坦々塾会員の活躍(二)

 河内さんは私の小石川高校時代の同級生で、精力的に翻訳業に取り組み始めました。同じ著者ブキャナンの二作目が来年上梓される運びとか聞いています。
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パトリック・J・ブキャナン著 幻冬舎刊
「超大国の自殺―アメリカは、二〇二五年まで生き延びるか?」のご紹介 (訳 者 河内隆弥)

著者は、アメリカの保守派重鎮。1938年ワシントンDC生まれ、ジョージタウン大学卒業、コロンビア大学大学院修了、政治評論家、作家、コラムニスト、TVコメンテーター。ニクソン、フォード、レーガン大統領それぞれのシニア・アドバイザーをつとめ、自らも共和党大統領候補として二度ほど予備選に、かつ2000年の大統領選では改革党候補として本選に出馬した政治家でもあります。著書多数ですが、邦訳に「病むアメリカ、滅びゆく西洋」(宮崎哲弥監訳、2002年成甲書房刊、原題「The Death of the West:How Dying Populations and Immigrant Invasions Imperil Our Coountry and Civilization」)があります。

 この「超大国の自殺」は、「病むアメリカ」の系譜を承け継ぐもので、1960年代以降のアメリカの公民権運動の展開、アファーマティブ・アクション(人種差別撤廃運動)及びポリティカル・コレクトネス(政治的公平)の推進、妊娠中絶、同性愛の許容、キリスト教道徳の衰退等々、いわゆるリベラルの主張の高まりによって、いかにアメリカ、そして世界の文明社会が危機に陥っているか、について引き続き警鐘を鳴らす趣旨の著作です。「病むアメリカ」出版以降十年を経て、アメリカはアフリカ系大統領を選び、二つの戦争を深化させ、住宅バブル崩壊、リーマンショックの大金融危機を迎え、いままた「財政の崖」の帰趨に世界の耳目が集まっています。ここ十年、まさに「病むアメリカ」に示された懸念が数倍の規模で展開されているようです。

 ブキャナンは、「超大国の自殺」を、旧ソ連の反体制派、アンドレイ・アマルリクの1970年のエッセイのタイトル、「ソビエトは1984年まで生き延びるだろうか?」を引用した「まえがき」から書きおこしました。アメリカは、あたかもソ連が消滅したごとく自殺の道を歩んでいる、という本書の主張、そして章立てタイトルのそれぞれ、とくに「白い(ホワイト)アメリカの終焉」などの表現は、アメリカのリベラル陣営を刺戟し、ブキャナンは長年つとめていたMSNBCコメンテーターのポストをおろされた、とつたえられています。リベラルが何を言おうと、ブキャナンの人口動態等の分析は、精密な資料、投票行動、世論調査等に裏付けられており、極めて冷徹、客観的なものであり、古今東西にわたる該博な知識に基づくブキャナンのそれらに対する解釈が説得力を高めています。
 
 21世紀なかばにおける人口の多い国十ヶ国を上から予測すると、インド、中国、合衆国、インドネシア、パキスタン、ナイジェリア、ブラジル、バングラデシュ、コンゴ共和国、エチオピアで、五つがアジア、三つがサブサハラのアフリカ、一つがラ米です。現在の先進国では唯一アメリカがベストテン入りをしていますが、そのアメリカも、白人出生率の低下、これに対する有色人種とくにヒスパニックの高出生率と移民の増加で、2050年までには白人人口が46.3%へと、半分を切るものと見られます。それはすでにアメリカが第三世界に属することを意味し、すなわち、そのときの人口大国十ヶ国はすべて第三世界が占めることとなります。アメリカ建国のモットーである、e pluribus unum

(多数でできた一つ)は合衆国の多様性を前提とするものでしたが、あくまでも国家としては一つのものを謳っていました。しかしいつの間にか「多様性こそアメリカの力」という言い方が主流となり、そのこと自体が政治、宗教、道徳、文化に関する価値感の分裂を促進しました。平等思想は「機会の平等」ではなく、「結果の平等」に置き換えられました。一方、正規、不正規の移民が途絶えることもありません。有色人種の伸張と価値感の分裂、そして金融資本主義ないし市場原理主義に基づくグローバリゼーションがもたらす経済格差がこの上もなく複雑に絡み合い、現代アメリカを特有のダイナミズムで動かしています。

