ありがとうアメリカ、さようならアメリカ (二)

Voice6月号 戦争へ向かう東アジアシリーズより

第二次世界大戦以前からの一貫した世界統治意志

 先の大戦の終結から67年、米ソ冷戦の終結から23年たった今、少しづつ次第にはっきり分かってきたことがある。

 アメリカ軍が西ヨーロッパ、ペルシア湾岸地域、東アジアに駐留していた理由はソ連に対する脅威のせいだとわれわれは思い込まされてきたが、冷戦が終わってもアメリカはいっこうに撤兵しない。世界中の基地を維持しつづけている。日本などは本土の基地はほとんど兵力が空っぽなのに返還に応じようとしない。

 西ヨーロッパではソ連が崩壊してもNATO(北大西洋条約機構)は崩壊せず、東欧や中欧に民主制度と自由市場を拡大させるという表向きの理由で軍事コミットメントは継続された。西ヨーロッパの側に当初、これを歓迎する空気もあった。アメリカの真意は統一ドイツの出現によって、ヨーロッパに再び各国が力を張り合うバランス・オブ・パワーの不安定な外交政治が出現するのを恐れるという、平和維持の超大国としての役割意識もあったと考えられるが、実際には統一ドイツをNATOにつなぎ止めることによって、その独自の強力外交や核武装を阻止しようという思惑が本当の目的だった。加えてドイツがロシアに必要以上に接近するのを阻み、ロシアが再び大国になるのを抑えるという狙いもあった。

 こうなると、第二次世界大戦の以前からあったアメリカの一貫した一極集中の覇権意志の鎧が、衣の裾からチラチラと見えてしまうのである。第一次大戦後のパリの講和会議にバランス・オブ・パワーの伝統的なヨーロッパ外交を否定して、「世界政府的」な理想主義めかしたウィルソン米大統領の政治意志が表明されたことがあるが、あれも今思えば覇権思想の表明だった。そしてチャーチルと洋上会議をして決めた大戦直前のルーズベルト米大統領の「大西洋憲章」は紛れもなく今から見ればアメリカによるヨーロッパ支配の宣言書のようなものだった。

 こうしてみるとソ連が崩壊した後のヨーロッパ政治へのアメリカの介入は、第二次世界大戦より以前からひょっとするとそれ以前から、この国に強固な世界統治意志があった証拠だ、と見えてきてしまう一面がどうしてもある。冷戦後の1990年代にアメリカの出方は一段と露骨になった。バルト三国、ウクライナ、コーカサス地方、中欧など伝統的にロシアの勢力圏であった地域にまでNATOの戦略的関心は及ぶという言い方で、西ヨーロッパを政治的にリードした。いいかえればNATOはアメリカがヨーロッパにおいて自らの覇権意志を永続させるための道具にほかならなかった。

 その後、ヨーロッパは軍事的にはともかく、経済的にはアメリカに距離を置こうとし始めた。1971年に金兌換制度と手を切ったドルの無方針な乱発とたれ流しの将来を恐れて、経済統合による自存独立の方向へ舵を切った。EUによる市場統合と通貨統合が達成され、政治統合に進みそうになって挫折したのは、ヨーロッパ内部の主権国家同士の調整がどうしてもつかないという理由ももちろん大きいが、アメリカがEU独自の軍事力の成立を認めないという一貫した政治干渉が行われたことが何といっても一番大きい。アメリカは自分にカウンター・バランスする能力を持つ国ないし地域の出現を許さないのだ。EUはどこまでも経済統合であって、国家にはさせないよ、それがアメリカの方針であった。

 ドイツがEUの成立に熱心で、不利益を蒙っても忍耐づよいのは、ナチの歴史を抱えたこの国は己れの国家意志を打ち出すにはヨーロッパ全体の名において行なうしか方法はないが、いつの日にかゲルマンはこの方法でアングロサクソンに打ち勝つという粘り強い長期戦略に支えられているのだと私自身は見ていたが、アメリカがそんなことを見抜いていないはずはない。

 ヨーロッパの伝統的な外交政策とアメリカの強引な一極大国の論理が正面衝突した最近の目立つ事件といえば、イラク戦争の開戦直前の激しいやり取りと論争だった。ヨーロッパはここでも折れて、見切り発車で開戦となったが、ドルの凋落とユーロの優勢が目立ったあの時点で、イラクが石油売却をユーロで行ない、以来、基軸通貨としてのドルの信認が世界的に危うくなりだしたことがイラク戦争の主たる原因だった。中東へのアメリカの石油依存度はわずか10パーセント程度で、イラク攻撃は石油利権が目的ではなく、ユーロからドルを守ること、基軸通貨国の地位をアメリカが死守することこそが戦争の目的だった。そして、ドル=ユーロ戦争はその後もずっとつづいていて、2011年のギリシアに端を発するユーロ危機に対し、ドルはポンドと組んで、ある程度距離をもつ冷淡な対応をしていることからも、米英による独仏封じ込めの、新しい目に見えない経略が動き出していることが暗示されている。

つづく

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