私の書くものは全て自己物語(二)

私小説的な自我のあり方

西尾 遠藤さんもご存知のように、私の書くものは研究でも評論でもなく、自己物語でした。ドイツ留学を皮切りに、ソ連文学官僚との思想対話や西ドイツの学校めぐり、中教審委員や新しい歴史教科書をつくる会の会長時代の体験記、戦争と疎開世代である私の幼少年物語、はては自分のガン体験まで、「私」が主題でないものはありません。私小説的な自我のあり方で生きてきたのかもしれません。

遠藤 先生がドイツに留学されたのは、一九六五年から一九六七年の間ですね。当時は、ヨーロッパ留学など簡単ではない時期だったのでは。

西尾 羽田空港から出発する際に、三十人もの教え子の学生たちが「西尾先生バンザーイ」とやってくれた、まだそんな時代ですから。ドイツの街のショーウィンドウに見る日本のカメラ、家電が誇らしく、見るもの聞くもの何でも日本と比較していました。

遠藤 え? 「比較」ですか。

西尾 ヨーロッパについて私が書いたことは当時、まだ書かれていなかったヨーロッパでした。日本に伝えられていないヨーロッパがあったのです。私は新鮮な驚きと感動をもって「比較」しました。日本の高校進学率が七割を越えていたあの時代に、逆にドイツは中学卒(義務教育)で終わる人が七割でした。それから、ドイツの大学には「卒業」がなかった。え、何だろう? とこの二つの事実に、私は強い疑問を持ちました。『日本の教育 ドイツの教育』にはじまる私の教育社会論は、ここから展開されたのでした。  ところが、日本の大学では比較文化や比較文学が大流行していました。出版界では『タテ社会の人間関係』や『縮み志向の日本人』、『甘えの構造』『日本人の意識構造』など、日本人論花盛りだった。私は違うと思った。私の出発をなした『ヨーロッパ像の転換』や『ヨーロッパの個人主義』も「比較」を用いていますが、動機が違う。私も日本を意識していますが、日本人を定義なんかしていない。日本文化を特殊視していない。

遠藤 なるほど、比較文化や比較文学に対して疑問を持たれていた。

西尾 比較とは本来、認識の手段や方法に過ぎず、それを体系化したり、自己目的化するものではありません。日本では比較文化や比較文学にしても、「比較学」として学問化してしまうのです。  ある著名な東大教授は比較の系譜を辿り、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスが比較の先蹤であり、フランスの思想家ヴォルテールが二番手、日本の比較学のはしりは『魏志倭人伝』だと言った。そんなバカなことがあるかと思いました。この方面の学会では、その後も「ヘーゲルと空海」とか「漱石とカフカ」、「ハイデガーと道元」といった論文が様々な学者から発表されました。二つを選んで最初に似ていると決めてかかれば答えが先にあるので、それで終わってしまう。言わば、イデオロギーに過ぎません。

「比較」には驚きが大事

遠藤 日本人にとってそれは、物事のスタンダード(基準)は常に外にあり、外の基準で自己を評価しなければならないというイデオロギーになってしまう。アメリカやヨーロッパの政治を基準に、日本の政治が遅れているとかいわんばかりの議論がまだされていますが、こんなくだらない話はありません。日本人は往々にして、他者の視点で自己を評価するということをしがちですが、それは「比較」の自己目的化がもたらした弊害だと思います。  話は戻りますが、先生の比較学に対する批判はその後どのように?

西尾 批判的な発言を続けていたら、東大と東工大の比較文学研究科が私に発言させようと、私を招聘して二度のシンポジウムを開催しました。さすが公正です。東大は佐伯彰一先生、芳賀徹先生、東工大は江藤淳さんが中心で、錚々たるメンバー十数人を集めたのですが、私が半分ぐらい発言してしまった(笑)、その全記録も──これは本になっておらず──第三巻「懐疑の精神」に収録しています。

遠藤 そもそも、比較するとは、どういうことなのでしょうか?

西尾 比較とは、何よりも驚きが大事です。何かに出会って心に驚きがあり、その驚きを表現することが、すなわち生きることでもあるわけです。たとえば、私はドイツ人が釣銭を渡すのにも引き算ができず、足し算で計算することに驚きました。百マルク紙幣を出して四十五というお釣りを渡す際、五十五、六十五、七十五と返す。ドイツ人は名医を選ぶという考えがなく、医者はみな同じと思っている。これも驚きでした。  ところが、比較学として学問化されてしまうと、はたして驚きが生まれるのかどうか。驚き自体が目的化してしまうのではないかとの危惧から、比較文化や比較文学を学科にすること自体に反対したのです。