 「国家とは何ぞや?」国家とは共通の祖先、文化、言語をいただき、同じ神をうやまい、同じヒーローをあがめ、同じ歴史を大事にし、同じ祝日を祝い、同じ音楽、詩、美術、文学、そしてリンカーンのいう情愛の絆を共有するものではなかったか?それが国家というものならば、われわれはアメリカが依然として国家である、と本当に言えるのだろうか?とブキャナンは問いかけます。

 2012年11月、大統領選挙でオバマ大統領が再選されました。投票直前まで、民主党オバマ、共和党ロムニー両候補は大接戦が予想されていました。ふたを開けてみれば、2008年、オバマ対マケインの、選挙人獲得数365対173、獲得州28+DC対22、得票率52.9%対45.7%にくらべて、2012年オバマ対ロムニーは同じ順番で332対206、26+DC対22、50.5%対47.9%と、ロムニ―は善戦したものの結局敗北を喫しました。ブッシュ二世がホワイトハウスを民主党に明け渡してから失業率は高止まりしており、この高失業率での現職の再選はフランクリン・ルーズベルト以来と言われています。今回、有権者構成比72%の白人は、その59%がロムニーに投票しましたが、0.72×0.59=0.42となって共和党が勝つことは出来ません。

(前回は0.74×0.55=0.40)共和党はもともと白人の党とよばれていますが
ニクソンとレーガンが勝っていた、宗教意識の高い保守的国民、中産階級、ブルーカラーの牙城であるペンシルベニア、ミシガン、オハイオ、イリノイの諸州がブルーステート(民主党勝利の州)に入ってしまっています。このことには共和党自身にも責任があります。共和党政権の時代、その新自由主義的経済運営によって生産現場は大幅に国外移転され、またNAFTA、GATT、WTOを通じる輸入品門戸開放政策とあいまって、国内の大量の雇用が喪失された結果、共和党は頼みの白人中堅層にも見離されることとなりました。選挙結果はそのことの証明にほかならず、加えて、白人層の相対的かつ絶対的減少は今後共和党に致命的な打撃を与えることでしょう。ブキャナンは本書でそのあたりを克明に分析しています。

 グローバリゼーションの進展で、国民の貧富の格差は拡大しつつあり、この辺はウォールストリート占拠運動の報道などで見るとおりですが、その救済のための「大きな政府」の路線でアメリカはいまや勤労税額控除、フードスタンプ(食糧費援助)、医療保険、住宅補助、無料教育などの受給資格社会となっており、社会主義国アメリカの顔も見せています。連邦政府は3ドルの収入に対し5ドルの支出を行うありさまとなりました。この財政状況のなかでのアメリカは、何が与えられるか、よりも何が削られるかをめぐって国内の亀裂が深まるだろう、とブキャナンは予測しています。(このあたり、本訳書の出版元、幻冬舎は本訳書の「帯」に、やや過激な表現を記していますが・・。)

 ブキャナンはソ連を消滅させたものは、民族(エスノ)ナショナリズムないし部族主義(トライバリズム)と見ています。この力が共産党一党支配の警察国家を解体させたと。
ナショナリズム(国家主義)というものより、はるかに泥臭いトライバリズムという、国民国家を超えた概念が、21世紀の多民族国家の成否を占うものとして本書ではとらえられています。アメリカの亀裂の一つの側面である人種問題は、アメリカをどういう方向に持ってゆこうとしているのでしょうか?

もう一つ、そのような財政状況のもとで、アメリカはいまだ経済、軍事超大国ではあるものの、すでに対外政策では事実上緩慢な後退局面に入っており、NATO、日米、日韓同盟などの軍事コミットメントの同時履行をせまられるとすれば、それは不可能である、とブキャナンは断言しています。そのようなアメリカと同盟関係にある日本はそのことをどのように考えればよいのでしょうか?
本書出版にあたり著者にお願いした「日本語版への序文」には、この本のテーマは、そのまま日本のテーマであることが簡潔に述べられています。

