なぜ米国が戦争したかを問え≫≫≫

 西進への米国の果てしない衝動は、他の西欧諸国とは異なる独特の、非合理的な熱病じみたものを感じさせる。満州へも、中国本体の中心部へも、思う存分介入できなかった米国は、とうとう最後に南方からの介入で、抵抗を一気に排除しにかかった。フィリピン、グアムを軍事拠点に、英国やオーストラリア、オランダとの合作により南太平洋を取り囲む日本包囲攻撃の陣形を組み、大陸への資本進出を実行する障害除去のための軍事力動員の道に突っ走った。

 かの真珠湾攻撃は、米国の理不尽で無鉄砲なこの締め付けに対する日本の反撃の烽火(のろし)であった。

 日本人は戦後、なぜわれわれは米国と戦争する愚かな選択をしたのかと自己反省ばかりしてきた。しかし、なぜ米国は日本と戦争するという無法を犯したのかと、むしろ問うべきだった。米国の西進の野蛮を問い質すことが必要だった。西へ向かうこの熱病は近年、中国を飛び越え、アフガニスタンから中東イスラム圏にまで到達し、ドルの急落を招き、遂に大国としての黄昏(たそがれ)を迎えつつある。真珠湾攻撃は、70年間かけて一定の効果をあげたのである。(にしお かんじ)

「真珠湾攻撃70年にも思い馳せる震災下の8・15 」への4件のフィードバック

  1. ~私のブログ「中韓を知りすぎた男」が政治ブログランキングに載るずっと以前から「博士の独り言」や、せと弘幸氏の「日本よ何処へ」が在日朝鮮人政治家や極左政治家と戦い、多くの若者を目覚めさせた功績は計り知れません。私の妻の弟から時々電話があります。彼はネットの情報により多くの真実に目覚め、日本を崩壊さす目的の民主党の正体を知りました。そこでネットを見ない中高年に民主党の正体や、在日朝鮮人に乗っ取られたテレビの捏造ニュース、意図的に韓国ドラマを氾濫させ、韓国歌手の登場さすテレビの恐ろしさを、周囲の人たちに教えているそうです。彼の話によれば「若者の目覚めは急速に増えている、日本は変わる」と熱く語っていました。—。
    http://kkmyo.blog70.fc2.com/blog-entry-769.html

  2. 「GHQ焚書図書開封5」はまだ買っていませんが、是非読ませて頂きます。
    つい先日BSテレビでアメリカの歴史をテーマにした番組を放映していました。最初の少ししか見ませんでしたが、メイフラワー号から始まって、ピューリタンたちの生活、そしてインディアンたちと交流し、クランベリーやとうもろこし栽培のことを教えてもらった、などと描いていました。
    私が40年程前に使った高校の英語の教科書には、白人がどのようにインディアンから土地を奪ったかという文章がありました。白人が手の平に乗る位のほんの僅かの動物の皮を見せて、「これ位の土地がほしい」と頼む。インディアンは同意する。すると白人はその皮を細い紐状に切り始め、大きな輪の形にして地上に置き、「では、この土地を貰う」と言う。そこまでしか覚えていませんが、そのずる賢さには腹立たしく思ったものです。
    昨日(8/15)はNスぺ「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」を放送していました。「ああ、またか」と思いながら、時々聞こえる音だけ聞いていましたが、陸軍と海軍の考え方の乖離を主題に、当時の資料やインタビューを混じえての相変わらずの構成だったようです。10年程前も「その時歴史が動いた」の番組でミッドウェー海戦の話題を取り上げていましたが、まるでそっくりの作り方でした。要するに「あそこが悪い、ここが悪い、ああすればよかった、こうすればよかった」の連続です。
    こんな意気消沈するようなお仕着せの番組を何十年も見せられて、まともな人はもううんざりしているのではないでしょうか?
    私が小中学生の頃はこの8月15日や12月8日の頃になると、よく当時の記録映像を使った番組がありましたが、どちらかというと戦時中の記録映画などをそのまま流して、キャスターやゲストが長々と解説するなどという作りではなかったと記憶します。
    それに最近は外人や外国系のキャスターやゲストがやたらとテレビに出てきてるように思います。中韓もさることながら、欧米系も劣らない。
    2,3日前、NHKの夜の番組で日本語の上手い欧米人が「小林家」という日本人家族に扮して、日本の一般的家庭の様子を面白可笑しく再現して、「これができたら日本人」と解説していました。あのNHKまでこんなバカ番組を作るようになったか、と思いましたが、これも一種、映画「猿の惑星」の意図と同じではありませんか。
    いつか読んだ本で「イギリス人は植民地にした現地人の精神まで食い尽くさないと気が済まない」と読んだことがあります。
    茶髪の時代劇に上記の外人演ずる「小林家」、これも皆日本人が作ったのかもしれません。しかし、ここまで自分たちの文化を自分の目でまともに評価できなくなったら、流石に「同胞」からも嫌悪感を抱かれても仕方がありません。
    椅子よりもくつろげる畳、靴よりも足が楽な草履や下駄が好きな私は、西尾先生のこの「正論」の「真珠湾攻撃は、70年間かけて一定の効果をあげたのである。」という一文に何よりの新鮮味を感じます。

  3. 自虐日本人は在日のなれの果てだったのか。なるほどそうだとすれば疑問が氷解する。アイデンティティーがコリアで、法的には帰化しても本質は非日本人というわけか。根性悪いわけだ。日系アメリカ人の歴史のほうが潔い。442部隊の話など涙なしではみられない。国家への帰属意識がなければ国籍や出自も意味がない。日本に産まれたわれわれだって自覚を新たにしなければね。いつまでもアメリカの属国でやっていけるのか。
    アメリカは侵略を続けなければ自己のアイデンティティーが脅かされるから、いわゆる脅迫神経症。戦争をしては反省しまたそれを繰り返す。自由と民主主義?覇権主義と暴力の国だよ。ディー・ブラウン著「わが魂を聖地に埋めよ」によれば、インディアン掃討戦は明治維新前後の時代に行われている。

  4. >>法的には帰化しても本質は非日本人というわけか。根性悪いわけだ。
    彼らに物を与えて問題解決した事など100年に1度として無い、諭吉
    ・ 強制連行されてきた外国人のはずだが、本国に帰らせろとは決して言わない
    ・ 祖国は日本よりすばらしいと言うくせに、決して自国へは帰らない。徴兵も無視し日本に住み続ける
    ・ 帰る祖国が存在するのに、帰る場所はないと言う
    ・ 日の丸を見るのも嫌な外国人のくせに、日本から出て行こうとはしない
    ・ 立派な朝鮮人名を名乗らず、屈辱なはずの日本人名を自らの意思で名乗る
    ・ 大嫌いなはずの日本人に、現実でもネット上でも日本人に成りすます
    ・ 外国でトラブルに遭うと、祖国の大使館ではなく日本の大使館に泣きつく
    ・ 祖国に帰れば参政権があるのに、なぜか先に日本での参政権を不当に欲しがる
    ・ 本国を良くするための提言はまったくしないが、日本には暴力的に内政干渉をする
    韓国のキムチ工場で日本向けの朝鮮漬-キムチに痰を入れる女労働者
    http://plaza.rakuten.co.jp/img/user/51/17/385117/22.jpg
    寄生虫の韓国産朝鮮漬-キムチ
    http://image.blog.livedoor.jp/newskorea/imgs/5/4/5432c008.png

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