遠藤 全集の全てが先生の個人物語であり、これまで私小説的な自我で生きてこられたということでした。この私小説的自我の表現こそ、西尾幹二という表現者の本質なのではないかと思います。自我の発露であるがゆえに言葉が強靱で、人を惹き付ける力がある。運動的、政治的な言葉ではなく、思想的、文学的な言葉であるところに、先生の文章の魅力と強さがあると思う。その意味で、政治や運動といった多数派の形成を目的としたグレーな言葉とは異なります。  さてそこで、かつて新しい歴史教科書をつくる会の会長という、いわば賛同者の拡大を目的とした営みのなかで言葉を発せられてこられたことに対して、矛盾や限界を感じられたことはありませんか。

西尾 あったからこそ失敗したのです。いまでも皆さんに迷惑をかけたと思っています。長谷川三千子さんが私のことを「孤軍奮闘の人」と書いて下さったことがあり、「たとへ百万の助太刀が駆けつけても、そのかたはらでやはり孤軍奮闘する人」と。ありがたいお褒めの言葉ですが、組織のリーダーには不向きということです。『国民の歴史』(文春文庫)を書くことで勘弁していただきました。

根源的な大江健三郎批判

遠藤 『国民の歴史』は、先生が批判された大江健三郎氏などから、かなり叩かれましたね。

西尾 反対陣営からの誹謗本が、私の知るかぎりでも五冊出ていますね。大江さんも、若い頃から私の批判をさんざん受けてきたので、恨み骨髄で『国民の歴史』を目の敵にしました。

遠藤 西尾先生は、大江氏批判をかなり早い時期になさっていますね。

西尾 二十九歳のとき、同世代の彼の「『民主主義』という文部省教科書に熱い感情」とか「戦争放棄はぼくのモラル」とかに、ウソ言いなさんなと書いた。三十三歳のとき、『批評』という雑誌に「大江健三郎の幻想風な自我」という五十枚の文芸評論を書いた。自分で言うのも恥ずかしいのですが、これがなかなか素晴らしい論文なのです(笑)。ところがなぜか、単行本に入れないで終わった。謎です。今度、『週刊新潮』掲示板のおかげで四十年ぶりに再会した。

遠藤 大江氏の何が一番気に入りませんか。

西尾 文体論からはじめ、私小説的自我の幻想肥大があると大江文学の根源的なところを否定しています。そして、幻想風な自我は石原慎太郎氏も同じとまで書いていますから、是非お読みいただきたいですね。

遠藤 この全集を読むことで、西尾先生が若い頃に書かれた論考が全て現在にがっているという全体像を手にすることができるわけですが、若い頃に書かれた文章がまた瑞々しくて鋭く、情熱と冷静さがあって、ひょっとすると三十代で西尾幹二という評論家は完成されていたのかと思うほどです。

西尾 実は、自分でも三十代後半に書いた文章が落ち着いたいい文章だと感じています。当時は、爆発的といってもよいくらいの活動をしていました。第三巻「懐疑の精神」には、「言葉を消毒する風潮」「マスメディアが麻痺する瞬間」「テレビの幻覚」「現代において『笑い』は可能か」といったメディア論も収録されています。

つづく

『WiLL』2011年12月号より

「個人主義と日本人の価値観」講演会開催のお知らせ

   西尾幹二先生講演会

「個人主義と日本人の価値観」

〈西尾幹二全集〉第1巻『ヨーロッパの個人主義』(1月24日発売)刊行を記念して、講演会を下記の通り開催致します。

 ぜひお誘いあわせの上、ご参加ください。

★西尾幹二先生講演会

    「個人主義と日本人の価値観」

【日時】  2012年2月4日(土曜日)

  開場: 13:30 開演 14:00
    ※終演は、16:00を予定しております。

【場所】 星陵会館ホール

【入場料】 1,000円

※予約なしでもご入場頂けますが、会場整理の都合上、事前にお知らせ頂けますと幸いです。

★講演会終演後、<立食パーティ>がございます。

【場所】 星陵会館 シーボニア 

※ 16:30~(18:30終了予定)

【参加費】 6,000円

※<立食パーティー>は予約が必要となります。1月24日までにお申し込みください。
ご予約・お問い合わせは下記までお願いします。予約時には、氏名・ご連絡先をお知らせください。

・国書刊行会 営業部 

   TEL:03-5970-7421 FAX:03-5970-7427

   E-mail:sales@kokusho.co.jp

・坦々塾事務局   

   FAX:03-3684-7243

   tanntannjyuku@mail.goo.ne.jp
星陵会館(ホール・シーボニア)へのアクセス
〒100-0014 東京都千代田区永田町2-16-2
TEL 03(3581)5650 FAX 03(3581)1960

