Voice6月号より 戦争へ向かう東アジアシリーズより
EUより御しやすく、簡単に脅しがきく日本
以上の事実から、アメリカの一極構造の優位性への意志は第二次大戦よりはるか前から、一説には1890年代に始まり、戦後の米ソ冷戦期間中にはソ連という競争相手がいたためにはっきりそれが見えなかっただけで、隠されていたのが今かえって見えだしているといえる。
そう考えると、東アジアにおけるアメリカの支配意志の一貫性はむしろ戦前から明確だったことに思い至る。19世紀前半のメキシコ戦争など西へ進むこの国の本能的拡大志向については周知の歴史なのでここでは触れない。1898年の米西戦争の勝利でスペインからフィリピン諸島を奪って、太平洋はアメリカの海になった。日米戦争に至るすべての歴史はここから始まるので、日本人が自国の戦争の歴史を過度に反省的自虐的に解釈するのはまことに愚かである。アメリカは中国大陸を目指し、途中の邪魔な抵抗をことごとく抹殺しようとした。戦争を誘発したのはアメリカであって、日本ではない。が、いま戦争の歴史はここでの主題ではないのでこれ以上は論及しない。
ソ連という悪役がいたために冷戦中アメリカの世界制覇の意志が日本人の目に隠されて、見えにくかったのはヨーロッパ人の場合とほぼ同様であるが、違うのはソ連が消えても、東アジアでは中国との冷戦がつづいていることである。冷戦後アメリカがドイツの復活を恐れ、抑えにかかっているのと同じように、東アジアでは日本を国際政治における「潜在的な敵性国家」(1990年、パパ・ブッシュ政権下の国家安全保障会議)と定義し、一貫して軍事的な自己決定権を持てない国に仕立てて、日米同盟を維持する目的をそこ見て、日本がアメリカに依存しつづける仕組みを作り上げてきたのはある意味でEUとの関係にも似ているが、EUより日本は御し易く、簡単に脅しがきく状況にあるのは、反日国家軍に取り巻かれた孤立した単一国だからである。
ドイツは近隣諸国とスクラムを組んでアメリカに当たってきたが、東アジアはいまだにある意味で冷戦構造下にある。日本がアメリカへの依存を必要とする程度は、他のいかなる国にもみられないほどの悲劇的レベルであったし、今もなおあるので、日本国民は容易に自立自存の精神に立つことができない。それでも、アメリカがソ連や中国との対決姿勢を明確にしているときには日本は安定し、経済ナショナリズムを確立することができたが、そうでない場合には赤子の手が捻られるようにアメリカに翻弄される政治的外交的条件下にある。
アメリカが悪魔的であるのは、表向き日米同盟を親和的関係のごとくリップサービスしながら、現実には冷戦の対象国と深く利害を共にする握手を交わしていることである。2003年に共産中国に江沢民政権、アメリカにクリントン政権が誕生した。クリントンは1200人の大型ミッションを引き連れて、北京に九日間も滞在し、ビッグビジネスを展開した。あれ以来、米中経済同盟が日米軍事同盟を空文化させた。衰弱するアメリカ経済が中国に首根を抑えられるような形に徐々に近づいているのは哀れむべき光景であるが、日本人はいま自らの政治的自立のために、この光景をしかと目を見開いて見つめなければならない。
アメリカがこの十数年に日本にした仕打ちは、冷戦時代に日本を庇護し、米国市場を日本商品に開放した寛大さへの恩義をあっという間に忘れさせるほどひどいものであった。アメリカによる円高と人民元の安値固定化は、いくらアメリカ企業の必要に発していたとはいえ、まことにアンフェアな政策で、日本と中国の力関係をがらっと変えてしまった。そのことがアメリカの国益にも反するのではないかという疑いは今もつづく。中国と韓国の輸出気産業はだいたいが欧米系資本である。だからアメリカは自国の利益に目の色を変えて動いたのだと思うが、円高是正のための日本の為替介入にはいちいちクレームをつけ、中国や韓国の通過には寛大だった。日本は家電も車も円高でみるみる競争力を失った。
ひところオバマ大統領は、G2と称して米中二カ国でアジアを支配しようなどと唱えた。中国は甘言に乗らなかった。オバマはその後ほどなく中国の脅威を再び言い出した。しかし習近平訪米に際し、型通り「人権」を俎上に載せたものの「人権」一般であって、チベットもウイグルも固有名詞はいっさい口にしなかった。
オバマに限らず、冷戦後のアメリカの外交政策と軍事政策には、偽善性が著しく認められ、ダブル・スタンダードが目立ち、世界中至る処で大幅に信頼性を失っている。たとえ型通りであってもその昔アメリカの大統領は自由と民主主義を堂々と主張し、そこに独裁や共産主義の不正を排そうとする強い情熱が感じられたものだ。
大戦と冷戦の両方が終わった今、一極構造の硬直した覇権意志を示しつづけた国はナチスでもソ連でもなくアメリカであったことが判明した。その明るさと公開性の裏に隠された一方的な独善性は、次第に世界を疲れさせ、飽きさせてきた。アメリカのある面での善さや強さや正しさはこれからいくらも回顧に値しようが、「世界政府」を自認した瞬間にあらゆる国は壁にぶつかるのである。
つづく