昭和64年(1989年)1月、昭和天皇が崩御され、平成の世となりました。同じ年11月、ベルリンの壁が壊され、ソ連崩壊(1991年12月)につながり、冷戦が終わりました。日本では、旧大蔵省の総量規制(1990年3月)をきっかけにバブル経済が弾け、「失われた20年」が始まりました。冷戦後、人々の期待していた「平和の配当」は与えられるどころか、あたかもパンドラの函が開けられたごとく地域紛争、宗教戦争が始まり、加えて世界の金融秩序、諸国の財政制度は金融資本主義の蔓延によって破壊されつつあります。日本人もたとえようもない閉塞感のもと、民主党政権を選んでしまいましたが、いま無残な失敗に終わろうとしています。

2011年の東日本大震災、それに続く原発事故、「3.11」は戦後初めてといってよいショックを日本人に与えましたが、日本人は依然戦後レジームを引きずったまま、これといった危機を認識しないまま今日にいたっているように見受けられました。しかしここへきて、尖閣諸島、竹島、北方領土問題が大方の目を醒ましつつあります。日米安全保障条約(日米同盟)の効力にもいま論議が高まっています。この点前述のとおり、自国の財政状況からもブキャナンは、対外コミットメントからアメリカは手を引くべきである、といういわば「孤立主義」の立場を主張しています。逆にブキャナンは、安保条約における片務的なアメリカの日本防衛義務について疑問を投げかけ、日本の自立を促し、日本の核兵器保有の許容すら暗示しています。孤立主義の主張は、アメリカにおいてつねに一定の支持を得ています。日本はブキャナンのような考え方もアメリカにあることを充分認識し、その国論が変化する可能性について対応策を準備しておかなければなりません。

「ラストチャンス」の章でしめくくられていますが、本書は現下の諸問題すべてを解決するものではありません。描かれる未来は決して明るいものではないとしてもまず認識することが重要です。現在のアメリカで、世界で何が起こっているか、本書は恰好のガイドです。そして待ち構える未来が想像もつかないものとなるかもしれない、という予感が与えられますが、多様な対応を考えておくことも悪いことではないでしょう。  

文章 河内隆弥 (了)

「坦々塾会員の活躍(二)」への3件のフィードバック

  1. 哲学がプラトン(ソクラテス)やアリストテレスによって基礎が築かれたように、経済学はアダム・スミスによって築かれた。しかしそれは体よく、<神の>(事実無根)「見えざる手」として祭り上げられてきた。それを正確には踏まえない現代経済学が諸々の資産バブルや金融工学にのめり込んでしまった。『国富論』の冒頭文に、「熟練、技量、判断力の大部分は、分業の結果であった。」とある。それらは「才能(talent)」とも言うが、そういう労働能力の伸長が生産力の根源だとされる。近年の人的資本がこれに当たる。だが、その見方は最近まで「与件」として理論から除かれてきた。本書六で批判される「平等」論も、「才能」理論を退けてきた哲学的・政治的帰結であろう。製造業の衰退や財政行詰まりも然り。ソ連圏もそうだが、経済学の錯誤が国を危うくさせる。日本はその瀬戸際にある。

  2. こんにちは
    この翻訳本を拙blogで紹介させていただきました。(名前の下)
    50年代のアメリカを知るアメリカ人なら現代のアメリカを見て悲嘆にくれるのは当然だと思います。「こんな国ではなかったはずなのに」というのはどの国の国民も感じるものなのかも、とそんな気がしました。
    特にAffirmative Actionはアメリカの歪みの象徴のように思います。またアメリカ国民の立場に立てば、意味不明の出前戦争ばかりしている合衆国にはウンザリでしょうね。おまけにいずれアングロサクソンの国でも、キリスト教の国でもなくなるとなれば、Buchanan警報の意味はよくわかります。「日本は日本人だけのものではない」などと言っていては、日本も同じ憂き目にあうでしょう。殺害されるのではなく、自殺、という論点が問題の深刻さを表しているのでしょうね。アメリカが孤立主義に転換しようとあるいはどの方向に舵を取ろうと、「アメリカとともに沈みゆく日本」には決してならないように常に警戒・検証し続けなければならないと思います。

  3. 斜め読みです。山本七平先生のアメリカと日本(新書版と記憶する)にいつもアメリカは病んでいると言われてきた。しかし、アメリカはいつの間にかその病理を直している。私も自分史の中で常にそれを見てきました。たとえば人種問題で公民権法時代から見れば考えがられない程改然されています。

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