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※駐車場はございませんので、公共交通機関にてお越し下さい。)

主催:国書刊行会・坦々塾

後援:月刊WiLL

「私の書くものは全て自己物語(二)」への1件のフィードバック

  1. 西尾先生が文明論で大切なこととして言われている「驚き」について、私はだいたい「観察力」という言葉で普段使っていますね。観察力を支える一番重要な要素は「驚き」ですね。

     哲学の世界では「当たり前の日常に驚くことのできる能力」が一番大切なことだとよく言われます。死の問題でも身体の問題でも意識の問題でも、昔は不思議で仕方なかったのに、いつのまにかこの世にいることに慣れてしまって、何となく解決していると思い込んでいることがみんな哲学の課題だからで、だから驚くことのできる子供はみんな哲学者だ、ということになるわけです。

     つまり哲学でも文明論でも同じく「驚き」が大切なわけですけれども、では文明論の「驚き」は何に向かうべきかというと、「自分の中にあらかじめ書き込まれている物語」だ、と思います。文明はさまざまな物語を内包しています。しかし単に内包しているだけでなく、その文明の外部を意識した途端に、実は「文明の外の文明」への意識も内包しているわけです。異民族・異世界への妄想のレベルからリアルな外交情報まで、「文明の外」にそういう他者があることで内側の自分の文明がある、というふうにして文明の物語は成立しています。問題なのは、国民の大半はそういう「内」と「外」を、いったんは教育の場で観念的に頭に植えつけられる、ということです。

     端的にいえば、「外国はそういうものなのだ」ということを、私達は知らない間に自分たちの内側に蓄積してきて、それが自分たちの思考の自由を奪うほどであることに、なかなか気づくことができない。レベルの低い文明論というのは、そういう蓄積に無自覚なまま、その再確認に終わるような論です。たとえば私が小さいときから散々にいわれてきた「日本人はお上志向」という論にしても、ではその「お上志向」がどうして「訴訟社会というお上志向の典型」を生んでいないのか、という反論にどう答えるのか。そもそも「お上志向」の国なんて世界中にたくさんいて、日本なんてそれほどでもありません。

     レベルの低い文明論の例として、私は最近、西部邁さんと小林よしのりさんの『反米の作法』というの読んだのですが、アメリカ文学について論じる章で、驚くなかれ、フォークナーとへミングウェイしかあげないで、アメリカの「浅さ」ということを言っています。

     私の考えではアメリカは、文学を例に出して考えれば、無前提に近代社会が成立しているせいで、ヨーロッパ文学での文学実験がより純粋な形であちこちにある、と思います。象徴主義をより徹底させたポオとか、ゴシックホラー文学に近代的性格を与えたラヴクラフトとか、つまり「奇妙な広がり」がアメリカ文学の性格なわけです。単に「浅い」とはいえない。西部さんが言いたいのは要するに「アメリカはヨーロッパに比べたら歴史的に浅い」という日本の平均的大人たち「自分の中に書き込まれた物語」の再確認なわけで、私には退屈なお坊さんの法事の説教みたいに読めてきちゃいます。観察自体を放棄しているようなものですから、そこに「驚き」も何にもありません。「浅い」ことそのものへの「驚き」がないんですね。10冊でも20冊でもいい、今まで読まないでいたアメリカ文学に目を通して、意外なところ=驚いたところを拾っていくことからはじまる。あるいはそれだけでいいんです。
     
     「真の雄弁は雄弁を軽蔑し、真の道徳は道徳を軽蔑し、真の哲学は哲学を軽蔑する」というパスカルの言葉がありますが、これは文明論でも同じだと思います。既存の、つまり自己内に書き込まれた文明論をいったん無視してすべて取り払い、そして観察と驚きに徹して、そしてどの文明論にもない文明論をつくりあげていくいことです。西部さん小林さんの論にはその意味での「軽蔑」が少しもない。それが西尾先生の文明論になると、あふれかえっていて、私は自分の中に書き込まれていた物語をどんどん解体し「軽蔑」していくことができるわけです。

     西尾先生の文明論ですとよく皆さん『ヨーロッパの個人主義』をあげますが、私は『ヨーロッパ像の転換』の方が素晴らしいと思います。なぜかというと、「観察力」「驚き」から文明論を掘り起こしていくという流れが、文明論の名著の模範を示しているように感じられるからです。特に私が好きな場所は、いろんなヨーロッパの画廊をまわるうちに、そこに集う人達を、時間空間をこえて緻密に観察していく場面です。やはり自己物語なんですね。処女作はすべてを物語るといいますけれど、西尾先生の思考の原点を知るという意味でも、私は『ヨーロッパ像の転換』を世間の皆さんに読んでいただきたいと思います。

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