ありがとうアメリカ、さようならアメリカ (四)

Voice6月号より 戦争へ向かう東アジア

日本と中国が支えた「アメリカ国債本位性」

 これからまだ10年か15年くらいはアメリカに代わるスーパーパワーはすぐには出てこないだろう。今まで何かとアメリカの力に庇護され、利益を得て来た国々は――日本もその一つであるが――容易に頭を切り換えることはできないかもしれない。しかし、そう遠からずして徐々に世界は必然的に多極化し、平和を維持する方法は再び十九世紀ヨーロッパのように同盟と同盟が競合するかたちになるのか、あるいはまったく別の形式が模索されるのか、今のところ予想がつかない。

 ただ一つはっきり言えることは、晩かれ早かれ超大国であることを止めるであろうアメリカから日本はゆるやかな形で離れ、独立する準備をすることがいかに必要かということである。そしてそのことがまだ分からないのは親米保守と護憲左翼が手を組んでいる大手マスコミの、ものを考えない言論体制である。日本はアジア・アフリカ諸国の中で唯一欧米の植民地にならなかった例外国と称され、自らもそう任じてきたはずだが、事実はまったく逆であった。アジア・アフリカ諸国がすべて解放され、地上から植民地がなくなった時代が来たというのに、日本一国のみが政治的・外交的・軍事的・経済的にアメリカ一国に植民地のごとく服属している異様さは疑うことができない現実である。それはドイツと日本が冷戦の中段階で、NPT(核不拡散条約)が生まれた1970年代に、核を持たない国として特定され、封じ込められ、いわば「再占領」状態に陥ったことに由来しているといっていいだろう。

 中国が核実験に成功したのは1964年である。インドは1974年であった。イスラエル、パキスタン、北朝鮮と中小国にまで核保有国が広がるにつれ、大国独占が狙いのNPT体制は事実上、存在理由を失ったが、それでもアメリカはドイツと日本を保有国の仲間に誘いこもうとはしない。第二次大戦の勝敗が世界を呪縛する重い縛りは、戦後の平和が長くつづいたことも原因しているように思える。戦争と平和をめぐる世界中の人々の問題意識が戦後も早いある時期から以後、ピタッと動かなくなってしまったのである。それをいいことにアメリカは経済力を急速に落としているのに、覇権国の地位を脅かされないでいる。それも核の威力である。

 ドイツは今のところ直接の脅威を受けていないから比較的安全である。惨めなのはわが日本である。北朝鮮のミサイル騒ぎをバカバカしい子供の火遊びであるとアメリカや中国やロシアならば笑いとばすことができるが、日本はそれさえもできない。笑いたくてもその資格がないのだ。

 アメリカが覇権国でありつづけるのは軍事力だけではなく、基軸通貨発行権を保持している特権のゆえでもある。今までのところ米ドルに抵抗し、取って替わる勢いを一時的にでも示したのはユーロだけであった。2008年の金融ショックでドルの権威が揺らいだとき、ユーロ、円、ルーブル、ポンド、人民元、あるいはそれらを混合したバスケット方式が取り沙汰されたが、結局今までのところ他に代替はなく、基軸通貨が再びドルに戻ったのは、アメリカによって戦争をも辞さない並々ならぬ決意が示されたせいでもある。

 ギリシアを初めとする南欧諸国の財政危機でユーロがいま解体の不安にさらされている。EUには結局、一国家としての主権がなく、政治権力の所在が不明である。貨幣の信用を支えるのは権力である。権力は軍事力と切り離せない。NATOを握っているアメリカはヨーロッパ諸国が市場統合と通貨統合を果たすところまでは認めても、EUが国家になることを認めようとはしない。EUが揺らいでいるのは必ずしも経済が原因ではない。

 主権が相互にせめぎ合って乱立しているヨーロッパが容易に政治統合を達成されないことは、ユーロ不参加国イギリスが身をもって示しているように、EUのそもそもの最初からの運命であった。オランダのジャーナリストのカレル・ヴァン・ウォルフレンが言っていたが、EUは官僚国家で、その官僚が国家意識を持たない烏合の衆である点で日本という国家に似ている、と。これは日本に対する痛烈な皮肉でもあるのである。

 基軸通貨ドルはさしあたり安泰なように見えるが、アメリカの実体経済が示すところは、先行き不安を告げている。そもそもアメリカ国内にドルへの不信が渦巻いている。金本位制に再び戻るのではないかという噂もあるほどである。そのせいかアメリカは着実に金の保有量を高め、2011年末において8133トンで、二位のドイツの3401トンをはるかに凌駕している。日本はわずか765トンで、やっと八位であり、世界最大の債権国の名が泣く不用意といっていいであろう。しかしアメリカがいくら金の保有量を高めても、世界中に乱発ドルが溢れ返っていて、新ドル紙幣に切り換え旧ドル紙幣の無効宣言でもしない限り――そういうことをすれば戦争になる――再び金本位制に戻るなどということが簡単に現実の話になるとは思えない。

 アメリカは金本位制を捨てた以後、いったい何を本位にしてドルの支えとしてきたかというと、煎じつめると「アメリカ国債本位制」に切り換えたといってよく、これは言ってみれば一種のペテン経済にほかならない。周知の通り、アメリカ国債は日本と中国がしこたま買い込んでアメリカ経済を支えている。中国はいつでもこれを売ることができるが、日本は売ることができない仕組みになっていて、アメリカの浮沈といわば運命を共にしている。

つづく

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